佐世保重工業(SSK)は経営危機で倒産の危機に陥り、来島ドックグループの坪内寿夫氏が救済に乗り出した昭和53年までは、造船大手8社に君臨していた。このためSSK従業員は名村造船や瀬戸内の今治造船や救済した来島ドックなど中小造船を見下していた。時代は変わった。

img007

SSKは戦後、海軍工廠の施設を受け継いで市民が興した会社だ。佐世保市民には愛着がある。初の10万トンタンカー、日章丸を建造したことがSSK従業員のみならず佐世保市民の自慢。

昭和53年当時、従業員は8500人以上いた。(今は1200人程度か)だが、石油ショック後の造船不況で希望退職を募ったが、銀行が退職金の資金調達に応ぜず、倒産の危機に。当時の水野重雄日本商工会議所会頭ら国を挙げての救済劇で、再建に坪内氏が乗り出し、銀行も退職金を出したいきさつがある。

坪内氏がSSKの経営を引き受ける条件は①週休2日制をなくす②給料の25%カット③ボーナスなしーの三点だったと思う。


key01_121017[1]


労働組合は抵抗したが、所詮は同盟系の組合。「会社がなくなるよりまし」と条件を飲んだ。

私はSSKという会社が無くなっても、佐世保は米海軍と海上自衛隊の街。造船所は絶対に必要だから、退職金はもらえなくても、また終戦直後のように市民で会社を作ればいいというものだった。


town_spot_ssk[1]

坪内氏の経営哲学は徹底していた。従業員を洗脳教育をして「サービス労働をする」というリポートを書くまで寝かせずに教育を続けた。低賃金重労働を徹底して、看板制度(トヨタと異なる)とその日の工事目標を書かせる。もちろん就労時間の8時間ではできなく、約2倍の工事量を書かせ、それをやり遂げるまで帰さなかった。もちろん残業代はなし(残業代をと言うとリポートで書いただろうと言われる)。

また技術は金で買える、と言うのが坪内氏の哲学。新聞、テレビのインタビューなどで公言。SSKには優秀な技術者が多数いたが、優秀な技術者ほど反発。多くの技術者がSSKを辞めた。この事態に九州大学の造船の教授は「もうSSKには人材を出さない」と言ったほど。

辞めた技術者が来島ドックに派遣され驚いたという。設計図などなしに船を建造していたという。例えば499トンの同型船ばかり作っているから、従業員は勘を頼りに船を作っていたという。

これら技術者は日本が造船不況のため多くが韓国の大手造船所に行って技術指導。今、日本を苦しめている。「どんがら」だけをつくるのはすぐにSSKの技術に追いついた。

SSKの施設は明治時代の古いもの。韓国は新型。韓国は価格競争でSSKに勝ち、SSKは人件費削減のためにさらに合理化をした。

これには多くの事務系の従業員も含めついていけず、次々に退職。資材も地元からの調達をやめ、安い来島どっくと同じものを使った。

これに反発した組合は大規模なストをして、組合が勝利した。

だが坪内氏は「辻一三佐世保市長、国竹七郎労愛会(SSK労組)会長、佐世保商工会議所の佐藤達郎専務理事を佐世保の三悪人」と呼び、マスコミから坪内批判も上がったのを従業員に見せないために、愛媛で坪内氏がオーナーと出している「日刊新愛媛」という日刊紙をSSKOBを配達人にして従業員の自宅に配り、坪内批判を目に触れさせないようにした。
 
しかし労災事故は多く発生、確か昭和57年には10人が亡くなるバラウニ号火災も起きた。


だが、この方法も長くは続かず、坪内経営は挫折。平成3年にはSSKは坪内グループを離れた。

だが新しい船出も厳しく、技術もないから昔の方式で「どんがら」を造るだけ。三菱のように自衛艦やLNG船のような高付加価値の船は建造できない。
再建が坪内でなく、技術者を大切にしていたら、LNG、LPGの高付加価値の船を造っていただろう。この研究はしていたのだから。

私が佐世保に行く前の昭和50年頃だがSSKは100万トンドックを伊万里に造る計画を発表したら、佐世保市は反発。米軍に掛け合って佐世保市の崎辺地区に造るようにSSKに払い下げをした。だが造船不況などでつくられていない。私は今でもSSKは崎辺に新しい新式のドックを造るべきだと思う。
 
この伊万里に名村造船所がドッグを造ったのは皮肉か。

私は名村造船所と佐世保重工業の株式交換に関する契約締結のお知らせを読んだ。どこの新聞社の記事もこのプレスリリースを参考にして書いている。
こちらへ
それによると、リーマンショックを機に船価の低迷、既存船腹量は過剰で、今後、低価格の船を建造しなければならない。SSKはこの2年間赤字で、今後も赤字が予測される。これを克服する体力がなく、どこかの子会社になるしかないということ。

それで候補に挙がったのが、佐世保の近くの伊万里にドッグがある名村造船所で一定の規模を拡大して、設計などを一緒にしてスケールメリットをだ生かそうと言うこと。

何しろここ数年、合併や技術提携が進んでいる。造船部門は石川島播磨(IHI)、住友造船、日本鋼管、日立造船が統合してジャパンマリンユナイテッドを造り建造量は日本で今治造船に次いで2位。トップの今治も三菱と業務提携している。川崎重工業と三井造船の統合はつぶれたが。

佐世保は何度も言うように基地の街で造船はなくてはならない街。もしも坪内氏が来なくて(坪内の合理化で自殺者は大勢いる)、市民が新しい造船所を造ってはじめに自衛艦と米軍の艦艇の修繕からしていていた方が、佐世保市民にとっては幸せだったかもと思っている。坪内経営は前近代的で近代的ではない。つぶれるのが当たり前だ。