ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2008年12月

バチカン市国創設80周年

 ローマ・カトリック教会の総本山バチカン法王庁を含むバチカン市国はれっきとした国家だ。イタリアのローマ市の一角を占める世界最小国家で人口は約1000人だ。面積は0・44平方キロメートルに過ぎず、日本の皇居より小さい。ローマ市内にはバチカン関連の施設があり、治外法権を有している。そのバチカン市国が創設されて来年2月で80年目を迎える。それを記念して多数の関連行事が予定されている。
 当時の法王ピウス11世は1929年2月、対立が続いていたイタリアと合意し、法王領土を放棄する代わりにバチカンの独立を認めるラテラノ条約を締結した。それに基づき、バチカン市国が国家として承認されたわけだ。国連には常駐オブザーバーを派遣し、これまで世界の政治にも深く関与してきたことは周知の事だ。
 創設80年目を迎えるバチカン市国だが、その解体を要求する声が絶えないことも事実だ。英週刊誌ザ・エコノミストが「バチカンは国家としての外交権を放棄し、非政府機関(NGO)となるべきだ」と要求して反響を呼んだことがあるが、国連加盟国の一部からもバチカン市国解体論が聞かれる。
 バチカン市国解体要求の背景には、「真理の独占」を主張し、他のキリスト教会を「真のイエスの教会ではない」と宣言するバチカンに対して、プロテスタント教諸国を中心に根強い反発があるからだ。バチカン側には「イエスの教えを直接継続した弟子ペテロを継承するカトリック教会こそが唯一、普遍の教会である」という確信があるが、その排他的な確信が宗派間の対話の最大の障害となっていることは誰でも知っている現実だ。
 創設80周年の来年は、バチカン市国の解体論がメディアでも話題を呼ぶだろう。

中東・やりきれない繰り返し

 2008年最後のコラムとなる31日用のテーマを考えていた矢先、パレスチナ自治区ガザでイスラエル軍の空爆が始まり、29日現在で死者数は300人以上というニュースが届いた。国連記者室には多数のアラブ系記者がいることもあって、中東の情勢が刻々と当方の耳にも届く。アラブ系記者たちの怒りの声が記者室を占領する。
 レバノン出身のアオン記者は「イスラエル軍の虐殺だ。明らかに犯罪行為だ」と激しく怒る。同記者は「イスラエル側はハマスがミサイル攻撃を停止しなかったからと弁明しているが、ハマスのロケット弾の射程距離はせいぜい15キロだ。これまで死者も出ていない、イスラエルの空軍、戦車と比較できるものではない」と弁明する。
 パレスチナ出身記者は「われわれはイスラエルに生存権を奪われている。十分な食糧、医療のないガザ地域でイスラエル軍に包囲されているのだ。ハマスがイスラエルにロケット弾を撃つのは、パレスチナ民族の威厳を守る自衛行為だ」と主張する。
 国連記者室で先月、パレスチナ民族評議会(PNC)議員で著名な作家のファイサル・ホウラニ氏と話した時、同氏は「パレスチナ問題はわれわれが始めたものではない。イスラエルが武力で突きつけてきた問題だ」と指摘していたことを思い出した。
 イラク出身の中東問題専門家、ベアティ氏は「紛争の長期化はイスラエルにとって得策ではないが、国内にイスラム過激派を抱えるアラブ諸国の為政者にとっても好ましくない。イスラエル批判が無政策の自国の為政者への怒りとなって拡大する恐れが出てくるからだ。特に、エジプトとサウジアラビアの両国為政者たちがアラブ諸国の批判の的となる危険性が高い」と分析する。
 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の共通の聖地エルサレムから遠くないパレスチナのガザ地区で多数の血が流されている。しかし、これが初めてではない。やりきれない繰り返しに和平への気力が萎えてくることもあるが、国際社会は目を閉じるわけにはいかない。

ある北外交官との対話

 当方のブログ読者は既に気づいておられると思うが、当方は定期的に北朝鮮外交官と会い、話す機会を持ってきた。その外交官のプロフィールを詳細に説明することはできない。記者として貴重な情報源であるという理由もあるが、それ以上に、当の外交官の立場を配慮しなければならないからだ。多分、その外交官は当方と定期的に話していることを上司に報告済みかもしれない。さもなければ、自身の安全問題にかかわるからだ。
 さて、その北朝鮮外交官と先日、今年最後の会う機会をもった。来年2月には60歳を迎える同外交官は当方の質問を、ある時は無関心を装って、ある時は笑いながら聞いた。
 北朝鮮外交官は通常、メデイア情報には関心を示さない、というより、知らないことが多い。インターネットをサーフィンして情報を集めるといったことは、その担当分野の外交官しかしないことだ。しかし、知人の北外交官は通常のジャーナリスト以上にメデイア情報に精通している。金正日労働党総書記の健康悪化情報が流れた時も、その外交官は米韓日のメデイア情報を驚くほど熟知していた。
 「金総書記の健康回復が伝わってきたが、来年はどのような年となるか」と聞いた。外交官は「変わりないだろう」と疲れた声でいう。変革、改革という言葉は北では死語だ、とでもいいたいのかもしれない。
 オバマ米新政権の誕生についても「大きな期待はしていない」という。当然かもしれない。金総書記が健在である限り、路線や政策の大きな変化は考えられないからだ。米大統領は変わるが、北では金総書記が生きている限り、何も変わらないことを、この北の外交官は知っているからだ。
 ここにきて、金総書記の快復情報が頻繁に流れてきた。ほんの一時期、かすかに感じた変化、改革の可能性が再び遠ざかっていくのを、この知人もひょっとしたら感じているのかもしれない。

ウィーンの新コーヒー事情

 ウィーンは音楽の都として世界から観光客を招いているが、当地に足を踏み入れると一度は試してみたいものはウィーンのコーヒーだろう。ご存知だと思うが、ウィーンにコーヒー豆をもたらしたのはオスマン・トルコ軍だ。それ以来、当地ではさまざまなコーヒーが生まれた。ミルク・コーヒー(メランジュ)やアインシュペンナーはその中でも代表的なコーヒーだ。
 ところで、コーヒーの都ウィーンに数年前、米国のスターバックスが進出して以来、伝統的なウィーンのコーヒーではなく、米国のスターバックスのコーヒーを好むウィーン子が増えてきた。
 市内の喫茶店では2ユーロ50セント出せば1杯のコーヒーが飲めるが、スターバックスのコーヒーは安いので3ユーロ、高いのになると7ユーロにもなる。値段ではスターバックスのコーヒーが圧倒的に高い。にもかかわらず、ウィーン子はスターバックスのコーヒーを好んで飲む。どこのスターバックスでも長い列ができている。
 そこで2、3の若者にその理由を聞いてみた。女学生は「スターバックスのコーヒーの名前はとてもナウ」といって、ジンジャーブレット・ラッテの名を挙げた。ある青年は「米国の文化の香りがするから」といい、「1杯のコーヒーで友人とゆっくりと話すことができる空間がある」という。
 不思議なことに、誰1人として「スターバックスのコーヒーが美味しいから」と答えた人はいなかった。スターバックスではコーヒーを楽しむというより、雰囲気や空間を提供する場所として若者に好まれているのかもしれない。要は、コーヒー以外の付加価値が魅力なのだ。
 コーヒー好きな当方は過去、数回スターバックスでコーヒーを飲んだが、コーヒーを飲みながら新聞を読むひと時を楽しむ当方には伝統的なウィーンの喫茶店の方が性に合う。

オンライン・ポーカーの人気

 欧州ではここ数年、ポーカーの人気が高まっている。アマのプレイヤーが2003年、プロのポーカープレイヤーが参加する試合に出て、そこで勝って以来、オンライン・ポーカーがブームを呼び、ポーカー人口が急増している。ニーズに応じるように、朝からテレビでポーカー試合を放映しているほどだ。
 経験に基づく駆け引きだけではなく、運が大きく左右するポーカーでは、初心者が勝つこともある。しかし、試合に勝ち続けるためには運だけでは十分ではない。俗に言うと、相手を騙す能力が要求される。ポーカー・フェイスだ。例えば、ストレートをハイカードで破ることも可能だからだ。だから、ポーカーの世界でも熟練が要求される。
 現在、プロのポーカー世界で最も実績のあるプレイヤーは米国のフィル・ヘルムート氏(Phil Hellmuth)だろう。世界ポーカー選手権(WSOP)に11度勝ち、11個のチャンピオン腕輪を持っている。同氏はゲーム中もうるさく、派手な言動を好むので、相手のプレイヤーからは嫌われている。悪童と呼ばれたプロ・テニス界のジョン・マッケンロー選手のような存在といえば、理解してもらえるかもしれない。
 プロのポーカー選手にはハーバード大学教授だった人物もいるし、博士号を持つプレイヤーも少なくない。持ちカード、相手カード、そして残りのカードが織成す勝率の世界だろう。その世界に魅せられる人が今、増えているのだ。もちろん、一攫千金を狙う人もいる。オンライン・ポーカーだけでミリオネアーとなったプレイヤーも出てきている。

ナンシーが来た

 クリスマスの前日、国連記者室にナンシーが訪ねてきた。誰も彼女が来ると考えていなかったから、一様に驚いた。
 彼女は国連報道部に所属していたが、病気となり、治療をしながら勤務していたが、最終的には早期退職となった、というところまでは皆が知っていた。あれから5、6年が経過しているから、ナンシーが国連記者室を訪れる、なんて考えた同僚は誰もいなかった。年取ったナンシーを見て当方を含む部屋にいた記者たちは一様に仕事の手を休めた。彼女を無視して仕事を続けることができる記者など国連記者室にはいなかった。彼女は一時期、記者たちにとって国連の窓口のような存在だった。
 ナンシーの話が始まった。夫は家庭内では暴力を振るった。彼女は夫が怖かった。いつしか酒に逃げる生活が始まった。その通りだ。当方が知っているナンシーはアルコール中毒患者だった。手が震えていた。国連の同僚たちは皆、ナンシーがアルコール中毒と知っていたが、どうしてそうなったのかの事情を知っている同僚は余り多くいなかった。
 夫と別れ、娘とウィーンで生活をしてきた。幸い「国連から年金が入る」という。それに社会福祉関連の手当てなどで、どうにか生き延びてきたという。
 久しぶりに故郷の米国に帰る計画を考えた直後、パスポートを失ったので、ウィーンの米大使館領事部にパスポートの再発行を願いに行ってきたという。「出生証明書がいるというのよ」とナンシーはまるで他人事のように言うと、小さく笑った。
 彼女は最近、背骨の痛みで苦しんできた。椅子に座ると少しは楽になるが、長時間歩くのは苦痛だという。
 ナンシーは自分の話を終えると、時間がきた、というようにゆっくりと立ち上がり、記者室から出て行った。自分の話を聞いてくれた記者たちに感謝するように、一度振り返るとニッコリと笑った。

中国官製聖職者組織創設50年

 北京夏季五輪大会の開催前までは、中国の宗教政策に大きな変化が期待される一方、ローマ・カトリック教会総本山バチカン法王庁(バチカン市国)との関係正常化も近い将来、実現されると思わされたものだ。ところが、夏の祭りが終わると、中国からは強硬姿勢しか伝わってこない。
 中国政府公認のカトリック愛国協会が設立され今年で50年目を迎えたが、バチカンとの関係改善の兆しは見られず、北京からは従来の前提条件、‖耋僂抜愀乎農筺↓∋紛鞠ぬ燭覆匹旅馥睫簑蠅悗隆馨陳篁澆繰り返し主張されるだけだ。
 創設50年祭が今月19日、北京の天安門広場の民族大講堂で開かれ、共産党中央委員会の杜青林委員は、カトリック愛国協会の政府への忠誠を評価する一方、「バチカンは中国の内政に干渉すべきではない」と警告を発する事を忘れなかったほどだ。
 ローマ法王べネディクト16世は法王就任後、中国との外交関係樹立を実現するために積極的な外交交渉を水面下で行ってきた。昨年6月30日には、書簡「中国人への手紙」を発表し、そこで、|羚餠産党独裁政権下で弾圧を受けている地下教会の聖職者、信者への熱いメッセージ、∨無政権に対しては「信仰の自由」の保証、特にバチカンの聖職者任命権の尊重を要求した。なお、中国カトリック愛国協会は過去50年間で170人の司教を独自に任命したが、バチカンが後日、その多くを追認している。
 ちなみに、香港のカトリック教会最高指導者・ゼン枢機卿は今年に入り、「中国当局は官製聖職者組織『愛国協会』を解体すべきだ」と主張したが、今のところ、それは中国当局に届く声にはなっていない。

クリスマス・シーズンの慣習

 11月中旬からクリスマス・イブの1カ月間余り、仕事でお世話になった知人に小さなプレゼントを贈る。毎年繰り返される行事だが、プレゼントを贈る知人リストに変化があっても、職業柄、情報提供者が主だ。こちらが興奮するような情報を提供してくれた知人は今年、残念ながらいなかったが、周辺情報や関連情報を教えてくれた知人には「来年も宜しく」といった思いを込めクリスマス・シーズンに小さなプレゼントを持っていくのが長年の慣習となった。
 ほとんどの場合、コンディトライ(Konditorei、洋菓子喫茶店)特製のチョコレートを持っていく。大きさ、値段まで手頃なうえ、クリスマス・シーズンにチョコレートがマッチしていることもある。記者の中には大量のワイン類を購入し、情報先にプレゼントする者もいるが、当方はアルコール類をたしなまないので、ワイン類を知人にプレゼントするのに少々抵抗がある。どのワインが美味しいのか、まったく知らない。美味しくもないワインをプレゼントされても相手側が迷惑だろうと考えるからだ。
 クリスマス・イブの前日(23日)、市内の喫茶店で知人に会った。そして「家族で食べてください」とチョコレートをプレゼントした。今年最後のクリスマス・プレゼントだ。知人は「ありがとう」といって受け取り、「来年1月末にまた会おう。食事でも一緒にしながらじっくりと話したいね」という。
 知人もクリスマス用のプレゼントを用意しなければならない相手がいるのだろう。じっくりと1年間を振り返る時間がない。当方もそれを知っているから、「そうですね。また会いましょう」とだけいって別れた。
 「今年もこれで終わった」と思いながら、チョコレートの入った紙袋をもって歩いていく知人の後姿をちらっと追った。

金敬淑夫人の所在確認が難航

 オーストリア駐在の北朝鮮担当韓国外交官は「金敬淑夫人がウィーンに帰国済みか、確認が取れない」と頭を悩ましている。金敬淑夫人は金光燮・駐オーストリア兼国際機関担当北朝鮮大使の夫人だが、故金日成主席の実娘であり、金正日労働党総書記の異母妹に当たると説明した方が分りやすいかもしれない。金夫人は、故金日成主席と金聖愛夫人との間に生まれた長女だ。
 金夫人は大使がウィーンに就任した当初(1993年3月以降)、土曜日の学習会には夫と共に大使館に顔を見せていたが、ここ10年間余りはめったに大使館に姿を見せない。通常はウィーン市23区の私邸に篭っている。2人の息子たちが成長し、平壌に戻って以来、夫人の姿を確認することは一層難しくなった。
 金夫人について確認済みの情報は、/年前、膝を痛め、治療のために長期間帰国したこと、∨朝した「オーストリア・北朝鮮友好協会」のメンバーたちを金総書記に会わせるためにとりなしたこと―の2点だ。、
 韓国外交官によれば、「夫人は北朝鮮に滞在中だ」という情報から、「大使と共にウィーンに戻ってきた」という情報まである。確認する方法は大使私邸を訪ね、一日監視すれば分ることだが、「外交官が他国の外交官私邸を監視すれば、発覚した場合、オーストリア外務省に連絡され、外交上まずくなる」という懸念がある。外交官はさまざまな特権を享受している半面、国の看板を背負っているためにジャーナリストとは違って行動に一定の制限があるのだ。
 ちなみに、当方が入手した情報によれば、金夫人はウィーンに戻ってきている。夫人の顔は父親(故金主席)似で、大柄だ。

吼える欧州の若者たち

 ギリシャの首都アテネで今月6日、15歳の少年が警察官に射殺されたことを契機に発生した若者たちの暴動は、政府の統治能力すら脅かすほどの規模に拡大したが、若者たちの暴動はギリシャだけではなく、フランス、スペイン、ドイツなど各地に広がる危険性を内包している。
 金融危機で来年、リセッションが予測されている欧州では、若者の失業率が拡大する一方、キリスト教の伝統が次第に消滅し、それに代わる世界観が見いだせない今日、オリエンテーションを失った数多くの若者たちが何かのきっかけで暴発する危険性が高まっているのだ。
 特に、ネオナチ的な活動にエネルギーを注ぐ若者たちが欧州各地で再び増加してきている。最近では、ドイツとオーストリア両国の国境の町パッサオで警察署長がネオナチ活動家に刺される事件が生じたばかりだ。
 オーストリア日刊紙クリアは20日付で欧州のネオナチの活動を特集している。それによると、ドイツでは極右政党「ドイツ国家民主党」(NPD)が活発で、同国では180のネオナチ・グループ、約3万人のメンバーがいると推測されている。ハンガリーでは昨年8月結成された「ハンガリー防衛団」がジプシー、ロマ人、外国人を襲撃し、大ハンガリーを標榜。隣国のチェコでも貧しい北ボヘミアの工業地帯でネオナチたちがジプシーを攻撃している。北欧やバルト3国でも伝統的にネオナチが多く、代表的なグループとしてスウェーデンの国民前線(前・民族社会前線)が存在する、といった具合だ。彼らの多くはインターネットを通じて国境を越えて連帯しあっている。
 吼える欧州の若者たちに、政府もキリスト教会も対応策を提示できず、手をこまねているのが現実だ。
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