先日の旅行で熱海に行ったのが・・・6年ぶりぐらいで海岸を歩いた。
その際、例の銅像の前を通ったが・・・帰ってきてなんとなく気になって検索をしたが・・・
尾崎紅葉の金色夜叉、1897年1月1日から1902年5月11日まで読売新聞に連来されたとある。
日本へ万年筆が輸入されたのは
日本アンティーク萬年筆というブログですと1897年(明治30年)。
 横浜のバンダイン商会はが1897年、米国からステログラフを輸入、針先泉筆と呼んで東京・丸善と伊藤古一堂から販売されたのが最初とされている。
だがウキペディアでは1884年とあり、「萬年筆」と命名したのは、1884年に日本初の国産万年筆を模作した大野徳三郎と言われている。

84年か?97年か?14年も違うといろいろ違ってくる。

仮に萬年筆日本初上陸が1897年とすれば、少なくとも金色夜叉の最初のうちの原稿は毛筆だったということがわかる。
金色夜叉、連載が5年もあるわけだから、途中で万年筆で書いていても不思議ではないと思うが・・・
そんなに直ぐに飛びついただろうか?
と思うと、金色夜叉は萬年筆は使われずに毛筆のみで書かれた可能性が高いと想像する方が妥当か?
だが1884年初上陸となれば13年も経過しているので萬年筆で原稿が書かれていても不思議ではない。

で、こんな記事を見つけた。
https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG19HBS_S6A220C1CR0000/
https://www.sankei.com/life/news/160224/lif1602240009-n1.html

これらからすると、やはり原稿は毛筆で書かれたと考えるべきなのだろう。

ちなみに萬年筆というと夏目漱石のオノトも有名?
余と万年筆の発表は確か1912(明治45)年6月30日・・・ということは
1897年説ならそこから15年経過しているし、1884年なら28年経過しているので本来ならだいぶ浸透していてもおかしくない筆記具ではないだろうか?と思うが当時は高価すぎて30年経ってもそうそう浸透せず?

初めて萬年筆で原稿を書いた人って・・・夏目漱石? 
此間魯庵?
だれかなぁ?( ̄▽ ̄)

嘉納治五郎又はその当時、1963年に高校生が使ってたであろうと思われる萬年筆、小説原稿を萬年筆最初に書いた人やら当時の萬年筆、
このネタ振りに彼の方は大忙しだろうなぁ?
まぁまだ45日もあるからなぁ( ̄▽ ̄)
ん?この手は伊豆彼の方の方が得意分野かな?
( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \