ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

「ラムジーの伝説」がEUを殺した!

 ラムジー選手のゴール伝説については先回のコラムで幕を閉じる考えだったが、欧州のネット世界で「ラムジーが欧州連合(EU)を殺した」という短信が流れているのだ。ラムジー選手のゴール伝説を紹介した立場上、「その後」の予想外の展開についてやはり報告すべきだと考えた次第だ(「お願い、どうかゴールしないで!」2016年6月13日、「『ラムジー伝説』と鳩山氏の急死」2016年6月24日参考)。

 サッカー欧州選手権(ユーロ2016)に初参加したウェールズは20日、対ロシアで3−0で勝利し、ベスト16入りを決めたが、ウェールズのMFアーロン・ラムジー選手(25)がその試合で不幸にも先制ゴールをしたのだ。なぜ悲しいかと言えば、同選手は若い時からその才能を高く評価されて、英プレミアリーグのアーセナルFCとして活躍しているが、同選手がゴールすれば、その翌日、著名な人物が必ず死亡するという伝説があるからだ。

 しかし、幸い、今回はラムジー選手のゴール後、大物の訃報は流れなかった。ほっとしていると、英国民が23日、EU離脱か残留かを問う国民投票を実施し、大方の予想を裏切って離脱派が勝利したのだ。メルケル独首相は、「英国のEU離脱は即、EUの統合プロセスの転回を意味する」と述べている。「EUの死」と報じるメディアすらあるほどだ。

 「ラムジーの伝説」を良く知る友人は、「ラムジーのゴールは翌日、著名人の訃報をもたらしたが、ここにきてその影響力を拡大してきた。ゴールから訃報まで数日後の時間がかかったが、それだけその影響圏は拡大してきたのだ。もはや一個人レベルではなく、EUの死という機関レベルの訃報をもたらしたのだ」というのだ。


 ドイツに次いでEUの経済大国・英国の離脱はEUの国際地位を弱め、国際投資にも影響が出てくるのは必至だ。あれも、これも全てはラムジーのゴールの結果だという話なのだ。


 EUからの離脱を決定したが、残留を希望するロンドンっ子、都市住民、若い国民から国民投票の再実施を要求する嘆願書が集まっている。国民投票の再実施の可能性は不明だが、EU離脱が決定した国民は離脱の重みを感じ出したのかもしれない。一方、EU側はドイツ、フランス、イタリアを中心にEU離脱のドミノ現象を回避するために英国側に迅速な離脱を促す一方、27カ国のEU統合を改めて強固にするために腐心し出した。英国側が迅速な離脱に躊躇しだしているだけに、ブリュッセルと英国間の離脱交渉の行方は少し不透明となってきた。

 いずれにしても、不都合な結果が出てくると、その責任者探しが始まるのが常だ。そこで「ラムジーの伝説」が出てきたのだ。同伝説をネット世界に流したのは、国民投票の実施にこだわったキャメロン首相周辺の人物かもしれない。全ては「ラムジーの伝説」の結果だ。その影響圏からダウニング街10番地も逃れることはできなかった、と弁明するだけで説明責任を果たせるからだ。

 「ラムジーのゴール伝説」だけではなく、伝説は、不幸な結果を乗り越えていくために考え出した人間の知恵かもしれない。国民投票の結果で英国国民は悩み、後悔する必要はない。英国民は「ラムジーの伝説」に感謝すべきだ。

誰が英国のEU離脱を決めたのか

 ロンドン発の記事をフォローしていると、英国民は欧州連合(EU)から離脱を望んでいなかったような印象を受ける。23日に実施された国民投票の結果は約51・9%の国民が離脱を願っていた。残留派との差は僅差だが、多数決原則に基づく民主主義国家では十分な差だ。繰り返すが、英国民はEU離脱を決定したのだ。実際、残留を主張してきたキャメロン首相は24日、敗北を認め、引責辞任を早々と表明している。

 にもかかわらず、というべきか、残留派は執拗に国民投票のやり直しを要求し、請願書を送り続けている。あたかも23日の国民投票の決定は国民ではなく、欧州に彷徨う亡霊が国民の意思に反して離脱の道を強いたと主張しているようにだ。そうではないはずだ。それでは離脱派の情報操作や偽情報が多くの国民をミスリードした結果だろうか。情報操作や偽情報は選挙戦で常に見られる現象であり、特筆に値しない。残留派にも、一定の情報操作はあったはずだ。

 それでは、直接民主主義の代表的な制度、国民投票は国民の総意を反映しないのだろうか。この問い掛けはかなり危険だが、英国民の「その後」の反応をみていると問わざるを得なくなる。

 民主主義は基本的には多数決原理に立脚している。選挙では一票でも多い候補者、政党が当選し、少なければ落選だ。最近では、オーストリアで実施された大統領選は文字通り、2候補者は1%以下の得票差だったが、集計のやり直しを要求できても、不正が判明しない限り、選挙のやり直しはできない。

 多数を獲得した政党は政権を担当し、その選挙公約を実施する。しかし、議会民主主義は決して勝利者オンリーの政治システムではない。国民の人権尊重や少数派の権利は保障される。その上、民主主義は2重、3重の自己規制のメカニズムが機能している。

 先ず、総選挙で過半数を獲得した政権の任期は決められている。ローマ法王のように終身制ではない。通常、4年から5年だ。国会議員も同様だ。所属する政党の党綱領に縛られているから、自分勝手な言動をふるまうことはできない。
 選挙で落選すれば、「先生」と呼ばれてきた国会議員も「ただの人」となる。日本の永田町の住民はそのことを肌で感じている。その意味で民主主義の多数決原則には暴走防止のさまざまな規制メカニズムが機能しているわけだ。換言すれば、民主主義下で独裁者が誕生しないように防止策がとられているわけだ。

 過半数を獲得した政党、指導者が任期中に大多数の国民に好ましくない政策を実施した場合、有権者は次回の選挙でその政党、指導者に投票しないという制裁を下せばいい。例えば、憲法改正という国の行方を決める大きな課題の場合、議会の3分の2の支持が必要な国が多い。

 一方、国民投票の場合、そのよう自己規制メカニズムは十分ではない。国民投票で一度決定した政策は無効にするのは難しい。なぜならば、「国家の主権者」の国民自らが決定したからだ。誰がその決定を無効と表明できるだろうか。民主主義下では国民以上の高位の主権者がいない。国民投票のやり直しを主張したり、その無効を叫ぶことは、国民が自身の決定に文句を告げているような錯乱状況を意味する。

 それでは、国民投票では国民の意思がなぜ予想外の結果をもたらすのだろうか。国民投票の場合、国民に十分な情報を提供し、その是非を判断できるだけの時間が必要となる。例えば、イスラム寺院の建設問題やイスラム教女性のスカーフ着用の場合、国民は自身の体験から判断できるが、原発建設の是非となれば、国のエネルギー政策から安全問題まで専門的な知識が求められる。だから知識も時間も限定されている多くの国民はポピュリストの扇動などにどうしても影響を受けやすくなるのだ。

 国民投票の場合、技術的な問題点もある。国の行方を決定するEU離脱問題を「イエス」か「ノー」の2者択一形式でしか問うことが出来ないから、国民の意思が100%反映した結果をもたらすことは期待できない。だから、重要な議題であればあるほど、国民投票で問うことは賢明ではないと言わざるを得ないのだ。

 間接民主主義の最大の利点には、国民はやり直しが出来ることだ。自己規制のメカニズムを有する民主主義も大衆迎合主義に陥りやすい弱点もあるが、現時点では最善な政治システムと言わざるを得ないわけだ。

英国よ、迅速にEUから離脱を!

 英国が欧州連合(EU)からの離脱か残留かを問う国民投票を実施した結果、離脱派が勝利した。その結果を受け、オーストリアの極右政党自由党のノルベルト・ホーファー副党首は25日、同国メディアとのインタビューで、「EUが1年以内に改革を実施しない限り、わが国はEUに留まるかどうかを問う国民投票を実施すべきだ」と答えた。

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▲英国のEU離脱を歓迎するオーストリア自由党のHP

 自由党はEU懐疑派の政党であり、ブリュッセル主導の政策に対して批判的だったが、EU離脱は主張してこなかった。あくまでもEUが加盟国の主権を重視し、その官僚主義的な政治姿勢を修正すべきだと主張。それが実現できない場合、離脱もやむを得なくなるというのが自由党の路線だった。その際も、シュトラーヒェ党首は「一定の期間後」というだけで、ホーファー副党首のように「1年以内」といった明確な期間を公言してこなかった。

 大統領選候補者だったホーファー氏は英国の離脱決定に鼓舞され、このモメンタムを逃すべきではないという政治的読みから、「1年以内にEUが改革されなければ、国民投票の実施を要求する」というタイム・プランを明確にしたわけだ。

 英国のEU離脱決定は、欧州レベルではフランスの ジャン=マリー・ル・ペン党首が率いる「国民戦線」、オランダのヘルト・ウィルダース党首の「自由党」など、EU懐疑派の政党、EU離脱派の政党に歓迎されている。「英国に倣って」早急にEU離脱か残留かを国民に問うべきだというわけだ。

 ところで、離脱決定後、英国は離脱決定をブリュッセルに通知するのを躊躇し出している。国民投票の再実施などを要求する声がロンドンなど都市部や若い世代の間で高まっている。一方、独、仏、伊3国首脳は英国の迅速な離脱を促している。ぐずぐずしていると27カ国の加盟国から英国のように離脱を願う声が高まり、EUの統合が分裂してしまうという懸念があるからだ。欧州の極右政党は英国の離脱決定を受け、その勢いで自国内でも国民投票を実施しようと模索し出している。三者三様の立場と読みがあるわけだ。

 欧州では北アフリカ、中東から多数の難民、移民が殺到した結果、国内で難民・移民受け入れに反発の声が高まっている。そこで“自国ファースト”を表明する極右政党が選挙では国民の支持を獲得してきた。既成政党は極右政党の躍進を阻止できず苦慮してきたが、英国のEU離脱は欧州の極右政党壊滅の絶好の機会となるかもしれないのだ。

 英国がEUから離脱し、その結果、国民経済は低迷し、失業者も増え、国民が一層苦しむ状況が出てくれば、欧州のEU懐疑派、離脱派、自国ファーストを掲げる極右政党はもはや何も言えなくなる。欧州国民は、「やはりEUに留まるべきだ」と考え出すだろうし、グローバルな世界経済の中で生きのびていくためにはEUの持つ経済的利点と連携が必要だと理解できるのではないか。
 もちろん、少々非現実的なシナリオだが、離脱後、英国経済はさらに発展するかもしれないし、失業率も低下するかもしれない。いずれにしても、EU離脱後の英国経済、社会の実情を目撃することで、欧州の極右政党の路線を検証できるのだ。

 心痛いのは、英国国民が欧州の極右政党を壊滅させるための供え物となるかもしれないことだ。英国民は辛い体験を余儀なくされるかもしれない。しかし、大げさな表現となるが、犠牲なくして人類は発展できないのだ。欧州の統合プロセスも例外ではない。繰り返すが、英国のEU離脱決定は極右政党の主張をチェックできる絶好の機会だ。このチャンスを逃してはならない。英国よ、速やかにEUから離脱してくれ。

 最悪のシナリオは、離脱を決定しながら、英国が離脱交渉という名目でEUに長く留まる一方、EUは難民政策、金融政策で抜本的な改革を実施しないケースだ。そうなれば、欧州の極右政党は益々その勢力を広げ、最終的には欧州全土を覆い尽くすだろう。

国民の1割が不在の中で大統領選

 アイスランドで25日、大統領選の投票が行われ、新人で国立アイスランド大のグズニ・ヨハンネソン教授(48)が当選した。

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▲アイスランドの国旗

 このニュースを読んだ時、「アイスランドの国民の1割は現在、フランスで開催中のサッカー欧州選手権(ユーロ2016)を観戦するためフランス国内を移動中」と述べていたユーロ2016中継のアナウンサーの言葉を思い出した。

 アイスランドの総人口は約33万人だ。その一割と言えば、約3万3000人だ。その国民が欧州選手権に初参加した自国のナショナル・チームを応援するために現在、バケーションを兼ねてフランス滞在中というわけだ。総選挙の投票日前、日本国民の1千万人以上が海外に出かけている状況を考えてほしい。期日前投票などの方法は考えられるが、人口の1割が不在中という状況は想像できない。

 アイスランドは小国で、日本人にとってあまり馴染みがないかもしれない。2010年、エイヤフィヤトラヨークトル氷河の火山噴火で世界の空が大きな影響を受けたことを思い出すかもしれない。

 当方はアイスランド出身の友人がいる。日曜日の教会礼拝で知り合った。彼はドイツ女性と結婚してウィーンに住んでいる。長距離トラックの運転手だ。彼は無口でほとんどしゃべらない。礼拝で説教者が話し出すと直ぐに眠りだす。当方は眠る彼の後ろ姿を見ながら、仕事で疲れているのだなと同情している。
 彼に大型ゴミを捨て場まで運んでもらったことがある。笑顔を見せながら黙々と仕事をする。何か不満や嫌なことがあっても不思議でないが、彼は何も言わない。
 ちなみに、アイスランドの男性は長生きだという。だから、アイスランドの男性と日本人女性が結婚すれば世界一の長寿夫婦が誕生するという話を聞いたことがある。

 ところで、欧州選手権に初参加したアイスランドのチームは大方の予想に反してグループ戦を勝ち抜き、決選トーナメント入りした。Fグループ戦の第3戦相手はオーストリアだった。そして予想を裏切り、アイスランドが2−1で勝利し、Fグループ2位でベスト16に進出したのだ。
 アイスランドのゴールキーパー(GK)ハネス・ハルドルソン選手は本職は映画監督だ。そのチームが、FCバイエルン・ミュンヘンで活躍するMFのダビッド・アラバ選手などトップクラスの選手を抱えるオーストリアのナショナル・チームを破ったのだ。オーストリアのファンにとって、アイスランド戦の敗北は文字通り、悪夢だった。同時に、サッカーは1人、2人のスーパー・スター選手がいたら勝てるというスポーツではなく、選手間の一体化、結束にかかっていいることを改めて教えられた。

 国民の1割は今なおフランスに滞在し、スタジアムでは1万人以上のアイスランド人が選手を応援している。次の試合は対イングランドだ(日本時間28日午前には結果が出ている)。試合前に流れるアイスランド国歌は教会の聖歌のようなメロディ―だ。通常の国歌より少々長い。ユーロ16に参加している国の国歌の中で、当方はスロバキアと共にアイスランドのメロディ—が好きだ。

 アイスランドでは4月、タックスヘイブンの情報を暴露した「パナマ文書」で、グンロイグソン首相が辞任に追い込まれたばかりだ。友人の姿や国歌の美しいメロディーを聴いているとそんなアイスランドの政変は忘れてしまう。一度訪問してみたい国だ。

ブラジルよ、お前もか!

 ブラジルが財政危機による経費節約のため34の国際機関から脱退を考えているという記事をロイター通信が流していた。潜在的脱退候補リストの中にはウィーンに本部を置く国連工業開発機関(UNIDO)の名前が入っていたという。

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▲加盟国から事務局長当選の祝辞を受ける李勇氏(2013年6月24日、撮影 )

 ブラジルは南米最大の経済国であり、世界7番目の経済規模を有する。134カ国から構成された開発途上国の77カ国グループ(G77)の主要メンバーだ。そのブラジルがUNIDOから脱退すれば、他の開発途上国の脱退を誘発する契機となるかもしれない。
 
 ブラジルは過去UNIDOに2100万ユーロの分担金未払い分を抱えている。ブラジルは1996年12月の米国の脱退に倣い、未払い金を払わず脱退する可能性が高いという。

 G77は今月15日、西側諸国のUNIDO脱退に大きな懸念を表明している。UNIDOでは1993年から2016年までに9カ国が脱退した。英国、フランス、ポルトガル、ベルギー、リトアニア、カナダ、オーストラリア、ニュージランド、米国だ。

 それだけではない。デンマークとギリシャ両国は来年1月には脱退することが決まっている。そしてオランダは現在、2議会で承認が得られれば、来年脱退する。すなわち、欧米の計12カ国が来年にはUNIDOから離脱するわけだ。

 G77が、「われわれは欧米諸国の脱退ドミノ現象を恐れる」というのも頷ける。その矢先、ブラジルが開発途上国の工業開発支援の国連専門機関のUNIDOから出ていくことになれば、文字通り、UNIDOの終焉が始まったことを意味する。
 
 G77は欧米諸国のUNIDO脱退がその国の財政事情の悪化が主因と受け取っているが、それは間違っている。欧米主要国にとってUNIDOへの分担金は大きな財政負担ではない。問題は少額であったとしてもUNIDOに分担金を支払う意義、価値があるかだ。価値なき機関に少額でも支払いたくないというのが本音だからだ。そして欧米12カ国の答えは「UNIDOに分担金を払う価値と意義がない」というわけだ。

 なぜ米国はまだ発効もしていない包括的核実験禁止条約(CTBT)機関に財政支援するのか、なぜ米国は1985年6月に加盟したUNIDOから11年後、脱退したのか。G77は冷静に考えるべきだろう。

 一方、中国人の李勇事務局長は就任直後からUNIDOを中国の開発途上国への経済戦力拠点として利用している。すなわち、国連専門機関を中国の国益拡大の戦略的基地化とすることだ。中国にとって、欧米諸国の脱退はどうでもいいのだ。同事務局長は大量の通称コンサルタントと呼ばれる専門家を北京から呼び、着実に計画を進めている。

 UNIDO最大分担国の日本はどうしているのか。UNIDOの再生に積極的に動く気配は見られない。UNIDO職員は「なぜ日本がUNIDOを依然支援するのか分からない」と首を傾げている。

宗教指導者は人権活動家ではない

 仏人気作家ミシェル・ウエルベック(Michel Houellebecq)氏は独週刊誌シュピーゲル(6月18日号)とのインタビューの中で、「教会は現世での人道支援問題より、人間の内性、永遠性などの問題にもっと積極的に関わるべきだ」という趣旨の内容を語っていた。

 同氏は昨年1月のパリのテロ事件直後に発表された小説『服従』で大きな話題を呼んだ作家だ。2022年の仏大統領選でイスラム系政党から出馬した大統領候補者が対立候補の極右政党「国民戦線」マリーヌ・ル・ペン氏を破って当選するという近未来ストーリーだ。


 同氏は別のインタビューの中で、「自分はもはやキリスト信者ではない」と告白しているが、「宗教なき社会は生存力がない。自分は墓地に足を運ぶ度、われわれ社会の無神論主義にやりきれない思いが湧き、耐えられなくなる」と率直に述べている。

 そのウエルベック氏が、「教会は現社会の人道問題に関わるが、人間の内的な世界、永遠問題などについてもっと語るべきではないか」と問題提示しているのだ。この発言は、受け取り方次第ではローマ法王フランシスコへの厳しい批判と受け止めることが出来るのだ。

 フランシスコ法王は北アフリカ・中東から殺到する難民が収容されているイタリアのランペドゥーザ島を訪れ、難民たちを激励するだけではなく、難民を引き受けるなど人道活動を率先し、同時に世界の指導者に向かっては、「我々のボートはまだ一杯ではない」とアピールし、現資本主義社会の行き過ぎた利益優先政策、「貧富の格差」問題をも厳しく批判している。

 南米出身のローマ法王は就任以来、典礼や教義より、信者たちの現実生活を重視し、それに理解を示し、教会内外で人気は高い。すなわち、教会の在り方への批判的な言動と難民支援などの慈善活動がフランシスコ法王の人気を支えてきたのだ。

 しかし、世界12億人以上の信者を抱えるローマ・カトリック教会の最高指導者、ローマ法王は決して慈善団体のリーダーではない。「宗教指導者の本来の分野は人権活動ではなく人間の内的、永遠問題ではないか」というのがウエルベック氏の指摘ではないか。

 イエスの愛を説くカトリック教会が人道支援に乗り出し、慈善活動に力を入れること自体は称賛されることだ。愛の実践だ。空言の繰り返しではない。しかし、教会の本来の使命は信者が抱える内的問題、死後の問題などへの牧会だ。教会は単なる非政府機関(NGO)の人道慈善団体ではない。特に、宗教指導者は人道活動家ではなく、信者の永遠の命に関する牧会者でなければならないからだ。 

 それでは、なぜウエルベック氏はそのように発言したのだろうか。教会が人道支援に専心する一方、無神論者の左翼人道支援グループも難民救済に積極的に関与している。人道支援は同じだが、一方は「神の名で」、他方は「人道主義」の名で行う。支援を受ける側にとってはそんな差はどうでもいいことだが、カトリック教会にとって、その「差」は存在の意義に関わる問題だという警告が含まれているのではないか。

 ひょっとしたら、教会は、信者たちを説得できるだけの確信と霊性を失ってしまった結果、人道慈善活動にその存続の価値を見出してきたのではないだろうか。そう考えれば、宗教指導者が人権活動家になったとしても驚くべきことではないわけだ。
 
 ちなみに、フランシスコ法王がローマ法王に就任した直後、「南米出身の法王は解放神学者ではないか」といった議論が教会内でも飛び出したことがあったことを付け加えておく。

なぜトランプ氏は握手を避けるか

 排外主義(Xenophobia,ゼノフォビア)が広がっている。欧州では難民・移民の殺到に直面し、それに呼応するようにゼノフォビアが拡大してきた。難民収容所への襲撃事件が絶えない。米国も例外ではない。共和党大統領候補者ドナルド・トランプ氏の発言にはゼノフォビアと批判されてもおかしくない外国人排斥傾向が感じられる。
 
 オーストリア代表紙「プレッセ」は21日、「病原菌への吐き気、外国人への嫌悪」という興味深い見出しのワシントン発記事を掲載していた。「トランプ氏は握手を嫌う。なぜならば、バクテリア、ウイルスの感染への異常な恐怖心があるからだ」というのだ。

 トランプ氏が握手を恐れるのは、握手する人がどこで、何を触ってきたか分からないうえ、その人が感染している黴菌が移る危険性を排除できなくなるからだ。このような症状を精神医学用語ではMysophobia(不潔恐怖症、潔癖症)と呼ぶ。極端な場合、強迫症障害が生じる。バクテリア恐怖でパニックに陥るケースも出てくる。

 プレッセ紙は、「トランプ氏の潔癖症は強迫症障害が出てくるほどではないが、同氏のイスラム系移民の入国禁止発言は単なる現政権の移民政策への批判といった政治的理由からだけではないだろう。異国人から病原菌が感染するのではないかといった不安、恐怖感が発言の根底に潜んでいるのではないか」と示唆している。

 トランプ氏はその著書の中で「自分はかなりの潔癖症だ」と述べているという。トランプ氏は見知らない人との握手を嫌い、エレベーターのボタンを押すのも躊躇するというから、かなりの潔癖症だ。

  ヒラリー氏と大統領ポストを争う人物が病原菌恐怖症、それに関連した外国人排斥傾向がみられるとすれば、一個人の問題で済まされなくなる。例えば、安倍首相が訪米し、トランプ新大統領と握手しようと手を差し伸べた。新大統領は顔をしかめそれを避けたとすれば、日米関係にもヒビが入るかもしれないからだ。

 もちろん、病原菌を恐れる人はトランプ氏だけではない。インフルエンザの季節になると、医者は「外から帰ってきたら、うがいし、必ず手を洗うように」と助言する。外の接触で黴菌に感染する危険性は空論ではなく、現実的だ。

 だから、頻繁に手を洗う、出来れば外との接触を防ぐ、といった程度の予防策なら問題は少ないかもしれない。しかし、その予防策がさらに進み、自分とは違う人間、民族、宗教を信じる人への不信感、恐怖心が生まれてくれば、大きな問題だ。ましてその人が大統領候補者となれば、世界的な懸念となる。プレッセ紙のポイントはそこにあるのだろう。

 ちなみに、「排他主義、外国人排斥主義と潔癖症との相関関係」を研究した学者の報告書が公表されているが、両者には密接な関係があることが明らかになっているという。

国民投票を批判したノエルの「正論」

 英国で23日、欧州連合(EU)から離脱か残留かを問う国民投票が行われ、離脱派が過半数を獲得した。その結果、英国はEUから去ることが決まった。このニュースが流れると、英国だけではなく、世界は大きな衝撃を受けた。外国為替市場は大揺れだ。英国が離脱すれば、ブリュッセル主導の政治を批判してきたEU懐疑派が更に勢いづき、「英国に続け」といったドミノ現象が生じることも予想される。欧州全土は英国からくる暴風圏に入り、ここしばらくは大混乱が予想される。

 遅きに失した感はあるが、報告しておく。「国民主権」の民主主義では一見奇妙な感じはするが、国家の運命を決める重要な政治課題は国民投票で決定すべきではない。英ロックグループ「オアシス」のリーダーだったノエル・ギャラガー氏が投票前日、インタビューの中で答えているのだ。

 ノエルは、「国民はバカだから、EU離脱か残留かを問いかけても意味がない。高い給料をもらっている政治家こそ国の行方を真剣に考え、決定すべきだ。国民に委ねるべきではない」と述べ、国民投票の意義に疑問を呈した。

 ノエル氏にとって、国民投票の実施は政治家の怠慢以外の何ものでもない。国民の税金から高い給料を得ている政治家が肝心の重要な政治課題を決定せず、国民に投げ返している。どれだけの国民が問題を正しく理解できるか、というわけだ。

 アイルランド出身の労働者家庭で育ったノエルは辛らつな発言をすることで有名だ。ノエルは労働者の生活を知っている。ノエルが子供の時、政治問題で口を出すと、父親は「黙れ」と叱責したという。労働者は政治などに関心を持つなというわけだ。それでもしゃべり続けると、父親に叩かれたという。本人は中学を卒業し、上の学校に行ったが、すぐに退学した。その意味で、ノエルにはアカデミックな教養はないが、アカデミックな学者、政治家たちより“事件の核心”を突く発言をするのだ。

 残留派は、「離脱すれば、国民経済が厳しくなる」と主張する一方、離脱派は「ブリュッセルの官僚主義」を批判してきたが、ノエル氏は、「一般の国民はピンとこない。分かることは自分の年金や給料がここ10年間で増えたかどうかだけだ」という。

 スイスの直接民主主義の場合、文字通り、国民は全ての決定に対して意見を表明するチャンスが与えられている。問題は政治家と同じレベルで問題を把握している国民は多くはいないことだ。その為、ポピュリストが出てくる土壌が生まれる。スイスの場合も直接民主主義は理想的に運営されているとはいえない。

 最後に、国民投票の恐ろしさを端的に示した歴史的な例を紹介する。オーストリア・ニーダーエスタライヒ州のドナウ河沿いの村、 ツヴェンテンドルフで同国で初めて建設された原子炉(沸騰水型)が国民投票によって操業拒否されたことがある。
 1972年に建設がスタートした原子炉(総工費約3億8000万ユーロ)は完成されたが、いざ操業段階になって国民の反対の声が高まっていった。当時のクライスキー政権は1978年、国民投票を実施しても原子炉の操業支持派が勝つと信じていた。しかし、国民投票の結果は、約3万票の差で反対派(50・47%)が勝利したのだ。その結果、巨額な資金を投資して完成された同国初の原子炉は即、博物館入りとなった。ツヴェンテンドルフ原発操業を問う国民投票が予想外の結果をもたらしたことから、それ以後、同国の政治家は国民投票の実施には非常に消極的となった。これは“ツヴェンテンドルフの後遺症”と呼ばれる現象だ(「30年前の後遺症」2008年11月7日参考)。

 英国の国民投票は終わったが、ノエル氏が強調していた「政治家の責任」はこれから問われることになる。離脱が決定したが、国民のほぼ半数は残留を願っていた。政治家は国民の再統合を実現するために冷静な処方箋を提示しなければならない。そして、EUとの新しい関係構築が急務となる。

「ラムジー伝説」と鳩山氏の急死

 フランスで開催中のサッカー欧州選手権(ユーロ2016)で22日、決選トーナメント入りの16チームが決定した。
 初参加ウエールズも20日、対ロシアで3−0で勝利し、決選トーナメント入りを決めたが、悲しいことを報告しなければならない。ウェールズのMFアーロン・ラムジー選手(25)がゴールしたのだ。なぜ悲しいかと言えば、同選手は若い時からその才能を高く評価されて、英プレミアリーグのアーセナルFCとして活躍しているが、同選手がゴールすれば、その翌日、著名な人物が死亡するという伝説があるからだ。

  最近では、1月9日のサンダーランド戦の翌日、ロック歌手デビット・ボーイが亡くなった。過去には、同選手が得点した日の翌日、イスラム過激組織「アルカイダ」の指導者ウサマ・ビンラディン、リビアのムアンマル・アル=カッザーフィー大佐が亡くなっている。歌手ホイットニー・ヒューストンさんが2012年2月11日に亡くなった時もそうだった。ラムジー選手のゴールと著名人の死亡との密接な関係について、詳細なリストが報じられているほどだ。

 ラムジー選手がゴールした時、当方は思わず「あー」と声を出してしまった。ウエールズを応援していたのでうれしい半面、単純には喜ぶことはできない。3点目を挙げたFWのガレス・ベイル選手のゴールは無条件に万歳だが、ラムジー選手の場合、事情が違うのだ。

 ラムジー選手がゴールした翌日、当方はネット上に報じられる訃報に神経を尖らせた。その時、ラムジー伝説を知っている友人から電話が入った。「君、ラムジーの伝説は今回も実証されたよ」というのだ。訃報をチェックしていたが、著名人の死亡ニュースは見当たらなかった。そこで友人に聞いた。

 友人の説明は以下のようだった。

 米俳優、アントン・イェルチンさん(27)が19日、ロサンゼルスの自宅敷地内で自分の車と鉄製の壁に挟まれ、死亡した。彼の事故死は19日、ラムジー選手のゴールは20日だ。ラムジー伝説では逆でなければならない。しかし、忘れてはならない点は、イエルチン氏を有名にした映画は「スター・トレック」だ。君も知っているように、「宇宙の時間概念」と地球のそれとは違う。宇宙時間ではラムジーのゴールは19日前に既に分かっていたのだ。138億年前の神の宇宙創造時の波動を21世紀の現在の私たちが観察しているように、われわれはラムジーのゴールを20日に目撃したが、宇宙時間では実はその数日前に生じていたのだ。ラムジーの伝説は生きている。君はコラムの中で偶然だが、『クラブ27』の内容をも紹介したね。イエルチンさんは27歳だったよ。彼はミュージシャンではなかったが、『クラブ27』の伝説も生きているのだ。

 読者の皆さんは友人の説明に納得されるだろうか。当方は少々屁理屈のように感じたが、友人の自信に満ちた話を聞いていると、伝説とはそのようなものかもしれない、という思いも出てきた。

 もちろん、日本人読者ならば、21日に急死された元総務相、法相だった自民党衆院議員の鳩山邦夫氏(67、鳩山由紀夫元首相の弟)の名前が出てくるだろう。この場合、説明はいらない。ゴールの「日」と亡くなった「日」は伝説を実証しているからだ。

 伝説を失うことは寂しい。伝説は永遠でなければならない。しかし、ゴールは本来祝福を受けるべき成果だ。ラムジー選手をその「ゴール伝説」からそろそろ解放すべきだろう。「ユーロ2016」はラムジー伝説に終止符を打つのに相応しい檜舞台だ。ラムジー伝説をこれを最後に閉じたいものだ。

ゼルボ氏の知られざる中国人脈

 中国歌劇舞踏院(China National Opera & Dance Drama Theater)の公演が14日、ウィーンのオーストリア・センターで開催された。公演は、オーストリアと中国両国の国交45周年を記念するイベントの一環だ。興味深い点は、国連工業開発機関(UNIDO)ばかりか包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)が同公演を後援していたことだ。

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▲中国歌劇舞踏院のウィーン公演のパンフレット(2016年6月14日)

 公演ではUNIDOの李勇事務局長が歓迎挨拶をした。中国元財務次官出身の李事務局長が母国の文化公演に顔をみせ、歓迎の挨拶をすることは不思議ではない。ウィーンの国連専門機関トップであり、オーストリア居住の中国人にとっても誇りだろう。
 不思議な点は、CTBT機関が中国の文化イベントを後援したことだ。CTBTOは核軍縮機関だ。パリに本部を置く国連教育科学文化機関(UNESCO)ではない。ウィーンの国連外交筋は、「なぜCTBTOが中国歌劇舞踏院の公演を後援するのかといぶかる声が聞かれた」と報告していたが、極めて当然の疑問だろう。

 そこで、なぜCTBT機関が中国歌劇舞踏院公演の後援を引き受けたのかについて、その背景を取材した。

 中国は米国と共に安保理常任理事国だ。ラッシーナ・ゼルボCTBTO事務局長はCTBTの早期発効のためには中国の批准を必要としている。同事務局長自身も数回、北京を訪問し、北京指導者を説得してきた。
 CTBTは今年9月で条約署名開始から20年目を迎える。6月現在、署名国183カ国、批准国164カ国だが、条約発効に批准が不可欠な核開発能力保有国44カ国中8カ国が批准を終えていない。中国も批准を完了していない。そこでゼルボ事務局長が中国側の要請を引き受け、北京側に恩を売り、批准を勝ち取りたい、と密かに考えてもおかしくない。

 しかし、CTBTOが突然、中国文化関連公演を後援した理由としては少し弱い。別の理由が考えられるはずだ。そこで分かったことは、ゼルボ事務局長の夫人がUNIDOのコンサルタント(アフリカ・プロジェクト担当)として部長待遇のD1(約9000ユーロ)の給料をもらっているという事実だ。ゼルボ氏とUNIDOを繋ぐ線が浮上してきたのだ。

 UNIDO職員に聞くと、「夫人がどのような職務をしているか知らない」という。コンサルタントは毎日、UNIDOのウィーン本部に顔を出す一般スタッフではないからだ。

 UNIDOと夫人の間のコンサルタント契約は西アフリカのシェラレオネ出身のカンデ・ユムケラー氏の事務局長時代(任期2005〜13年)に結ばれている。西アフリカのブルキナファソ出身でウィーンの「国際データセンター」所長だったゼルボ氏が2012年10月、CTBTO事務局長に選出されると、ユムケラー氏は夫人にコンサルタント契約をオファーしたという。

 李勇事務局長の就任後も夫人とのコンサルタント契約は続いている。李事務局長はゼルボ事務局長夫人がUNIDOのコンサルタント契約を結び、高給を取っていることを知っているはずだ。

 そして中国歌劇舞踏院がウィーン公演だ。中国側の要請を受け、李事務局長はCTBT機関に公演の後援を依頼した。ゼルボ事務局長は夫人が日頃からお世話になっているUNIDO事務局長の要請を断ることはできない。そこでCTBT機関が中国歌劇舞踏院公演を後援することになったのではないか。

 CTBT機関関係者に質すと、「CTBT機関が中国文化イベントを最初に後援したのではなく、中国側の芸術関係の非政府機関(NGO)がCTBT署名開始20年を祝うイベントの後援を申し込んできた。その返礼の意味合いもあって、ゼルボ氏が中国文化イベントを後援することにしたと理解している」というのだ。

 CTBT機関が重要な加盟国・中国の文化イベントを後援したとしても批判されることはない。その上、経費はほとんどいらない。一方、UNIDOと夫人との間のコンサルタント契約もそれが公式の契約で、その給料に相応しい実績がこれまであるのなら、他者がとやかくいうべきことではないだろう。

 問題は、中国文化イベントを後援したゼルボ氏には公私混同の疑いが払拭できないこと、UNIDOの李事務局長には、ゼルボ事務局長夫人とのコンサルタント契約の背景について説明責任が出てくることだ。

 特に、UNIDO側は腐敗、縁故主義の巣窟と批判されてきた。加盟国の脱会が絶えない。ブラジルが現在、UNIDO脱会を検討中だ。もはや欧米主要国だけではない。開発途上国にもUNIDO離れが見えてきたのだ。中国人事務局長の就任後も専門分野が明確ではないコンサルタント契約が多く締結されている。UNIDOの最大資金分担国、日本はコンサルタント契約の再検証を李勇事務局長に至急求めるべきだ。
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