ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2006年12月

「霊界」について語ろう

 2006年度の最後のコラムとなります。そこでコラムの筆者として、当方はここで日頃から考えてきたことを語り、読者の皆さんと分かち合いたいと思います。「人間は泣きながら生まれてくる存在」(シェイクスピアの史劇「リヤ王」)と云われ、生まれたその日から死に向かっている存在です。そこから仏教的な諦観が生まれてきますが、諦観は人間存在の不安に対する沈静剤の役割は果たすかもしれませんが、人間が誰でも求めている「幸せ」は提供してくれません。
 当方は若い時代、「幸福論」というタイトルがついた書物を買ってきては読んだ経験があります。アランの「幸福論」からヒルテイの「幸福論」、ラッセルの「幸福論」からショーペンハウアーの「幸福について」まで読んでみました。当方の姿を見た姉が「幸福論を読み耽っているあなたは最も不幸な人間よ」と茶化したことを思い出します。姉の指摘は当たっています。幸福な人間は「幸福論」を読む必要はないのですから。逆に言いますと、巷の幸福論の本を買って読んでいる人は少なくともその時点で「幸福」ではないわけです。せいぜい幸福の追求者といえるだけです。
 それでは、「幸福を追求する」ことは無駄なことなのでしょうか。否定しようとしても否定できない、「幸福になりたい」という心の叫びはどうして出てくるのでしょうか。人間が幸福を追求すうということは、人間が幸福になれる可能性があるからではないでしょうか。ただ、どうしたら幸福になれるのかが分からないだけで、道は存在するはずです。当方はそのように考えるようになりました。
 人間の幸福を考えた場合、どうしても「霊界の存在」と関ってきます。人間が肉体だけの存在である限り、リア王の諦観は正しいわけです。私たちは日々、死に向かっている存在に過ぎません。しかし、霊界が存在し、人間はその霊界と関ることが出来るものを内包した存在と分かれば、「人間は泣きながら生まれ、喜びをもって霊界に旅立つ」ことも可能ではないでしょうか。
 当方は米映画「Frequency」(2000年作、デニス・クウェード主演)を見て感動したことがあります。1度、見ていただけれ幸いです。警察官の息子と亡くなった消防士の父親がある日、無線機で交流するというSFの話です。父親は避難口を間違えて消化作業中死亡しましたが、正しい避難口から逃げていたならば、父親はまだ存在できたのです。すなわち、人の一生で多くの選択の場面に出会います。正しい選択だけでなく、間違った選択もするわけです。そのため、本来行くべき人生の行路が次第に脱線していくわけです。映画では、家族一同が助け合って間違った選択を修正し、再会するシーンで終わります。当方はそのシーンを見て涙が禁じ得ませんでした。人間は亡くなった親族、妻、友人と再会したいという願いを持っています。それは霊界の存在を薄々感じているからではないでしょうか。
 日本のメディアではこれまで、霊界といえば、オカルトと見なし、興味本位でしか扱ってきませんでした。当方は学校のイジメ問題や自殺問題も霊界の実相が分かれば、自然に解決案が見つかると考えています、日本では戦後、宗教教育が消滅しました。そのツケを現在、われわれは払わされていると感じています。当方は来年、「霊界」について機会があれば積極的に発言し、読者と共に考えていきたいと思っています。
 当方のコラムに付き合ってくださりましてありがとうございました。それでは、良い年をお迎えください。

ウィーン発スポーツ記事増える?

 モーツアルトの生誕地ザルツブルクが近くなった。直行便の話ではない。モーツアルトの生誕祭のことでもない。オーストリアのサッカークラブ「FCレッドブル・ザルツブルク」の話だ。ドイツのW杯に参加したガンバ大阪のツネ様こと宮本恒靖選手がとうとうザルツブルクのサッカー・クラブでプレーすることになったからだ。それだけではない。今季Jリーグの王者となった浦和からMF三都主アレサンドロが同じく「FCレッドブル・ザルツブルク」に移籍が決定したのだ。一挙にJリーグの2人のスターがザルツブルクにくるのだ。東京とザルツブルク間の直行便も夢ではないだろう。少なくとも、チャーター便は十分に考えられることだ。既に、日本ファンのザルツブルク詣でが始まっている。
 「FCレッドブル・ザルツブルク」はオーストリアのサッカー1部リーグで現在、圧倒的な強さを発揮してトップを走っている。リーグ開始前からリーグ優勝は織り込み済みで、目標は欧州サッカーのエリート・リーグ、欧州チャンピオン・リーグ(CL)の参加に置いている。
 現在の快進撃の背景には、レッドブルで世界に進出する飲料会社がその豊かな資金力を駆使して欧州移籍市場から有望選手をスカウトしてきたことと関連する。その一方、元イタリア代表監督を務めたジョバンニー・トラッバトー二が監督、副監督にドイツの名選手だったローター・マテウス氏が就任しているといった具合で、選手、スタッフともスター揃いの陣営だ。そこに宮本選手と三都主アレサンドロ選手がプレーするわけだ。今からでもファンならずともゾクゾクしてくる。
 ちなみに、日本のサッカー界とオーストリア・サッカー界は縁が深い。前者はW杯の常連であり、後者はW杯参加チケットを獲得出来ず低迷してきたサッカー界だが、両国サッカー界の人的交流は久しい。その突破口を開いたのが名古屋グランバスエイトで活躍したヴァスティッチ選手(現LASKリンツ所属)であり、現日本代表監督のオシム監督だ。
 海外初チャレンジの宮本、三都主アレサンドロ両選手にとって、CL参加を目標とする上昇気運のFCレッドブル・ザルツブルクは格好のクラブだろう。一方、W杯参加から久しく遠ざかってきたオーストリア・サッカー界にとっては、2人の日本選手の活躍は大きな刺激となるはずだ。同時に、日本ファンのザルツブルク詣でで経済的恩恵も期待できる。いずれにしても、来年は「ウィーン発」のスポーツ記事が増えることだけは確実だ。

さようなら、モーツアルト

 オーストリアでは今年、モーツアルト生誕250周年で始まり、終わった1年だった。モーツアルトが生まれた1月27日、生誕地ザルツブルクで記念コンサートが開幕され、亡くなった12月5日、ウィーンのシュテファン大寺院で「レクイエム」が演奏されて、250周年の幕を閉じた。モーツアルト・ファンなら忘れることが出来ない1年となったはずだ。
 モーツアルト250年生誕祭は音楽愛好家を喜ばしただけではなく、出身地のザルツブルク市ばかりか、音楽の都ウィーン市にもさまざまな恩恵を残していった。例えば、ザルツブルクを訪問する旅行者数(宿泊日数)は1月から10月までに約220万人。モーツアルト・ハウスを訪れた旅行者数は60万人を超え、前年同期比で40%急増した。一方、ウィーン市でも旅行者数(宿泊日数)は900万人を超え、新築されたばかりの「モーツアルト・ハウス」(前「フィガロ・ハウス」)の訪問者数は20万人を超え、関係者を喜ばした。もちろん、生誕250年祭に絡んだコンサートはファンで溢れ、モーツアルト・クーゲルのチョコレートの売れ行きも新記録を樹立するなど、まさに「モーツアルト様々」といった感じの1年だったわけだ。
 生誕250周年祭は経済効果だけではなく、モーツアルトの生涯を記述した書籍や学術書も書店を飾った。「ウィーンっ子によるウイーン音楽案内」(「音楽之友社」発行)の著書フランツ・エンドラー氏はその書の中で、モーツアルトを「天才という概念に歴史上もっとも近い音楽家であったことには議論の余地がない」と評しているが、モーツアルトの死亡説では音楽家アントニオ・サリエリの毒殺説が一時期大きな話題を呼ぶ一方、「レクイエム」の依頼者問題まで、天才ならではの多くの謎がこれまで世界の学者たちによって研究されてきた。
 モーツアルトが生前、嫌っていたザルツブルク市で生誕ハウスが作られ、世界から多くの音楽ファンを呼び寄せ、貴族の生活を茶化したオペラ「フィガロの結婚」を作曲したゆえに、ウィーン貴族から嫌われたモーツアルトであったが、ザルツブルク市もウィーン市も天才モーツアルトが残した音楽の遺産で生きのびてきたし、今後も生きのびていくだろう。日刊紙「クリア」は「モーツアルトにとってオーストリアは必要ではないが、オーストリアにはモーツアルトが必要だ」と書いている。次回の「モーツアルト生誕275周年」まで、さようなら、モーツアルト。

重みを増してきた「体重」

 スペインの名門サッカー・クラブ「レアル・マドリード」のファビオ・カペッロ監督はクリスマス休日に入る直前、「この休日中に体重を1・5キロ増えた選手は罰金刑だ」と激を飛ばしたと聞く。同クラブは、ロナウド選手やベッカム選手などスーパースター級の選手を抱え、FIFA(国際サッカー連盟)からは「20世紀最強のサッカークラブ」と認定されたチームだ。その監督が選手に体重管理を要求したわけだ。
 サッカー選手だけではない。クリスマス休日、体重が増える人は少なくない。家族や友人たちとの交流の機会が増え、美味しい食事に舌鼓を打つことが増えることもあって、自然に普段より食欲が出てくる。その結果、体重は増えるわけだ。しかし、プロのスポーツ選手の場合、体重を含み健康管理は必要不可欠であり、成功の鍵を握っている問題だ。体重をコントロールできない選手は試合でも成功を期待できない。カペッロ監督の激は当然だろう。
 スポーツ世界ではボクシングのように体重別の競技もあるが、多くは無差別だ。スポーツの種類によっては、体重増加は致命的な結果をもたらす場合が少なくない。スキー・ジャンプしかり、スピード・スケートしかりだ。
 ところで、「体重」問題はスポーツ界だけではなく、政界、ビジネスなどさまざまな分野でも大きな問題と見なされ出した。ロシアのプーチン大統領が閣僚たちに向かって、「体重オーバーの閣僚は解雇する」といった勅令を出した話は有名だ。ちなみに、柔道で体力を鍛えた元KGB出身のプーチン大統領の肢体は贅肉がまったくない。オペラ界でも、体重が増えたためにプリマドンナ役を失ったオペラ歌手もいる。米国のビジネス界では体重問題はリクルートする上の重要なポイントと見なされて久しい。「体重をコントロールできない人は意思薄弱タイプが多く、激しいビジネス界では生きていけない」という考えが定着しているからだ。
 体重問題はもはや個人の問題で片付けられなくなってきた。あの中国ですら、「肥満体質の家族には養子受け入れを認めない」というおふれを出しているほどだ。体重問題は次第にその「重み」を増してきた。

外交官が走るシーズン

 知り合いの外交官に電話しても事務所にいない。時間を置いて再び電話を入れるが、不在だ。同外交官は通常は昼休み前までは事務所で仕事をしているから、当方が電話をかければ、通常は直ぐに電話口に出てきて、「何かあったか」と何時もの台詞をはくものだ。
 その外交官が今週に入って捕まえられない。外交官の携帯電話番号は持っているが、緊急時以外はこちらもかけたくない。秘書によると、知人の外交官は朝から出かけているという。
 しかし、彼はけっして例外ではない。ウィーンに駐在する外交官はこのシーズン、すなわち、クリスマスから年末年始にかけては超多忙なのだ。仕事ではなく、知人やお世話になった人のためにクリスマス・プレゼントを買ったり、食事に招待したりするからだ。この時期をどのように過ごすかで、今後の歩みも決まる、というばかりに、外交官はこの期間、全力で走り回る。
 手にプレゼントの袋を抱えてロビーを動き回る国連外交官の姿が目に付く一方、外部の企業関係者もプレゼントやカレンダーを抱えて国連に頻繁にくるシーズンでもある。
 日本では過去、年始年末の過剰な贈物攻勢が問題となったことがあったが、欧州でも同じような現象はあるが、プレゼントはワイン、チョコレート、カレンダーといったもので、決して豪華なものではない。余り豪華なプレゼントをもらった場合、受け取った側が考えなければならなくなるからだ。
 コストから見た場合、食事に招待する方が予算がかかる。このシーズンに入るとウィーンの高級日本レストランはどこも予約で一杯だ。座席のかなりがゲストを接待する外交官たちで占められている。
 日頃は静かに資料に目をやったり、コンピューター・ワークや会議が多い外交官たちもこのシーズンに入ると、一斉に走り出すわけだ。彼らにとって、真の冬休みはこのシーズンが過ぎ去ってから始まるのだ。

カラオケ効果と北朝鮮人民軍

 北朝鮮最高指導者・金正日労働党総書記が兵士の士気をあげるために軍隊にカラオケ機材を大量に支給しているというニュースが流れてきた。韓国では日本から入ってきた「カラオケ」文化は久しく定着しているが、お隣りの北朝鮮でもカラオケがブームという。ただし、北朝鮮国民の間ではなく、人民軍の間でだ。もちろん、カラオケ文化の発祥地が日本ということは、金総書記や軍幹部は分かっているが、公にされることはないだろう。反日プロパガンダを展開している北朝鮮だ。国の安全を守る人民軍内で日本文化の「カラオケ」が人気を呼んでいる、なんてことが明らかになったならば、人民軍の士気を高揚させるどころの話ではなくなってしまう。
  報道によれば、金総書記は今年3月、カラオケ機材を支給された部隊で士気が高揚し、兵士たちが元気になっているとの報告に気を良くして、「カラオケ機材をもっと送ろう」と考えたという。
 北朝鮮人民軍だけではない。どの国でも兵士の士気を鼓舞することは容易ではない。軍最高指導者の金総書記の苦労は理解できるが、日本文化のカラオケが北朝鮮兵士の士気高揚に役立っているという事実は、少しシビアにいえば、常時戦争状況下に置かれた北朝鮮兵士たちが「カラオケ」で数曲歌わないと士気が上がらないという現状を反映している、とはいえないだろうか。それでは、カラオケで歌を歌う前に戦争が勃発した場合、どうするのだろうか、と心配になってくる。
 北朝鮮兵士は持続的な緊張状況下に置かれて疲労が蓄積する一方、軍備蓄の食糧もけっして十分ではないと聞くから、満足に食事をすることも出来ないはずだ。韓国兵士と北朝鮮兵士の体格比を記述した記事を読んだことがあるが、韓国兵士が身長から体重まで全ての点で北朝鮮兵士を上回っていた。果たして、カラオケ機材の支給だけで、そのハンディを克服できるだろうか。
 金正日総書記は核実験の成功後、軍を視察する回数が増えているという。カラオケ効果だけに期待しないで、金総書記には人民軍の兵士たちの置かれた赤裸々な状況をじっくりと視察してもらいたいものだ。

査察官が寧辺事務所に戻る日

 北朝鮮の核問題を協議する6カ国協議が北京で13カ月間のブランク後に再開されたが、核破棄への具体的なロードマップを迫る米国と、金融制裁の解除を最優先する北朝鮮との間で見解の差は縮まらず、次回協議(それも、いつ開かれるか分からない)に委ねることになった。米朝間の相違は予想されたことで、何も新しいことではないが、核実験を成功させたとして「核保有国」の認知を求める北朝鮮の交渉姿勢は予想以上にハードだったという印象を与える。
 一方、北朝鮮の核関連施設を検証する立場の国際原子力機関(IAEA)は北京の交渉の行方に注視する一方、「いつでも査察活動を開始できる体制を敷いている」(ハイノーネン査察局長)という。
 ところで、IAEAが北朝鮮に独自の常設事務所を持っていることは余り知られていない。IAEA査察官が2002年12月、北朝鮮当局によって国外退去させられたが、IAEAの事務所はそのままだ。エルバラダイ事務局長は定例理事会では「査察官が国外退去して以来、北朝鮮の核問題を検証する手段を失った」と報告してきたが、IAEAは北朝鮮に常設事務所を少なくともまだ保有しているのだ。
 IAEA査察官が北朝鮮当局から退去要求を受け、中国経由でウィーンのIAEA本部に戻る際、査察機材や事務機材を北朝鮮内の同事務所に置いてきたのだ。IAEA事務所は北朝鮮の核関連施設がある寧辺のゲスト・ハウスの中にある。IAEA査察局アジア部のチトンボー部長は過去、「北朝鮮に置いてきた機材回収のため、出来るだけ早い時期に北朝鮮を再訪したい」と繰り返し強調してきたのも当然だ。ちなみに、IAEA関係者によると、「北朝鮮事務所では査察活動の報告作成ばかりか、ウィーンから持参した食糧で自炊もすることがあった」という。
 国外退去させられた査察官の1人は「事務所が退去時と同じ状況のままになっている、と信じている」と述べ、「6カ国協議で合意が実現して、IAEAの寧辺事務所に戻れる日が近いことを期待する」と述べた。
 IAEA事務所が北朝鮮内にあるという事実は、換言すれば、査察官を国外撤去させた北朝鮮がIAEAに事務所の閉鎖を要求してこなかったということだが、それは何を意味しているのだろうか。北朝鮮が「(6カ国協議で核合意が実現し)いつの日かIAEAの査察官が戻ってくる」と想定している、と見るのは楽観に過ぎる?

イエス、ポーランド王に即位?

 カトリック教国家のポーランドで46人の国会議員が神の子イエスを「ポーランド王」に奉る動議を出した。同国では1656年、聖母マリアが国の女王の立場に君臨したことがある。この動議が受理されたならば、ポーランドは共和国からイエス王が治める君主国家に復帰することになる。
 ポーランド史を見ると、同国では966年、ピアスト朝がキリスト教を受け入れてキリスト教国入りしている。王朝時代は1795年、プロイセン、ロシア、オーストリアの3国に国土が分割されるまで続いた。
 ポーランドが共産政権時代に入った後も、カトリック教の信仰は国民の間で燃え続けてきた。ヤルゼルスキ大統領をして「わが国は共産国だが、その精神はカトリック教国に入る」と言わざるを得ないほどだった。世界のローマ・カトリック教会最高指導者ローマ法王にポーランドのクラクフ出身のカロル・ボイチワ大司教(ヨハネ・パウロ2世)が選出されたのも偶然のことではないだろう。ちなみに、ヨハネ・パウロ2世は熱心な聖母マリア信仰で有名であり、同法王時代には聖母マリアの第2キリスト論が囁かれたほどだ。
 「イエスのポーランド王」案を提出した議員は、「法と正義」、農民党、「家族同盟」の所属議員たちだ。同提案は久しく準備されていたが、同国与党第2党のスキャンダル事件などが生じたために、提出時期が遅れたという。
 ところで、ヨハネ・パウロ2世は生前、「ポーランド民族は異教徒の侵略から欧州を守る力を付与されている」と述べたことがある。実際、オスマン・トルコ軍が1683年、オーストリアの都ウィーンを包囲した時、ポーランドの王ヤン3世ソビエスキがイスラム教徒から欧州を守る為に兵を派遣して、トルコ軍の侵略を阻止したことがある。
 欧州連合(EU)がトルコの加盟問題で揺れている時に、ポーランド議員たちがイエスをポーランド王に奉る動議を提出したわけだ。「イエスのポーランド王」案はあくまでも象徴的な問題であり、一種の信仰告白に近いものだ。実際の政治に大きな変化をもたらすものではないが、その動議が示唆する内容は興味深いものがある。

「食録」の星とイエス

 知人は有名な占い師から「あなたは食録の星を持っているから、一生、食べることに困らない。食べ物があなたに近づいてくる」といわれて以来、人生に余りあくせくすることがなくなったという。
 「人間にとって、三食が保証されれば、最低限、生きていけるからね。日々の糧を得るためだけに汗を流しても意味がない」と達観したという。
 知人の給料はアップしないが、余りクヨクヨしている様子は見られない。会社内の出世や昇進には関心を示さない。全ては、「食録」のためだ。実際、知人は良く食べる。食べられなくて、苦しんでいる姿を見たことがない。モーセ時代、空腹に陥ったイスラエル民族に神が天から「マナ」を降らして生かしたように、知人は食録の星から落ちてくる三食を享受して生きている。
 一方、奥さんは主人の「食録」の星に余り満足していない。
 「人間は食べるだけではないわ。他の人の為に生きることがもっと大切なはずだ。食録だけでは人間は幸福になれないのではないかしら」と思っている。が、主人には面と向かっていわない。なぜならば、主人は食録の星に満足しきっているからだ。
 食べることができなければ、どのような観念の世界に生きたとしても、空腹で苦しまなければならなくなる。奥さんもそのことは分かっている。衣食住が保証されないところでは、人は本当の幸福を感じることができないからだ。
 しかし、キリスト者の奥さんは、「人はパンだけで生きるのではなく、神の言葉によって生きる」というイエスの言葉が気になってしょうがない。イエスは「食録の星の保有者が幸福だ」とはいっていないからだ。
 ところが、知人は最近、何かを考え出している。奥さんによると、「自分は何故、食録の星があり、他の人は食録の星がなく、空腹で苦しまなければならないのか」という問いかけだ。知人は食録に恵まれていない人々がいることに気が付いたのだ。
 奥さんは「きっと、あなたの先祖の中には空腹な人々に食を施した人がいるはずよ。だから、子孫のあなたには食碌の星が与えられたのではないかしら」と、やんわりと説明したという。
 知人は「そうかもしれない。おれが毎日、自分の食録に満足して、他に施しをしなければ、俺の食録も1代きりで使い切るかもしれないな」と考え直し、奥さんの助言もあって、イエスの生涯に関心を持ち出したという。知人曰く、「イエスは未来のわれわれに食録の恵みを与える為に犠牲になった聖人ではないか」と考えているという。この話は、当方が考えたクリスマスの日(25日)の寓話だ。

独、欧州の盟主に踊り出る?

 ドイツは来年度上半期、ブルガリアとルーマニア両国の加盟で27カ国の大所帯となる欧州連合(EU)の議長国に就任する。オーストリアが本年度上半期議長国だったこともあって、当方も身近で目撃してきたが、議長国となった国の政治家たちというものは、成果を挙げることに拘り過ぎるため、2死満塁で4番打者を迎えたピッチャーのように、どうしても肩に不必要な力が入り過ぎることが多い。しかし、そこはEUの大国ドイツの政治家たちだ。オーストリアの政治家より桧舞台に慣れているだけに、議長国として冷静な政治運営が期待できるかもしれない。
 議長国就任に先駆け、ドイツのシュタインマイヤー外相は「議長国ドイツに対して過大な期待は持つべきではない」と警告しているが、メルケル首相は議長国の主要課題として欧州憲法の早期採択を目指す政治姿勢を表明している。欧州憲法は昨年、フランスとオランダ両国の批准否決で暗礁に乗り上げている。
 しかし、ここにきて、「EUの共通価値観を明記した欧州憲法の早期採択が急務だ」という声が政治家や宗教指導者たちから上がってきている。正論だ。どの組織、機構、グループでもメンバーのアイデンティティーを明白に規定した綱領や規約が存在するものだ。27カ国で構成されるEUにも加盟国の結束と連帯を強化する上でも憲法が必要なことはいうまでもないことだ。その必要性については、全ての加盟国は異存がないはずだ。
 欧州の宗教界からは、 ドイツのローマ・カトリック教会ケルン教区のマイスナー枢機卿が「EUが通貨同盟や経済共同体以上の意味を付加したいならば、欧州大陸に根付いたキリスト教の伝統を憲法の中で明記すべきだ」と述べ、メルケル首相に早速注文。バチカン法王庁信徒評議会局長のクレメンス司教も「近代社会の基盤を構築したものがキリスト教の信仰であったことを想起すべきだ」と主張し、「欧州社会の生活様式は次第にキリスト教の伝統を破壊してきている。結婚、家庭問題の現状は危機的だ」と指摘、欧州憲法でキリスト教の価値観を明確に記述すべきだと主張している。
 一方、欧州委員会のバローゾ委員長は「欧州憲法の代案はない」として、憲法案の書き換えを拒否、あくまでも現憲法案の採択を加盟国に要求。ルクセンブルクのユンケル首相も「EU国民を啓蒙すれば現憲法案の採択は可能だ」と自信を持つ政治家の1人だ。
 イスラム教国トルコの加盟問題も絡み、EU加盟国内で憲法問題が再びホットなテーマとなることは必至だ。それだけに、来年度上半期の議長国に就任するドイツの巧みな舵取りが求められるわけだ。ブレア首相の退陣を控えて政治力が低下する英国や欧州憲法を否決して面子を失ったフランスに代わり、ドイツが文字通り、欧州の盟主に踊り出るチャンスでもある。
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