ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2012年11月

ウィーン少年合唱団の新ホール

 「天使の歌声」と呼ばれる「ウィーン少年合唱団」は日本では人気が高く、日本で開かれるコンサートは、どこでもファンで一杯となるが、地元のオーストリアでは常に大歓迎というわけではないらしい。

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▲“天使の声”ウィーン少年合唱団のメンバーたち(「ウィーン少年合唱団」サイトから www.lukasbeck.com)

 「ウィーン少年合唱団」はリハーサルをじっくりと行えるホールがなかった。そこで新しいコンサート・ハウス建設計画が2007年12月10日、経済省のバルテンシュタイン経済相(当時)に正式に承認された。しかし、合唱団の拠点であるウィーン市2区の区民が環境・交通機関の悪化、歴史的建造物の保護などを理由にコンサート・ホール建設に強く反対、合唱団と区民の間でホットな文化闘争が展開されてきた経緯がある。一時期、新ホール建設計画が暗礁に乗り挙げるのではないか、と懸念されたほどだ。
 あれから5年、12月9日、ようやく新コンサート・ホールのオープン式を迎えるところまでたどり着いた。長い道程だったわけだ。
 コンサート・ホールは、アウガルテン宮殿内の公園内で総工費約1500万ユーロを投入して地下1階、地上2階の近代的建物。最新の舞台装置を完備し、舞台の広さは12X9メートル、ホール座席数は400席だ。同ハウスは合唱団だけではなく、「子供劇場」側も利用することになっている。そのため、新コンサートホールの呼称は“MuTh”という。Musik(音楽)とTheater(劇)を一緒にした名前だ。年末から年始にかけクリスマス・コンサートから児童劇まで多種多様のプログラムが計画されているという。
 28日にはオープン式のリハーサルが行われ、本場のオープン式にはオーストリア人指揮者Franz WelserーMoest氏のウィーンフィル・オーケストラとウィーン少年合唱団が記念コンサートを開くことになっている(www.muth.at)。
 
 最後に、「ウィーン少年合唱団」について少し紹介しておく。同合唱団には10歳から14歳までの約100人の少年が所属し、4コーラス団に分かれている。各コーラス団は「アントン・ブルックナー」「ヨーゼフ・ハイドン」「ウォルフガング・モーツァルト」、そして「フランツ・シューベルト」といった世界的作曲家の名称で呼ばれる。4コーラス団は国内や海外で年平均300回のコンサートに参加する。
 少子化傾向が著しいオーストリア人家庭出身の少年は年々減少する一方、外国出身の少年の数が増えてきた。その数は現在、全体の約20%。5人に1人は外国出身の少年という。ちなみに、作曲家フランツ・シューベルトも同合唱団のメンバーだった。

北が化学兵器を製造できる理由

 国連外交筋は「考えられない管理の杜撰さだ。もし、意図的に行ったとなれば、これはスキャンダルだ」という。以下、その話を紹介する。

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▲靄に包まれたウィーンのUNIDO本部(2012年11月、撮影)

 ウィーンに本部を置く国連工業開発機関(UNIDO)は国連安保理決議(1718)に反し、北朝鮮に化学兵器製造(神経ガス)を可能とする化学用リアクトル(反応器)を供給したことが関係者の証言から明らかになった。
 北は4塩化炭素(CTC)がモントリオール議定書締結国の規制物質となっているためその代替農薬生産のためUNIDOに支援を要請。それを受け、UNIDOは2007年4月、CTCに代わる別の3種の殺虫剤を小規模生産できる関連機材の購入のため入札を実施した。そしてUNIDOから受注を獲得したのはエジプトの化学製造会社「Star Speciality Chemicals」だ。同社は08年8月、有機リンとオキサゾール誘導体を製造できるリアクトルを北に輸出した。有機リンはサリン、タブン、ソマン、VX神経ガスと同一の化学グループに属する。
 なお、同反応器は化学物質カズサホス(Cadusafos)12トン、土壌殺菌剤ハイメキサゾール(Hymexazol)20トン、クロルピリホスメチル(Chlorpyrifos Methyl)16トンを年間製造できる能力を有する。
 先の国連外交筋は「国際社会の制裁を受け化学兵器に必要な原料を入手できないため、北はUNIDOのモントリオール・プロジェクト(MP)を通じて神経ガスが製造できる機材を入手した。北が化学兵器を製造した可能性は高い」と断言する。
  
 問題は最も深刻だ。北とエジプト両国は1997年に発効した多国間条約の「化学兵器禁止条約」に加盟していないが、国連安保理が北の核実験後、採択した安保理決議1718は大量破壊兵器製造に通じる100リットル以上大きい反応器の輸出入を禁止している。UNIDOが北側に提供した反応器は200リットル以上だ。国連開発専門機関のUNIDOは自ら対北国連決議を違反したことになるのだ。
 国連外交筋は「UNIDOはその危険性を薄々知っていた疑いがある。UNIDOはMPという名目で北側にこれまでもさまざまな支援をしてきた」と語る。
 なお、UNIDOには北から派遣された出向職員(元外交官)が北プロジェクトの窓口となっている。同職員は「どのメデイアが報じたのか。自分は同MPには関与していないから知らない」と述べた。

 ちなみに、UNIDOの受注を獲得したのがエジプトの会社だったのも決して偶然ではない。北朝鮮とエジプトのムバラク独裁政権は緊密な関係を維持してきたことは周知の事実だ。中東地域へのミサイル輸出を管理していた駐エジプトの北朝鮮大使、張承吉氏が1997年8月27日、米国に政治亡命したが、同大使の証言から、北がエジプトをミサイル輸出拠点として利用してきたことが明らかになった。ムバラク前政権は北の化学兵器製造も支援してきた疑いが今回、新たに浮かび上がってきたわけだ(「化学兵器原料をエジプトから入手」2009年8月13日、「エジプトと北朝鮮の『深い関係』」2011年2月3日参照)。

「21世紀は宗教が戻ってくる」

 ウィーンのホーフブルク宮殿で26日夜(日本時間27日朝)、新しい国際機関「宗教・文化対話促進の国際センター」(KAICIID)の創設祝賀会が開かれた。

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▲ホーフブルク宮殿の式典ホールで開催されたKAICIID創設祝賀会(2012年11月26日、撮影)

 式典ホールで開かれた祝賀会には同センターの提唱国オーストリア、サウジ、スペイン3国の外相のほか、世界正教の精神的指導者ヴァルソロメオス1世、バチカン法王庁宗教対話評議会議長のジャン・ルイ・トーラン枢機卿、そして潘基文国連事務総長らが出席し、祝賀メッセージを披露した。

 同センターについては、このコラム欄で紹介済みだが、キリスト教、イスラム教、仏教、ユダヤ教、ヒンズー教の世界5大宗教の代表を中心に、他の宗教、非政府機関代表たちが集まり、相互の理解促進や紛争解決のために話し合う世界的なフォーラムだ。ちなみに、仏教代表として立正佼成会の庭野光帖次代会長が出席した。

 主要提唱国サウジのイスラム教が戒律の厳しいワッハーブ派であり、少数宗派の権利、女性の権利が蹂躙されていることもあって、同センターの創設が明らかになると、人権団体やリベラルなイスラム派グループから批判の声が上がった。会場のホーフブルク宮殿周囲は当日、警備隊が厳重に監視するなど重々しい雰囲気もあったが、祝賀会はスムーズに進行し、参加者は異口同音、「宗派間の対話」の重要性を訴えた。

 ホスト国オーストリアのフィッシャー大統領、サウジのアブドッラー国王、スペインのファン・カルロス国王がビデオで歓迎の祝賀を述べた。
 サウジのファイサル外相は「国王の願いが実現できてうれしい。さまざまな宗派が結集するセンターは歴史的な役割を果たしていくだろう」と期待。潘基文事務総長は「宗教リーダーが紛争解決で重要な役割を担っている」と激励した。
 祝賀メッセージの中でも当方にとって最も印象的だったのはユダヤ教ラビのゴールドシュミット師だ。同師は「世俗社会となった前世紀(20世紀)、人類は2つの世界大戦を体験した。21世紀に入って宗教が再びリターンし、社会の重要な役割を果たしていくだろう」と語っている。

 関係者、ゲストたちのメッセージが終わると、晩餐会が始まった。参加者は食事を楽しみながら夜10時過ぎまで歓談した。当方は歴史的建築保護に従事する建築家と同じテーブルになったので知り合いになった。KAICIIDのセンターの本部建物がオーストリアの歴史的建築物に指定されているため、センター発足の際、センター側と交渉してきた人物だ。彼は「センターの建物(ウィーン市1区Schottenring21)はサウジが購入したが、われわれはその歴史的な建物の保護状況を監視していく」という。サウジ主導のセンター発足については「いろいろな批判の声も聞くが、最初から批判し、相手側を追放するのではなく、対話することで相互理解を深めていった方が賢明ではないか。対話がなければ前進もあり得ない」と語った。当方もそのように考えている。

法王の動向から受ける「予感」

 世界12億人の信者の頂上にたつローマ法王べネディクト16世の身辺に懸念を感じている。杞憂に過ぎないことを願うが、「なぜ、心配するか」を書き記しておく。

 学者法王と呼ばれるドイツ人法王は先日、これまで書き続けて来たイエスの生涯「ナザレのイエス」3部作を完結し、その第3部がローマで発表されたばかりだ。20カ国以上に訳され、ミリオンセラーは確実といわれる(第3部は今年8月に脱筆しているが、校正などで新著発表は11月に入った)。

 第265代のローマ法王に就任したべネディクト16世は23日、今年2回目の枢機卿会議を開催し、新に6人の枢機卿を任命した。これで次期法王選出会(コンクラーベ)に参加できる権利を有する枢機卿は120人となった。

 以上の2点は11月に入ってからのことだ。85歳の高齢法王は「これで何が生じても大きな混乱はない」状況を生み出したわけだ。べネディクト16世に何が生じても120人の枢機卿が次期法王を選出できる。同16世は過去7年間の任期中に90人の枢機卿を選出してきた。その一方、バチカン教理省長官時代からのライフワーク「ナザレのイエス」3部作を完結した。これで心にひっかることはなくなった、と法王が考えても不思議ではない。

 それでは、ベネディクト16世はどうして11月内にコンクラーベの次期枢機卿数を準備し、ライフワークの「ナザレのイエス」3部作を発表したか。偶然に過ぎないといわれるかもしれないが、当方などは昨年11月に流れた「法王暗殺説」を想起せざるを得ないのだ。

 「べネディクト16世が12カ月以内(今年11月まで)に殺される」というバチカンの機密書簡内容がイタリアの一部のメディアに報じられたことがある。同説では今年11月末までにドイツ人法王が暗殺されるという。「法王殺人陰謀」情報を報じたイタリアのイル・ファット・クオティディアノ紙記者は「ホヨス枢機卿が署名した書簡は今年1月、ローマ法王に届けられた。同枢機卿の書簡にはバチカンの特別な印が押されていた」と述べている。


 同書簡内容が根拠のない憶測に過ぎないことを希望するが、ローマ法王自身がその内容をシリアスに受け取っている節があるのだ。法王が11月末までに次期法王選出のコンクラーベを整え、ライフワークを出版したのも偶然ではなく、考えた末の決断ではなかったか。日本的に表現すれば、立つ鳥跡を濁さずだ。

 当方が「予感」と書いたのはその点だ。法王が自身の11月末までの暗殺説をなぜか深刻に受け止めている。それが当方の取り越し苦労であることを願うだけだ。 



「黒人法王」誕生の時は到来か

 ローマ法王べネディクト16世は24日、今年2回目の枢機卿会議を開催、新に6人の枢機卿を任命した。これで枢機卿の総数は211人、法王選出会(コンクラーベ)の有資格者(80歳以下の枢機卿)は120人となった。べネディクト16世は7年間の任期中、既に90人の枢機卿を誕生させたことになる。
 今回の新枢機卿任命の特徴は枢機卿の最大派閥、イタリア教会からは誰も選出されなかった一方、アジア教会やアフリカ教会など少数派閥から選ばれたことだ。

 「モスキート(蚊)を見よ」(11月8日参照)で紹介したナイジェリア首都アブジャのジョン・オロルンフェミ・オナイイェカン大司教(John Olorunfemi Onaiyekan ) は今回、枢機卿に任命された6人の中の1人だ。アフリカ教会の代表的聖職者、新枢機卿はメディアとのインタビューの中で「黒人の法王が誕生する時は既に満ちている」と答えている。同枢機卿にとって、オバマ米大統領が誕生したように、世界に12億人の信者を抱えるローマ・カトリック教会最高指導者、ローマ法王に黒人法王が誕生しても不思議ではないというのだ。

 コンクラーベには神が働くというが、枢機卿の出身派閥が次期法王の選出に大きな影響を与えることは否定できない。それによると、最大派閥は欧州出身の枢機卿だ。その中でもイタリア出身者だ。法王は今年2月、22人の枢機卿を任命したが、その直後、イタリア出身の枢機卿数は30人となった。国別では圧倒的に多い。
 ポーランド出身の故ヨハネ・パウロ2世、ドイツ出身の現法王べネディクト16世と欧州出身の法王が続いた。そのためバチカン内では「次はイタリア出身の法王に帰るべきだ」という声が強いという。ローマ教区司教の立場でもある法王はイタリア人から選ぶ、という考えだ。

 一方、アフリカ出身の枢機卿数は11人だ。イタリア出身枢機卿数に及ばない。国会議員選とすれば、派閥内の議員数で欧州派閥に到底勝てない。にもかかわらず、バチカン内で「黒人法王の誕生は決して非現実的ではない」という声が聞かれることは事実だ。その背後には、教会脱会者が増加するエリート教会の欧州教会とは異なり、アジア教会と共にアフリカ教会が信者数で最も伸びているからだ。「ローマ・カトリック教会の希望はアフリカ大陸にある」というわけだ。その流れから、黒人法王の誕生を予想する声が出てくるわけだ。

「北側との接触はゼロだ」

 国際原子力機関(IAEA)査察局アジア担当のマルコ・マルゾ部長は23日、国連内で当方とのインタビューに応じ、北朝鮮の核問題について語った。


 ――北朝鮮の核問題で北側と接触はあるのか。

 「正直言って、ゼロだ。まったく接触はない。駐IAEA担当の北外交官とも同様だ」

 ――にもかかわらず、天野事務局長は北朝鮮の核問題で理事会に報告している。

 「北に関連した核関連情報はほとんどが米情報衛生の写真からだ。それによると、北は寧辺で軽水炉建設を進めていることが分る」

 ――軽水炉はいつ頃、完成すると見ているのか。

 「建設は進められているようだが、完成までにはまだかなりの時間がかかると予想している」

 ――北の核問題は当分、解決の見通しがないということか。

 「重要な選挙が終われば、朝鮮半島を取り巻く政治環境も変わるだろう。米大統領選と韓国大統領選のことだ。北側は来年初めには動き出すのではないか。6カ国協議の再開などの動きが予想される」

 IAEAは今月29日から2日間の日程で今年最後の理事会をウィーンの本部で開く。理事会では、イラン、シリアの核問題と共に北朝鮮の核問題が協議される。ただし、マルゾ部長が指摘したように、新情報もないこともあって協議の進展は望めない。

 なお、IAEAが北の核関連施設を査察・検証できた期間は、。隠坑坑看5月から2002年12月まで、■娃嫁末から07年7月までだ。北側がIAEA査察官を国外追放した09年4月以降、IAEAは北の核関連施設へのアクセスを完全に失った。そのため、「北の核問題を検証できない状況が続いている」(天野事務局長)。IAEAとしては、6カ国協議の早期再開を通じ、IAEA査察員の派遣を実現したい意向だ。

中国は聖書の最大出版・輸出国

 世界の大国を自負する中国共産党指導者が聞いて喜ぶかどうかは知らないが、欧米企業の下請け生産をこなし、世界最大の輸出国入りした中国は米アップル社のコンピューターを製造しているだけではなく、聖書の最大の出版・輸出国でもあるという。プロテスタント通信社IDEAが13日報じた。

 同通信社によると、中国南京市にある「聖書印刷所」は過去25年間で1億冊以上の聖書を印刷した。そのうち約6000万冊は国内向け、残りの4000万冊は70の言語に訳されて輸出されたという。ひょっとしたと、当方の聖書も中国製かもしれない(聖書の印刷元を見ていない)。
 11月上旬、印刷所関係者、中国官製プロテスタント教会、「聖書協会世界同盟」の各代表が集い、聖書1億冊印刷祝賀会が開かれたばかりだ。中国共産党第18回党大会の動向に心を奪われ、欧米のメディアは南京市の印刷会社の画期的な業績を見落としてしまったかもしれない。

 中国で1966年から77年まで毛沢東らの文化大革命が席巻していた時、聖書は禁止されたが、79年以降、国民の間で精神生活を重視する傾向が出てきた。ここにきて宗教を求める国民が増えてきた。ちなみに、中国の代表的知識人Liu Peng(劉鵬)が「アジアの教会」のブログの中で「中国が真の大国となるには宗教や倫理の復興が不可欠だ」と述べているほどだ。同氏は反体制派知識人ではなく、中国共産党政権に近い人物だ(「中国の未来を握る『精神の解放』」(2012年7月27日参照)。

 聖書協会の世界同盟ミハエル・ペロー事務局長は「中国での聖書印刷は神の奇跡だ」と称賛している。同会社には1987年以来、600人以上の労働者が働いている。最初の20年間で5000万冊の聖書が印刷され、その後の5年間で同数の聖書が印刷されたことになる。聖書の印刷増加は中国社会でのキリスト教の急激な浸透をも裏付けているわけだ。
 中国当局の発表ではキリスト教徒数は新・旧教会を合わせて約2400万人といわれるが、実数は約1億3000万人と推定されている。その他、仏教徒約1億人、道教約3000万人、イスラム教徒約2500万人だ。ちなみに、共産党員数は約8000万人で、その数は年々減少している。

「ナザレのイエス」3部作の問題点

41urX1av7JL__SL500_AA300_ ローマ法王ベネディクト16世の大作「ナザレのイエス」の第3部「イエスの幼少時代」(写真)が20日、発表された。独語訳など約20カ国に訳され、再びミリオンセラーを目指す。第3部は170頁余りからなり、1部、2部に比較すると、かなり薄い本だ。
 ベネディクト16世は教理省長官時代から「ナザレのイエス伝」3部作に取り組んできた。2005年4月にローマ法王に選出された後も多忙な時間の合間をぬって書き続けてきた。法王が心魂を注いできたプロジェクトは「ようやく終わった」(同16世)わけだ。

 2007年4月、「ヨルダン川のイエスの洗礼から変容まで」の第1部が出版され、2011年3月に「イエスの受難と十字架の道と復活」の第2部が完成した。第3部ではイエスが3年半の公生涯をスタートする前の日々をまとめたものだ。聖書だけではなく、外典などを駆使してイエスの「私生涯」に迫ったものだ

 さて、第3部の「イエスの幼少時代」について少し考えてみた。法王は著書の中でマタイ福音書やルカ福音書の幼少イエスの記述について、「これは本当にあったことだろうか」と頻繁に問いかけた。そして「聖書の1句、1句について霊的な対話を繰り返していった」と吐露している。正直な告白だ。新約聖書の中にはイエスの幼少時代について詳細な記述がないからだ。
 
 先ず、「彼(イエス)はどこから来たか」とその出生を問う。マタイ福音書1章にアブラハムからイエス誕生までの家系が記されているが、その中には義父と関係をもったタマルの名前がある。姦淫したダビデ王の名前も入っている。マタイ福音書を読む限り、罪なき神の子イエスはそのような血統から誕生しているのだ。
 聖書が神の導きで記述されたとするならば、イエス誕生までの家系の謎を解かなければ、イエスの生涯を理解できない。しかし、学者法王はこの問題に深入りせず、直ぐにヨハネ福音書の有名な聖句、「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった」を想起、イエスがロゴスであり、初めだと考える。すなわち、イエスは神であり、当然始まりだ、という観点でイエスの出生を納得しようとする。

 「歴史的イエス像を再構築するためにはイエスへの信仰を土台とせざるを得ない」と述懐している。そして「聖母マリアの処女懐胎」と「イエスの復活」について、「神は創造主であり、全能だ。神が物質世界に直接干渉した実例だ」と主張し、「聖母マリアの処女懐胎を信じる」と述べている。これではイエスの幼少時代の解明ではなく、ヨーゼフ・ラッツィンガーという1人の人間の「信仰告白」だ、という印象を受けざるを得ない。

 新約聖書を読むと、イエスがマリアやヨゼフ、周囲の親戚たちから愛されて、幸福な幼少時代を過ごした、とは考えられない。イエスが馬小屋で生誕されたことを「神は人類の神の子をみすぼらしい環境で生まれさせたのは、人類にその謙虚さと神秘さを与えるためだ」といった類の解釈をしても何の助けにもならない。
 カナの婚姻の宴で、イエスがマリヤに「婦人よ、あなたは、わたしと、なんの係わりがありますか」(ヨハネ2章4節)と厳しく述べている。イエスはまた、「わたしの母とは、だれのことか。わたしの兄弟とは、だれのことか」(マタイ12章48節)と語っている。なぜ、イエスは母親マリアに対し厳しく語ったのか、納得できる説明が求められる。

 予想されたことだが、高齢法王は、第3部ではイエスの出生、家庭内のイエスの立場、マリアとの関係などを納得できるように解明せず、自身の信仰を告白しただけで終わっている。第3部作が200頁にもならない小書となったのは、イエスの幼少時代の解明が如何に難しかったかを端的に物語っている。

133カ国以上がパレスチナ支持

 イスラエル軍がハマスの拠点、パレスチナのガザ地区を空爆する一方、ハマスはロケット弾で応戦、双方に多数の犠牲者が出ている。戦闘の停戦に向け国連などが乗り出してきた。その一方、パレスチナ自治政府のアッバース議長は29日、国連総会で演説し、パレスチナの「オブザーバー国家」への格上げを提案する考えだ。そこで駐オーストリアのパレスチナ自治政府代表、ズヒェイル・エルワゼル大使に国連総会決議案の見通し、イスラエル側の狙いなどについて聞いた。

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▲インタビューに答える駐オーストリアのパレスチナのエルワゼル大使(2012年11月20日、国連内で撮影)

 ――イスラエルとハマス間で紛争が激化し、多数の犠牲者を出している。

 「イスラエルは国際社会の声を尊重し、ガザ地区の攻撃を即停止すべきだ。さまなければ、双方に更なる犠牲が出てくる。イスラエル側にとって今回の戦闘で得るものはない。パレスチナ人は平和を愛する民族だ。われわれはイスラエル国民と平和に共存する用意がある。そのためにもパレスチナ民族の国家認知を一刻も早く実現させたいと願っている」

 ――アッバース自治政府議長は今月29日、国連総会で演説し、パレスチナのオブザーバー「組織」からオブザーバー「国家」への格上げ求め、国連総会決議案を加盟国に提出済みだ。

 「133国以上の加盟国がパレスチナのオブザーバー国家入りを支持している。もちろん、正式国家として認知されることを願うが、現国連安保理の政治情勢では難しい。ただし、国連加盟国問題は依然、安保理の議題だ。今回の提案の重要な点は、1967年6月5日前の境界線を認知し、東エルサレムを首都と認めることにある。これが受理されれば、わが国が占領下にあることが明らかになる。そうなれば、国連はこの占領下を早期に解決しなければならない義務が出てくる。採択された国連総会決議181(1947年)では、パレスチナをアラブ人国家、ユダヤ人国家、エルサレム国際管理地区に分割することが明記されている。イスラエルはその決議内容を容認していない。イスラエルに戦争を吹っかけているわけではない。パレスチナ人は戦争を願っていない」

 ――ハマスはロケット弾をイスラエルに向け撃っている。

 「ガザ地区はイスラエルの支配下に久しくある。パレスチナ人には移動の自由も生存の自由も制限されている。ガザ地区は世界最大の刑務所だ。残念ながら、イスラエルはオスロ合意を無視している。イスラエルはハマスの指導者たちを暗殺している。ガザ地区のハマスも戦争は願っていないが、イスラエルが攻撃したら、それに反撃し、防衛しなければならない義務があるのだ。イスラエルは目下、多くのパレスチナ人を殺している。その中には民間人、子供たちが含まれている。国際社会はテレビの画面を通じてパレスチナ人の子供たちがどのように殺されているかを目撃しているはずだ」

 ――中東・北アフリカの民主化「アラブの春」後、アラブ諸国の政治情勢は大きく変化してきた。例えば、ムバラク独裁政権の崩壊後、エジプトでは「ムスリム同胞団」が政権を掌握したが、「ムスリム同胞団」はハマスの母体だ。

 「アラブの春はアラブ国民の願いを反映したものだ。われわれパレスチナ人はアラブ民族の願いを尊重する。あなたが指摘したように、ハマスは『ムスリム同胞団』を母体としている。エジプトからこれまで以上の支援を受けていることは事実だ」

 ――話は飛ぶが、2004年フランスで死去したパレスチナ解放機構(PLO)のアラファト議長の遺体が今月掘り起こされ、死因検査が実施中だが、今回の武装紛争と関係があるか。

 「誰がアラファト議長を殺害したかは皆知っている。イスラエルだ。私の弟は当時、PLO副議長だったが、チュニジアで暗殺された。今年に入り、暗殺に関係した人物がイスラエルの情報機関モサドの仕業と認めている。時がくれば、事実は明らかになる。モサドが放射性物質ポロ二ウム210でアラファト議長を暗殺したのだ。ただし、今回の紛争とアラファト議長の死因検証とは関係ない。イスラエルはアッバース議長の国連総会の演説を破棄させたいのだ。1967年前の境界線と東エルサレムを首都とする案を破壊し、パレスチナ人の願いを粉砕したいのだ。これがイスラエルのガザ地区攻撃の主因だ。イスラエルはパレスチナを脅迫しているのだ。パレスチナ側はイスラエルと戦争したくない。国際社会で認知されることを願っているだけだ。これを実現できる唯一の道は国連の場だ」

 ――米クリントン国務長官は停戦実現のため中東を訪問中だが、2期目に入ったオバマ米政権はパレスチナ問題で新しい解決策を提示できると考えるか。

 「米国は今回の紛争の即停止を願っているはずだ。なぜならば、多くの市民が犠牲となっているからだ。しかし、残念ながら、米国はパレスチナ人の願い、主権国家の認知には反対している。だから、国連の場でわれわれとの交渉を願っていないのだ。オバマ大統領の第1期目、われわれはパレスチナ問題の解決に乗り出すだろうと期待したが、何もしなかった。しかし、第2期目の今回、オバマ氏がシリアスに取り組み、問題解決に向けて全力を投入することを期待している。パレスチナ人は今尚、占領下にあるのだ。われわれには米国の助けが必要だ。米国がパレスチナを国家として認知することを願う」

 ――ところで、ハマスはロケット弾をイスラエルに向けて撃っているが、その飛距離は長くなり、テルアビブまで届く。ハマスはどの国から軍事支援を受けているのか。

 「個人的には知らない。ハマスは多くの国から軍事支援を受けていることは周知の事実だ。ハマスは自衛する権利を有している。なぜならば、ハマスは国民を守る義務があるからだ。パレスチナ問題はハマスとアッバース派が一体化して解決しなければならない。イスラエルは両者間の対立を煽っている。イスラエルは両者の一体化を恐れているからだ。両者が一体化すれば、ロケット弾よりも強力だ。イスラエルは西岸地区では入植政策を継続、拡大している」

 ――最後に、日本を含む国際社会のパレスチナ問題解決への貢献について。

 「日本の経済、政治的支援には感謝している。日本は最大支援国の1つだ。日本は大国だ。国連でパレスチナを支援してくれることを願う。国連での採決で日本がパレスチナの願いを無視しないことを願う。日本がパレスチナ民族の願いに反して投票した場合、全てのパレスチナ人、アラブ人は日本に失望するだろう。日本は、民族の自治権、人権を尊重する国と信じている。日本はイスラエルとも良好関係を維持しているからイスラエル側に圧力を行使し、パレスチナ人の殺害をストップするように説得してほしい。日本が資金を投入して建設された建物や施設がイスラエル軍によって破壊されている。日本だけではないが、経済支援している国はイスラエル側に抗議すべきだ」



【ズヒェイル・エルワゼル大使の略歴】
1947年、パレスチナのアルラムラハ生まれ。65年にガザ地区のファタハ運動に参加。80年から95年までパレスチナ民族評議会(PNC)メンバー、95年から2005年までヘルシンキのパレスチナ総使節団責任者などを歴任した後、05年から駐オーストリアのパレスチナ代表部責任者(大使)兼在ウィーン国際機関代表責任者。

ワッハーブ派の欧州拠点 ?

 ウィーンに新しい国際機関「宗教・文化対話促進の国際センター」(KAICIID)が今月26日、オープンする。昨年10月、創設に関する合意書の調印式がアルベルティーナ美術館内で行われたことはこのコラム欄でも紹介した。同センターはイ二シャチブを取ったサウジアラビアのアブドッラー国王の名をつけて「国際アブドッラー国王センター」と呼ばれる。

 ホーフブルク宮殿で開催されるオープン式には提唱国のオーストリア、サウジ、スペイン3国の外相のほか、世界正教の精神的指導者ヴァルソロメオス1世、バチカン法王庁宗教対話評議会議長のジャン・ルイ・トーラン枢機卿、そして潘基文国連事務総長らが参席する予定だ。

 同センターはキリスト教、イスラム教、仏教、ユダヤ教、ヒンズー教の世界5大宗教の代表を中心に、他の宗教、非政府機関代表たちが集まり、相互の理解促進や紛争解決のために話し合う拠点となる。すなわち、世界宗教対話フォーラムだ。
 一つの宗教団体が意思決定を独占しないように、加盟国・団体の総意を模索する国際機関を目指す。具体的には、世界宗教代表の9人から構成された監視評議会が年4回、会議を開き、センターの運営を行う。センター事務局長はサウジのファイサル文部次官、事務次長はオーストリアのクラウデイア・バンディオン・オルトナー元法相だ
 
 創設目的が明確だが、サウジ主導の国際センターの創設に対してオーストリア内外でさまざま懸念の声がある。その代表的な批判は「サウジ国内の人権蹂躙」だ。「少数宗派の活動を禁止し、キリスト教徒を迫害している。女性の権利は蹂躙されている。そのサウジが宗派間の対話促進を主張できるか」という声だ。もっともだ。

 オーストリアのリベラル・イスラム教派関係者は「サウジはオイルの力で同センターを発足させた。同センターは近い将来、イスラム過激派ワッハーブ派の欧州拠点となる危険性がある」と警告を発する。エジプトのアル・アズハル大学のスン二派の権威、アフマド・アル・タイーブ師も「サウジは欧州のウィーンにワッハーブ派のメガ・センターを創設した」と受け取っている1人だ。
 
 サウジが主導した同センターは国際法に基づき、国連、石油輸出国機関(OPEC)やバチカン市国と同等の国際機関とされる。すなわち、同センターのサウジ出身職員が外交官と同等の権利を有することになるわけだ。(オーストリア議会は今年7月6日、同センター創設を承認)。そこで外交官の特権を得たワッハーブ派の職員がオーストリア国内だけではなく、欧州全土でその教えの拡大に腐心するだろう、という懸念が出てくるわけだ。

 そのような批判や懸念に対し、センター事務局長に就任するファイサル次官は「センターではいかなる政治的干渉も認めない」と表明、センターの独立性を強調している。
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