ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2008年09月

国民党、リベラル色が躓きに

 オーストリア国民議会選挙(下院、183議席)の投票結果は予想された範囲だったが、それにしても極右派政党の「自由党」と「未来同盟」2党の大躍進は衝撃的だった。両党の得票率を合わせるとほぼ30%だ。有権者の3割だ。両党を与党の失政を批判するだけの野党に過ぎない、といって看過するわけにはもはやいかなくなった。
 両党が躍進した背景には、与党・社会民主党と国民党の不甲斐なさがある。2大政党は2年間余り、政権内で対立を繰り返し、いがみ合いを続けてきた。有権者が2大政党に嫌気がさしたのも当然だ。選挙前の公約が次々と廃案になり、国民の政治離れが一層加速化されていった。そこを「自由党」と「未来同盟」が選挙戦で追求していったわけだ。税改革から物価対策、外国人問題まで、両党の主張は明確だった。
 1人の婦人は「国民党を支持してきたが、同性愛者を黙認するなど、同党の伝統的な家庭重視政策に陰りが見えてきた。同性愛者問題ではっきりと反対を表明したのは自由党だけだった」と述べている。
 国民党は2006年の選挙で社民党に負けて以来、リベラルな有権者を掴む為に路線を修正した。同党幹部のプレル農林・環境相は昨年、同性愛カップルも正式にパートナー登録できるようにすべきだと発言し、保守派の国民党支持者ばかりか、カトリック教会関係者らにも衝撃を与えたことはまだ記憶に新しい。また、「子供は重荷となる」と自身の著者の中で記述したアンドレア・クドルスキ女史が厚生・家庭問題相に選出されたほどだ。ちなみに、国民党は独「キリスト教民主同盟」(CDU)の姉妹政党であり、その世界観はキリスト教を土台としている。
 投票結果の分析によると、国民党の伝統的支持者の票が今回、「自由党」と「未来同盟」の両党に流れたことを物語っているという。国民党はリベラル色を求めるのではなく、原点に返るべきではないか。

金正男氏のウィーン訪問

 北朝鮮最高指導者・金正日労働党総書記の長男・金正男氏(37)が7月上旬、ウィーンを訪問していたことが確認された。知人から電話が入ってきて、「時間があれば、至急に会いたいね」という。
 知人から「会いたい」というのはそう多くない。こちらから「是非、会いたい」というのがこれまでのパターンだったからだ。
 待合場所はいつもの喫茶店だ。よく考えれば、知人とは過去10年間、何かが生じる度にここで会ってきた。食事を一緒にしてゆっくりと話したことなどは数回に過ぎない。通常はコーヒー1杯を飲みながら30分間ぐらい話すだけだ。ビジネスライクの付き合い、といえるかもしれない。
 目的は情報交換だ。ジャーナリストの当方が掴んでいる情報と情報機関に勤務する知人が得たものを物々交換する。当方が提供者であり、知人は聞き手のことが多かった。残念ながら、知人が提供者となることはめったになかった。しかし、当方は彼と既に10年以上付き合っている。保険をかけているような気分だ。
 「金正男がウィーンに来ていたよ。これが写真だ」といって1枚の写真を見せた。空港に到着したばかりの正男の姿があった。
 「どうしてもっと早く連絡してくれなかったのか」と不満をいうと、「こちらも最近、知ったのだ。情報がこちらまで上がって来るのには時間がかかるからね」という。情報機関で働いている者も具体的に現場でオペレーションする工作員と情報を管理・分析する工作員がいる。知人は後者だ。
 写真では、正男氏はサングラスを掛け、口髭(くちひげ)とあご髭を伸ばす一方、頭髪は非常に薄くなっているのが分かる。 正男氏の訪問目的は親族訪問だったという。金総書記の最初の夫人、故成薫琳夫人の実姉の娘夫妻、ユン・ソンリム(59)夫妻と会ったわけだ。ウィーン滞在中は特別な行動は見られず、2004年11月のウィーン訪問時とは異なり、高級ホテル(インターコンチネンタル・ホテル)に宿泊せず、義兄夫妻宅に泊まっていたという。
 「写真は提供できない。写真がメデイィアに掲載されば、誰が撮影したか直ぐにバレてしまうからね」という。だから、正男のウィーン訪問を撮影した1枚の写真のコピーだけを受け取った。
 「後日、詳細な情報を提供できるだろう」というと、知人は「コーヒー代は君が払うんだね」といったジェスチャーをしながら立ち上がった。情報の受け手がコーヒー代を払う、−−過去10年間、当方と知人との間の決まりだ。

オーストリア総選挙の見通し

 オーストリアで9月28日、国民議会(下院、定数183議席)の繰上げ選挙が実施される。今回の総選挙の特徴は、。隠矯个ら選挙権が付与される初の国政レベルの選挙(約18万人が新たに選挙権)、■隠暗泙候補者を擁立、多党乱立だ。選挙争点は、(価対策、庇護政策、G金対策、だ撚革などだ。政党も国民も身近な物価、年金などに関心が集中し、欧州の安保、テロ対策、欧州統合問題などは、最後まで争点とはならずに終わった。
 オーストリアの複数の世論調査によると、与党・社会民主党と国民党に2大政党が得票率25%前後で熾烈なトップ争いを展開する一方、極右政党の自由党、緑の党、未来同盟の3党が得票率を伸ばすと予想されている。共産党など他の5党は議席獲得が難しい。いずれにしても、過半数を単独で獲得する政党はないから、総選挙後、前回の総選挙後と同様、連立工作が難航するのは必至だ。
 前回総選挙(2004年10月)、社民党が数多くの公約を掲げて、国民党を僅差で破り、第1党に復帰したが、グーゼンバウアー政権の発足後、公約違反を問われて支持率を急速に落としていった。その結果、任期半分を残して、繰り上げ選挙の実施となったわけだ。
 アルプスの小国オーストリアでは、社民党が主導する政権が発足した場合、社会福祉関連予算が膨らみ、国家の赤字が増加する一方、国民党が政権を樹立した場合、財政赤字の健全化は進むが、社会福祉関連の予算が縮小するため、貧富の格差が拡大し、低所得の国民にとって厳しい生活が余儀なくされる、といった具合だ。
 ただし、外交、安保政策では、2大政党の間には大きな差はない。換言すれば、どの政権が誕生しても、日本にとって、オーストリアは安定した親日国家であり続けるわけだ。同国の総選挙への日本メディアの関心が薄いのは、その辺に理由があるのかもしれない。

UNIDOの腐敗と「日本の責任」

 国連工業開発機関(UNIDO)の内部で汚職と腐敗が支配している。UNIDO内部と外部の監査団が昨年9月以来、UNIDOの会計監査などを実施してきたが、今年3月に入って、ギ二ア・プロジェクト(GCLME)担当職員がプロジェクト資金の不正融資などの疑いで解雇されていたことが明らかになった。
 ギニア・プロジェクトは沿岸の水質環境保全を目標に約6年前からスタートし、第1段階はほぼ完了したばかりだ。ちなみに、UNIDOのマネージメント局長・ピスコフノフ氏は「同プロジェクトは2010年には完了する予定だ。運営に問題があったが、計画は予定通り継続する」と強調した。UNIDOによると、同16カ国が関与した同プロジェクトの総額資金は約2000万ドルで、地域プロジェクトとしては大きい。
 ギニア・プロジェクトだけではない。UNIDOが進めている対北朝鮮プロジェクトの資金運営でも問題がないわけではない。例えば、UNIDO職員が対北支援プロジェクト資金を在北京の北朝鮮大使館に手渡し、その資金を北朝鮮外交官が平壌まで運ぶ。職員の1人が匿名を条件で語ったとことによると、「UNIDOは資金がどのように利用されるかの追跡調査をまったく行っていない」という。国連開発計画(UNDP)で北朝鮮不正資金流出疑惑が大きな問題となったが、UNIDOでも同じようなことが生じているという。極端にいえば、環境対策支援金が核開発に利用されていることも十分考えられるわけだ。皮肉なことだが、対北プロジェクト資金は主に韓国政府が拠出している。
 そこで最大分担金拠出国の在ウィーン国連機関日本政府代表部(天野之弥大使)のUNIDO担当外交官に電話で聞いてみた。日本は本年度約26億円をUNIDOに拠出している(分担率22%)。それだけに、分担金の使用に厳しい監視の目を注いでいると期待していたが、「ギニア問題を含むUNIDOのプロジェクトで問題が生じたと聞いたことがない」「900以上あるプロジェクトの全てを把握することなどはできない」という。
 米国は1996年、UNIDOの腐敗を理由に脱退したが、1人の国連職員は「米国の国連軽視を容認できないが、UNIDOから脱退したことは正しい判断だったといわざるを得ない」という。米国に代わり、日本政府は「アフリカの開発を支援する」という名目でUNIDOの活動を積極的に援助してきたが、その資金が正しく利用されているかどうかの監視は大変だが、重要な義務だろう。

誰も金総書記の現状は聞けない

 オーストリア・北朝鮮友好協会の顧問、エリヒ・ツァヴァディルさんが訪朝から帰国したので、早速、その訪朝談を聞いてみた。
 顧問は今月3日から13日まで訪朝した。北朝鮮建国60周年記念祭に招待されたからだ。訪朝は今回が3度目という。
 開口一番、「連日、祝宴で胃袋は大変だった」という。外国友好団担当官主催の晩餐会後、「下痢に苦しんだよ。食卓の食材が問題というよりも、気候の変化などで胃袋がやられていたこともある」という。いずれにしても、旅行プログラムは全て変更なく、実施されたという。
 次に、核心問題を聞いた。「金総書記の健康問題について、北朝鮮側の関係者はどのように言っていたか」。
 すると、顧問は申し訳なさそうに、「訪朝団の誰一人としてそのような質問を北朝鮮側に突きつけることができる人間はいなかったよ。ゲストとしては招待側のホストにそのような無礼な質問は発せられないからね」という。予想されたことだが、残念だ。
 「9日の祝賀会ではわれわれは金総書記が舞台に登場するのを今か今かと待っていた。しかし、総書記は顔を見せなかったので、非常に失望したが、総書記がどうして姿を見せなかったのか誰も北朝鮮関係者に聞けなかったよ」と説明、祝賀祭会場の雰囲気を少し伝えてくれた。
 そこでもう1人の訪朝者に電話した。オーストリアの大手旅行会社「フェアケアスビューロ」の支店長、ヨハネス・スティヒ氏だ。18人を引き連れて訪朝し、今月13日にウィーンに帰国したばかりだ。金総書記の健康悪化情報については、「北朝鮮滞在中は全く聞かなかった。正直に言って、帰国してその情報を知った次第だ」という。北朝鮮社会に大きな変化は感じなかったという。旅行プランにも変更はなかったと証言した。
 ツァヴァディル氏とスティヒ氏両氏からは北朝鮮の不穏な動きは最後まで聞くことができなかった。両氏が目撃したように、北朝鮮社会は本当に落ち着き、安定しているのだろうか。

金正男氏から呼び出された男

 北朝鮮最高指導者・金正日労働党総書記の長男、金正男氏(37)が最近、平壌から北京に戻ったという。日本のフジテレビ放送が17日、北京のホテルから出てきた金正男氏を撮影したという。ところで、正男氏は北京に戻った直後、欧州居住の知人の男に電話を入れ、北京に呼び出したはずだ。
 なぜならば、金正男氏が北京に戻ったという情報が流れた直後、欧州に拠点を置くこの男は勤務する会社に急遽、休暇を申請し、姿を消しているからだ。過去の実例から、この男が突然休暇を取る時は正男氏の呼び出しがあった時に限る。
 この男とは、当方が今年4月、このブログ欄で紹介した人物だ。本来、「ワン」という姓だったが、故金主席から「新しい名前を与える」といわれ、「ユン」と命名されている。「この男」の妻は金正日労働党総書記の最初の夫人だった故成恵琳夫人の親族に当たる。だから、この男は正男氏の「義兄」に当たる。
 正男氏は過去、訪欧した際、必ず「この男」に電話を入れて会っている。正男氏が2004年11月、訪欧した際もウィーンで再会している。もう一つ、興味ある点は、「この男」の父母は在日朝鮮人であった、という事実だ。
 さて、正男氏はこの男と再会した際、この男が欧州から持ち運んできたものを受け取る一方、新たに何らかの物品の調達を依頼するはずだ。この男が持ち込んだものが、金総書記の病気と関連があるのか、また、新たに依頼するものが、総書記の治療と関連するかは分らない。明らかな点は、正男氏はこの男を平壌と欧州間を繋ぐキーパースンとして重視していることだ。だから、この男の動向を詳細に掌握できれば、正男氏の言動の謎も解明できるかもしれない。

北朝鮮、世界郵便切手展示会に出品

 10日間、お休みして、28日に再登場しますとお知らせしましたが、再開を少し速めて、きょうから掲載を開始します。

    △    △

 ウィーン世界郵便切手展示会(WIPA2008)は18日から21日まで4日間の日程で市内の国際会議場で開催された。金正日労働党総書記の健康悪化説が流れる北朝鮮から同国郵便切手製造会社がWIPAに参加、同国製切手を出品し、注目された。
 国際会議場2階にある北朝鮮の展示スタンドには欧州の切手収集家たちが訪れ、同国製切手を購入する風景が見られたほどだ。同展示責任者のソン・ハン氏は「自分たちは平壌から来たのではなく、モスクワの北朝鮮切手会社から派遣された。客の入りはまあまあだ」と説明しながら、欧州の切手マニアの質問に快く応答していた。
 WIPA2008には世界から約430の出品者が参加していたが、北朝鮮製切手は切手マニアの間では高く評価されており、同国製切手は貴重な輸出品となっているという。なお、今月9日は同国建国60周年を祝賀したが、同60周年記念切手は既に売り切れたという。
 金総書記の健康悪化説に伴う国内情勢の動揺が予測されている中、北朝鮮は欧州開催の国際展示会に参加することで、国内情勢の安定を対外的にアピールした格好だ。
 客がいなくなった時を狙って、ソン氏に金総書記の健康悪化説について単刀直入、質問した。
「金総書記の健康悪化報道を知っているか」
「金総書記の健康問題が国内で報道されたとは聞かないから、大多数の国民はそのような情報を知らないだろう。しかし、海外で勤務する同胞はそのような情報を聞いているが、誰一人として信じていない。何時もの噂だと受け取っているだけだ」
「今回はかなり信頼性のある情報と見られているが」
「人間はある一定の年齢になれば、どこかが悪くなるものだ。金総書記も例外ではないだろう。だから、総書記が本当にどこかが悪いのならば、回復されることを祈願するだけだ」

「10日間の旅」

 “Ideal Family”という月刊誌で作家・清川妙氏が吉田兼好の「徒然草」から引用されていた言葉がとても印象的だった。そこで紹介する。
 「いづくにもあれ、しばし旅立ちたるこそ、目さむる心地すれ」。ちょっと旅に出るだけで、新しい発見ができる、というのだ。
 それだから、というわけではないが、当方も10日間余りオーストリアから外に出かける事にした。吉田兼好によれば、「どこへ」は余り重要ではない。旅に出ることが大切だという。
 2006年8月中旬からスタートしたウィーン発「コンフィデンシャル」も9月17日のこのコラムで840本目となった。結構、書いてきたものだ、と思う半面、「何を書いてきたのだろうか」といった自省に似た思いも湧いてくる。
 当方はこのブログ欄をスタートする時、朝、コラムを読んでいただく読者に「笑いと涙と感動、そして情報を提供できるコラムを供給したい」と決意した。考えれば、大それた野心だった、というべきかもしれない。果たして、840本のコラムの中で読者に「笑い」「涙」「感動」を与えたものがあっただろうか。あったとしても、その数は限られていただろう。全ては当方の力不足が問題だ。
 そこで当方は今回の「10日間の旅」に大きな期待を寄せている。新しい世界、出会いは好奇心を高揚し、新しい事を学ぶ意欲を回復できるかもしれない。冷戦時代、共産圏に初めて足を踏み入れた時の緊張感が懐かしい。いずれにしても、若い時と比べ、体力の減退を感じるだけに、どれだけ積極的に時間を有効に利用できるか分らないが、とにかく挑戦していきたい。
 旅に専念するため、18日から10日間、このブログ欄を休み、次回のコラムは9月28日から再開する予定だ。
 読者の皆さん、再びお会いしましょう。

金総書記の失権は始まっている

 「金総書記は自分で歯を磨く事は出来る」というニュースに接した時、北朝鮮最高指導者・金正日労働党総書記の統治能力は予想以上に緩みだしている、という思いにさせられた。もちろん、そのニュースが事実とすればの話だが、金総書記の「脳卒中」説から「回復の途上説」(韓国の金成浩・国家情報院長)、「一部痙攣が残っている」といった情報を聞くたびに、金総書記は既に独裁者としての絶対権力を手放しつつある、と強く感じる。
 北朝鮮ではこれまで、最高指導者の健康問題は最高の国家機密だった。金総書記の健康について、答えられるのは本人以外にいなかった。第3者が「金総書記は高血圧に悩まされている」といったら、それこそ後で大変だった。せいぜい、「健康悪化説は米韓の謀略だ」(同国ナンバー2の金永南最高人民会議常任委員長)とお茶を濁すだけだったのだ。
 それがここにきて、金総書記の健康状況が連日、かなり詳細に流れてきているのだ。そのニュース・ソースはズバリ、訪朝した5人の中国医者団であり、それを管轄している中国政府筋に違いない。米韓両国は中国筋から金総書記の近況情報を入手しているはずだ。
 金総書記は自身の健康問題を掌握する力を失う一方、付き添いの人間たちも金総書記の健康情報を中国医者団の手に握られてきたのだ。換言すれば、金総書記の健康情報を完全に掌握できる中国側は、同総書記の後継者問題に絶大の影響力を行使できる立場にもあるわけだ。ちなみに、後継者争いで金正男氏(金総書記の長男)が台頭してきた、という情報は、正男氏が中国指導部と密接な関係を持っていることからくる推測情報だろう。
 金総書記の統治能力の喪失は同総書記の健康問題だけではない。非核化プロセスにも遅かれ早かれ波及してくる問題だ。米韓日は「ポスト金総書記の北朝鮮問題」に対応すべき万全の体制を早急に整えなければならない。

若者たちは奇跡に飢える

 ローマ・カトリック教会最高指導者、ローマ法王べネディクト16世は12日から15日までフランスを訪問中だ。13日午後からはフランス南西部の小村ルルドを訪れている。人口1万6000人余りの小村ルルドで1858年、聖母マリアが14歳の少女、ベルナデッタ・スビルーに顕現して今年で150周年目を迎えた。聖母マリアのルルド顕現150周年を記念して、べネディクト16世は15日まで同地を巡礼する。
 羊飼いの少女ベルナデッタは喘息で悩まされていた。少女が牧場で独りでいた時、白服の聖母マリアが黄金の雲の中から現れ、洞穴の傍に教会を建てなさいを語りかけた。その2週間後、聖母マリアは少女にマッサビエルの洞穴から湧く水を飲みなさいと指示。そこで少女は洞穴の土を掘ると、鉱泉が湧き出てきたという。病む多くの人々を癒す「ルルドの水」の誕生だ。ルルドは、ポルトガルの羊飼いの3人の少女に聖母マリアが再臨した“ファティマ”(1917年5月)と共に、聖母マリアの再臨地として最も有名な巡礼地だ。
 バチカン放送によると、1858年以来、ルルドの水を飲んで6500回以上の癒しが記録されている。その内、66回はバチカン法王庁が公式に奇跡と見なしている。ルルドには毎年、約400万人が訪れているが、150周年の今年は600万人の巡礼者が訪れると予想されているほどだ。
 巡礼者には病人や老人たちが多いが、若者たちの姿も少なくない。教会関係者は「若者たちは奇跡を追体験したがっている。科学文明が席巻する今日、若者たちは奇跡に飢えている」と証言する。
 べネディクト16世のパリでの記念礼拝には、約26万人の信者たちが集まったが、その時の礼拝テーマは「信仰と知性」だった。これは決して偶然ではないだろう。べネディクト16世は「知性と信仰は対極するものではない」と述べている。
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