LIFE is UNKO.

UNKO教師が酒飲みながら書くブログ (あるいは仕事中にサボりながら書くブログ)

どうでもいいはなし。無明やな。

らくがき47 のコピー




あごがしゃくれているドラえもんと、くちびるが飛び出ているのび太くんは、『しゃくれドラとびるのび太』と言って、私の考えたオリジナルのキャラクターです。





日々が本当にあっという間に過ぎていきます。



毎日が同じようなことの繰り返し。


日々は淡々としているように見える。



でも、それは心地いいといえば、心地いい。




外の出来事に、興味が薄れた。


だいぶ前からそういう感じだ。




できれば、もっとそうなりたい。





スタバで、トールサイズが何でも無料になるレシートが出たので、キャラメルフラペチーノを飲んでいる。


おいし。



世界はうるさいなぁと思う。



どうせ最後は死ぬしかないんだ。




色々諦めて、静かになるようにすれば、もっと平和にというか、もう少し色々な問題は解決していくんじゃなかろうか。





なんでもかんでも、どうにかしようとし過ぎな気がする。


そのほとんどが、どうにもしなくてもいいことだったり、どうにかしようとすること自体が問題を生んでいたり。

そんな気がしてならない。



学校だって、消えるときは消えればいい。




自分が必ず死ぬっていう時が、今と地続きなんだって、お腹の底から気づくことって、凡人の私にはなかなか難しい。




でも最近、特に朝起きると、あぁ必ず死ぬんだなって強く思うときがしばしばあります。

逆に生きていることが、すごく特別な状態に感じるというか。

でも、きっとそれは本当のことなのではないかと思います。

つまり、生きていることの方が、本当はとっても特別で珍しい状態なんじゃなかろうか。






そんなことばかりに意識が向いています。


仕事やる気ねーんだもん。




生徒とふざけあうのは楽しいんだけどね。













アインシュタインの言葉に、『キリスト教の教えから、弟子たちが加えた教えを取り除けば、世界中のあらゆる社会問題は解決できる教えが残る』っていうのが、あるらしい。




きっとそうなんだろうと思う。



原罪っていうのは、『人間は罪深い存在』という意味ではなく、『的外れな生き方』っていうことなんだって。

お釈迦さまの言うところの『無明』っていうか。




学校も、社会も、私自身も『無明』やな。


自分が何をやっているのかすら、わかってないな。





キャラメルフラペチーノうまいな。




でもこれは本当にうまいものなのか。

大量の砂糖で、いたずらに脳の快楽物質を分泌させているだけかもしれん。

無明や。








今日は登校日ではない。





午前中は、地元の是政文化センターの図書室に行って、仕事した。

久しぶりに行ってみた。

とても静かでよかった。

なぜか行きたくなった。

子どものときにたまに行ったな。

子どもの時を思い出したかったのかなって思う。

とても静かでした。

今の世の中に必要なのは、この静かさだと思う。

この文化センターの静けさや。

誰も彼も、何もかも、うるさすぎる。




静かに落ち着いて『無明』をゆっくり見つめてさ。

なんかそんなことが、今の世の中を良くしていくことなんじゃ、とか思いました。







アイフォンの新しいやつとか、もう作る必要ねーだろ。


あぺぺぺぺぺぺ。








どうでもいい話

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どうでもいいよ。



どんどん色んなことが、どうでもよくなりたい。



仕事で不安になんかなりたくない。



どうでもいい。



知るか。




そりゃイイカゲンにやるつもりはないし、誠意を持ってやるけども、できないことはある。



やりたくないことはある。




それでだめなら是非クビにしておくれ。






別になにがあったというわけではないが、僕はどうでもいい。





いつもそう考えている。





いつの頃からか、そう考えるようになった。




社会的に見たら、ダメな態度かもしれん。




でも、知るか。






一応、仕事は誠意をもってやっているつもり。



でも、やりたくないことは、やりたくないなりに進まない。




でも知るか。





知るか。






信頼とかいらねー。



信用とかいらねー。




”社会人として” とか、いらねー。




だめならクビにしておくれ。



それだけ。





別に何があったってわけではないが。



いつもそう思っている。






何か心配になったとしても、「まぁいいか」とすぐに諦めるようになっている。





おかげで、苦しい気持ちになることが減った。









本当にどうでもいい。





だめでいい。







そりゃ人並みに、認められたい願望は、すこしは残っているけども。



でも、以前に比べたら、かなり少しだと思う。





それにそんなものは、生きていくうえで、本当にたいして役に立たない気がする。







本当はもっともっとどうでもよくなりたい。










以前から、寝る前に瞑想をしている。




最近は15分くらいは、続けてできるようになった。



気分がいい気がする。




あと、ほんと気持ちが落ち着くようになった気がする。



あと、あまり何も思わなくなった気がする。



いろんなことに対して、感想がない、というか。





でも、僕はそうなりたい気がする。









生徒は、とても良い子だと思う。



それは本音だと思う。






僕は、正直言ってなんちゃって教師だ。



名前だけだ、と思う。






てきとうだ。





生徒は良い子だが、勉強のほうはイマイチだ。




そんな気がする。








よくわからない。










瞑想は続けたい。






前頭葉が鍛えられるんだって。



へー。








40になったんだ!

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いつかなると思っていたんだが、なりました。



なんかクラスの生徒が、メッセージカードとかと、お菓子を集めて袋にいれて、プレゼントしてくれたんです。



ありがたいと思うよね。



そういう気持ちがさ。



いいじゃんか。





私、こんなにかわいい生徒たちと毎日なんやかんや、適当に過ごして、お金を頂いているんだね。



まじ仕事らしい仕事、してねえ。



知るか。


だからどうした。



まぁ、ほんと子供とか、生徒っていうのは、ある意味大人よりマトモなところがあるように思うよ。



子どもをよくしたいなら、大人がマトモに健全になることだ、と思う。



よく知らんが、教育改革、また色々やるらしい。


なんだっけ。



昨日、研修会で聞いてきたんだけどな。


なんか、文部科学省が割と危機感をもって、教育改革をしてね。


大学入試のありかたも変わるでしょ。



あとね。



大学入試に、高校の調査書(まぁ成績とか実績とかそういうものの記録)の比重が大きくなるらしい的な。



そもそも高校も調査書の項目自体がものすごく増える。


高校時代にどんなことをしてきたか、とういうのが、大学入試で問われるらしい。



そして、学力以外にも、大学に入ってから、どんなビジョンを持っているか、というのも見られるらしいよ。


よく忘れたけど。





あのなぁ。








いいか、文部科学省。








大学に入学する為に測られるべきものはなぁ。









学力だけでいいんだよ!!!!!!!!!!!










なぜそれがわからんのだ。







オンリー学力!!!!




ペーパーテストのみなんじゃ!!!







なんで高校の調査書に書かれている、ポートフォリオっていうの?、そんなもんが必要なんだよ。




進学のためにボランティア活動することに、なんの意味があるんだ。



生徒会活動も、部活動も、なんもかんも、そのためだけにやるものなの!!



進学のためじゃないの!!



それに大学に進学するようなやつなんて、ビジョンなんてないの!!




あっても一部のちゃんとした人だけなの。


でもそれでいいの。


それが健全な社会なの。



ほとんどのやつが、ないビジョンを担任とか進路指導担当とかと一緒に無理やり取り繕うだけになっちゃうよ?。


一緒にやるならまだいいほうだ。



自分のビジョンを他人任せにするやつだって多いぜきっと。




ばかか。



ばかばか。


ほんとばか。








いいか。



学力を必死で、身につけようとするやつこそが、言葉では表せなくても、ビジョンの種のようなものを、宿すことができるの。




学力を必死で、身につける中で、謙虚さや人間性だって養われるんだよ。






アクティブラーニングなんて必要ないの。




詰め込み教育で十分なの。





なにもする必要はないんだよ。











確かに、大学生の質が低下していると聞くし、正直年々生徒の質も低下しているようにも思う。











でもそれを正そうと思うなら、学校教育をどうこうしても意味ねーと思うんだよ。





正すべきは、大人がもっとマトモに健全になることだと、つくづく思うんだよ。



今って、家庭も学校も社会も、病み切っちゃってるように思う。







私のクラスには。

自傷行為を繰り返す生徒(中1男子だよ?親からのネグレクトが原因のようだ)もいる。

虚言癖の生徒とか(泣きながら両親からのDVを訴えたがすべて嘘だった。ものすごく具体的な内容で、しかも大泣きで12年間教師してきたがとても嘘とは思えなかった)いる。

親からのDVで小学校時代の記憶のない生徒もいる(隔週でカウンセリングを受けている)。

入学式から2日間だけ登校して、その後来られなくなった生徒もいる。





(でも皆ほんとに心優しい生徒なんだよ。毎日よくがんばっているとおもう。ほんと純粋でいじらしいと思うよ。)





正直年々、難しい生徒が増えていると思うよ。


人の話を聞けない、極端に低学力の生徒も増えているよ。







ほとんどは家庭が原因と思うよ。

それは、家庭が悪いっていう意味じゃなくて。

当然、家庭だって必死でやっておられるんだろう。

子どもが健全に育つ家庭作りそのものも、とても難しくなっていると思うのだ。




なぜ、生まれて1年たらずで保育園に行かせなきゃならんのだ。

それじゃ、子どもにも良くないと思うし、なにより“親が親に育つ”機会を失うだろう。

そう思うのだ。

認可の保育園を増やすより、親が子どもを育てることを、周囲の大人が一緒に育てることができる社会を実現すべきと思う。






昨日の研修会で、今、文部科学省が打ち出している、21世紀を生き抜く為に育て上げるべき学力像のようなものを聞いたが、それらはすべて、そんな当たり前の健全な社会をしっかり実現しさえすれば、それで当たり前のように育つようなものばかりだった。





はっきりいって今、大人が馬鹿だ。
大人が病んでいる。
だから、子どもが病んでいるんだよ。




子どもを健全に愛していない。

愛することとは、所有物として「よりいいものにしたい」ということとは180度異なる。

健全に愛するということを、知らないのだ。

子どもは自分の一部じゃない。

子どもは思うようにはならない。

他者なんだから。



1才たらずで保育園に預けるから、親として育つべき感性が育っていない。



よくわかんねーけど、社会も子どもを育てにくいように益々なっている気がする。










確かに教育の危機を感じる。



学校も病んでいる。







でもそれを正すためにするべきは、大人がマトモになること、健全になることだと思う。


一人一人が、ゴミ情報に踊らされることなく、ちゃんと知恵をつけて、自分で考えられるようになることが大事だと思う。
















どうでもいい話 今歩いているこの道が

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ぼくは、今にして思えば、本当にいい加減な気持ちで、適当に、学校の先生になんかなった。



いつか変えたいと思っている人生は、変わらないままにここまでやってきたよ。



「今歩いているこの道が、いつか懐かしくなればいい」




斉藤和義の歌のフレーズが好きで。




でも結局10年以上同じ道を行き来した。





でもずっと同じ道だけど、なんていうか、違ってきた。





昔を思うと、考えていることが違う。




同じ道をずっと歩いているけど、考えていることがちがう。





僕はたまたま教員になんてならせてもらった。





責任っていう視点から考えると、ありえないことと思う。




適当にやらせてもらっている。





いいのか、それで。





でも、良いも悪いもない。





もう毎日、一応教員なんだから。





疲労すると、生徒に辛くあたってしまう。



だからもう、そういうときは、生徒と関わらないようにしている。






もう最低限の話と、関わりしかしない。




そんな状態でも、気づかずにいると、なんとかしようという思いが、いらいらとなって、生徒にきつくあたるという行動になって、表にでちゃう。




もう、最低限、簡単にいえば、流す。




それが、最良の方法。




そんなことを学んだ。




あと、のめり込むこと。



これも危険。


とても危険。





それは、うまくいくことが続くとき。
危険。



うまくいっていると、勘違いすることが続くとき。
危険



そうすると、生徒と分かり合えているような、大きな錯覚に陥る。



生徒にとって自分が必要な存在と、勘違いする。





そうすると、自分の中に、物語ができあがる。



そして現実がそこからずれると、いらいらとなって、生徒にきつくあたってしまう。





でも、だいぶ気づけるようになった。





それは自分の中では、大きな、大事な成長。






別にそんなこと望んでいたわけではないけど。







でも、成長させてもらったと思って、うれしい。









特に、うちの学校のように、生徒が良い子だと危険だ。







だからのめり込まないように、他にすることがある状態を作ることが大事。





僕は、絵の練習をしていて、うまく、沢山かけるようになりたい。




そういう教職とは関係ないことが大事と思う。





生徒には僕が必要なわけでは、ない。




生徒に必要なのは、何だろう。






機会?






何かの。








恐ろしいことに、気づくと、自分は必要な存在なんだ、と思い込んでいることに気づくことがある。




苦しみの原因を探ると、その思い込みがあることに気づいたりする。







だいぶ気づけるようになってきた。






僕は物語を求めがち。




物語を欲しがち。








僕は良い加減な気持ちで、教員なんていう大切な仕事をさせてもらった。







苦しいことも沢山あったけど、楽しいこと、嬉しいこともあった。










今日、卒業生が飲みに誘ってくれた。







大学2年生の女子大生の4人とですよ!


こんな40のおさーんが、いくら卒業生とはいえ、ちょっと緊張した。


そんな女の子たちと、小粋な(?)トークができるのかって。


でもまぁ、思い出話とか、大学の話とか、彼氏ができないとか、なんやかんや楽しかったよ。



卒業生がいてくれるなんていうことは、ありがたい。


本当に。


ありがたいと思った。



僕には、特に何もない。



彼ら彼女らと関わった思い出だけ。




与えることができたのも、ただ少し一緒に過ごしたっていう時間だけ。





それだけ。





僕は、本当にたまたまだ。




よく言えば、縁か。



ありがたいって思う。





僕には何もないな。

成果なんていうようなものも。






ただ、ありがたいって思いますた。






今日は誘ってくれてありがとう。

まじ。





こんなとこ読んでないだろうが、ありがたいって思ったのは、本音だ。







いつか変えたいと思い続けてきた人生も、気づけば、『もう変わっても変わんなくてもどっちでもいいや』ゾーンになったのか?





でも、もう今の中学生が終わったら、もういいや。
的な感じは、思うかな。






僕には、何もないが。



思い出だけ。



ただ日々の思い出だけ。





あと、ちょっとたまった貯金と。





おやすみ。






まじどうでもいいはなし CD聴くのって楽しいね

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最近、音楽を聴くといえば、ipodみたいなやつにヘッドホンで聞いていました。



でもなんかこう、音的につまんないっていうか。




まぁ年もとったし、音楽聞いてもこんなもんか、とか思っていました。








で先日。


たまたま家にあった、もうずっと使っていない古いミニコンポ(MDとかもついてるやつ)を、テレビのスピーカーに接続してみたところ。




まぁ驚いたことに、音がとってもいい感じなのですよ!!









このホームシアターシステムってやつに繋げたんだけど!!

まぁ今では古い型だし、そんなに高いもんでもないんだけど!!





CDもすげーいい音にきこえる!!




っていうか、コロンブスの卵なんじゃないの?





オーディオマニアはすごい高価なシステムを組むんでしょ?



よく知らんけど。




でもこれで、まぁ充分すぎるくらい、いい感じに聞こえるし!!





なんかこういうホームシアターシステムのエントリーモデルみたいなヤツに、CDつなげれば、それですげーいいよ。



細部の音までよく聞こえるし。



低音もしっかり、高音もハッキリ、音場も広くて、大満足。




今まで聞いてた同じCDとは思えないくらいに感動してます。





で。




なんか音楽聴くのが、また楽しくなった。





中学生くらいのときって、CD聴くのがすごい楽しかったよね。





なんか、その雰囲気を、感じている。




CD聴くのって楽しいなぁっていう感覚を、25年ぶりくらいに感じている。






音楽っていい音を感じるから楽しいんだなぁ。






いつの頃からか、忘れてたんだなぁ。




いつから忘れてたのかな。




なんか、そんなこと思ったよ。







まじどうでもF話。*愚痴かも注意!!?*

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教員って私にとっては、精神的にしんどい。



昨日と今日と、あまりよく眠れなかったので、いま眠い。




府中の駅前に、沢山の食べ物屋さんができた。



さっき朝からその中の、トンカツ屋さんで、朝からカツ丼食った。


いや、うまかった。




こういう食べ物屋さんも、味がよろしくなっているなぁっとか思った。





あまり眠れずに迎える朝は、意識がぼーっとするが、なんか心地よくもある。


もう脱力。






そして苦しんだ分、些細なことをありがたく感じやすくもなるような気がする。




ねむい。





僕にとって、教員の仕事って、「なにも手立てがないのに、やらなくてはいけない」って感じだ。

ただただ、もがくだけ。

武器もないのに戦わなならん。

そんな風に思う。



いろいろと教員向けの本は沢山あって、アマゾンでも高評価の本は簡単に手に入る。

でも、ぼくにとって今までそういう本を読んで、気持ちが暗くなった方が多かった。


「そんなことできないよ」とか「そんなことしなきゃいけないの」とか「それができないから苦しんじゃないか」とか、そんなことを思うことがほとんどだった。





私にとってああいう本は、よりできない自分を確認するだけっていう感じになって、見たくもないものになっている。




真心ブラザーズの歌に、「やること全部裏目に出た それもわかってる 命がゆっくりつぶされていくんだ」っていうフレーズがある。




とてもよくわかる。


生徒に対してやればやるほど裏目にでる。

やらなきゃやらないで、ダメになっていく。

じゃあ、どうすりゃいんだよ!!っていう感じ。

今までに何度も何度も味わってきたなぁ。



命がゆっくりつぶされていくような感覚、とてもよくわかる。

特に僕がもう少し若かったとき、今の大学2年生が中学生だったころは、毎日がそんな感じで、本当に苦しかった。



大げさに聞こえるかもしれんけど、悪魔に取り憑かれていると感じたこともあった。

やることなすこと、裏目にでる。

なに一つうまくいかない。


とても苦しかった。







まぁそのおかげで、いろんなこと勉強になったと思うし、ぼくにとってはとても重要な人との出会いや、本との出会いなどがあった。




今も毎日苦しい。

けど、あのときほどじゃないか。

あのときはほとんどパニック状態だった。

デパスとかメイラックスとか飲んで出勤してた。

気持ちが安心する薬ね。




今も苦しいけど、あのときほどじゃない。

それにあのときよりは、適切な対応や行動は少しはできていると思う。




しかし、ぼくには向いていなかったんだ。

12年もやっていて、まだこんなだもんな。




とほほでやんす。





やめちゃえばいいんだろうな。




なんかまじどうでもいい愚痴というか、オッサンのマイナス思考たれ流しに、どこかのサーバーの容量を使ってもうシワケナイけど、でもどっかに吐き出したかったので、ここに。





あへへへへへへ







ぼくはUNKO.






目標、それは10回だっ!!

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この絵は、私のことをものすごく好いてくれている生徒が、描いた絵です。




美術部の子なのだが、文化祭の出展作品のひとつ。




去年のマラソン大会のときに一緒になわとびをした様子を絵にしてくれたようだね。




写真じゃ雰囲気伝わるかわかんないけど、私はとても気にいったので、「ちょうだい」と言ったら、快くくれました。



わざわざアマゾンで額縁も買ったよ。




高校1年の女子高生だが、中学生くらいに見える子や。




なんか創作意欲のすごいある、独特な子なんだよね。




以前、ドラゴンボールの絵をノートに書いてあげた子。







尊敬している人は、岩本先生なんだって(衝撃)!!


大丈夫かな?









でもマジで、岩本先生のことがすごい好きで。



岩本先生の写真をペットの犬の首にかけて、話かけているんだって(衝撃)!!

すごいね。




まぁちょっと変わってるけど面白い子なんだ。



僕、ここまで人から好かれたことないと思うが、でもうれしいよね。












他にも尊敬している先生がいて、将来なりたいものは、『〇〇先生と△△先生と岩本先生を足した人』 なんだって。




ちなみに〇〇先生と△△先生は、確かにすごい先生たちなんですよ。





まぁ、岩本先生を混ぜることで薄めておくれ。



カルピスも原液じゃ飲めんからね。











まぁ、こうしてこんな絵を描いてくれる生徒がいてくれることは、うれしいよな。


そう思うよ。







今日は中間試験を作りに学校にきたけど、気が進まないので、こんなことを書きました。








そろそろちゃんと仕事するか・・・・。






まぁ僕は、がんばらないよ。




それでいい。




何せ成果もでないだろうが。




それでいいわい、もう。






今まで苦しむだけ苦しんだもん。





ま別に何もしてねえけど。






でも、もうええわい。





うん。





どうでもEはなし

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仕事はてきとう。



てきとうでいい。


そう思う。




本当に、好きで、得意で、自分の魂から、これをしたいと感じているなら、誰が何を言ったって、意味はないと思うけど。



でも、そうでないなら、てきとうでいいと思うし、てきとうでなきゃダメとも思う。




仕事に重きを置きすぎちゃいかんと思うよ。





仕事なんかより、自分自身のほうがずっと大事だと思う。





僕は一応教師DEATH。


僕にとって教師っていう仕事は、精神的にキツイと思う。



うまくできないと思う。



そう感じるとますますきつい。



でも、僕は最終的にどうでもいいって思う。



その度に、気持ちが軽くなり、「あぁやっぱり仕事なんててきとうでいいのだ」という思いに確信をもつ。




でも、またしばらくすると、「なんとかしなきゃ」とか思って、きつくなる。




そんなことの繰り返し。










でも、無理もない。




僕らはずっと、子どものときから教え込まれてきたからね。






勉強しなきゃ大変なことになる。

頑張らなきゃ大変なことになる。

努力しなきゃ大変なことになる。

ちゃんとしなきゃ大変なことになる。

とかとか。




物事は深刻だ、と教え込まれてきた。


てきとうでいいなんて、誰も言ってくれなかった。


ちゃんとしなきゃまずいことになるって、そんなメッセージをずっとずっとずっとずっとずっとずっと受け取ってきたんだもん。




なかなかそう簡単には、解けないよな。









僕は、正直に言って、今の学校教育には根本的なところに、結構疑問をもっているんだ。



今は、僕がそう教え込んでいる方。








なにが深刻なもんか。







でも、気づけば、「僕がこんなだから生徒に不利益を……」なんていうUNKOのようなことをまた考え出してしまう。







もしかしたら、生徒に不利益を与えているのも事実かもしれない。

でも、いいのだ、ほんとうは。

それでいいのだ。

それでもいいのだ。

バカボンのパパみたいなものだ。









今、2学期だけど、始業式のときに、「やめます」って言おうとしたんだよね。

ずっと考えてたからさ。

でも、怖くなって言えなかった。

でも、今の中1が、中学終わるまでには、やめたいな。

もうやりたくないってのが正直なとこか。


















あへー。




そうそう。
新国立競技場の現場監督だって、本当は死ぬ前に投げ出せば良かったって思う。
子どものころから、それができないように教え込まれてきたんじゃないか。



そんなの本当は許されんよな。



100年後には誰もいなくなるのに、そんな競技場なんて何が大事なもんか。
















今日、なんかもういいやって早く帰って、外のベンチで缶ビール飲んで、今スタバ。



外で缶ビール飲んだら、なぜか大学時代を思い出した。




楽しい思い出があって良かった。



好きなロックバンドがあって良かった。



友人もいてくれて良かったと思う。









あぺぺぺぺぺぺ。




“あらい”って何?



私は、食べたことあるのかな?






ちなみに上の絵は、勤務時間中にかいた落書きDEATH。






すこしは楽しめそうだな。

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1才半の姪っ子がいて、もうとってもかわいい。




昨日の夜、月がとても綺麗で、9階の共用階段のところで一緒に月をみたよ。



姪っ子は、月とか、月明かりに照らされる雲とか、星とか、飛行機とか、遠くを走る車の光とか、風とか、風の音とか、ひとつひとつに反応して、指をさしながら、あっち向いたりこっち向いたりして、何かしゃべってた。




月はとてもきれいだったし、風は冷たくて気持ちよかった。



月に照らされた雲も、きれいだなぁと思った。





姪っ子の目は、くりっとなってキラキラしてた。





なんか、世界を一生懸命に見ていた。






何かの映画で、『 私たちは、この世を見るために聞くために生まれてきた 』 っていう台詞があるのを思い出した。





その映画を見たことはないから言葉の真意はよくわからんのだが、なんか優しい言葉だなぁって思った。








人はこの世に、この世の経験をしに、遊びに来ているようなもの、らしい。

この世はゲームみたいなもので、僕らはそのキャラクターみたいなものらしい。

あの世に戻れば、「もう一回やりたい」 とか言って、もう一回この世にきたりするらしい。




いろんな本にもそう書いてあるし、僕は何年か前から 『まぁきっとそうなんだろうなぁ』って思ってる。

なんかお釈迦さまも、そういうことも言っているような気もする。


"私" という個人が生まれ変わるというより、なんか全体的に変化しているようなもの、という感じ??




川の流れの中の、“泡” が “生まれては死んでいく人間” っていう感じで、“川” そのものが “全体” って感じ。


だから、もう一回 “今の私” とまったく同じ泡が生まれるわけではないけど、それでもまた生まれる??的な???




なんか??

そういう感じらしいよ。








だから、“僕が死んだら終わり” というわけではなく、ただ全体の中で変化していくだけっていう感じらすぃ。




きっとそうなんだろうって思う。




そんな中で、この世の経験をするために、遊ぶために、全体が変化してる的な、感じな。






全体っていうのは、神様みたいなものかもしれん。







宇宙のチリが、たまたまぶつかり合って、地球ができて、海の中のアミノ酸がたまたまぶつかり合って生物ができて、サルの中でたまたま進化したものが人間になった。
だから僕らの命はただの偶然で意味はなく、生き残るためには、他者より優れ、勝たなければならない。


・・・・なんていうほうが、僕は、直感的にも信じることはできない。




この物質世界が、単なる偶然であるなんていうほうが、どう考えたって不自然だよ。






物質を超えた、何か知性というか理性というか意思というか、そういうものがもともとあって、この世界とか人とかを造っているって考えるほうが、どうしたって自然だ。

そういうなにか、知性とか理性とか意思みたいなものは、あらゆるところにきっと遍在していると思う。



そんな世界を作って、この世の経験をしに、遊びに来ているんだっていうことらすぃよ。




そんで神様っていうのは、僕たち自身のことなんだと。









ぼく、こんな事書いているけど、だからどうこうっていうわけじゃないよ。


まぁきっとそうなんだろうなぁって、思っているだけ。


それに最近は、そういう考えも割りと一般化しつつあるように思う。
















姪っ子、まじでかわいくて好きなんだけど。

そのかわいいっていうのは、見た目ってことじゃぁないんだよねぇ。

もちろん見た目もかわいいのだが。



こう、反応とか、大人とのやりとりとか、歌とか、踊りとか、観察力とか、笑顔とか、文句言うときとか、泣くときとか、うそ泣きするときとか、・・・・。


なんか、そういうすべてのことが、グッとくるんだねぇ。



イケてるんすよ。



めちゃイケ。




こんな姪っ子が、私たちのもとに来てくれて、ほんとにうれしいなぁって、思うよ。







あぺぺぺぺぺ。






さよなら、さくらコマース

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去る9月30日(土)に、さくらコマース車返し店が閉店しました。


41年間だって。



僕は、小学校に入学と同時に、ここに引っ越してきて。



以来、34年間かな?


お世話になったわけだな。



さすがに寂しい気持ちというか、なんていうか。



切ない。




41年間っていう時間ってなんなのだろうね。




子どもの時は、母親とここへきて、母が買い物をしている間に僕はお菓子コーナーを物色して、一個選んで母に買ってもらうようにせがむ、ということがよくあったよな。




41年っていう時間ってなんなのだろうなぁ。



さくらコマース、か。



子どものころからずっとあったスーパーだもんな。




母も、切ないね、と言っていた。




なんか駐車場のやりかたが良くなかった、とも言っていた。










僕が小学校1年生のときからお世話になったスーパー。










僕が生まれるすこし前から、ここはあったのかぁ。






どんな時間なんだろう・・・。

とか、思いをはせました。







この写真、今日の朝撮ったんだけど。


ちょっと涙出た。






ありがとうございました。


さようなら。




あぺぺぺぺ。





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