ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

宣教師ザビエルの「誤算」

 カトリック教作家・遠藤周作は「沈黙」のセバスチャン・ロドリゴの書簡の中で、「支邦人たちの大半は、我々の教えにも耳を貸さぬとのことです。その点、日本はまさしく、聖フランシスコ・ザビエルが言われたように、『東洋のうちで最も基督教に適した国』の筈でした」と語らせている。

 ザビエル師の宣教から600年余り経過したが、「東洋のうちで最も基督教に適した国」のはずの日本のキリスト教人口は依然、1%以下に過ぎない。その一方、隣国・韓国では国民の3分の1がキリスト信者だ。「教えに耳を貸さない」といわれてた支邦人(現中国)では2000万人余りのキリスト信者が存在するといわれている。ザビエル師の眼識は残念ながら大きく外れたといわざるを得ない。

 以上は、宗教別統計に基づいた話だが、キリスト教が定着できなかった日本は生来、野生で荒々しく、利己的で攻撃的な民族か、というならば、「日本民族ほど倫理観の高い民族はない」といわれるほど、その民族の資質の高さは世界からも評価されている。ザビエル師自身も日本民族の質の高さに驚きを表明している一人だ。

 キリスト教の伝達は未開発国の啓蒙と発展に貢献したことは事実だが、民族の精神的発展のためにはキリスト教の教えが不可欠とは言えない。キリスト教が定着しない国でもその民族の倫理性、道徳性が開発されていったケースはあるだろう。世界第4番目の無宗教国家と言われる日本などはその代表的なケースかもしれない。

 「結婚はチャペルのあるキリスト教会で、子供の七五三には神社にお宮参りし、そして葬式は仏教式で行う」
 一般的な日本人の宗教への姿勢について語る時、少し軽蔑の思いを込めてこのように表現される。

 ローマ・カトリック教会には、「イエスの教えを継承する唯一、普遍的なキリスト教会だ」という「教会論」がある。俗に言うと、「真理を独占している」という宣言だ。だから、キリスト教の神を信じながら、同時に他の宗教のイベントも実践するといったことは欧州人には理解できない。

 稲作を中心とした社会共同体の中で相互助け合ってきた日本人は自然を崇拝する気質を育み、共同体の一員としての倫理観も発展させていったのかもしれない。また、日本社会は恥の文化だ、という指摘も聞く。

 問題は、倫理、道徳では消化できない課題に直面した時だろう。例えば、大地震などの天災、生死の問題などだ。また、倫理・道徳は時代の要請に基づいて構築されている場合が多いから、時代が変われば、その規範とすべき内容も変わっていく。特定の宗教を持たない社会では、世俗化が進んでいった場合、その歯止めが利かなくなる危険性も出てくる。これは無宗教の日本人社会が直面している問題だ。

4人のローマ法王と「列聖式」

 復活祭を終えて一息つく間もなくくローマ・カトリック教会は27日、ヨハネ23世とヨハネ・パウロ2世の列聖式を挙行する。2人のローマ法王の列聖式には数百万人の信者たちがサンピエトロ広場に集まると予想されている。ヨハネ・パウロ2世の母国、ポーランドからだけでも50万人の信者たちがローマ入りするといわれている。

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▲ヨハネ23世の生家(2013年9月26日、ソット・イル・モンテにて撮影 )

 バチカン専門家のアンドレアス・エングリュシュ氏はオーストリア日刊紙クリア(20日付)とのインタビューの中で、「列聖式にはフランシスコ法王と退位したべネディクト16世が同席し、2人のローマ法王(ヨハネ23世、ヨハネ・パウロ2世)の列聖式を行う。教会歴史ではこれまでなかった歴史的出来事だ」と答えている。

 ヨハネ23世(在位1958年10月〜63年6月)はカトリック教会の近代化を決定した第2バチカン公会議第(1962〜65年)の提唱者であり、信者たちから最も愛される法王として有名だ。
  同23世が第2バチカン公会議開催を決めた時、公会議開催には長い準備期間が必要と受け取られていたので、教会内外で驚きをもって受け取られた。ヨハネ23世は後日、第2公会議開催は「神の声に従っただけだ」と述べている。

 ヨハネ・パウロ2世(在位1978〜2005年4月)は“空飛ぶ法王”と呼ばれ、世界を司牧訪問し、冷戦時代の終焉に貢献したことはまだ記憶に新しい。同2世の場合、死後9年で聖人に列挙されるという異例の早やさだ。

 ローマ・カトリック教会では「聖人」の前段階に「福者」というランクがある。そして「列福」と「列聖」入りするためには、当人が関与した奇跡が証明されなければならない。
 ヨハネ・パウロ2世の場合、2011年5月、列福されたが、バチカンの奇跡調査委員会はフランスのマリー・サイモン・ピエール修道女の奇跡を公認している。彼女は01年以来、ヨハネ・パウロ2世と同様、パーキンソン症候で手や体の震えに悩まされてきたが、05年6月2日夜、亡くなった同2世のことを考えながら祈っていると、「説明できない理由から、手の震えなどが瞬間に癒された」というのだ。「列聖」入りのためのもう一つの奇跡は、コスタリカの女性の病気回復が公認された経緯がある。

 ヨハネ23世の場合、フランシスコ法王が列聖のための奇跡調査を免除している。
 ちなみに、フランシスコ法王とヨハネ23世は風貌もよく似ている。ヨハネ23世が法王に選出された時、既に76歳だった。フランシスコ法王も76歳で選出された。ヨハネ23世は素朴で笑顔を絶やさず、ユーモアと親しみで当時、信者たちを魅了させた。フランシスコ法王の言動も同じように、世界で新鮮な感動を与えている、といった具合だ。

 今回の列聖式は、フランシスコ現法王が主導し、前法王べネディクト16世が同席する。すなわち、4人の法王が列聖式に関わるわけだ。過去の列聖式では見られなかった豪華キャストによる式典となるわけだ。

忘れられる「パレスチナ人問題」

 イスラエルとパレスチナの交渉期限の今月末が差し迫ってきた。よほど楽天主義者でない限り、「問題の解決は可能だ」とは言えなくなった。

 いつものように、イスラエルとパレスチナの双方が「交渉が暗礁に乗り上げたのは相手側の責任だ」と弁明する用意をしている。

 パレスチナ側は「イスラエルが約束していたパレスチナ囚人の釈放を実行しなかったからだ」とし、15の国連・国際条約の加盟を申し込んだ。「パレスチナ人国家」へ更に一歩駒を進めた感じだ。
 それに対し、イスラエル側が「パレスチナ側は主権国家の道を一方的に進めている」と強く反発し、パレスチナ自治政府に代わって徴収している関税・税収入の譲渡停止などの経済制裁を施行したばかりだ。

 一方、イスラエルとパレスチナ間の平和交渉に全力を投資し、昨年7月以来、多くの時間を費やしてきたケリー国務長官は「米国がいつまでも時間を有していると考えるべきでない」と、交渉が進まないことにイライラしてきている。

 昨年再開した交渉はどうなったのか。イスラエルとパレスチナ両者は一応、2国家共存で一致しているが、国家建設で不可欠な国境線の設定の見通しはない。そればかりかエルサレムの地位問題、難民帰還問題、入植地問題、イスラエルの安全保障問題など主要改題は未解決のままだ。

 パレスチナ側は「イスラエル側は問題解決の意思がない」という。多分、これは正鵠を射ているだろう。イスラエルはパレスチナ国家の建設をさまざまな理由を付けて防ごうとしていることは周知の事実だ。イスラエル側は、パレスチナ側の統治能力のなさや内部の権力争いに助けられている面も否定できない。

 パレスチナ問題に解決の道が本当にないのか、といえばそうではない。イスラエル人とパレスチナ人が一つの国家の下で共存すればいいのだ。国境線を設定する必要もない。ただし、この共存案の致命的問題は、パレスチナ人が近い将来、国家の過半数を占め、イスラエル人が少数派に落ちてしまう危険性が出てくることだ。だから、イスラエル側はパレスチナ人と一つの国家の旗のもとで共存できないわけだ。選挙をすれば、人口の多いパレスチナ人が多くの行政区を合法的に掌握できるからだ。

 中東・北アフリカ諸国で“アラブの春”(民主化運動)が勃発して以来、汎アラブ主義は後退し、アラブ諸国でパレスチナ問題への関心も薄れてきた。

 一方、欧米諸国はウクライナ危機に直面し、大国ロシアと対抗するために内部の結束が急務となってきた。解決の見通しのないパレスチナ問題に時間を費やすことができなくなりつつある。パレスチナ問題で解決の筋道をつけ、ノーベル平和賞でも、と密かに考えていたケリー米国務長官もここにきて疲れが目立ち始めたのだ。

米国が再び欧州に戻ってきた

 ウクライナ南部クリミア自治共和国のロシア併合は、終焉したはずの冷戦を再び目覚めさせたといわれる。気の早いメディアは“第2の冷戦時代の到来”とはしゃいでいる。

 ジュネーブで17日開催された米国、ロシア、欧州連合(EU)、ウクライナの4カ国協議で一応、軍事衝突を回避する処置をとることで合意したが、合意内容が実際に履行されるかは不明だ。ちょっとした衝突から大戦に発展した第1次世界大戦を想起するまでもない。

 ウクライナ危機は具体的には2つの大きな変化をもたらしている。まず、冷戦終焉後、存続の価値が薄れてきていた北大西洋条約機構(NATO)が復活してきたことだ。
 今年9月に退任予定のラスムセン事務総長は、「ロシアのクリミア自治共和国の併合は主権蹂躙であり、国際法を蹂躙する」と主張し、ロシアに軍事的対応も辞さない強硬姿勢を表明している。NATO事務総長の発言が世界のメディアの注目を浴びるのは久しぶりのことだ。

 NATOはロシアへの対抗措置として東欧の防衛強化に乗り出してきた。冷戦時代に苦い体験を持つバルト3国やポーランドはNATO軍の常駐化を要請するなど、NATO軍の価値が加盟国の間で見直されてきたわけだ。

 2つ目の変化は米国の関心が再び欧州に戻ってきたことだ。オバマ大統領は今月23日から日本、韓国、マレーシア、フィリピンの4カ国を訪問するなど、アジア重視の外交をこれまで展開させてきたが、ウクライナ紛争が生じたことで、米国の関心が再び欧州に引き戻されてきたわけだ。

 外交で弱腰が目立ったオバマ大統領はロシアのクリミア併合後、ロシアに対して強い警告を発する一方、欧州の同盟国との連携を深めてきている。強い米国の再登場だ。

 米国は3月、バルト諸国上空の警戒強化のためF−15戦闘機をリトアニアに派遣し、ポーランドにはF−16戦闘爆撃機12機と部隊300人を展開して軍事演習を実施したばかりだ。米紙ワシントン・ポスト18日付電子版によると、米国とポーランドは来週、米地上部隊をポーランドに駐留させるという。

 以上、ウクライナ危機はNATOを復活させ、米国の欧州への関心を再び呼び起こす結果となっている。プーチン大統領のクリミア併合が払った代価ともいえるだろう。

ユダヤ民族とその「不愉快な事実」

 1917年のロシア革命は人類史上初の社会主義革命だった。その革命の主導者、ウラジーミル・レーニン自身はロシア人だったが、彼の側近にはユダヤ系出身者が多数を占めていた。

 レーニンも厳密にいえば、母親がドイツユダヤ系だからユダヤ系ロシア人だ、ともいわれている。カール・マルクスもユダヤ系出身者だったことは良く知られている。すなわち、マルクス・レーニン主義と呼ばれる社会主義思想はユダヤ系出身者によって構築されたわけだ。スターリンがその後、多くのユダヤ人指導者を粛清したのはユダヤ人の影響を抹殺する狙いがあったという。


 興味深い点は、ユダヤ民族はロシア革命にユダヤ人が関与したという事実を否定してきたことだ。ノーベル文学賞受賞者のソルジェニーツィンは「200年生きて」という歴史書の中でボリシュヴィキ革命におけるユダヤ人の役割について書いている(200年とは1795年から1995年の間)。

 ソルジェニーツィン氏は「ユダヤ人は1917年革命の関与について否定し、『彼らは本当のユダヤ人ではなく、背教者(otshchepentsy)だった』と弁明する。ユダヤ人の主張を認めるなら、同じ論理でボリシュヴィキ革命を主導したロシア人は本当のロシア人ではなかったと主張できるはずだ」と書いている。
     
 冷戦後のロシアでもユダヤ系ロシア人の影響は少なくない。ソ連解体後、新興財団のオリガルヒ関係者にはユダヤ系が少なくない。代表的な人物はプーチン大統領の政敵だったミハイル・ホドルコフスキー氏だ。同氏は石油会社ユコス社元社長で昨年末、プーチン大統領から恩赦で釈放されたばかりだ。英国サッカーのプレミアリーグの「チェルシー」のオーナー、ロシアの大富豪ロマン・アブラモヴィッチ氏もユダヤ系だ(ホドルコフスキー氏の場合、父親がユダヤ人だが、母親はロシア人だ。母親がユダヤ系でない場合、正式にはユダヤ人とはいわず、ユダヤ人の父親を持っているロシア人ということになる)。

 ロシア革命とユダヤ民族の関係についてで当方の見解を少し述べる。

 ユダヤ人のイエスは2000年前、ユダヤ社会で指導的立場にあった聖職者や指導者から迫害され、十字架に処刑された。「復活のイエス」からキリスト教が誕生し、その教えは多くの殉教の歴史を経ながら古代ローマ帝国で公認宗教となった。しかし1054年にキリスト教は東西両教会に分裂(大シスマ)。現在のロシアには東方教会が伝達され、ロシア正教会が広がっていった。
 そして1917年、ロシアで唯物思想の無神論国家を目指す社会主義革命が発生した。その背後に、2000年前イエスを殺害したユダヤ民族の末裔たちの影響があった。
 イエスを殺害したユダヤ民族は“メシア殺害民族”という追及から逃れるためロシアで革命を支援し、無神論社会を構築していった。そしてロシア革命への関与を追及されると、「彼らは決して本当のユダヤ人ではなく、ユダヤの背教者だった」(ソルジェニーツィン)と突っぱねてきたわけだ。

15歳の少女がシリア内戦に参戦?

 ムスリム同胞団の本部がロンドンからグラーツなどに移動した……というニュースが流れてきた。英国のデイリー・メール紙が13日付で報じた。グラーツ市(Graz)はオーストリア南部の第2の都市で人口約25万人だ。

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▲グラーツ市の時計塔(グラーツ市観光局のHPから)

 ムスリム同胞団のグラーツ市拠点説は決して新しいニュースではない。当方は「アルカイダは本当に弱体したか」(2009年9月15日)というコラムで「ムスリム同胞団はジュネーブ、アーヘン、ミュンヘン、そして現在、ロンドン、ブリュッセル、グラーツなどで活発な活動をしている。警戒を要する」と書いたことがある。そのグラーツ市がムスリム同胞団の主要拠点となったというのだ。

 そこで当方にグラーツ拠点説を教えてくれたイスラムテロ問題専門家、アミール・ベアティ氏に電話で今回の英メディアの報道について聞いてみた。

 「グラーツ市にはムスリム同胞団の事務所はある。ただし、それが即、ムスリム同胞団の本部とは断言できない。ムスリム同胞団はエジプトから始まったイスラム教根本主義グループだ。アルカイダの創始者ウサマ・ビンラディンやアイマン・ザワヒリ、ナイジェリアの『ボコ・ハラム』、ソマリアのアル・シャハブ、ヒズボラ、そしてハマスまで現在のイスラム過激派組織の母体だ。本部はエジプトだが、彼らは公の事務所と秘密拠点の2か所所を持っている。グラーツ市の場合、ムスリム同胞団の東欧責任者が潜伏しているから、重要拠点であることは間違いない」という(「イスラム世界の『クトゥブ主義』」2013年7月14日参照)。

 メディア関係者の問い合わせに対して、オーストリア連邦憲法保護・テロ対策局(BVT)関係者はグラーツ市拠点説について肯定も否定もしていない。ベアティ氏は「当然だ。事務所の存在は掴んでいるが、詳細な点が不明だからだ」と説明する。ちなみに、オーストリアに約1300人の同胞団メンバーがいると推測されている。

 最近、15歳と16歳の2人のイスラム教徒のギムナジウムの少女が突然、シリアに行き、反体制派活動に関わっているという情報が流れ、ウィーンの学校関係者ばかりかオーストリア社会全般に大きなショックを投じたばかりだ。「どうして若い女性が突然、シリア反体制派過激派活動家になったのか」という問題だ(「ホームグロウン・テロリストの脅威」2013年9月12日参照)。

 ベアティ氏は「ムスリム同胞団らイスラム過激派は欧州のイスラム教徒(ユーロ・イスラム、欧州で約1400万人)をオルグし、危険な地域に戦士として送っている。欧州社会はムスリム同胞団が危険なテロ組織であることを認識すべきだ」と指摘、ムスリム同胞団の非合法化を要求している。ムスリム同胞団の発祥の地エジプトでは昨年12月、テロ組織に指定されている。

なぜモスクワ特派員は「本」を書くか

 「プーチン大統領はクリミアの併合に成功し、国内で支持率を高めているが、同国の反体制派活動家は『プーチン氏の終わりの始まりだ』と予測しているよ」

 ロシア語が堪能な友人のブルガリア人国連記者はこのように語る。
 「欧米はスロバキア経由でウクライナへガスを供給することを考えている。一方、原油価格が1バレル100ドルを割り、70ドル、60ドルに急落すればプーチン氏は終わりだろう」というのだ。

 同記者のロシア分析を更に聞いてみよう。

 「もちろん、プーチン氏も何もせずして静観はしていない。中露両国はガス供給に関する交渉を10年余り続けてきたが、来月には締結する予定だ。交渉が長期化したのは、中国がロシア産ガスの価格を欧州レベル以下にしてほしいと強く要求してきたからだ。欧米側がロシア産ガス依存度を弱めていけば、今度はロシア側が大変だ。外貨獲得のために原油、ガス輸出先が急務となる。最大の顧客は中国だが、ロシアの台所事情を知っているので、北京側も価格交渉では強硬姿勢を崩していない」というのだ。

 「クリミア併合でロシアへの外国投資はストップ、外貨も海外に流出している。プーチン氏はオリガルヒ関係者の出国を止めている。だからモスクワは現在、世界で最も多くの富豪が住んでいる都市だ」という。

 「一方、英国サッカーのプレミアリーグの『チェルシー』のオーナー、ロシアの大富豪ロマン・アブラモヴィッチ氏はモスクワに帰国しないだろう。危険だからだ。そういえば、ロシア政権に批判的だったロシア人富豪ボリス・ベレゾフスキー氏は昨年3月、謎の死を遂げている」

 「プーチン氏は国内経済の破綻から国民の批判をかわすためにクリミア併合を画策したのだ。ソチ冬季五輪大会で巨額の資金を投入し、国家の威信を内外に示したが、国内経済は完全に停滞している。そこでプーチン氏はクリミア併合という作戦に出てきたというのが、ロシア反体制派グループの主張だ」

 「プーチン氏はここにきて反体制派メディア、ネットの検閲を強化してきている。2、3の著名なブロガーのアクセスは閉鎖されている。プーチン氏は独裁者の道をまっしぐらに突き進んでいる。レオニード・ブレジネフは18年間、ヨシフ・スターリンは30年間、政権に君臨してきたが、プーチン氏はスターリンを越えるのは難しいが、少なくとも24年間の長期君臨を狙っているはずだよ」というのだ。

 友人はロシア人の反体制派政治家や海外亡命中の活動家のサイトを毎日、注意深くフォローしている。彼は「モスクワ駐在の西側特派員は必ずといっていいほど本を出版する。どうしてなのか君は知っているか。ロシアには毎日、考えられないほど多くの出来事が起きているからだよ。君もモスクワに駐在すれば、数冊の本は出せるよ」と、笑いながら語った。

なぜ人は武器を買い求めるのか

 米国の話ではない。音楽の都ウィーン市で武器所持カートを申請する市民が急増してきたのだ。10年前の2004年、334人(合計1万9707人)が武器所持カードを申請したが、昨年はその数は975人(2万3573人)とほぼ3倍に急増したという。

 なぜウィーン市民は武器を求めだしたのだろうか。一般的には、武器購入の動機は家宅侵入窃盗犯や暴力犯罪から自分の命と財産を守ることにある。その背後には、犯罪の急増があることは明らかだ。

 オーストリアの2013年の犯罪総件数は54万6396件で前年比で0・3%減(1631件減)だったが、首都ウィーン市(特別州)の昨年犯罪総件数は21万2503件で前年(20万355件)比で4・7%増加している。家宅侵入窃盗件数は2010年以来減少傾向にあったが、昨年は1万6548件と前年比(1万5454件)で7・1%増加。特に、ウィ―ン市では東欧犯罪グループによる家宅侵入が増えている。

 ウィーン市内の武器販売店関係者によると、「市民は犯罪の増加を懸念している。その一方、警察官に自身の安全を委ねることに不安を感じだしてきた」(メトロ新聞ホイテ)と指摘し、市民が自衛手段として武器を求めだしてきたというのだ。
 
 オーストリアでは1997年7月に現行の武器法が施行された。武器を購入、保有するためには武器所持カード(Waffenbesitzkarte)が必要であり、携帯には武器パス(Waffenpass)が求められる。
 基本的には18歳以上の国民は武器所持を申請できるが、武器のカテゴリーによっては21歳以上と制限されている。職業上、武器の携帯が認められているのは治安関係者のほか、ガソリンスタンドやタバコ屋さん、タクシー運転手などの職種に従事している関係者だ。 

 オーストリア内務省は2月27日、首都ウィーンの98カ所の警察署のうち16カ所の閉鎖を決定したばかりだ。市民の不安は高まってきているから、武器を買い求める市民が今後も増えてくるだろう。

 ちょっと脱線するが、オーストリア警察官には優秀な拳銃の使い手が多く、的を外さないという話を紹介する。

 警察官がスーパーに侵入しようとしていた犯人を目撃した。警察官は若い犯人に声をかけた。犯人が振り向いたとき、武器を所持していると思った警察官は直ぐに拳銃を抜いて撃った。それも心臓にだ。

 その事件前にも警察官が逃げる犯人を射殺したという事件があったことから、「なぜ警察官は犯人を簡単に射殺するのか」という議論が湧いた。
 若い犯人の場合、まだ何もしていない段階で射殺されてしまったのだ。警察官が自衛のために撃つのなら心臓を狙うのではなく、足とか手などを撃てば良かったはずだ、といった批判の声が当然聞かれた。

 調査で判明したことは、犯人を見つけた警察官が慌てて拳銃を抜いて撃ったというのだ。手か足を狙って犯人を取り押さえる、といった余裕はなかった。日頃訓練を受けている警察官ですら武器を正しく使用するのは容易ではないわけだ。

日韓両国は今こそ世界を驚かせ

 日韓外務省局長級会議が16日、ソウルの外務省で開催される。テーマはウクライナ情勢への支援問題に関する協議だ。世界の主要国の一員として両国がウクライナ問題に対し、連携して貢献を果たしていくために話し合いが行われる。
 と、書きたいところだが、残念ながら、ソウル外務省で開催される両国局長級会議の議題はウクライナ問題ではなく、70年前の慰安婦問題だ。なぜ、残念なのかを少し説明したい。

 慰安婦問題とその女性の人権を軽視しているからではない。アジアの代表的国家の日本と韓国両国がウクライナ問題の対応とその支援問題を協議するならば、米国を含む欧米諸国はまず驚くだろう。地理的にも、経済的にも関係の薄いウクライナの情勢について、アジアの両国がその対策で頭を痛めるということがあったならば、欧米諸国は両国を見直すだろう。

 実際は、両国の局長級が慰安婦問題を話し合う。両国の立場ははっきりとしている。韓国側は日本に謝罪と補償を要求している。日本側は1965年の日韓請求権協定で解決済みという立場だ。
 それぞれが自国の立場を繰り返し主張することになるから、協議の成果などは期待できない。しかし、オバマ米大統領の日韓訪問を前に何らかの外交的歩み寄りを勝ち取りたいというのが両国側のささやかな願いだろう。

 一方、世界情勢に目をやると、北朝鮮問題だけではない。シリア内戦問題、ウクライナ問題から中東・北アフリカ諸国の民主化運動、南スーダン紛争、イスラエル・パレスチナ問題など、世界の平和の動向に密接に関係するテーマが文字通り山積している。

 日本はそれらの問題に経済的支援などで関与しているが、政治的、外交的な貢献は少ない。一方、韓国はどうか。韓国は国連軍の派遣などで一部、関与しているが、その貢献度は更に微々たるものだ。

 両国が過去の問題にエネルギーと人材を浪費するより、未来の平和実現のためにその経済力、国力を投入すべき時ではないだろうか。両国が世界平和実現のために連携して活動できれば、両国の評価は高まることは間違いない。それだけではない。両国間の過去の問題も自然に解けていくのではないか。なぜならば、両国が他国の問題解決のために汗を流すことで相互間の理解が深まっていくからだ。

 過去問題を解決しない限り、未来の関係構築はあり得ないという姿勢は余りにも教条的であり、単細胞的な思考だ。日韓両国は今こそウクライナ問題を真摯に話し合うべきではないだろうか。そうすれば、世界が驚く。

「復活祭」とは何を意味するか

  世界に約12億人の信者を有するローマ・カトリック教会は20日、キリスト教最大のイベント、復活祭を迎える(復活の主日から聖霊降臨までの7週間を「復活節」と呼ぶ)。ローマ法王フランシスコは復活祭が終わると、27日にはヨハネ23世(在位1958−63年)とヨハネ・パウロ2世(在位1978〜2005年)の列聖式を挙行する。5月24日からは法王の中東の聖地巡礼がいよいよ差し迫ってくる。77歳の高齢フランシスコ法王にとってストレスの多い日々が続く。

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▲「シュロ枝の主日」を祝うカトリック教会(2014年4月13日、ウィーン16区で撮影)

 イエス・キリストが十字架で亡くなった後、3日目に蘇ったことを祝う「復活祭」は移動祝日だ。今年は4月20日だ。英語でイースターと呼ばれる復活祭は、キリスト教会ではイエス・キリストの生誕を祝うクリスマスと共に、最大の宗教行事だ。
ただし、キリスト教の誕生という意味では、“復活したイエス”によってキリスト教が始まったことから、復活祭が最も重要なイベントといえるだろう。

 十字架で亡くならなかった場合、イエスはユダヤ教の土台でその教えを宣布すればいいだけだったが、ユダヤ教指導者たちの反対と弾圧の結果、十字架で亡くなられた。そのため、イエスは復活後、ばらばらになった弟子たちを呼び集め、その教えはローマに伝えられていった。初期キリスト教時代の幕開けだ。

 聖週間を紹介する。13日は復活祭前の最後の日曜日だ。エルサレム入りしたイエスをシュロの枝で迎えたことから「シュロ枝の主日」と呼ぶ。17日は復活祭前の木曜日で、イエスが弟子の足を洗った事から「洗足木曜日」と呼ぶ。イエスは十字架磔刑の前夜、12人の弟子たちと最後の晩餐をもった日だ。ローマ法王はサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂でイエスの故事に倣って聖職者の足を洗う。18日は「聖金曜日」でイエスの磔刑の日であり、「受難日」「受苦日」とも呼ばれる。そして19日夜から20日にかけ法王は復活祭記念礼拝を挙行し、サン・ピエトロ大聖堂の場所から広場に集まった信者たちに向かって「Urbi et Orbi」(ウルビ・エト・オルビ)の公式の祝福を行う。

 復活したイエスに出会った弟子や信者たちは厳しい迫害にもかかわらず神を賛美し、キリスト教は313年、迫害するローマ帝国でミラノ勅令によって公認宗教となった。しかし、聖霊に満ちた時代が過ぎると、教会でさまざまな問題が生じ、キリスト教は1054年には東西に分裂(大シスマ)。中世時代に入ると、教会は腐敗と堕落が席巻。宗教改革を経験した後、20世紀には神の不在を説く唯物主義、共産主義が台頭し、「神は死んだ」といわれる世俗時代に入っていった。

 しかし、「死んだ」といわれてきた宗教はここにきて再び台頭してきた。分裂を重ねてきたキリスト教は再統合し、別々に発展してきた宗教は共通の教えを模索する一方、科学は非物質世界の存在に迫ってきた。

 当方はこのコラム欄で「万能細胞が甦らせた『再生』への願い」(2014年3月14日)を書き、科学と宗教の両分野で「再生」が時代のキーワードとなってきたと指摘した。

 「復活のイエス」から始まった2000年間のキリスト教の歴史は、イエスが当時成し得なかった課題を実現できる新しい時代圏を迎えている、といえるだろう。
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