ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

金正恩氏の公約と「現実」との深い溝

 36年ぶりに開催された第7回北朝鮮労働党大会は、新設された党最高位の党委員長に金正恩氏が就任したことを報じ、幕を閉じた。
 金正恩党委員長は開幕の演説で「核開発」と「国民生活の向上」を主要課題とした「並進政策」を掲げ、2016年から2020年の「国家経済発展5カ年戦略」を発表した。

 30歳代の若き独裁者は野心的な課題を掲げたが、当たり前のことだが指導者の真価はそれらの公約が実行できるかどうかにかかっている。核開発は別の機会に論じるとして、ここでは国民生活、国民経済の改善について少し考えてみた。

 基本的な疑問は、独裁者は国民の生活向上に本当に関心があるか、という点だ。金正恩氏は2011年12月父親の金正日総書記の死後、政権を継承して以来、「人民」の生活向上を機会ある度に強調してきた。
 具体的には、金正恩党委員長は政権就任直後、綾羅人民遊園地を完成し、平壌中央動物園の改修、そして世界的なスキー場建設など、国家プロジェクトと遊戯用インフラの整理に腐心してきた。空の玄関、平壌国際空港が近代的に改築オープンしたばかりだ。全ては「人民生活の向上」のため、という名目付のプロジェクトだった。


 2番目の疑問は、「空腹に悩まされる一般市民が遊園地やスキー場に足を運ぶか」であり、「海外旅行の自由もない人民に、国際空港の近代化はどんな意味があるか」だ。

 だから、金正恩氏の「国民の生活向上」は、「大多数の生活苦にあえぐ人民のためというより、指導部エリート層の生活向上のためのインフラ整備といった傾向が強い」という意地悪な批判も飛び出してくるわけだ(「金正恩の『ゲティスバーグの演説』」2015年10月14日参考)。

 ところで、オーストリア第2の都市グラーツ出身の映画監督 Pirmin Juffinger 氏は先日、4人の国際スノーボード選手らと共に北朝鮮を訪問し、金正恩氏が世界に誇るスキー場、馬息嶺スキー場を訪ねて撮影した。その後日談がグラーツの日刊紙「クライネ・ツァイトゥング」( Kleine Zeitung )に掲載された。記事のタイトルは「グラーツから北の幽霊スキー場へ」だ。金正恩党委員長が国民生活の向上のために党と軍に発破をかけ取り組んできた国家プロジェクトの“現実”を知るうえで参考となる。

 馬息嶺(Masikryong)スキーリゾートは平壌から東へ175km、元山市に近いところにある。2014年1月にオープンしたばかりだ。11本のコースが造成され、ゲレンデの下には、プール、カラオケバーなどが完備された高級ホテルがある。
 「5000人の観光客で一杯と言われたホテルは幽霊が出てきてもおかしくないほど、閑古鳥が鳴いていた」という。それだけではない。「滑降コースでスキーを滑っている人を見なかった」というのだ。また、一行が乗ったリフトは「今にも壊れそうな不気味な音を出していた。正直いって怖かった」という。帰路の高速道路には雪が積もっていたが、数百人の労働者が原始的なスコップで除雪しているのが目撃されたという。

 ちなみに、オーストリア国営放送は先日、北朝鮮現地取材のルポを報道したが、取材班が平壌のアパートメントを訪ねるシーンが放映された。北側の随伴者がその家の子供にバナナをあげた。北の子供はバナナも自由に食べられることを見せたかったのだろうが、バナナをもらった子供はその果物をどのように食べていいか分からず戸惑った。随伴者は慌てて、「早くバナナの皮をむいて子供に食べさせて」と、促す場面が映っていた。

 金正恩氏のやる気は評価しなければならないが、国民が今、何を求めているか、彼らの日常生活はどうか、などの基本的な情報が同氏には致命的に欠けている。「どこにあっても独裁者はいつもそうだよ」というならば、それまでだが……。心が痛くなるほど、金正恩氏の公約と現実の間には深い溝が横たわっているのだ。

大統領選の本当の敗北者は誰か

 オーストリア大統領選挙は3万1026票の僅差で「緑の党」前党首のアレキサンダー・バン・デ・ベレン氏(72)が極右政党「自由党」候補者ノルベルト・ホーファー氏(45)を破り、当選したことは報告済みだ。同大統領選は文字通り、国民を完全に2分した。メディアは「極右」対リベラル派、右翼対左翼といった構図から報じたほどだ。

 大統領選の両候補者は政治的信条では確かに右と左だ。ホーファー氏は「バン・デ・ベレン氏とは政治的立場が好対照だ。それだけに、戦いやすい」と述べていた。

 決選投票では、与党第1党の「社会民主党」、「緑の党」、「ネオス」などの政党がいち早く反ホーファーを掲げ、バン・デ・ベレン氏を支援した。政党の中で唯一、支持候補者を明確に表明しなかったのはキリスト教系保守政党「国民党」だけだ。しかし、同党の中にも元党首のエルハルト・ブセック氏や欧州連合(EU)の元農業担当委員フィッシャー氏は「ホーファー氏を大統領にしてはならない」として、バン・デ・ベレン氏支持を個人的に表明するなど、国民党内で意見が分かれていることが明らかになった。

 国民党はドイツの「キリスト教民主同盟」(CDU)の姉妹政党だ。CDUがメルケル首相の下で依然、第1党の力を維持しているが、国民党は社民党の連立パートナー政党に過ぎず、その勢力は選挙戦ごとに得票率を下げてきた。国民党は大統領選では保守派論客のアンドレアス・コール氏(元国民議会議長)を擁立したが、6候補者中、5番目の結果(得票率約11%)で惨敗してしまった。

 保守政党「国民党」の低迷は深刻だ。「国民党は本来の世界観を失い、リベラルな社会に迎合していった結果、その求心力を失っていった」と受け取られている。例えば、家族観でも従来の男と女の家庭観から同性婚容認の声が党内で支配的となってきている。ちなみに、同性婚問題ではっきりと反対を主張しているのは極右政党「自由党」だけだ。バン・デ・ベレン氏が所属している「緑の党」は同性婚を積極的に支持する立場だ。だから、伝統的保守派の有権者は選挙では極右政党に票を投じる以外に他の選択肢がなくなってきたのだ。

 国民党の低迷化は同国の主要宗教、ローマ・カトリック教会の現状とも密接な関連性がある。オーストリアは国民の約63%がカトリック教徒の国だったが、ここ数年、聖職者の性犯罪の多発などで影響力を失い、教勢が急速に失われている。

 日本の読者には理解できないかもしれないが、候補者の宗教問題は有権者に依然、大きな影響力を持っている。だから、選挙戦のTV討論では必ず、司会者から宗教関連の質問が飛び出す。

 新大統領に選出されたバン・デ・ベレン氏は無宗教だ。TV討論で司会者から「あなたの信仰は」と聞かれる度、「信仰はない」と短く答えてきた。一方、ホーファー氏は「当然、信仰を持っている。カトリック教会信者だったが、今はプロテスタント教会の信者だ」と答えた。ちなみに、7月初めに2期12年間の任期を満了して退任するフィッシャー現大統領は不可知論者を自任している左翼知識人の代表だ。

 国営放送の討論では司会者が「教室に十字架を掛けるべきか」という質問を出した。ホーファー氏は「当然だ」と答え、バン・デ・ベレン氏は「教室内の十字架問題をテーマ化することは避けたい。十字架が掛かっているのならそのままにしておけばいい」と消極的容認論を展開させている。キリスト教徒の有権者の支持を失いたくないからだ(同国の学校法では、生徒の過半数以上がキリスト教徒の場合は十字架を掛けることになっている)。

 バチカン放送独語電子版は23日、「大統領選はカトリック信者にとってカタストロフィーだった」という「オーストリア・カトリック・アクション」のGerda Schaffelhofer会長のコメントを掲載していた。同会長は、「選挙戦は最初から大統領に相応しい候補者を探すというより、現連立政権への抗議だった」と述べている。この指摘は多分、正論だろう。
 
 興味深い点は、オーストリアのカトリック教会でもホーファー支持派とバン・デ・ベレン氏派に分裂していたことだ。例えば、ザルツブルク大司教区のラウン司教補佐は、「バン・デ・ベレン氏を支援する人々は過激な左翼の人間だ。教会としてはホーファー氏を支持すべきだ」と主張。一方、「カトリック教会女性同盟」はバン・デ・ベレン氏を支持表明する一方、ザルツブルク大学神学部教授陣は「ラウン司教補佐の発言は他の信条を持つ人々との対話促進を明記した第2バチカン公会議の合意内容に反する」と批判している、といった具合だ。  

 ラウン司教補佐の発言が報じられると、同国最高指導者シェーンブルン枢機卿が、「教会はどの候補者を支持すると表明する立場ではない」と述べ、ラウン司教補佐の発言を教会関係者としては相応しくないという立場を示唆している。

 まとめる。大統領の決選投票は、国民党とローマ・カトリック教会が自身の信条を代表する候補者を失い、その求心力を急速に失っていったことを端的に示す機会となった。その意味で、両者は大統領選の本当の敗北者だった。

“ホーファー旋風”恐れる欧州政界

 オーストリアで22日、大統領選挙の決選投票(有権者数約638万人)が実施され、野党第2党「緑の党」前党首のアレキサンダー・バン・デ・ベレン氏(72)が23日、郵送票での差で、得票率50・35%を獲得、極右政党「自由党」のノルベルト・ホーファー氏(45)を僅差(3万1026票)で逆転し、当選した。

 「欧州初の極右政党出身大統領の誕生」は回避されたが、極右政党の候補者が得票率49・65%を確保したという事実に欧州政界はショックを受けている。1カ月後の英国の欧州連合(EU)の離脱を問う国民投票の行方や、2017年に実施されるフランス大統領選にも少なからずの影響を与えるのは必至と受け取られているからだ。

 オーストリアの大統領職は名誉職的ポストであり、政治実権は少ない。その大統領選にメディアはこれまで余り関心を払わなかったが、今回は200人余りの外国人ジャーナリストがウィーン入りし、決選投票の行方を取材した。オーストリア大統領選の結果が欧州全土に影響を与えると受け取られたからだ。米紙ニューヨーク・タイムズは「ホーファー氏の大統領選出は欧米諸国への警告を意味する」と報じていたほどだ。

 4週間余りの決選投票選挙戦では、ホーファー氏の当選を阻むために、社民党、「緑の党」、「ネオス」など他政党が早々とバン・デ・ベレン氏支持を表明し、辞任したフィアマン首相の後任、ケルン新首相(社民党出身)も就任直後、バン・デ・ベレン氏支持を明らかにするなど、自由党を除く与・野党が結束してホーファー落としに腐心した。

 同国で2000年2月、自由党が参加したシュッセル連立政権が発足した際、EUがオーストリアとの外交関係を制限するなど制裁を行使したことがある。当時と今回では欧州の政治情勢は異なるが、極右政党の大統領誕生はその悪夢を再現させる危険性がある、といった不安が国民の中にはある。

 自由党はブリュッセル主導のEU政策には批判的で、EU・米国間の包括的貿易投資協定(TTIP)に反対し、TTIPを問う国民投票の実施を要求する一方、難民問題では、“オーストリア・ファースト”を前面に出し、外国人排斥を選挙戦では訴えて、躍進してきた。欧州レベルでは、フランスの ジャン= マリー・ル・ペン党首が率いる「国民戦線」、オランダのヘルト・ウィルダース党首の「自由党」など欧州の極右政党との連携を深めている。

 その一方、自由党はナチス・ヒトラーの戦争犯罪を批判し、明確な距離を置いてきた。シュトラーヒェ党首は先日、イスラエルを訪問し、イスラエルとの関係を深め、「ネオナチ党」のイメージ払拭に努力、イェルク・ハイダー党首時代(1986〜2005年)の路線から決別し、政権担当能力を有する新しい右派路線を模索し出している。ただし、党員の中にはネオ・ナチを彷彿させるメンバーも加わっていることも事実だ。ホーファ―氏自身はドイツ民族への憧憬心が強い民族主義的学生組合(Burschenschaft)の名誉メンバーだ。


 独週刊誌シュピーゲル(電子版)は24日、「ドイツでホーファー旋風に不安」というタイトルの記事の中で。「200万人以上の有権者が大統領選で極右政党の候補者に票を投じた事実は看過できない」と指摘、「ホーファー氏の成果がドイツにも影響を与えるか」と自問し、「十分考えられる」と答えている。具体的には、ドイツの極右派勢力「ドイツの為の選択肢」(AfD)への影響だ。2013年2月、ベルリンで設立されたAfDは難民受入れに批判的であり、イスラム・フォビアが強い。

 ガウク独連邦大統領は23日、「ドイツ社会の過激化」に警告を発する一方、社会民主党(SPD)のオッパーマン議員は「オーストリアで起きたことをドイツで再現させてはならない」と強調している。

 ホーファー氏は敗戦後、「大統領にはなれなかったが、次期総選挙でシュトラーヒェ党首を連邦首相にさせる」と決意を新たにしている。欧州政界にとって、吹き荒れる“ホーファー旋風”にどのように対応するかが大きな政治課題だ。

消去法で“極右”大統領を回避

 オーストリアで22日、大統領選挙の決選投票(有権者数約638万人)が実施され、野党第2党の「緑の党」前党首のアレキサンダー・バン・デ・ベレン氏(72)が23日の郵送投票分の集計後、極右政党「自由党」が擁立したノルベルト・ホーファー氏(45)を逆転し、得票率50・35%を獲得し、当選した。新大統領の就任式は7月8日、任期は6年間。

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▲オーストリア決選投票は国民を完全に2分した(2016年5月23日、国営放送から撮影)

 ハインツ・フィッシャー現大統領(社会民主党出身)が2期12年間を満了し、7月退任するのを受けて実施された大統領選の第1回投票(4月24日)では、「社会民主党」や「国民党」の2大連立与党が擁立した候補者が惨敗。決選投票は得票率約35%を獲得してトップとなったホーファー氏と、21%で2位となったバン・デ・ベレン氏の野党出身の2人の政治家の戦いとなった。

 決選投票の集計は22日中に勝者が判明せず(50% 50%)、有権者の14%に相当する郵送分約88万票の行方で決せられることになった。最終投票率は約72・7%だった。

 決選投票の選挙戦では、ホーファー氏の当選を阻むために、社民党、「緑の党」、「ネオス」など他の政党が早々とバン・デ・ベレン氏支持を表明し、辞任したフィアマン首相の後任、ケルン新首相(社民党出身)も就任直後、バン・デ・ベレン氏支持を明らかにするなど、反ホーファー氏陣営が構築されていった。

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 有権者の1人は、「彼なら当選しても何もしないだろうから、彼に投票したよ」と少々皮肉に聞こえるコメントをしていた。彼とはバン・デ・ベレン氏(72)のことだ。一方、「ホーファー氏が当選すれば、何をするか予想できない不安がある」というのだ。

 この有権者は大統領職そのものに余り期待していないことが推測できる。実際、オーストリアの大統領職はあくまで名誉職であり、政治的実権は少ない。政権や閣僚の任命が最大の仕事であり、あとは外国を訪問し、ゲストを迎え、オーストリアのイメージを高めることぐらいだ。

 民主主義の要は国民に選挙権が付与されていることだ。国民は自分が信じる人に投票できる。複数の政党、候補者から可能な限り、最善の候補者を選び出し、自身の票を投じる。しかし、オーストリア大統領選では少々違っていた。換言すれば、ベストを選ぶのではなく、最悪を回避する消却法で投票する有権者が多かったことだ。すなわち、ホーファー氏を大統領に当選させないため対抗候補者のバン・デ・ベレン氏に票を入れた有権者が多かったわけだ。

 ホーファー氏は極右政党のナンバー2であり、自由党は外国人排斥政治を標榜し、欧州連合(EU)にも非常に懐疑的な政党である。フランスの ジャン= マリー・ル・ペン党首が率いる「国民戦線」、オランダのヘルト・ウィルダース党首の「自由党」などと同じだというわけだ。ホーファー氏の大統領就任はオーストリアを欧州社会から孤立化させる、といった反ホーファー陣営のアピールが成功した。

 ちなみに、国営放送(ORF)が依頼して実施された投票動機に関する調査で、バン・デ・ベレン氏に投票した有権者の約48%は、「ホーファー氏の大統領勝利を阻止したいから」と答えている。

 バン・デ・べレン氏しか選択肢がなかったことはオーストリア有権者にとって不幸だった。「緑の党」前党首が大統領職に相応しいと考えた有権者は少なかった。政治信条も過去、共産党、社会党、そして「緑の党」と何度も転身してきたバン・デ・ベレン氏を理想的大統領と考えた人は少なく、白紙のまま投票する有権者も少なくなかった。

 一方、ホーファー氏は勝利できなかったが、自由党の大統領候補者が約50%の得票率を獲得したという事実は無視できない。極右政党の躍進は、難民対策、失業者の増加など社会情勢が背景にあることは確かだが、最大の主因は欧州の政界を主導してきた2大政党、キリスト教民主系政党(独、キリスト教民主同盟、オーストリア国民党など)と社会民主党系政党の政治に対する国民の批判票だ。
 キリスト教価値観をなし崩しに捨て、リベラルなトレンドに迎合する国民党、労働者の代表といいながら、社民党幹部たちが独裁国家の大統領顧問に就任し、巨額の顧問料を得ている実態、それらの現状への批判が極右政党の台頭を許してきた。これこそ大統領選で有権者の選択肢をホーファー氏かバン・デ・ベレン氏かに縮小させ、有権者に消却法的な選択を強いた最大の原因だ。

なぜ私たちは明日を思い煩うか

 イエスは、明日を思い煩うな、明日は明日自身が思い煩うからだ、という。空の鳥すら神は養っていて下さるのだ。そして「人間は空の鳥よりはるかにすぐれた者ではないか」と、私たちに問いかける(「マタイによる福音書」6章)。

 実際の私たちは明日だけではなく、次の瞬間ですら自信がなく、思い煩う。空の鳥よりはるかに進化した存在だと思ってきたが、実際は空の鳥ほど明日への確信がないのはどうしてだろうか。

 釈尊は「一切が苦だ」(苦諦)という。私たちが思い煩うのはまず衣食住だ。そして病だ。煩いを少なくするために、多くの人々は朝早くから仕事に出かけ、日々の糧を得る。健康を維持するため走り出し、屈伸運動に励む。

 時間の経過に伴い人間の煩いが少なくなる保証はない。働いていても近い将来、衣食住の保証を失うばかりか、老年を迎えたとしても、積み重ねてきた年金がいつまで支給されるかは分からなくなってきた。老年の貧困化が予測されている。それに拍車をかけるのは少子化と核家族化で、寂しい老人が増えた。

 確かに、外的な生活環境は便利になってきている。医療も急速に進展して再生医学が間もなく臨床の場を独占する時代が到来する。一方、医療費の高額化が進み、健康保険は老人の長寿を願わなくなってきた。

 昔は神が依然、その光を放っていたから、煩いは神に委ねて、煩いを忘れることはできた。21世紀に入り、既成の世界観、人生観が揺れだし、新しい煩いも生まれてきた。神の存在は久しく抹殺され、価値は相対化し、確かなものは少なくなってきたと感じてきた。

 私たちが生きている21世紀はイエス時代の空の鳥ですら想像できないほど煩いが多くなってきたのだろうか。「明日を思い煩うな、明日は明日自身が煩う」と諭したイエスは、弟子たちに虚言を発したのだろうか。

 視点を変えれば、上記の状況もそのカラーは少し変わってくる。現代人に修道者、修道女を目指せ、と勧める気はないが、物に執着する心を少なくすれば、本来、全ては整えられていることに気が付く。空気も水もあるし、愛も努力すれば見つかる。
 それ以外、何が絶対に必要だろうか。手に入れればいいものは多く、買えば快適なものも少なくない。しかし、絶対に必要か、と問われれば、そうだとは言えなくなる。ひょっとしたら、私たちが思い煩っている内容はほぼ全てがそのようなもので占められているのではないか。

 人間は関係存在だから、家庭を含む人間関係を大切にしなければならない。自身だけの喜びを求めすぎると関係がうまくいかなくなる。逆に、人間関係がうまくいけば、多くの問題は解決できる。

 イエスは2000年前、正しいことを言っていたことに気が付く。「敵を愛し、隣人を愛せよ」は関係存在としての人間のあり方を端的に指摘した内容だ。イエスは包括的な経済論を語っていないが、その教えの神髄は非常に包括的だ。難しい経済理論を振りかざさず、シンプルに語っている。彼の教えは賞味期限がなく、いつまでも新鮮なインパクトを与えるのはそれが正しいからだろう。

 思い煩っている人は空の鳥の生き様を観察するのもいいだろう。彼らは生まれ、死ぬまで懸命に生きている。彼らが有している本能は神の愛の間接的な表現とすれば、私たちにはそれ以上の愛が与えられているはずだ。それは生命保険より確かであり、年金より確実なものではないか。自信を取り戻し、思い煩いを少なくして生きていきたいものだ。

北、党大会公報を外国代表部に郵送

 36年ぶりに開催された第7回北朝鮮労働党大会は「核保有国」を改めて強調する一方、国民経済の発展を掲げた「核開発」と「経済発展」の「並進政策」を世界に向かって宣言し、党大会最終日に金正恩第1書記を党最高位として新たに設置された党委員長に奉って幕を閉じたばかりだ。

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▲北が外国代表部に郵送した第7回党大会の「公報」(2016年5月21日撮影)

 ところで、海外の北朝鮮大使館が党大会の決定事項をまとめた公報(Bulletin)を現地の外国代表部(大使館)に郵送していたことが明らかになった。北大使館が他国の大使館宛てに公報を郵送するということはこれまでなかったことだ。それだけに、北側の意図についてさまざまな憶測が流れている。

 北大使館から公報(2頁)が届いた外国代表部は何事かと驚いたといわれる。当方が住むオーストリアの日本大使館にも公報が送られたはずだ。金正恩党委員長は、海外の自国大使館を通じて外国代表部に自分が党委員長に就任し、「金正恩党委員長時代」に入ったことを宣布する狙いがあったはずだ。

 具体的には、朝鮮中央通信(KCNA)の10日平壌発の記事だ。KCNAの記事は日本でも既に報じられているが、ここでその概要を簡単に紹介する。

 記事のタイトルは「Kim Jong Un Elected Chairman of  WPK」(金正恩氏を朝鮮労働党委員長に)だ。「第7回朝鮮労働党大会は尊敬すべき指導者金正恩氏をわが党の最高位に選んだ決定を公布した」という書き出しで始まる。

 金正恩氏はわが党と国民を主体思想の革命的道に導く最高指導者であり、故金日成主席、金正日総書記の功績を永遠化する新たな章を開き、偉大な指導者の革命的な歴史を継承した指導者という。
 興味深い点は、金正恩氏が継承した革命的な道を「金日成主義―金正日主義」(KimilsnugismーKimjongilism)と表現していることだ。そして「彼の指導の下で党の結束が強化された。全ては金正恩氏の偉大な指導の尊い成果だ」というわけだ。

 そして公報の最後では
「Absolute is the prestige of Kim Jong Un boundlessly respected and praised by our people and progressive mankind」と、「法王の不可謬説」を主張してきたローマ・カトリック教会総本山バチカン法王庁も思わず赤面するのではないかと思うほどの美辞麗句で金正恩党委員長を称賛し、「偉大な白頭山民族の神々しい未来は金正恩党委員長に忠誠を尽くすことで実現される」というわけだ。

国営放送が大統領選で情報操作

 ここまでやるのか……。これが当方の最初の呟きだった。オーストリア国営放送(ORF)が19日夜のプレミアタイムに100分余りの大統領候補者2人の討論番組を放映したが、その中で司会者(Ingrid Thurnher 女史)が極右政党「自由党」候補者の信頼性にダメージを与える狙いから間違った情報に基づき、「あなたの話は作り話」と批判した。しかし、その直後、国営放送が政治的意図から情報操作していたことが明らかになると、国民に大きな衝撃が起きている。国営放送のスキャンダル事件を報告する。

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▲投票前の最後のテレビ討論(2016年5月19日、オーストリア国営放送のHPから、バン・デ・ベレン氏(左)、テユルンヘア女史(中央)、ホーファー氏(右)

 オーストリアで22日、極右政党「自由党」のホーファー氏(45)と「緑の党」前党首バン・デ・ベレン氏(72)の間で大統領決選投票が行われる。

 番組は司会者の質問に2人の候補者が答える形式で進められた。投票日を3日後に控え、最後のテレビ討論となることから、候補者は緊張感すら漂わせていた。

 問題は、司会者がホーファー氏の2014年7月30日のイスラエル訪問の話に言及した時に生じた。今年の4月インタビュー時に、ホーファー氏はオーストリアのメディア関係者にエルサレム寺院を訪ねた時に目撃した事件を語った。それによると、ホーファー氏の傍にいた1人のイスラエル女性が武器を持ってエルサレム寺院に入ろうとしたところ、警備員に警告され撃たれたという臨場感溢れる話だ。

 番組は突然、国営放送のイスラエル特派員がエルサレム市警察報道官にインタビューするシーンを放映した。同報道官は特派員の質問に答え、「エルサレム寺院でその日、そのような銃撃事件は生じていない」と述べ、ホーファー氏の話の信頼性を完全に否定した。司会者は勝ち誇ったように、ホーファー氏のエルサレム訪問時の銃撃事件は作り話だったということを示唆したのだ。

 ホーファー氏は唖然とし、「自分の話は事実だ。あなたは意図的に私の信頼性を傷つけようとしている。私は当時の写真をもっている。あなたのやり方はORFの客観報道がいかなるものか端的に物語っている」と反撃した。司会者は直ぐにテーマを変えて別の質問に移った。

 上記の場面を見ていた国民は、「ホーファー氏は嘘を言っていたのか」と衝撃を受けたかもしれない。大統領選で誰に入れるかまだ決めていない有権者ならホーファー氏に投票しなくなるかもしれない。それだけインパクトのある瞬間だった。

 ところが、番組終了後、イスラエルの「エルサレム・ポスト」が「(ホーファー氏がエルサレムを訪問した日)、エルサレムで1人の女性が警備員に撃たれた事件があった」と報じ、ホーファー氏の話を裏付けたのだ。
 同メディアによると、一人のイスラエル女性が警備関係者の“止まれ”を無視してエルサレム寺院に入ろうとしたため、警備員が発砲した。「女性は負傷したが、武器は持っていなかった」と報じている。ホーファー氏の話は武器所持以外はほぼ事実だったわけだ。

 ORFは討論番組後の夜10時のニュース番組の中で、「ホーファー氏のイスラエル訪問時に不祥事があった」という報道内容を紹介しただけで、なぜ情報を確認せずに誤報を垂れ流したかについては何も言及しなかった。

 ORF側はイスラエル特派員をエルサレム警察当局者にインタビューさせて、ホーファー氏のエルサレム訪問時の話が嘘だったことを報じたかったわけだ。狙いは明らかだ。ホーファー氏の信頼を失墜させ、大統領選をバン・デ・ベレン氏有利にしようとしたわけだ。イスラエル側の報道がなければ、ORFの意図は大成功だっただろう。

 当方は外国人の一人として外国人排斥を標榜する自由党を全面的には支持できないが、国営放送が情報操作して、国民を反ホーファーに誘導する報道のやり方には同意できない。それはメディアの自殺行為だからだ。

 現地の新聞各紙は20日、前夜の討論番組の内容を大きく報道したが、OFRの誤報にも言及し、「昨夜の討論は二人の大統領候補者の戦いではなく、司会者対ホーファー氏の戦いだった」(代表紙プレッセ)と皮肉を混ぜながら報じている。

 前日のコラム「ヒトラーは本当に再現するか」でも書いたが、投票日が近づくにつれ、与党第一党「社会民主党」を中心に“ホーファー落とし”が組織的に行われている。19日の国営放送のミスリードはその頂点を飾るものだった。

 ちなみに、ORFは昔から社会民主党関係者の縁故主義の巣窟で、左翼ジャーナリストが情報番組の主導権を握ってきた。今回の大統領選討論番組の制作はそのことを改めて思い出させた。

ヒトラーは本当に再現するか

 アドルフ・ヒトラーの著書「わが闘争」(Mein Kampf)は解禁され、再出版されている。ところで、欧州全土を荒廃化させ、ユダヤ民族を虐殺したヒトラーが21世紀の今日、再び現れるだろうか。ここでは1945年に愛人エヴァ・ブラウンとともに自殺したヒトラーの“再臨”を問うているのではない。あくまでもヒトラーのような政治信念を標榜する独裁者が出現し、欧州を再び大混乱に陥れるかだ。

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▲「自由党」大統領候補者ホーファー氏の選挙パンフレット

 欧州のメディアを追っていると、ヒトラーの再現は決して空想物語ではなく、現実的な懸念となってきている。ヒトラーの出身国オーストリアで22日、大統領選挙の決選投票が実施される。2人の候補者が大統領府入りを目指して戦っているが、次期大統領に現時点で最も近い候補者は極右政党「自由党」のホーファー氏(45)だ。対抗候補者は「緑の党」前党首、バン・デ・ベレン氏(72)だ。

 独有力メディア、週刊誌シュピーゲル最新号(5月14日号)の表紙タイトルにオーストリアを掲げ、オーストリアの大統領選の行方を追っている。ドイツが隣国オーストリア国民のヒトラー政権への歴史的認識が十分ではないと懸念していることは分かる。換言すれば、ドイツ国民はナチス・ヒトラー政権の戦争犯罪に対し弁明の余地がないことを認識しているが、オーストリア国民は依然、「われわれは犠牲者だった」という意識が強く、加害者意識が乏しいのではないか、というのだ。その歴史的認識不足がホーファー氏など極右政党自由党の台頭を許していると受け取っているのだ。

 ホーファー氏が先月24日の第1回の大統領選で得票率35%を越えると、欧州諸国で一斉に赤ランプが灯った。オーストリア大統領にナチス・ヒトラーを崇拝する政党指導者が選出される可能性が現実味を帯びてきたからだ。
 アルプスの小国の大統領は名誉職であり、実質的な政治権限は皆無に等しい。にもかかわらず、オーストリアだけではなく、欧州各国がその結果に強い関心を注いでいるのだ。それはヒトラーの再現を身近に感じ出したからだ。

 オーストリアでは、投票日が近づくにつれ他の政党が次々とバン・デ・ベレン氏支持を表明してきた。第1回投票で3位だったイルムガルド・グリス元最高裁判所長官(69)はこれまで決選投票での立場を明確にしなかったが、18日、バン・デ・ベレン氏支持を明らかにしたばかりだ。これで、与党・社会民主党、「緑の党」、「ネオス」の3党はバン・デ・ベレン氏の支持を正式に表明したことになる。国民党も支持表明こそ出していないが、著名な党員が個人的に支持を明らかにしている。いずれの政党もバン・デ・ベレン氏が大統領に相応しいからというより、ホーファー氏を大統領にしてはならないという危機感から出た対応だ。これでホーファー氏を当選させない包囲網が構築されたわけだ。

 それではホーファー氏の何を恐れているのだろうか。バン・デ・ベレン氏はホーファー氏との討論で、「あなたはシュトラーヒェ党首のマリオネットに過ぎない」と指摘している。ホーファー氏が大統領に当選すれば、次はシュトラーヒェ党首の自由党が次期総選挙に勝利して政権を奪う。そして政権、大統領府が自由党の手に陥るという悪夢だ。それはナチス・ヒトラーの再現を意味するというのだ。

 自由党は極右政党に分類できる政党だ。欧州連合(EU)の統合に消極的であり、難民問題ではオーストリア・ファーストを前面に出し、外国人排斥を選挙戦では訴えて、躍進してきた。欧州レベルでは、フランスの ジャン= マリー・ル・ペン党首が率いる「国民戦線」、オランダのヘルト・ウィルダース党首の「自由党」など極右政党と連携を深めている。自由党は機会ある度にナチス・ヒトラーの戦争犯罪を認識し、明確な距離を取っている。シュトラーヒェ党首も先日、イスラエルを訪問したばかりだ。ただし、党員の中にはネオ・ナチを彷彿させるメンバーも加わっていることは事実だ。

 自由党の躍進を恐れる既成政党は自由党を「ナチス・ドイツの再現」と批判することで、その躍進を阻止しようとしているのではないか、という疑いも払拭できない。ホーファー氏の穏やかな話し方をみていると、同氏がナチスドイツの再現を演出している政治家とはどうしても受け取れないからだ。バン・デ・ベレン氏は、「ヒトラーも当初、過激な政治家という印象はなかった。油断している時、ヒトラーはあっという間に独裁者の立場を獲得し、欧州全土を戦争の中に陥れた」と指摘し、ホーファー氏の笑顔に騙されてはならないと警告を発している。

 極右政党の主張は欧州統合にはマイナスだが、ヒトラーの再現という警戒心から自由党を孤立化させる対応にも限界が見えてきている。例えば、欧州の難民対策は、メルケル独首相の難民歓迎政策から国境管理の強化、受け入れ制限など、自由党がこれまで主張してきた厳格な難民政策に修正されてきている。すなわち、自由党の難民対策が現在、欧州の政策となっているのだ。

 自由党の躍進の背景には、欧州の政治をこれまでリードしてきた2大政党、キリスト教民主系政党と社会民主党系政党の政治への批判と失望がその根底にあるのでないか。自由党を包囲したとしても、自由党に流れてきた国民の票まで奪い返すことはできないことは、これまでの選挙戦の結果が物語っている。
 第1回投票でトップとなったホーファー氏は「戦後から続いてきた社民党と国民党(キリスト教民主系政党)の2大政党への批判票が私に集まった」と語っているのだ。

候補者が司会者抜きで議論した場合

 大統領ポストを目指す2人の政治家が司会者抜き、ルールなし、観客なしで45分間討論したらどうなるだろうか。オーストリアの民間放送ATVが15日、「テレビ放送史上初の実験」とうたった番組「Meine Wahl」(私の選択)を放映した。その結果、予想以上の反響を呼んだ。

VDB vs HOFER
▲司会者抜き、ルールなし、観客なしの議論に臨む2人の大統領候補者(左・バン・デ・ベレン氏、右ホーファー氏)ATV放送の公式サイトから

 2人の政治家の議論後、司会者が政治評論家に印象を聞いた時、そのコメントは辛辣だった。「2人は大統領職の品位を汚してしまった」「政治問題に対する具体的な議論はなく、幼稚園児レベルだった」というのだ。

 当方は2人の議論番組を楽しみにしていた。結果は政治評論家のコメントとあまり大差がない。かなり低レベルの議論に終始していた。ただし、面白かったことも付け加えなければならない。なぜならば、当方は最初から2人の候補者に政治家の品位を期待していなかった。願っていたことは、考えていることを自由に語ってほしい、司会者抜きのほうがその点やりやすいだろうと考えていたからだ。

 大統領職の品位を傷つけた2人とは、今月22日に実施されるオーストリア大統領決選投票に出る極右政党「自由党」で第3国会議長のノルベルト・ホーファー氏(45)と「緑の党」のアレキサンダー・バン・デ・ベレン前党首(72)だ。

 それでは2人が大統領職を汚した発言を拾ってみた。「あなた嘘つきだ」(ホーファー氏)、「君こそ子供じみている」(バン・デ・ベレン氏)、「あなたを支援する人々は有名人だけだ」(ホーファー氏)。「君が大統領になれば、オーストリアは欧州から嫌われるよ」(バン・デ・ベレン氏)などだ。

 上記の発言をみて、「なんだ、その程度のやり取りは選挙戦では普通だよ」といわれるだろう。しかし、路上の選挙運動ではないのだ。2人はテレビのカメラの前で司会者なしで顔を向けあい話しているのだ。大統領ポストを目指す45歳と72歳の男が相手のイメージを傷つけ、貶している状況をどうか想像してほしい。

 ホーファー氏がバン・デ・ベレン氏に「あなたはいつもえげつない話し方をする 」、「あなたは偉そうに知ったかぶりする(oberlehrerhaft)」と揶揄すると、バン・デ・ベレン氏は手を顔の前で振るジャスチャーをしながら、「君は馬鹿か」と貶す。そのシーンは子供喧嘩を思い出させる。政治評論家が議論後、「2人とも大統領職を汚した」と指摘したが、間違っていない。ちなみに、独週刊誌「シュピーゲル」電子版も2人の議論について、「オーストリア社会が左右に分裂していることを端的に示した」と報じている。

 オーストリアの大統領は名誉職であり、政治的な権限はほとんどない。必要なものは人物の品性だ。知性と道徳的な権威だ。残念ながら、2人のやり取りから品性を感じることは難しかったばかりか、知性も感じなかった。「緑の党」前党首と極右政党の指導者は思想的には左と右の正反対だ。議論が喧嘩レベルに終始したのもある意味で仕方がなかったのかもしれない。

 ひょっとしたら、司会者抜き、ルールなし、観客なしで候補者に45分間語らせた番組制作者も2人の生々しい人間性を見て驚いていたかもしれない。心配する点は、有権者が大統領選の候補者の低レベルさにショックを受け、投票を棄権するかもしれないということだ。

ピザは美味しいだけではない

 ピザで選手をもてなすクラウディオ・ラニエリ監督(64)は典型的なイタリア人だ。一方、選手の健康管理のためクラブ内に独自のキッチンを作ったユルゲン・クリンスマン監督はまた典型的なドイツ人だ。前者は英プレミアリーグの覇者となったレスター・シティFCの監督であり、後者は米国サッカーのナショナル代表監督だ。

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▲様々なピザを並べる店(2013年9月25日、イタリア・ベルガモにて、撮影)

 現在は健康食のブームだ。特にスポーツ界では健康と体力向上のため消化が良く、吸収しやすい栄養の摂取に努力するスポーツ選手が多い。そのような中で、あのレスターの監督はお国自慢のピザを選手たちにおごり、談笑しながら一緒に食べるのを好むという。ピザは消化に良くないとか、健康に良くないというつもりはないが、ピザが健康食と評価されているとは思わない。イタリア人監督にはそんな理屈などどうでもいいのだ。

 もちろん、どんな健康食も美味しくなければ食べたいと思わない。美味しくないのに無理して食べればそれこそ消化不良になってしまう。美味しく、喜びながら食べれば、人間の胃袋は大抵の物を消化してしまう。

 参考までに、当方は英国の冒険家、作家のベア・グリルス氏(Bear Grylls)のドキュメンタリー番組「MAN vs WILD」(日本では「サバイバルゲーム」で放映)が大好きだ。元イギリス軍特殊部隊SASのグリルス氏は困窮下で生存する術を具体的に実演する。一人で砂漠に降ろされ、そこから脱出したり、人里離れた山奥で食糧を探し、山や川で魚や虫を取りながら生き延びる。彼の姿をみていると、人間は本来、なんでも食べられる、ということが分かる

 和気あいあいとピザを食べながら談笑すれば、空腹を満たすだけではなく、選手間で自然に連帯感、同胞感が生まれてくる。監督があえて選手たちに苦言を呈し、うるさく言わなくても選手たちはピザを満喫しながら自然と彼らの中で仲間意識が生まれてくる、というわけだ。イタリア人監督はそのことを良く知っているのだろう。

 一方、選手の健康管理のために最高の料理人と最高の健康食を提供すべきだというのがドイツ人監督だ。選手はお腹が空けば何でも食べる。選手たちは食欲旺盛な若者たちだ。だから、健康管理を考えながら食事をコントロールするということは容易ではない。そこでFCバイエルン・ミュンヘン監督時代、クリンスマン監督はクラブ内に独自のキッチンを作り、精神統一と瞑想のために仏像まで設置している(後日、撤去)。

 レアル・マドリードのFWロクリスティアーノ・ロナウドはその点、サッカー選手の模範だ。彼は自身の肉体を資本と考え、その維持のために投資している。彼は自宅で野菜を栽培している。彼の職業意識は飛びぬけている。誰よりも熱心に練習することはロナウドを見てきたトレーナーたちが異口同音に証言していることだ。

 米国人女性と結婚したクリンスマン監督はドイツ人らしく規律と秩序、そのうえ米国人好みの実務的な指導力を発揮し、マイナー・スポーツだったサッカーを米国で人気スポーツにまで成長させていった。イタリア人のラニエリ監督が米代表の監督だったらひょっとしたら難しかったかもしれない。

 プレミアリーグでクラブ創設133年にして初めて優勝したレスターの英雄の1人、FW・ジェイミー・ヴァーディ(29)は昔から暴れん坊であり、外国人嫌いだ。チームの同僚、日本人の岡崎慎司選手に対しても中国人を誹謗する言葉でからかうなど問題発言をしている。監督は「両選手の間で問題はないよ」という。監督は両選手の間に入って調停などしていないというが、両選手間でしこりはないという。当方の推測だが、ピザの効用ではないか。

 指導者のリーダーショップは多種多様だ。レスターの場合、たまたまイタリア人監督であり、たまたま落ちこぼれ選手、暴れん坊の選手が多かったことから、あのピザが彼らの潤滑油となってチームの結束を固めていったのだろう。
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