04-10-26_00-35.jpg私は清少納言のことを衒学的な人だとずつと思つてました。
「紫式部日記」に書かれてゐる雑言の影響と、百人一首に採られてゐる彼女の歌、

よをこめて とりのそらねは はかるとも よにあふさかの せきはゆるさじ

の解釈が説明つぽくなつてしまふためでした。
でも結局のところは、漢籍で得た知識を背景にして会話する殿上人と対等に渡り合ふには、やはり同レベルの知識が必要であらうこと、彼女以外にも利口ぶる人はイッパイゐただらうけど、ユーモアのセンス溢れる彼女が迂闊にも本を書いて、あとがきにもあるやうにそれが流布してしまつたためにそのヒトトナリが後世にまで伝はつてしまつた、といふことなのだらう。
この本の章段には、「春はあけぼの」のやうに桃尻語訳が似合ひさうな「〜は」で始まるもの、「うつくしきもの」のやうに千年経ても色褪せない「〜もの」で始まるものと、宮仕えの日々の一コマを記した日記的なものがありますが、私は特にこの日記的章段が素晴らしいと思ひました。
書かれてゐることは微笑ましいのですが、中宮定子を取り巻く状況を考へると何となく切なくて良いです。個人的には「窓際のトットちゃん」の読後感に似てゐると思ひました。
ちなみにこの文庫本は初心者用のダイジェスト版なので、全部読みたい方は別途入手しなければなりません。私は...暫くいいです...