ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2011年06月

希望はアジア出身の次期事務局長

 ウィーンに本部を置く国連工業開発機関(UNIDO)はもはや再生の力を失っているようだ。
 来年に入ると2桁以上の上級職員が退職する。そうなれば、残念ながら、UNIDOはその機能を履行できなくなるのではないか、と懸念されているのだ。
 国連の専門機関として、UNIDO内部は「腐敗」と「縁故主義」で覆われている。UNIDOの職員が匿名条件に語ったところによると、旧ソ連KGB出身のロシア人幹部の周辺には、「若くでセクシーな女性たちが仕事などなく、うろうろしている」というのだ。ちょとした週刊誌ネタだが、「事実は小説より奇なり」といったところだ。同氏はプーチン首相の知己だという。
 プロジェクトを推進する時も通常予算から拠出されているにも関らず、追加資金を要求し、それを密かに利用するケースが少なくないのだ(UNIDO職員)。
 「グリーン産業の促進」を提唱しているが、グリーン産業が何かを具体的に答えられる職員は少ない。考えられないことだが、UNIDO内部の実態だ。
 それに対し、最大の分担金を担う日本は依然、UNIDOを支援している。だから、「日本は2カ国間で支援活動を実施した方が、相手国から感謝されるし、資金を有効に利用できる」といった助言が聞かれるほどだ。
 UNIDO工業開発理事会(IDB)が先日開かれ、2012、13年の両年の予算が決定された。それによると、12年度はゼロ成長だが、13年度はマイナス8%の大幅縮小予算だ。その主な理由は、英国が12年末に脱会するため、13年度の予算からその分担金が消えるためだ。どの加盟国も英国の分担金を肩代わりする意思のないことを表明済みだ。
 UNIDOはもはや生き延びることが出来ないのか。ウィーンの国連消息筋によると、「一つだけ道がある」という。13年に入ると、カンデ・ユムケラー現事務局長の2期目の任期が終わり、新しい事務局長が選出される。次期事務局長はアジア地域から選出される。アジア出身の事務局長が就任すれば、「今より腐敗が少なくなり、節約モードになるだろう」と期待されているからだ。
 具体的な候補国として、日本、韓国、中国の3国が挙げられるが、3国とも既に国連機関のトップを握っている。日本の場合、国際原子力機関(IAEA)の事務局長に天野之弥氏だ。韓国の場合、潘基文事務総長、中国の場合は世界保健機関(WHO)のマーガレット・チャン事務局長がいる。だから、日韓中3国以外のアジア地域からUNIDOのトップが選出されるというわけだ。
 参考までに、ウィーン国連内で囁かれている噂を紹介する。それによると、天野事務局長の1期目任期は13年で終わり、2期目を断念するシナリオだ。すなわち、「天野氏1期止まり」説だ。
 その背景には、UNIDOのトップに最大分担金拠出国の日本から事務局長を担ぎ出す余地が生まれ、同時にUNIDOの生存の道が開かれる一方、IAEAにとっても、加盟国内のアンチ天野陣営を宥めることができるというのだ。それゆえに、UNIDOとIAEA両機関から「天野氏任期1期止まり」説が密かに願われている、というのだ。

韓国・平昌市、3度目の正直?

  国際オリンピック委員会(IOC)総会が来月6日、南アフリカのダーバン市で開催される。総会では2018年度冬季五輪開催地が決定される。候補地としては、フランスのアヌシー市(同国南東部ローヌ・アルプ地方)、ドイツのミュンヘン市、そして韓国の平昌市の3都市が立候補している。
 下馬評では、今回が3回目の立候補となる韓国の平昌市が「3度目の正直」として開催地の栄光を勝ち取る可能性が高いと受け取られている。
 「平昌市最有力」説の背景について説明する。五輪開催地の誘致選は地域ローテーションという不文律がある。その原則からみると、平昌市は他の2候補地より断然有利だ。冬季五輪が06年トリノ大会(イタリア)、10年バンクーバー大会(カナダ)、そして14年ソチ大会(ロシア)と続くので、「次はアジア地域から」ということになるからだ。ソチ大会後、アヌシー市やミュンヘン市の欧州都市で開催される可能性は限りなく少ないからだ。
 それでは、どうして欧州2都市が立候補しているのか。地域別原則が以前ほど確実でなくなってきたからだ。近代五輪の開催地決定問題は巨額の資金力がものをいう時代に突入してきたのだ。国際スポーツ大会開催の経験が少なく、知名度が低いソチ市が14年冬季大会開催権を獲得し、熱い沙漠の国ドーハ市(カタール)で22年度世界サッカー選手権(W杯)が開催されることになったのもの、その豊かな資金力が決め手となった、といっても過言ではないだろう。
 平昌市は過去、2度、決選投票まで進出したが、もう一歩という段階で惜敗してきた。それだけに、同市民や政府の「今度こそは」という意気込みは他の2都市より強い。政府と国民が一体化して平昌市冬季五輪大会の開催を歓迎している、という点も心強い。
 韓国の李明博大統領は来月2日からアフリカ3国を公式訪問するが、南アで平昌市を応援するためにIOC委員たちに誘致を要請する。バンクーバー五輪フィギュアスケート女子金メダリストのキム・ヨナさんも総会の日には駆けつける予定だ。
 膨大な経済的なインパクトを与える五輪開催地誘致問題だけに、3都市は政界から経済界まで総動員して最後の誘致合戦を展開しているわけだ。
 最後に、日本にとって一つだけ懸念がある。隣国・韓国の平昌市が18年に冬季五輪開催地に決定した場合、20年の夏季五輪開催地に立候補を表明している東京都はほぼチャンスを失うことになる。18年冬季、20年夏季の五輪開催をアジア地域で独占することは五輪開催地域ローテーションからみて「かなり難しい」からだ。

敗北続くオーストリアの外交

 オーストリアはここにきて国際機関のポスト争いやビック・イベント開催誘致争いで悉く敗北し、昔の「輝き」を急速に失ってきている。
 モーツァルトの生誕地ザルツブルク市が2010年、14年の冬季五輪開催地に立候補した時、大方の予想に反し、決戦投票にも進出できず、第1回投票でいずれも敗北し、国民をがっかりさせた。最近では欧州安保協力機構(OSCE)事務局長にオーストリアが推すウルスラ・プラスニク同国前外相がトルコの拒否権にあって沈没。ローマに本部を置く国連食糧農業機関(FAO)事務局長選ではオーストリアから欧州連合(EU)の元農業・漁業担当委員、フランツ・フィシュラー氏が出馬したが、今月26日の投票で170カ国加盟国から10票しか獲得できず早々と敗北したのだ(ブラジル人でFAO中南米カリブ海地域代表のジョゼ・グラジアノ・ダシルバ氏が当選)。
 当方はこのコラム欄で「『輝き』を失ったオーストリア外交」(2010年12月13日)、「泣くな、ザルツブルクよ」(07年5月29日)などを掲載し、国際機関や五輪開催地争いで連敗が続くオーストリアを紹介した。
 オーストリアは昔、国際機関のポスト争いでは結構、強かった。クルト・ワルトハイム氏が国連事務総長に当選し、2期、10年間(1972〜82年)、国連機関のトップの重責を務めたことはまだ記憶に新しい。
 アルプスの小国オーストリアは冷戦時代、東西両陣営の掛け橋的役割を果たし、政治的にも中立主義を標榜していたこともあって、同国の政治家は国際機関のトップに選出されやすい立場にあった。
 しかし、冷戦が終焉して20年以上が経過した。中立主義はもはやその価値を失った。オーストリアより小国も多数誕生した。すなわち、同国が国際社会にアピールしてきた「アルプスの小国」「中立主義」といったメリットは既に過去の遺物となったわけだ。換言すれば、オーストリア出身政治家を国際機関のトップに選出する必然性も魅力もなくなってきた、という訳だ。その一方、中国を筆頭に、ブラジル、インド、トルコ、南アフリカなど、新興勢力が国際機関のトップの座を狙ってきている。
 オーストリアにとって残念なことは、同国の欧州連合(EU)加盟に尽力したアロイス・モック外相が辞任して以来、外相らしい外相が出てこなくなったことだ。シュビンデルエッガー現外相などは、「国内の経済界の利益を重視、外交に対するビジョンはまったくない」と酷評されている有様だ。
 オーストリアは冷戦後の政界情勢を踏まえ、その外交政策を再考する必要があるだろう。モーツァルト、ザッハー・トルテ(チェコレート・ケーキ)、中立主義、といった過去のキャッチフレーズから決別し、21世紀の新しい外交哲学を生み出すべき時を迎えている。

中国から欧州への「贈物」

 中国の温家宝首相の欧州3国訪問が始まった。24日にハンガリー入りし、25日中に英国に飛び、27日には最後の訪問先ドイツに行く。予想されたことだが、同首相は行く先々で、豊富な外貨準備高(約3兆ドル)を背景に、財政危機に悩む欧州諸国に向け、その経済力を誇示している。
 同首相は25日、欧州連合(EU)議長国ハンガリーの首都ブタペストで開催された中東欧諸国・中国経済フォーラムに参加し、「中国は財政危機下の欧州の国債を購入して、欧州経済を今後とも積極的に支えていく」とエールを送ったばかりだ。
 中国の支援表明に答え、ホスト国ハンガリーの右派政治家、オルバン首相は「中国は短期間で世界経済のリーダーになった」と称賛し、中国企業からの投資に大きな期待を寄せたほどだ。
 ところで、中国要人が欧州を訪問した時、いつも話題となる中国の「人権問題」については、温首相との会談では大きな話題とならなかったようだ。はるばる北京から訪問したゲストに不愉快な思いをさせない、といったホスト国側の気遣いもあったろうが、中国側が温首相の欧州訪問の2日前(22日)、同国の反体制派芸術家・艾未未(アイ・ウェイウェイ)氏(54)を保釈したことが功を奏したのかもしれない。中国の外交は抜け目がない。
 ハンガリーと中国間の経済協議では、中国の開発銀行がハンガリーに10億ユーロの貸付を提供する一方、中国側はハンガリーを西欧諸国への経済進出拠点と位置づけ、ハンガリーと中国両国の貿易総額を2015年までに200億ドル規模に拡大する予定という。ハンガリーのタマス・フェレギ開発相は「中国企業の投資でハンガリーで数千人の雇用が生まれる」と語っている。
 人口1000万人の小国ハンガリーにとって、中国から提供される財政支援は大きい。ハンガリー経済界が中国を経済再生の「ブースター」(Booster)と受け取ったとしても当然かもしれない。オルバン首相などは「中国からの歴史的支援だ」と大喜びだ。ちなみに、オーストリア放送は「中国のお陰でハンガリーはもはや心配がなくなった」というタイトルの記事をそのHPに掲載している。
 財政危機下にある欧州諸国にとって、中国の経済支援は喉から手がでるほど欲しい。中国はそのことを熟知している。一方、中国は欧州諸国との関係を深めることで、米国を牽制できる。その上、欧州の対中国武器禁輸を解除させたい、という狙いもあるはずだ。また、EUの対ギリシャ支援と同様、中国の対欧州財政支援も無条件ではなく、当然、“ヒモ付き融資”であることを忘れてはならないだろう。

“アラブの春”と少数宗派の立場

 チュニジアから始まり、エジプトで大きな変動をもたらした中東アラブ諸国の民主化運動(通称・アラブの春)は少数宗派にも少なからずの影響を与えている。
 エジプト最大の少数宗派、コプト派キリスト教会はムバラク政権下では黙認されてきたが、同政権が崩壊した今日、新政権との新しい関係を構築しなければならなくなってきた。
 コプト派の場合、イスラム根本主義組織「ムスリム同胞団」の動向が最大の懸念だ。議会選挙や大統領選で「ムスリム同砲団」が躍進し、政権を掌握した場合、最大の危機を迎えるからだ。
 カイロのタハリール広場で民主化デモが行われていた時、コプト派は民主化運動への対応で意見の対立があった。コプト派最高指導者シュヌーダ3世総主教はムバラク大統領、スレイマン副大統領、そしてシャフィク新首相らを支持すると表明したほどだ。同総主教は「彼らを守り、力を与えたまえ」と祈った。コプト派指導部には「ムスリム同胞団」が政権を掌握したら、シャリア(イスラム法)を導入するのではないか、といった不安が強いからだ。
 一方、シリアでも目下、少数派のキリスト教会(約10%)がアサド政権を支持し、反政府勢力を「イスラム過激派」と非難するアサド政権側の主張に理解を示している。
 その理由はエジプトのコプト派と良く似ている。すなわち、ヒズボラに近いイスラム過激派が政権を掌握した場合、国内の少数派のキリスト教徒は迫害されるのではないか、といった危惧が払拭できないからだ。アサド政権下では少なくとも寛大に扱われてきた少数宗派にとって、反政府勢力の背後に暗躍するイスラム過激派の台頭が脅威なのだ。
 例えば、シリアのギリシャ正教のグレゴリオス3世やカトリック教会司教たちはアサド政権を依然支持している。彼らは、「われわれは革命ではなく、改善を支持する」と主張、アサド政権下で緩やかな民主化を進めるべきだという立場を取っている。
 “アラブの春”は少数宗派のキリスト教徒らにとって“冬の到来”となる可能性が排除できない。だから、彼らは「宗教と国家」の分離を強く主張し、少数宗派の権利の尊重を訴えているわけだ。

スイスで外国人襲撃事件、増加

 スイスの「民族排斥主義犠牲者相談ネット」によれば、同国で外国人襲撃件数が増加しているという。昨年度、178件の事件が報告されている。実数はその数倍になると考えられている。
 襲撃される外国人としては、有色人種とイスラム教徒が多い。外国人排斥傾向は公共機関、例えば、警察署内でも生じているという。バチカン放送(独語電子版)が21日報じた。
 スイスの昨年度、犯罪総件数は65万6858件で、前年度比で2%減少したが、外国人関連法違反件数は2万8443件で、前年度比で7%急増した。
 スイス国民が外国人の犯罪増加を苦々しく感じていることは容易に推測できる。ちなみに、スイスの犯罪者の63%はスイス国民だが、37%は外国人だ(同国州の平均外国人率は20%を超えている)。
 外国人関連犯罪の増加は当然、国内の外国人排斥運動を助長させるだろう。例えば、同国で昨年11月28日、外国人犯罪者を国外退去できる連邦憲法の改正を問う国民投票が実施され、賛成52・9%、反対47・1%で可決されたばかりだ。
 同改正案は右派政党国民党(SVP)が提出したもので、殺人、暴行、麻薬関連法違反など重罪を犯した外国人は即、国外に追放できる。
 また、同国では2009年11月29日、イスラム寺院のミナレット(塔)建設を禁止すべきかどうかを問う国民投票が実施され、禁止賛成約57%、反対約43%で可決された。スイス国民がイスラム教徒の増加に不安を抱いていることが分る。外国人襲撃事件の犠牲者の中にイスラム教徒が多いのも決して偶然ではないわけだ。
 ちなみに、スイスでは1990年、イスラム教徒数は約15万人に過ぎなかったが、今日、その数は約40万人だ。過去20年間でその数が2倍半に急増している。同国では現在、約130のイスラム寺院がある。

「夏期休暇」一番乗りの北大使

 6月が終われば、いよいよ7月だ。欧州では夏期休暇シーズンの幕開きだ。大学を含め、学校は2カ月余りの夏期休暇に入る。社会人もこの期間、平均、2、3週間の休暇をとるのが通常だ。
 ところで、夏期休暇のために既に旅行カバンを引き出してきたウィーン駐在外交官がいる。北朝鮮の金光燮大使(金正日労働党総書記の義弟、金敬淑夫人は故金日成主席と金聖愛夫人との間の長女)だ。
 オーストリア大統領府に1993年3月信任状を提出して以来、駐在期間は18年間が過ぎた。もちろん、オーストリア駐在大使としては最長記録保有者だ。
 しかし、金大使は毎年、6月末から9月末まで3カ月間余りの夏期休暇を取る。夏期休暇の長さでも多分、駐オーストリアの大使の中でも一番だろうが、同大使は毎年、9カ月余りにしかウィーンで職務に従事していないことになる。厳密に計算すれば、大使の実質的駐在期間は13年余りだ。
 いずれにしても、18年間の間、解任の噂や欧州連合(EU)担当大使への人事など、さまざまな情報が流れたが、金大使は結局、ウィーンから動かず、今日に到っている。
 大使自身の「僕はウィーンが好きだ」説から、「空席のポストはなく、結局、ウィーンから動けなかった」説まで、金大使の長期駐在理由について、いろいろな憶測がこれまであった。
 北朝鮮では金総書記の三男・金正恩氏の後継が決定したが、2012年の「強盛大国」実現は程遠く、平壌では10万戸の住居建設計画も破綻、国民は故金日成主席が目標として掲げてきた「白いご飯に肉のスープを食べ、瓦の家で絹の服を着て暮らす」生活どころか、飢餓寸前の状況下にある。
 そのような母国に休暇で帰る金大使の心情はどうだろうか。金ファミリーの一員として、金総書記・金正恩氏を支えなければならないが、何ができるだろうか。
 欧州には金ファミリーの一員、金平一氏(故金主席と金聖愛夫人の間に息子)が駐ポーランド大使としている。金平一大使は1998年以来、ワルシャワに駐在している。昨年はウィーンの金大使と一緒に帰国したが、「今年は帰国できるか不明」という。
 駐ウィーン外交官としては最初に休暇に入るが、金大使の休暇は家族との再会以外、気の重い日々なのかもしれない。

英原子力主席検査官の「熱情」

 福島原発事故の現地調査(5月24日―6月2日)を実施し、懸命に復旧作業に従事する作業員たちを視察し、日本政府関係者たちとも会合してきた国際原子力機関(IAEA)の国際専門家査察団団長、英国原子力施設検査局主任検査官マイク・ウェイトマン博士(Mike Weightman)は21日、「原発の安全性向上で重要なカギは何か」という記者団の質問に、「安全性を向上させたいという熱情(パッション)だ」と、素早く答えた。

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▲国際専門家査察団ウェイトマン団長(右)=IAEA提供

 原発専門家から「パッション」(passion)という言葉を聞くとは予想もしていなかった当方などは、「なんと美しい言葉だろうか」と感動を覚えた。博士は原発事故の悲惨さを熟知しているはずだ。だから、「原発事故を解明し、事故が発生しない安全な原発を開発したい」という原発関係者の熱情を体現しているのだろう。
 同時に、博士は東日本大震災、津波で被害を受けた福島原発の現状と対応について、「客観的な評価が求められている」と強調することも忘れなかった。

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▲福島原発を視察する国際専門家査察団=IAEA提供

 事故は考えられないような“状況下”で発生した、と繰り返す。2万5000人以上の被災者を出した大震災下で生じた原発事故という立場を譲らない。「(研究のため)テーブル上に置かれた原発事故」という態度は決して見せない。核専門学者の前に一人の人間として原発事故の状況とその対応、課題点などを分析しようとしている。
 記者会見に参加した米女性記者は、「彼の英語は温もりがあった。感動したわ」と称賛し、「彼のような人物がIAEA事務局長に就任すればどれだけいいかしらね」と付け加えたほど、惚れ込んでしまった。
 当方も「パッションだ」といったあの美しいセンテンスが忘れられない。博士は、大震災、津波、原発事故という3重の被害を受けた日本人に限りない同情心を抱いている。その話し方で直ぐに聞き手に伝わってくる。
 英国原発専門家の中に博士のような人物がいたとは知らなかった。同博士が国際専門家査察団(12カ国から18人が参加)の団長として日本を訪問したということは、日本にとってこの上なくラッキーだった。
 国際専門家査察団がまとめた報告書は客観的な事実と査察結果が含まれていることは当然だが、その中には、「原発の安全性を向上させたい」という原発専門家たちのパッションも含まれているはずだ。福島原発関係者にとっても勇気つけられる内容も多いのではないだろうか。

「原発レース」の行方は

 福島原発事故の教訓と原発の安全性強化などを話し合う国際原子力機関(IAEA)主催の閣僚級会合は20日、5日間の日程でウィーンで開幕した。
 天野之弥事務局長は午後の記者会見で、「原発の安全性に関するIAEAの条約を改正する意向はないか」との質問に対し、「条約改正や憲章の修正には時間がかかる。われわれは長い外交交渉をする時間がない」と指摘し、現条約内で安全性の強化を迅速に実施する考えを表明した。
 換言すれば、福島原発事故の結果、原発一般に対し、その安全性に不安を感じる人々が増えている。長々と外交交渉をしている時ではない。現代風にいえば、「アクションの時だ」という表現になるだろう。
 一方、脱原発派は福島原発事故の発生を“神の声”と受け取り、「この時を逃がしてはならない」といわんばかりに攻勢をかけている。イタリアで12日、13日の両日、原発再開を問う国民投票が実施され、投票有効に不可欠の投票率50%をクリアした上、原発反対が約94%を獲得した。
 欧州の主要原発国ドイツでは先月30日、与党キリスト教民主・社会同盟と自由民主党が2022年までに脱原発を決定したばかりだ。同国の17基の原発のうち、安全点検中の7基と操業中止の1基を廃炉し、残りは遅くとも22年までに脱原発する。福島原発事故後、南西部バーデン・ビュルテンベルク州で同国初の「緑の党」出身の州首相が誕生したばかりだ。また、スイスも34年までに脱原発を決定している。
 脱原発派も原発派も福島原発事故後、休む暇もなく東奔西走している。IAEAや原発支持派(ロビイストも含む)には、「原発を恐れる国際社会を安心させるためには一刻も早く対策を決定し、世界に送信しなければ大変な事態になってしまう」という危機感がある。一方、脱原発派は「時間が経過すれば、人々は福島原発事故を忘れてしまう」というわけで、「今はがむしゃらに走る時だ」という信念で固まっている。原発問題で立場は異なるが、双方は「今は考えている時ではない」という点で一致しているわけだ。
 少し、皮肉を込めていえば、国のエネルギー問題という重要問題に対し、脱原発派も原発派も「時間がない」と考え、100メートル競争のように走り出したわけだ。
 放射能の汚染対策は迅速に解決しなければならないことはいうまでもない。早急なアクションが必要だ。一方、「原発の安全性強化」問題は加盟国の利害も絡み、簡単ではない。同時に、代替エネルギーの実用化までにどのようにエネルギー供給源を確保するかなど、時間をかけ、専門家の意見を聞き、構築していかなければならないテーマだ。
 しかし、国際社会は原発派にも脱原発派にも「考える時間」を与えようとしていない。「事故への早急な対応」と「未来のエネルギー問題」をごちゃごちゃにして発破をかけているだけだ。
 原発支持派も脱原発派も一度、止まって、「なぜ、走るのか」を冷静に考えてみたらどうだろうか。

聖職者の「政情分析」を侮るな

 ローマ・カトリック教会総本山バチカン法王庁の情報収集能力は欧米の情報機関を凌ぐほど優秀だ。世界各地に派遣した宣教師、法王庁直属聖職者からローマに発信される情報は、米中央情報局(CIA)のそれよりも詳細で正確な場合が少なくないといわれる。なぜならば、数年で担当地域が変わるエージェントとは違い、バチカンの情報員たち(聖職者)は一生、現地で生活し、現地人と一緒に生活しているからだ。彼らは現地の歴史と文化を学び、現地語をマスターしているから、情報の理解力で欧米情報機関員を上回るのは当然かもしれない。
 リビアで目下、カダフィ政権と反政府勢力が対立し、トリポリを拠点とする政府軍とベンガジを拠点とする反政府軍の武力衝突は一進一退といった状況だ。リビアに民主化の波が及んだ直後、リビア担当司教が「リビアは分断される可能性がある」と指摘していた。その当時、「少し早急な判断ではないか」と受け止めていたが、リビア情勢は司教の予想した方向に流れる様相を深めてきた。司教は当時、べドウィン(遊牧アラブ)出身のカダフィ大佐がエジプトのムバラク大統領やチュニジアのべンアリ大統領のように政権を放り出すことはない、と確信していたはずだ。すなわち、司教はカダフィ大佐の性格を熟知していたのだ。
 最近では、イエメン、アラブ首席国連邦、オマーンの南アラブ地域を担当するポール・ヒンダー司教が17日、べネディクト16世に激動するイエメンの政情を報告している。
 スイスのカプチン修道会出身のヒンダー司教はバチカン放送とのインタビューで「アラブの春は唐突に発生したものではない」と指摘、「アラブの再編は社会的、政治的、特に経済的状況が大きな役割を果たしている。一方、イスラム根本主義勢力はひとつの例外を除いては余りプレゼンスがない」と主張している。司教がいう例外とは、スンニ派とシーア派の対立が激化しているバーレーンだ。
 当方は「聖職者とスパイ」(2007年1月9日参照)というコラムの中で、「冷戦時代、共産政権から聖職者は格好のスパイ予備軍と見なされてきた。信者たちと自由に接触でき、尊敬も享受でき、時には家庭生活の状況まで知り得る聖職者はスパイとなれる全ての条件を満たしているからだ」と書いたことがある。
 聖職者は信者たちの昨夜の夕食の献立さえも知ることができるのだ。どんなに優秀なCIAエージェントもそこまで入り込むことは容易ではない。聖職者の「政情分析」を侮ってはならない理由だ。
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