ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

「どの人生にも『意味』がある」

 オーストリアの精神科医、心理学者、ヴィクトール・フランクル( Viktor Emil Frankl,1905〜1997年)が生まれて今月26日で110年目を迎えた。ジークムンド・フロイト(1856〜1939年)、アルフレッド・アドラー(1870〜1937年)に次いで“第3ウィーン学派”と呼ばれ、ナチスの強制収容所の体験をもとに書いた著書「夜と霧」は日本を含む世界で翻訳され、世界的ベストセラーとなった。独自の実存的心理分析( Existential Analysis )に基づく「ロゴセラピー」は世界的に大きな影響を与えている。その心理学者の功績と生き方を紹介した世界初の博物館が26日、フランクルが戦後長く住んでいたウィーンの住居でオープンされた。

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▲1950年代のヴィクトール・フランクル(ウキぺディアから)

 ロゴセラピー( Logotherapy ) は、人が自身の生の目的を発見することで心の悩みを解決するという心理療法だ。フランクルは、「誰でも人は生きる目的を求めている。心の病はそれが見つからないことから誘発されてくる」と分析している。強制収容所で両親、兄弟、最初の妻を失ったフランクルだが、その人生観は非常に前向きだ。彼の著者「それでも人生にイエスと言う」やその生き方に接した多くの人々が感動を覚える理由だろう。


 ウィーン大学の「ヴィクトール・フランクル研究所」のHPによると、フランクルの実存分析は3つの哲学的、精神分析学的コンセプトに基づく。
* Freedom of Will
* Will to Meaning, and
* Meaning in Life
 「ロゴ」はギリシャ語で「意味」だ。全ての現象に「意味」があり、その意味を汲み取る作業が人生であり、見つけた人生の目的を成就していくのが人生というのだ。

 ローマ・カトリック教会の前ローマ法王べネディクト16世は現代人の心の世界について、「多くの人々は相対的価値観に陥り、何が価値あるかを分からなくなってきている。そのような世界の行き先は虚無主義だ。現代人は虚無主義に陥る人々が多い」と述べたことを思い出す。私たちは生きる価値、意味が分からなくなる時代に生きているのだ。

 フロイトの無意識の世界、性衝動などの精神分析、アドラーの「個人心理学」とは違って、フランクルの精神分析は人間の実存に基づく分析といえる。物質世界の恩恵を受けながら心の渇きを感じて悩んでいる現代人にとって、フランクルの心理分析は大きな救いをもたらすはずだ。フランクルは、「あなたの人生にも意味があるのだ」と囁き、悩める人々の心に光を与えているのだ。
 
 最後に、フランクルの言葉を紹介する


 祝福しなさい、その運命を。
 信じなさい、その「意味」を。

コンピューターが操縦桿を握る時

 欧州内の飛行機便は安全だ、と久しく信じられてきたが、24日のドイツ機の墜落事故はその伝説を無残にも消し去ってしまった。スペイン・バルセロナ発ドイツ・デュッセルドルフ行きのドイツのジャーマンウィングス機(エアバスA320、乗客144人、乗員6人)がフランス南東部のアルプス山中に墜落したのだ。

 事故の発生を最初に知ったのは“偶然”にも独週刊誌シュピーゲル電子版を読んでいた時だ。なぜ、“偶然”かといえば、シュピーゲル最新号(3月21日号)によれば、昨年11月5日、危うく墜落の危機に直面した飛行機の話が掲載されていたからだ。その状況は今回の事故とかなり酷似しているのだ。そのタイトルはなんと「墜落にプログラムされていた」( Auf Absturz programmiert )というのだ。

 独メディアによれば、事故の原因はドイツ機が急に降下を始めたことだ。降下開始8分後、機体はフランスのアルプス山中に墜落した。ちょうど同じことがドイツのルフトハンザ機( LH1829、エアバスA321、乗客109人)に発生しているのだ(ジャーマンウィング社はルフトハンザ・グループの傘下)。シュピーゲル誌のその記事を読んで、「あれ、今回の事故のことではないか」と錯覚を覚えたほどだった。

 同記事の概要を紹介する。昨年11月5日、ルフトハンザ機が今回と同じようにスペインの Bilbao 発でドイツのミュンヘンに向かっていた。離陸して約15分後、飛行機は上空9500メートルから突然降下を始めた。毎分1000メートルの速さでどんどん下がっていく。パイロットは慌てて飛行機を再度上昇させるためにフライト・ジョイスティック(操縦桿)を後ろに引いたが、機体は反応しない。飛行機はパイロットの意向を無視して降下を続けている。シュピーゲル記者は、「飛行機はコクピットのパイロットの手を離れ、さらに強い力、人間の命令に従わないコンピューターによって操縦されている」とドラマチックに記述している。

 幸い、パイロットは最後の手段としてコンピューターのスイッチを切り、手動操縦に切り替え、飛行機を上昇させることに成功したというのだ。危機一髪だったという。飛行機は何もなかったように無事にミュンヘンに到着した。

 シュピーゲル誌によると、飛行中の迎角を測量するため飛行機外板に設置されたセンサー(3本)のうち2本が凍り、正常だったセンサーが出すデーターをコンピューターが無視した結果、飛行機は急降下したのではないかと受け取られている。チェコのプラハで4月、航空会社の専門家会議が開催され、そこで11月のエアバスの件について協議されることになっている。

 11月と同様、今回の事故は、「なぜ、コンピューターが勝手に降下飛行を始めたのか」が焦点だ。間違った情報をコンピューターに入力したのか、など、さまざまなシナリオが考えられる、ちなみに、事故機を操縦していたパイロットは10年勤務、飛行時間6000時間のベテランだ。パイロットのミスの可能性は考えにくいという。

 航空会社、飛行機のタイプ、離陸後想定外の降下飛行など、11月と今回の事故には酷似した点が少なくない。幸い、昨年はパイロットの機転で事故を回避できたが、今回は防ぐことが出来なかった。ブラックボックスが回収されたから、事故の状況が今後、さらに分かるだろう。

 パイロットは昔、手動操縦で飛行した。コンピューターが導入された後は手動操縦からコンピューター主導の自動操縦に依存するケースが増えていった。ただし、昨年11月の場合をみても、コンピューター任せの自動操縦に問題が生じた時、パイロットの迅速な対応が不可欠となるわけだ。

 今回、犠牲となられた150人の乗客、乗組員には哀悼の意を表したい。

ネタニヤフ首相の交渉力のルーツ

 オバマ米大統領はイスラエルの総選挙結果に失望しているかもしれない。イスラエルのネタニヤフネ首相は今月3日、野党の共和党の招待を受けて米上下両院合同本会議で演説し、大統領のメンツを潰しただけではなく、選挙戦終盤には米国が推し進めてきたイスラエルとパレスチナ2国家共存案を、「自分が政権にある限り、絶対に認めない」と強調するなど、米国無視の政策を貫いている。イスラエル首相の言動は数年前までは考えられなかったことだ。

 イランの核協議は国連安保常任理事国5カ国(米英仏露中)にドイツを加えてイランとの間で政治的合意を目指して交渉中だが、宿敵イランが核兵器を製造することを恐れるイスラエルは、「不十分な合意はしないほうがいい」と頻繁に警告を発している、といった具合だ。

 ネタニヤフ首相の交渉を見ると、「イスラエルは少し違うな」という印象を受ける。同時に、なぜイスラエルは交渉がうまいのか、と考えざるを得ないのだ。そこで、「なぜ、ユダヤ人は手ごわい交渉相手か」について少し考えてみた(イスラエルの呼称はヤコブがヤボク川を渡ろうとした時、天使と格闘し、それに勝利した後、神から与えられたもの)。

 旧約聖書には、ユダヤ人が神と交渉している場面が記述されている。異邦人と交渉しているのではない。“ヤウエ”と呼ばれる神、主に話しかけ、神から譲歩を勝ち得る一方、神を慰めたりしているのだ。以下、旧約聖書から2つの話を紹介する。


 ー腓郎瓩僚鼎つ、ソドムとゴモラを滅ぼそうとされた。主は言われた、「もしソドムで町の中に50人の正しい者があったら、その人々のためにその所をすべて許そう」。アブラハムは答えて言った、「私はちり灰に過ぎませんが、あえてわが主に申します。もし50人の正しい者のうち5人欠けたなら、その5人欠けたために町を全て滅ぼされますか」。主は言われた、「もしそこに45人いたら、滅ぼさないであろう」。アブラハムはまた重ねて主に言った、「もしそこに40人いたら」。主は言われた、「その40人のために、これをしないであろう」。アブラハムは言った、「わが主よ、どうかお怒りにならぬよう。私は申します、もしそこに30人いたら」。主は言われた、「そこに30人いたら、これをしないであろう」。アブラハムは言った、「いま私はあえてわが主に申します。もしそこに20人いたら」。主は言った、「私はその20人のために滅ぼさないであろう」。アブラハムは言った、「わが主よ、どうかお怒りにならぬよう。私は今一度申します。もしそこに10人いたら」。主は言われた、「私はその10人のために滅ぼさないであろう」(創世記18章26節から32節)。

 アブラハムは神と交渉し、義人の数を下げていく、神は怒らず、その交渉に応じ、譲歩していく。朝の市場で野菜を買うように、アブラハムは神と交渉しているのだ。

 ▲┘献廛箸ら60万人のイスラエル民族をカナンに導いた神はイスラエル人の不信に怒りを発する。モースは神を窘めているのだ。

 主はモーセに言われた。「私はこの民をみた。これはかたくなな民である。それで、私をとめるな。わたしの怒りは彼らに向かって燃え、彼らを滅びつくすであろう。しかし、私はあなたを大いなる国民とするであろう」。
 モーセはその神、主を宥めていった、「主よ、大いなる力と強さをもって、エジプトの国から導き出されたあなたの民に向かって、なぜあなたの怒りが燃えるのでしょうか。どうしてエジプト人に『彼は悪意をもって彼らを導き出し、彼らを山地で殺し、地の面から断ち滅ぼすのだ』と言わせてよいでしょうか。どうかあなたの激しい怒りをやめ、あなたの民に下そうとされるこの災いを思い直し」  それで、主はその民に下すと言われた災いについて思い直された(出エジプト記32章)。

 アブラハムもモーセも神と交渉し、自身の考えを述べ、必要ならば神に譲歩を求めている。彼らは神を単に恐れるのではなく、対等の交渉相手として話しかけているのだ(交渉は独語で Verhandeln という。商売の交渉の Handeln から派生した言葉だ。ユダヤ人が商才に長けているのは決して偶然ではなく、神との交渉で培った交渉術が世代から世代へと継承されていった結果かもしれない)。

 ちなみに、ユダヤ教を土台として派生したキリスト教、イスラム教では、神はあくまでも絶対的な主人であり、決して対等に話をし、交渉する相手ではない。そのような発想は最初から出てこない。それではアブラハムから発生した3大宗教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の中でなぜ、ユダヤ教だけが神と対話できるのだろうか。新しいテーマだ。

 ネタニヤフ首相の交渉相手は神ではない。オバマ大統領らこの世の指導者たちだ。神と交渉してきたユダヤ人にとって、この世の指導者は取るに足らない交渉相手に過ぎないのかもしれない。

北アフリカは世界のテロ発信地

 チュニジアの首都チュニスのバルドー博物館襲撃テロ事件(3月19日)は北アフリカがイスラム過激派テロ組織の主要拠点となっていることを改めて明らかにした。オーストリア日刊紙プレッセ(19日)は、「北アフリカはテログループにとって豊潤な地だ」と評し、彼らはリビアからエジプト、マリまでその勢力を拡大してきたと報じた。そこでプレッセ紙の記事内容を紹介する。

 チュニジアのテロ事件は北アフリカでイスラム過激派テロ組織「イスラム国」や国際テロ組織「アルカイダ」のプレゼンスを改めて浮き上がらせた。北アフリカでも中心拠点はリビアであり、そこでシリア・イラク戦闘に送るメンバーがトレーニングを受けている。

 リビアの拠点は対エジプト国境に近いデルナ(Derna)で、リビアのアンサール・アル・シャリーア( Ansar al Sharia )の拠点だ。同市は人口約8万人で地中海に面した港町だ。そこでチュニジア、パキスタン、サウジアラビア、ソマリア、アルジェリア、ドイツなど欧州から集まったイスラム過激派メンバーが訓練を受けている。数カ月の訓練後、彼らは偽造旅券でトルコ入りする。そこからシリアのサラフィー・ジハード主義の反政府武装組織でアルカイダの下部組織アル・ヌスラ戦線( al Nusra Front )の支援を受け、シリアの目的地に向かう。

 デルナは2011年のリビア内戦では反カダフィ派の拠点。昨年中旬までデルナはアナサール・アル・シャリーアがコントロールしていたが、ここにきて「イスラム国」が支配権を掌握してきた。「イスラム国」の指導者アブバクル・バグダディが「リビアに進出せよ」と指令を出したという。具体的には、イエメンとヨルダン出身の2人のシャリア法学者をデルナに派遣している。

 リビアの第2の拠点はスルト( Sirte )だ。人口約13万人の都市でトリポリタニア東部に位置する。「イスラム国」はそこでチュニジアのアナサール・アル・シャリーアの支援を受けている。ちなみに、アンサール・アル・シャリーアで良く知られていた指導者 Ahmed al Rouissi がスルトのリビア政府軍との戦闘で戦死したというニュースが流れたばかりだ。同グループは「イスラム国」と連携してリビア政府軍と戦闘を繰り返してきた。今年1月27日、トリポリ中心地のコリンチア・ホテルが襲撃され、10人が死亡するテロ事件が起きたが、これはリビアで「イスラム国」の活動が明らかになった最初の事件だ。
 エジプトには昨年以来、「イスラム国」の拠点が存在する。シナイ半島の Ansar Bait al Maqdis は「イスラム国」のアブバクル・バグダディへの忠誠を宣言し、テロを繰り返している。アルカイダもアルジェリア南部からマグレブ地域、マリまでその勢力を広めている、といった具合だ。

 なお、モロッコとモーリタニア両国は相対的に落ち着いている。モロッコ当局はスペイン警察と連携し、イスラム過激派の取り締まりを強化している。モロッコ当局は今月22日にも同国南西部の都市アガディール( Agadir )などで「イスラム国」の拠点を襲撃し、テロ容疑者の拘束に成功している。

ウクライナ危機で揺れる北欧諸国

 昨年2月に勃発したウクライナ危機は長期化の様相を深めてきた。ウクライナ南部クリミア半島のロシア併合後、欧米諸国は対ロシア制裁を実施しているが、KOパンチというより、ボディ・ブローの感が強く、その効果が出るまでは時間がかかる、とみられている。欧州連合(EU)首脳会談は19日、対ロシア経済制裁の継続を決定したばかりだ。

 制裁の効果云々は別として、問題は、プーチン大統領が政権を掌握している限り、モスクワが併合したクリミア半島を返還し、ウクライナの欧州統合を黙認するといった紛争前の原状復帰は期待できないことだ。プーチン氏が欧米諸国の制裁に白旗を揚げるとは考えられないからだ。

 一方、ウクライナ紛争1年間で欧州ではさまざまな変化が見られる。気の早い外交専門家は冷戦時代の再来を予想している。オーストリア日刊紙プレッセは21日付トップで、「米国とロシア両国は核兵器の近代化を含め、核兵器への見直しを進めてきた」と報じているほどだ。実際、プーチン大統領は15日、国営テレビのインタビューの中で、「ウクライナ危機勃発直後、核戦力部隊に戦闘準備態勢に入るように指示した」と明らかにし、国際社会を驚かせたばかりだ。
 オバマ米大統領は2009年、プラハで「核兵器フリーの世界」の実現をアピールしたが、その米国はロシアと共に核兵器の近代化を一層進めてきているのだ。オバマ大統領の「プラハ演説」は遠い昔の話のように感じるほどだ。

 それだけではない。ロシアと国境線で対峙する北欧諸国、フィンランドやスウェ―デンでは政府関係者から北大西洋条約機構(NATO)加盟について真剣に検討すべきだという声が出てきている。両国はEU加盟国だが、軍事的中立主義を標榜し、NATOにはこれまで加盟していない。

 昨年10月、ロシア潜水艦がストックホルム近郊の群島に侵入したというニュースが流れたスウェーデンでは、「わが国もNATOに加盟すべきだ」という声が聞かれた。フィンランドは冷戦時代から対ロシアとの関係は重要な外交課題だったが、EU加盟後はNATOとは1994年5月にPfP(平和のためのパートナーシップ)を締結し、軍事的非同盟を貫いてきた。しかし、ここにきてスウェ―デンと共同軍事演習を実施する案や軍事力の強化などの動きが見られるのだ。

 ちなみに、スウェ―デンとフィンランド両国国民はNATO加盟に対して依然慎重な意見が過半数を占めているが、ウクライナ情勢が更に悪化し、ロシアの軍事攻勢が表面化してきた場合、加盟を希望する声が増加すると予想される。

 国内に少数民族ロシア人を抱えるバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)はポーランドと共にウクライナ危機では最も神経質となっている。エストニアは人口134万人の4分の1がロシア系(2011年)だから、「わが国が“第2のウクライナ”となるのではないか」といった懸念も聞かれる。実際、バルト海に17日、ロシア戦闘機が侵入し、NATO戦闘機が緊急発進するという事態が生じている。スウェ―デンやフィンランドとは違い、2004年にNATOに加盟したバルト3国はロシアとの直接軍事衝突を避けながら、欧米諸国の支援を受けてロシアに対抗していく意向だ。

 欧米諸国は対ロシア経済制裁を実施中だが、クリミア半島ではロシア併合後、民営企業が続々と国営化され、ロシア系事業家たちが利権を奪っている。西側経済関係者によると、過去1年間で銀行、ホテル、通信事業、湾岸会社など250社の企業が国営化されたという。それに対し、キエフ政府関係者は「不法にロシア系実業家の手に渡った会社数は400社以上だ」という。

 プーチン大統領が今後も軍事力を背景に強硬外交を展開させていくならば、ウクライナを取り巻く政治情勢は、時計が逆回りするように、冷戦再来の様相を深めていくだろう。

「神」が先か「聖書」が先か

 高等宗教と呼ばれる宗教はその教えをまとめた聖典を持っている。それに基づき、信者たちは日々の業を行う。例えば、世界最大の宗教、キリスト教は旧教、新教の区別なく、聖書を聖典とする。世界最大のベストセラーといわれる聖書には、ギリシャ語訳から口語訳までさまざまな訳の聖書があるが、その基本的内容は同じだ(訳によっては微妙な相違はある)。当方の知人の奥さんはヘブライ語訳旧約聖書を読みたいため、週に数回、ヘブライ語を学んでいる。

 ところで、オランダのカルヴァン派キリスト教(新教)の牧師は、「イエスは神話であり、聖書の話は実際にあったことを意味しない」と強調し、「聖母マリアの処女懐胎、イエスの十字架の死、復活の話は全て古代エジプトの教えからそのまま継承したものだ」と主張して、波紋を投じている。

 参考までに、エジプト学を専攻する宗教学者ヤン・アスマン教授は古代エジプトの多神教を宇宙教と呼び、「神は目に見える被造世界の中でどこでも発見できる存在だった。一方、エジプトから出国したモーセを中心としたイスラエルの人々は古代エジプトの多神教とは違い、神を不可視の存在と捉えていた。その不可視の神を知ることはできず、ただ“信じる”ことが求められた。そこから、神への信仰が生まれてきた」と説明している。


 「イエスは神話だ」と主張する牧師( Edward van der Kaaij )の発言に対し、リベラルなオランダ社会でもかなりの批判の声が聞かれる。例えば、「それではなぜ、信仰するのか」、「なぜ、あなたは牧師をしているのか」といった素朴な問いが出ている。

 当方はオランダの牧師の話を聞いて、多くのオランダ人と同様、少し首を傾げた。キリスト教はイエスの復活から始まったといわれてきた。そのイエス自身が神話に過ぎないとすれば、キリスト教の存在が揺れてくるのではないか、という思いだ。ただし、最初のショックが消えると、「牧師の発言はある意味で重要な点を突いている」というふうに考え直した。

 神は聖書やコーランが存在する前から「あった」。聖典は神の教えや預言者の言葉をまとめたものだ。逆ではない。聖書が先にあって、初めて神が存在したわけではない。にわとりが先か、卵が先かに少し似ているが、神があくまで先だ。もちろん、聖書は神の聖霊に基づいて記述された聖典だから、神のみ言葉そのものだ、という主張があるが、その場合でも人間が記述したという事実は変わらないだろう。例えば、聖書も長い時間をかけてさまざまな人物が記述して出来上がったものだ。

 明確な点は、聖書は神の存在、その言動のほんの一部を記述したもので、神そのものではないということだ。神は聖書やコ―ランより先に存在し、その神性は聖典の内容をはるかに上回っていると考えるべきだろう。
 だから、宗派間の聖典の解釈争いやその正統論はあまり意味がない。なぜならば、神=聖書、コーランなど聖典、という数式ではないからだ。この簡単な事実を私たちは忘れがちだ。キリスト教の正統、異端論争は結局は人間がまとめた聖典の文字に固守した結果、生じてきたからだ。
 実際、キリスト教では聖典である聖書の解釈で300以上の宗派に分かれ、それぞれの宗派が自身の解釈こそ神の教えを反映していると主張している。

 神は聖書より偉大であり、イエスの「復活」や「聖母マリアの処女懐胎」の話がなくても神は存在できる。聖典は神の神聖、神性について人間に考えさせる切っ掛けを提供できるが、それ以上ではない。聖典の神聖化は人間の業であり、神の存在云々とは余り関係ない。

 それでは、聖書(聖典)がなくして、私たちはどうして神の存在、教えを学ぶことができるかだ。
 人類始祖アダム・エバの時代を思い出してみよう。彼らが生きていた時は聖典がなかったが、神と一問一答できた。彼らは神は存在することを知っていたから、その存在を疑うことはなかった。しかし、時間の経過と共に、神の存在が分からなくなり、神と対話できなくなっていった。だから、聖典が生まれ、聖典を通じて神を学んでいったわけだ。

 仏の人気作家ミシェル・ウエルベック( Michel Houellebecq )氏は、「啓蒙主義が終焉を告げた今日、霊性(神秘)主義の時代が再来する」と独週刊紙シュピーゲルとのインタビューの中で答えていた。換言すれば、文字を通じて神に出会った時代から霊性を通じて神とコミュニケーションできる時代が再び到来する、というのだ。「神を学ぶ」時代から「神を知る」時代に移行する時代圏に入ってきたのかもしれない。

日帰り手術後の“粋なもてなし”

 当方は18日、白内障の手術を受けた。昨年7月末、同じ病院で網膜剥離の手術を受けたから、あれから8カ月後、今度は同じ右目だが白内障で人工レンズを移植する手術を受けたわけだ。
 医者曰く、「白内障の患者は多い。手術は日常茶飯事行っている簡単なものだ」という。前回は手術後、入院したが、今回は Tages klinik という名前が示すように、日帰りクリニックだ。当方は過去、海外で8度ほど手術を受けたが、日帰りクリニックは初体験だった。そこで読者に当方のささやかな体験を報告する。

 当方の手術は午後3時となっていた。2時半にクリニックに到着して、待合室で名前を呼ばれるのを待った。午後から手術を受ける患者は当方を含めて4人だった。2人のオーストリア人、1人はアラブ系、そして当方だ。当方は午後の手術の最後だった。

 日帰りクリニックの場合、患者は3時間から6時間の時間を要すると考えて病院入りしなければならない。うまくいけば3時間でクリニックを後にできるが、出血したり、副作用などが出れば時間がかかる。いざという時を考え、付き添いを義務付けている病院もある。特に、目の手術だから、車を運転できないし、歩行は危ない。だから、ほとんどの患者は家族の付き添いでくる。当方は病院の周辺を良く知っていたので、一人でクリニック入りした。いざとなれば、タクシーを利用して帰宅するつもりだった。

 先ず、看護婦さんから名前を呼ばれると、クリニックに入り、手術の準備に入る。「安定剤を飲みますか」と聞く。手術前に興奮する患者が多いから、看護婦は患者の希望があれば精神安定剤を与える。当方は最初は、「お願いします」といったが、隣りに座るオーストリア人の男性患者が、「おれはいいよ」という。手術は2回目という。落ち着いたものだ。隣の男性患者の自信あふれる顔をみた当方は考え直して、「自分もいりません」と看護婦さんに伝えた。

 約30分間隔で患者が手術室に呼ばれ、終わった患者は出てくる。手術を終わった患者はさすがにホッとした表情だ。すると、クリニックの看護婦さんが患者に、「コーヒーにしますか、お茶ですか」「チーズ入りセメルですか、ハム入りですか」と喫茶店のウエイトレスみたいなことをいう。手術を終わったばかりの患者は直ぐに帰宅せず、30分ほどクリニック内の長椅子に座り、看護婦さんが運んでくれるコーヒーとセメルを食べながら、体調を整えるのだ。

 “クリニック内の喫茶店”に驚いた。当方もそのサービスを受けたが、「医学的な理由からではなく、患者への純粋なサービスですよ」と中年の看護婦さんが教えてくれた。手術という非日常的な出来事に患者はやはり緊張している。その疲れを帰宅前に解してもらおうという看護婦さんの願いからだという。粋な配慮だ。

 当方の番だ。右目の周辺を消毒剤で吹き、眼球が開くように液が注がれる。手術を担当する医者と看護婦は当方のベットで先ず自己紹介する。「私はドクター〇〇です。今回手術を担当します」「私は看護婦の△△です」といった紹介だ。手術前の患者は緊張しているから。何を言われても覚えていないが、当方は新鮮な驚きを覚えた。誰に手術されるのかを患者に知らせるというわけだ。

 手術中は目を開けているから、医者のメスの動きは感じるし、医者と看護婦の会話も聞こえる。痛みはほどんどない。医者の手が少し、目の周辺を押した時に圧力を感じたぐらいだ。網膜剥離の手術の場合も同じようだった。痛みはほどんどなく、医者のメスの動きを見ながら手術が終わるのを待っているという感じだ。昔はどうだったか知らないが、現代の手術は痛み対策ではかなり進んでいるから、患者は手術中の痛みを恐れることはあまりない。時代の恩恵に感謝したい。

 当方の手術も約30分で終わった。手術室から準備室に戻ると、看護婦さんが笑顔で迎えてくれた。そして、喫茶店の方を示しながら、「しばらくここで休憩しで下さい、コーヒーにしますか、ティ―ですか」と聞いてくる。当方はティーを頼みながら、リラックスした。

 半時間ほど休むと、看護婦さんから、「それでは医者が手術後のチェックしますから、隣りの待合室で名前を呼ばれるまで待っていてください」といわれた。ちなみに、患者を世話していた中年の看護婦さんは朝7時から仕事を始め、夜7時までという。ハードワークだ。

 医者から処方箋と手術後のケアを聞いた後、やっと帰宅する。時計は午後6時前だった。正味3時間の日帰りクリニックだった。

 患者の一人が手術後、「動けることは命だね」と言っていたことを思い出す。目が悪くなると、どうしても動くことが少なくなる。人工レンズを移植して視力が回復すると、視野が少し戻る。「その通りだな」と関心しながら、当方は階段の手すりに掴まりながらゆっくりとクリニックを後にした。

バチカンと中国の正常化への道

 バチカン法王庁のナンバー2、国務省長官のパロリン枢機卿は中国共産党政権との対話促進を強調する一方、香港カトリック教会の最高指導者を退位した陳日君枢機卿( Joseph Zen Ze-kiun )は、「中国政府はバチカンとの対話には関心ない」と警告を発している。イタリア日刊紙「コリエ・デラ・セーラ」がこのほど報じた。

 バチカンの対中政策は中国との外交正常化と中国国内のカトリック教会の権利強化にその焦点がある。パロリン枢機卿は、「対話は双方にとってプラスだ。その成果は必ずもたらされる」と主張し、バチカンの対話路線の堅持を強調している。それに対し陳日君枢機卿は、「間違った対話路線でバチカンは司教任命権すら中国側に奪われかねない」と警戒している。

 バチカンはべネディクト16世時代の2007年、中国を潜在的な最大の宣教地と判断し、北京に対して対話を呼びかける一方、同16世は中国の信者宛てに書簡を公表するなど関係の正常化に乗り出してきた。ちなみに、同16世のメッセージはインターネット上で公表されたが、中国政府はそのサイトを削除したことが後日、判明した。

 中国外務省は過去、両国関係の正常化の主要条件として、|羚馥眄への不干渉、台湾との外交関係断絶―の2点を挙げてきた。中国では1958年以来、聖職者の叙階はローマ法王ではなく、中国共産政権と一体化した「愛国協会」が行い、国家がそれを承認するやり方だ。バチカンは司教任命権を北京に委ねる考えはない。中国官制聖職者組織「愛国協会」は06年4月と11月、バチカンの認可なくして司教を叙階してバチカンの激しい批判を受けたことがある。

 バチカン放送によれば、愛国協会は現在、中国を138教区に分け、司教たちが教区を主導している。一方、ローマ法王に信仰の拠点を置く地下教会の聖職者、信者たちは弾圧され、尋問を受け、拘束されたりしてきた。ただし、両教会の境界線は次第に緩やかになってきていることも事実だ。例えば、愛国協会の多くの司教たちが後日、ローマ法王によって追認されている。

  中国では過去20年間で5000以上の教会が建設されたり、改修されている。中国当局の公式データによれば、12の神学校があり、69人の司教、1600人の神父、3000人の修道女がいる。国民の宗教熱が高まる一方、愛国協会では聖職者不足、特に、若い神父不足が深刻化しているという。

 中国共産党政権にとって、バチカンとの外交関係正常化は国際社会のイメージアップに繋がるが、国内の信者への影響を考えた場合、躊躇せざるを得なくなるはずだ。バチカンの対話政策が実りを挙げるまでにはまだまだ長い道のりが控えているだろう。

独で「正しい歴史認識」議論が再熱  

 ドイツ・ナチス軍のギリシャ占領時代(1941〜44年)の蛮行、ユダヤ系住民のアウシュビッツ収容所送還、経済的略奪などに対し、賠償金を支払うべきだという声がドイツの与党社会民主党や野党「緑の党」の指導的な政治家たちから出てきた。独週刊誌シュピーゲル電子版16日が報じた。以下、その記事の概要を紹介する。

 社民党の党幹部ゲジーネ・シュヴァン女史( Gesine Schwan )は、「政治的に見てもギリシャ国民へ戦時賠償金を支払わなければならないことは明らかだ。われわれはギリシャで不法なことを行ったと認識しなければならない」と述べている。

 メルケル政権のパートナー、社民党のラルフ・シュテグナー副党首( Ralf Stegner )は、「対ギリシャ戦時賠償金問題を現行のユーロ危機と関連すべきではない。それとは別問題として戦時賠償問題につぃて議論をすることはいいことだ。この問題はわれわれの歴史と関連し、久しく解決しなければならなかったテーマだ」と語っている。

 一方、野党「緑の党」のアントン・ホーフライター議員( Anton Hofreiter )も、「ユーロ危機に関係なく、ドイツは対ギリシャ戦時賠償問題を道徳的、法的に解決済み、といった姿勢を取ることはできない」と指摘し、「政府はギリシャ側とナチスの犯罪行為に関して協議し、良き解決策を見つけ出すべきだ」と強調している。ちなみに、ドイツでは左翼党だけがこれまで対ギリシャへの戦時賠償を実施すべきだと要求してきた。

 ギリシャのチプラス政権は発足後、ドイツに戦時賠償金問題を重要議題とし、ドイツ側の対応次第ではギリシャ国内のドイツ資産の押収を示唆するなど、ベルリンを脅迫してきた。それに対し、メルケル政権はギリシャ側の要求を一蹴してきた経緯がある。

 ドイツ側は対ギリシャ戦時賠償問題では「2プラス4」協定( Zwei-plus-Vier-Abkommen )のドイツ再統一後、その法的根拠を失ったという立場を堅持してきた。ただし、法専門家の中には、「法的には解決済みだが、対ギリシャ戦時賠償問題をもう少し広い範囲で議論すべきだ」という意見も聞かれるという。

 具体的には、.劵肇蕁爾離疋ぅ弔1942年、ギリシャ中央銀行から4億7600万マルク(当時)の資金を強制的に借り入れたが、その返済はこれまで実施されていない。現在の価格では80億から110億ユーロに相当する巨額な借り入れだ。。

 ■隠坑苅看6月10日、ナチス親衛隊による Distomo の婦女、子供大虐殺に対し、ドイツは賠償金を支払わなければならない(ドイツは1960年代、戦時賠償支払いの枠組みの中( Globalentschadigungsabkommen )で1億1500万マルクをギリシャ側に支払った)。


 当コラム欄で既に報告したが、対ギリシャ戦時賠償問題は昨年3月、ドイツのガウク大統領のギリシャ訪問時にも浮上してきた。大統領はその時、ギリシャ国民の要求に理解を示したが、政府の公式的立場を繰り返す以外に具体的には何もできなかった。

 シュバン議員は、「基本的にドイツの義務だ。ギリシャ国民へのナチスの蛮行についてドイツ人は認識不足だ。時間が経過したとしても、犠牲者は忘れることはできない。借り入れたクレジットはもちろん返済しなければならない」と主張、「賠償問題に関する基金を設立して両国の和解を促進させていくべきだろう」と語った。
 なお、ホーフライター氏は、「ユーロの金融支援と歴史的にセンシティブな問題をリークすることは絶対あってならない」と警告を発し、チプラス政権を牽制することも忘れていない。

 社民党と大連立を組む与党「キリスト教民主同盟」(CDU)の議員からは目下、対ギリシャ戦時賠償問題の見直しに関する発言は聞かれないが、社民党の出方次第ではメルケル首相もなんらかの対応を強いられることも考えられる。メルケル首相が心配している点は、ギリシャに戦時賠償問題で譲歩した場合、イタリアなど他の国からも同様の要求が出てくるのではないか、といった懸念だ。
 いずれにしても、チプラス首相が今月23日、ベルリンを訪問、メルケル首相と首脳会談するが、そこで戦時賠償問題がユーロ金融支援と共に主要テーマとなることは確実だろう。

シリアが闇の中に消えていく

 3年前、中東問題に関する国際会議で一人のシリア人女性が「私の祖国シリアを守ってほしい」と涙声で訴えたことを今でも鮮明に思い出す。シリアの状況は当時、今日ほど絶望的ではなかった。そのシリアは内戦4年を迎えた今日、地図上から消えていこうとしているのだ。

 イランのマフムード・アフマディーネジャード前大統領は、「イスラエルを地図上から消す」と暴言を吐き、国際社会から激しいブーイングを受けたことがあるが、残念ながらシリアは本当に地図から消えようとしているのだ。

 人工衛星が撮影したシリアの夜間写真がこのほどメディアに紹介されたが、内戦前の明かりの83%が消え、闇の中だ。反政府勢力が政府軍と激しい戦闘を繰り返したアレッポ市や東部では明りの97%が消えている。過去4年間の内戦でシリアのインフラが完全に破壊されてしまったことが分かる。文字通り、シリアは闇の中に消えているのだ。

 チュニジアで発生したアラブの民主化運動(通称・アラブの春)は2011年3月15日、シリアのダマスカスにも波及し、アサド独裁政権の打倒、自由と民主化を要求したデモが行われたが、アサド政権は武力で鎮圧した。その当時、誰も4年後のシリアを予想した国民はいなかっただろう。
 国連機関のシリア戦争報告書によると、過去4年間で21万人以上が犠牲となり、約84万人の国民が負傷した。昨年は過去4年間で最も多くの犠牲者(約7万6000人)を出している。また、1140万人が難民となり、その3分の1は国外難民だ。多くはトリコ、リビア、ヨルダン、レバノンなどに避難した。約260万人の子供たちは学校にいけない状況だ。国家の将来のこと考えると、これは深刻な問題だ。

 また、国民の平均寿命は4年前75・9歳だったが、現在は55・7歳と急落した。4年間で国民の寿命が20年縮まった計算だ。そんな国がこれまであっただろうか。失業率は58%であり、国民の半分以上が仕事がない。国民経済は完全に停止状況にある。

 アサド政権は依然領土の4割、人口の6割をその支配下に置いている。アサド政権は内戦当初、反政府勢力に攻撃され、必死に防衛してきた。オバマ米政権がアサド政権打倒に乗り出すのを躊躇する一方、国連安保理もロシア、中国の拒否で対シリア決議案を採択できずにきた。その間に、内戦は激化し、反政府勢力も分裂を繰り返していった。そして、イスラム過激派組織「イスラム国」が台頭し、シリア、イラク北部を支配していった。

 ところで、ケリー米国務長官が15日、米TVとのインタビューの中で、アサド政権との交渉を示唆して、大きな波紋を呼んでいる。アサド政権の打倒を和平の前提条件とする英国やフランスは米国務長官の提案を拒否する一方、アサド政権は政権の維持を条件に交渉に応じる姿勢を見せてきているという。ちなみに、昨年1月から2月にかけて開催された和平協議を最後に、交渉は途絶えてきた。

 一方、サウジアラビア、カタールなど湾岸諸国、そしてトルコは対「イスラム国」壊滅で団結すると共に、アサド政権の打倒を密かに目論んでいる。シーア派イランの支援を受け、ヒズボラを支援するアサド政権の存続はサウジなどスンニ派諸国にとって危険だからだ。

 国連はシリア内戦で紛争解決の使命を果たせずに終わっている。そして国際社会の関心は蛮行を繰り返す「イスラム国」に注がれ、5年目に入ったシリア内戦は忘れられようとしている。「私の祖国シリアを守ってほしい「と叫んでいたシリア人女性の声に私たちはどのように応えたらいいのだろうか。
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