ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2006年09月

法王が謝罪できない理由

 ローマ・カトリック教会最高指導者、法王ベネディクト16世が訪問先のドイツのレーゲンスブルク大学での講演で、イスラム教に対し「モハメットがもたらしたものは邪悪と残酷だけだ」と批判したビザンチン帝国皇帝の言葉を引用したことを契機に、世界のイスラム教徒から激しい反発が起きているが、同法王はこれまでのところ正式な謝罪はしていない。法王は「真意を説明したい」「イスラム教を侮辱する意図はまったくない」と弁明する一方、イスラム教との対話促進を表明することで、巧みに謝罪を回避している。なぜならば、法王は謝罪できないからだ。
 カトリック教会総本山バチカン法王庁には「ローマ法王の無謬」というドグマがある。1870年の第1バチカン公会議で、ローマ法王は無謬と宣言され、バチカン法王庁は全世界のカトリック教会の最高意思決定機関とされたからだ。だから、法王が謝罪することに法王庁内にも強い抵抗がある。
 べネディクト16世の前任者、ヨハネ・パウロ2世は過去、キリスト教2000年の罪を懺悔したことがある。教会の過去の罪や過ちを悔い、「キリスト者は福音を忘れ、暴力に走った」と告白、十字軍の遠征や宗教戦争についても「歴史の中でキリスト者は寛容さを失い、神の愛の教えに従わなかった」と強調したが、歴代のローマ法王の過ちには言及していない。なぜならば、神の子イエスの代理人ローマ法王が「過ちを犯すことはあり得ない」からだ。例えば、ヨハネ・パウロ2世は当時、ユダヤ教関係者から「ナチス政権の反ユダヤ主義を黙認した」と批判されているピウス12世の過ちが俎上に上るのを回避するため、ホロコーストに対して明確な懺悔を控えたほどだ。
 一方、イスラム教側は法王から発言の真意や背景を聞きたいのではない。法王から明確な謝罪を聞きたいのだ(レバノンのイスラム教シーア派指導者ファドララ師)。しかし、ローマ法王は謝罪できないのだ。それはべネディクト16世が頑固だとか、傲慢だとかいった個人の問題ではない。バチカン法王庁が「ローマ法王の無謬」というドクマを撤去しない限り、無理な注文なのだ。イスラム教指導者がローマ法王に謝罪を要求し続けるならば、ローマ・カトリック教会内の過激根本主義勢力の台頭を促す危険性が出てくる。

一粒の麦、地に落ちて死なば

 冷戦時代、世界で最初に「無神論国家」を宣言したアルバニアで今日、国民の間で宗教に関する関心が高まってきていると聞いた時、ローマ・カトリック教会のゼフ・プルミー神父との出会いを思い出した。同神父はホッジャ独裁政権時代、25年間、収容所に監禁されていた。
 ティラナで神父の自宅を訪問した。小柄な神父は抑えた声でアルバニアの民主化について語ってくれた。同国は1990年、民主化に乗り出し、宗教の自由を公認したばかりだった。
 神父は「わが国の民主化は宗教の自由を求めることから始まった。シュコダルで初めて正式に礼拝が行われた時、警察当局はもはや武力で礼拝を中止できなくなっていた。ティラナで学生たちの民主化運動が本格的に開始する前に、神について自由に語る権利を要求する運動が始まっていたのだ。神に向かって叫ぶ信者たちをみて、当時の共産政権指導者は恐れをなしていった」と説明してくれた。
 アルバニアではカトリック教会は少数派だが、イスラム教徒やギリシャ正教徒との関係では問題がないという。「アルバニア人は現世の生活が全てではなく、死後の世界が存在することを肌で感じてる。全ての人々は兄弟姉妹だという認識がある」と強調した。
 「民主化後、西側の消費文化の影響もあり、国民の間に物質主義的傾向が出てきたのではないか」との質問に対し、神父は「若者たちの心を神に向けることは容易ではない。共産主義社会を体験した世代は唯物主義の恐ろしさを知っているが、若い世代は知らないからだ。だから、幼少時代からの宗教教育が必要だ」と熱っぽく語ってくれたものだ。
 プルミー神父と会見してから10年以上が過ぎた。アルバニアで今日、若い世代にも宗教熱が見られ出したという。
 「一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだならば、豊かに実を結ぶようになる」(ヨハネによる福音書第12章24節)という聖書の句を思い出した。

コンピューターが故障した日

 国連のコンピューターが午後からおかしい。メールは送信できるが、インターネットの接触が悪い。とうとうサイトが開かなくなった。国連のコンピューターが故障するのは初めてのことではない。1カ月に1度ぐらいの割合で何かが起きる。その度に、国連のコンピューター技術デスクに電話を入れ、技術者を送ってもらう。しかし、今回は違った。「記者室のコンピューターだけではない。国連の全コンピューターがおかしい。いま調査中だ」という。
 ウィーンの国連では国連工業開発機関(UNIDO)のコンピューター・システムと国際原子力機関(IAEA)のそれとは違う。ひょっとしたら、IAEA管理のコンピューターは動いているかもしれない。そこでIAEA理事会が開催される4階のコンピューター室を見にいった。しかし、そこのコンピューターもやられていた。コンピューター・ウイルスにやられたのかもしれない。
 記者室に戻り、「やっぱり、全てのコンピューターがダメだ」と記者仲間に伝えた。エジプト出身の記者は「イランのラリジャ二最高安全保障委員会事務局長がソラナ欧州連合(EU)共通外交・安保上級代表と会合するという情報が入ったばかりだ。BBCやアルジャジーラのサイトがオープンできなければ仕事ができない」と叫びだした。レバノン出身の記者は「これだから国連のコンピューターは信頼できないんだ」と国連批判が飛び出した。当方も記事の締め切り時間が差し迫っていた。「まずいな」と内心、思ったほどだ。
 ところが、スーダンの記者はデスクに座り、トランプ遊びを始めたではないか。落ち着いている。当方が「コンピューターが動かなくて大変だね」と声をかけた。すると、スーダン記者は「直るまで待つだけだよ」という。他のアラブ系記者のようにイライラしていない。
 当方は、その平常心の背景を知りたくなった。彼は「エジプトやシリアの社会では国民の間には激しい競争が支配している。人より早くといった競争心が非常に強い。スーダン社会では、そのような競争心はない。待つことに慣れているだけさ」と説明し、トランプのカードに目をやった。
 その日、国連コンピューターは結局、午後遅くになっても回復しなかった。スーダンの同僚は「明日になれば、コンピューターも動くだろう」といって、ラマダーン明けの食事のために席を立った。

韓国メディアの「北核誤報」

 韓国メディアが先日、米軍事専門家の「北朝鮮の核兵器保有」発言を大々的に報道した直後、その米専門家の情報が事実ではなく、仮想に基づいた内容と判明、「全文取り消し」を余儀なくされたという不祥事が生じたばかりだ。
 誤報の発端は、その米専門家が、北朝鮮外務省の姜錫柱第1外務次官が平壌で開催された海外大使会議の席で「わが国は核兵器を5個、6個を保有している。外交は終わった」と発言した、という内容を同専門家のホームページに掲載したことから生じたものだ。
 ところで、この誤報について、当地の北朝鮮外交官に感想を聞いてみた。外交官は笑いながら、「その記事は即取り消されたと聞いている。考えられない内容だ」という。少し解説を頼んだ。外交官は「例外はあり得るが、外務省高官はわが国が実際核兵器を保有しているかどうかを知らないはずだ。軍幹部から核兵器保有宣言を要求されるから、それを対外的に繰り返し表明するだけだ。外務省は信頼できる独自情報を持っていない」と主張し、「核兵器問題では、金正日労働党総書記と軍部のトップしか事実を知らない」と説明した。同外交官によれば、「外務省は単なるプロパガンダの機関に過ぎず、実権はまったくない」という。それは党ランクにも反映されている。
 黄長元朝鮮労働党書記は亡命直後、核問題を聞かれた時、「わが国は核兵器を保有していると聞いている」と答えるだけにとどめている。主体思想の権威者、黄元書記ですらその程度だ。どうして外務省高官がそれ以上のことを知っているだろうか―。これが北朝鮮外交官の背景説明(ブリーフィング)だった。
 北朝鮮では軍のシビリアン・コントロールは期待できない。同国の首相も外相も核兵器問題では蚊帳の外とみて間違いないだろう。外務省高官が海外大使会議で核兵器保有を表明したとしても、それはあくまでも2次情報、3次情報と受け取って大きな間違いはない。

安倍新首相、第2のトーマス・モアを目指せ

 安倍晋三首相が誕生した。国民は新首相に日本丸の舵取りを託したわけだが、国家の繁栄と同時に、世界の指導国家の一員として、国際社会の発展に貢献できる国作りに努力してもらいたいものだ。
 ところで、世界に約11億人の信者を抱えるローマ・カトリック教会の総本山バチカン法王庁は新ミレ二アムを迎えた西暦2000年、世界の政治家の守護聖人にトーマス・モアを選出した。
 ヨハネ・パウロ2世は当時、「世界が急激に発展する今日、世界の政治家も理想像が必要だ。家庭を保護、青少年、老人、障害者など、弱者のために実行できる政治家が願われる」と説明、トーマス・モアこそ世界の政治家が追求しなければならない理想像だと主張した。
 モアは1478年、ロンドン生まれ。ヘンリー8世時代の大法官として活躍したが、ヘンリー8世が教会法に反して夫人との婚姻を無効宣言し、固有の教会を創設した時、反対。最終的には退官させられ、反逆罪として処刑された人物だ。
 人道主義者、法律家、外交官、政治家であったモアは、キリスト教という枠を越えて人々を魅了してきたといわれ、「モアはキリスト者としての信仰をどの生活分野でも見事に具現化して人生を送った」と評されている。「貧者の聖人」であり、地位や名誉から距離を置き、「国家の僕(しもべ)」として国家に忠実を尽くした一生を送ったことで知られている。モアが抱いてきた理想世界は1516年に著した「ユートピア」の中で描かれている。
 われわれの周辺を見渡した時、残念ながら、モアのような政治家は見当たらない。現代では、宗教(信仰)と政治は分離され、宗教が政治に干渉することを極力避けようとする。日本では政治家が靖国神社を参拝すれば、「公人ですか、私人ですか」と記者からしつこく詰問される国だ。
 わが国では、教育基本法の改正と改憲が急務となってきた。安倍新首相には信念を貫き通したモアのような政治家を目指して欲しいものだ。

口が開く瞬間

 口の固い人がいる。ジャーナリストの職業柄、口の固い人には閉口する。何を聞いても、肝心なことは出てこない。付き合っているのが嫌になることもある。しかし、秘密を最後まで守り、墓場まで持っていく人も非常に少ない。日頃、口の固い人も人生の最後を迎えた時、ポロッと口からこれまで隠してきた秘密をもらすことがある。ウォーターゲート事件の情報源だったマーク・フェルト元連邦捜査局(FBI)副長官もその中の1人だろう。秘密を最後まで守り通すことができる人は非常に意思力の強い人だ。
 記者生活をしていると、相手の口が滑る瞬間に出くわすことがある。小生にもそんな出会いがある。オーストリア内務省発行月刊誌「公安」の編集長と話していた時だ。編集長は「君、知っているかい。あの高層ビルの最上階にはモサド(イスラエル情報機関)の事務所があるんだ」といった。小生が「へェー」と、相槌を打った。編集長は急に「マズいことを言ってしまった」という後悔したのか、すぐに話題を変えたものだ。これなどは、口が滑った典型的なケースだ。非常に人間的なミスだが、度々起きる。
 一方、2004年4月、北朝鮮で龍川駅列車爆発事故が起きた時だ。その爆発規模でさまざまな憶測が流れていた。小生は包括的核実験禁止条約(CTBT)機関の国際監視システム(IMS)が同爆発を探知したと推測、IMS関係者と密かに接触して聞いてみた。
 地震専門家のM氏はなかなか口を開かなかったが、匿名を条件として「爆発規模は800トン、マグニチュード3・6を観測した」と言ってくれた。これは口が滑ったというより、口が開いた瞬間だ。小生はすぐにデスクに戻り、第一報を送信したことはいうまでもない。
 「口が滑る」のは、その滑る人の性格や気質があるが、「口が開く」ためには、「聞き手」との人間関係が重要となる。ジャーナリストとしての生甲斐を感じる瞬間は、後者との出会いの時だ。

ラマダーン期間の国連記者室

 イスラム教徒のラマダーン(断食月)が23日から始まった。1カ月間、日の出から日没まで断食するだけではなく、男女間の性交渉も禁止、嘘をついてもダメであり、他者の為に施しをする期間だ。ラマダーン期間、断食が免除されるイスラム教徒は、病人や妊婦など、限られた人々だけだ。
 ところで、国連記者室ではアラブ出身の記者たちが過半数を占めている。彼らは通常、少数派の他の文化圏出身記者たちの迷惑などお構いなしに大きな声で話したり、騒いだりする。いい意味で、活気がある。悪くいえば、喧しい。
 しかし、ラマダーンが始まると、イスラム教徒の記者たちが大人しくなる。同時に、午前記者室に現れるのも遅くなる一方、夕方になると早々と姿を消す。断食明けの食事をイスラム寺院や友人宅で取る為だ。
 この期間、断食と共に、内外が清くならなければならない。妬んだり、恨んではならない。罵声を発してはならない。大声を張り上げていたイスラム教徒の記者たちがラマダーン期間、敬虔な信者に変身するから驚きだ。
 一方、他の文化圏出身の国連記者たちはラマダーンを内心歓迎している。国連食堂で長い列をつくって食事を待つ時間が節約できるからだ。イスラム教徒の国連職員、記者たちが食堂に姿を見せないからだ。
 もちろん、全てのイスラム教徒がラマダーン期間、断食するわけでもない。キリスト教徒が日曜日の礼拝をいつも守るわけでないのと同じだ。名ばかりで、イスラム教の教えを実践していないイスラム教徒もいる。
 ところで、ラマダーン期間、断食していた同僚の記者たちが決して痩せないことに気が付いた。イスラム教徒の友人によると、日没後、家族や友人に招かれ、夜遅くまで夜食するからだという。ラマダーン期間中、イスラム社会では食品の売上が通常の時より増える。友人、知人らと共にする盛大な夜食のためだという。
 日頃から敬虔なイスラム教徒の記者は「ラマダーン期間中は、イスラム教への敬意を示す意味からも、他の宗派の人々はイスラム教徒の前で飲んだり、食べたりしないように心がけることが大切だろう」と助言してくれた。

動物は人生の同伴者

 動物愛護週間(9月20日〜26日)が終わるが、当方は動物が置かれている状況を考える時、悲しみを禁じられない。犬がノイローゼとなり、猫が高層ビルから投げ捨てられる時代だ。動物愛護は1週間で終わる問題ではない。
 当方は“動物界ロビー”を自称しているわけではないが、市中で会う犬や猫、家で飼われているメーア・シュバインヒェン(モルモットの一種)を見る度に、幸福な動物が余りにも少ないことに気がつくからだ。彼らには、不平やその置かれている状況を伝える手段がない。
 最近、心が痛むテレビ・スポットを見た。犬が家族と一緒に山に遠出した。犬は家族と共に散歩するつもりで、車から降りた。周囲を飛びはねてから、振りかえると、これまで主人だった家族の車が走り去ってしまった後だった―というシーンだ。
 これは動物愛護を目的としたテレビ・スポットだ。主人から捨てられた犬の表情は悲しみを超え、絶句していた。何が起きたのかを理解するまで、あの犬はどれだけの痛みを感じなければならないのだろうか。
 夏季休暇に行く為に、これまで飼っていた犬や猫を捨てる人が少なくない。新聞などで、「新しい飼い主を探しています」といった記事が載る。捨てられた犬の顔は等しく淋しそうだ。
 当方はこの冬、知人から犬を預かったことがある。血筋はいいのだが、この犬も哀しい育てられ方をしてきた。上目使いで当方を見るその犬は、「僕のことを知ってほしい」と叫んでいるように感じた。この犬は一時期、ドイツ語を話す人を恐れていたという。日本人家庭で育ってられたために、日本語しか聞いていなかったからだ。犬もカルチャーショックを受けるのだ。
 行方不明なった登山家を探したり、空港で麻薬捜査に動員されたり、地震で生き埋めになった人を救う犬の活躍を見る度に、犬を含めて動物はわれわれ人間の良き友であり、人生の同伴者だと痛感する。
 「アスカ」というゴールデンレトリバーを飼っている妻の友人が最近、「家族もアスカが家で待っているから、遅くなっても帰ってくるのよ。家族の絆をアスカが守ってくれているようなものね」と語ってくれたことを思い出す。

謎に包まれた「33日間法王」の死因

 ローマ・カトリック教会最高指導者のローマ法王ヨハネ・ヨハネ・パウロ1世が法王就任33日で急死して今月28日で28年目になる。
 イタリアのアルペン山脈の麓の小さな村で生まれたヨハネ・パウロ1世は1978年8月26日にパウロ6世の後継者としてローマ法王に選出されたが、翌月28日に亡くなった。同法王の急死はローマ・カトリック教会関係者だけではなく、世界を驚かした。問題はその死因だ。
 ヨハネ・パウロ1世の死が伝わると、「ローマ法王はバチカン法王庁の書記官によって毒殺された」という噂が真っ先に流れた。米国のデビット・ヤロプ氏はその著書「神の名のもとで」の中で「ヨハネ・パウロ1世は毒殺された」と主張した1人だ。それに対し、親族は「ルチア二氏(同法王名)は病気が原因で死亡した」と法王の自然死を支持した。
 興味のある見解は、フランスのヤクエス・マーチン枢機卿がその著書「私が仕えた6人のローマ法王」の中で、毒殺説を否定する一方、「問題は死因ではなく、長年心臓病に悩まされていたことが明らかにもかかわらず、コンクラーベ(法王選出会)はなぜヨハネ・パウロ1世をローマ法王に選出したかだ」と指摘していることだ。ヨハネ・パウロ1世は法王就任前に、「私は心臓病に悩まされているから、長時間の激務には耐えられない」と語っていたことから、同枢機卿の疑問は当然だ。
 ヨハネ・パウロ1世の死因問題では、「毒殺説」や「病死説」だけではない。もう1つ「予定説」がある。法王の実弟エドアルド・ルチア二氏は「私の兄は77年7月11日に、ファティマのマリア再臨の目撃者ルチア修道女と会い、長時間話したことがある。その会談後、兄は顔面蒼白となり、非常に取り乱していた」と証言し、「ルチアは何か非常にショッキングなことを兄に伝えたのではないか」と指摘。その「何か」の1つとして、同氏は「ルチアはローマ・カトリック教会の将来ばかりか、兄に対してもローマ法王に就任したとしても短命に終わることを予言したのではないか」と推測し、ヨハネ・パウロ1世の急死が神の予定であったと考えている、といった具合だ。
 ヨハネ・パウロ1世の死には、まだ多くの謎がある。同法王が書いたといわれる「遺書」が今日まで発見されていないことも、その1つだ。

イラン女性の活躍

 イラン出身の米実業家アヌーシャ・アンサリさん(39)が18日、ロシアの宇宙船「ソユーズ」に乗ってカザフスタンのバイコヌール基地から宇宙に飛び立った。活躍しているイラン女性としては、2003年度ノーベル平和賞受賞者の弁護士、シリン・エバディさん(58)の名前が挙がる。「イランでは男性よりも女性ががんばっている」といった印象を強く受ける。
 イランでは女性は結婚すれば、夫の所有とみなされ、離婚できないなど、自由が制限されている、といった情報が多い。実際、イランでは女性の権利は欧州水準からみた場合、まだまだ十分ではない。ホメイニ師のイスラム革命後、女性はヘジャブ(頭髪を覆うベール)の着用を義務つけられるなど、イスラムの教えの厳守が優先されてきたことにもよる。
 しかし、ハタミ前政権では女性副大統領が選出されるなど、政界から大学まで、イラン女性の社会進出は急速に拡大してきている。大学で学ぶ女性の数は男性を凌ぐほどだ。
 イランの女性を取り巻く環境は急速に変化してきている。実際、イラン女性は今日、必要ならば離婚できる権利を持っている。夫が暴力を振るったり、罪を犯すなど、離婚できる20の条件に該当すれば、女性は離婚を申請できるようになったという。
 イラン女性の社会進出の背景を探ると、同国の出生政策の変遷とも深く関連があることが分かる。西欧化を進めたバーレビ国王時代、イランの出生率は低下したが、ホメイニ師は革命後、「人口増加は国力強化に繋がる」として出産を奨励した。その結果、同国の人口も増大したが。同時に、経済負担も増大した。そのため、ラフサンジャニ大統領時代に入ると、3人以上の子供を産まないという一種の産児制限に乗り出し、現在に到っている。
 同国の現在の合計特殊出生率は3人を割っている。だから、イラン女性の大学、職場への進出は、同国の出産制限、それに伴う女性の自由時間の拡大と関連すると見ることもできる。
 ウラン濃縮活動を促進するイラン指導者(男性)は今日、国際社会から厳しい批判に対峙しているが、アンサリさんやエバディさんら同国の女性は逆に、世界から称賛を受け、感嘆の対象となっている。



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