ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2011年10月

ボスニアはイスラム北上戦線拠点

 ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボで28日午後、自動小銃で武装したイスラム教徒の男が米大使館を銃撃、警官1人が重傷を負った。男は警察の発砲を受けて足を負傷し、逮捕された。警察当局の話によると、犯人は隣国セルビア出身で23歳。米大使館襲撃を狙ったテロ事件という。自動小銃のほか、手榴弾2個を所持していた。
 男はセルビア南部のイスラム教徒が多い地域の出身で、イスラム原理主義グループのメンバーという。ロイター通信によると、男は2005年にオーストリアでの強盗で有罪となり、セルビアに強制送還されていたという。
 テロ事件の舞台となったボスニアにはイスラム過激派の拠点があることは読者に紹介済みだ(「ボスニアにイスラム過激派の拠点」2011年7月15日)。その意味で、ボスニアでテロ事件が発生したとしても決して偶然のことではない。
 オーストリアで6月、3人のテロ容疑者がウィーン国際空港でパキスタンに飛び立とうとしていたところを逮捕されたが、同国第2の都市グラーツ市の中央駅前で7月初め、同じくイスラム根本主義グループのサラフィスト・グループ(Salafist)がコーランや教典関連CDなどを配布しながら、イスラム教への改宗を市民に呼びかけていたという。
 シュタイアーマルク州警察当局は、「イスラム過激派が白昼堂々と路上で宣教活動を始めたことに驚かされた。彼らはボスニア・ヘルツェゴビナのイスラム過激派グループと接触がある」と証言している。
 欧米情報機関はボスニア北部ブルチコ行政区の近郊の小村ゴルニヤ・マオチャ(Gornja Maoca)でサウジアラビア出身のイスラム過激派ワッハーブ派グループが暗躍していることを掴んでいる。
 ボスニア紛争(1992〜95年)が終了、デイトン和平協定が合意した直後、サウジのワッハーブ派はその豊かな資金をボスニアに投入しはじめ、多くのイスラム教寺院を建設してきた。同時に、イランのシーア派もボスニアに進出しているという情報がある。狙いは、欧州に居住する約1400万人と推定されるユーロ・イスラム(世俗イスラム教徒)をオルグすることにある。換言すれば、ボスニアはイスラム北上戦線の主要拠点となっているのだ。ボスニアの米大使館銃撃テロ事件は、欧州の入口(バルカン)でイスラム過激派テログループが北上の日を待って武装訓練していることを明確に示したわけだ。

新しい「死生観」の福音

 11月はローマ・カトリック教会では「終末の月」と呼ぶ。1日は「聖人たちの日」(Allerheiligen)であり、翌日の2日は「死者の日」(Allerseelen)だ。教会では死者を祭り、信者達は墓参りに行く。
 人間の「死」は、愛する夫、妻との別れを意味し、遣り残したこの世の仕事から完全に断絶される瞬間と久しく受け取られてきた。
 独修道院のブルーノ・プラター館長は、「現代人は死に対してあらゆる医学的手段を駆使して戦いを挑み、戦いの末、多くは病院で死を迎える。死は人目の届かないところに追いやられた。しかし、肉体の死は本来、自然のことであり、決してネガティブな出来事ではないはずだ」と述べている。
 近頃では、100歳以上の高齢者が増えたが、200歳まで生きた人間がいたとは聞かない。最高でも120歳ぐらいだろう。すなわち、「人間は死ぬ存在」だというわけだ。
 だから、神を信じる人もそうではない人(無神論者)も「死」は重要なテーマだ。死をどのように捉え、どのように迎えるかは人生の大きな課題といって間違いないだろう。
 通常、葬式の場合、男性なら黒色のスーツ、女性なら黒色の喪服を着て参席する。それを白色の服で葬式を行うキリスト教団がある。世界基督教統一神霊協会(通称・統一教会)だ。その創設者・文鮮明師によると、人は10カ月余りの「胎内生活」を経て、「地上生活」、そして肉体生活を終えると霊界へ行って、そこで永存するという。肉体の死は霊界の世界へ入る門出と考え、参加者は白色の服を着て、祝う。「葬式」という言葉は使わず、「昇華式」という新語を使う。喜びを持って死者を霊界へ送り出すセレモニーだからだ。
 統一教会の信者ではない人が、昇華式に参席した。彼は後に「葬式といった暗い雰囲気はまったくなかった。参加者も明るい。同時に、霊界へ死者を送るわけだから厳粛さもあった」と感想を述べている。
 「昇華式」はまったく新しい死生観だろう。人間を苦しめ、悲しめてきた「死」の恐怖から解放され、「死」は新しい世界(霊界)への出発式となったのだ。
 文師は「昇華式」を提示し、わたしたちの「死生観」を180度、変えたわけだ。「昇華式」という新しい死生観は、いずれは死を迎える全ての人々にとって福音といえるだろう。

“英国が去り、ツバルが来た”

 ウィーンの国連情報サービス(UNIS)からメールが届いた。国連工業開発機関(UNIDO)に新しい加盟国が加わったという。新加盟国は大西洋に浮かぶ島、ツバル(Tuvalu)だ。人口は9652人(2006年)、ほとんどがポリネシア人だ。ローマ・カトリック教会総本山、バチカン小国に次いで人口が少ない。首都はフナフティで人口約4500人だ。UNIDOの174番目の加盟国となる。
 UNIDOは「腐敗」と「縁故主義」で覆われ、国連の専門機関の中でも存続が危ぶまれている機関だ。UNDP(国連開発計画)への吸収説が絶えない。米国をはじめとしてカナダ、オーストラリアは既にUNIDOから脱退。英国も来年末で脱退することが決まっている。
 6月に開催されたUNIDO工業開発理事会(IDB)では、12、13年度両年の予算が決定されたが、12年度はゼロ成長、13年度はマイナス8%の大幅縮小予算となっている。その主な理由は、英国が12年末に脱会するため、13年度の予算からその分担金がなくなるからだ。どの加盟国も英国の分担金を肩代わりする意思のないことを表明済みだ。
 そこに新加盟国のニュースだ。カンデ・ユムケラー事務局長は早速、加盟歓迎の書簡をツバルのアピサィ・レレミア外相宛てに送っている。

 「UNIDOは工業開発促進の為の活発な役割を演じる専門機関だ。包括的、統合的サービスをツバルに提供できるだろう」

 ツバルはオセアニアの南太平洋のエリス諸島に位置する島国、英連邦国の一員で立憲君主国だ。主要産業は漁業と観光業だが、主要収入源は外国からの支援だ。
 なお、UNIDOは11月28日から5日間の日程で総会を開催する。今総会のテーマは「持続的発展を可能とする新しい工業革命」だ。
 いずれにしても、総会開催直前の新加盟国ニュースはUNIDOにとって数少ないグット・ニュースであることは間違いないだろう。沈滞ムードを払拭する上でも大歓迎のはずだ。
 英国が去り、それに代わって(英連邦加盟国の)ツバルが加わったのだ。

世界の「終末」はいつ?

 世界キリスト教情報に面白い記事が紹介されていた。それによると、「米カリフォルニア州オークランドのキリスト教系ラジオ・ネットワーク『ファミリー・ラジオ』のハロルド・キャンピング主宰者は世界の終末を予言する人物として有名だが、その同氏が10月22日を『最後の審判の日』と予言したが、当たらなかった」というニュースだ。同氏はその前にも5月21日午後6時に大地震が発生し、選民だけが天に引き挙げられると予言していたが、当たらなかったばかりだ。
 当方はこのコラム欄でキャンビング氏の予言をからかうつもりは毛頭ない。「世界の最後の審判」というべき「終末」について考えてみたいのだ。
 キリスト教の中には、聖書の中のさまざま出来事、数字を計算して「終末の日」を断言するグループがあるが、キャンビング氏と同様、予言が外れ、その度に多くの信者たちが離れていった(ゲーデルの「不完全性定理」に基づくならば、「現代が終末と主張する教義が真理とするならば、その教義に基づいてその内容が正しいと証明できない」ということになるのだろうか)。
 聖書によると、「終末の日」には、ドイツのエックス線観測衛星「ROSAT」が先日、大気圏再突入の際に燃え尽きたように、「天と地がみな火に焼かれて消滅し、日と月が光を失う」というのだ。
 聖書の記述内容を文字通り真理と捉えるキリスト者たちは、終末にはそのような現象が起きると信じているが、大多数の信者たちは「終末に関する聖書の記述は何らの比喩だろう」と考えている。
 同時に、「いちじくの木からこの譬(たとえ)を学びなさい。その枝が柔らかになり、葉が出るようになると、夏の近いことがわかる」(マタイ24章32節)というイエスの言葉がある。すなわち、「終末」の時、神は必ず何らかの徴(しるし)を示すから、(終末)の訪れを見落としてはならない、という警告なのだ。
 例えば、世界に散らばっていたユダヤ人が再び国を建国する時、メシアが再臨する、という予言がある(イスラエルは1948年、建国宣言)。また、イスラム教の教祖マホメットは口承で、「ラクダに乗る遊牧民べドウィン(アラブ人)が高い建物を造る時、終わりが始まる」という。アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで昨年1月4日、世界一高層ビル(828メートル)がオープンしたばかりだ。
 中南米で華やかな文明を誇ったマヤ人は9世紀から10世紀頃、地上から忽然と消滅したが、マヤ人の長期暦は2012年12月21日で終わっている。このことから「人類の終わり」「惑星の地球衝突」など終末シナリオが話題となってきた、といった具合だ。

 世界の政治、経済の状況は停滞し、人々の精神的世界は閉塞感で蔽われている。「終末」を警告すべき宗教界は聖職者の性犯罪、腐敗などに直面し、信頼性を急速に喪失する一方、「神はいない」という無神論運動が席巻してきた。イエスの「いちじくの木」の譬ではないが、「終末」の到来を薄々感じても不思議ではない状況があることは事実だ。
 ただし「終末」は、天が落ち日と月が光を失うといったカタストロフィーの到来を意味するのではなく、悪によって牛耳られてきたこれまでの世界から「神の世界」へ移行する過渡期を意味すると受け取るべきだろう。なぜならば、神はノアの大洪水後、「世は去り、世はきたる。しかし地は永遠に変わらない」(伝道の書1章4節)といわれている。神は創造された世界を自ら破壊する考えはまったくないことを明確にしているからだ。
 もちろん、「終末」を考えることはキリスト教の専売特許ではない。仏教や他の宗教でも現代が「末法の時」であり、弥勒菩薩の再来が近いとみている人々がいる。共通点は、現代が大きな転換点を迎えている、ということだろう。
 先述したように、「終末」が黙示論的カタストロフィーを意味するのではなく、「神の世界」への移行期とするならば、希望を胸に秘め、上を向いて、堂々と歩んで行くべきだろう。

知人との間の「過ぎ去った時間」

 オーストリアは26日、ナショナルデーだ。ホスト国に敬意を表するという意味からウィーンの国連も祝日だ。当方は同日、小雨だったこともあって外出を控え、自宅で仕事をした。
 ナショナルデーに関しては、当コラム欄で数回紹介済みなので、オーストリアに関連した別テーマを探して書くことにした(「オーストリアのナショナルデー」2010年10月26日参考)。
 
 オーストリアは冷戦時代、東西両欧州の架け橋的な役割を果たしてきたが、同時に、南北に分断された朝鮮半島の“38線”のような立場を演じてきた。北朝鮮は首都ウィーンに欧州工作の拠点を次々と構築していった。例えば、北の欧州唯一の直営銀行「金星銀行」が1982年にウィーンに開業し、中東向けミサイル輸出、偽造紙幣工作などが進められていった。
 一方、韓国は北の欧州工作に対抗するため優秀な情報員をウィーンに派遣した、といった具合だ。音楽の都ウィーンを舞台に南北両国のさまざまな戦いが展開していったわけだ。
 そして、冷戦時代が終わり、イタリアが北と外交関係を樹立した後、北は欧州拠点をウィーンからローマ、ベルリンなどに次第に分散させていった。

 以下は、ウィーンで北外交官の動きがまだ活発であった時代から今日まで、20年余り付き合ってきたオーストリア内務省の知人との話だ。
 
 オーストリア内務省に勤務している知人と半年ぶりに会った。電話で会う時間を聞くと、「9時でどうだ」という。知人は本来、朝型人間ではなく、朝早い約束には嫌な顔をしたものだ。「9時でいいんですか」と確認を取ると、「前日は夜勤だから、仕事が終わり次第、来るよ。いつもの場所でどうだ」という。
 知人とは20年余りの付き合いとなる。彼はその間、職場で昇進したとは聞いていない。「昇進もなければ、左遷もない。安定しているといえるが、『停滞している』といったほうが当たっているかもしれない、と、この頃考え出している」という。
 知人と知合う切っ掛けは北朝鮮問題だった。彼は内務省で北朝鮮問題を担当し、フォローしていたこともあって、食事をしながら北について情報を交換するようになった。
 それがここ数年、昼食前の午前10時、喫茶店で話す事が多くなった。知人が忙しくなったこともあるが、当方もウィーンの北問題で余り話すテーマがなくなってきたことがある。会っても北問題の情報交換というより、双方の近況報告の場となってきたのだ。
 イタリアが2000年1月、当時の先進7カ国(G7)の中で先駆けて北朝鮮と国交を樹立して以来、英国、ドイツなど主要な欧州諸国が北と次々と外交関係を樹立していった。それ以来、北の欧州拠点は冷戦時代の中立国ウィーンから英国、イタリアに移動していった。最近では、フランスが平壌との間で連絡事務所を開く事で合意したばかりだ。
 知人がカバーするエリアも何時の間にか北からイランに移動した。だから、会っても自然とイラン問題を話すことが多くなった。
 「われわれのテーマも変わってきたね」と知人は当方の顔を見ながらいう。知人も当方も白髪が増えてきた。
 「わが国では北朝鮮への関心は減少してきたね」と説明する。当方は「当然ですね。(欧州唯一の北の直営銀行だった)『金星銀行』も閉鎖(04年6月末)したし、北外交官の活動もこれといったことがないですからね」と相槌を打つ。
 知人と当方は、何時の間に長い時間が経過していったことを、その時、感じた。
 20年前の緊迫した会話はもはや戻ることはないだろう、ということだけは知人にも当方にも明らかだった。コーヒーを飲み終えると、「また、会おう」といって知人は席を立った。

男は「神はどこにいる」と叫んだか

 産経新聞の電子版が25日、「バチカン法王庁のサン・ピエトロ広場で23日に行われた列聖式の最中、男が広場の柱廊に上がり、手に持った聖書を燃やして『法王、神はどこにいるんだ』と英語で叫んだが、神父たちの説得に応じ、柱廊から降りた」というAP通信発の短信を紹介していた。
 当方はその記事を見落としていたので、バチカン放送独語電子版で関連記事を探した。「列聖式でのハプニング」(23日)というタイトルで記事があった。
 短いが写真付きだ。「ルーマニア出身の男性で多分、精神的混乱者だ」という。男性は過去にも同様のアクションをしたということから、バチカン側もその男性を知っていたと推測できる。だから、バチカン関係者が彼を説得して広場の柱廊から降ろすことができたわけだ。
 ところで、AP通信が書いていたような「法王、神はどこにいるのか」という男性の発言はバチカン放送の記事の中にはまったく紹介されていない。記事を読む限り、突然、柱廊に登って聖書の頁を燃やした、というだけで、男性の犯行動機や発言は説明されていないのだ。
 そこでオーストリアのカトリック通信(カトプレス)のHPで23日のハプニング関連記事を探したら、直ぐ見つかったが、内容はバチカン放送記事の転載だけで、独自の内容はなかった。
 これでは、ルーマニアの男性が「神はどこにいるのか」と叫んだのか、それとも聖書を燃やしただけで柱廊から降りたのか、判断できない。
 AP通信記者が男性のハプニングを劇的に表現するために、わざわざ付け加えたとは考えにくい。なぜならば、聖書を燃やす前に「なぜ燃やすか」を説明しなければ、見ている信者たちは理解できない。だから、男性は必ず何らかの発言、メッセージをしたと考える方が論理的だからだ。
 それでは、バチカン側に「神はどこにいるのか」という男性の発言を削除する必要性があったのか、という問いが出てくる。
 24時間、365日、神について考え、説教しているバチカン関係者、聖職者たちだ。「神はどこにいるのか」という質問は決して新しくない。多くの聖職者は一度ぐらいは懐疑的な信者からそのような質問を受けたことがあるはずだ。
 このように考えていくと、バチカンが「神はどこにいるのか」という男性の発言を恐れ、削除する必要性はなかったと考えていいはずだ。
 ちなみに、バチカン放送記者の最大関心事は「精神的混乱者がどうして警備員の監視を潜り抜けて広場の柱廊にたどり着いたか」という疑問に集中している。男性の発言などまったく眼中にないのだ。

 以下は当方の解釈だ。「ルーマニア出身の少し頭のおかしい男性はこれまでも度々バチカンの広場でハプニングを行ってきた。常習犯だ。バチカン放送記者がその男性の発言を重要視しなかったのはある意味で当然だった」というものだ。
 男性の発言云々は別として、「神はどこにいるのか」という男性の発言を紹介したAP通信記事のお陰で、“最も現代的な問い掛け”(神の存在云々)を改めて考える機会となったとすれば、それで良し、とすべきかもしれない。

「人が自分より幸せだ」と感じる時

 当方はこのコラム欄で「ベルリンで自動車放火事件が多発」(2011年8月21日)という短信を紹介したが、放火犯の一人が21日午後、逮捕された。
 ベルリン警察当局(LKA)は23日、記者会見で「犯人は27歳の失業者。67台の車に放火し、35台を破壊した疑いがもたれている。監視ビデオを通じて犯人を割り出した」という。
 具体的には、犯人は今年6月に14回、7月6回、8月47回、車に放火を繰り返してきたという。
 警察側の発表では、犯人は失業中で不満が高まっていたこともあって、独車、特に、アウディ、BMW.メルセデス・ベンツなど高級車を選んで放火したという。放火犯人を追跡してきた警察側は、「裕福な市民への報復といった意図が感じられる」と分析してきたが、そのプロファイルはほぼ当たっていたわけだ。
 LKAのシュタイオフ警察長官は「現時点では放火事件の背後に政治的動機はない」という(ベルリンで今年に入り341台の車の放火を含め、合計470台の車が被害を受けている)。

 放火犯人は「一等地に住み、高級車を乗りまわす人間を羨ましく感じた」と語ったという。
 それに対し、独社会学者の一人は、「現代社会は他人の成功を羨ましく思い、他の人が自分より幸せだと感じた時、妬ましくなる」と指摘している。独語では‘Neidgesellschaft‘(妬み社会)と表現する内容だ。
 ロンドンで警察官の黒人男性射殺事件が契機となってイギリス全土に今夏、発生した暴動と略奪事件の背後にも、“待たざる者の持つ者への妬み”、恨みといった感情の暴発が見られたものだ。
 妬みはある意味で人間の自然の感情だろう。是非は別として、人は他者と比較する能力を有しているからだ。他の同僚が自分より上司から愛されていると感じた場合、同僚に対して妬ましく思う一方、上司に憎しみが湧いてくる、といった状況は到る所で考えられる。
 高級車をもち、一等地に住むことが“幸せの実証”ではないが、(何も持たない)放火犯人はそのように感じたのだ。
 いずれにしても、妬みという感情を克服し、昇華することは並大抵の業ではない。
 ちなみに、石川啄木の歌集「一握の砂」の中に、「友がみなわれよりえらく見ゆる日よ 花を買ひ来て 妻としたしむ」という有名な歌がある。

孤児たちが性犯罪の奴隷に

 当方は今回のテーマを書かないでおこうと考えていた。理由ははっきりしていた。悲しい事件や悲惨な出来事があまりにも多い社会で、また一つ、新しい事件を読者に紹介することに気が進まなかったのだ。当方はこのコラム欄でも既に、2、3の想像を絶した事件を報告してきた。24年間監禁事件(「『娘監禁事件』への一考」2008年4月30日)や8年間監禁されてきた「ナターシャさんのインタビュー」(06年9月10日)などだ。しかし、読者に判断を委ねて、報告することにした。以下の事件は、ウィーンの孤児院での性犯罪事件だ。
 今月に入り、ウィーン市内のヴィルヘルミーネンベルク(Wilhelminenberg)の孤児院(Kinderheim)で1960、70年代、多数の子供たちが孤児院関係者ばかりか、外部の男性たちによって性的虐待や暴行を受けていたことが明らかになった。2人の孤児院出身者がメディア関係者に語ったことから判明した。
 孤児院は市が運営してきた。市関係者は、孤児院でどのような不祥事が生じていたかを知りながら、これまで何も対応してこなかった、という批判に晒されている。
 市側は今日、孤児院で暴行された犠牲者への賠償問題を取り扱う犠牲者保護委員会を設置する一方、事件の解明に乗り出しているが、既に40年前のことだ。多くの事件は時効となり、関係者の一部は既に亡くなっていることもあって、事件の全容解明は難しいのではないか、と予想されている。
 オーストリアのメディアは連日、孤児たちが大人たちにどのように扱われていたかを詳細に報じている。最近では、ウィーン市の孤児院だけではなく、第2都市のグラーツ市でも同様の不祥事があったという。ちなみに、ウィーン市だけも350人を超える孤児院出身者が犠牲者調査委員会に連絡してきているという。その数は急速に増加している。
 聖職者の未成年者への性的虐待事件が昨年、欧州各地で明らかになったばかりだ。そして今回、孤児院で同様の蛮行が判明したのだ。隠されてきた問題が次々と明らかになってきた。「時代」が私たちに過去の清算を強いているように感じる。

「名刺」にまつわる話

 15年前頃、ウィーン市14区警察署から呼び出しを受けたことがある。拘束されたクルド系活動家の所持品の中に当方の名刺が見つかったという。そこで警察署側は当方とクルド系運動家の関係を調査しているというのだ。
 そこで早速、所定の警察署オフィスに出かけ、説明する羽目となった。
 「クルド系活動家は知っていますよ。インタビューするために彼に名刺を渡したことがありますから」
 警察側は当方の説明を聞いて一応納得し、「分った。この調書に署名してくれ」というと、一枚の紙を差し出した。当方の説明が記述されている内容だ。これで一件落着したが、名刺を渡す時は相手が誰かを見極める必要がある、と教えられたものだ。
 名刺に関連して最近、別の体験をした。名刺を受け取れない人々がいることを知ったのだ。
 ウィーン国連記者室にいた時だ。駐国際原子力機関(IAEA)担当のイスラエル大使が歩いてきた。いつものように、一人のガードマンが大使を警備している。時間があったのでガードマンに声をかけた。
 「国連ではいつも見かけますね。最近、イスラエル大使は駐IAEAの米大使と国連内の喫茶店で頻繁に会われていますね」というと、大使専属のガードマンは笑いながら、「君は良く知っているね」と少し驚いた表情をした。
 そこで「貴国と米国はIAEA総会のアラブ側の反応で対策を協議しているのではないですか」というと、彼は慌てで「僕は何も知らないよ」と答えた。
 若いイスラエルのガードマンと知合いになるのも悪くないだろうと考え、当方の名刺を渡そうとすると、「ジャーナリストや他国の外交官から名刺を受けることは禁止されている。規則でね」と、名刺の受け取りを拒んだのだ。
 彼によると、警備担当官が職務中、第3者から名刺を受け取ることは「安全対策上」好ましくないことから、禁止されているという。それを聞いて、「名刺の受け取りを禁止されている職種もあるのか」と驚いたものだ。
 彼が自動小銃を腰の脇に隠していることを知っている。いつ何時、敵から攻撃されても反撃できるようにしているのだ。
 ちなみに、ウィーンの国連内で専属警備員が自国の大使や外交官を常時警備している国はイスラエルだけだ。

チャウシェスクとカダフィ大佐

 42年間の独裁政権を維持し、多くの国民を苦しめてきたリビアのカダフィ大佐は20日、最後の拠点だった中部シルテで反政権派によって拘束され、その直後、死亡が確認されたという。
 同大佐は「自分は亡命しない」と最後まで抵抗する覚悟を表明してきた。その大佐は狭く汚い下水溝に隠れ、自分を見つけた民兵に対して「撃つな、撃つな」と叫んだという。
 過去、多くの独裁者がいたが、その最後が悲惨だったケースは少なくない。カダフィ大佐の死は独裁者の運命を改めて確認させたわけだ。
 カダフィ大佐の死は北朝鮮の独裁者金正日労働党総書記にも大きな衝撃を与えるだろう、という解説記事が既にみられる。その衝撃度は外からは計り知れないが、金総書記にショックを与えたことは間違いないだろう。
 金総書記の父親・故金日成主席は1989年12月、24年以上、独裁者として君臨していたルーマニアのチャウシェスク大統領(当時)がエレナ夫人と共に特別軍事法廷で死刑を宣告され、処刑されたシーンを観て、ショックを受けたという。それから4年後の94年7月、金主席は心臓発作で急死した。
 金総書記は今回、親北派のカダフィ大佐の死を知り、父親が感じたであろう衝撃を味わっているかもしれない(「ウィーンとカダフィ大佐の息子」2011年2月23日、「『独裁者の息子たち』の行方」11年9月6日参考)。
 数十万人の国民を政治収容所に送り、無数の人間を公開処刑し、大多数の国民を飢餓に苦しめてきた金ファミリーの場合、国民のファミリーに対する怒り、憎しみはカダフィ大佐に対するリビア国民のそれを大きく上回っているかもしれない。
 金総書記と後継者金正恩氏は不穏な勢力の鎮圧に乗り出す一方、国民監視を強化しているという情報が流れている。すなわち、金政権は「Xデー」の足音を既に感じ、恐れ戦いているわけだ。
 朝鮮半島の平和な再統一を願う者にとって、金政権の崩壊とその前後の混乱を最小限度に抑えるためにも、準備を整えておかなければならない。
 カダフィ大佐が死去したことで、リビアは本格的な民主体制の構築に乗り出すが、中東問題専門家のアミール・ベアティ氏は「族長社会のリビアで民主主義を構築する作業はチュニジアやエジプト以上に難しいだろう。その上、政治・経済・司法各分野の専門家が少ないことも大きな問題だ」と予想している。
 カダフィ大佐後のリビアの行方は、金政権の崩壊後の北の動向を予測する上で参考になるだろう。 
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