ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

バチカンを揺さぶる3件の「事例」

 欧州全域で新型コロナウイルスの感染が急増し、どの国もその対応に没頭、ロックダウンを実施せざるを得ない国も出てきた。多くの国が新型コロナの新規感染の急増であたふたしている中、ローマ・カトリック教会の総本山、バチカンも落ち着きを失ってきた。新型コロナゆえではなく、3件の一大事が短期間に生じて、その対応に苦しんでいるからだ。

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▲北京のキリスト教会(バチカンニュース10月22日から)

 サン・ピエトロ広場から眺めている限りでは、聖ペテロ大聖堂はその輝きを失っていないが、バチカン内部では困惑と動揺、そして一部の聖職者からは怒りの声すら聞こえてくる。以下、バチカンを揺さぶる3件の事例を簡単にまとめる。

 <時間の経過に基づいて紹介する>

 .丱船ン内で権勢を誇ってきた列聖省長官のジョヴァンニ・アンジェロ・ベッチー枢機卿(72)が突然辞任した。同長官は2011年から7年間、バチカンの国務省総務局長を務めていた時代の財政不正問題が躓きとなって、9月24日、自ら辞任をフランシスコ教皇に申し出、受理された。

 バチカン消息筋によると、べッチー枢機卿はフランシスコ教皇が新設した財務省のトップに抜擢されたペル枢機卿を追放するため、オーストラリア教会大司教時代のペル枢機卿の未成年者への性的虐待問題を煽り、同枢機卿の性犯罪の犠牲となった証人に何らかの金銭を与えて、裁判で証言するように説得したという。証人を買収したわけだ。ぺル枢機卿は今年4月、逆転判決で無罪を勝ち取った。同枢機卿は今月12日、バチカンに戻り、フランシスコ教皇と謁見している。

 財務長官と列聖省長官の後任は既に選ばれている。今後、辞任したベッチー枢機卿の巻き返しがなるか、ぺル枢機卿の名誉回復と復権が可能か、バチカン内の財政不正問題の解決など、問題は山積している(「2人の枢機卿が演じた犯罪ドラマ」2020年10月8日参考)。


 ▲丱船ンと中国共産党政権は2018年9月22日、司教任命権問題で北京で暫定合意(ad experimentum)したが、合意期限が失効する今月22日を前に、パロリン枢機卿は21日、「2年間、暫定的に延長する」と明らかにした。同時期、中国共産党政権も公式に発表した。欧米諸国では中国の人権蹂躙、民主運動の弾圧などを挙げ、中国批判が高まっている時だけに、バチカンの中国共産党政権への対応の甘さを批判する声が聞かれる。

 バチカンは中国共産党政権とは国交を樹立していない。中国外務省は両国関係の正常化の主要条件として、|羚馥眄への不干渉、台湾との外交関係断絶、の2点を挙げてきた。中国では1958年以来、聖職者の叙階はローマ教皇ではなく、中国共産党政権と一体化した「中国天主教愛国協会」が行い、国家がそれを承認してきた。それが2018年9月、司教の任命権でバチカンと中国は暫定合意した。

 バチカンは「司教の任命権はローマ教皇の権限」として、中国共産党政権の官製聖職者組織「愛国協会」任命の司教を拒否してきたが、中国側の強い要請を受けて、愛国協会出身の司教をバチカン側が追認する形で合意した。暫定合意はバチカン側の譲歩を意味し、中国国内の地下教会の聖職者から大きな失望の声が飛び出した(「バチカンが共産主義に甘い理由」2020年10月3日参考)。


 フランシスコ教皇は同性愛者の婚姻に対し、法的保護を支持する考えを明らかにし、バチカン内の保守派聖職者をパニックに陥らせている(オーストリア神学者パウル・ツーレーナー氏)。「神は全ての人々を抱擁する生き生きとした教会を願っている」として、同性者の権利を尊重しなければならないという声が聞かれる一方、保守派聖職者からは、「カトリック教義に基づけば同性愛は容認されない」として教皇の脱線発言に反発している。

 今回、一人の高位聖職者が語ったのではなく、“ペテロの後継者”であるローマ教皇が同性愛者の法的保護を主張したのだ。バチカン内では改革派と保守派で混乱が生じてきた。米教会のニューヨーク大司教であるティモシー・ドーラン枢機卿ら保守派聖職者から強い反発が予想される。

 フランシスコ教皇は21日、ロシアの監督の新しいドキュメント映画(フランシスコ)へのインタビューの中で、「同性愛者も神の子であり、婚姻して家庭を築く権利がある」と発言している。同時に、教皇は従来の男性と女性の婚姻の価値を評価する発言をしてきた。

 バチカン関係者は、「教皇の発言は、同性愛者への差別を排除し、その権利を擁護する一方、教会は男と女の婚姻を促進するという内容だ。その点、フランシスコ教皇の発言は何も新しくない」という。

 南米出身のフランシスコ教皇は過去、多くの問題発言をしてきた。同性愛問題でも教皇就任の年(2013年)、「同性愛者にああだ、こうだといえる自分ではない」と述べ、同性愛者に対し寛容な姿勢を示した。少なくとも、同性愛を認めない前法王ベネディクト16世とは明らかに違っていた。ただし、フランシスコ教皇はカトリック教義に反する決定はしていない。リベラル派聖職者の要求、例えば聖職者の独身制の廃止などといった要求に理解を示す一方、その改革にまでは踏み込んでいない。同性愛者の権利擁護発言もそのようなカテゴリーから判断すべきだろう(「教皇は『同性愛』を容認しているか」2018年12月5日参考)、「同性愛者の元バチカン高官の『暴露』」2017年5月11日参考)。

 上記の3件の事例の中で、はメディア受けするニュースだが、実質的な衝撃度はほとんどない。問題は,任△蝓外交的には△澄F辰法↓,錬嫁前のフランシスコ教皇の辞任を要求した「ビガーノ書簡」に匹敵するインパクトのある出来事だ。

 通称「ビガーノ書簡」とは、元バチカン駐米大使カルロ・マリア・ビガーノ大司教がまとめた書簡だ。ビガーノ大司教はその書簡の中で米教会のマキャリック枢機卿が2001年から06年までワシントン大司教時代に、2人の未成年者へ性的虐待を行ってきたことを暴露する一方、その事実を隠蔽してきたとしてフランシスコ教皇に辞任を求めたショッキングなものだ。その「ビガーノ書簡」は、バチカンばかりか世界のカトリック教会を震撼させる大事件となった(「『ビガーノ書簡』巡るバチカンの戦い」2018年10月8日参考)。

 世界は今、新型コロナ感染の猛威に大揺れとなっているが、世界に13億人の信者を擁するローマ・カトリック教会の総本山バチカンでは2年前の「ビガーノ書簡」の動揺がまだ収まらない中、今年8月以後、次々と不祥事や教皇の脱線発言が報じられ、バチカン内のリベラル派と保守派聖職者の間で再び対立が先鋭化してきた。バチカンの一部では、「次期法王選出会(コンクラーベ)の開催は案外近いかもしれない」という声も聞かれ出している。

感染者急増で活発化する「憶測情報」

 中欧のチェコで夏季休暇明けから新型コロナウイルスの新規感染者が爆発的に増加。人口1070万人の同国で16日、過去24時間の新型コロナウイルスの新規感染者数が初めて1万人を超えた。新規感染者数はその後も上昇し、21日には1万1984人になった。感染者累計は約19万4000人、人口10万人当たりの新規感染者数は欧州トップ。死者数は1600人を超えている。

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▲習近平国家主席と会談するチェコのゼマン大統領(新華網日本語版から、2019年4月28日)

 同国のプリムラ保健相は21日、「明日(22日)から第2のロックダウン(都市封鎖)を実施する」と発表した。期限は一応来月3日まで。3月の第1封鎖と同様、不要不急の外出は禁止される。食料品の買い物、職場に行く時、病院に通う時だけ外出が出来る。夫婦が健康維持のために短時間散歩することは認められている。全ての営業は閉鎖され、食料品店、薬局、医療関連施設だけがオープン。

 チェコ政府は10月12日、新型コロナウイルス感染拡大防止のための法律に基づき、公共の場の飲酒、飲食店の営業などを禁止する措置を導入したばかりだ。それでも新規感染者の増加をストップできない為、今回、同国全土を対象とした第2のロックダウンの実施となった。

 アンドレイ・バビシュ首相は21日、「残念ながら、現在の感染急増をストップさせるためにはロックダウンしかない」と国民に理解を求めている。同首相は現在の感染急増現象について、「狂ったように増え続けている」と表現しているほどだ。チェコは第1波の新型コロナ感染ではいち早くマスクの着用を実施するなど、イスラエルなどと共に短期間に感染を抑えることに成功し、欧州でも新型コロナ対策では高く評価されてきた経緯がある。

 同国のミロシュ・ゼマン大統領は16日、国民に向けてTV演説をし、「どうか感染防止の規制を遵守してほしい。マスクは目下、われわれが新型コロナに対抗できる唯一の武器だ。ワクチンができるまではこの小さな布がわれわれの防御だ」と述べる一方、国内で流布する噂などに惑わされないように警告を発している。

 興味深い点は、ゼマン大統領のマスクへの絶対的信頼発言ではない。国内に流れ出した噂や根拠のない憶測に惑わされないように国民に注意を促した点だ。新型コロナが欧州で感染し出した時、新型コロナに感染した国民に冷たい視線や特には攻撃が見られた。そのため、感染したことを隣人や知人に隠すといった現象が見られた。政治家や著名人が新型コロナに感染したニュースが頻繁に流れる一方、感染者が増加することで、コロナ・フォビアが減少してきたが、まだ皆無ではない。感染していない国民にとって、感染者は接触を避けなければならない危険人物という点では変わらないからだ。

 それだけではない。誰かが意図的にウイルスを広げている、といった類の憶測情報が流れ出していることだ。関東大震災(1923年)の時を思い出してほしい。震災後の混乱の中、朝鮮人が井戸に毒を流したといった噂が流れ、全く無関係の朝鮮人が多数、日本人から攻撃され、犠牲となった。自然災害でもそうだ。ましてや正体不明のウイルス(直径100から200ナノメートル)が相手だ。いつ、どこで感染するか誰も予想できない。だから根拠のない憶測が流れやすい状況がある。

 ゼマン大統領が国民向けの演説で「憶測情報には気を付けるように」と発言したのにはそれなりの根拠がある。すなわち、国内で既に憶測情報が流れているからだ。例えば、誰かが意図的にウイルスを放出し、感染者を増やしているといった情報だ。

 チェコでは中国武漢発新型コロナ感染が発生して以来、国内で反中傾向が見られる。特に、同国のミロシュ・ビストルチル上院議長が8月末から9月5日にかけ台湾を訪問し、中国から激しい批判だけではなく経済制裁を受けた。

 在チェコの張建敏中国大使は「必ず報復する」と勇ましく強迫した直後だ。台湾から招請されたヤロスラフ・クベラ前上院議長が不審な急死を遂げている。それらの内容は同国メディアを通じて国民に知らされている。だから、「新型コロナ感染急増の背後にはひょっとしたら…」といった類の憶測が生まれてくるわけだ(「中欧チェコの毅然とした対中政策」2020年8月10日参考)。

 ちなみに、ゼマン大統領は元共産党幹部であり、親ロシア、親中国派で、今回の上院議長の台湾訪問でも、行くべきではないと警告を発した最初の政治家だ。同大統領の「憶測情報に気を付けよ」は中国側からの依頼に基づく可能性は排除できない。

 憶測情報は、過去に起きた様々な「点」と「点」が結び付き、そこで浮かび上がってくる「線」をもとに、一見、もっともらしく考えられる情報だ。憶測情報の場合、その結論を裏付ける決定的な証拠が欠けている。それ故に、根拠のない情報ということになる。憶測情報が後日、事実だったということが判明することもあるが、多くは時間の経過と共に消滅していく。

 新型コロナの新規感染者が急増する欧州では、政府が実施する感染規制に対して一部国民から強い反発が起きている。チェコでは規制反対派のデモが警察隊と衝突し、警察側に負傷者が出るという不祥事が報告されている。ドイツでも規制反対の抗議デモが起きている。

 我々は新型コロナ感染に要注意だが、同時に、国民を煽る情報、憶測情報などにも警戒する必要がある。憶測情報は国民が感じている「不安」にそっと囁きかけてくるからだ。多くの人は「不安」を追っ払うためにその憶測に飛びつき易くなる、というわけだ。

世界で恥を広げる中国の「戦狼外交」

 ボクサーはリングで、サッカーはピッチで、野球は球場で戦う。一方、海外に派遣された外交官はホスト国で自国の国益を守るために丁々発止のやりとりをしながら奮闘するが、その外交官が拳を振り回して相手を攻撃したり、威嚇すればどうなるだろうか。れっきとした犯罪行為となり、最悪の場合、国外追放される。そんな外交官は稀だろうが、北京から派遣された外交官は相手が中国側の要求を受け入れないとリングに上がったボクサーのように拳を直ぐに振るい始めるのだ。

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▲中国で人気のあるアクション映画「ウルフ・オブ・ウォー」(「戦狼2」のポスター)=維基百科から、ウィキぺディアから

 中国共産党政権から海外に派遣された外交官は習近平国家主席の下では「戦狼」(戦う狼、ウルフ・オブ・ウォー)であることを求められるから、外交官試験を通過したエリート集団の日本外交官とは出発から違う。すなわち、北京の外交官は派遣先で戦う狼のように暴れることが期待されているから、頭脳と共に強靭な体力、腕力が求められるのだ。

 卑近な例を挙げる。台湾の駐フィジー出先機関は今月8日、首都スバで双十節(建国記念日)の祝賀パーティーを開催したが、そこに招いてもいない2人の中国大使館の職員が闖入、止めようとした台湾側の関係者ともみ合いになる騒ぎとなった。台湾外交部(外務省)によると、制止しようとした台湾職員が軽い脳震盪を起こして病院に運ばれたという。

 拳を振り上げなくても、脅迫や威嚇は日常茶飯事だ。特に、相手国が開発途上国である場合、最初から力の外交を展開させる。拳を振り上げなくても相手を中国の言いなりにすることが簡単だからだ。習近平主席が提唱した「一帯一路」構想に参加させるために、最初は甘い言葉をかけ、参加後は相手国を債務支払い不能国として、中国のいいなりにする。どこかのマフィア、ヤクザのようなやり方ではないか。

 フランス西部ナントにある歴史博物館は今月、モンゴル帝国の創設者チンギスハーンに関する展示会の開催を予定していたが、中国から「チンギスハーン、帝国、モンゴルといった言葉を展示会では削除するように」と“要請”を受けたことから、中国の検閲に強く反発し、開催の延期を決定している。中国共産党政権は自国の歴史観と一致しない場合、絶対に受け入れない。「わが国の要求を受け入れるか、さもなければ開催するな」といった構図で、妥協の余地がないのだ。

 中国で今年に入り、内モンゴル自治区で教育の華語(中国語)化(実質的なモンゴル語の廃止)など同化政策を強要、民族純化政策を強行している。だから、モンゴル民族のチンギスハーンを称賛するような展示会は絶対に許さないわけだ。

 このコラム欄でも紹介したが、中欧のチェコのナンバー2、クベラ上院議長(当時)が台湾から招待されたが、北京側は必死に威嚇外交を展開し、チェコ上院議長の訪台を阻止するために奮闘した。そのクベラ上院議長は今年1月、中国からの圧力、脅迫が原因と思われる心臓発作で急死してしまった。同議長の夫人の証言によると、クベラ前議長は駐チェコ中国大使館で張建敏中国大使と会談した3日後、心臓発作で亡くなったが、中国側は「訪台すれば、チェコの対中貿易関係に大きな支障が生じるだろう」とあからさまに脅迫していたという。

 クベラ氏の夫人がチェコのTV局番組などで中国大使館主催の夕食会の様子を明らかにし、「夕食会当日、中国大使館職員から、夫と離れるよう要求された。張建敏・駐チェコ中国大使と1人の中国人通訳が夫を別室に連れて行き、3人で20〜30分話した。夫は出てきた後、かなりストレスを感じている様子で、酷く怒っていた。そして、私に『中国大使館が用意した食事や飲み物を絶対に食べないように』と言った」と語ったという(「中欧チェコの毅然とした対中政策」2020年8月10日)。

 上記の中国大使の言動は、もはや外交官というより、マフィアのやり方だ。相手次第では最後の手段(殺人)をも辞さない。多くの西側外交官も驚くというより、怖くなる。文字通り、狼に襲われたような怖さだ。

 ちなみに、国連総会は今月13日、人権理事会の理事国選挙を実施したが、中国はロシアと共に理事国に選出されているから、国連外交が如何にいい加減か想像できるだろう。

 中国外交官は単に拳だけではない。ハッカー攻撃からフェイク情報工作までIT技術を駆使して相手側に攻撃を仕掛ける。欧米の最先端の知識人、科学者など海外ハイレベル人材招致プログラム「千人計画」では、賄賂からハニートラップなどを駆使して相手を引き込み、絡めとる。

 大学教授や研究者の場合、中国共産党が提供する研究費支援、贅沢三昧の中国への旅、ハニートラップなどが「甘い汁」だ。その禁断の実を味わうと、もはやそれを忘れることができなくなるから、最終的には中国共産党の言いなりになってしまう。そして立派なパンダハガーとなっていくわけだ(「トランプ政権の『パンダハガー対策』」2020年8月1日参考)。

 中国共産党政権から欧州に派遣された外交官の場合、新型コロナ問題に始まり、香港国家安全維持法の施行、新疆ウイグル自治区の人権問題、法輪功メンバーへの臓器強制移植問題などを抱え、駐在先の国から厳しく追及されるケースが増えてきた。北京からは成果を追及される。戦狼とはいえ、ストレスも溜まるわけだ。だから、普段は冷静な中国外交官もついつい拳を挙げてしまう。一種の悪循環だ。北京の「戦狼外交官」は、その内情を知ってみれば、辛い立場だということが分かる。中国でヒットしたアクション映画「ウルフ・オブ・ウォー」のようにはいかないのだ。
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