ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

なぜプーチン大統領は犬が好きか

 管義偉官房長官によると、日本を訪問するロシアのプーチン大統領に新たに秋田犬をプレゼントする計画が進められているという。日本は4年前、佐竹敬久秋田県知事(当時)がプーチン氏に秋田犬(ゆめ)を贈っている。その犬がプーチン氏と戯れる写真を見たことがある。まだ、健在のようだ。

 日本が誇る国の天然記念物の秋田犬をプーチン氏にプレゼントするアイデアが好評だったので、もう一匹プレゼントしてはどうか、という考えが秋田犬飼育関係者の間で飛び出し、日本の外務省関係者の耳に届いたのだろう。

 問題は、「まだ受け取るとも断るともモスクワから返事がない」(菅官房長官)ことだ。関係者は落ち着かない心でロシアからいい返事が届くのを待っているところだという。15日の山口県で開催される日露首脳会談開催までに決着つくだろうが、ひょっとしたら、北方領土の返還問題と同様、継続審議となるかもしれない。

 なぜならば、犬が大好きなプーチン氏とはいえ、複数の秋田犬をケアするのは大変だ。犬好きの当方は知っている。日に最低でも2回、可能ならば4回は散歩しなければならないし、犬に話しかけなければならない。持ち主が頻繁に犬に声をかければ、飼い主の心が分かる感情豊かな犬に成長する。心情交流が大切なのは人間世界だけではない。

 「わが国を再び大国に」と夢見るプーチン氏に果たして犬を世話する十分な時間があるだろうか。時間のない人は犬を飼わない方がいい。飼い主が留守が多く、ほとんど交流できなかった犬を当方は知っている。その犬は心的外傷後ストレス障害(PTSD)に陥り、日常生活もままならないような状況になっていた。

 ところで 当方が知る範囲でも、プーチン氏は秋田犬をもらう前にブルガリア首相から既に犬(バッフィー)をもらっている。犬好きの大統領といえども、交流する外国人首脳から犬のプレゼントをもらい続けていると、モスクワの大統領官邸や私邸は犬の動物園となってしまう。プーチン氏にも愛犬ゆめの婿を、といった思いが湧いてくるかもしれないが、ここは心を鬼にして日本外務省に断りの連絡を取るべきではないだろうか。

 最後に、プーチン氏はなぜ犬が好きかを考えてみた。ソ連国家保安委員会(KGB)出身のプーチン氏は過去、ひょっとしたら現在も深謀をめぐらす世界に生き、時には非人間的な決断も下さざるを得なかった体験を多くしてきただろう。それだけに、犬の私心のない世界、その仕草に惹かれるのではないか。犬は飼い主を裏切らない。プーチン氏は犬の世界に不変で、不逆行で、信頼できる世界を見出しているのではないだろうか。

 遅すぎたが、韓国の朴槿恵大統領も青瓦台の大統領官邸に犬を飼っておけば良かったのではないだろうか。

ブックメーカーの倍率の「誤算」

 オーストリア大統領選は4日、野党「緑の党」前党首のアレキサンダー・バン・デア・ベレン氏(72)が極右政党「自由党」の候補者ノルベルト・ホーファー氏(45)を破り大統領に選出され、8カ月以上の長期戦となった選挙戦に幕を閉じた。1年間で3度も投票会場に足を運ばなければならなかった国民も大変だったが、2人の候補者も家族を犠牲にしながらの奮闘だったはずだ。

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▲大統領に当選したバン・デア・ベレン氏のプラカード(オーストリア「緑の党」の公式サイトから)

 オーストリア大統領選はリベラル派と民族派右派のイデオロギーの戦いと受け取る向きもあるが、バン・デア・ベレン氏を大統領に押し上げた最大の原動力は、「ホーファー氏を絶対に大統領にしたくないアンチ・ホーファー陣営の結束」があったからだ。厳密にいえば、「バン・デア・ベレン氏が勝利した」というより、「反ホーファー陣営が勝った」というべきだろう。オーストリア大統領選は、ホーファー対反ホーファーだったのだ。
 
 ところで、ホーファー氏は欧州初の極右政党出身大統領という名誉を逃したが、同氏が獲得した得票率46・7%は不気味なほど高い。バン・デア・ベレン氏を支援したのは出身政党「緑の党」のほか、与党の2大政党、社会民主党と国民党、それに他の小野党だ。すなわち、自由党1党に対して他の全政党が戦ったのだ。にもかかわらず、出身政党の自由党の支援しか受けなかったホーファー氏が有権者のほぼ半分を獲得した。もちろん、自由党の歴史でも最高得票率だ。

 オーストリアでは一応、2018年に総選挙が実施されるが、多くの党関係者は来年にも早期総選挙が実施されると予想している。その場合、大統領選で惜敗した自由党が総選挙で第1党に躍進するシナリオはもはや非現実的ではなくなってきた。
 第1党に躍進したとしても、他の政党が大統領選と同様、反自由党で結束した場合、自由党主導政権の樹立は難しいが、政権奪取は夢ではなくなった。

 オーストリア大統領選の報告を閉じる前に、一つ報告したい。大統領選を予測した欧州の主要ブックメーカーが今回、ことごとく間違ったのだ。3つの主要ブックメーカーは一様にホーファー氏の勝利を予想していた。

 メディアの世論調査ではない。ブックメーカーの予測だ。後者は間違った予測を立てれば、賭け屋は膨大な経済損失を受ける。だから、ブックメーカーは間違ってはならない。それがいずれも間違ったのだ。

 ブックメーカーの場合、どちらを支持するかはどうでもいい問題だ。正確な倍率(オッズ)こそ命だ。それが間違っていた。米大統領選の時も欧米主要ブックメーカーはクリントン女史が当選すると予測していた。倍率の誤算が続いている。

 なぜ予想専門家のブックメーカーが倍率を間違うのか。ひょっとしたら、グロバリゼーションと社会の多様化によって、予測や予想事態が難しくなってきたのではないだろうか。それは一時的現象だろうか、それともブックメーカーの終焉を意味するのか。次の大きな政治的イベント、仏大統領選まで考えていきたいテーマだ。


 <ブックメーカーの倍率>(12月1日午後段階)

                          バン・デア・ベレン   ホーファー
 bet-at home    2・40         1・50  
  Mr Green       2・65         1・42
  William Hill      2・50         1・50
 
 William Hillの場合、バン・デア・ベレン氏の当選に100ユーロかけた人は、同氏が勝利した場合、250ユーロを得る。一方、ホーファー氏の当選に100ユーロかけた場合、同氏が勝ったとしても150ユーロしか入らない。すなわち、ホーファー氏の当選の確率が高いと予想しているのだ。

極右大統領候補者の敗北

 オーストリアで4日、大統領選決選投票(有権者約640万人)のやり直し投票が実施され、「緑の党」前党首アレキサンダー・バン・デア・ベレン氏(72)が対抗候補者、極右政党「自由党」のノルベルト・ホーファー氏(45)を予想外の大差で破り、大統領に選出された。

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▲オーストリア大統領府(2013年撮影)

 オーストリア国営放送の暫定結果(99・9%の集計段階)によると、バン・デア・ベレン氏が得票率53.3%を獲得し、ホーファー氏の46・7%に6%以上の大差を付け、当選を確実とした。投票率は74・1%(5月の決選投票の投票率は72・65%)。

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▲オーストリア国営放送が報じた暫定結果(2016年12月4日)

 オーストリアでは大統領は名誉職で実質な政治権限は少ない。大統領の任期は6年間。就任式は来年1月26日の予定だ。

 バン・デア・ベレン陣営は、「極右大統領が誕生すれば、わが国は国際社会から孤立する」とアピール、有権者に不安を煽る選挙戦を展開する一方、与党政党の社会民主党、国民党、それに「自由党」以外の野党勢力が反ホーファーで結束した。その結果、ホーファー氏は都市部以外でも支持を失った。
 
 「自由党」は“オーストリア・ファースト”を標榜し、難民受け入れには消極的で、欧州連合(EU)の統合にも批判的な政党だ。「自由党」はこれまで選挙の度に国民の不満や抗議を吸収し、得票率を伸ばしてきた。
 ホーファー氏が極右政党初の大統領になっていたならば、欧州で席巻している極右派政党の躍進に勢いをつけ、来春実施予定の仏大統領選にも少なからず影響を及ぼすものと予想されていた。それだけに、ドイツやフランスでは今回のオーストリア大統領選の結果を歓迎している。独社会民主党(SPD)のガブリエル党首は「理性の勝利だ」と述べているほどだ。

 大統領選は4月の第1回投票から決選投票のやり直し投票まで8カ月以上の異例の長期戦となった。その期間に世界の政情にも大きな変化があった。6月23日に英国の欧州連合(EU)離脱を問う国民投票が行われ、離脱派が勝利した。ただし、離脱決定直後から「われわれは離脱したくない」という英国民の声が高まっていったことはまだ記憶に新しい。また、11月の米大統領選挙では実業界出身のドナルド・トランプ氏が最有力候補者のヒラリー・クリントン氏を破り、世界に大きな衝撃を与えた。


 上記の出来事はオーストリアの大統領選にも影響を与えた。EU統合に批判的だった極右政党自由党のホーファー氏は、「現時点では離脱は考えていない」と説明せざるを得なくなったほどだ。その一方、トランプ氏の勝利は“トランプ旋風”と呼ばれ、欧州の極右政党の躍進に追い風となると予想されたことから、反ホーファー陣営が危機感を強めていった経緯がある。

 大統領選を総括すれば、多くの国民は、ホーファー氏への懸念を完全には払しょくできないため、バン・デア・ベレン氏をやむを得ず選ばざるを得なかった、というのが実情だったはずだ。

 なお、4日の決選投票のやり直し投票には、世界からは200人を超える外国人ジャーナリストがウィーン入りし、大統領選の行方を取材した。



 <オーストリア大統領選の経緯>

 4月24日・・6人の候補者が出馬した第1回選挙では過半数を獲得した候補者はなく、得票率上位2人の候補者バン・デア・ベレン氏とホーファー氏の2人の間で決選投票が行われることになった。与党の社会民主党と国民党両党が擁立した候補者は敗北。

 5月22日・・上位2人の決選投票が実施され、「緑の党」前党首のバン・デア・ベレン氏が約3万票の僅差で当選した。自由党が投票集計などで不正があったとして憲法裁判所に訴える

 7月1日・・憲法裁判者所は自由党の訴えを認め、決選投票のやり直しを命令(7月8日に新大統領の就任式がホーフブルク宮殿の大統領府で行われる予定だった)

 「投票の集計は選挙委員会代表と監視員の立会いのもとで行われなければならない。実際は関係者不在で集計が行われた選挙区があった。投票締め切りは当日午後5時だ。集計はその後、始めることになっている。実際は5時前に始まっていた。同国国営放送や2、3の民間放送が投票締め切り直後、投票の暫定結果を流すのは、投票の集計が投票締め切り前に行われているからだ。選挙区の一部で投票締切前に集計された投票結果がメディア関係者やネット関係者に流れ、それが報じられたため、投票を終えていない有権者に影響を与える可能性が出てくる。郵送投票の場合、投票日の翌日午前9時から集計を開始するように規定されているが、かなりの選挙区では投票日に開封され、集計されていた」

10月2日・・決選投票のやり直しの投票日だったが、その前に郵送票を入れる封筒に問題が判明。郵送投票カードを入れる封筒が郵送中に糊が剥がれることは明らかとなり、「公平で完全な選挙を実施するのが難しくなった」(ソボトカ内相)として、やり直し日程を変更。

12月4日・・大統領決選投票のやり直し投票が実施された。バン・デア・ベレン氏が大差で当選した。

韓国国民の「敗北した日」

 韓国聯合ニュースは11月29日、「韓国の朴槿恵大統領は29日、親友の崔順実(チェ・スンシル)被告の国政介入事件をめぐり、3回目の国民向け談話を発表し、『任期短縮を含め、進退問題を国会の決定に委ねる』と述べた」と報じた。

 国家最高指導者に選出された人物がカメラの前で頭を下げ、任期前の辞任の意思表明をしたことは、朴大統領にとって「敗北の日」となったが、5年間の任期を託し、大統領を選出した国民にとってもやはり「敗北の日」となったはずだ。
 前者は任期前の退陣で「敗北の日」をいや応なく認識できるだろうが、後者の場合、選出した大統領の不正を追及した結果、大統領自ら早期辞任に追い込まれた経緯を「勝利の日」と誤解する危険性があるのだ。

 ここでは「大統領の敗北」についてではなく、後者の「国民の敗北」について考えてみたい。朴大統領の場合、親友の崔女史に対して公私の区別なく付き合ってきたことが大きな蹉跌となった。同情に値する面もあるが、私人の国政関与は国の安全問題を危険に陥れるもので、絶対に許されない。問題は、敗北したのは朴大統領一人ではないということだ。大統領を選出した国民も同様に敗北したのだ。

 韓国聯合ニュース日本語電子版に以下の記事が報じられていた。

 「1日午後3時15分ごろ、韓国南東部の慶尚北道亀尾市にある朴正熙元大統領の生家で放火とみられる火災が発生した。火は約10分後に消し止められたが、朴元大統領の遺影などがある追悼館が全焼した。警察は放火の容疑者とみられる40〜50代の男を現場で検挙し、調べている」

 その記事を読んだ時、2014年4月16日、仁川から済州島に向かっていた旅客船「セウォル号」が沈没し、約300人が犠牲となるという大事故が起きた時のことを思いだした。船長ら乗組員が沈没する2時間前にボートで脱出する一方、船客に対して適切な救援活動を行っていなかったことが判明し、遺族関係者ばかりか、韓国国民を怒らせた事件だ。

 問題は、事故1年後の15年4月16日、朴槿恵大統領が死者、行方不明者の前に献花と焼香をするために事故現場の埠頭を訪れたが、遺族関係者に焼香場を閉鎖され、焼香すらできずに戻っていったという出来事があったのだ。
 遺族関係者の「セウォル号を早く引き揚げろ」といった叫びが事故現場から去る大統領の背中に向かって投げつけられた。そのニュースを読んで、当方は大きなショックを受けた。そして先述した「朴元大統領の生家への放火」事件の記事が重なってきたのだ。

 当方は「朴大統領の焼香を拒んだ」というニュースを読んで、韓民族の情が病んでいる、と強く感じた。その時のショックを「焼香を拒む韓国人の“病んだ情”」2015年4月18日参考)というコラムを書いた。
http://blog.livedoor.jp/wien2006/archives/52101611.html
 放火の件は一人の男の犯行だが、国家最高指導者の朴大統領を酷評し、その父親の生家まで火をつける精神は、「焼香を拒んだ」時と同じように、病んでいる。焼香を拒んだ遺族関係者も朴元大統領の生家に火をつけた男も当方の目には韓国国民のシンボルのように映るのだ。第2、第3の同じような国民が出てくるのではないか。

 当方は朴大統領の弾劾に反対しているのではない。大統領自身は早期退陣で既に罰せられている。その姿を見ている国民も本来、同じように敗北感を感じるべきだ。失政した大統領を選出したという責任がある。責任は常に相手、為政者のみが背負うものではなく、国民一人ひとりが担わなければならない。その責任への連帯感がなければ、愛国心などは生まれてこない。真の愛国者は国家最高指導者に選出した人物を火あぶりにはしない。国の名誉、品格が問われるからだ。

 同時に、敗北した人間の悲しみに対しても思いがいかなければならない。韓国国民は他者の悲しみに対しても連帯感を再発見しなければならない。他者の悲しみを自分のそれと同じように感じることができれば、自身の悲しみは癒されるのではないか。これは理屈ではない。

 朴大統領の事件は大統領の敗北であり、同時に、国民の敗北でもあることを心底から感じることができれば、韓国が再生する道が自然と開かれるのでないか。

憲法擁護庁にイスラム過激派潜伏

 独連邦憲法擁護庁(BfV)内にイスラム過激派のドイツ人(51)がスパイ活動していたことがこのほど発覚し、関係者に大きな衝撃を投じている。独週刊誌シュピーゲル電子版が先月29日、報道した。

 デュッセルドルフ検察によれば、「スパイが国家の安全に直接関係する情報を外部に流出した形跡はこれまでのところ見当たらない」という。男は未決拘留中で、デュッセルドルフ検察所が調査に乗り出している。

 シュピーゲル誌によると、51歳の職員はインターネットで偽名のイスラム名を使い、機密を流していたという。男はBfVの活動場所などの情報を集め、インターネットで様々な名前を使いチャットしながら、「自分はBfVだ」といい、テロ襲撃計画で仲間を誘い、「これはアラーの願いだ」と話していたという。BfVはその段階で男がスパイだと判断し、証拠をつかんだ。不明な点は、BfV内に男の仲間がいるかどうかだという。

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▲独連邦憲法擁護庁(BfV)のハンス・ゲオルグ・マーセン長官(BfVの公式サイトから)

 デュッセルドルフ検察庁によれば、男は2016年4月、イスラム共同体を監視するために途中からBfV入りした職員だ。その前は銀行マンで家庭では普通の父親だった。
 ハンス・ゲオルグ・マーセンBfV長官は、「雇用前には基本的な身元チャックをする。イスラム過激派の疑いある職員にはこれまで外的に目立った点はなかった。誰も気がつかないうちに過激化していったのだろう」という。

 男の自白によると、BfVに侵入しケルン北部郊外にある中心建物へ爆弾襲撃するための情報を集めることが目的だったという。2014年にイスラム教に改宗したが、家族は知らなかったという。

 社会民主党からは、「職員の安全チェック体制を改善する必要性がある」という声が聞かれる一方、左翼党の連邦議会議員は、「政府はこの事件を意図的に小さな出来事のように述べているが、これは明らかに憲法擁護庁の重大な過失だ」と連邦政府を批判している。それに対し、独連邦議会の情報機関監視員のクレメンス・ビンニンガ―議長(「キリスト教民主同盟」出身)は、BfV職員への監視怠慢批判に対し、「必要な検証は全て行ってきた。長期にわたって特定の人物の安全監視を実施し、イスラム過激派の形跡を見つけることは難しい」と説明している。

 マーセン長官は、「今回の件では詳細な調査を行い、今後の教訓としたい」と述べている。ドイツではサラフィスト(イスラム過激主義者)の活動が活発化している。BfVによれば、国内にイスラム過激派は約9200人と推定されている。
 

 ところで、連邦軍の中にもイスラム過激派のスパイが潜入し、軍の武器、軍需品に関する情報や使用方法の教育を受けていたことが明らかになっている。独連邦軍情報機関によると、軍事保安局(MAD)には約20人のイスラム過激派が潜入し、さらに多数の疑わしい人物がいるという。連邦政府は今年8月末、「MADは連邦軍志願者の身元をチェックする監視を強化すべきだ」と要請したほどだ。
 

 イスラム過激派対策の要、BfVやMADにイスラム過激派のスパイが暗躍していたという事件は、メルケル政権の対テロ対策の根幹を揺るがす重大な問題であることは間違いない。

モスクワ発情報には注意を

 安倍晋三首相とロシアのプーチン大統領の日露首脳会談を間近に控え、ロシアの得意の情報工作が展開されている。当方は先日のコラム「ソ連国防相ヤゾフ氏の北方領土」の中でも言及したが、ロシアから2つの暗いニュースが流れてきた。1つは、日本側が提案した8項目の経済協力プランの担当閣僚だったウリュカエフ前経済発展相がロシア捜査当局に収賄の疑いで刑事訴追されたというニュース、2つ目は、ロシアは先月22日、地対艦ミサイルの北方領土配備を公表した、という情報だ。

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▲「ロシア・トゥデイ」のロゴ

 なぜこの時、ロシアからこのようなニュースが流れてきたかという問題はとても興味深いテーマだ。考えられるシナリオは、.廖璽船鸞臈領が北方領土で日本側の要求に屈して譲歩しないように牽制するため民族派の情報攻勢、日本から経済支援を受け、経済関係を強化するため日露首脳会談に意欲を見せているプーチン氏は安倍首相を牽制し、経済協力だけを得て、領土問題は継続審議することで幕を閉じたいという狙いがある、という解釈だ。排除すべきシナリオはプーチン大統領が国内の民族派とリベラル派の対立の狭間で苦慮しているという見方だ。

 プーチン大統領は権力を完全に掌握している。北方領土問題でも本人が願えば、返還に応じることができるが、大統領自身に応じる考えがない。ただし、安倍首相と会談する以上、最低限の政治的ジェスチャーが不可欠だ。最大限の経済支援を日本から受け取るために北方領土の返還交渉に応じる姿勢を示唆せざるを得ない。しかし、実際はできない。そこで得意の情報工作となったわけだ。

 そこでプーチン氏は、自身を取り巻く政治情勢が急速に悪化してきたことを示唆する情報を流す。プーチン氏は安倍首相の前で、「私は領土返還には柔軟な姿勢だが、国内事情が緊迫してきた」と示唆するだけでいいわけだ。
 日本側は、「大統領は領土問題では積極的だが、モスクワの政情が厳しくなってきた」と納得できる、そして北方領土の返還問題は継続審議となる。日本側としてはプーチン大統領を日本に招いた以上、何らかのプレゼントを用意しなければならない。結局、プーチン大統領は領土問題で何も譲歩せず、日本側からプレゼントを頂いてモスクワに帰国するというわけだ。

 ロシアの情報工作はロシアがウクライナのクリミア半島をなかば併合して以来、活発化している。欧州諸国はロシアに対して厳しい経済制裁を実施中だ。プーチン大統領は欧州諸国間の結束を分断し、難民収容問題で対立する西欧と東欧の欧州加盟国間の亀裂を深める工作を行っている。最終目的は、対ロシア経済制裁の解除だ。

 ドイツ連邦情報局(BND)のブルーノ・カール長官は、「ロシアは欧米で偽情報やプロパガンダを駆使したサイバー攻撃を繰り返し、政治的不安定感を広げようとしている」と警戒を呼び掛けている。具体的には、ロシアの情報放送「Russia Today」(RT)やオンラインの情報通信「Sputnik」が情報工作の手先となっているという。一方、米連邦捜査局(FBI)のジェームズ・コメイ長官も、「ロシアは外部から民主的プロセスを無効にしようとしている」と指摘、ロシアがハッカー攻撃を駆使して米大統領選を混乱に陥れようとしていたと示唆している。

 ロシアが欧米諸国に向け情報工作を展開しているとしたら、北方領土問題を抱える日本に対して無策でいるわけはない、と考えるのが通常の思考だろう。

 プーチン大統領は情報工作を駆使し、自身に有利な政治情勢を生み出そうとしているわけだ。ソ連国家保安委員会(KGB)出身のプーチン氏にとっては伝統的なやり方だ。モスクワ発の情報には裏があると考えなければならない。

スイス国民から何を学ぶか

 スイスで11月27日、脱原発時期を早めるイニシアチブの是非を問う国民投票が実施され、反対が54・2%で多数を占めて否決された。投票率は45%だった。

 スイスでは東日本大震災によって生じた福島第1原発事故(2011年3月)を受け、連邦議会が新規原発建設を禁止する脱原発を決定。その後、「エネルギー戦略2050」で原発を段階的に再生可能エネルギーに転換する方針を決めた。ただし、同戦略では脱原発の方針は示されているが、脱原発の最終期限は定められていない。

 今回は「緑の党」などが原発設備の老朽化による事故を防止するため運転期間を一律45年とするように提案した。同案は採択される可能性が高いと予想されていただけに、結果には驚かされた。

 同国では電気需要の約35%を原発で賄ってきた。代替エネルギーの見通しが立たない中で、脱原発を進めることに政府、産業界から懸念の声が出ていた。スイス国民は脱原発プロセスの加速化には「ノー」を突き付けたことになり、他の欧州諸国にも少なからず影響を与えるものと予想されている(例:ドイツでは脱原発の最終期限は2022年)。

 国民投票が可決されていたら、同国にある5基の原発のうち、1969年建設のベツナウ第1原発、ベツナウ第2原発、そしてミューレベルク原発の3基は来年、停止され、 ゲスゲンとライプシュタット の2基は2024年、2029年には停止され、脱原発が実現する予定だった。ちなみに、ベツナウ原発は現在稼働している世界最古加圧水型炉だ。

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▲スイスのベツナウ原発の建設当時の様子「swissinfo ch」(SWI) のHPから

 国民投票では、スイス連邦政府は早急な脱原発を国民に警告する一方、スイス大手電力運営会社アクスポ(AXPO)のAndrew Walo 社長は脱原発の加速化が決定した場合、エネルギーの安全供給に支障が出てくるだけでなく、脱原発によってもたらされる損害賠償を要求する意向を表明していた。その被害総額は41億スイス・フラン(約38億ユーロ)にもなるという。それらのアピールが国民に脱原発加速化を考えさせる上で一定の効果があったことは疑いないだろう。

 ところで、興味深い点は、脱原発問題だけではなく、スイスでは国民投票の結果が世論調査とは一致しないケースが多いことだ。例えば、スイスで今年2月28日、同国の右派政党「国民党」(SVP)が提出した犯罪を犯した外国人の追放の強制履行の是非を問う住民投票が実施され、反対が58・9%を占め、拒否されている。
 スイス(2014年人口約820万人)には約200万人の外国人が住んでいる。スイスの外国人率は約25%だ。国民の4人に1人がスイス国籍を有していないことになる。外国人の犯罪率も高まってきた。それだけに、外国人法改正案は採択されるものと予想されていたが、国民は現行の外国人法(2010年施行)で十分と判断し、反対が多数を占めた、といった具合だ。

 スイスは直接民主制だ。重要な法案については国民に是非を問う国民投票が実施される。特に、国民の生活に大きな影響を与える外国人問題や脱原発問題ではその時の政情や出来事の影響で採択されたとしても、時間の経過と共に現実の状況にそぐわなくなった場合、スイス国民はその修正を積極的に実施してきているわけだ。これはスイスが誇る直接民主制のポジティブな面ともいえるだろう。

 今回の国民投票の結果は、再生可能なエネルギーの開発が遅れている現在、エネルギーの安全供給のためには原発の操業が不可欠といった国民の冷静な判断が働いたのだろう。将来のエネルギー政策の在り方より、脱原発というイデオロギーが先行する日本とは違って、スイス国民は非常に現実的だ。

3人の法王と交流したカストロ氏

 キューバのフィデル・カストロ前国家評議会議長(1926年8月〜2016年11月)は25日、同国の首都ハバナで死去した。90歳だった。遺体は本人の希望もあって26日、火葬された。

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▲キューバ革命の主人公、フィデル・カストロ前議長(ウィキぺディアから)

 キューバの政治実権は実弟のラウル・カストロ議長(85)に既に受け継げられている。前議長の死去が報じられると世界各地でさまざまな反応が聞かれた。「革命の英雄」を称賛し、前議長の死去に哀悼する声から、「独裁者は去った」といった歓喜の声も聞かれる。

 ところで、カストロ前議長は生前、3代のローマ法王と会っている。ヨハネ・パウロ2世(在位1978〜2005年)、ベネディクト16世(2005〜13年)、そしてフランシスコ現法王(2013年〜)だ。共産主義者であり、無神論者だったカストロが3代のローマ法王と会合し、親しく交流していたことは興味深い。
 カストロ前議長は旧ソ連・東欧諸国の共産党政権とは異なり、ローマ・カトリック教会との関係を断絶することなく、キューバとバチカン両国の国交は81年間、続いてきた。バチカン放送は26日、カストロ前議長と3代のローマ法王の交流記を掲載している。

 フィデルはスペイン系移民の農業主の息子(婚外子)として生まれ、若い時代、ハバナのイエズス会の学校で教育を受けている。カストロ氏は1959年、独裁者フルヘンシオ・バティスタ政権を打倒してからほぼ50年間、キューバの政権を掌握し、2008年に実弟ラウル・カストロ現議長に政権を移譲した。

 オバマ米大統領はキューバとの国交回復を実現させたが、その際、ローマ法王の調停に感謝を述べている。南米出身のフランシスコ法王の昨年9月のキューバ訪問を示唆したものだが、バチカンの対キューバ外交はヨハネ・パウロ2世時代から始まっている。

 共産政権下のポーランド出身のヨハネ・パウロ2世はカストロ前議長をローマに招いた最初の法王だ。その2年後の1998年、同2世はキューバを訪問した。その直後、カストロ前議長は国内でクリスマスの祝祭を認め、政治囚人を釈放している。
 その後継者ベネディクト16世は2012年キューバを訪れている。カストロ前議長はヨハネ・パウロ2世、ベネディクト16世の2人の法王と計6回会合している。フランシスコ法王は昨年カストロ前議長と会合した時、前議長から 解放神学者Frei Bettoの著書「フィデルと宗教」をプレゼントされている。

 ヨハネ・パウロ2世は1998年1月21日、ハバナでカストロ前議長と会った時、「キューバは世界に向け、その偉大な可能性を開き、世界はキューバに対して同じように開かれますように」と述べている。
 カストロ前議長は「我々の革命には反宗教の精神はない。聖職者を弾圧しない」と述べたが、この点は事実と反する。カストロ氏は政権を掌握すると、教会を弾圧し、教会系学校を閉鎖し、2500人の神父や修道院関係者を国外追放している。

 ブラジル出身の解放神学者レオナルド・ボフ氏は26日、「カストロは最後まで社会主義に忠実だった。彼の中にはイエズス会で学んだ内容が最後まで深く刻み込まれていた。彼はキリスト教の伝統をよく知っていた。彼は晩年、超教派問題に強い関心を寄せていた」と語っている。

 なお、キューバの人権運動グループ「白い服の女性たち」は27日、「カストロの死がキューバに政治的変化をもたらすとは思わない。一人独裁者が減っただけだ。ラウルも兄と同じ独裁者だ。真の民主化はカストロ家が権力から追放された時、訪れる」と主張している。

ソ連国防相ヤゾフ氏の「北方領土」

 安倍晋三首相とロシアのプーチン大統領の日露首脳会談が来月中旬、山口県で開催される。同首脳会談では、両国間の難問、北方領土の返還問題について協議されるという。ロシア側から北方領土返還で日本側に譲歩する提案が出るのではないか、といった憶測が日本側の一部では流れているという。

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▲記者会見で当方の質問に答えるヤゾフ国防相(1989年11月23日、ウィーン国際空港のVIP室で撮影)

 日本側は「四島一括返還」を要求しているが、プーチン大統領は1956年の日ソ共同宣言に明記された「二島引き渡し」以上の譲歩はしないだろうという声が支配的だ。

 日露首脳会談を控え、ロシアから2つの暗いニュースが流れてきた。1つは、日本側が提案した8項目の経済協力プランの担当閣僚だったウリュカエフ前経済発展相がロシア捜査当局に収賄の疑いで刑事訴追されたというのだ。2つ目は、日本のメディア報道によれば、ロシアは22日、地対艦ミサイルの北方領土配備を公表したばかりだ。

 現実問題、ロシアで北方領土の返還に応じることができる指導者はいないはずだ。強い政治力を誇るプーチン大統領も例外ではないだろう。
 ロシア領となった領土を相手国の要求に応じて返還じた場合、その政治家、指導者は政治生命が危なくなるはずだ。ロシア国内の民族主義者の総攻撃を受けることは必至で、生命の危機すら十分予想される。ロシア側が取れる最大の譲歩は「二島返還」までだ。ロシア側には、「領土と経済は別」という認識が根強い。

 当方は1989年11月、ソ連最後の国防相となったドミトリー・ヤゾフ国防相に北方領土問題で質問したことがある。ヤゾフ国防相はオーストリアを公式訪問をした後、ウィーン国際空港貴賓室で国際記者会見を開いた。その時、当方は日ソ両国間の最大懸案である北方領土の返還問題について質問したことがある。同相は「その問題(北方領土)は既に解決済みだから、話しあう必要はない」と一蹴。「極東ソ連軍が強化され、最新鋭戦闘機のMIG31やSU27が配置されたという情報があるが、事実か」と聞くと、「他国がわが国の防衛戦略に干渉することはおかしい。どの機種をどこに配置しようが、それはソ連の問題だ」と強く反発した。

 ヤゾフ国防相の発言は「両国政府が作業部会を設置して、そこで討議を進める」という当時のソ連外務省とは明らかに異なっていた。ヤゾフ国防相はソ連軍最高指導者らしい貫禄と強さを感じさせた。ただし、会見後、同相は笑顔を見せながら当方のところに近づき、握手を求めてきたのには驚かされた覚えがある。

 ソ連は解体し、ロシアが誕生したが、北方領土問題では大きな違いはないだろう。日本側が懸命な交渉を展開させたとしても、ロシア指導者が獲得した領土の返還に応じることはない。自身の首をくくるようなことだからだ。残念なことだが、当方はロシアとの領土返還交渉では悲観的だ。

 なお、ヤゾフ国防相は、最後のソ連大統領だったゴルバチョフ大統領夫妻(当時)を拘束した1991月8月のクーデター事件に関与した国家非常事態委員会メンバーの1人だったが、今月92歳の誕生日を迎え、健在だと聞いた。

与党社民党が極右政党に接近か

 オーストリアで来月4日、大統領選のやり直し投票が実施される。「緑の党」元党首、アレキサンダー・バン・デ・ベレン氏(72)と、極右政党「自由党」議員で国民議会第3議長を務めるノルベルト・ホーファー氏(45)の2人の候補者の間で争われるが、両者は拮抗している。ただし、メディアの中では、トランプ氏が米大統領で当選した勢いに乗って(?)、ホーファー氏が欧州初の極右政党出身大統領に選出されるのではないか、といった予想が出ている。

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▲極右政党「自由党」との関係が注目されるケルン首相(2016年7月1日 ウィーンの連邦首相官邸内で撮影)

 ところで、大統領選の投票日が差し迫った23日夜、クリスティアン・ケルン首相(社会民主党党首)と自由党のハインツ・クリスティアン・シュトラーヒェ党首のトップ討論がラジオ文化ハウスで行われた。連邦鉄道総裁だったケルン首相が今年5月、ヴェルナー・ファイマン首相の後任に選出されて以来、両者の討論は初めて。実業界出身のケルン首相が、政権奪回を狙う自由党党首とどのように渡り合うか注目された。

 そのケルン首相が自由党党首に対し、「シュトラーヒェ氏がわが国の発展のため努力していることに敬意を払う」と発言したのだ。社民党(SPD)党首が自由党党首に敬意を払う、といったことはこれまで考えられなかったことだ。両者の激しい口論が展開されるものと予想していた国民も驚いた。結局、両者の討論は穏やかで、激しいやり取りはほとんどなく終わったのだ。同国代表紙プレッセは25日、一面トップで「赤(社会民主党)と青(自由党)の接近」という見出しを付けて大きく報じたほどだ。

 社民党は過去、自由党と連立を組んだことはある。13年間の長期政権を維持した社会党時代のブルーノ・クライスキー首相(任期1970〜83年)は1970年、自由党の支持を受けて少数政権を発足させた。そして83年にはジノバツ政権(1983〜86年)は自由党と連立を組んだ。しかし、自由党で極右政治家ヨルク・ハイダー氏(1950〜2008年)が党首になって以来、銀行界から政治家となったフランツ・フラニツキ―社民党主導政権(1986〜97年)は自由党との絶縁を宣言し、一線を引く通称“フラニツキ―ドクトリン”を実施した。それ以来、社民党と自由党の連立は連邦レベルでは途絶えた。

 ただし、州レベルでは2004年、ケルンテン州で“赤と青”の連立政権が発足。昨年7月にはブルゲンランド州でニースル知事(社民党)が州議会選後、自由党と連立政権を組んでいる。社民党内左派から批判の声は上がったが、党内を2分するほどの混乱はなかった。

 ケルン首相の自由党接近についてはさまざまな憶測が流れている。ケルン首相には自由党に奪われた国民の不満票、抗議票を取り返したい狙いがあることは間違いない。また、連立パートナーの国民党(独「キリスト教民主同盟」の姉妹政党)に対して、「わが党の連立相手はもはや国民党(黒)だけではない」とアピールすることで、連立政権下での主導権を強化したい意向があるだろう。

 ちなみに、ケルン首相の「自由党接近」発言が間近に迫った大統領選にどのような影響を与えるかで様々な分析が聞かれる。大統領選では1回目の投票で同党候補者が敗退した社民党は決選投票では「緑の党」元党首バン・デ・ベレン氏を支持する姿勢を表明してきたが、ケルン首相が自由党に接近することで社民党支持者がホーファー氏支持に流れる可能性も出てきた、といった声が聞かれる。
 
 来年に総選挙を控え、ケルン首相が“フラニツキ・ドクトリン”から決別し、自由党との関係を正常化し、自由党にこれまで吸収されてきた不満票、抗議票を奪い返すことに成功するか、同首相の政治手腕が問われることになる。
 いずれにしても、社民党内にはウィーン市(特別州)のホイプル市長のように自由党へのアレルギーが強い政治家が少なくない。それだけに、政治体験の乏しいケルン首相への党内批判が高まる危険性も排除できない。
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