ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

オバマ大統領の称賛は有難迷惑だ!

 オバマ米大統領はニューヨークで開催された国連総会で欧州の難民問題に言及し、ドイツ、カナダ、オーストラリア、オランダと共にオーストリアの名前を挙げ、昨年シリア・イラクなど中東からの難民を積極的に受け入れてきたと称賛した。

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▲国連総会で演説するクルツ外相=2016年9月19日、NYの国連総会で(オーストリア外務省の公式サイトから)

 世界大国の米国の大統領から称賛を受けるということはアルプスの小国オーストリアにとってめったにないことであり、本来は光栄だ。実際、同国日刊紙はさっそくNY電で大きく報道していた。

 例えば、経済大国・日本も米大統領の評価はその時の政権に大きな影響を及ぼす。日本では昔、“ワシントン詣で”と呼ばれ、時の為政者は政権発足直後、米国を訪ね、米大統領と会見することが慣例となっていた。日米関係は今日、対等なパートナー関係だが、それでもワシントンの反応は今も時の政治を左右する影響を有している。

 ところが今回のオバマ大統領の称賛はオーストリアの場合はそうではないのだ。ニューヨーク入りしていたオーストリアのクルツ外相は国内のラジオ・インタビューの中で、「わが国は昨年、多くの難民の収容を強いられたが、これは理想ではないし、今年は昨年のような事態の再現は回避しなければならない」と強調し、一方的な難民受け入れは考えられないという姿勢を主張し、オバマ大統領の称賛に対し、“有難迷惑”であることを示唆したのだ。

 クルツ外相が心配する点は、難民歓迎政策を支持している国内の野党「緑の党」や与党社会民主党の一部がオバマ大統領の称賛を政治的に悪用して、社民党・国民党連立政権が主導している厳格な難民政策に支障が生じることだ。

 オバマ大統領は、小国のオーストリアが、紛争地から逃れてきた難民を人道主義的な立場から受け入れているという視点から、「その難民政策は他国の模範となる」と述べたのだろうが、オーストリア国内の現状、難民・移民の増加に対する国民の反発などについての情報がよく伝わっていないのだろう。
 オーストリアでは難民・移民に対する批判や不満の声は急速に拡大している。それを受け、「オーストリア・ファースト」を標榜する極右派政党「自由党」が選挙の度に得票率を拡大している。同国で実施中の大統領選では自由党候補者が当選する可能性すら予想されている。そのような政情下のオーストリアの難民政策を称賛することは政変を煽るようなものだ、という判断がクルツ外相にはあるわけだ。
 
 クルツ外相は、「米国は中東からの難民受け入れを実施していない」と述べ、わが国の難民政策を称賛することより、米国の難民政策を考えるべきだといいたいのだろう。シリア、イラク、アフガニスタンからの難民殺到をもたらしたのは米国の軍事介入の結果ともいえるからだ。

 欧州で難民歓迎政策を継続しているのはもはやローマ・カトリック教会総本山のバチカン市国だけだ。フランシスコ法王は、「紛争地から逃げてきた難民を受け入れるべきだ」という姿勢で一貫している。だから、フランシスコ法王はドイツのメルケル首相を称賛し、その歓迎政策を支援してきた経緯がある。そのメルケル首相も19日、自身が推進してきた難民ウエルカム政策の間違いを認め、修正を余儀なくされたばかりだ。

 ちなみに、オーストリアは冷戦時代、旧ソ連・東欧諸国から逃れてきた政治難民(総数約200万人)を収容し、“難民収容所国家”という称号を与えられたほどだ。その国が今日、西欧諸国では最も厳格な難民政策を実施してきているのだ。

「神の召命したジャーナリズム」とは

 AI(人工知能)の登場や職場のデジタル化で人が汗を流しながら仕事をする職場は次第に減少してきたが、大多数の人はその人生の多くの時間を仕事に投入している。その時間が喜びで溢れているのなら、その人の人生は祝福されている。逆に、強いられた、好ましくない時間となるならば、その人の人生は辛いかもしれない。その意味で、どの仕事に就くか、職業を選択するかは人生にとって非常に重要なテーマだ。誰もが自分に適した職場で働きたいと願う。

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▲「イタリアのジャーナリスト協会のメンバーを迎えるフランシスコ法王」(バチカンの日刊紙「オッセルバトーレ・ロマーノ」から)

 ところで、世界最大のキリスト教宗派、ローマ・カトリック教会のローマ法王フランシスコは22日、「イタリア・ジャーナリスト協会」の約400人のメンバーを招き、「神の召命したジャーナリズム」について語った。その内容を紹介する。

 「真理を愛し、人間の尊厳を重視する責任感のあるジャーナリズムが願われる。言葉は人を殺すこともできる。ジャーナリズムは殺害武器であってはならない。うわさ話や風評を広げることはテロリズムのやり方だ。プリント・メディア、テレビ・メディアはデジタル・メディアの台頭でその影響力を失ってきたが、人々の生活と自由で多様性のある社会にとって依然、大切だ」
 「ジャーナリストほど社会に大きな影響力を有する職業はない。それ故に、大きな責任を担っている。ジャーナリズムは、人間社会の発展と真の市民社会構築に貢献することが願われる。その召命を受けた人たちは民主社会の番人のような立場だ。ジャーナリズムは真理を愛し、その仕事を通じて真理の証人とならなければならない。自身が信者であるかどうかは問題ではない。真理に忠実であり、自主独立したレポートはそれだけ価値がある。ジャーナリストは政治的、経済的な利益に屈してはならない。全ての独裁者はメディアを自身の管理下に従わそうとすることを我々は知っている」

 そのうえで、「ジャーナリストが批判し、問題点を糾弾することは合法的だ。ただし、メディアは今日、相手を批判し、翌日は別の問題を扱うが、メディアに不法に批判され、中傷された人は永遠にそのダメージを抱えることになる。ジャーナリズムの職業では人間の尊厳を重視することが非常に大切だ。なぜならば、記事の背後には、関係者の人生がかかっているからだ。相手の人生とその感情を大切にしなければならない」と警告する。

 そして、難民問題にも言及し、「難民に対する不安を煽るべきではない。彼らは飢餓と戦争から逃避を強いられてきた人々だ。言葉で対立や分断を煽るのではなく、文化の出会い、和解を促進することに貢献すべきだ」と述べている。

 フランシスコ法王は「神の召命したジャーナリズム」を主張し、その使命感と責任を求めているわけだ。もちろん、ジャーナリズムも数ある職業の一つだが、社会への影響力を考えれば、それに就く人々の責任と役割はやはり大きい。

 英国の思想家、ジョン・アクトン卿は、「権力は腐敗する、絶対的権力は徹底的に腐敗する」といったが、“第4権力”と呼ばれるジャーナリズムの腐敗は国家、社会に計り知れない悪害をもたらす。朝日新聞の慰安婦報道はその代表的な例かもしれない。フランシスコ法王のメッセージはジャーナリズムの世界に生きる当方も肝に銘じなければならない内容だ。

トランプ氏はレーガンにあらず

 米共和党出身のジョージ・H・W・ブッシュ元大統領(92)は11月の米大統領選では共和党大統領候補者のドナルド・トランプ氏(70)ではなく、ライバルの民主党大統領選候補者ヒラリー・クリントン女史(68)に投票すると表明したという。

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▲ロナルド・レーガン大統領(米連邦政府の公式肖像1981年から)

 様々な理由があるだろうが、この発言はトランプ氏には心穏やかではなかったであろう。クリントン女史の健康問題が再浮上し、トランプ氏は支持率で追い上げてきた矢先だ。その時、身内から反逆の声が上がったのだ。もちろん、ブッシュ元大統領が初めてではない。多くの著名な共和党員がトランプ氏に距離を置いてきている。

 ブッシュ元大統領のクリントン支持のニュースが報じられた直後、大西洋を渡った欧州のチェコのミロシュ・ゼマン大統領(71)が20日付Dnes電子版で、「自分が米国民だったら、トランプ氏に投票する」と述べたというのだ。“捨てる神あれば拾う神あり”といったところかもしれない。トランプ氏は喜び、笑みをもらしたかもしれない。ゼマン大統領は(チェコの)現職大統領だが、ブッシュ元大統領のように米国籍を有していないから、もちろん投票権はない。

 ゼマン大統領は、「クリントン女史はオバマ政権の継続を意味するだけだ。そのオバマという名前は多くの失政を繰り返したダメ大統領のイメージだが、トランプ氏はロナルド・レーガン元大統領(任期1981〜89年)のイメージと重なる。レーガン氏も大統領候補者となった時、馬鹿な俳優と酷評されていたが、レーガン氏は後日、歴代最高の米大統領という称号を得た」と述べている。同大統領のトランプ支持にはそれなりの理由があるわけだ。

 ところで、ゼマン大統領のトランプ氏称賛は東欧諸国の政治家では初めてではない。ハンガリーのオルバン首相に次いで2番目だ。難民政策ではポーランド、チェコ、スロバキア、そしてハンガリーのヴィシェグラード・グループ(V4)首脳はほぼ一致している。すなわち、難民・移民政策では、メキシコからの移民殺到の阻止を主張するトランプ氏と同一路線だ。意気投合するのも当然かもしれない。

 東欧国民は一般的に親米派が多数を占める。共産党政権から解放し、民主化を支援してくれた米国への感謝があるからだ。それだけに、レーガン、ブッシュ時代(任期1989〜93年)の“強い米国”への思いが強い。しかし、オバマ政権の8年間の外交路線は彼らの米国への期待感を懐疑心に変えていった。その一方、ロシアのプーチン大統領の“強いロシア”の台頭に大きな脅威を感じてきている。東欧の為政者の中にはロシアへ傾斜する動きもみられる。東欧周辺の状況が冷戦時代の再現を思わせる兆候が見られるだけに、トランプ氏の登場はゼマン大統領をしてレーガン大統領の再現か、と勘違いさせてしまったわけた。

 参考までに、レーガンとトランプの間の決定的違いは、レーガン氏はカルフォルニア州知事など政治経験を有していたが、トランプ氏は実業界出身で現実の政治にはタッチしてこなかったことだ。それだけに、トランプ氏の発言は既成の政界から批判を受けるケースが多く、その実行性に疑問符がつけられるわけだ。両者もスピーチでメディアの関心を引くが、前者は演説の名手として、後者は暴言と虚言でといった違いはある。

 いずれにしても、米国民は不幸だ。なぜならば、クリントン女史とトランプ氏のどちらかを新しい大統領として選出しなければならないからだ。

新たな「民族の大移動」が始まった!

  私たちは大きな勘違いをしているのかもしれない。彼らは一時的な難民殺到ではなく、欧州全土を再び塗り替えるかもしれない人類の大移動の始めではないだろうか。以下、その説明だ。

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▲記者会見で難民政策の修正を発表するメルケル独首相(2016年9月19日、CDUの公式サイトから)

 メルケル独首相は19日、ベルリン市議会選の敗北を受け、記者会見で自身が進めてきた難民歓迎政策に問題があったことを初めて認め、「今後は『我々はできる』(Wir schaffen das)といった言葉を使用しない」と述べた。この発言は「難民ウエルカム政策」を推進してきたメルケル首相の政治的敗北宣言と受け取ることができるが、来年実施される連邦議会選への戦略的変更と考えることもできる。賢明なメルケル首相のことだから、当方は後者と受け取っている。

 メルケル首相は昨年9月、「我々はできる」という言葉を発したが、それがメディアによって同首相の難民政策のキャッチフレーズのように報道されてきた。メルケル首相自身は、「自分は難民政策のキャッチフレーズとして恣意的に発言したことはない」と弁明している。

 今月実施されたドイツ北東部の旧東独の州メクレンブルク・フォアポンメルン州議会選とベルリン市議会選の2度の選挙で与党「キリスト教民主同盟」(CDU)は大きく得票率を失ったが、その敗北の最大理由がメルケル首相の難民歓迎政策にあったことは誰の目にも明らかだ。メルメル首相も19日の記者会見でその点を認めている。

 しかし、注目すべき点は、同首相は難民受け入れの最上限設定については依然拒否していることだ。首相が頑固だからではないだろう。難民受け入れで最上限を設定しないことはひょっとしたら正しいのかもしれない。なぜならば、どの国が「受け入れ難民数を事前に設定し、それを死守できるか」という点だ。堅持できない約束はしないほうがいい。

 例えば、オーストリアはファイマン政権時代の1月20日、収容する難民の最上限数を3万7500人と設定した。参考までに、17年は3万5000人、18年3万人、そして19年は2万5000人と最上限を下降設定している。すなわち、今後4年間、合計12万7500人の難民を受け入れることにしたわけだ。同国は昨年、約9万人の難民を受け入れている。そして今年9月現在、最上限をオーバーする気配だ。そのため「最上限を超える難民が殺到した場合、どのように対応するか」が大きな政治課題となっている。すなわち、難民受け入れ数の最上限設定の背後には、「殺到する難民を制御し、必要に応じてその上限をコントロールできる」といった自惚れた考えがその根底にある。

 現代の代表的思想家、ポーランド出身の社会学者で英リーズ大学、ワルシャワ大学の名誉教授、ジグムント・バウマン氏は、「移民(Immigration)と人々の移動(Migration)とは違う。前者は計画をたて、制御できるが、後者は津波のような自然現象で誰も制御できない。政治家は頻繁に両者を混同している」と指摘している。

 ここで問題が浮かび上がる。欧州が現在直面している難民、移民の殺到はMigrationではないか、という懸念だ。そうとすれば、欧州はトルコやギリシャに難民監視所を設置し、殺到する難民を制御しようとしても、制御しきれない状況が生じるだろう、という懸念だ。
 
 欧州では3世紀から7世紀にかけて多数の民族が移動してきた。これによって古代は終わり、中世が始まったと言われる。ゲルマン人の大移動やノルマン人の大移動が起きた。その原因として、人口爆発、食糧不足、気候問題などが考えられているが、不明な点もまだ多い。民族の移動はその後も起きている。スペインではユダヤ人が強制的に移動させられている。

 ジュネーブ難民条約によれば、政治的、宗教的な迫害から逃れてきた人々が難民として認知される一方、経済的恩恵を求める移民は経済難民として扱われる。ところで、視点を変えてみれば、21世紀の今日、“貧しい国々”から“豊かな世界”へ人類の移動が始まっているのかもしれない。換言すれば、北アフリカ・中東地域、中央アジアから欧州への民族移動はその一部に過ぎない。この場合、政府が最上限を設定したとしても彼らの移動を阻止できない。

 ドイツで昨年、シリア、イラクから100万人を超える難民が殺到したが、大多数の彼らはジュネーブ難民条約に該当する難民ではなく、豊かさを求めてきた人々の移動と受け取るべきだろう。繰り返すが、制御できない民族の大移動は既に始まっているのかもしれない。

遊牧民べドウィンが示す「終末」の時

 当方は今年2月、駐独のシトナ・アブダラ・オスマン南スーダン大使と会見したが、インタビューを調整してくれたウィーンの「国連ジャーナリスト協会」(UNCAV)会長、アブドラ・シェリフ記者と国連記者室で会ったので、「少々、がっかりしているよ」と当方の思いを伝えた。何のことかというと、南スーダンの現状がインタビューした南スーダン大使が会見で述べた内容とは正反対の方向に流れてきているからだ。大使が強調した政府側と反政府間の和解の動きは暗礁に乗り上げているのだ(「駐独の南スーダン大使に聞く」2016年2月25日参考)。

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▲映画「アラビアのロレンス」のポスター

 「大使は紛争勢力間との統合政権の発足が近いと述べていたが、君も知っているように、現状は再び紛争状況だ。正直言ってがっかりしているよ」といった。それを聞いたシェリフ記者は、「僕も同じだよ。多くの国民が犠牲となっているからね」という。
 「今回も部族間紛争の再熱だ。国民の中には昔のスーダン時代を懐かしく思いだす者が出てきている」という。同記者によると、「スーダン時代の問題は国政上のテーマが主だったが、南北分断後は部族間闘争だ。昔も部族間のいがみ合いはあったが、国政上の対立点の影で部族間闘争は台頭することはなかった」という。

 同記者を糾弾しても南スーダンの現状は彼の責任ではない。そこでテーマを変えて話を続けた。イスラム教過激派テロ組織「イスラム国」(IS)が欧州のイスラム教徒をオルグする背後には、強い終末観があるからだといわれている。そこで聞いてみた。
 敬虔なイスラム教徒のシェリフ記者は、「イスラム教にも終末観の強いグループは存在するがそれは一部に過ぎない。イスラム教徒の終末観といえば、アラブの遊牧民族、ベドウィンが放浪生活を終え、定着して建物を建て出したら、終わりの日が近い兆候だと受け取られていることだ。べドウィン民族のアラブ諸国では現在、高い建物(高層ビル)が無数、砂漠に立っている。その現象を見れば、終末が近い兆候といえかもしれないね」という。ちなみに、世界で最も知られたべドウィンは映画「アラビアのロレンス」の主人公だろう。

 ユダヤ教では、ディアスポラだったユダヤ民族が再び国家を建設する日が終末の到来と受け取られている。すなわち、1948年5月14日のイスラエル建国の日から終末が始まったというわけだ。
 キリスト教の場合にも多くの終末観があるが、最大のキリスト教派、ローマ・カトリック教会では終末観はあまり強調されない。むしろ好まない傾向が強い。ただし、新しいキリスト教グループでは終末観が信者を鼓舞する大きな魅力となっている。

 シェリフ記者は、「イスラム教の場合はあくまで終末の“兆候”というだけで、終わりの日の到来を意味しない。兆候だから、実際の終末は数百年後到来するかもしれないし、もっと長いかもしれない。いずれにしても人知では計り知れないというわけだ」という。

 聖書にも終わりの日がいつかは明記されていないが、その一方、「無花果の木からこの譬を学びなさい。その枝が柔らかにあり、葉が出るようになると、夏の近いことがわかる」(「マタイによる福音書」24章32節)と述べ、目を覚ましていなければならないと警告を発している。

 シェリフ記者は、「南スーダンの和平実現の日も終末の日と同じだね。誰も分からない」と言って苦笑いした。

「悪魔」と戦ったエクソシストの「死」

 ローマ・カトリック教会で最もよく知られたエクソシスト、ガブリエレ・アモルト神父が16日、ローマの病院で肺疾患のため亡くなった。91歳だった。イタリア北部のModenaで生まれたアモルト神父は悪魔祓いに関する多くの著書、インタビュー、講演で世界的にその名を知られていた。同神父によると、「1986年から2010年まで7万回以上のエクソシズム(悪魔祓い)を行った」という。

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▲アモルト神父の伝記の表紙

 アモルト神父は1994年、「国際エクソシスト協会」(AIE)を創設し、2000年までその責任者を務めた。バチカン法王庁聖職者省は2014年7月3日、AIEをカトリック団体として公認している。AIEには公認当時、30カ国から約250人のエクソシストが所属していた。

 アモルト神父は英日曜紙「サンデー・テレグラフ」とのインタビューの中で、「自分は毎日、悪魔と話している」と述べている。神父がラテン語で話しかけると、悪魔はイタリア語で答えたという。また、バチカン放送とのインタビューの中では、イスラム過激派テロ組織「イスラム国」(IS)は「サタンの業だ」と述べている。

 悪魔祓いを行うアモルト神父の言動にはカトリック教会内で批判の声が絶えなかった。ローマ・カトリック教会の聖職者、神学者の中には「悪魔の存在」について「神の存在」ほど真剣に考えない傾向がある。例えば、旧約聖書研究者ヘルベルト・ハーク教授は、「サタンの存在は証明も否定もされていない。その存在は科学的認識外にある」と述べ、エクソシズムに対しても慎重な姿勢を取っている。それに対し、アモルト神父は、「教会が悪魔祓いを止めれば、マギーやセクトにそれを委ねることになる」と警告を発していた。

 聖書には「悪魔」という言葉が約300回、登場している。有名な個所としては、「悪魔はすでにシモンの子イスカリオテのユダの心に、イエスを裏切ろうとする思いを入れていた」(「ヨハネによる福音書」13章2節)、十字架に行く決意をしたイエスを説得するペテロに対し、イエスは「サタンよ、引きさがれ」(「マルコによる福音書」8章33節)と激怒した聖句がある。多くのキリスト信者はイエスを信じながら、イエスが戦った悪魔の存在を信じないのだ。


 バチカン法王庁は1999年に、1614年のエクソシズムの儀式を修正し、新エクソシズム儀式を公表した。それによると、^絣悗篆翰学の知識を除外してはならない、⊃者が霊に憑かれているのか、通常の病気かを慎重にチェックする、H詭を厳守する、ざ偽荵紛気竜可を得る―など、エクソシズムの条件が列記されている。
 バチカンが新エクソシズムを公表した背景には、霊が憑依して苦しむ信者が増加する一方、霊の憑依現象と精神病との区別が難しくなり、一部で混乱が生じてきたからだ。霊の憑依現象と精神病の相違として、「精神病患者の場合、祈祷に反応を示さないが、霊に憑依された人の場合、祈ると激しく反応してくる」といわれている。

 なお、ローマ・カトリック教会で過去、有名なエクソシストとしてアモルト神父の他に、前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世、べネディクト16世から破門宣告を受けたザンビア出身のエマニュエル・ミリンゴ大司教らがいた。

北朝鮮大使館が売りに出される?

 音楽の都ウィーン市14区には欧州最大の北朝鮮大使館があるが、その大使館の建物が売り出されるという噂が流れている。東西冷戦時代には北朝鮮の欧州工作の主要拠点だった大使館は冷戦終焉後、イタリアを皮切りに他の欧州諸国も次々と平壌と外交関係を樹立したこともあって拠点としての価値を失っていった。そのうえ、オーストリア当局の監視がきつく、昔のような自由な活動(不法な工作活動)が難しくなってきた。

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▲駐オーストリアの北朝鮮大使館の後方から見た全景(欧州最大の北朝鮮大使館、2016年2月9日、撮影)

 そこで北朝鮮大使館を売り出して資金不足をカバーしたほうがいい、と平壌指導部が考えたとしても不思議ではない。ベルリンの北朝鮮大使館では大使館の維持費捻出のために大使館内で使用していない空間を事務所として貸し出すビジネスが考えられたと聞いたことがある。

 国連安保理決議を無視し核実験や弾道ミサイル発射を繰り返す北朝鮮に対し、欧州でも制裁が施行されているが、オーストリア外務省も北朝鮮外交官の活動を監視、その外交官数も現在は9人と久しく2ケタを割っている。

 そこで大使館を売り出そうというアイデアが出てくるわけだ。しかし、問題はある。大使館を売り出すとしてもその周辺が歴史的地域に指定されているため、新しい買い手は勝手に改築したり、増築できない。市当局の許可が必要だからだ。
 一方、北朝鮮側にとっても問題がある。大使館が売れたとしてもその金額が全て懐に入る可能性はないからだ。なぜならば、北朝鮮はオーストリアに対して1億6100万ユーロの借款(プラス利子)を抱えている。売れたとしてその大部分が借金返済分として消えていく可能性が高いのだ。

 もう一つ厄介な問題は金光燮大使の処遇だ。同大使の金敬淑夫人は故金日成主席と金聖愛夫人との間の長女だ。金正恩朝鮮労働党委員長にとって叔母に当たる。できれば、平壌に留めておきたくない。それでは、23年間、駐オーストリアの大使を務めてきた金光燮大使家族をどこに人事できるかだ。維持費と経費が安い東欧諸国、例えばハンガリーに送ることも考えられる。金光燮大使はウィーンに派遣されるまで駐チェコスロバキア大使を5年間勤めていた。プラハは現在、金夫人の家族、金平一大使が就任している。

 以上、考えれば、ウィーンの北朝鮮大使館を閉鎖し、その建物を売り出したとしても利益が上がらないことになる。ただし、海外駐在外交官の脱北者が出てきている今日、不必要な大使館を閉鎖し、一定の大使館に併合させることは平壌にとって得策だ。例えば、スイスのチューリッヒの北朝鮮大使館に一定の外交官を集め、他の欧州をケアするというやり方だ。その場合、ウィーンの大使館を閉鎖したとしても支障は少ない。海外駐在外交官の監視もやりやすい。

 金光燮大使は例年なら6月末から9月末、10月初めまで夏季休暇で平壌に戻るが、今年は8月末にウィーンに戻ってきている。その背景について、北消息筋は、「金正恩氏は海外駐在外交官の脱北対策のため戦略価値を失った大使館を閉鎖する一方、重要な国の大使館に外交官を結集させる指令を出したのではないか。金大使はその対応のために急きょウィーンに戻ってきた」と受け取っている。なお、金大使はオーストリアだけではなく、ハンガリー、スロベニアなど近隣諸国の大使も兼任している。

人はなぜ「寛容」でありたいのか

 欧米社会では同性愛を含むLGBTを擁護する人々が増えてきている。それを社会の多様性の現れと誤解する人々も出てきた。その多様性を支えているのはあの魔法の言葉「寛容」だ。誰もが他者に対して寛容でありたいと願うので、性的少数派に対しても寛容でありたいと考える。それでは現代人は本当に「寛容」になってきたのだろうか

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▲現代の代表的思想家・ジグムントバウマン氏(ウィキぺディアから)

 修道女、マザー・テレサが先日、バチカンで列聖された。テレサは生前、「愛の反対は憎悪ではありません。無関心です」と述べているが、現代の代表的思想家の一人、ポーランド出身の社会学者で英リーズ大学、ワルシャワ大学の名誉教授、ジグムント・バウマン(Zygmunt Bauman)氏は、「寛容は無関心の別の表現の場合が多い。自分に直接関係ない限り、どうぞご自由に、といった姿勢が隠れている」と指摘し、現代人の「寛容」には無関心さが潜んでいると喝破しているのだ(バウマン教授は独週刊誌シュピーゲルとのインタビューの中で答えている)。

 同性愛を含むLGBTを支援する人々には性的少数派への理解というより、“自分に直接影響がない限り、どうぞお好きなように”といった無関心が潜んでいることも少なくない。同時に、「寛容」を叫ぶ人々には自分の弱さも認めてほしいという願望が潜んでいるようにも見えるのだ。「寛容」という言葉が醸し出す美しい誤解に気をつけなければならない。

 バウマン教授は、「リベラルな社会では個人の利益が最優先され、人間の相互援助の精神は次第に失われていった。社会的連帯は個人の自己責任に代わり、人間同士の繋がりは失われていく」という。現代人が自己のアイデンテイテイに拘るのは共同体意識が失われた結果、というわけだ。

 そのうえで、「われわれが願うか否かに関係なく、われわれは既に様々な民族が入り乱れ、互いに依存するコスモポリタン的な状況の中に生きているし、それはもはや回避できない。われわれに欠けているのはコスモポリタン的意識だ。グローバルな相互依存社会を構築していかなければならないのだ」と主張する。すなわち、社会の多様性を支えるべき思想が欠如しているというのだ。

 もちろん、「多様性」と「寛容」という言葉はコスモポリタン的意識から登場してきた結果とも主張できるが、バウマン教授はその「寛容」の背後に無関心さを見出している。「寛容」という言葉が席巻する一方、「社会の連帯感」の欠如はそのことを裏付けているわけだ。「連帯感」が伴わない「寛容」は無関心に過ぎないという論理だ。

 多くの現代人にとって同性愛やLGBTも自分に悪影響を及ぼさない限り、どうでもいいことだ。しかし、「多様性」と「寛容」が時代の用語となっている今日、表立って異をとなえれば、「寛容」のない人というレッテルを張られてしまう。その一方、同性愛やLGBTは間違っていると信じている人が現れれば、それに反論することで「寛容の実証」を強いられることになるわけだ。

 英国の数学者で人工知能の父といわれるアラン・チューリング(1912〜54年)やアイルランド出身の英国劇作家オスカー・ワイルド(1854〜1900年)は同性愛者として苦労の人生を歩んだ。ワイルドは同性愛者として牢獄生活を味わっている。同性愛者への社会的差別が激しかった時代だ。性的少数派への過剰な差別は撤廃すべきだ(「ワイルドもチューリングも悩んだ」2016年6月22日参考)。
http://blog.livedoor.jp/wien2006/archives/52141011.html
 しかし、問題は残っている。同性愛を含むLGBTの愛の形態が人間を幸せにするか、というテーマだ。同性愛、LGBT問題は本来、社会問題でも政治問題でもない。人間の在り方を問いかけているように思えるのだ。

北の核実験で希ガス検出は困難

 北朝鮮は9日、5回目の核実験を実施したが、包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)が世界各地に配置している国際監視システム(IMS)は15日現在、核爆発によって放出される放射性物質希ガスを依然検出していない。ウィーンに本部を置くCTBTOのヴェヒター広報部長が15日、当方に明らかにした。

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▼1月と9月の核実験による地震波の動向(CTBTOのHPから)

 実際に核爆発が行われたかどうかは放射性物質キセノン131、133の検出有無にかかっている。地震波だけでは核爆発とは断言できないからだ。そして核実験から時間が経過すれば、希ガスの検出チャンスは少なくなるのが通常だ。北の2回目の核実験では放射性物質を検出できずに終わった。3回目の核実験では実験55日後、日本の高崎放射性核種観測所でキセノン131、キセノン133が検出されている。

 3回目の核実験で放射性物質が実験55日後に検出された理由として、CTBTO広報部長は、)鳴鮮の山脈は強固な岩から成り立っているため、放射性物質が外部に流出するのに時間がかかる、∨姪局が核実験用トンネルをオープンしたのでキセノンが放出された、という2つのシナリオが考えられるという。なお、4回目の実験では公式には放射性物質は検出されていない。一部の学者が独自に検出したと発表したが、「CTBTOとしては公式に認知していない」という(付け足すが、核実験が行われた日の前後の天候も希ガス検出に影響を与える。気流の流れにも左右されるからだ)。

 そして今回も実験後1週間が経過したが、放射性物質は検出されていない。すなわち、北朝鮮の過去5回の核実験で放射性物質が即検出されたのは1回目だけで、2回目、4回目は検出されず、3回目は55日後にやっとキャッチされた、という結果だ。

 ちなみに、韓国紙「中央日報」によると、米空軍は大気中の放射性物質を検出するため大気収集機WC−135「コンスタント・フェニックス(Constant Phoenix)」を派遣している。なお、大気サンプルを捕集する特殊航空機は日本沖縄嘉手納基地に配備されている。


 一方、日本の自衛隊機も9日、北の核実験で放出される放射性物質の回収を試みているが、日本海上空では検出されていない。全国約300カ所の放射線観測装置でもまだ検出されていないという。


 北朝鮮は過去2回、水爆実験を示唆したことがある。同国中央テレビは今年1月6日午後12時半、特別重大報道を通じ、「初の水素爆弾実験に成功した」と発表した。ただし、日米韓3国らは「爆発規模が小さすぎる」として水爆説を否定した経緯がある。
 水爆実験の場合、実験直後、ヘリウム3が放出されるが、それをキャッチするのはかなり難しい。ちなみに、米軍は6日前後、北の核実験の上空に無人機を飛ばしてヘリウム3を検出しようとしたという情報が流れた。

 核物理学者は、「核実験がイランで行われた場合、土壌や岩が固くないため放射性物質が外部に流れやすいから検出も容易だが、北のように強固な岩を掘ったトンネル内で核実験が行われた場合、放射性物質が外部に流れ出にくい」と説明、今回の場合も放射性物質の検出に時間がかかる可能性があると示唆している。

シモン・ペレス氏の「祈り」

 イスラエル前大統領シモン・ペレス氏(93)が13日、脳卒中のため病院に運ばれたというニュースが飛び込んできた。ペレス氏の政治キャリアは長い。大統領(任期2007〜14年)に就任する前は外相、首相などの政府要職を務めてきたイスラエルの代表的な政治家だ。

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▼イスラエル前大統領シモン・ペレス氏(イスラエル議会の公式サイトから)

 当方は一度だけペレス氏に質問したことがある。20年以上昔の話だ。同氏は外相を務めていた時、北朝鮮を訪問し、その帰国途上、ウィーンを訪問した。記者会見はウィーン市内のホテルで行われた。当方はペレス氏に訪朝の目的を聞いてみたいと考え、ホテルに直行した。幸い、質問の機会を得たので、聞いてみた。

 ペレス氏は、「君、イスラエルは豊かな国でないよ。わが国が北朝鮮を経済的に支援するといったことはできないよ」と笑いながら答えた。イスラエル外相の訪朝は北朝鮮に経済支援する目的があったという情報が流れていたので、それを確認したかった。ペレス氏は当方の質問に直接答えるのではなく、「イスラエルは北を経済支援できる余裕はないと」という返答で終わった。経済支援ではないとすれば、イスラエルの政治家がなぜわざわざ平壌まで訪ねたのか、肝心のことは分からないまま終わった。

 北朝鮮の首都、平壌は“東洋のエルサレム”と呼ばれ、キリスト教活動が活発な時代があったが、故金日成主席が1953年、実権を掌握して以来、同国の約30万人のキリスト者が消え、当時、北に宣教していた大多数の聖職者、修道女たちは迫害され、殺害された。同国は現在、「世界でキリスト者が最も迫害されている国」(国際宣教団体「オープン・ドアーズ」)といわれている。

 当方は北朝鮮とイスラエルの間に何らかの繋がりがあると感じてきた。そのイスラエル外相が訪朝したと聞いた時、西のエルサレムと東のエルサレムの出会い、という観点からその訪問意義を勝手に解釈していた。当方は当時、ロマンチストだったわけだ。
 実際は、ペレス氏の訪朝目的はもっと生臭いもので、イランと密接な関係を有する北朝鮮を訪問し、政治的チャンネルを構築することが狙いであったのかもしれない。

 ペレス氏の言動で当方が最も印象に残っているのはローマ法王フランシスコの招きでパレスチナ自治政府代表のアッバス議長と共に、バチカンで和平実現のための祈祷会に参加したことだ(ローマ法王、アッバス議長、ペレス大統領の3者の祈りの会は2014年6月8日の聖霊降臨祭(ペンテコステ)の日、フランシスコ法王が宿泊しているバチカンのゲストハウス、サンタ・マルタで行われた)。


 ユダヤ教の代表ペレス大統領と敬虔なイスラム教徒アッバス議長、そしてキリスト教の代表フランシスコ法王の3者が一カ所で中東の和平実現のために祈ったことは歴史的な出来事だった。彼らは「祈り」がひょっとしたら他の外交交渉よりもパワフルであると信じていたのかもしれない。ペレス大統領は神の力を学び、知っている政治家といわれている(「『祈り』で中東和平は実現できる」2014年6月1日参考)。

 ちなみに、アブラハムを“信仰の租”とするユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3宗派にとって、祈りもその動機が異なる。イスラム教専門家でバチカンのグレゴリア大学で教鞭をとるフェリックス・ケルナー神父は、「イスラム教徒が神に委ねるのは、神が全能だからだ。ユダヤ教徒の場合、神がユダヤ人を選民として選ばれたからであり、キリスト教徒の場合、神がイエスキリストを送って下さったからだ」という。

 ペレス氏は1994年、ラビン首相(当時)とパレスチナ解放機構(PLO)のアラファト議長(当時)とともに中東の和平実現(オスロ合意)に貢献したことからノーベル平和賞を受賞したが、残念ながら、中東の和平はその後、暗礁に乗り上げて今に至っている。

 ちょうどノーベル平和賞受賞20年後に、ペレス氏はローマ法王とアッバス議長と共に中東の和平実現のため祈ったわけだ。ペレス氏にとって祈りは民族間の紛争を解く残された最後の手段だったのかもしれない。

 
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