ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

仏教会神父殺害テロ事件の衝撃

 フランス北部のサンテティエンヌ・デュルブレのローマ・カトリック教会で2人のイスラム過激派テロリストが神父(86)を含む5人を人質とするテロ事件が発生したが、2人は特殊部隊によって射殺された。フランス警察当局によれば、神父は首を切られ殺害されたほか、1人が重傷、他の3人は無事だったという。

 事件の報告受けたオランド大統領はカズヌーブ内相を連れて現地に飛び、「恥ずべきテロ事件だ」と激しく批判し、フランスは目下、イスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)と戦争状況にあると強調した。ヴァルス首相は「野蛮な行為だ」と、教会内の蛮行を激しく批判している。

 フランス革命記念日の日(7月14日)、フランス南部ニースの市中心部のプロムナード・デ・ザングレの遊歩道付近でトラック突入テロ事件が発生したばかりだ。慣例の花火大会が終了した直後、チュニジア出身の31歳の犯人がトラックで群衆に向かって暴走し、少なくとも84人が犠牲となった。


 ローマ・カトリック教会の総本山、バチカンでは、フランス教会のテロ襲撃事件が伝わると、大きな衝撃と憤りが広がっている。バチカンのロンバルディ報道官によると、ローマ法王フランシスコは、「憎悪に基づいた如何なる行為も認めることはできない」と批判し、犠牲者のために祈ろうと述べたという。

 テロ襲撃時、教会は慣例の朝拝中だった。2人のテロリストは教会の後ろ入口から侵入すると、礼拝中の神父をひざまずかし、アラブ語で何かを喋った後、神父の首を切り、殺害した。教会には神父、2人の修道女、そして3人の礼拝参加者(信者)がいた。1人の修道女が逃げ、警察に通報したため、テロ対策の特殊部隊が1時間半後には教会に到着し、教会から出てきたテロリストを射殺したという。

 ISは過去、ローマ・カトリック教会を批判し、ローマ法王の暗殺を示唆してきた。ISのテロリストがカトリック教会の礼拝中を襲撃し、聖職者を殺害したのは欧州教会では初めてだ。それだけに、バチカン法王庁だけではなく、欧州のカトリック信者たちにも大きな衝撃を与えている。

 当方はこのニュースを聞いた時、「教会の朝拝には本当に数人の信者しかいなかったのだろうか」と考えた。多分、事実だろう。フランスは欧州の代表的なカトリック国家だが、地方教会の平日の朝拝に参加する信者は多くはいないのだろう。同じカトリック国のオーストリアでも平日の朝拝となれば、大都市ウィーンでも10人を超えることはめったにない。

 それでは、なぜイスラム過激派テロリストは朝拝参加者が少ない地方の教会をわざわざ選び、襲撃したのか、という疑問が浮かんでくる。テロリストの誤算だったのか。
 
 看過できない事実は、2人のテロリストは神父をナイフで首を切って殺害したことだ。拳銃で射殺できたはずだ。刃物で首を切る殺害は異教徒への憎しみがあるはずだ。すなわち、イスラム過激派テロリストは神父の首を切って殺すことで、異教徒への憎悪を表現したと受け取るべきだろう。テロリストは、地方の信者の少ない教会の朝拝時間が最も確実な犯行時間と考えたのかもしれない。
 ちなみに、テロリストの一人、19歳の男は昨年、シリアに行ってISの聖戦に参戦しようとしたが、トルコで拘束され、フランスに戻された。男の足にはGPS監視装置が着けられていたという。

 昨年4月、チュニジア出身の青年がカトリック教会を襲撃するテロ計画を企ていたことが発覚した。イスラム過激派テロリストは今回、世界最大のキリスト教会、ローマ・カトリック教会に「次はお前たちだ」というメッセージを発信したわけだ。

 殺害された神父が所属していたルーアン大教区のLebrun大司教は、「宗教戦争にしてはならない」と警告を発し、イスラム教徒とキリスト教信者の和解・共存をアピールしている。

拳銃と爆薬はどこから入手したか

 ミュンヘンの銃乱射事件の犯人は18歳の学生だった。イラン系ドイツ人の犯人はグロック17(Glock17)でマクドナルド店の前、オリンピア・ショッピングセンター(OEZ)内で乱射し、9人を射殺した後、自身も頭を撃って自殺した。

 犯人はタクシー運転手で生計を立てる両親の家に住んでいた。その学生がどこからグロック17を入手したかが捜査担当官の最初の疑問だったはずだ。
 ミュンヘン警察当局が学生の自宅から押収したPCやデジタルカメラを分析したところによれば、犯人が使用したグロック17は登録されていなかった。犯人はインターネット上のダークネット(Darknet)を通じて、使用できないように処理された劇場用のグロック17を買い、それを使用可能に再改造したのではないかという。
 ちなみに、グロック17はオーストリア製で警察官や情報機関エージェントなどが使用する自動拳銃で世界的に高品質の拳銃として有名だ。

 一方、アンスバッハの場合、27歳のシリア難民は自爆し、同時に少なくとも15人を負傷させた自爆爆弾をどこから入手したのだろうか。彼のリュックサックにはメタル製の釘などが入っていたという。爆発の際、多くの被害をもたらす狙いがあったことが伺える。
 難民がイスラム過激派テロ組織『イスラム国』(IS)に忠誠を誓ったビデオが発見されたことから、自爆事件は自爆テロ事件というべきかもしれない。

 しかし、イスラム過激派自爆テロと断言するには問題もある。彼は過去、2回自殺未遂し、精神科医のもとで治療を受けていた。同難民を知るパキスタン人は「彼が祈っているところを見たことが無い」と証言している。その意味で、シリア難民は典型的なイスラム過激派ではなかった可能性が高い。
 ドイツ連邦政府のトーマス・デメジエール内相は、「イスラム教過激思想と精神的病がミックスしたような状況下で、自爆が行われたのではないか」と受け取っている。一方、バイエルン州のヨハヒム・ヘルマン内相は、「自爆装置をもち、多くの人々が集まる野外音楽祭に出かけたという状況はイスラム過激派自爆テロリストの行動だ」と強調している。

 問題は、繰り返すが、27歳の精神的病に悩んでいたシリア難民がどのようにして爆弾を入手したかだ。共犯者がいたのか、それとも自爆爆弾を独自で製造したのか(家宅捜査では爆弾製造用の材料が見つかっている)。

 ミュンヘンの銃乱射事件後、ベルリンでは銃の規制強化を主張する声が聞かれる。一方、アンスバッハの場合、難民申請が却下された後も送還されることなく、ドイツに滞在し続けている難民が少なくないという問題が浮かび上がっている。
 27歳のシリア難民はブルガリアとオーストリアで難民申請をし、ブルガリアでは受理されている。ドイツ側に説明によると、「男は精神的病にあって、強制送還できる健康状況ではなかったからだ」という。

 ところで、イスラム過激テロ事件では最近、一種の“請負キラー”のような性格を有したテロ事件が見られる。イスラム教の信仰、イデオロギー、カリフ制国家を建設するため「聖戦」に参加するといったテロリストが減る一方、家族や氏族のためにテログループから経済的支援を受ける引き換えに、テロを行う活動家たちが増えてきているのではないだろうか。

 アンスバッハの例を考える。彼は麻薬犯罪で逮捕されたことがある。麻薬購入のため金が必要だった。そのうえ、彼は過去2回、自殺未遂している。また、彼には犯行12日前にブルガリアへの強制送還決定が下っている。人生の意味を失っていた27歳の彼は自爆テロを行うことで自身の人生に意味を与えて決着をつけようとしたのではないか。すなわち、イスラム過激思想云々は二次的な理由に過ぎなかったのではないか。彼に資金と爆薬などを提供した本当のテロリスト(共犯者)が潜んでいるのではないか。

ドイツで何が起きているのか?

 ドイツで過去7日間(7月18日〜24日)、銃乱射事件、難民(申請者)によるテロ、殺人事件が続けざまに起きている。先ず、時間の経過に従ってまとめる。


<7月18日(月)>

 ドイツ南部バイエルン州のビュルツブルクで18日午後9時ごろ、アフガニスタン出身の17歳の難民申請者の少年が乗っていた電車の中で旅客に斧とナイフで襲い掛かり、5人に重軽傷を負わせるという事件が起きた。犯行後、電車から降りて逃げるところを駆け付けた特殊部隊員に射殺された。少年の犯行動機、背景などは不明。目撃者によると、少年は犯行時に「神は偉大なり」(アラー・アクバル)と叫んでいたという。
 バイエルン州のヨハヒム・ヘルマン内相が19日明らかにしたところによると、少年の部屋から手書きのイスラム過激派組織「イスラム国」(IS)の旗が見つかったという。少年は1年前に難民としてドイツに来た。保護者はいなかった。ISはその直後、少年の犯行を称賛している。

<7月22日(金)>

 ドイツ南部バイエルン州の州都ミュンヘンで22日午後5時50分ごろ、135店舗が入ったミュンヘン最大のオリンピア・ショッピングセンター (Olympia-Einkaufszentrum)周辺で、9人が射殺され、27人が負傷するという銃乱射事件が発生した。
 ミュンヘンのフベルトス・アンドレ(Hubertus Andra) 警察長官が23日午前、記者会見で明らかにしたところによると、“反佑魯潺絅鵐悒鵑暴擦爍隠減个離ぅ薀鷏呂離疋ぅ朕諭↓犯人は犯行現場から少し離れた場所で自殺していた、H反佑老銃(グロック17)を所持、と塙堝圧,鰐世蕕ではないが、イスラム過激派テロ組織「イスラム国」(IS)との繋がりは見つかっていない。
 犯人は1年前から犯行を計画。過去の大量殺人事件に強い関心を注ぎ、バーデン・ヴェルテンブルク州ヴィネンデンで発生した銃乱射事件(2009年3月11日)の犯行現場を訪れ、写真を撮ったり、ノルウェーのアンネシュ・ブレイビク容疑者(37)がオスロの政府庁舎前の爆弾テロと郊外のウトヤ島の銃乱射事件で計77人を殺害した事件に関心を寄せ、ブレイビクと同じように犯行前にマニフェストをまとめている。
 ミュンヘン警察当局は現在、「犯人とISとの関係はなく、精神的に鬱状況下で大量殺人に走った可能性が高い」という。24日の捜査段階では、犯人は社会フォビアに悩み、鬱で病院の治療を受けていたことがあったことが確認された。

<7月24日(日)>

 .疋ぅ墜酩凜丱ぅ┘襯鷭のアンスバッハで24日午後10時10分ごろ、シリア難民の男(27)が現地で開催されていた野外音楽祭の会場入り口で持参した爆弾を爆発させた。地元警察当局によると、男は死亡、少なくとも12人が負傷し、そのうち3人は重傷。
 男は2年前に難民申請を提出したが、昨年申請は却下された。男は野外音楽祭に入って自爆する計画だったが、チケットを持っていなかったため入場できず、会場前で爆発した。男は過去、2回自殺未遂をするなど、精神的病にかかっていた。音楽祭には約2000人が集まっていた。爆発後、音楽祭は急きょ、中止された。男の自爆がイスラム過激派の自爆テロだったのか、自殺目的の爆発だっかは目下不明。バイエルン州のヨハヒム・ヘルマン内相は、「イスラム過激派の自爆テロの可能性が考えられる」と述べている。

 ▲疋ぅ墜鄒症凜蹈ぅ肇螢殴鵑韮横監午後4時半ごろ、シリア人難民申請者の男(21)が知り合いのシリア女性(45)をなたで殺害し、周辺にいた男女2人を負傷させた。男は警察に直ぐに拘束された。警察当局の説明によると、事件はテロとの関連はないという。



 昨年1月から今年上半期にかけフランス、ベルギーでテロ事件が多発したが、ドイツではこれまで大きなテロ事件は生じてこなかった。それが18日から24日の1週間、テロ事件、銃乱射事件、自爆事件、殺人事件が立て続けに起きた。

 テロと断定できる事件は18日の斧襲撃テロだけ。アンスバッハのシリア難民の自爆事件は、イスラム過激派の自爆テロの可能性が排除できない。後の2件は人間関係が原因の殺人事件と精神的病にあった犯人の銃乱射事件(Amoklauf)だ。
 一方、4件の共通点は,‘駝院移民が直接的、間接的に関与していること、犯人、容疑者は青年たち、H塙圓いずれもドイツ南部に集中していた点だ。

 18日の斧によるテロ襲撃事件は17歳のアフガニスタン出身の難民、24日のロイトリゲンの事件は21歳のシリア難民申請者の青年、自爆事件は27歳のシリア難民。9人の犠牲が出たミュンヘンの銃乱射事件の犯人は18歳でイラン系のドイツ人だった。犯行はドイツ南部のバイエルン州と南西部のバーデン=ヴュルテンブルク州で起きている。

 4件の事件が立て続けに起きたことについて、昨年から今年にかけて100万人を超える難民・移民がドイツに殺到した結果が出てきたのだという指摘がある。犯人、容疑者が難民、申請者、移民出身者であったという事実と、犯行がドイツ南部に集中していたことがそれを裏付けているからだ。バイエルン州で昨年100万人を超える難民がシリア、イラク、アフガニスタンからバルカンルート、オーストリア経由で殺到。同州のゼ―ホーファー州知事はメルケル首相の難民ウエルカム政策の修正を強く要求した経緯がある。

 いずれにしても、ドイツ国民はテロの恐怖を肌で感じだしている。一人の中年のドイツ人女性は、「紛争下を命がけで逃げてきた難民に対しては申し訳ないが、われわれは“トロイの木馬”を引き入れてしまった」と述べ、難民の中にイスラム過激派テロリストが紛れ込んでいたと嘆いていた。

独ミュンヘン銃乱射事件の「教訓」

 独南部バイエルン州ミュンヘン市内のオリンピア・ショッピングセンター(OEZ)周辺で22日午後発生した銃乱射事件には約2300人の警察官、それにドイツが誇る対テロ特殊部隊(GSG9)、それに隣国オーストリアから欧州一の特殊部隊といわれるコブラ部隊40人が動員された。犯行上空にはヘリコプターが旋回し、犯行現場を空から監視した。ドイツ犯罪史上でもまれにみる大規模な捜査網だ。

 事件発生当初,犯人はイスラム過激派テロリストで3カ所から銃弾の音が聞こえたこと、犯人は「神は偉大なり」と叫んでいたといった目撃者の証言があった。犯人は短銃ではなく、長銃(Langwaffen)を所持していたという情報から、市内でも銃撃戦が始まったという情報まで流れた。
 実際は、18歳のイラン系ドイツ人であり、単独犯行だった。犯人はオーストリア製拳銃グロック17を所持していたが、機関銃や長銃は持っていなかった。ミュンヘン警察関係者が23日の記者会見で発表した内容によると、「イスラム過激派テロ組織『イスラム国』(IS)との関連性は見当たらず、過去の大量殺人事件に関心を注ぐ精神的病の持ち主の可能性が高い」という。

 すなわち、事件当初、独メディアが流していた目撃者情報やソーシャル・メディアの情報の多くは誤報だったわけだ。犯人複数説は単独犯行に、所持していた武器も事実と異なり、イスラム過激派テロ説は自宅捜査の段階では根拠がまったくなかった。

 犯人が犯行後、自殺したのは午後8時半ごろだった。警察側が犯人の遺体を確認している。にもかかわらず、ミュンヘン警察側は深夜まで警戒態勢を敷いていた。その背後には、別の犯人が潜んでいるという目撃者情報やソーシャルネット情報があったからだという。ミュンヘンの銃乱射事件は捜査初期から様々なソーシャル・メディアに流れる情報に踊らされたわけだ。

 警察広報担当官は、「何らかの情報を入手したならば、警察側に先ず報告していただきたい。情報の真偽を確認せずにソーシャルメディアに流せば、警察側の対応にも支障が出てくる」と警告を発したほどだ。

 ドイツ民間放送は目撃者が撮った2本のビデオを流していた。1本は犯人が犯行現場のマクドナルド店前で銃を乱射し、市民が逃げているシーンが生々しく映されていた。別のビデオでは、犯人が周辺に住んで居る若者と話をしているシーンだ。犯人はそこで自身が精神的病で治療を受けていたことを吐露している。
 両ビデオとも犯人の動向を伝える貴重なビデオだが、事件解決前にメディアに公表されたことで捜査側にも混乱が生じたことは事実だろう。ただし、犯人が自殺した現在、両ビデオ、特に後者は重要な情報源だ。犯人が直接、自身の病や生活状況を語っていたからだ。

 ソフトターゲットを狙ったテロ事件や銃乱射事件では、ソーシャル・メディアが大きな役割を果たすことは実証済みだが、ミュンヘンの場合、捜査を誤導し、混乱をもたらす結果ともなったわけだ。ミュンヘンの銃乱射事件は、テロ対策とソーシャル・メディアの役割について、貴重な教訓をもたらしたといえる。

独銃乱射事件の犯人と「ブレイビク」

 ドイツ南部バイエルン州の州都ミュンヘンで22日午後5時50分ごろ、135店舗が入ったミュンヘン最大のオリンピア・ショッピングセンター (Olympia-Einkaufszentrum)周辺で、9人が射殺され、27人が負傷するという銃乱射事件が発生した。

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▲ ミュンヘンのアンドレ警察長官の記者会見(23日、ドイツ民間放送から撮影)ウィーン小川敏、2016年7月23日

 ミュンヘンのフベルトス・アンドレ(Hubertus Andra) 警察長官が23日午前、記者会見で明らかにしたところによると、“反佑魯潺絅鵐悒鵑暴擦爍隠減个離ぅ薀鷏呂離疋ぅ朕諭↓犯人は犯行現場から少し離れた場所で自殺していた、H反佑老銃(グロック17)を所持、と塙堝圧,鰐世蕕ではないが、イスラム過激派テロ組織「イスラム国」(IS)との繋がりは見つかっていないという。

 ミュンヘン警察当局は現在、「犯人とISとの関係はなく、精神的に鬱状況下で大量殺人という蛮行に走った可能性が高い、という方向で捜査を進めている」という。

 警察当局は犯行直後、約2300人の警察官を動員する一方、イスラム過激派テロリストの襲撃事件を想定、対テロ特殊部隊(GSG9)にも動員を要請。ショッピングセンター上空にはヘリコプターが旋回し、空から犯行現場を監視するなど厳重警戒態勢を敷いた。市民にはスマートフォンの警報システム(Smartphone-Warnsystem Katwarn) を通じて、自宅から出ないように呼びかけた。同時に、ミュンヘン市中心街につながる地下鉄の運行を停止させる一方、タクシー業者に対しては警戒解除されるまで客をとらないように要請するなど、大規模な警戒態勢を敷いた。事件発生当初、犯人は3人という複数説が流れていた。

 ドイツのメディアは事件発生直後からブレーキング・ニューを流し、事件の進展を報道。市民が撮影した犯行現場のビデオによると、犯人はシッピングセンター前にあるマクドナルドから出てくると、路上の市民に向かって発砲を繰り返し、市民が慌てて逃げる姿が映っていた。

 興味深い点は、18歳の犯人は、ノルウェーのアンネシュ・ブレイビク容疑者(37)がオスロの政府庁舎前の爆弾テロと郊外のウトヤ島の銃乱射事件で計77人を殺害した事件に強い関心を寄せていたことだ。犯人が犯行した22日はブレイビクの大量殺人事件5年目(2011年7月22日)に当たる。犯人は意図的に22日に犯行を実行したのではないか、という推測が浮かび上がってくる。

 ミュンヘン警察関係者が明らかにしたところによると、ミュンヘンの犯人は他人のフェイスブックを利用し、マクドナルドに招待するという趣旨のメールを送信し、若者たちを呼び集めていたという。ブレイビクがウトヤ島で開催されたノルウェ―労働党青年部の集会に参加した若者たちを次々と射殺していったように、ミュンヘンの犯人はマクドナルドに来た若者たちを射殺する計画だったのではないか。実際、犯人のリュックサックには300個以上の弾薬があったという。

 なお、バイエルン州では18日午後9時頃、ビュルツブルクでアフガニスタン出身の17歳の難民申請者の少年が乗っていた電車の中で香港からきた旅客に斧とナイフで襲い掛かり、5人に重軽傷を負わせるという事件が起きたばかりだ。少年は犯行後、電車から降りて逃げるところを駆け付けた特殊部隊員に射殺された。少年の部屋から手書きのイスラム過激派組織「イスラム国」(IS)の旗が見つかっている。
 ミュンヘンの銃乱射事件は当初、ビュルツブルクのテロ事件と同様、ISと関連したテロ事件と受け取られていた。犯人の自宅から押収されたPCの分析が終了していない段階ではテロ説を完全には排除できないが、ミュンヘンの銃乱射事件は精神病下にあった青年がブレイビクのような蛮行に走った可能性が目下、現実的だ。

 なお、バイエルン州のゼ―ホーファー州知事は23日、「安全なくして、真の自由はない」と強調し、治安の改善のため努力していくと述べる一方、23日に予定されていた全イベントの開催中止を明らかにした。

トルコの政治難民が欧州に殺到?

 オーストリア日刊紙「エステライヒ」によると、オーストリアには約28万人のトルコ系出身者が住んで居るが、そのうち13万5000人はトルコ国籍所有者だ。前回の総選挙結果から判断すると、そのうち約70%がエルドアン大統領の「公正発展党」(AKP)を支持し、15%が「民族主義者行動党」(MHP)を、15%がクルド系政党「国民民主主義党」(HDP)を支持している。ちなみに、オーストリア居住の90%以上のトルコ人は今回の軍一部のクーデターを拒否しているという。

 クーデター未遂事件が報じられると、オーストリア居住のトルコ系住民が無許可のデモ行進を展開し、エルドアン大統領の支持を訴える一方、クーデター派を批判。ウィーン市内ではクルド系レストランがデモ参加者に破壊されるという騒動もあった。「クーデター派の首をとれ」といった激しい檄を書いたプラカードを掲げる参加者もいたという。オーストリア憲法保護局はトルコ人の動員力に驚いたという。

 トルコ系住民のデモに対し、オーストリアの大統領候補者ノルベルト・ホーファー氏は、「トルコの最大少数民族クルド系住民を攻撃するなど、トルコ国内問題を海外に持ってきて展開し、民族紛争を煽ることは許されない」と批判。セバスチャン・クルツ外相も、「トルコ国内の混乱がオーストリアのトルコ社会にまで波及して、騒動が起きることを懸念する」と述べている。

 クーデター未遂後、エルドアン大統領はクーデター蜂起の主体勢力は米国亡命中のイスラム指導者ギュレン師だと名指しで批判し、米政府に同師の引き渡しを要求する一方、トルコ当局は、クーデター事件に関与した軍人らを拘束し、公務員を停職処分、教育関係者や報道機関にも粛清の範囲を拡大、放送免許を取り消されたラジオとテレビ局・チャンネルは24に及んでいる。粛清された公務員や教育関係者、マスコミ関係者はギュレン師支持派だという。


 エルドアン大統領の強権政治が強化され、野党派勢力、ギュレン師派関係者が今後も弾圧されれば、彼らが国外に亡命するケースが予想される。同大統領は20日、非常事態を宣言し、「欧州人権宣言」の一時停止などを仄めかし、反政府への弾圧を強めている。

 欧州の入り口に位置するオーストリア政府は、シリア、イラク、アフガニスタンからだけではなく、トルコ系移民、難民がバルカン諸国経由でオーストリア国内の親戚を頼って移住してくるのではないかと懸念しているほどだ。

 欧州連合(EU)はトルコ政府とシリア、イラクからの難民対策で協定を締結し、トルコ国内で難民申請とその身元確認を実施し、大量の難民・移住者がコントロールなく欧州に殺到するのを阻止することで合意したが、トルコでクーデター未遂事件が発生したことから、EUとの合意が履行できるか分からなくなってきた。それだけではない。トルコ国内の反体制派が大量に欧州に政治亡命してくるシナリオが新たに加わってきたのだ。

 なお、ドイツでは2005年から始まったトルコのEU加盟交渉の中止を求める声が高まっている。ドイツ週刊誌フォークスによると、ドイツ国民の75%がトルコとの交渉中断を支持しているという。オーストリア代表紙プレッセ22日付は一面トップに「トルコ、欧州から別れ」という大見出しを掲載している。

独英首相会談は和気藹々?

 もちろん、会った瞬間、つかみ合いの喧嘩が始まるとは考えていなかったが、こんなに和気藹々とした雰囲気で会談し、記者会見で双方が笑みを交わし合うなどとは想像していなかった。

 英国のメイ新首相が20日、欧州連合(EU)離脱決定後、初の外遊先にドイツを選び、ベルリンでメルケル首相と会談、英国の離脱交渉の行方について意見交換した。

 同日の夜のニュース番組で視たが、記者会見ではメルケル首相が非常にリラックスしていたのには少々驚いた。“EUの盟主”としてドイツの重荷は益々大きくなり、メルケル首相が笑顔を見せる機会は少なくなってきた。そのメルケル氏がメイ氏との記者会見では終始笑顔が絶えなかったのだ。

 一方、メイ首相はEUの大先輩でもあるメルケル首相に敬意を払って礼儀を尽くす一方、“第2のサッチャー”ともいわれるその指導力を発揮しながら堂々と振る舞う姿はとても印象的だった。

 国民投票でEUからの離脱が決定した直後のキャメロン前英首相とEU指導者たちの間の会話を思い出してほしい。キャメロン氏は予想外の離脱決定に落胆し、その声も張がなかったのは致し方がないが、そのキャメロン氏に対し、ユンケルEU委員長やメルケル首相は、「英国国民の決定を尊重する。英国が速やかに離脱の意向をブリュッセルに通達し、離脱交渉を開始することを願う」と述べる一方で、「英国は離脱するまでは加盟国としての義務を完全に履行し、加盟国としての利点だけを享受する考えは絶対に受け入れられない」と述べているのだ。

 数日前まで重要な加盟国だった英国の首脳に対し、ユンケル委員長もメルケル首相もかなり強い語調で話していた。もちろん、英国の離脱決定が他の加盟国に波及することを阻止するという政治的な狙いがあったからだが、「政治の世界って、冷たいな」と感じさせられたほどだ。

 だから、というわけではないが、メイ首相がEUの女性指導者メルケル首相と会談すると聞いた時、会談はどうなるだろうかと他人事なら心配せざるを得なかったわけだ。

 メルケル首相曰く、「英国は離脱の準備のため一定の時間が必要だ」と述べ、離脱交渉は来年の年明けから始めることに理解を示した。メルケル首相は英国の離脱決定直後、「離脱決定の通達が届くまでは一切の前交渉はしない。離脱通達が迅速に行われることを期待する」と述べていた。そのメルケル氏が「離脱の準備のためには時間が必要」と英国の立場に理解を示したというのだ。

 メルケル首相とメイ首相との首脳会談でどのような話が行われたかは分からないが、記者会見の内容から推測できることは、メイ新首相はメルケル首相の理解を勝ち取ったといえるだろう。

 メルケル首相とメイ首相は会談テーマが難問だったが、和気藹々の雰囲気で会談できたのは、両首相が聖職者の家庭の娘として育ち、結婚後、子供がいないなど、共通点があるからかもしれない。

 もちろん、両首相の笑顔に騙されてはならないだろう。リスボン条約50条に基づく離脱交渉は双方にとって初体験であり、国の利害が密接に関わるテーマだ。それだけに交渉はハードだろう。英国がもはやEUのファミリーでなくなったため、メルケル首相はメイ首相をファミリーの一員として接することはできないので、友人として親交を温めことになるわけだ。

なぜ17歳の少年がテロリストに?

 ドイツ南部のビュルツブルクで18日午後9時ごろ、アフガニスタン出身の17歳の難民申請者の少年が乗っていた電車の中で旅客に斧とナイフで襲い掛かり、5人に重軽傷を負わせるという事件が起きた。犯行後、電車から降りて逃げるところを駆け付けた特殊部隊員に射殺された。少年の犯行動機、背景などは不明。目撃者によると、少年は犯行時に「神は偉大なり」(アラー・アクバル)と叫んでいたという。

 バイエルン州のヨハヒム・ヘルマン内相が19日明らかにしたところによると、少年の部屋から手書きのイスラム過激派組織「イスラム国」(IS)の旗が見つかったという。少年は1年前に難民としてドイツに来た。保護者はいなかった。

 フランス南部ニースでも今月14日、84人の犠牲者が出たトラック襲撃テロ事件が発生したばかりだが、容疑者(31)も犯行時に「神は偉大なり」と叫んでいたという目撃者の証言があった。

 容疑者が射殺された場合、犯行動機を直接聞きだすことはできない。だから、容疑者の家族関係者、友人、知人から聞きだす一方,捜査官は容疑者の住居、使用していたPC,スマートフォン、携帯電話のメモリーを詳細に調べる。その中でも、「神は偉大なり」の叫びは容疑者の動機を知るうえで重要な情報と受け取られ、ISメンバーか“ローンウルフ”かは別として、容疑者が少なくともイスラム過激派ではないか、という疑いが出てくるわけだ。

 ところで、独バイエル州やオーストリアでは「グリュース・ゴット」(Gruess Gott)(神があなたに挨拶しますように)という挨拶表現がある。グリュース・ゴットはキリスト信者たちの間だけではなく、一般社会でも使われている。
 「アラー・アクバル」と「グリュース・ゴット」は神が登場する点で同じだが、前者はイスラム教徒の祈りの一節であり、信仰告白の性格が色濃い。後者の場合、「オー・ゴット」と同様、神自身には意味がない。「神」は完全に意味を失い、形骸化している。その点、イスラム教徒の「アラー・アクバル」は偉大な神への呼びかけであり、イスラム教徒にとって言葉「アラー」と意味は一致している。


 イスラム教もキリスト教も信仰の租アブラハムから派生した唯一神教だ。前者は神の全知全能性を強調する一方、後者は神の愛を重要視してきた。「神は偉大なり」という言葉はイスラム教徒の信仰告白であり、彼らは日に5回、「神は偉大なり」と祈る。ただし、イスラム過激派テロリストが「神は偉大なり」と叫び、テロを実行することから、「神は偉大なり」がテロリストの犯行宣言のように受け取られるケースが増えてきたわけだ。

 17歳の少年の話に戻る。彼は昨年6月30日、ドイツ南部バイエルン州国境の都市パッサウからドイツ入りした。同年12月16日に難民申請し、今年3月31日に滞在許可証を得ている。難民保護家庭に宿泊し、パン屋さんの見習いとして仕事を始めたばかりだった。関係者によると、「少年はドイツ社会に積極的に適合するために努力していた」という。

 独週刊誌シュピーゲル電子版は20日、「1年間難民、そして1日でイスラム過激派に」という見出しの記事を掲載し、なぜ少年が突然、イスラム過激派となり、テロを行ったかを追求している。分かっている点は、アフガニスタンにいる友人が最近、亡くなったことに少年は非常にショックを受けていたということだ。治安関係者は少年の動向をまったくマークしていなかった。
 ちなみに、ドイツには保護者がない未成年者の難民数は現在、約1万4000人だ。未成年者の難民はイスラム過激派によってオルグされる危険性が高い。未成年者の難民の心のケアが大きな課題となっている。

アウシュヴィッツ以後の「神」

 ローマ法王フランシスコは今月27日からポーランドを訪問する。目的はクラクフで開催される第31回世界青年集会に参加することだが、ユダヤ人強制収容所があったアウシュヴィッツを訪ね、そこで75年前犠牲となったマキシミリアノ・コルベ神父の前で祈祷を捧げる予定だ。なお、故ヨハネ・パウロ2世、前法王ベネディクト16世も任期中に同地を訪問している。

 フランシスコ法王のポーランド訪問に先駆け、バチカン放送独語電子版は13日、「アウシュヴィッツ以降の神学」という見出しの興味深い記事を掲載している。600万人以上のユダヤ人がナチス・ドイツ軍の蛮行の犠牲となった後、「なぜ神は多数のユダヤ人が殺害されるのを黙認されたか」「神はどこにいたのか」といったテーマが1960年から80年代にかけ神学界で話題となった。すなわち、アウシュヴィッツ前と後では神について大きな変化が生じたわけだ。神学界ではそれを「アウシュヴィッツ以降の神学」と呼んでいる。

 ドイツの実存主義哲学者のハンス・ヨナス(1903〜1993年)は「アウシュビッツ以後の神」という著書を出し、ナチス・ドイツの絶対悪に対してなぜ神は沈黙していたのか、暴力の神学的意味などを追求した一人だ。同時に、「神の死」の神学が1960年代に登場してきた。

 キリスト教では神といえば、愛の神であり、慈愛の神を意味する。その「愛の神」の欧州キリスト教文化にアウシュビッツ以降、「神が愛とすれば、なぜ神は救済しなかったのか」という疑問が沸いてきたとしても不思議でない。アドルフ・フォン・ハルナックの「神は愛」といった神学ではもはや不十分だというわけだ。
 今月2日死去したユダヤ人作家で1986年のノーベル平和賞受賞者エリ・ヴィーゼル氏(1928−2016年7月2日)は自身のホロコースト体験を書いた著書「夜」の中で、「神はアウシュヴィッツで裁判にかけられた。その判決は有罪だった」と述べている。アウシュヴィッツ以降、神の全能性、善性に疑問が呈されていったわけだ。

 もちろん、神の不在が問われたのはアウシュヴィッツが初めてではない。欧州の近代史で2回、大きな天災があった。「リスボン大地震」と「1816年」だ。前者は1755年11月1日、ポルトガルの首都リスボンを襲ったマグニチュード8・5から9の巨大地震で、津波が発生。同市だけでも3万人から10万人が犠牲となり、同国全体では30万人が被災した。文字通り、欧州最大の大震災だった。その結果、国民経済ばかりか、社会的、文化的にも大きなダメージを受けた。ヴォルテール、カント、レッシング、ルソーなど当時の欧州の代表的啓蒙思想家たちはリスボン地震で大きな思想的挑戦を受けた。そして北欧、米国・カナダなど北半球全土を覆う異常気象が発生し、農作物に大被害をもたらし数万人の飢餓者が出た「1816年」の時もそうだった。「夏のない年」と呼ばれた。

 アウシュヴィッツの場合、犠牲者の多くがユダヤ人だった。彼らは神を信じる民だ。そのユダヤ人がユダヤ人であるゆえにナチス・ドイツ軍の蛮行の犠牲となった。その数はリスボン大震災を上回っている。神の不在に悩み、その解答を見いだせないため信仰を捨てた多くのユダヤ人もいた。神を捨てることができない者の中には神と和解するために苦難の日々を過ごした人たちも少なくなかっただろう。神学者の中には、「神はその全能性を被造世界の創造後、放棄した。そして人類が神に代わって責任を担うことになった」と考えて、神の不在を乗り越えていこうとした。カール・バルトの「悪は創造の影」といった神義論もある。

 ユダヤ民族は“受難の民族”と言われる。その受難は、神を捨て、その教えを放棄した結果の刑罰を意味するのか、それとも選民として世界の救済の供え物としての贖罪を意味するのか。アウシュヴィッツ以降の神学はその答えを見出すために苦悶してきたわけだ。

懸念される米国とトルコ両国関係

 トルコ国軍の一部が15日、クーデターを実行し、イスタンブールとアンカラの政府関連施設や主要橋を占領したが、休暇でエーゲ海沿いのトルコ南西部マルマラスにいたエルドアン大統領はスマートフォンなどを通じて支持者や国民に抵抗を呼びかけた結果、16日に入るとクーデター派は頓挫し、政府側はクーデター派を鎮圧したと表明した。

 トルコは地理的にもオリエント(東洋)とオクシデント(西洋)の2つの世界の中間点に位置する。当方も国際会議の取材のためトルコ最大の都市イスタンブールを訪ねたことがある。ホテルからボスポラス海峡を眺めながら、両世界の接点の街風景を堪能した。

 トルコは1952年以来、イスラム教国の初の北大西洋条約機構(NATO)加盟国として重要な役割を果たしてきた。それだけに、トルコの政情不安が長期化すれば、イスラム過激組織「イスラム国」(IS)との戦いに支障が懸念される。

 具体的には、米国とトルコ両国関係の悪化だ。エルドアン大統領はクーデター蜂起の主体勢力は、米国に亡命中のイスラム指導者ギュレン師と名指しで批判し、米国政府に同師の引き渡しを要求している。それに対し、ケリー国務長官は、「同師がクーデターに関与したという明確な証拠がない限り難しい」と答えたという。

 トルコ政府はインジルリク空軍基地の米軍利用を拒否している。同空軍基地は米軍とトルコ空軍が共同利用し、対IS空爆での重要拠点だ。その空域を閉鎖し、米空軍の利用を拒んでいるのだ。ワシントンで開催された第4回核安保サミット(3月31日〜4月1日)ではオバマ大統領はエルドアン大統領との公式会談を避けるなど、米・トルコ両国関係はここにきて悪化している。

 興味深い点は、米・トルコ関係の悪化とは好対照に、トルコとロシア両国関係に正常化の動きが見られることだ。トルコ空軍のF16戦闘機が昨年11月24日、トルコ・シリアの国境近くでロシア空軍戦闘機がトルコ領空を侵犯したとしてロシア戦闘機を撃墜したことから、ロシアとトルコ両国関係は険悪化してきた。エルドアン大統領が先月、ロシアのプーチン大統領宛てに書簡を送り、謝罪表明したことで、両国関係は正常化に向けて動き出してきた。

 米国内でもエルドアン大統領の権威主義、独裁的政治に強い抵抗がある。欧州もトルコに対しては厳しい。難民・移民政策でトルコ側の要求に応じたドイツのメルケル首相は欧州連合(EU)への査証自由化などのトルコ側の要求に対し、他の欧州諸国から激しい抵抗にあっている、といった具合だ。

 クーデターが短期間で失敗したことについて、欧米の軍事専門家は、「クーデター計画としては軽率で準備不足な感じがする」と指摘している。エルドアン大統領は今年8月、軍部指導部の大幅な人事を実行するといわれてきたことから、人事で左遷させられる可能性のある軍幹部たちが早急に立ち上がってクーデターを実施したという憶測が聞かれる。その一方、クーデター計画は軍部を掌握し権力を強固にしたいエルドアン大統領の“自作自演”ではなかったか、という情報まで流れている。

 欧米の軍事専門家は、「トルコでは過去3回、クーデターは起きたが、軍の反乱は基本的には早朝、国民が目を覚ます前に主要施設や政府関連施設を占領するが、今回のクーデターは夜になって始まった」と指摘し、首を傾げている。
 
 ちなみに、トルコ当局は17日現在、クーデターに関与した疑いがあるとして、軍司令官や憲法裁判所判事らを含む約6000人を拘束したという。エルドアン大統領側の対応の迅速さが目立つ。

 ところで、米国、欧州諸国、日本など主要国がトルコのクーデター事件を批判し、現トルコ指導部を支持する声明を早々と発表した。民主的に選出された政府がクーデターで打倒されることを許すわけにはいかないからだ。ただし、クーデターを抑えたエルドアン大統領が今後、益々強権政治を実施する可能性があることから、国際社会はクーデター派を批判することでエルドアン大統領に独裁者への道を開いたことにもなるわけだ。
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