ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2012年02月

映画好きな金総書記と「無声映画」

 第84回アカデミー賞授賞式が26日(日本時間27日)、ハリウッドで行われ、多数の映画人、俳優たちが華やかなドレス姿で顔を見せた。その中に英国人コメディアンのバロン・コーエン(Baron Cohen)さんがリビアの故カダフィ大佐の装いで登場し、手には骨瓶を持っていた。コーエンさんの説明によると、その骨瓶には火葬された北朝鮮の金正日労働党総書記の灰が入っているという。開場入口正面の赤のジュータンにくると、その灰を撒く仕草をして周囲の観衆やカメラマンたちを笑わせた。
 コーエンさんには悪いが、金総書記は火葬されず、その遺体は錦繍山記念宮殿て保存されているから、その灰は存在しないが、故金総書記が映画好きだったことは周知の事実だ。
 金総書記の専属寿司職人だった藤本健二氏の著書を読むと、金総書記が別荘に映画館を作り、そこで世界の映画を楽しんでいたという。自身も映画監督を務め、さまざまな映画を作ったほどだ。
 映画では一言居士の金総書記が健在ならば、映画界のメッカ・ハリウッドを訪れ、アカデミー賞授賞式に一度は参加したかっただろう。その意味で、コーエンさんは金総書記の願いを叶えてやったわけだ。
 ところで今回のアカデミー作品賞はフランスの無声映画「アーティスト」(ミシェル・アザナビシウス監督)に決まった。同映画はその他、主演男優賞(ジャン・デュジャルダンさん)など5冠に輝いた。第84回授賞式は文字通り、フランス映画が独占したわけだ。
 当方は「アーティスト」をまだ観ていないので多くを語れないが、「無声映画」の受賞は大きな社会的出来事と受け取っている。なぜならば、現代社会は余りにも喧騒であり、口角泡を飛ばすシーンが到る所で見られる時代だ。沈黙より、議論が評価される。正しいと信じるならば、それを説明しない限り相手を説得できない社会だ。罪悪人でもスター弁護士を雇うならば、その弁舌で無罪を勝ち取ることすら可能な社会だ。少し飛躍するが、日本が国際社会でその存在感を失った主因はその経済力の衰退にあるのではなく、国際社会での弁舌能力の欠如にある、といっても言い過ぎではないだろう。
 そのような時代の社会で、何も喋らない、顔の表情とその仕草で相手にその意思を伝達する「無声映画」が評価されたのだ。画期的な出来事だ。映画のメッカ・ハリウッドで「無声映画」が評価されたということは、映画人の単なるノスタルジアではなく、多弁と饒舌が支配する世界で“無声の価値”が再発見された結果ではないか。換言すれば、人間の表情、仕草が多弁を凌ぐ豊かさと感動を内包しているという事実の再確認でもあるわけだ。ちなみに、「アーティスト」では(喋らない)犬(Uggie)が人気者となり、アカデミー“動物賞”があれば受賞確実といわれるほどの演技を見せたという。
 

独の政党の「仏大統領選」事情

 独社会民主党(SPD)のガブリエル党首が隣国フランスの大統領選挙(4月22日第1回投票、5月6日決選投票)に関心がないわけがない。世論調査では、17年ぶりに仏社会党候補のフランソワ・オランド前第1書記がエリゼ宮殿の大統領府に復帰する可能性が高い時だ。隣国の大統領選とはいえ、そこは姉妹政党の関係だ。積極的に選挙応援に乗り出しても可笑しくないが、独社民党の動きは少々鈍い。
 それとは好対照なのが、独社民党のライバル、独与党「キリスト教民主同盟」(CDU)のメルケル首相だ。同首相は隣国のサルコジ大統領の再選の為にエネルギーを投入し、苦戦している同大統領の選挙集会にも参加するなど、破格のサービスを惜しまないでいる。
 「サルコジ氏の再選が厳しい時、余り応援しすぎると、社会党候補者が大統領に選出された場合、フランスとドイツ両国関係が険悪化する危険性がある」といった助言すら聞かれるが、メルケル首相は「姉妹政党を支援するのは当然」と気にする様子がない。
 それでは「どうしてガブリエル党首ら独社民党幹部たちはオランド氏支援を躊躇しているだろうか」という素朴な疑問が沸いてくる。独週刊誌シュピーゲルによると、独社民党にとってフランス社会党のオランド第1書記の政治路線が「あまりにも左寄り過ぎ」というのだ。ガブリエル党首にとって、オランド氏の選挙戦に積極的に関与すれば、党内の左派勢力を鼓舞させる懸念が払拭できないという。
 また、オランド氏の政治路線が独社民党のそれと一致しない点も大きな障害だ。オランド氏は先日、「60の政権公約」を発表したが、その公約の18番目に「年金問題」にも言及し、「年金保険料を満期で支払ったすべての人が60歳になった時点で満額の年金をもらい年金生活を開始する権利を認める」と述べている。年金年齢を60歳に引き下げることなどはドイツでは野党第1党といえども考えられない提案だ。
 すなわち、独仏の左派政党は互いに姉妹関係だが、重要な政策で相違があるわけだ。特に、主要テーマの年金問題で独仏の姉妹政党は路線が異なっている。ガブリエル党首ら独社民党指導者たちが仏大統領候補者の応援に尻込みするのは当然かもしれない。

1人の浮浪者の善行と「その後」

 ブロガーの一人として、読者が思わず微笑むような記事を書いてみたいと思っている。実際、書いている記事やコラムは残念ながら「笑みがこぼれる」というより、読んで憂鬱になってしまうような内容が多い。また、批判が先行してなかなか本質が見えてこない内容も少なくないだろう。
 ところで、「これはいい話だ」という記事を見つけた。日刊紙「クリア」の24日付に掲載されていた記事だ。ストーリーを紹介する。48歳の浮浪者ヘルマン・シュライヒェルト氏は昨年12月26日、路上で7000ユーロを拾った。日本円で約100万円相当の大金だ。浮浪者でなくても「これはひょっとしたらクリスマス・プレゼントではないか」と考えても不思議ではない。また、「神様が暖かい部屋もない自分を哀れに思い、一日遅れだが贈り物をしてくれた」と勝手に理解して懐に入れてしまう事だってあり得たことだ。
 しかし、浮浪者のヘルマン氏は最寄の警察署に7000ユーロを届けたのだ。持ち主は後日見つかり、大金は無事、持ち主に戻った。ハッピー・エンドだ。ここまでの話は多くはないが、時たま聞く話だ。
 もちろん、拾ったお金を警察に届けることは当然のことで、それを自分のものにすれば犯罪だ。だから、ヘルマン氏の行動は一市民として当然のことで、特筆に値しない、と指摘さればその通りだが、大金を見つけた人物が困窮下にある浮浪者だ。そのヘルマン氏が大金を拾い、それを「一瞬の躊躇もなく」(同氏)、警察に届けたのだ。
 話は「その後」だ。ヘルマン氏の正直さに感動したウィーンの市民から仕事のオファが出てくる一方、献金も集まってきたのだ。ヘルマン氏に大金を見つけてもらった持ち主も正直者ヘルマン氏の将来を心配して定期的に電話をかけてくるという。
 クリア紙によれば、ヘルマン氏は先日、集まった献金で30平方メートルの小部屋を借りることができた。「人生で初めて自分の部屋を持つことができた」と大喜びだ。そして、3月1日にはウィーン市内の高級ホテルで仕事を始めるというのだ。
 昨年12月26日はクリスマス明けでローマ・カトリック教国では聖シュテファンの日と呼ばれる祝日だ。ヘルマン氏は同日を堺に、一人の浮浪者から住む家と職場をもつ普通の市民となったのだ。
 「宝くじで一等賞に当たったような気分だ」と、短期間に生活環境が急変して、当のヘルマン氏自身も驚いているという。

枢機卿の「指輪」と「角帽」

 ローマ・カトリック教会総本山バチカン法王庁で18日午前、枢機卿会議が開催され、22人の新枢機卿が正式に任命された。幸い、その日が土曜日だったので、当方は週末の買物を早く終え、テレビの前で任命式をライブで観た。
 新枢機卿はべネディクト16世の前で跪き、法王は枢機卿のシンボルであるビレタ(角帽)を新枢機卿の頭に被らせ、次に枢機卿指輪をはめる。22人の全ての新枢機卿に同じことを行う。ローマ法王は新枢機卿に話しかける場面もあった。米国人のドラン大司教の時、法王は顔を緩めて親しく語りかけていた。今回は2人のドイツ人聖職者が枢機卿に選出されたが、ドイツ出身のローマ法王はドイツ人の新枢機卿の番になると殊の外嬉しそうな顔をしていたのが非常に印象的だった。

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▲枢機卿の指輪=バチカン放送独語電子版のHPより

 ローマ・カトリック教会の聖職者にとって、ローマ法王を除けば、枢機卿は最高位ポジションだ。それだけに新枢機卿にとっては教会の頂点にたった気分かもしれない。新枢機卿はいずれも高潮した表情でビレタと指輪をもらっていた。
 ところで、今回、新枢機卿に与えられた枢機卿指輪のモチーフが従来とは違うという。枢機卿指輪は従来、表側がキリストの磔刑が描かれ、裏面はローマ法王の紋章だった。バチカン放送によると、「枢機卿指輪は今回、イエスの第1弟子ペテロと使徒聖パウロの2人を左右に分けて描いたモチーフとなっている」という。枢機卿指輪のモチーフがどうしてキリスト磔刑から2大弟子に変わったのか、バチカン側が説明していないので分からない。
 そこで当方なりに解釈する。キリスト磔刑は枢機卿たちもイエスと同じ十字架の道をいかなければならない、というメッセージが含まれていたはずだ。それを2人の弟子を描くことでキリスト磔刑の重苦しさから解放する一方、枢機卿たちに世界の再福音化の先頭に立ってほしいというべネディクト16世の願いが込められているのではないか。
 ちなみに、枢機卿の法衣は赤だ。神が最も愛する色は赤といわれる。悪魔はそのことを知っていたから、神を否定する共産主義世界を構築した後、無神論的共産主義世界のシンボルとして赤を利用したわけだ。共産主義者を昔、「アカ」と呼んだ時代があった。

金正男氏の「金欠説」を検証

 故金正日労働党総書記の長男、金正男氏が平壌からの仕送りが途絶え、金欠状態だ。ロシアの週刊誌「論拠と事実」が先週、このように報じて話題を呼んだ。同誌によれば、正男氏が、宿泊したマカオの高級ホテルの宿泊代1万5000ドルを支払うことができず追い出されたというのだ。
 そこで欧州居住の金正男氏の母親(故成恵琳夫人)親族関係者に聞いてみた。関係者は笑いながら、「君が真相を知りたければ、ホテルに電話すればいいだろう。正男氏が宿泊代が払えず、追い出されたという報道は作り話だということが直ぐに分かるだろう」という。関係者はかなり自信をもって正男氏金欠説を一蹴したのだ。
 それでは「ロシア週刊誌記者はどうしてそのような記事を書いたのか」と聞くと、「いつものことだ。金が入るならばどのような記事でも書くジャーナリストがいるからね」という。
 残念ながら、当方にはロシア週刊誌の報道内容の真偽を確かめる直接の手段はない。しかし、正男氏の「金欠説」に少し首を傾げている一人だ。
 「金欠説」を報じた記者によれば、正男氏が3代世襲を批判したことに対し、平壌側が報復として送金をストップしたというのだ。もっともらしい理由だ。しかし「金欠説」は正男氏が平壌からの仕送りに依存しているという前提に基づいている。正男氏が平壌からの送金依存者ならば、平壌指導部を批判すれば送金がストップされる危険性が出てくることぐらい理解できないはずがない。同氏が平壌指導部を批判できるということは、同氏が経済的には平壌の送金に依存していないからだ、と考えるほうが論理的ではないか。
 2004年11月、パリ経由でウィーンを訪問した正男氏に対して「暗殺計画情報」が流れたことがあった。しかし、その「暗殺計画情報」が全く誤報だったことは後日、オーストリア内務省関係者の口から判明した。すなわち、マカオを中心に居住し、平壌体制を批判する正男氏の周辺には昔から多くの偽情報が飛び交っているのだ。その中には、正男氏自身が意図的に流す情報と、反正男氏勢力が流す情報との2通りがあった。
 正男氏「金欠説」は記事として面白いが、偽情報の可能性を排除できない、と受け止めている。

旧東独の「元牧師」と「牧師の娘」

 次期独大統領のヨアヒム・ガウク氏(72)は1980年代、旧東独福音ルター派教会牧師として、当時のドイツ社会主義統一党(SED)政権(共産党政権)に抵抗して民主化運動に活躍した。一方、アンゲラ・メルケル首相(57)は福音派主義教会の牧師の娘として生まれ、東西両ドイツの再統一後、旧西独のコール首相に見出されて政治のヒノキ舞台に踊り出て、今日に到る。ガウク氏もメルケル氏も旧東独時代、一方が牧師生活を送り、他方は牧師の家庭で成長した。その旧東独出身の2人がベルリンの壁が崩壊して20年以上経過した今日、ドイツ連邦大統領と連邦首相の2つの主要ポストを占めることになる。
 ところで、ガウク氏は80年代、新教牧師として共産政権の人権問題などを追及する人権活動家としてその名を広めた後、90年には牧師職をやめ、政治活動に力を注いでいく。その後、旧東独の秘密警察関連文献の個人情報管理に関する特別監理官を10年余り担当した。2000年以降は旧東独時代の体験などを講演する一方、著作活動も行ってきた。「自由と民主主義」の偉大さを訴える同氏の講演はドイツ国民の心を掴んだといわれる。
 ただし、元牧師だったガウク氏から「信仰の自由」や神についてのメッセージを期待する国民は失望するだろう。ガウク氏は主要政党が統一候補として大統領候補に推薦すると聞いた直後、「私も皆さんと同様、弱点を持つ人間に過ぎない」と表明し、国民に自身の弱みに理解を求めている。
 ガウク氏の出身地、旧東独では共産政権時代、ロストックやライプツィヒの福音派教会が民主化運動の拠点だったことはまだ記憶に新しい。しかし、ドイツの再統合後、旧東独の福音教会から信者は去り、教会はほとんど消滅状態だ。それに代わって、旧東独地域では犯罪増加や過激民族派運動が台頭してきた(「旧東独国民は欧州で最も世俗的」2009年12月18日参照)。
 ガウク氏が牧師として民主化運動に専念した後、聖職を捨てた時期に、他の多くの知識人も教会から去っていったわけだ。換言すれば、ガウク氏は統一後、教会を去った多くの旧東独知識人の一人といえるわけだ。
 以下は当方の推測だが、ガウク氏は旧東独が消滅した後、「神」の代わりに「自由と民主主義」を自身の人生哲学として生きてきたのではないか。4人の子供がいる本妻とは別居し、別の女性と交流するその生き方は、同氏を聖職者の道から引き離し、「人間の自由」を最大の価値とみなすリベラルな知識人に変身させていったのではないか。興味深いことは、ガウク氏は旧東独より、旧西独で多くの支持者を有していることだ。

リビア国民に強い指導者待望論

 リビアでカダフィ独裁政権打倒の反政府デモがスタートして今月17日で1年目を迎えた。ロイター通信によると、「首都トリポリの殉教者広場(旧称・緑の広場)では国旗がはためき、国内各地から集まった多くの人が喜びの声を上げた」という。
 42年間、独裁者として君臨したリビアのカダフィ大佐は昨年10月20日、最後の拠点だった中部シルテで反政権派によって拘束され、その直後、死亡が確認された。
 その後、国民評議会(NTC)が同国を暫定統治している。NTCのアブドルジャリル議長は民主運動1周年の日、「民主的な国家を作っていく」と表明している。
 ところで、ドイツ国営放送ZDFは今月15日、オックスフォード研究所と共同でリビア国民の意識調査を実施した。その結果をここで紹介する。リビアのカダフィ政権崩壊直後、リビア全土で約2000人の国民を対象に調査された。
 その結果によると、国民の約49%が「政治と宗教は不分離であるべきだ」と答え、21%の国民が「政治と宗教」の分離を主張した。ただし、イスラム法国家(シャリア導入)の樹立を期待している国民は4%に過ぎなかった。
 リビア国民の過半数は「政治と宗教」の分離に反対する一方、イスラム教主導の神権国家にはほぼ全ての国民が明確に距離を置いているわけだ。換言すれば、トルコのようなイスラム教を主要宗教としながら、世俗的な国家を建設していくのがリビア国民の願いといえるかもしれない。 
 興味深い点は、40年以上、カダフィ独裁政権を体験してきた国民の3分の1が新たな「強いリーダー」を願望していることだ。独裁者にコリゴリしてきたリビア国民の強い指導者待望論について、中東問題専門家のアミール・ベアティ氏は「リビアだけではなく、アラブ諸国では一般的に指導者に強く、権威のある父親像を求める傾向が強い。それはイスラム教の教えに立脚するものだ。リビアの場合、カダフィ政権崩壊後、政治的にも空白が生じ、それを埋め合わせる指導力を有した政治家は出てきていない。だから、国民の中に自然と新たな強い指導者を待望する声が高まってくるのだろう」と説明する。ちなみに、4分の3の国民が「リビアの将来を楽観視」している。

 なお、ベアティ氏は「リビア国民は民主主義の経験がない。国内には民主的組織も存在しない。存在するのはさまざまな部族だ。彼らの多くは他の部族と敵対関係にある。そのようなリビアで民主国家を建設することは非常に困難な仕事だ。最大の問題点は反カダフィ政権と戦った民兵組織の非武装化と正式な治安部隊への統合だ。民兵組織の解体がうまくいかないと、リビアは再び内戦状況の陥る危険性が出てくる」と警告する。

独次期大統領が直面する問題点

 独連邦大統領(任期5年)は国民の直接選挙ではなく、連邦議会と州議会代表から構成された連邦会議で選出され、その政治権限は限られている。名誉職に近い立場だ。
 だから、ニーダーザクセン州首相時代(2003−10年)の汚職・賄賂容疑で辞任したウルフ前大統領から、旧東独の人権活動家でルター派教会牧師のヨアヒム・ガウク氏(72)が3月18日、後継大統領に選出されたとしても、独政界全般には大きな変化や修正は考えられない。
 考えられる点は、ガウク氏を強く押した連立政権パートナー、自由民主党(FDP)のレスラー党首とメルケル首相との関係が少しギスギスするかもしれないことだ。
 同時に、人権活動家として旧東西ドイツの統一後、約10年間、旧東独の秘密警察シュタージ関連文書の調査と管理役を務めたガウク氏は一言居士だ。新大統領がメルケル政権の政策に口を挟んだり、批判するケースが出てくるかもしれない。メルケル首相とガウク次期大統領は同じ旧東独出身だが、意見の疎通が難しくなる事態も予想できる。しかし、それらも致命的なダメージを与えることはないだろう。
 問題はガウク氏自身だ。結婚して4人の子供の父親であるガウク氏は2000年以来、付き合っている女性(52)がいる。女性は地方紙ニュルンベルガー・ツァイトゥング紙内政担当チーフ・ジャーナリストだ。正式に結婚していない。本妻とは1991年以降、別居状態だが、離婚していない。
 ガウク氏が大統領に選出されれば、その女性は当然、ファースト・レディーとして一緒にベルリンのベレヴュー宮の大統領府に入ることになる。だから「ガウク氏は大統領職を開始する前に正式に離婚し、再婚するなど身辺を整理すべきだ」という声がキリスト教社会同盟(CSU)家庭問題担当のノルベルト・ガイス議員から出てくるわけだ。
 大統領は政治権限は少ないが、国民の信頼を得る政治家が求められる。その意味で身辺の整理は不可欠なわけだ。
 もう一つの問題は、ガウク氏がルター派教会牧師だったという点だ。ドイツではローマ・カトリック教会信者数とプロテスタント教会信者数はほぼ拮抗している。ガウク氏の牧師時代の発言を振り返ると、兄弟教会のローマ・カトリック教会に対してかなり批判的だ。
 同氏は3年前、バチカン放送とのインタビューの中で「カトリック教会はもっとオープンになるべきだ」と助言する一方、ドイツ国家社会主義(ナチス)政権が推進した反ユダヤ主義政策を擁護した容疑を受けるローマ法王ピウス12世(在位1939−58年)時代のバチカン関連文書の公開を要求している。ピウス12世とナチス政権の癒着関係を否定してきたバチカンにとって、ガウク氏の要求は少々、不愉快なものだ。ちなみに、ウルフ前大統領夫妻はカトリック教徒だ。前大統領の場合、再婚問題がハードルだったが、バチカンとの関係は基本的には良好だった。

「金融界とメディア」は悪の手先?

 ローマ・カトリック教会最高指導者、ローマ法王べネディクト16世は15日、神学生たちを前に聖パウロの「ローマ人への手紙」を引用し、「新約聖書で言及される“世界”という言葉には二通りの意味がある。一つは神が創造された世界であり、もう一つは原罪が反映した罪の中に蠢く世界だ」と指摘し、「金融界とメデイアの世界」でその魔力が乱用されているという。換言すれば、「金融界とメディア」が現代の悪の手先となっているというのだ。
 法王は続ける。「金融界は人間を支配し、物的所有と虚像の世界が覆い、人間を奴隷化している。金融は人間の真の幸福を促進させる手段ではなくなった。金銭、物質が神のように崇拝され、世界を支配している」
 もう一つの悪の力、メディアに対しては「本来善であるべきメディアが悪用されている。われわれは世界の現状を認識する上で情報が必要だが、メディアは現実を歪曲し、人が真理に従うことを許さない。メディアが構築した虚像の世界に適応せざるを得なくなる。しかし、われわれは、虚像の世界に生き、そこで称賛されることを求めず、真の自由を与える真理を追究すべきだ」と語りかける。
 ドイツ出身の学者法王ベネディクト16世の話はいつもの事ながら簡明だ。それでいて、聞く者を考えさせる力を持っている。法王が自身の信念を誰に憚ることなく大胆に主張しているからだろう。
 法王から「悪の手先」と名指しで批判された「金融界」と「メディア」も本来は人間に幸福をもたらす「良きもの」だったはずだ。「金融界」や「メディア」そのものに善も悪もない。それらを「善」とするか、「悪」とするかは結局は「われわれ」次第だ。誰が問題ではなく、「われわれ」の生き方が問題だ。ベネディクト16世の話の中心ポイントもそこにあるのだろう。
 付け加えていえば、米ニューヨークの金融街で始まった「反ウォール街デモ」参加者たちの主張も自身の内省を踏まえたものでなければ、その批判の内容がいつかは自身の生き方を鋭く糾弾するかもしれない。例え、「反ウォール街デモ」参加者たちが「われわれは99%」と弁明したとして、民主主義の多数決原理が常に正しいとは限らない。このことは世界の歴史がこれまで実証してきたことだ。

ウルフ氏(前独大統領)の老後対策

 ウルフ独大統領が辞任した。「大統領職の任期を満了したい」と願ってきただけに、本人も残念だろう。昨年12月頃から、ニーダーザクセン州首相時代(2003−10年)の知人の実業家夫妻から低利の住宅ローン(50万ユーロ)を借りて住居を購入した問題、その内容をメデイアが報道しないようにメデイア機関に圧力を行使、そして映画会社から豪華な休暇の招待を受け、その謝礼に同会社の利益を図った疑いなどが立て続けに飛び出してきた。そして同州検察局が大統領の特権停止を連邦政府に要請したことを受け、17日遂に「大統領職が行使できない状況下に陥った」と辞意を表明したばかりだ。力尽きたといった感じかもしれない。
 ドイツでは次期大統領候補者の話題が連日報じられているが、ここでは大統領職を失ったウルフ氏の老後対策についてちょっと考えてみたい。
 ドイツでは大統領がその任務を終え退職した場合、連邦大統領の恩給に関する法(Gesetz ueber die Ruhebezuege des Bundespraesidenten)に基づき、終身恩給(Ehrensold)が支給される。その額は年間約19万9000ユーロだ。それだけではない。車と秘書付だ。それも任期満了でも途中辞任した大統領も同様の扱いを受ける。それを聞いた時、「さすがドイツは経済大国だ」と感動すら覚えたほどだ。例えば、ウルフ氏の前任大統領ケーラー氏は10年、政治的発言が問題となって途中で辞任したが、その後も年間約20万ユーロの手当てを受けているわけだ。
 ウルフ氏も同様、年間20万ユーロの年金を受け、老後は金銭的には心配がないわけだ。ただし、大統領が個人的理由で辞任した場合はその手当ては支給されなという条項がある。ウルフ氏の場合、ドイツ国内で「ウルフ氏に終身恩給を払うべきか」で議論が飛び出すのもその辺の事情があるからだ。
 手当て反対派は「ウルフ氏は個人的問題で大統領職を辞任したのだから国が払う必要はない」と主張。一方、支持派は「個人的理由といってもそこには政治的理由が加わってくる。政治家の場合、個人的と政治的との間の区別が難しい」と指摘し、ウルフ氏への恩給に理解を示している、といった具合だ。
 ウルフ氏にとって有利な点は、退職(辞任)した大統領の恩給問題は連邦政府の権限だということだ。メルケル現政府が大統領任期1年7カ月という最短記録を記録したウルフ氏の老後を保証するのは間違いないところだ。
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