ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2006年11月

国連加盟資格が疑わしい北朝鮮

 「主体思想」を国是とする北朝鮮が国際社会から孤立しているように、同国の外交官も国連の外交官社会でその存在基盤がない。第3国連都市のウィーン国連では花形機関の国連原子力機関(IAEA)を筆頭に包括的核実験禁止機構(CTBTO)国連薬物犯罪事務局(UNODC)国際麻薬統制委員会(INCB)国連工業開発機関(UNIDO)などの本部があるが、その国連機関の定例会期に北朝鮮外交官が姿を見せることはほとんどない。唯一の例外は、北朝鮮との間で経済プロジェクトが進められているUNIDOの総会ぐらいだろうか。
 北朝鮮は2003年、IAEAから再度脱退した一方、CTBT条約には署名も批准もしていない未加盟国だ。麻薬犯罪関連のUNODCやINCBの会合には国連加盟国ならば出席できるが、麻薬密売や不法経済活動に国家レベルで関与している疑いが強い北朝鮮の外交官が参加したと聞いたことがない。北朝鮮側も批判対象となることを避けたいはずだ。
 北朝鮮は1991年9月、韓国と同時に国連加盟したが、核問題でニューヨーク国連本部の安保理事会で反論する時や、ジュネーブ欧州本部で開催される国連人権理事会で日本の戦争犯罪を追及したり、日本人拉致問題で弁明する以外、北朝鮮外交官の声を聞くことはない。すなわち、北朝鮮には、アラブ諸国やアフリカ諸国のような国連を舞台とした外交が存在しないことになる。
 それでは、国連担当の北朝鮮外交官は何をしているのか。当方が知る限りでは、該当する国連機関事務局から郵送される会合や会期の報告を読む一方、同盟国の中国外交官と交流して情報を入手するといった最小限度の活動に制限されている。
 米国のボルトン国連大使は10月14日の安保理協議で、北朝鮮の朴吉淵国連大使が制裁決議の受け入れを拒否して退席した直後、「北朝鮮には国連加盟の資格がない」と批判したが、ボルトン氏の発言は決して間違いではないだろう。国連決議を無視する一方、国家レベルで不法な麻薬取引に関与しているとすれば、国連憲章第2章(加盟国の地位)の明確な違反となるからだ。北朝鮮には国連外交がないだけではなく、国連加盟の資格すら疑わしいわけだ。

紫煙の行方

 欧州では禁煙運動が活発だ。アルプスの小国オーストリアでも公共施設の禁煙の方向で準備が進められている。もちろん、たばこ業界ロビイストや愛煙家たちの激しい巻き返しはあるが、欧州の大勢は公共場所の全面禁煙にある。
 アイルランドが2004年4月、欧州で初めて禁煙を決定したのを皮切りに、他の欧州連合(EU)の加盟国も禁煙に乗り出してきた。イタリアとスウェーデンは昨年から実施。フランスでも来年2月から厳しい規制が施行される。第一段階として公共施設での禁煙だ。08年からは喫茶店、レストラン、ディスコでも禁止される。いずれにしても、愛煙家を取り巻く環境は一段と厳しくなってきたわけだ。
 共産政権時代、当方は多くの愛煙家と出会った。彼らは当時、反体制派活動家として活動し、ある者は長い間、刑務所や収容所生活を余儀なくされてきた。
 その1人、チェコスロバキアの反体制運動「憲章77」のリーダー、バツラフ・ハベル氏(元大統領)は愛煙家で有名だ。同氏は5年余り刑務所生活を体験している。同氏は後日、喫煙が原因で肺疾患に悩まされている。当方との会見時にも同氏の口からは紫煙が上がっていた。また、中国の著名な反体制派活動家の魏京生氏は文字通り、ヘビー・スモーカーだ。休みなく紫煙を上げていた。当方がウィーンで同氏とインタビューした時も、煙の隙間から同氏の表情を追ったほどだ。同氏は通算18年間、収容所生活を送っている。
 愛煙家のハベル氏と魏京生氏は、国は異なるが収容生活を体験している。喫煙以外の楽しみがなかった収容生活で、反体制派活動家は紫煙の行方を追って慰めを感じていたのだろうと想像する。
 愛煙家・ハベル氏も魏京生氏も共産政権の反体制派活動家であるが、禁煙攻勢を受ける現在の愛煙家は次第に社会の反体制派と見なされてきた。両氏と違うのは、現代の反体制派愛煙家には喫煙以外の楽しみがあるということだ。

キリスト教再統一最大の障害

 ローマ・カトリック教会最高指導者ローマ法王ベネディクト16世と英国国教会(聖公会)の最高指導者ローワン・ウイリアムズ・カンタベリー大主教の首脳会談が23日、バチカン法王庁で行われた。キリスト教一致推進評議会議長のヴァルター・カスパー枢機卿は会談後、「会談は両派の対話の一環だ」と説明する一方、両派間で見解の相違が存在することを示唆した。具体的には、女性聖職者問題、同性愛問題だ。
 ローマ・カトリック教会(旧教)、プロテスタント(新教)、ギリシャ正教など各派に分裂したキリスト教会の再統一運動がさまざまな方面で展開されてきたが、ここにきて、「同性愛問題」がキリスト教再統一を妨害する最大の障害となってきた。カスパー枢機卿はブラジルで開催された世界教会協議会大会で「同性愛問題がキリスト教の再統一を一層、困難にしている」と証言しているほどだ。
 例えば、米聖公会は2003年、同性愛者を主教に任命し、最近では、英国国教会(聖公会)のロンドン教区補主教が同性愛者の男性を司祭に任命したばかりだ。その一方、英メソジスト教会は今年7月、同性間の結婚を認めないと決定するなど、聖公会内で同性愛問題への対応で相違が出てきている。ロシア正教は昨年12月、スウェーデンの福音ルーテル教会(国教会)が同性間の結婚公認を決定したことを受け、関係を断っているほどだ。
 世界に約11億人の信者を有する最大キリスト教会の総本山バチカン法王庁は昨年11月29日、カトリック司教に対し、同性愛やその傾向のある神学生を聖職に着かせないことを指示した文書を公表した。すなわち、同性愛実践者、同性愛指向が強い人、同性愛文化を支持する者は聖職に就任させない一方、〆把磽廓間、同性愛から遠ざかった者、既に聖職にある同性愛者の2点を例外としている。
 オーストリア・カトリック教会最高指導者グロァ枢機卿が教え子の神学生に対して性的問題を犯したことが発覚し、同枢機卿が辞任に追い込まれるなど、教会高位聖職者の性スキャンダル(同性愛問題)は後を絶えない。同性愛問題は現在、世界のキリスト教会の内部にまで浸透してきている。

コソボからの良きニュース

 「セルビア人とアルバニア人の協力で破壊されたセルビア正教建物が再建された」―。セルビア共和国コソボ自治州の州都プリシュティナで24日、「2004年3月暴動で破壊された正教教会・修道院再建委員会」がこのように報告した。
 再建されたのはアルバニア系民族武装勢力が04年に破壊した4つの正教教会だ。年内には別の7つの正教建物の外装作業が完了する予定という。
 同委員会議長の欧州会議のエッマ・カルミチェル氏によると、本年度再建工費は230万ユーロ。同予算はコソボ自治州への拠出費から捻出されたもので、資金管理は委員会が担当してきた。委員会は、欧州会議代表のほか、正教関係者、コソボ文化省、そしてセルビア記念物保護局の関係者から構成されている。
 来年度は04年暴動で破壊された35件の内、16件の正教建物・修道院の修復が計画されている。カルミチェル氏は「再建計画でセルビア正教側の協力は高く評価される」と称賛することを忘れなかった。
 セルビア共和国に帰属するコソボ自治州の最終地位交渉は昨年11月にスタートし、年内に最終決着する予定だったが、セルビア共和国で来年1月21日に議会選挙が実施されるため、コソボ自治州の最終地位の結論は来年月末に延期された経緯がある。交渉では、セルビア側が人口の90%をアルバニア系住民で占められるコソボ自治州の独立に強く反対する一方、コソボ側が独立以外の選択肢を考えていない。そのため、両者の交渉はこれまでも難航してきた。
 セルビア共和国はミロシェビッチ元大統領の民族紛争の責任を問われ、国際社会では批判の対象となってきた。大セルビア主義を精神的に支えてきたセルビア正教への風当たりも強い。コソボ自治州だけではなく、ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボでもセルビア系住民が逃避し、急速に拡大するイスラム寺院の中でセルビア正教教会は輝きを失ってきた。
 そのような中で、過去、紛争した民族がお互いに手を取って破壊された教会の再建に乗り出してきたわけだ。コソボ自治州の正教教会・修道院再建計画はプリシュティナからの久しぶりの良きニュースだ。

パンツ姿の外相

 政治家や著名人とのインタビューは時が経っても忘れられないものだ。うまくいったインタビューも思い出だが、うまくいかなかった会見やハプニングが生じたインタビューの方が後で懐かしく思い出す。ここでは、後者のケースを少し紹介してみたい。
 冷戦時代、チェコスロバキアの民主化をバツラフ・ハベル氏と共に推進したローマ・カトリック教会のトマーシェック枢機卿と会見した時だ。同枢機卿とはその前にも2度、会見したことがあったが、最後となった3度目の会見で汗をかくことになった。枢機卿の健康状況が悪く、会見時間は遅れる一方、会見では質問に答えられない、といった状況だった。当方が質問すると、枢機卿は苦しそうに返答されるが、その内容が聞き取れない。お付きの関係者は何も手伝ってくれない。当方は準備してきた質問リストを見ながら、枢機卿に聞いたが、「そうだ」「期待する」といった短い返答がかろうじて戻ってくるだけだった。もちろん、会見後、当方はどのようにして会見記事を書くべきか頭を悩ましたことはいうまでもない。質問に対し、「そうだ」「期待する」だけの会見では記事にならないからだ。民主化の中心人物であった枢機卿との会見をボツにしなければならないことは心苦しかった。
 一方、スリランカのティロン・フェルナンド外相(当時)と会見した時だ(2003年7月)。駐オーストリアの同国大使館の公使を通じて会見の約束を取った当方は、勇んで外相の宿泊するホテルに向かった。ホテルに着くと外相の部屋に直行し、部屋の戸を叩いた。すると、上はワイシャツを着ているが、下はボクサー・ショーツ風のパンツ1つの男性が出てきたではないか。再度ビックリしたが、その男性が会見相手の外相だったのだ。読者の中にはこの話を信じられない人もいると思う。当方も体験しなければ信じられない。しかし、事実は小説より奇なりだ。
 外相は当方の身元に不信感を露にした。当方は「大使館の紹介を受けました」と説明すると、外相は「大使館から何も聞いていないよ」という。当方が「そんなはずがない。大使館の公使が外相の宿泊先ホテル名と部屋の番号を教えてくれました」と主張すると、外相は少し笑いながら、「まあ、いいだろう。君は日本人記者だね」というと、会見が始まった。当時、外相は国連事務総長選の立候補を表明したばかりだった。質問も国内の反政府組織「タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)」問題のほか、国連事務総長選の抱負などに集中した。
 会見が終わり、当方が外相の写真を撮ろうとした時、外相は「君、上だけを取るんだよ」と注文をつけた。外相は会見中もボクサー・ショーツ(パンツ)1枚の姿であったのだ。同外相はその後、事務総長選から離脱したが、国連事務総長に当選でもしていたならば、当方は「新国連事務総長のパンツ姿の写真を持っている唯一の記者」となるはずだった。
 外相のために弁明しておくが、その年の夏は通常以上に暑い日々が続いていた。部屋の中でパンツ1枚で過ごす男性は外相1人だけではなかったということだ。

ラビ「宗教の国連」創設を提唱

 日本は今年12月18日に国連加盟50周年を迎え、国民の国連機関への関心は深まってきている一方、第2次世界大戦後の政治産物である現国連機関の改革を求める声が高まってきている。
 ニューヨーク本部、ジュネーブ欧州本部に続き、第3の国連都市ウィーンの国連報道室にデスクを構えている当方も、国連の素晴らしさと同時に、問題点なども感じてきた。当ブログでも機会ある度に紹介してきたが、「192カ国の加盟国が参加する国連の外交が、加盟国の国益中心で展開されている現状では、機構を改革したとしても、国連本来の役割を履行できない。器を変えても、その中身が同じでは何も変わらない」といった少々悲観的な感想を持っている。
 国連は2000年9月のミレニアム・サミットで「21世紀における国連の役割」について検討し、世界中の全ての人がグロバール化の恩恵を受けることができるための行動計画を提示した「国連ミレニアム宣言」を採択した。具体的には貧困、教育、環境などの8項目(ミレニアム開発目標)を掲げたが、主要大国の思惑も絡み、その計画履行は遅れている。例えば、先進諸国と開発途上国の国益は明らかに異なるからだ。
 さまざまな国連改革案が提出されているが、その中の1つとして、イスラエルのユダヤ教ラビ、ヨナ・メッガー師が3月26日、スペインのセビリアで開催された「平和のためのイマームとラビの国際会議」で主要宗教の代表が結集した「宗教の国連」の創設を提唱している。同会議に参加した宗教者たちは異口同音に、「世界の平和実現への宗教者の役割」を強調した。
 「宗教と政治の分離」に固執する有識者からは「宗教が政治問題に関与することは好ましくない」といった反発が聞こえてくる。それでは「国益に縛られる政治家や外交官が果たして紛争や貧困問題を解決してきただろうか」と、真摯に過去を振り返ってみる必要があろう 。
 一方、「宗教の国連」を提唱する以上、その前提として、宗教、宗派の協調・統合が重要となる。宗派間、宗教間で対立、いがみ合いが続くようでは、現国連と同様、「宗教の国連」も機能しないからだ。
 国連改革といえば、安保理改革などの機構改革に集約されやすい。そのような中で、「宗教の国連」創設案は、「器」から「中身」の改革を目指す試みといえる。その点、同案は非常に魅力的だ。


法王の冒険に満ちたトルコ訪問

 ローマ・カトリック教会最高指導者ローマ法王ベネディクト16世は今月28日から12月1日まで、イスラム教国のトルコを訪問(司牧)する。同16世が9月、訪問先のドイツのレーゲンスブルク大学での講演で、イスラム教に対し「モハメットがもたらしたものは邪悪と残酷だけだ」と批判したビザンチン帝国皇帝の言葉を引用したことを契機に、世界のイスラム教徒から激しい反発が起きただけに、訪問先のトルコ国内でもローマ法王訪問反対の声が高まってきている。
 トルコ訪問は2005年4月の法王就任以来、ドイツやポーランドなどに続き法王の第5回目の海外訪問であり、欧州外としては初めてだ。ラジオ・バチカン放送によれば、法王はトルコ訪問に新国務長官タルチジオ・ベルトーネ枢機卿ら5人の枢機卿を随伴させる。
 バチカン法王庁が公表した訪問日程を見ると、法王は11月28日午後1時、トルコの首都アンカラに到着後、アフメット・ネジデット・セゼル大統領、国家宗教局(DIYANET)責任者と会合する。翌日29日にエフェソスで記念礼拝が計画されている。エフェソスは431年に公会議が開かれ、ネストリウス派が異端と宣言された所だ。そして30日、イズミルを経てイスタンブールを訪問、そこでギリシャ正教の精神的指導者バルトロメオス1世と会合、カトリック教会と正教間の対話促進などを明記した共同声明文に署名する。同1世との会合は今回の法王トルコ訪問の頂点となる予定だ。法王は12月1日午後(現地時間)、ローマに戻る。
 トルコのエルドアン首相は当初、ローマ法王のトルコ訪問中はラトビアのリガで開催される北大西洋条約機構(NATO)首脳会談出席中という理由から、ベネディクト16世との会見を予定していなかったが、「NATO首脳会談後の今月30日にイスタンブールでベネデイクト16世と会見する方向で調整済み」(バチカン法王庁外交筋)という。
 エルドアン首相が急遽会見を決めた背景には、「ローマ法王との会見を回避したという国内外の批判を避けたいという政治的配慮が働いた」からと受け取られている。
 一方、ベネディクト16世にとってトルコ訪問は、レーゲンスブルク大学の演説内容に怒るイスラム教徒の厳しい批判の声に直面する機会となるかもしれない。少なくとも、トルコ訪問はローマ法王就任後、最大の冒険に満ちた訪問となることだけは確実だ。

レバノン大使の離任パーティ

 駐オーストリア国連機関のサミーア・ジャマ・レバノン大使の離任パーティが22日夜、ウィーンの同国大使公邸で開催された。同大使が駐日本大使を歴任していたこともあって、当方は大使の就任当初からお付き合いをしてもらっていたこともあって、招待状をもらった。
 同日はレバノンのナショナル・デー(独立記念日)でもあったので、駐ウィーンの外交官や国際機関の高官も招かれていた。夜7時ごろには、公邸内はゲストで一杯となった。大使の人脈の広さを証明していた。
 当方は早速、招待に感謝を述べる一方、「オーストリア滞在も長かったですね」というと、大使は「6年になるだろう」と笑って答えた。大使の任期としては長い。2週間後にベイルートに帰国するという。
 大使とは日本赤軍問題が契機で知り合いになった。レバノン議会議長がウィーンを訪問し、大使館内でアラブ系記者団を招いて記者会見があった。その時、大使を通じて会見に特別参加させてもらった上、国会議長への質問できた。当方の質問はレバノン滞在の日本赤軍の引渡し問題だったと記憶する。大使が当方の質問を苦笑いしながら聞いていたことを思い出す。
 今夏、イスラム教シーア派武装組織ヒズボラがイスラエル兵士を拉致したことが契機となって、イスラエル軍とヒズボラ間で激しい武力衝突が勃発し、今月21日にはベイルート近郊でピエール・ジュマイエル産業相が武装した何者かに暗殺されたばかりだ。大使の母国からのニュースは心痛むものが多い。
 大使はメディア機関からのインタビュー申し出をほとんど退けることで有名だ。そのため、当地のメディア受けは悪い。「失言を恐れているだけだ」「ポジションの維持に腐心しているだけ」といった批判の声が聞こえてくる。それに対し、大使は「私はメディア機関と会見できる資格を政府から受けていないからだ」と弁明する。
 当方も大使の口が堅いことを体験している。中東紛争地のレバノン情勢は複雑だ。誤解される発言を回避しなければならない。キリスト者の大使がメディアに口を閉ざすことも理解できる。レバノン大使がメディア関係者と自由に語らいの出来る時の到来を期待している。

IAEA査察官の衝撃的な証言

 北朝鮮は10月9日、国際社会の必死のアピールにもかかわらず、核実験を強行、同国の核兵器製造能力を内外に誇示したが、ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)が北朝鮮の核実験前から「北朝鮮に核兵器製造の能力有り」との事実を掌握していたことが明らかになった。
 北朝鮮は2002年12月、北朝鮮の寧辺周辺核施設を査察してきたIAEA査察員を国外退去させたが、その査察員の1人がこのほど当方の質問に答え、「北朝鮮の核実験のニュースを聞いても何も驚かなかった。なぜならば、北朝鮮が核兵器開発能力を有していることは査察員にとっては当時から明白だったからだ。平壌が核兵器の小型化にも成功していた事実も掴んでいた」と、衝撃的な証言をした。
 同査察官の発言を裏付けるように、エルバラダイ事務局長は8月31日、ウィーンのホフブルク宮殿で開催された包括的核実験禁止条約(CTBT)の署名開始10周年記念シンポジウムで基調演説をし、「世界には今日、9カ国の核保有国が存在する」と指摘、米英仏ロ中の国連安保保障理事国5カ国とインド、パキスタン、イスラエルの3国に加え、北朝鮮を核保有国として認知する発言をしていることだ。
 同事務局長は「北朝鮮が核兵器を開発済みだ」とまで断言している。繰り返すが、同事務局長の発言は北朝鮮の核実験実施40日前だ。同発言を聞いていた外交官たちは「事務局長の9カ国発言」の真意に首を傾げたものだ。なぜならば、北朝鮮は核実験をまだ履行していなかった上、同国の核兵器保有能力については懐疑的な意見が欧米では主流を占めていたからだ。
 ここまでくると、1つのことが明確になってくる。エルバラダイ事務局長は北朝鮮の核兵器製造能力を既に知っていたのだ。その情報源は北朝鮮の核施設を査察してきた査察員からきたことはいうまでもない。
 エルバラダイ事務局長は理事会では「査察員が国外退去させられて以来、IAEAは北朝鮮の核計画を検証できない」と主張し、同国の核兵器製造能力については一切の言及を避けてきた経緯がある。
 それではなぜ、IAEAはその査察情報を公表しなかったのだろうか。先の査察官は「IAEAは過去、技術専門機関の枠を超えて政治的に走ったことがある」と述べ、IAEAが北朝鮮核問題への対応で間違いを犯したことを間接的ながら示唆した。北朝鮮の核実験実施は、「原子力の平和利用の促進」を主要目標とするIAEAの敗北をも意味する。

イラク女性は男性より勇気

 バグダッド出身のラジャ・アル・クザイ女史は22日、ウィーンのホテル内で開かれた記者会見で「フセイン政権の崩壊後、議会選挙が実施されたが、テロリストの襲撃対象でもあった投票場に最初に足を運んだのは男性ではなく、女性だった。イラクでは女性の方が男性より勇気があるのよ」と笑いながら語った。
 非政府組織(NGO)の「国境なき女性」の招きでウィーン入りしたアル・クザイ女史(60)は暫定政権メンバーであり、婦人科医だ。女性の人権尊重運動などが評価されて2004年度ノーベル平和賞の候補者にも挙がったことがある。
 同女史は「フセイ政権が崩壊されて、われわれは言論の自由を得た。それまでは自由に話すことすらできなかった。国民は何でも自由に語れるようになった。これは素晴らしいことだ。女性の社会進出も活発化している。議会議員の25%は女性議員であり、4人の女性閣僚がいる」と説明する一方、「治安問題は深刻だ。ショッピングも行けなくなった。特に、女性はイスラム根本主義テロリストの襲撃対象であり、私の多くの知人も射殺されている」と指摘、治安の悪化を利用するさまざまな犯罪グループが暗躍してきたという。
 イラクでは失業率が現在65%以上だ。女史は「雇用状況が改善されれば、治安も落ち着くはずだ。テロリストは失業中の国民に接近して、金をちらつかせて容易くオルグしている」と述べた。
 同女史によると、平均1日3000人の国民が治安を憂いて国外に逃避する一方、バグダッドの病院では医療機材の不足の上、専門医もいなく、医学生が患者を治療している状況だ。最近、がん患者が増加してきたという。
 同女史は「イラク国民は互いに殺害するような民族ではない。テロの背景には第3勢力が関与しているはずだ」と指摘し、国際テロ組織「アルカイダ」の名前を挙げた。
 アル・クザイ女史は「状況が厳しいだけに、イラク国民は楽天的になるべきだ」と強調、祖国再建に女性が先頭に立って取り組んでいくという強い決意を吐露した。同女史は夫を失った女性の支援のために「未亡人組織」を創設している。

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