ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

夏の「缶ジュース」と北の「核兵器」の話

 当方がまだ日本にいた35年前以上昔の話だ。蒸し暑い夏の日だった。暑いから当然のように冷たい缶ジュースに手が出た。友人は飲まない。“金欠か”とおもって、「俺がおごるよ」と誘ったが、「君、その缶ジュースは砂糖水に過ぎないよ」といい、絶対に飲もうとしなかった。
 当方は友人の説明を聞きながら、砂糖水に過ぎないことを知っているが、蒸し暑さに負けて缶ジュースを飲む人間と、缶ジュースが甘味料過多の水だから、暑くても飲まない人間の2通りのタイプがいることを学んだ。友人は後者であり、当方はどうみても前者だった。

 もう少し説明する。当方が友人に感動を覚えたのはその知識、すなわち、缶ジュースが砂糖水だという点ではない。その程度の知識なら、当方も持っている。蒸し暑いにもかかわらず、冷たい缶ジュースが砂糖水だから飲まない、という「知識と行動」の一致に驚いたのだ。大げさに言えば、知識が行動を制御し、管理できる人間だからだ。余りにも卑近な例だが、35年前の時のことを今でも覚えているところを見ると、当方には新鮮な驚きだったのだろう。

 友人が大学院を行かずに仕事を探すと言いだした時、教授が、「大学院で勉強を続けるべきだ」と必死に説得したという。教授が授業できない時、彼が授業を担当した、という噂があったほどだ。その知識の豊富さは格別だったが、それ以上に、感情に支配されないクールさに当方は脱帽せざるを得なかったのだ。当方は知識や情報とは関係なく、その時々の感情や心の囁きに応じて行動するタイプだから、友人のような人間を見る度に、羨ましく思うのだ。

 友人のことを思い出しながらこのコラムを書いていると、突然というか、必然的にいうべきか、北朝鮮の金正恩第一書記のことが浮かび上がってきた。彼は友人のような人間ではないことは間違いない。国の指導者には、確かな知識と情報に基づいて行動を制御できる人が就くべきだが、怒りや懐疑心から約70人の幹部たちを既に粛清してきた若き独裁者・金正恩氏にはそのようなことは期待できないだろう。

 当方も感情主導型人間だが、独裁者ではない。しかし、金正恩氏は独裁者であり、彼の手には核兵器の核ボタンが握られているのだ。金正恩氏は朝鮮半島ばかりか、世界を恐怖に陥れることができる。北朝鮮は核兵器の小型化に成功したという。潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の実験も行っている。

 その国の指導者・金正恩氏は、核兵器が大量破壊兵器であることを知っているはずだ。しかし、核兵器は如何なる状況下でも絶対に使用できない武器であること
を同時に知っているだろうか。少々、不安になる。金正恩氏は友人のような人間ではないのだ。
 
 繰り返すが、蒸し暑い時、砂糖水に過ぎないと知りながらも缶ジュースに手が出る程度の「知識と行動」のアンバランスは大きな問題をもたらさないが、大量破壊兵器と知りながら、相手への憎しみや怒りを制御できす、核ボタンをいつでも押してしまうような人間が朝鮮半島に君臨しているのだ。世界はもはや安眠できない。金正恩氏の「知識と行動」のバランスが大きく崩れないように、国際社会は細心の注意を払わなければならないだろう。

日本人もやはり被害者だった

 第2次世界大戦後の世界の政治秩序構築は戦勝国の主導のもとで進められていったことは周知の事実だ。その代表的機関が国際連合だろう。国連の最高意思決定機関の安保常任理事国5カ国はいずれも先の大戦の勝利国か、ないしは支援国側だった。その結果、日本はドイツと共に大戦の全ての責任を背負わされ、多くの戦時賠償金を支払ってきたことは誰でも知っている。

 ニューヨークで開催中の核拡散防止条約(NPT)再検討会議で日本が提出した核被爆地の広島市、長崎市の視察要請に対し、中国側が強く反対したという。国際会議は国益の外交戦だ。中国が最終文書の中で広島、長崎市の視察要請が記述されることに反対したということは、中国の国益に反する何らかの理由があるからだ。

 15日のニューヨーク発の読売新聞電子版によると、「15日の会議で日本の佐野利男大使は、『次世代への教育のため(被爆地訪問は)最も効果的な方法の一つ』と述べ、記述を復活させるよう求めた。これに対し、中国の傅聡軍縮大使は、『なぜ中国のような国にまで訪問を強要するのか』と改めて反対を表明した上で、『もうたくさんだ』と語った」という。

 それでは、具体的に何が中国の国益に反するのか。考えられる点は、広島、長崎両市が世界最初の核兵器による被害地だという歴史的事実だろう。その事実が記述されれば、先の大戦の加害者側オンリーの日本に、被害者の側面が浮かび上がってくるからだ。当たり前の事実だが、画一的な思考しかできない国の指導者には容認できないのだろう。

 そうだ。日本はやはり被害国だったのだ。欧米諸国の対日経済封鎖が誘因となって、当時の日本政府は戦争に駆り出されたという理由からではない。戦争で無差別攻撃を受け、多数の国民を失ったという意味から、被害国でもあったという事実だ。

 東京大空襲を想起してほしい。多くの国民が米軍の空爆の犠牲となった。軍事関連施設以外の無差別攻撃は国際法違反だ。その意味で、日本人はやはり被害者でもあった。ドイツでも同じ例がある。ナチス・ドイツ軍の特定民族への大虐殺は議論の余地はない戦争犯罪だ。同時に、米英の連合国軍のドレスデン市大空爆も国際法に違反した蛮行だった。ドレスデン市はその無差別攻撃で完全に破壊された。犠牲者の多くは軍人ではなかった。

 戦争で一方的な被害国、加害国は存在しない。戦争を始めた国は加害国だが、戦争誘発の原因をみれば、100%加害国の責任とはいえない場合も少なくない。白と黒を区別するように、戦争の加害国、被害国の区別は簡単ではないのだ。

 さて、日本側がNPT再検討会議で被爆国の立場から加盟国に広島、長崎両市の視察を要望することは理解できる。大戦の加害国だから、被爆地の視察を要望できないという理屈はない。一方、「反日」を国策とする中国は、日本も同じように大戦で多くの犠牲を払ったという事実が再認識されることを避けたいのではないか。中国にとって、日本は加害国であり続けなければならないのだ。

 第2次世界大戦後70年が経過する。大戦の戦勝国家がその利益を無条件に享受できた時代は過ぎた。一方、敗戦国となった国もいつまでも自虐史の中に沈没する必要はない。戦争に対する反省、教訓を未来の発展に生かすべきだ。歴史が未来の発展の妨害となれば、それはもはや教訓ではなく、障害物に過ぎない。

 戦争は人類全てにとって敗北を意味する。同時に、戦争という悲劇から多くを学んだ側が最終的には勝利者となる。日本が敗戦後、近隣諸国へ経済支援を積極的に実施し、平和国家の建設に務めてきたことは、日本が過去の悲劇から少なくとも教訓を学んできたからだろう。一方、過去の一時期の結果に拘り、過去の奴隷となるならば、その国は本当の敗戦国となってしまう。「中国と韓国が被爆地の視察に反対するのは、歴史から学ぶ姿勢が乏しいからだ」と批判を受けても仕方がないだろう。

 日本は第2次世界大戦に対し責任を回避できない。同時に、被害国でもあったのだ。日本の過去を激しく批判する中国や韓国は被害国の特権をいつまでも独占出来ない。“戦後”の真の勝利国を決定するのは、世界の発展のためにどれだけ貢献したかだ。その意味で、日本人は自信を持つべきだ。一方、中国、そして韓国は戦後の世界貢献度レースでは、政府開発援助(ODA)の国別比較を指摘するまでもなく、日本の実績に比べて見劣りする。しかし、レースはまだ終わっていない。両国は日本に追いついき、追い抜くことができるのだ。グズグズしている場合ではない。70年前に終わった戦争に関連した反日批判は「もうたくさんだ」。

水素、ヘリウム、そして……

 宇宙の形成プロセスを振り返ると、ビックバーンから飛び出した莫大なエネルギーから水素、それからヘリウム、そして様々な素粒子、原子、分子が生まれ、星が誕生していったという。インフレーション論によれば、宇宙は今日も膨張を続けている。最も興味深い点は、宇宙に広がった最初のエネルギーは完全に消え失せることなく、形態を変えながらも今も存在し続けているという事実だ。

 火葬したとしても、自分という存在、厳密にいえば、自分を形成してきた原子や分子は完全には消滅しないという。極言すれば、人間は一旦存在した以上、完全にはゼロ(無)になれないのだ。死ねないのだ。
 宇宙物理学者はさまざまな器材(ハッブル望遠鏡など)を駆使して、宇宙形成時の重力波、ニュートリノなどを追跡している。宇宙形成初期の物質が今、自分の体を通過しているかもしれないのだ。

 ところで、人間の肉体を通過する物質が突然、その出自を想起し、その能力を発揮したとすれば、どうなるだろうか。21世紀に生きる人間の中に、何十億年前の宇宙形成史がその姿を垣間見せるかもしれない。インスピレーションはそのような過去の記憶が覚醒した瞬間のことではないか。

 チベット仏教の輪廻思想はひょっとしたら、昔々亡くなった人間の残滓が彷徨った後、ひょんなことから地球の人間の肉体に降臨し、その意識を目覚めさせた結果ではないだろうか。「自分は10世紀に生きていた王様だ」と主張する人がいる。それは10世紀に生きていた王様の何らかの残滓が21世紀に生きている人間に舞い降りてきた結果かもしれない。

 霊的現象もひょっとしたら、宇宙に彷徨う無数の意識を有する元素がひょんなことから地上の人間に降臨して顕現した時の現象かもしれない。地上で生きてきた人間は完全に無にはなれない。何らかの残滓が宇宙に彷徨っている。その残滓が当方の洋服についたとしても不思議ではないし、毎晩、台所に現れてくる幽霊は意識をもつ元素たちの姿かもしれない。

 当方の体を形成する元素には必ずや数世紀前に生きていた人間の残滓が含まれている。その中には、イエス降臨前の時代の人間もいるかもしれない。当方の記憶は当方独自の個人史だけではなく、当方の肉体を形成している元素の歴史が潜んでいるはずだ。当方の中に当方が体験したことがない過去の歴史が潜んでいることになる。

 なぜ、こんな荒唐無稽な話を書くのか、と聞かないでほしい。政治的テーマのコラムを書くのが疲れたからではない。当方の右手を形造っている意識を有する元素たちが自己主張を始めたからだ、と説明しておこう。

 当方は今、意識ある元素たちの自己主張に必死に抵抗しているところだ。自己防衛本能とは、過去のさまざまな意識と記憶を有する元素たちの支配に対して、生きている人間のレジスタンスだ。

 宇宙とその形成史を考えていると、当方の思考が地上の世界から浮上し、宇宙の果てに飛び散ってしまいそうになる。意識の中に宇宙の吐息が伝わってくる。人間を“小宇宙”というのはそのためだろう。

自殺が絶えない時代の「生きる知恵」

 精神分析学の創設者ジークムント・フロイト(1856〜1939年)は人間には死への本能があるという。タナトスと呼ばれる衝動だ。その衝動の有無は分からないが、自殺する人は絶えない。自殺する前、その人は通常、絶望している。その絶望をもたらす誘因に時代の影響が色濃く反映してくるのはやはり避けられないだろう。

 最も考えられる誘因は健康問題と共に、経済的理由だ。食べることができない、借金を返済できない、子供を養えない、といった理由だ。最近では、金融危機下にあるギリシャで若い世代の失業者が増加しているが、同時に、自殺者が急増している。ギリシャが2011年、財政危機を受けて緊縮策を実施した後、同国内の自殺者がそれ以前と比べ35・7%増加したという調査結果が米国とギリシャの研究チームによって発表されたことがある。

 海外反体制中国メディア「大紀元」(1月30日)によると、中国当局は党幹部の自殺や不審死などのデータを収集しているという。「共産党の人事を担当する中央組織部は今月初め、2012年11月の第18回党大会以降、不自然な死を遂げた党幹部らの状況を報告するよう地方当局に求めた」というのだ。習近平国家主席のラッパの音とともに開始された反腐敗キャンペーンの影響を受け、党幹部たちが自殺や不審な死を遂げているというのだ。「大紀元」によると、昨年1月から9月までに39人の党幹部が自殺したという。

 キリスト教や仏教など宗教界では、自殺は許されない。与えられた命を自ら断つことは、命を与えてくれた神を罵倒することにもなるからだ。だから、一昔までは、神父の自殺など考えられないことだった。しかし、神を信じる神父や牧師の自殺が報じられる世の中となってきたのだ。
 
 イタリア北東部のトリエステのローマ・カトリック教会の神父が昨年10月、自殺した。神父の所属する司教区の話によると、神父は13歳の少女に性的虐待を行ったことを司教に告白した直後、自殺したという。性犯罪を犯した若き神父が罪の痛みに耐えきれなくなって、自ら死を選んだというのだ(「一人の神父の『罪と罰』」2014年11月1日参考)。ちなみに、日本でも最近、1人の牧師が自殺している。聖職者に従事する神父や牧師が神の存在を信じないと堂々と告白する時勢だから、聖職者の自殺はもはや珍しいことではないのかもしれない。

 世界保健機関(WHO)によると、世界で1日平均、約3000人が自殺している。自殺者数では人口大国の中国が最も多く10万人以上。人口10万人に対する自殺率ではリトアニア、ベラルーシ、ロシアなどの旧ソ連/東欧諸国が久しく上位を占めてきた。旧ソ連・東欧の共産政権時代では自殺はタブー・テーマだった(「ミス・ハンガリーはなぜ自殺したか」2006年12月13日参照)。最近では、韓国の自殺率が高い。

 自殺の話をする時、当方は数年前、スーダン出身の国連記者から聞いた話を紹介する(スーダンと『自殺』の話」2007年6月5日参考)。なぜならば、その話の中に、自殺予防策が含まれていると確信するからだ。スーダンでは自殺はほとんどない。スーダンは欧米社会では考えられない「自殺の無い国」なのだ。

 スーダン人記者は「恋に破れた青年が自殺を考えながら森の中を歩いていた。すると、森の近くに住む叔父が彼を見つけて話し掛けてきた。青年は自殺できなくなった。青年の周囲には叔父、叔母など親戚が多数住んでいたからだ。そもそも独り住まいのスーダン人なんて、ほとんどいない。親戚や家族と一緒に生活している。食事も1人で食べることはない。だから、独り寂しく悩み、そして自殺を準備する、といった贅沢なことはわが国では出来ない」と語っている。

 スーダン人記者の話から、自殺予防の最強対策は、やはり「家庭の絆」ということが分かる。その「家庭の絆」が崩壊すれば、堤防のない河のようだ。大雨に襲われれば、住居が流されてしまうように、人生で危機に直面した時、人は容易に最悪の道を選択してしまう。家庭が崩壊している欧米社会で自殺が絶えないのは当然の結果ともいえるわけだ。

 しかし、時代の振子は元に戻らない。少子化が進み、大家族制の復興をもはや期待できない今日、東京にスーダンの社会を作ることは夢物語だ。それではどうしたら「家庭の絆」を維持し、強めることができるだろうか。幸い、インターネット時代の到来で都会に住んでいても田舎の実家と容易に連絡が取れ、話すこともできる。コミュニケーションの手段は存在する。もちろん。「家庭の絆」だけではない。相互援助のソーシャル・ネットワークの構築も重要だろう。人は一人では生きていけないのだ。

「中国には十分な空間がある」

 中国習近平国家主席は17日、訪中のケリー米国務長官に、「太平洋には米国と中国2カ国を受け入れるのに十分な空間がある」と述べ、南シナ海を含むアジア地域の覇権を米国と分かち合う2大国構想を表明したという。

 習近平主席の発言を読んで、「太平洋は確かに広大だが、中国も10億人以上の国民を養うことができる広大な領土を有している」と思い出し、習主席の発言に倣って、「中国には十分な空間がある」というキャッチフレーズが浮かび上ってきた。

 中国は多民族国家だが、中国共産党が政権を掌握して以来、独裁政権を維持してきたことは周知の事実だ。その中国が南シナ海の海洋権益をめざし、スプラトリー(南沙)諸島で人工島建設を進め、東南アジア諸国から懸念の声が上がっている。中国の覇権主義に対して、日本や米国は度々警告を発してきたが、中国側は、「南シナ海はわが国の影響下にある」と主張し、その覇権をこれまで繰り返し表明してきた。

 中国側の覇権主義に警告するという意味から、ケリー米国務長官が習近平主席に、「太平洋だけではなく、中国にも(米中2カ国を受け入れるのに)十分な空間がありますね」と述べたとすれば、北京政権は、「米国がわが国に戦争宣言した」と受け取り、パニックに陥ったかもしれない。

 中国は実際、広大な領土を有している。民族も多彩だ。韓族のほか、ウイグル族、モンゴル族など多数の少数民族を抱えている。ただし、中国の経済発展の恩恵は北京、上海、広州など一部の地域に傾き、まだまだ未開発地が少なくないことも現実だろう。

 ここにきて中国共産党にも陰りが見えてきた。共産党から脱退する数が先月14日、ついに2億人を超えたのだ。海外の反体制派メディア「大紀元」は、「中国共産党から『脱党』に署名した中国人は14日までに2億人を超えた。共産党が暴力で政権を奪い、独裁体制を敷いて65年。13億人は自由への抑圧や汚職氾濫、自然環境の悪化に苦しんでいる。脱党は、中国人の精神や道徳を共産党の束縛から解放し、自由を選択する1つの切符となっている」と報じている(「中国で来年『3退』総数が2億人突破」2014年12月5日参考)。

 経済分野でも異変が見られてきた。貧富の格差が拡大し、裕福な党幹部たちの海外移住が急増している。もはや、10年前の中国ではない。「大紀元」が4月27日報じたところによると、「中央政府直轄の『中国兵器装備集団』の子会社が21日、8550万元(約16億4000万円)の債券利息のデフォルトを発表、債務不履行に陥った初の中国国営企業となった」という。その前日には、広東省深セン市の大手不動産開発会社「佳兆業集団」が、5160万ドルの米国債利息が支払い不能になったという。一連のデフォルトは中国経済が危機にあることを示しているわけだ。

 中国共産党政権が南シナ海の覇権拡大に乗り出してきたのは、資源問題もあるが、それ以上に軍事的緊張を高めることで国内のさまざまな諸問題から目を逸らさせる戦略ではないか。そうであるならば、「中国には十分な空間がある」と警告を発することで、中華思想という「中国の夢」に拘る指導者を現実の世界に引き戻すのも外交の知恵だろう。実際、中国共産党政権は太平洋に目を向ける余裕などないのだ。

バチカンは「奇跡」と霊現象が怖い?

 ローマ法王フランシスコは来月6日、ボスニア・ヘルツエゴビナの首都サラエボを訪問する。ボスニアといえば、死者20万人、難民、避難民、約200万人を出した戦後最大の欧州の悲劇と呼ばれたボスニア紛争(1992〜95年)を思い出す人が多いだろう。ボスニアはデイトン和平協定に基づき、「ボスニア・ヘルツエゴビナ連邦」と「スルプスカ共和国」(セルビア人共和国)に分かれこれまで統治されてきたが、セルビア系、クロアチア系、イスラム系の3民族の真の和平からは遠く、現状は「冷たい和平」(ウォルフガング・ぺトリッチュ元ボスニア和平履行会議上級代表)が支配している。その紛争の記憶が生々しいボスニアをローマ法王が訪問するわけだから、法王の安全問題が懸念されるわけだ。

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▲クロアチア系住民とイスラム系住民間を結ぶボスニアの「スタリ・モスト橋」(2005年11月、ボスニアのモスタル市で撮影)

 ところで、ローマ法王のサラエボ訪問では、フランシスコ法王が聖母マリアの再臨の地メジュゴリエを訪問するかどうかで注目されてきたが、バチカン放送独語電子版が15日報じたところによると、サラエボの大司教ヴィンコ・プルジッチ枢機卿は記者会見で、「ローマ法王は聖母マリアの再臨の地を訪問する予定はなく、それに関連した話に言及する考えもない」と述べている。このニュースが流れると、多くのボスニアの信者たちは失望している(「『聖人』と奇跡を願う人々」2013年10月2日参考)。

 ボスニアの首都サラエボ西約50キロのメジュゴリエで1981年6月、当時15歳と16歳の少女に聖母マリアが再臨し、3歳の不具の幼児が完全に癒されるなど、数多くの奇跡が起きた。1000万人以上の巡礼者がこれまで同地を訪れているが、バチカンはメジュゴリエの聖母マリアの再臨を正式に公認していない。

 なぜ、フランシスコ法王はメジュゴリエを訪問しないのかについて、プルジッチ枢機卿は、「自分はメジュゴリエ調査委員会メンバーだから、詳細な内容を公開できない立場だ。調査結果は教理省に既に送られているから、そこで審議された後、法王がその結果を語るだろう」と説明した。
 前法王ベネディクト16世は2008年7月、「メジュゴリエ聖母マリア再臨真偽調査委員会」を設置。枢機卿、司教、専門家13人で構成された同委員会が10年3月に調査を開始している。

 バチカンは奇跡や霊現象には非常に慎重だ。イタリア中部の港町で聖母マリア像から血の涙が流れたり、同国南部のサレルノ市でカプチン会の修道増、故ピオ神父を描いた像から同じように血の涙が流れるという現象が起きているが、バチカン側は一様に消極的な対応で終始してきた。スロバキアのリトマノハーでも聖母マリアが2人の少女に現れ、数多くの啓示を行っているが、メジュゴリエと同様、公式には認定されていない。カトリック教会では「神の啓示」は使徒時代で終わり、それ以降の啓示や予言は「個人的啓示」とし、その個人的啓示を信じるかどうかはあくまでも信者個人の問題と受け取られてきた経緯がある。

 聖母マリア再臨地を実際訪問したオーストリアのカトリック教会最高指導者シェーンボルン枢機卿は09年12月、「メジュゴリエ現象は社会の平和に貢献する内容が含まれている。多くの若者たちが同地を訪れ、平和のために祈りを捧げ、病気が治ったり、回心者まで出ている」と報告し、同地には宗教的エネルギーが溢れていると証言している。
 メジュゴリエ公認問題が難しい背景には、バチカンの姿勢もそうだが、巡礼者へのケア問題で現地のフランシスコ会修道院と司教たちの間で権限争いがあるからだともいわれる。

 参考までに、日本人にも良く知られている聖母マリアの再臨の地は「ルルドの奇跡」と「ファティマの聖母マリア再臨」だろう。両者はバチカンから正式に「聖母マリア再臨の地」として公認され、信者たちの巡礼の地となっている。フランシスコ法王は2017年、ファテイマの聖母マリア再臨100年を記念して、同地を訪問する予定だ。

 紛争前、サラエボは多民族共存のモデル都市であった。サラエボで冬季五輪大会(1984年2月)も開催された。ローマ法王のサラエボ訪問がどのような成果をもたらすか現時点では不明だ。フランシスコ法王のサラエボ訪問時には隣国から5万人以上の信者たちが集まってくると予想されている。

“イスラム教のルター”はどこに?

 マルティン・ルター(1483〜1546年)が1517年10月31日、教会の刷新を訴えた「95カ条の議題」をヴィッテンベルク大学の聖堂扉に貼り出した。その瞬間、欧州の宗教改革の火が灯された。あれからまもなく500年を迎えようとしている。ルターの宗教改革500年を控え、プロテスタント教会ばかりか、ローマ・カトリック教会でもさまざまな記念行事が予定されている。

 ルターが宗教改革を実施した背景については、多くの読者は世界史で学ばれたことだろう。バチカン法王庁を中心としたキリスト教会が贖宥状(免罪符)を販売し、巨額な資金を集めるなど、当時の信仰は形骸化していた。教会の刷新を願い、バチカン中央集権に反対し、聖書に信仰の基礎を置くべきだと主張して立ち上がったのがルターたち宗教改革者だ。ルターは「人間は善行によって義となるのではなく、信仰で義とされる」と主張(信仰義認)、教会や修道院生活ではなく、信仰を土台とした生活の重要性を指摘した。その結果、欧州教会はカトリック教会(旧教)とプロテスタント教会(新教)に分裂していったわけだ。

 ここまで書いてきて、「イスラム教にはルターのような宗教改革者はどうして現れないのか」という不思議な疑問が湧いてきた。イスラム教は後継者に基づいてスンニ派とシーア派に大きく分かれているが、最後の預言者ムハンマドが語った内容をまとめた聖典コーランの基本的教えには相違はない。トルコのエルドアン大統領が「イスラム主義などは存在しない。存在するのはイスラム教だけだ」と主張し、イスラム教の普遍性を強調している。

 日刊紙プレッセのコラム二スト、クリスチャン・オルトナー氏は15日付のコラムの中で、ソマリア出身の著名な政治学者アヤーン・ヒルシ・アリ(Ayaan Hirsi Ali)女史(オランダ元下院議員)の話を紹介している。女史はイスラム教が21世紀の社会に合致し、受け入れられるための条件として、「5カ条の改革案」を提案している。

 それによると、\仕汽魁璽薀鹵犖貪解釈の中止、▲轡礇螢中止、M萓い鮓柔い茲蟒斗彁襪垢訐こΥ僂ら決別、だ鎖静指導者のファトワー(勧告)宣布の権限廃止、 聖戦思想の破棄、の5カ条だ。オルトナー氏は、「これらが実行されれば、多くのイスラム教徒から『イスラム教ではない』と受け取られ、改革者は異教と酷評され、悪くすれば命も狙われる危険が出てくる」と考える。共産主義がその終焉前、「人間の顔をした社会主義」を標榜する共産党指導者が出てきたが、時間の経過とともに、その思想は消え失せていった。オルトナー氏は「イスラム教の基本的思想を排除すれば、そのイスラム教も『人間の顔をした社会主義』と同様の運命に陥ってしまうだろう」と予想している。
 
 当方も一人のイスラム教徒を知っている。彼はイスラム教の大刷新を主張し、人権の尊重から女性の権利、少数宗派の自由など、その考えは普通のキリスト教徒のそれに近い。彼は「オーストリア・リベラル・イスラム教」を創設して、イスラム教の改革を要求しているが、イスラム社会では少数派に過ぎない。それだけではない、彼はイスラム教根本主義者たちから脅迫状を受け取り、命すら狙われているのだ。

 コラムニストのオルトナー氏は、1400年間、改革されなかったイスラム教が改革されるとは期待できない、という結論に到達している。通称アラブの春(アラブの民主化運動)もそうだった。結局はイスラム教根本主義勢力が勢いついただけだった。ちなみに、イスラム教の歴史を振り返ると、イスラム復興運動(サウジアラビアのワッハーブ派)も生まれたが、あくまで昔の良き時代への回帰思考であり、刷新ではない。

 21世紀に入り、イスラム過激テロ組織「イスラム国」が出現、国際社会を震え上がらせている。イスラム教へのネガテイブなイメージは更に拡大され、イスラム・フォビアは席巻している。当方は、「考え方によっては、『イスラム国』の台頭がイスラム教の刷新の絶好の機会となる」とみている。なぜならば、「イスラム国」のイスラム教が本当のイスラム教ではないと、多くのイスラム教徒は考えているからだ。

 イスラム教が誕生して1400年が経過する。イスラム教のルターが台頭してきても不思議ではない。危機の状況は新しい刷新の絶好の機会ともなるはずだ。改革の使命を担った人物が生まれてくるのを期待したい。

独でNSAの産業スパイ活動浮上 

 当方はこのコラム欄でメルケル独首相を称賛するコラムを掲載したばかりだが、その「世界で最も影響力を有する女性」のメルケル首相が窮地に陥ってきたのだ。米国家安全保障局(NSA)と独連邦情報局(BND)が連携してネット上の無数の個人情報を収集し、機密プログラムを駆使して産業スパイ工作などを行い、ドイツの国益に損害を与えていたこと、その事実をメルケル首相、最側近のトーマス・デメジェール内相やペーター・アルㇳマイヤー官房長官らは2008年以来、知っていたが対策を講じなかった疑いがもたれているからだ。

 これまで従順な連立政権パートナー役を務めてきた社会民主党(SPD)党首のガブリエル経済相がメルケル首相を批判し出したのだ。独週刊誌シュピーゲルによると、ガブリエル経済相はメルケル首相に、NSAがドイツ国内で産業スパイをした疑いについて問い合わせたが、首相からは「ない」という返答を受け取ってきた。NSAがBNDの助けを受け国内で産業スパイ活動をしていたことが明らかになれば、メルケル首相は連立パートナーに嘘をついたことになる。

 社民党やメディアから「NSAが作成した特殊プログラム(選択子照合リスト=Selektorenlist、探索文字列=Suchbegriffe)を公表すべきだ」という要求が出てきた。それに対し、メルケル首相は「BNDの国家機密に関する内容は公表できない」という基本姿勢を繰り返している。

 欧米の情報機関が相互助け合い情報を共有することは通常だが、NSAがドイツ企業をスパイし、BNDがそれを知りながら助け、情報を米国側に流していたとなれば、国益に反する犯罪行為となる。ちなみに、NSAとBNDは2002年、何を盗聴し、何をしないかなどを明記した協定を締結しているが、NSAがその協定に違反している疑いが出てきたわけだ。「メルケル政権が公表を拒否するならば、カールスルーエ(独南部)の独連邦憲法裁判所に訴えるべきだ」という声も聞かれる。

 元NSA職員のエドワード・スノーデン氏はシュピーゲル誌(5月9日号)とのインタビューの中で、「NSAが独シーメンス社の情報を収集していたことを明らかにしたが、NSAの産業スパイ活動は既成の事実だ」と証言している。シュピーゲル誌によると、産業スパイによる年間損害額は510億ユーロになるという調査結果があるという。

 シュピーゲル誌が実施した世論調査では、国民の69%が「メルケル政権はBNDを十分監視下に置いていない」と受け取り、「十分監視している」は16%に過ぎなかった。ただし、「BNDとNSAとの情報工作問題でメルケル政権への信頼が減少した」と感じる国民は33%に過ぎず、63%は「信頼は変わらない」と答えている。

 2013年10月、NSAがメルケル首相の携帯電話を盗聴していたことが発覚して以来、両国関係は急速に冷たい関係となった。昨年7月2日には、独情報機関関係者が218件に及ぶ機密文書を米国側に売り、2万5000ユーロを受け取っていたことが発覚した。その数日後(7月9日)、今度は独連邦国防省職員のスパイ容疑が浮上した、といった具合だ。メルケル政権は昨年7月10日、駐ベルリンの米情報機関代表者(CIA)に国外退去を命じたほどだ。

 米国が同盟国ドイツ国内で情報活動を展開する主要理由は、ドイツが他の欧州諸国とは違い、ロシアやイランとの関係が深いことと、米国内多発テロ事件(2001年9月11日)の容疑者の多くがテロ前にドイツ国内に潜伏して、テロの訓練を受けてきた事実が明らかになったからだ(「米国がスパイ活動する尤もな理由」2014年7月13日参考)。

 メルケル首相は14日、女子サッカーのチャンピオンズリーグ決勝戦を観戦していた。贔屓のフランクフルトが2対1でパリ・サンジェルマンを破り、優勝すると、飛び上がって喜んでいる首相の姿がテレビで映し出された。NSAとBNDの不法な情報活動でメディアから厳しく追及されている最中、サッカー試合を観戦するメルケル首相には、余裕すら感じられた。あと半年で首相在位10年目を迎えるメルケル首相はどのような苦難に直面してもポーカーフェイスで乗り越える知恵を持った政治家なのだろう。ただし、NSAの産業スパイ活動の実態が更に明らかになった場合、対米関係の見直しと共に、メルケル首相の責任問題が浮上してくるのは避けられなくなる。

バチカン、パレスチナ国の承認へ

 世界に約12億人の信者を抱えるローマ・カトリック教会の総本山があるバチカン市国はパレスチナの国家承認に踏み込むことを決定し、パレスチナ交渉団との最終文書(基本協定)の作成をこのほど完了した。
 バチカンとパレスチナ両国作業グループが13日明らかにしたところによると、「最終的な文書作成で満足いく進展があった。文書は調印を待つだけだ。正式の調印式は近いうちに行われるだろう」という。

 バチカン国務省外務局のアントワン・ カミレリ次官補はバチカン日刊紙オッセルバトーレ・ロマーノの14日付のインタビューの中で、「最終文書は、通常のバチカンの外交文書と同様だ。パレスチナ内のローマ・カトリック教会の地位、信仰の自由の保証などが記述されている。その他、パレスチナとイスラエルの2国家案の枠組みでの和平実現を支持する旨が明記されている」と説明している。

 バチカンは2013年末以来、非公式だがパレスチナを国家と呼んできたが、ここにきて正式に国家承認することになったわけだ。バチカンとパレスチナ解放戦線(PLO)は2000年、基本原則に関する協定を締結し、04年にはその内容を具体化するために委員会設置を決定した。そして、前法王べネディクト16世が2009年、ベツレヘムを訪問し、バチカンとパレスチナ間の関係促進で一致した経緯がある。

 バチカンのパレスチナ国家承認というニュースが流れると、イスラエル外務省は、「バチカンの決定に失望した」と表明。一方、パレスチナ自治政府側は、「平和と公平の実現に貢献する決定だ」と高く評価している。

 フランシスコ法王は昨年6月8日、中東和平の実現のために、「信仰の祖」アブラハムから派生したユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教の3宗派代表として、ユダヤ教代表のイスラエルのペレス大統領、そしてイスラム教代表のパレスチナ自治政府アッバス議長をバチカンに招き、祈祷会を行うなど、中東和平に努力している。


 バチカンからの情報によると、パレスチナ自治政府のアッバス議長は16日、ローマ入りしてフランシスコ法王を謁見するという。同議長は17日、サン・ピエトロ広場で挙行されるパレスチナ出身の2人の修道女の列聖式に参加する予定だ。

 なお、国連総会は12年11月29日、パレスチナを「オブザーバー組織」から「オブザーバー国家」に格上げする決議案を採択したが、パレスチナを国家承認している国は既に130カ国を超える。パレスチナは2011年10月末、パリに本部を置くユネスコ(国連教育科学文化機関)に加盟したが、今年4月1日には国際刑事裁判所(ICC)に正式に加盟するなど、国家承認国との関係を強化し、パレスチナの国際社会での地位向上に努力している。

交通信号灯に「同性愛者」を表示

 音楽の都ウィーン市の5月は一年中で最も美しい月だ。世界から旅行者が殺到する本格的な観光シーズでもある。5月から6月にかけ、同市では3つのイベントが控えている。

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▲同性愛者を表示した交通信号灯(2015年5月12日、ウィーン市内で撮影)

 最大のイベントは欧州ソング・コンテスト、ユーロヴィジョン(Eurovision)だろう。19日に予選がスタートし、23日に決勝戦が行われる。デンマークのコペンハーゲンで昨年開催されたコンサートでオーストリア出身の歌手コンチタ・ヴルストさんが優勝したことで、オーストリアが今年の主催権を獲得したからだ。ヴルストさんは同性愛者で、髭を付けたまま化粧した顔に女装して舞台に立ち、最高点を獲得した(「『音楽の都』を占拠する同性愛者たち」2014年5月17日参考)。
 ヴルストさんは大手銀行の広告にも出るなど、オーストリアでは既にスーパースターだ。欧州全土で同時中継される今回のイベントでもゲスト出演し、歌を披露する予定だ。

 それに先立ち、16日にはHIV支援のライフ・バルが市庁舎前広場で開かれる。毎年、クリントン米元大統領が招かれている。そして欧州ソングコンテスト後、6月20日には Regenbogenparade (ラブ・パレード)だ。ホモ、レズ、両性愛者など(LGBT)が連帯して差別に反対を訴え、半ば裸姿で市内をパレードする、といった具合だ。

 ところで、上記3つのイベントの共通点は何か、といわれれば、同性愛者がいずれも大きな役割を果たしていることだろう。だから、というわけでもないが、ウィーン市当局はこのほど市内49カ所の交差点の信号機に同性愛者を表示したランプの設置を決定し、11日には第1号信号機がウィーン大学周辺の交差点に登場したばかりだ。

 市当局によると、13日までに49カ所の交差点の信号機に同性愛者を描いたランプに入れ替えられる。2人の男性が表示されたランプと2人の女性が描かれたランプだ。同性愛者表示ランプは6月末まで続けられるという。

 ウィーン市交通担当局(MA33)は、「新しいランプはウィーン市の寛容と開放を象徴している」と、その意義を強調するが、それだけではないだろう。10月11日に実施予定のウィーン市議会選と密接に関係しているはずだ。なぜならば、ウィーン市議会は社会民主党と「緑の党」の連合政権だ。両党とも同性愛者の権利を支持している。同性愛者の支持を狙った両党の選挙運動と、受け取るほうが妥当だろう。
 野党のキリスト教系保守政党の国民党と極右派政党「自由党」は、「予算の浪費だ」、「戦後最大の失業者を抱えている時に同性愛者のプロパガンダでしかない交通信号機の表示替えに公費を使用することは馬鹿げている。一般市民は理解に苦しむだろう」と批判している。ちなみに、信号機の標識変更のために約6万3000ユーロ(約850万円)かかるという。

 オーストリアを含む欧州諸国では、同性愛者の市民権は既に定着している。欧州の政治家たちは、同性愛者を承認することでリベラル、寛容さがアピールできると密かに計算している。欧州メディア界もほぼ同じだ。同性愛者容認=寛容、と考え、同性愛の問題点を正面から取り扱うことは少ない。だから、同性愛者を表示した信号灯の出現を報じるが、あくまで読者の好奇心をそそるだけだ。

 同性愛者を表示した信号ランプを見ながら、ウィーン市民は何を考えるだろうか。「ウィーン市の寛容さ」だろうか、ベートーヴェン研究家として有名なロマン・ロランが著書に中で指摘したように、「ウィーン市の軽佻さ」だろうか。
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