ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2008年07月

「自然」と「人間」

 スイスの新教系週刊誌によれば、「人間は教会よりも自然の中でより多くの霊的な感動を感じる」という調査結果が出たという。それ自体、決して驚きに価しない。人間社会に疲れた現代人が山に登ったり、自然の豊かな地域を旅することは良く知られていることだ。一方、霊的な香りを提供すべきキリスト教会が信者たちに霊性を提供できなくなって久しい。だから、「教会よりも自然」となるわけだ。
 ここで考えてみたいことは、どうして人間はその生活圏から離れ、自然に近づけば近づくほど、霊性をより感じるようになるのかだ。人間は霊的な存在だが、同時に、関係存在だ。他者が必要であり、家庭、社会が必要だ。1人では存在できない。にもかかわらず、他者、家庭、社会から離れれば離れるほど、「より霊的な感動が感じられる」という事実は何を意味するのだろうか。
 例えば、イエス・キリストは群集から離れ、静かな場所で1人で祈っている。同じように、霊性を高めるために、多くの仏教徒は家族を捨て出家した。ということは、人間はいつのまにか本来の「霊性」を失ってしまったこと、人間の手がまだ届かない自然界では依然、豊かな霊性が充たされているということを物語っている。人間の生活圏に疲れた現代人が未踏の原始林に足を踏み入れたいと思うのは当然の発露かもしれない。
 このように「霊性」という観点から見た場合、自然界と人間界が対極に位置するように見える。ところが、新約聖書の「ローマ人への手紙」第8章19節によると、「被造物(自然界)は、実に、切なる思いで神の子たちの出現を待ち望んでいる」と記述されている。自然界は人間が一刻も早く本来の「霊性」を回復し、その霊性でもって称賛してくれるのを待っているというのだ。自然界は人間の関与がない限り、その美や霊性を発揮できない。花の美しさを称賛する人間が必要なのだ。誰も訪れない博物館を想起すればその意味が分る。人間と自然は相互依存関係にあるわけだ。
 問題は人間側にある。すなわち、失った霊性の回復だろう。「自然に帰る」ことは素晴らしいが、人間社会に留まりながら、失った霊性の復帰に取り組むことがより急務ではないか。人間が霊性を復帰しない限り、真の環境保護運動も難しいからだ。地球温暖化防止対策も人間の霊性回復がその前提条件、という結論にたどり付く。

「メディア」とニュース枯れの夏

 メディアは絶えず情報を読者や視聴者に提供し続けなければならない義務がある。少なくとも、メディアの中にはそのように考え、それに任務感を感じるジャーナリストも少なくない。
 ところで、情報が溢れている時はいいが、そうではない時、新聞社ならば整理部記者たちが紙面埋めに苦労する。だから、写真を大きく掲載して紙面を埋める、といった苦肉の策に出ることがあるわけだ。
 そして、メディア関係者がニュース不足で最も苦労するシーズンが“いま”だ。すなわち、政治家を含め多くの国民が休暇をとる夏シーズンだ。政治家たちが休暇中なので国際会議も開催されない(テロや事件、不祥事はシーズンに関係がないが、それだけで紙面を埋めることはできない)。
 ニュースがない日、読者に「昨日は平和な一日でした」と説明し、真っ白い紙面を印刷機に回してもいいのではないか思うが、実際、そこまで勇気と決断力のある編集担当者はいない。
 そんなことを考えたのは、「ボスニア紛争の戦犯カラジッチ被告がウィーンに潜伏していた」という情報が流れ、数日後、「あれは人違いだった」というニュースを聞いたからだ。
 オーストリア通信(APA)は「カラジッチ被告は一時期、ウィーンに潜伏していた」という記事を流した、それを追って、オーストライヒ紙などが一斉に「カラジッチ被告は治療士としてウィーンで働いていた」と報じた。そして「ウィーン潜伏説」が定着した頃、今度は「実はあれば人違いだった」ということが分ったという。
 カラジッチ被告の「ウィーン潜伏説」は、ジャーナリストが冷静に追跡すれば、紙面化する前にその是非を確認できたはずだ。しかし、実際はその取材を怠ったために、あのような「誤報」騒動となったわけだ(オーストリア内務省が「カラジッチ潜伏説」を追認するようなコメントを出したことで、誤報が一人歩きする結果となった面も否定できない)。
 「ウィーン潜伏説」の誤報の主因は、関係したジャーナリストたちの取材不足にあることは間違いない。が、この種の誤報が「夏シーズン」に結構多いことに注目してほしい。すなわち、ニュース枯れの夏の休暇シーズンは、また、誤報を生み出す土壌ともなるのだ。

カラジッチ逮捕とセルビア正教

 ボスニア・ヘルツェゴビナ民族紛争(1992〜95年)でセルビア人勢力の指導者であったラドバン・カラジッチ被告(63)がセルビアの首都ベオグラードで逮捕された。オランダ・ハーグの旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷から起訴されて以来、13年余り、姿を隠してきた同被告の逮捕報道は欧米諸国では一様に歓迎されている。ただし、予想されたことだが、逮捕報道の直後、それに抗議するセルビア過激民族派がベオグラードで集会を開き、その一部が暴動化し、警察隊と衝突している。
 ボスニア紛争は死者約20万人、難民、避難民約200万人を出した第二次大戦後最大の欧州の悲劇だ。イスラム系、クロアチア系、そしてセルビア系住民間の民族紛争であり、それにイスラム教、カトリック教、そしてセルビア正教の3宗派が絡む宗教紛争の様相も帯びていた。
 それでは、宗教関係者はカラジッチ被告逮捕報道をどのように受け止めているのだろうか。サラエボのカトリック教会最高指導者ヴィンコ・プルジッチ枢機卿は独カトリック通信とのインタビューの中で「カラジッチ被告の逮捕は朗報だが、どうして今、逮捕されたのか」と疑問を呈し、「戦争の犠牲者は久しくカラジッチの戦犯法廷引渡しを要求してきた。国際社会とハーグは失った信頼を取り戻すためにも公平な裁判を行うべきだ」と主張している。
 ベオグラードのカトリック教会ホチェヴァー大司教は「カラジッチ被告逮捕はセルビア政府と旧ユーゴ戦犯法廷の連携の結果だ。これで過去が癒され、未来への道が開かれる」と歓迎する一方、「セルビア民族への偏見を克服すべきだ」と強調、「セルビア民族悪説」を戒めている。
 欧州連合(EU)からボスニア紛争の戦犯カラジッチ被告の拘束を強く差し迫れてきたセルビア政府は過去、カラジッチ被告がベオグラード市周辺に潜伏中との情報を入手していたが、同被告の拘束に踏み切れなかった経緯がある。
 カラジッチ被告が長期間、逃亡できた背景には、‘曳鏐陲鬟札襯咼△留冤困噺なすセルビア民族派の支援があった、▲札襯咼∪偽気眛曳鏐陲瞭亡を支援した、等の理由が挙げられている。イタリア・トリノの日刊紙スタンパは「セルビア正教がカラジッチ被告の逃亡を助けてきた」と、△痢崟偽技抉臉癲廚魘調している。それに対し、正教聖職者は「われわれ正教側にはカラジッチ被告を匿ったりする時間もその意思もなかった。正教は過去、カラジッチ被告に戦犯法廷への出廷を要求してきた」(バチカン放送)と反論している。
 なお、ボスニア紛争最大の犠牲者を出したイスラム系住民たちはカラジッチ被告の逮捕を歓迎していることはいうまでもない。

インタビューと「通訳」

 1989年、ハンガリーのネーメト首相(当時)とブタペストの首相官邸で単独会見した当方の記事(1989年10月4日)を読んだ日本の友人が「彼(当方)は欧州に行って長くなったが、とうとうハンガリー語(マジャール語)も話すようになった」と、少し自慢気味で話していたと後日聞いた時、苦笑してしまった。
 友人は、当方がハンガリーの首相と会見したのだから、当然、マジャール語で話したとシンプルに考えたわけだ。残念ながら、当方は当時も、そして今もマジャール語を話せない。東京大学留学経験のある才媛のB女史が当方の通訳を勤めてくれたのだ。ハンガリー政府報道部から紹介を受けた女史だ。もちろん、日本語で流暢に通訳してくれた。
 大統領や首相など政治指導者と会見する場合、相手国の母国語でやり取りするのが礼儀だ。チェコ人ならチェコ語で、ポーランド人ならばポーランド語で、といった具合だ。政治家も通常、自分のいいたい内容を最大限に表現できる母国語で答えたいと考える。間違った表現や誤解を回避しなければならないからだ。だから、インタビューする側のジャーナリストは通訳を準備しなければならない。ブルガリアでジェリュ・ジェレフ大統領(当時)と会見した時もソフィアで日本語が最もうまいといわれるC女史が通訳をしてくれた。
 しかし、実際は、母国語ではなく、第3の言語、英語や独語でインタビューするケースも少なくない。ウィーンを公式訪問中のキリギスのバキエフ大統領との会見時には、随伴していた同国外務省独語通訳者が通訳してくれた。また、ラトビアのワイラ・ビケフレイベルガ大統領(当時)との場合、数カ国の外国語が堪能な同大統領から「何語で話しますか」と聞かれたほどだ。政治家の中には2、3の外国語をこなす人物が結構多い。特に、外相の場合、英語で十分会見できるとみてほぼ間違いない。
 「通訳」で冷汗をかいた体験もある。ハンガリーのジュルジェ・ケレティ国防相と会見が決まった時、当方がマジャール語のできる通訳を用意することになっていた。ブタペストで教師をしている知り合いのオーストリア人女性が通訳をしてくれることになっていた。
 会見当日、彼女とホテルで待ち合わせてしてから、国防省に行くことにしていたが、待ち合わせ時間がきても彼女が現れない。焦った。仕方がないので、当方はタクシーで国防省まで直行し、大臣の報道官に通訳者が来なかった旨を報告し、「申し訳ないが、英語か独語で会見できないか」と聞いた。すると、「英語のできる職員を呼ぶから大丈夫」ということになり、会見は予定通り行うことができた。
 チェコスロバキア(当時)の著名な反体制派、バツラフ・ハベル氏(後日、同国最初の民主大統領に選出)と会見した時だ。会見は最初、英語で始めたが、ハベル氏が突然、「ここは重要な内容だ。自分の英語力ではうまく表現できないから、チェコ語で話す。君はウィーンに戻ったら、亡命チェコ人に訳してもらってくれ」と頼んできた。母国語で話し出した同氏の姿を見ながら、「ハベル氏は国の民主化に真剣なのだ」と非常に感動させられた。意味が理解できない相手の答えに感動を覚えた、最初で最後の会見だった。

「眠れない人」

 当方は久しぶりに悪性の風邪にやられてしまった。数日前からその兆候はあったが、いつものように軽くみていた。
 国連から帰宅後、即ベットに倒れた。太陽が沈む前に帰宅した当方を見て、家人たちは何かあったのか、としつこく聞いてきたが、答えるのも億劫になったほどだ。
 夜中、目を覚ました。当方の住居は最上階(8階)にあるから、別棟の下階の部屋が良く見える。覗き趣味はないが、部屋の明かりが暗闇の中で浮かび上がるので、否応なくそこに目がいく。住人はテレビを観ている。深夜2時、3時まで観たいテレビ番組があるのだろうか。そういえば、あそこはいつも早朝まで電気がついていることが多い。
 家人は一度、「あの住人は眠れない人だ」と教えてくれたことを思い出した。そういえば、最近「眠れない症候群」が広がっているという。肉体は疲れているが、目が冴えて眠れないのだ。それも簡単に「眠れない」のではなく、「眠らしてもらえない」といった方が当たっているかもしれない。
 当方の知人の夫人が半年余り、「眠れない」症状に陥った。知人は夫人を必死寝かせようと眠り薬や薬草などを買ってきたが、夫人はそれらを飲むのを嫌った。夫人はベットから立ち上がるとふらふらしながら後ろ向きで歩き出した。知人は対応に明け暮れた。
 夫人はとうとうパニックを起こして救急車に運ばれた。病院でいくら注射してもその効果は1時間余りで、再び目を覚まして部屋の中を歩き回る。知人は「眠れない病気は地獄だ」といっていた。
 どうして、人間は突然、眠れなくなるのだろうか。ストレス説や更年期障害の影響などを聞いたことがある。うまく説明はできないが、当方は何か霊的な影響があると考えている。その際「眠らしてもらえない」という表現は当たっている。たとえ眠り薬を飲んでも解決できない。だから、「地獄のような病気」というわけだ。拷問でも相手を眠らさないやり方が最も厳しい拷問だ、という。
 眠れない人にとって、側で鼾をかいて眠っている人をみると、「この人は幸せだ」と羨ましく思うという。人間として当然の「睡眠」を奪われた人でなければ、そのような思いは湧かないだろう。胸が痛む。

ローマ法王とイラク首相

 ローマ・カトリック教会最高指導者、ローマ法王べネディクト16世は25日、ローマ近郊の夏季用別荘ガンドルフォでイラクのマリキ首相と会談した。
 バチカン法王庁が明らかにしたところによれば、両者はイラクの現状、特に、少数宗派のキリスト信者の危機について意見の交換をした(イラク首相の法王訪問は今回が初めて。ただし、タラバニ大統領が2005年、バチカンを訪問している)。
 戦争前に約85万人いたイラクのキリスト教信者(同国人口約3%に相当)は今日、半分以上が国外に避難し、同国南部ではもはやキリスト教のプレゼンスはなく、首都バグダッドと同国北部にかろうじてキリスト教社会が生きのびているだけだ。イラク北部モスルで3月13日、武装集団に殺害されたカルデア典礼カトリック教会のパウロス・ファライ・ラホ大司教の遺体が見つかっている。
 イラクばかりではない。イスラム教を国教とする中東地域、イラン、エジプト、サウジアラビア、アルジェリアではキリスト教信者への弾圧は日常茶飯事だ。サウジではイスラム教以外の宗教は禁止され、他宗教が公の場で宣教することは許されていない。キリスト教信者は家庭で礼拝をするだけだ。教会建物も十字架もない。違反すると、当局の弾圧を余儀なくされる。同国には約800万人の外国人労働者が働いているが、その中には100万人以上のカトリック信者(主にフィリピン人)が含まれる。彼らは同国ではクリスマスも復活祭も祝う事が出来ない。
 イランではキリスト教に改宗した夫婦が秘密警察に拘束され、拷問を受ける一方、子供たちはイスラム教宗教施設に送られて強制教育を受けさせられている(イランのキリスト教信者は推定40万人)。アルジェリアでも2人のキリスト教信者がイスラム信者を改宗させようとしたという容疑で実刑判決を受けたばかりだ。エジプトでは5月末、4人のコプト派のキリスト教信者が武装グループによって殺害された(同国では約8%がキリスト教信者)。
 イラク出身の友人記者アミール・ベアテイ氏は「欧米居住のイスラム教徒はキリスト教社会でのイスラム教徒弾圧を批判するが、彼らは実際、母国よりも大きな信教の自由を欧米社会で享受していることを忘れている。イスラム教国ではキリスト教会建設や宣教など問題外だ。宗教の自由問題では、イスラム教国は少数宗派の存在を認めない確信犯だ」という。

天野大使、理事国に支援を要請

 駐国連機関担当日本代表部の天野之弥大使は今月18日、国際原子力機関(IAEA)の35カ国理事国宛てに書簡を送り、そこで次期IAEA事務局長選に立候補する自身の支援を要請していたことがこのほど明らかになった。同大使は昨年末、アジア地域の理事国関係者にエルバラダイ事務局長の後任に立候補する意思を早々と表明し、支持を求めている。今回は正式に書簡形式で支援を理事国に要請したものだ。
 今秋の年次総会後に開催されるIAEA理事会で後任事務局長の選出問題が公式議題に取り上げられる予定だが、日本側は早々と立候補を表明して票固めに入ったものと受け取られている。
 立候補の意思表明したのはこれまで天野大使1人だが、ここにきてアフリカの代表、南アフリカがIAEA事務局長ポストに関心を示してきたといわれる。
 天野大使の書簡を受け取った欧州理事国の関係者は「政府の意向を打診しているところだ」と述べ、支援するかどうかの即答を回避した。理事国の中ではイランなど数カ国は「支持するとは現時点では表明できない」(イランのソルタニエ・IAEA担当大使)との立場を取っている。
 アジアの理事国では韓国が「独島(日本では竹島)の問題が表面化した今日、政府としても容易に日本大使を支援するとはいいかねる」と述べ、日本政府の領土問題の出方如何では日本支持の立場を撤回する可能性を示唆している。
 また、理事国の中には「米国の意向に追従するだけの日本からIAEA事務局長を出すのは好ましくない」という声が高まってきている。次期事務局長選でコンセンサスが確立できない場合、エルバラダイ現事務局長の4選の目が復活することも十分考えられる。

IAEA査察局の部長人事

 国際原子力機関(IAEA)査察局(ハイノーネン局長=事務次長兼任)のチトンボ部長(アジア地域担当)が今年4月、定年退職した。同部長には、北朝鮮の核問題でいろいろとお世話になった。北朝鮮がオーストリア企業から放射性物質を大量輸入したとの情報を取材中だった当方は、IAEA側もその情報の確認に動いていたこともあって、部長と知り合いとなった。IAEA査察官は当時、ジャーナリストと接触することはかなり自由だった。だから、当方は部長の事務所を尋ねて、話したものだ。現在は、広報部を通さない限り、ジャーナリストたちは査察関係者と直接コンタクトを取ることはできなくなった。IAEAが情報のリークを恐れて情報管理に乗り出したからだ。その後、部長とは自由に話すことはできなくなり、理事会で会っても挨拶する程度となってしまった。IAEA関係者によると、チトンボ部長は退職後、コンサルタントとしてIAEAに不定期勤務する計画という。
 チトンボ部長の後任はブラジル出身のマルコ・マルゾ氏(56)だ。同氏は2007年6月から今年4月までブラジル国家核エネルギー委員会国際問題調整官だった。その前は同委員会大統領顧問を務めている。職歴で興味をひくのは、1992年4月から14年間余り、「ブラジル・アルゼンチン核物質計量管理機関」(ABACC)の計画評価上級担当官だったことだ。
 新部長はIAEAの会議に参加したことがあるが、勤務した経験がない。IAEAが大所帯だけに、新部長が最初に取り組まなければならない課題は査察局内の人間関係の構築だろう。
 マルゾ部長の担当地域に入る北朝鮮の核問題もいよいよ「核申告書の検証段階」に入ってきた。IAEAが検証作業に参加できるかは未定だが、IAEA側としては、平壌当局といつでも検証問題で協議できる準備が大切だろう。新部長の手腕に期待したいものだ。
 ちなみに、同氏はサンパウロ大学で核エンジニアリングを学んだ後、ドイツのカールスルーエ大学で博士号を修得しているから、独語も達者と聞く。

北、独製精密機材の調達を図る

 先日公表されたドイツ連邦の「憲法擁護報告書2007年度版」によると、北朝鮮は昨年、第3国経由で生物・化学兵器にも転用可能なドイツ製の測量・解析器の調達を図ったが、ドイツ政府に輸出阻止されていたことが明らかになった。
 憲法擁護報告書の「北朝鮮の情報活動」の項目によると、「情報活動に従事する労働党、人民軍、そして国家安全省(MfSS)の関係者はベルリンの北朝鮮大使館に合法的に潜伏している。彼らの主要課題は政治、軍事情報の収集であり、大量破壊兵器に転用可能な軍事、核関連物品の調達にある」という。ちなみに、独週刊誌シュピーゲルが数年前、北朝鮮核専門家がドイツ企業からウラン濃縮施設で使用する遠心分離機用のアルミニウム管を密輸入しようとしていたと報じたことがある。
 北朝鮮はドイツの輸出規制をクリアするために第3国経由(主に中国)で輸入するケースが増えているが、「最近では、軍事・兵器用物品から医療用や金正日労働党総書記用の豪華品の購入に重点が移してきている」という。
 興味をひく点は、駐ドイツの北朝鮮外交官がドイツ国内に住む親北の韓国知識人への影響に精力を注いでいることだ。冷戦時代、親北の韓国知識人がドイツで北朝鮮人と共に反政府活動に従事してきたことは周知の事実だが、北朝鮮が依然、親北の韓国知識人のオルグに関心が高いわけだ。
 韓国検察は2003年10月、ドイツ国籍の韓国人社会学者・宋斗律氏を国家保安法の違反で逮捕し、韓国内で議論を呼んだことがある。同氏は1970年代初めからドイツで組織的な反政府・民主化運動を行っていたことが明らかになっている。
 いずれにしても、北朝鮮は今日、ドイツを欧州主要拠点の一つに位置付け、さまざまな工作を展開させているわけだ。

北外交官が語る射殺マニュアル

 北朝鮮の金剛山観光ツアーに参加していた1人の韓国人女性が11日、軍事制限区域に立ち入り、北朝鮮の哨兵に射殺された事件は韓国内でも大きな衝撃を与えている。北朝鮮側は韓国側の現場調査要求を拒否している。
 そこで在ウィーン国際機関担当の李イルチュル参事官(北朝鮮)に事件の背景について聞いてみた。
 参事官は「残念ながら、あれはアクシデントだ。自分も兵隊にいたから知っている。国境警備を担当する哨兵には明確な規則がある。国境を不法に越境した者を見つけた場合、哨兵は3回、ストップ、ストップ、ストップと叫ぶことになっている。それでもストップしない場合、銃を上に向けて撃つ。警告だ。それでも停止しない場合、射殺していいことになっている。自分が聞いた範囲では、哨兵はその規則を正しく遵守した」と説明した。遺体に2発の銃弾の跡が見つかっている点については、「詳細な点は分らない」という。
 「軍内部には現在進行中の6カ国協議の非核化プロセスに強い不満があると聞く。フラストレーションがたまった軍部の意図的な発砲事件ではないのか」と尋ねると、参事官は「馬鹿げた話だ。事件は事前に計画できるものではなく、全くのアクシデントだ。国境を不法侵入したのは韓国の女性側ではないか。哨兵はマニュアルに従って対応しただけだ」と強調した。
 韓国側は事件の解明まで金剛山観光ツアーの一時中断を決定したが、「必要ならば開城観光の中断も考えている」という。観光業が貴重な外貨収入源の北朝鮮にとって、正直なところ、痛いだろう。
 ちなみに、欧州で北朝鮮ツアーを斡旋しているオーストリアの大手旅行会社「フェアケアスビューロ」の支店長、ヨハネス・スティヒ氏に今回の韓国観光客射殺事件の影響について聞いた。
 同氏は「事件のことは知っている。これまでのところネガティブな影響はない。予定通り、今年9月に北朝鮮ツアーを実施する。現時点で15人が申し込んでいる。マスゲーム公演『アリランリラン祭典』を中心に10日間の旅行だ」という。
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

Recent Comments
Archives
記事検索
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ