ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2009年12月

「法王転倒」の過大報道の結果

 ローマ・カトリック教会最高指導者、ローマ法王べネディクト16世が24日、クリスマス・ミサ(Christmette)のためサンピエトロ大聖堂に向かう途上、1人の女性(25)が法王に飛びつき、警備員が素早く女性を倒したが、その勢いで法王も転倒したハプニングはまだ記憶に新しいニュースだ。
 全世界のメディアは即、「ローマ法王、襲撃される」とセンセーショナルに報道した。ジャーナリストの中には、前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世が1981年5月13日、サンピエトロ広場でアリ・アジャ(Ali Agca)の銃撃を受け、大怪我を負った事件を想起させる記事を送信した者もいた。YouTubeでは、女性が柵を越えて法王に飛びつこうとするシーンを撮影したビデオが流れた。
 しかし、出来事はシンプルだ。精神的に不安定な若い女性が法王に接近しようとしただけだ。銃やナイフといった武器は持っていなかった。当方はブログ欄でハプニングを総括し、「若い女性がぶつかり、法王が倒れ、随伴していた枢機卿も転倒して、骨折した」と書く程度に留めたぐらいだ(「ローマ・カトリック教会の“老い”」2009年12月26日)。それ以上でも以下でもないだろう。ましてや、「襲撃」ではないことは明らかだ。
 出来事がメディアによって大事件のように報道された結果、法王の肝心の記念ミサの内容はすっかり霞んでしまった……。バチカン法王庁の日刊紙オッセルバトーレのジョバニ・マリア・ビアン編集局長はこのように溜息混じりに嘆く。
 ビアン編集長は「それでなくてもクリスマスのメッセージをメディアを通じて世界に発信することは容易でない。それが、ハプニングが生じたためメディアの関心がそこに集中し、救い主イエスの生誕に関する法王のミサ・メッセージは霞んでしまった」と、メディアの過大報道に不満を吐露する。
 編集局長の嘆きは理解できるが、メディア関係者ならば、是非は別として、ローマ法王のクリスマス・ミサの内容よりも、若い女性が法王を転倒させたハプニングの方がニュース・バリューがあると直ぐに判断するだろう。
 いずれにしても、82歳の法王に何もなかったのだから、バチカン側は法王のクリスマス・ミサが霞んでしまったと不平をいわず、法王転倒の過大報道の結果として甘受する以外にないだろう。

ジャーナリストの医療診断

 オーストリア日刊紙プレッセを読んでいたら、非常に興味深い小記事があった。ワシントン大学の医療関係者が65歳以上の約3000人を対象に5年から8年間にわたり調査した結果によると、認知症の患者ががんに罹る率は平均値よりほぼ70%低かった一方、がん患者が認知症に悩まされる危険性は43%少なかったという。この調査結果は専門誌に公表された。どうして認知症患者のがん危険率が低く、逆に、がん患者の認知症になる率も低いか、等の説明は記事の中にはなかった。
 そこで当方は医者でもないのに「どうしてか」を考えてみた。以下、当方の「診断」だ。

 認知症患者は記憶を次第に失う。現実の動きを過去の記憶と照らし合わせて考える能力が減少する。換言すれば、過去の記憶がもたらすストレスが減少する分、がんにかかる率が低くなる。一方、がん患者は病を忘れることができない。「病気が悪化すればどうするか」「新しい治療方法は」等、頭の中でいつも考えている。病を忘れることができないため、記憶を司る脳の部分は常に緊張している。それが逆に、認知力の低下を防いでいるのではないか。
 全ての病の背後にはストレスが何らかの形で関与していると思うからだ。カナダ人の生理学者ハンス・セリエの「ストレス説」に基づく。ストレスが特定の病ではなく、さまざまな病気を誘引する有害要因となるからだ。そこで、認知症とがんの関連をストレス説の観点から考えてみた次第だ。
 医者でもない一介のジャーナリストがそのようなテーマを考えたところで、暇つぶしになっても、あまり意味がない。その上、そのような素人診断をコラム欄に紹介するとは無責任だ、と指摘されれば、弁解の余地はない。
 ただ、当方も11年前、がんに罹り、数年間、治療を経験したこともあって、がん患者の認知症にかかる率が低い、と書いてあった記事に目が止まったのだ。特に、最近、物忘れもひどく、いよいよ認知症の兆候か、と内心心配していることもあって、両者の関係を指摘した記事を見過ごせなかったのだ。
 ただし、当方のコラムが読者を混乱させたとすれば、許してほしい。人間は結局、身近な問題(健康問題)にもっとも関心がいってしまうものだ。
 今年もあと1日を残すばかりとなった。読者の皆さんも健康に留意され、新年を心身ともに健康で迎えて下さい。今、病に悩まされている読者がおられたら、ストレスをプラス・エネルギーとして、強く逞しく生きて下さい。

来年のCTBT早期発効を占う

 ウィーンの国連機関では今年、「核兵器なき世界の平和実現」を標榜して登場したオバマ米大統領のお陰で、これまで国際社会のスポットライトを浴びることが少なかった包括的核実験禁止条約(CTBT)機関が蘇生してきた一年だった。いよいよ来年2010年は正念場を迎える。ズバリ、米国がCTBTを批准するかが問われる。核拡散防止条約(NTP)の再検討会議が来年5月に開催されるが、米国がCTBTを批准するとすれば、その前後と予想されている(CTBT機関トゥボルク報道官)。
 これまでの流れから判断すると、米国が批准する可能性は高い。オバマ大統領はプラハ演説の中でもCTBTの早期発効の重要性を強調している。しかし、確実とはいえない。同国上院本会議は1999年10月、条約の批准を否決しているからだ。
 ジュネーブの軍縮会議でCTBTが作成され、96年9月の国連総会でその署名が開始された。あれから来年で14年目を迎える。12月末現在で、署名国182国、批准国151カ国、条約発効に署名・批准が不可欠の、研究用、発電用の原子炉を保有する国44カ国では35カ国が批准を完了。未批准国は米国、中国、インドネシア、イラン、エジプト、イスラエル、インド、パキスタン、北朝鮮の9カ国だ。インド、パキスタン、北朝鮮の3国は署名も終わっていない。
 さて、米国が来年、条約に批准すれば、残りの8カ国に批准へのドミノ現象が予想される。先ず、国際社会から孤立を嫌う中国が批准に動き出すだろう。同国は1999年、条約の批准寸前だったが、米軍のベオグラード空爆に反発、批准を無期延期した経緯がある。インドネシア、エジプトも批准するだろう。米国の圧力もあって、イスラエル、インド、パキスタンも批准を余儀なくされるだろう。
 ここでも問題となるのは、イランと北朝鮮の両国だ。イランの場合、核問題で欧米諸国の強い批判を受けている。国連安保理が追加制裁を決定したならば、イランが一層、強硬路線に走る危険性がある。実際、テヘランは最新の遠心分離機開発と同時に、新たなウラン濃縮関連施設の建設を計画している。核問題の進展如何では、イランがCTBT条約の発効を人質にすることも考えられる。
 北朝鮮の場合、全ては米朝交渉にかかっている。米国が平壌の要求に譲歩し、対話路線を継続すれば、北の条約署名は難しくはないかもしれないが、批准までいくかは不確かだ。米国のCTBT批准後、北にとって条約の署名、批准はこれまで以上に重要な交渉カードとなるからだ。ちなみに、韓国国防研究院(KIDA)は、北が核保有国のステイタスを得るために3度目の核実験を実施する可能性があると予測している。

「家庭崩壊」は環境汚染の一因に

 コペンハーゲンで開催された気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)は、法的拘束力のある新しい枠組みづくりは実現できず、「コペンハーゲン宣言」を留意するという決議を採択して閉幕した。
 何をいまさらいいたいのか、といわれるかもしれないが、書き忘れたことがあるのでここで言及する。
 環境問題はもはや一部政治家の課題でもなく、中国、インド、ブラジルといった新興国の対応次第でもない。当方が指摘したい点は、「家庭の崩壊」と「環境問題」が密接な繋がりがあるということだ。
 「家庭崩壊」といわれて久しいが、離婚の増加、シングルの増加が環境悪化の誘因となっている。換言すれば、離婚はCO2の放出を増加する原因の一つという事実だ。
 説明する。結婚しない人々が増え、離婚が増えれば社会は確実に変化する。先ず、住居構造が変化せざるを得ない。例えば、ウィーン市は市営住宅を運営しているが、その住居構造はこれまで大家族を前提に設計されてきた。少なくとも、5人家族だ。となれば、3部屋ないしは4部屋構造の住居が必要だ。設計士や建築家は部屋数を考えなければならない。しかし、結婚しないシングルが増えると、部屋数は3部屋もいらない。子供部屋も設計図から排除できる。その一方、シングルが増えるので住居数が必要となる。公営住宅の設計士は今日、シングル用住居を多く建設しなければならないわけだ。
 その結果、どうなるか。これまで5人家族が夕食、一緒にテレビを見ていたが、その5人がそれぞれシングルの住居を構えると考えればいい。1軒に1台のテレビ、洗濯機、風呂場が必要となる。そうなれば、電気、ガス、水が多く使用される。1人1人が自動車を利用すれば、排気ガスが当然増える。
 これで分かるように、シングルが増えることで、環境汚染が更に拡大するわけだ。これは「風が吹けば桶屋が儲かる」という論理ではなく、現実の論理だ。
 当方が知る限りでは、この点を指摘したCOP15の参加者はいなかった。そこで少し遅くなったが、書き記した次第だ。健全な家庭つくりは、環境保護にも繋がる大切な課題であることが一層、判明するのではないか。

女将さんとチーズケーキ

 当方は一時、スポーツ記者として野球場やサッカー場を重いカメラバックを抱え、走り回っていたことがある。当方が20代後半の時代だ。そこで多くの経験や失敗を重ねたが、忘れることができない思い出もある。大相撲の女将さんシリーズだ。
 当方は14日間、相撲部屋を訪ね、そこで親方の女将さんたちを紹介する記事を連載した。30年前以上のことで、記憶は確かでない部分もあるが、楽しい取材だった。
 相撲部屋の中心はもちろん親方だが、その親方を支え、入門したばかりの若い弟子たちの母親代わりになって世話をする存在が親方夫人の女将さんだ。ちなみに、相撲界では親方の女将さんは美人が多い、といわれてきた。
 佐渡ケ嶽部屋(元横綱琴桜)の部屋を取材し、女将さんにインタビューした。部屋の経営の苦労話などを聞いた後、お礼をいって帰ろうとすると、女将さんはお茶と一緒にチーズケーキを運んできた。「私が作りましたのよ」という。女性が家でチーズケーキを作る、ということ自体、当時は非常に希で、かなりハイカラなことだった。
 お相撲さんの鬢付油の匂いが漂う相撲部屋で食べたチーズケーキは当方の記憶に深く刻み込まれたのだろう、女将さんとの会見内容は忘れたが、お皿の上のケーキはいまなお鮮明に思い出すことができる。
 ウィーンは音楽の都だが、日本からも職人さんがケーキを学びにくる洋菓子の本場でもある。当ブログ欄でも「175年目を迎えたザッハートルテ」(2007年4月13日)を紹介したことがある。ザッハートルテはチョコレートケーキだ。ウィーンのコーヒーと甘いザッハートルテは旅行者には欠かせられないウィーン名物だろう。
 ところで、当方がチョコレートケーキよりチーズケーキを好むのは、適度の甘さに、舌の上でチーズの薫りが広がる、ということもあるが、スポーツ記者時代に取材した女将さんの手作りチーズケーキの“衝撃”が余りにも強烈だったからかもしれないと思っている。

ローマ・カトリック教会の“老い”

 ローマ法王べネディク16世(82)が24日、クリスマス記念礼拝のためサンピエトロ大聖堂に向かって歩いていた時、1人の若い女性が法王に向かって飛びつき、警備員が即、女性を倒し、その勢いで法王も転倒した。法王は怪我はなく、礼拝は予定通り行われた。拘束された女性は「精神状況が不安定」という。
 バチカン放送によると、女性は25歳、イタリアとスイスの国籍を有する。「法王、襲われる」というブレーキング・ニュースが流れた時、世界11億人のカトリック信者たちは驚いたことだろう。
 ところで、バチカンからの外電を読んでいると、ドイツ出身の法王が転倒した時、随伴していたフランス人枢機卿も転倒し、骨折し、病院に運ばれたという。当方はこのニュースにもっと衝撃を受けた。
 ローマ・カトリック教会の階級では、枢機卿は法王に次ぐ最高位聖職者で、バチカン法王庁の政策を決定する最高意思決定機関に属する(法王が倒れた場合、次期法王を選出するコンクラーベが招集されるが、80歳以下の枢機卿が投票権を有する。現在、有資格者の枢機卿は112人だ)。
 当方が衝撃を受けたのは、ローマ法王を筆頭に世界のカトリック教会を指導する枢機卿たちが高齢者集団であるという事実を改めて知らされたからだ。枢機卿たちは信仰歴も長く、牧会経験も豊富だが、いつ倒れ、怪我をしても不思議ではない高齢者が多い。今回骨折したフランス人枢機卿は87歳だ。“空飛ぶ法王”と呼ばれ、強靭な体力を誇った前法王、故ヨハネ・パウロ2世も風呂場で倒れ、腰の骨を折ってからは、完全には体力を回復できずに終わった。
 平信徒の教会刷新運動「われわれは教会」のように、ローマ・カトリック教会の改革を求める声は世界至る所で聞かれる。聖職者の独身制の廃止運動もその一つだ。しかし、70歳、80歳台の枢機卿たちが教会の頂点にたつ現教会体制では新鮮な考えや斬新な改革案は飛び出さないだけではなく、健康問題という爆弾を常に抱えている。
 ローマ・カトリック教会の現体制は旧ソ連連邦の崩壊直前のそれと似ている。レオニード・ブレジネフ書記長の死後(1982年11月)、ユーリ・アンドロボフ、そしてコンスタンティン・チェルネンコの高齢指導者の短命政権が続き、ソ連国民からは「健康で若い指導者待望論」が飛び出したことがあった。
 「女性がぶつかり、法王が倒れ、随伴していた枢機卿も転倒して、骨折した」というニュースは、当方にはローマ・カトリック教会が抱える“老い”を強く感じさせた。

クリスマスに思う

 今日はクリスマスだ。日頃は教会に足が遠ざかっていた人々もこの日は教会を訪れ、家族と一緒に記念礼拝に参加する姿がみられる。日頃は空席が目だった教会もこの日は信者たちで一杯となる。イエスの生誕を称える聖歌や賛美歌が流れ、1年間の疲れを洗い清める気持ちになる日なのだろう。オーストリアでは、クリスマス・シーズンに入ると、多くの慈善団体の募金活動も活発化する。
 「毎日がクリスマスだったら、世界は少しは平和かもしれない」と多くの人は考えるが、当地のメデイアは「クリスマス休暇中には家庭不和が原因で殺人や不祥事が通常の日より多く発生している」という犯罪統計を紹介していた。
 1年に1度、バラバラだった家族が結集する日がクリスマスだ。だから、楽しい話だけではなく、忘れかけていた葛藤が飛び出すこともあるのだろう。
 キリスト教社会の欧州に住む異邦人のクリスマスの過ごし方はどうだろうか。子供たちに強請られてプレゼントを買う家庭もあるが、多くのイスラム教徒の家庭ではプレゼントの交換などしない。普通の休日だ。友人を訪れたり、招いたりするが、特別なことはない。イスラム教徒にとってクリスマスのような祝日は年に2回、ラマダン明けの祝日とメッカ巡礼者を祝うイード・アル・アドハー(犠牲祭)だ。
 当方が30年前、欧州に初めて駐在した年のクリスマス、オーストリア人の友人が当方を彼の実家に招いてくれた。クリスマスを独りで過ごすのは可愛そうだと思ったのだろう。友人の実家では全ての親族が集まっていた。クリスマス・イブになると、クリスマス・ツリーの下に置いてあったプレゼントを互いに交換した。当方にもプレゼントが用意されてあった。綺麗な包装紙の中身はワイシャツだった。一晩中、世間話や家族問題などを話しながら過ごした。
 欧州のキリスト教社会でも最近、クリスマスはプレゼント交換の日で終わるのではなく、クリスマス本来の意味について考える機会とすべきだ、という声が聞かれる。ローマ・カトリック教会の最高指導者、ローマ法王ベネディクト16世は2007年12月19日、一般謁見で「信仰のないクリスマスは空虚であり、内容がない」と語った。なんと明快な指摘だろうか。

十字架論争と「多数原理」

 オーストリアの二ーダーエスタライヒ州ローマ・カトリック教会サンクト・ペルンテン教区のクラウス・キュンク司教は、同州の父親が幼稚園の十字架で子供が不快感を感じていると不満を表明した事に対し、「二ーダーエスタライヒ州の公営幼稚園では児童の多数がキリスト教会に所属する家庭の出身者である場合、幼稚園に十字架をかけてもいいということになっている。二ーダーエスタライヒ州はカトリック州であり、住民の多数はキリスト信者だ」と述べている。
 ストラスブールの欧州人権裁判所(EGMR)が先月3日、イタリア人女性の訴えを支持し、公共学校での十字架を違法と判決して以来、欧州各地でこのような苦情が保護者から届けられている。
 EGMRの判決文によると、「公共学校内の十字架は親の養育権と子供の宗教の自由を損う違法行為」という。
 当方は公共幼稚園や学校で十字架をかけることに反対しない。幼い時から宗教的環境下で教育をすることは大切だからだ。しかし、キュンク司教の説明には賛成できない。十字架を擁護するため民主主義の「多数原理」を駆使し、「多数が良しとするならば、それを尊重すべきだ」という司教の論理に抵抗を覚える。
 司教は十字架の意義については何も言及していない。反論として不十分だ。なぜならば、EGMRは判決文の中で「十字架は原罪からの救済というキリスト教の教義を象徴したもので、単なる欧州文化のシンボルではない」と指摘しているのだ。すなわち、欧州人権裁判所は「十字架」の神学的意味まで踏み込んで、「公共学校内の十字架は欧州人権憲章とは一致しない」と判断しているからだ。
 キュンク司教は「多数原理」で逃げるのではなく、十字架に反対の両親に十字架の意義を説明し、説得を試みるべきだ。「多数原理」が事の是非を決定する尺度、というならば、極端な例だが、ヒトラーが国民の多数の支持を受けて政権を掌握していった史実に対しても何もいえなくなる。
 多数が正しいという論理は、少数意見が間違っているかどうかを慎重に検討した後にだけ説得力をもつ。「多数原理」が先行した論理は危険だ。
 もう少し付け加えるならば、カトリック教会を含む全ての宗教はそれぞれ絶対的価値観を有し、それを信奉している。相対的価値観を尊重する民主主義とは、その点が異なる。キュンク司教はそれを知りつつ、民主主義の基本、「多数原理」を十字架擁護で利用しているわけだ。他人の褌で相撲を取っているようなものだ。

日本学研周辺が学生デモの拠点に

 警察隊が21日早朝、学生たちによって占領されてきたウィーン大学大講堂に突入し、学生たちを退去させ、61日間続いた学生不法占領に終止符を打った。
 ホールにいた15人余りの学生たちは抵抗なく退去する一方、学生たちに混ざって闖入していた約80人のホームレスたちもメインホールから出て行った。
 学生たちは学費無料、教育政策の改善などを訴えてウィーン大の大講堂(Audimax)を占領し、文部省関係者との対話を要求する一方、路上デモを繰り返してきた。最高時にはオーストリア全土で約2万人の学生たちがデモに参加した。
 学生デモは当初、ウィーン市民らの支援を受けていたが、大講堂が長期占領されたため通常の講義ができなくなった。そこで大学側が別の場所を借りて講義を行ってきたが、そのための経費は膨らんできた。それに呼応して、市民の学生デモへの支持は減少していった。
 結局、10月22日から始まった学生運動は大きな成果をもたらすことなく、クリスマスが近づくと、メインホールに居座ってきた学生たちの数は減少する一方、暖かい場所を探して闖入してきたホームレスたちの数が学生数を大きく上回っていった。
 ところで、ウィーン大の大講堂は解放されたが、左翼学生たちはウィーン大日本学科研究所があるキャンパスの聴講ホールCを依然、占領している。左翼学生たちはそこを拠点にデモを継続する考えだ。
 当コラムの読者ならご存知だが、日本学科研究所周辺に左翼学生たちが結集するのは決して偶然ではないだろう(「ウィーンと日本赤軍と北朝鮮」2007年6月7日、「駐ウィーン日本大使館の失策だ」09年5月25日)。
 なお、クリスマス休暇明けの新年1月7日以降、故郷から戻ってきた学生たちが再び、大講堂を占領する可能性があるとして、学校当局や警察当局は警戒を緩めていない。

ミスター・ミリンゴの今後

 ローマ・カトリック教会総本山、バチカン法王庁から17日、聖職者の全ての権利を剥奪され、還俗を命じられた世界的エクソシスト、エマニュエル・ミリンゴ大司教はイタリアの日刊紙イル・テンポのインタビュー(18日付)に応じ、「バチカンから還俗を言い渡されたとしても今後も世界的に伝道活動を続けていく」と表明し、バチカンの決定に拘束されない姿勢を明らかにした。
 その上で「バチカンを挑発する考えはまったくない」と断った後、「出来るだけ早急にイタリアに戻りたい」と語っている。すなわち、バチカンの本拠地イタリアで伝道活動やエクソシストとしての聖業を継続していくという。
 ミリンゴ大司教は2001年、世界基督教統一神霊協会(通称・統一教会)の祝福式に参加し、韓国人女性と結婚。06年にはローマ法王の許可なく4人の聖職者を司教任命したとして、ローマ法王ベネディクト16世から同年9月26日、破門宣言を受けた。

 バチカンの今回の制裁によって、ミリンゴ大司教は礼拝もサクラメントもできない。聖職者用の礼服着用も禁止される。
 具体的には、大司教という呼称はもはや使用できない。オーストリアのカトリック通信社(カトプレス)は早速、大司教ではなく、「ミスター・ミリンゴ」というタイトルで今回のバチカンの決定を論評している。
 ミリンゴ大司教は過去、聖職者の中でもカリスマ性のある指導者としてその名声を誇ってきた。同大司教が行う礼拝や悪魔払いの儀式には多数の信者たちが集まってきた。それは破門された後も変らなかった。そのため、バチカン側は同氏のイタリア滞在を警戒してきた経緯がある。
 ミリンゴ大司教は07年10月、イタリアで聖職者の独身制に抗議するデモ集会開催を計画、イタリア入国査証(ビザ)を申請したが、却下されている。その理由は「官僚的な障害」というだけで、詳細な内容は明らかにされなかった。しかし、当時から「大司教のローマ入りを阻止したいバチカン法王庁がイタリア当局に圧力をかけた」といわれてきたほどだ。
 「大司教」から「ミスター」となったミリンゴ氏は今後、カトリック教会という枠組みから解放され、自由に伝道活動ができる。ミリンゴ氏がまだカトリック教会の「聖職者」であった時、バチカンは同氏の活動に干渉できたが、還俗して「ミスター」となった今、同氏の活動を阻止することは出来なくなる。バチカンにとって今回の決定は明らかに「誤算」といわざるを得ないだろう。

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