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青空文庫41作目。
(40作目は最近更新された「愛ちゃんの夢物語」)
友人への手紙や論文などがつづられた作品です。

当時の学生たちの必読書だったようです。
倉田百三という男性が、20代から10年にわたるあいだの苦悩や論文、友人への手紙がつづられたこの作品。
今でいう自己啓発本といえるかも。

ものすごく長くて読んでる途中なんですが、メモっておきたいことや思うところがあったので、ちょっと感想も書いておこうと思います。

3割ほどしか読んでないんですが、流れはこんな感じです↓

三之助への手紙→「善の研究」への論文→苦悩の日々(一人よがりになってた)、個人主義と利己主義のハイブリッド→「善の研究」を読むことで光明を見いだす

ここから下は、「おっ」と思ったフレーズや感想です。

哲学は現象の複雑相を説明する統一原理を求むる学である。

存在するということを突き詰めた箇所があって、私は下記のように認識しました。
存在するものには、必ず対立がある。対立が無いものは、存在していないのと同じ。
=誰とも衝突しない人間は(毒にも薬にもならない存在)いないも同然?

ハイネは静夜の星を仰いで蒼空に於ける金の鋲《びやう》と言つたが、天文学者はこれを詩人の囈言《うはごと》として一笑に付するであらうが、星の真相はかへつてこの一句の中に現はれてゐるかも知れない。
→つまり、目に見えるものが全てということ?

三之助との友情も重要な位置付けとなります。彼への手紙はかなり熱烈。ゲイにも見えるぐらい。
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愛は実在の本体を捕捉する力である。ものの最も深かき知識である。分析推論の知識はものの表面的知識であつて実在そのものを掴《つか》むことはできない。ただ愛によりてのみこれをよくすることができる。愛とは知の極点である。(善の研究――四の五) 
→この作品の核心といえる部分だと思います。知る、認識することの最終形態は"愛"。愛するために知り、知るために愛する。(自他合一)

ここから下は、途中で出てきた論文や学者の名前です。
そのうち読んでみよー。

ニコラス・クザウヌス、
ショウペンハイエル、
「法則」(哲学雑誌)、
「ベルグソンの哲学研究法」(芸文)、
「論理の理解と数理の理解」(芸文)、
「ベルグソンにつきて」(学芸大観)、
「宗教的意識」(心理研究)、
「認識論者としてのポアンカレ」(芸文)

まだ途中まで読んでいて強く思うのは、私の教養の無さです。

唯心論、唯物論、形而上など、よく分からない部分が多過ぎてイマイチ理解できていません。

他の哲学に関する本を読んでみようかな。
でも、何から読めば良いんだろ・・・