ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2006年10月

悪魔(サタン)の存在

 神の存在有無を問う人々は結構いるが、神に対峙する「悪魔」(サタン)が本当に存在するかを考えてみたことがあるだろうか。
 聖書の中で悪魔については約300回も言及されている。有名な個所を拾ってみると、「悪魔はすでにシモンの子イスカリオテのユダの心に、イエスを裏切ろうとする思いを入れていた」(ヨハネによる福音書13章2節)とか、十字架に行く決意をしたイエスを説得するペテロに対し、イエスは「サタンよ、引きさがれ」(マルコによる福音書8章33節)と激怒している聖句に出会う。
 前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世は悪魔について、「悪魔は擬人化した悪」と規定し、「悪魔の影響は今日でも見られるが、キリスト者は悪魔を恐れる必要はない。しかし、悪魔から完全に解放されるためには、時(最後の審判)の到来を待たなければならない。それまでは悪魔に勝利したイエスを信じ、それを慰めとしなければならない」と述べている。ちなみに、ヨハネ・パウロ2世はエクソシストとしても有名だった。
 しかし、ローマ・カトリック教会では今日「悪魔」について話すことに抵抗感を覚える聖職者が少なくない。バチカン法王庁が1999年、1614年の悪魔払い(エクソシズム)の儀式を修正し、新エクソシズム儀式を公表した時、教会内で大きな動揺が起きたほどだった。新儀式では、^絣悗篆翰学の知識を決して除外してはならない、⇔遒殆瓩れた人間が本当に病気ではないかをチェックする、H詭を厳守する、ざ偽荵紛気竜可を得る、などを条件に列記している。
 悪魔払いの儀式では、\賛紊乃祷する、⊃世叛士遒竜澆い魎蠅ο祷をする、エクソシストが患者に手を差し伸べ、神の力で悪霊を解放する前に福音の1節を読む、ぅ汽織鵑魑馮櫃垢訖仰告白ないしは洗礼宣誓をする、グ魔払い文を唱える前に、十字架を患者の上に置き祝福する、Υ脅佞竜祷をする、となっている。
 バチカン法王庁が新エクソシズムを公表した背景には、霊が憑依して苦しむ信者が増加する一方、霊の憑依現象が「悪魔」に関連するのか、精神病のカテゴリーから理解すべきかで議論が生じたからだ。
 旧約聖書の研究者ヘルベルト・ハーク教授は「サタンの存在は証明も否定もされていない。その存在は科学的認識外にある」と主張、悪魔の存在を前提とするエクソシズムには慎重な立場を取っている一方、著名なエクソシスト、ガブリエレ・アモルト神父は「悪魔の憑依現象は増加しているが、聖職者はそれを無視している」と警告している、といった具合だ。
 明確な点は「悪魔」が存在するとすれば、悪魔の存在を否定する聖職者は悪魔にとって最大支援者ということだ。

中東で迫害されるキリスト教徒

 中東諸国ではイスラム根本主義勢力、国際テロリスト、そしてトルコ系過激愛国主義者によるキリスト教徒への迫害が拡大してきている。イラクではフセイン政権時代、政府高官に多数のキリスト教徒が占めていたが、ここにきてキリスト教徒を狙ったテロや拉致が頻繁に発生し、キリスト教建物が爆破されている。イラク戦争前に約120万人いたキリスト系住民の半数が隣国などに亡命していったという情報もあるほどだ。
 カルデア典礼カトリック教会バクダッド教区関係者は「信者の亡命は現在でも続いている。このままいくと、キリスト教会自体が存続できなくなる」といった懸念を抱いているほどだ。カルデア典礼教会だけでも80万人から50万人に信者が減少したという。彼らの一部は隣国トルコに逃げている。
 エジプトではコプト典礼カトリック信者がさまざまな弾圧や不公平な扱われ方をしているという。今年4月には、エジプト第2の都市であるアレクサンドリアでイスラム教徒が3カ所のコプト教会を襲撃、1人を殺害し、少なくとも12人に重傷を負わした。エジプトではイスラム教徒が主流だが、コプト系キリスト教徒も人口の約1割いる。ここにきてイスラム教徒とコプト系教徒間の衝突が絶えない。
 ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区ガザでも9月、キリスト教関連施設とギリシャ正教の建物に爆弾が仕掛けられるという事件が起きている。パレスチナ自治区のキリスト教会襲撃事件は、ローマ法王べネディクト16世のイスラム教中傷発言に怒ったイスラム教側の抗議行動という様相が濃厚だ。
 イラク出身の友人は「中東ではキリスト者はハイ・ソサエティに属する者が多かった。イラクのフセイン政権時代のタレク・アジズ副首相もカルデア典礼のカトリック信者だったし、シリアのバース党創設者ミシェル・アフラク氏はギリシャ正教徒だった。キリスト教会は独自の教育システムを構築して信者たちに高等教育を施した。イスラム教は子弟の教育体制では遅れを取っていた。しかし、イラク戦争後、状況は変わってきた。中東では少数宗派のキリスト教徒も攻撃対象となってきたのだ」と説明した。

奥克彦氏の「イラク便り」

 イラク戦争後の復興活動に従事していた奥克彦氏と井ノ上正盛氏の2人の日本人外交官がイラク中部のティクリートで何者かに射殺されて11月で3年目を迎える。
 ウィーンの日本情報文化センターで先日、奥氏がイラク復興現場から外務省ホームページに送信していた「イラク便り」を借りて読んだ。「イラク便り」は「復興人道支援221日間の全記録」として一冊の本にまとめられている。復興活動の内容が淡々と記述されているが、奥氏のイラク復興への情熱と決意が伝わってくる。
 バグダッド市民のたんぱく質源マスグーフ(鯛)やホブズやサムーンと呼ばれるイラクのパン、ラマダーン中の夕食時のスープ「ショールバ」などにもトライするなど、奥氏はイラク国民の心情を理解するために積極的に国民と接触していったことが分かる。
 その一方、「イラク便り」の読後、考えさせられた。奥氏や井ノ上氏がその命を払ったイラク復興はその後どうなったのだろうか。両外交官の犠牲後の過去3年間で議会選挙が実施され、民族の代表が選出されるなど、政治プロセスは前進した。しかし、国内の治安は正直に言って悪化している。奥氏が復興活動中にも、バグダッドで国連特使のデ・メロ代表が2003年8月、国連事務所爆破テロで亡くなり、イラク南部で展開中のイタリア国家警察部隊が同年11月攻撃を受け、多数のイタリア人が犠牲となったが、その後もテロ事件は絶えない。
 今年10月18日には、米兵士11人が死亡したことが明らかになったばかりだ。イラクでの米兵士の死者数は上昇している。イラク駐留多国籍軍によれば、ラマダーン期間の1カ月間だけでイラク軍の300人が死亡したという。米国内では、イラクの現状がベトナム時代と酷似してきたという懸念すら聞こえ出した。
 奥氏はその「イラク便り」の中で「犠牲になった尊い命から私たちが汲み取るべきは、テロとの戦いに屈しないと言う強い決意ではないでしょうか。テロは世界のどこでも起こりうるものです。テロリストの放逐は全員の課題なのです」と記述している。テロとの戦いは長い。奥氏の決意を相続したいものだ。

日本人旅行者の安全感覚

 音楽の都ウィーンを訪問する日本人旅行者は相変わらず多い。特に、今年はモーツァルト生誕250周年ということもあって、特に目立つ。
 同時に、ホテル内や路上で置き引きやスリにあう日本人旅行者も増えている。駐オーストリアの日本大使館領事部に通報された被害件数だけでも9月は置き引きとスリの総件数は10件あった。
 置き引きの内容をみると、ホテルのレストランで食事中、足元に置いていたバックが盗まれたとか、ビュッフェ式の朝食時に、食事を取りに行っている間に、バックを盗まれたといったものだ。ある日本人旅行者は駅のコインロッカーで鍵を忘れ、大型リュックサックを盗まれたり、駅構内で電話中、バックを盗まれたケースも報告されている。
 一方、スリの場合、9月は4件報告されている。市内観光中にバックやリュックサックから貴重品を盗まれている。日本領事部に届け出のないスリ件数は報告されたものの数倍はあると推測されている。
 好奇心の強い当方は先日、日本人旅行者が置き引きに頻繁にあうというウィーン市のホテルを視察した。ホテル名はここでは公表できないが、日本人団体旅行客が利用する一流ホテルだ。ベット数309の同ホテルでの日本人ベット占有率は16%。すなわち、このホテルにとっては、日本人旅行者は文字通り、ホテルの経営を支えてくれるお得意さんだ。その日本人旅行者がこのホテルで置き引きの餌食となっているというから、深刻だ。最近も1人の日本人旅行者が同ホテル内でラップトップを盗まれている。
 当方は記者証を提示して訪問理由を説明し、マネージャーにホテル内の安全管理について質問した。1年半前からホテルの要所に監視カメラを設置する一方、3人のセキュリテイーが24時間体制で安全管理しているという。置き引き犯人は外部から侵入した者で、複数と見られているが、犯人は逮捕されていない、と丁寧に説明してくれた。
 若いマネージャーは「われわれは旅行者の安全と快適な旅行のために最善を尽くしているが、旅行者も自分の持ち物ぐらいは気をつけなければならない」と強調した。その通りだろう。ラップトップを失った日本人旅行者はロビーにラップトップを置いて別の所に行ってしまっている間に盗まれている。置き引きは犠牲者とグループ引率者の責任というホテル側の主張は当たっている。「日本人の安全感覚に問題がある」という印象を受けた。
 日本の旅行者の皆さん、日本を一歩外に出られたならば、あなたは置き引きとスリに狙われていることをお忘れなく。

欧州最初の北朝鮮情報誌が発行

 「オーストリア・北朝鮮友好協会」のアドルフ・ピルツ会長は当方を笑顔で迎えてくれた。念願の欧州最初の北朝鮮情報誌が出来上がったのだ。タイトルは「Fokus KDVR」。第1号の表紙は南浦ダムのカラー写真が飾っている。8頁の小誌だが、「北朝鮮の情報誌を目指している」というだけあって、編集者の意欲が伝わってくる。年4回発行、部数は100部だ。当方が「なかなかの出来ですね」というと、ピルツ会長は「これからは北朝鮮の文化や歴史も紹介していきたい」と説明し、駐オーストリアの全大使館に同誌を郵送するという。
 税理士・ピルツ会長の北朝鮮との関係は長い。4代の歴代大使と付き合ってきた。北朝鮮最高指導者・金正日労働党総書記の海外資金管理人と見られる権栄録氏の税務署への所得報告書を担当していることからみても、北朝鮮のピルツ会長への信頼が高いことが伺える。ピルツ氏が協会会長に選出された背景には、駐オーストリアの金光燮・北朝鮮大使(金正日総書記の義弟)の強い後押しがあったともいわれているほどだ。
 協会の今後の活動方針を聞いた。会長は「来年3月にはオーストリア郵便切手協会と連携して郵便切手の展示会を開催するほか、さまざまな文化行事も考えている」という一方、「いつものことだが、全ては平壌指導部の決定に依存しているがね」と笑った。ピルツ氏は過去、人参茶工場やアジア治療センターなど、経済プロジェクトを推進したが、土壇場で平壌の変更に遭遇し、計画が頓挫した苦い経験を味わっている。そのためか、会長の発言は最近、慎重となってきた面がある。
 最後に、当方は「会長は北朝鮮の核実験をどのように見ているのか」と聞いてみた。ピルツ会長は「自分も金大使に核実験の意図について聞いたばかりだ。金大使は核実験の目的を、(胴颪龍睛酸裁を解除させる、■競国協議を再開し、米国と優位に交渉することの2点を挙げていた。協会会長としては、米朝間の交渉が実現され、平和的に核問題が解決することを期待しているがね」と語った。

べネディクト16世のユダ観

 当方は先月、「ユダの名誉回復はあり得るか」という題のコラムを書いたが、ローマ・カトリック教会最高指導者ローマ法王べネディクト16世は18日、サンピエトロ広場の一般接見の際、イエスの12弟子の1人であったイスカリオテ・ユダに言及し、イエスが何故、自分を裏切る人物を12弟子に選び、信頼してグループの会計係を担当させたのか、と疑問を呈している。
 ローマ法王はユダがイエスを裏切った主因として、ゞ眩欲、▲瓮轡観の相違の2点を紹介している。そして、「悪魔はすでにシモンの子イスカリオテのユダの心に、イエスを裏切ろうとする思いを入れていた」(ヨハネによる福音書13章2節)、「12弟子のひとりで、イスカリオテと呼ばれていたユダにサタンが入った」(ルカによる福音書22章3節)という聖句を紹介して、ユダが最終的には悪魔の誘惑に負けたと説明し、「ユダの裏切りは1つの神秘である」と強調する一方、「イエスは人間の自由を尊重されている」と指摘することで、ユダがその自由の行使で失敗したとの認識を明らかにした。
 興味ある点は、法王がユダの裏切り後に展開されるイエスの十字架には言及していないことだ。法王にとっては、イエスの十字架は必然的な道であり、「イエスの十字架」と「12弟子ユダの裏切り」はまったく別物語となるわけだ。ユダの裏切りを「神秘」という表現で総括し、その結果生じた「イエスの十字架」については意図的にか、考えを巡らしていないのだ。ユダの裏切りが遠因となり、イエスが十字架に行かざるを得なくなったと主張した場合、ユダが神の摂理である「十字架の救済」の道を切り開いた人物となり、その名誉回復が問われる危険性が出てくるからだ。
 「十字架が神の摂理」という固定概念に囚われている限り、ユダの行動もその後のイエスの十字架の道も「神秘」という誌的な表現でしか説明できなくなるわけだ。カトリック教理の権威者・べネディクト16世には発想の転換が必要だ。

「確約」の信用度

 ライス米国務長官は19日、安倍晋三首相との会談で「米国は日本の安全を防衛する決意を有している。日米同盟はいかなる挑戦にも応える能力を有している」と表明し、日本政府に防衛の確約をした。一方、ラムズフェルド米国防長官は20日、米韓両国閣僚級の安全保障協議会(SCM)後、「米国は韓国に対して『核の傘』による抑止継続を再確認する」と語り、同じように、韓国に安全の確約を明らかにしている。
 米国は北朝鮮の核実験後、日本と韓国両国が北朝鮮の核兵器に対抗するために独自の核兵器製造に乗り出すのではないか懸念している。だから、米国の「核の傘」を提供するとの確約で両国の核兵器製造への誘惑を断ちたいわけだ。
 ところで、今年はハンガリー動乱50周年だ。当時、アイゼンハワー米大統領はハンガリーの民主改革を支持、支援を示唆していたが、旧ソ連軍がブタペストに侵攻して民主化プロセスを粉砕した時、米軍は無視し続け、ハンガリー国民を失望させたことは歴史的な事実だ。チェコの自由化路線(プラハの春)でも同様だった。政治確約が常に履行されるわけではないことを端的に示した実例だ。
 ここでは「米国の確約が信用できない」といいたいのではない。政治確約というものが果たして信用できるか、という基本的な問いだ。確約した時の政治情勢と、将来、遭遇するであろう政治情勢や力関係は決して同一ではないからだ。政治情勢が変われば、確約はもはや価値がない。政敵が10年後、同盟国となり、同盟国が敵国になることだって考えられるのが国際情勢だ。例えば、米中の急接近で日米同盟が空白化するシナリオも十分に考えられる。
 だから、「確約」する側も「確約された側」も「政治確約は常に履行されるわけではない」という前提にたって冷静に受け取るべきだろう。なぜならば、国益を無視して他国への「確約」を履行する国はどこにも存在しないからだ。

グスタフ・フサークの回心

 チェコスロバキア共産政権下の最後の大統領、グスタフ・フサーク氏の名前を覚えている人はもはや少ないだろう。同氏は1968年8月にソ連軍を中心とした旧ワルシャワ条約軍がプラハに侵攻した「プラハの春」後の“正常化”のために、ソ連のブレジネフ書記長の支援を受けて共産党指導者として辣腕を振るった人物であり、チェコ国民ならばフサーク氏の名前は苦い思いをなくしては想起できない。
 そのフサーク氏が死の直前、1991年11月、ブラチスラバ病院の集中治療室のベットに横たわっていた時、同国カトリック教会の司教によって懺悔と終油の秘跡を受け、キリスト者として回心したという話は、国民に大きな衝撃を与えた。
 フサーク氏のチェコ共産党政権下では、東欧諸国の中でも最も激しい宗教弾圧が行われた。それを指導していたのがフサーク氏だった。そのフサーク氏が死の直前、迫害してきたキリストを受け入れたのだ。
 フサーク氏の回心を信じられない元共産党機関紙「ルド・プラウダ」は「フサーク氏は既に会話不能な重病にあったから、司教から懺悔や終油の秘跡を受けることは事実上不可能だった」とし、フサーク氏の回心を「陳腐な作り話」と一蹴したほどだ。それに対し、最後の瞬間に立ち会った司教は「フサーク氏は教会との和解と終油の病床秘跡を受けた」と証言し、その回心は事実であったと述べた。
 イエス・キリストを迫害してきたサウロがダマスコ近くで“復活したイエス”に出会い回心する通称“サウロの回心”(使途行伝9章1節から8節)は聖書の中でも最もよく知られた話だが、フサーク氏の回心をそれと比較することは出来ないとしても、人間フサーク氏の回心は聞く者の心を揺さぶる。なぜならば、人間の最後の瞬間、過去の過ちを悔い、許しを請うという行動は余りにも人間的であり、同時に厳粛な行為だからだ。フサーク氏が亡くなって今年11月18日で15年目を迎える。

天使の歌声

 ウィーン少年合唱団は天使の歌声と呼ばれ、その名は世界に知られている。その世界的な少年コーラス団の保護者会会長を務めるヘルバート・フリザッハー氏と会食する機会があった。同氏は今月7日、少年合唱団の保護者会会長(任期1年間)に選出されたばかりだ。
 ウィーン少年合唱団には10歳から14歳までの約100人の少年が所属し、4コーラス団に分かれている。各コーラス団は「アントン・ブルックナー」「ヨーゼフ・ハイドン」「ウォルフガング・モーツァルト」、そして「フランツ・シューベルト」といった世界的作曲家の名称で呼ばれる。4コーラス団は国内や海外で年平均300回のコンサートに参加する。(www.wsk.at)
 ウィーン少年合唱団には国際結婚の両親が多く、子弟を合唱団に所属させることを誇りとしている。フリザッハー氏によれば、「2人の日本人少年が合唱団に所属している。合唱団に入るために日本からウィーンに来た」という。その他、ドイツ、米国、スイス、イタリアからも少年が参加している。
 合唱団に入るには、筆記試験はなく、歌唱力と声の質がチェックされ、合格すれば入団できる。ただし、集団生活への適応力や性格が重要となる。少年たちは週日、寄宿舎生活で学校とコーラスの練習、コンサートと多忙なスケジュールをこなす。
 オーストリアでは一時期、ウィーン少年合唱団に子弟を送るのを躊躇する傾向が見られた。それについて、フリザッハー氏は「オーストリアの家庭は通常子供1人だ。その子供を寄宿舎生活させるのを両親が嫌う傾向があった」と説明、同国の少子化を指摘する一方、「幸い、ウィーン少年合唱団に応募する子供が増えてきている」という。
 声変わりする14歳になれば、少年たちは合唱団から卒業して、通常の学校に通う。フリザッハー氏は「合唱団での4年間、集団生活を学び、世界を旅することで見識が大きくなる。卒業しても合唱団時代の4年間を懐かしむ子供たちが多い。合唱団での生活は子供の成長にいい影響を及ぼしている」と強調した。ちなみに、ウィーン少年合唱団卒の著名人には作曲家フランツ・シューベルトがいる。
 フリザッハー氏は「日本人ファンの皆さんに良い知らせがある。ウィーン少年合唱団が来年5月から6月にかけて日本でコンサートを開く予定だ」と明らかにしてくれた。天使の歌声が再び日本全土に響き渡ることだろう。

ギャンブラーの自嘲

 当方は1人のギャンブラーを知っている。というより、長年、否応なく顔を突き合わせてきた。国連記者室の当方のデスクから、そのギャンブラーの顔をいつも見てきた。多分、もう暫くは見つめ続けなければならないだろう。
 そのギャンブラーの詳細な身元はいえないが、当方と同じように、ジャーナリストだ。冷戦時代にはBBC放送や「ドイチェ・べレ」で結構、いい仕事をしてきた。しかし、当時からギャンブラーだった。口座に入ってくる給料やインタビュー代は直ぐ消えた。もちろん、カジノ通いでだ。
 彼は昔、金持ちだった。その時、カジノ通いを覚えてしまった。しかし、数年で全ての持ち金を失った。ウィーンのカジノ・ファンならば、彼の名前を知っている。それほど、彼は伝説的なギャンブラーだった。しかし、ギャンブラーで金を貯める人間は少ない。ほとんどが財産を失っていく。彼もその中の1人だ。彼はオーストリアのカジノでは遊べなくなった。借金が溜まり、裁判で破産宣言を受けたからだ。オーストリアのカジノでは、彼の名前はブラックリストに載っている。
 その後、暫くはカジノ通いを止めた。というより、通えなかった。しかし、どうやら、また始まったのだ。今度はオーストリア国境に近いチェコのカジノへ通い出したのだ。車で1時間のところだ。
 徹夜でカジノで遊んできた彼は翌日、記者室に現れると当方に「最初は良かったが、最後はスッカラカンになってしまったよ」という。当方は「勝った段階で止めればいいのに。最後までするから、全てを失うんだよ」と、これまた過去、何度もいってきた台詞を繰り返す。効果がないことを知っている。勝っている段階で止めるのならば、破産などしなかったはずだ。
 当方は彼に1度聞いたことがある。「なぜ、ギャンブルをするのか」と。彼曰く「お前には分からないだろうが、ギャンブルには膨大なエネルギーと集中力が必要だ。全てを忘れてルーレットを追う。馬鹿かもしれないが、いつも今度こそは当たると確信が沸いてくるのだ。だから、また遊ぶ。1度、このサークルに落ちると、もはや出てこれなくなるのだ」と説明し、「多分、自分は病気だ」と自嘲的に笑った。
 「彼は馬鹿ではない。馬鹿だったら、大臣などとインタビューできない。しかし、自分でもいっていたように、彼は病気なのだ」
 同業者の姿をデスク越しに見ながら、当方は少々やりきれなくなり、深い溜息をついた。
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