ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2013年04月

余り知られてない3つの「話」

 アルプスの小国オーストリアは第1次、第2次世界対戦を含め、世界の出来事や事件に絡んでくることが多い。ハプスブルク王朝が崩壊すると共に、領土も小さくなったが、冷戦時代には東西両欧州の架け橋的な役割を果たし、その存在感を示した。その後も世界で起きるさまざまな出来事や事件に不思議と関わっているのだ。最近分かった3つの「話」を紹介する。相互の関係は全く無いが、オーストリアという国がある時は主要舞台とし、ある時は脇演技の小舞台として登場してくることに気がつく。

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▲オーストリア連邦首相官邸(2013年4月撮影)

 .椒好肇麈発テロ事件(4月15日)の2人のテロリスト兄弟の兄、タメルラン・ツァルナエフ容疑者(26)は2004年にロシア連邦のチェチェン共和国から米国に移住したからプロのボクシング選手を目指し、米国内の主要な試合に出場したり、オリンピック出場も目指していた時期があった。その時、トレーニングと実戦のためオーストリアのインスブッルクとチロルに入国していた。オーストリア側のボクシング・クラブ側によると、タメルランがオーストリアに入国したのは07年と09年の2度だ。同国内務省もタメルラン容疑者の入国事実を認めている。ただし、欧州のイスラム教過激グループとの接触は確認されていない。

 ▲蹈轡△離┘螢張ン大統領の娘Tatjana Borissowna Yumaschewaさんは2009年、オーストリア国籍を修得していた。彼女が夫と共にオーストリア出身の実業家が経営していたインタナショナルのマグナ社に勤務していたが、その功績が評価され、「オーストリア政府から国籍が与えられた」というのだ。
 ちなみに、オーストリア国籍を修得したエリツィン元大統領の娘夫婦がオーストリアに実際居住していたかどうかは不明という(ザルツブルガー・ナハリヒテン紙4月25日)。
なお、オーストリアの極右派政党「自由党」の姉妹政党「ケルンテン自由党」関係者がロシア富豪たちに巨額な党献金と引き換えにオーストリア旅券を与えていたという不祥事が発覚したばかり。

 オランダのベアトリクス女王は今月30日、退位し、ウィレム・アレクサンダー皇太子が国王に就任するが、女王の次男、ヨハン・フリーズ王子は2012年2月、オーストリア西部のリゾート地レッヒでスキー中に雪崩に巻き込まれ重体。脳の損傷が大きく意識不明となった。
 オランダ王室はインスブルック大学病院から一度、王子をオランダに運びそこで治療する予定だったが、国内に意識不明の患者を長期間生かして治療する病院がないことが判明。結局、王子はロンドンの病院で長期治療を受けることになった。
 独週刊誌シュピーゲル(4月22日号)は精神病に冒されている娘をもつ歴史家ゲッツ・アリ氏とインタビューしているが、同氏は「オランダでは意識不明状況になり、回復が難しい場合、安楽死を選択するケースが通常となっている。だから、王子のような患者を長期ケアする施設や病院はオランダにはなくなってきた」と述べている。

 

法王の“スープの冷めない距離”

  第265代ローマ法王ベネディクト16世は今週、法王専用の夏季別荘カステルガンドルフォからバチカンに戻る。同16世は今年2月28日、健康を理由に退位して8週間余り、夏季別荘に宿泊してきたが、退位後拠点とするバチカン内の修道院Mater Ecclesiaeの修復作業が終わったのを受け、バチカン庭の館に移動することになったわけだ。オーストリアのカトリック通信が26日、報じた。

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▲隣人(前法王)を迎えるフランシスコ法王(2013年3月、撮影 )

 南米教会出身の現ローマ法王フランシスコは法王選出後もゲストハウスSanta Martaに宿泊し、豪華な法王宮殿に引越しする考えは今のところない。
 そのゲストハウス201号室からベネディクト16世が移り住むバチカン庭の館まで100メートルも離れていないのだ。文字通り、“スープの冷めない距離”(徒歩で5分以内の距離)に前法王と現法王の2人のローマ法王が住むことになる。互いに隣人となるのだ。
 生前に退位したベネディクト16世(86)と質素な生活様式を好むフランシスコ法王(76)が生み出した稀に見る現象だ。歴史家は将来、両法王の交流を記述するだろう。

 ドイツ人法王のベネディクト16世は退位後、8年間の激務の疲れを癒すと共に、読書やピアノ演奏、瞑想の日々を送っている。同16世は「現法王の支障とならないように目立たないように生きていく」という。一方、フランシスコ法王は法王選出後も頻繁にベネディクト16世に電話したり、3月23日にはカステルガンドルフォまで行って交流を深めてきているだけに、隣人同士となればその交流も否応なしに深まっていくことが予想される。

 ベネディクト16世はバチカン庭の館に以前の家政婦などを引き連れて住むことになる。1994年から2012年まで修道女達が住んでいた館で大きさは400平方メートル。祈祷室と図書館がある。
 一方、フランシスコ法王はゲストハウス(スィートルーム)に寝泊りをし、法王庁関係者や聖職者たちとの会合はその部屋の仕事場で行っている。ただし、国賓や外国人ゲストを迎える時だけは法王宮殿で行っているという。「フランシスコ法王がいつまでゲストハウスに留まっているのかは不明だ」(バチカンのロムバルディ報道官)という。

 いずれにしても、前法王と現法王が隣人としてどのような交流を繰り広げるか興味深いところだ。

ウィーン市長と北大使の「20年」

 駐オーストリアの金光燮・北朝鮮大使(金正恩第1書記の義理の叔父)は今年3月、大使就任20年目を迎えた。国連では最近見かけることがなくなったが、金大使は外交官パーティや親北関連機関の訪問など、地道な外交活動をしているという。 

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▲ウィーン市庁舎(2013年4月26日撮影 )

 金大使の就任後から今日までの経緯についてはこのコラム欄で紹介済みだから省略する(「政変を生き延びてきた北大使の話」2013年1月14日参考)。

 ところで、20年間も同じポストに就いているのは金大使ぐらいだろうと思っていたが、そうではなかった。音楽の都ウィーン市のミヒャエル・ホイプル市長(63)も24日、ウィーン市社会民主党党首(1993年)に就任して20年目を迎え、見本市会場で20年祝賀会が党幹部、友人、知人ら約1000人のゲストを集めて挙行さればかりだ。

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▲美しき青きドナウ(2013年4月26日撮影)

 20年間といえば、2昔前だ。その間、社民党トップにつき、4年毎に実施される市議会選に勝利を重ねていくことは並大抵のことではない。政治手腕だけではなく、それなりの人望が求められる。その意味で、ホイプル市長の功績を評価せざるを得ない。ちなみに、1994年11月以来、ウィーン市長だ。来年は市長就任20年目を迎える。

 参考までに、ウィーン市議会は戦後1945年から今日まで社民党(前社会党)が政権を掌握してきた。だから、ウィーン市は「赤の砦」と呼ばれ、低迷する社民党の最後の砦だ(前回の市議会選で過半数を掌握できなかったので「緑の党」と連立政権を樹立し、今日に到る)。

 ウィーン市は戦後、急速に世界の観光都市の地位を確立すると共に、30以上の国際機関の本部、事務局を誘致し、国際会議の開催地としてその名を広げてきた。その一方、市の治安は他の欧州都市と比較すると、安全だ。外国人問題やイスラム教問題などがメディアを賑わすこともあるが、全般的にいえば、ウィーン市の政情は安定している。

 独語にアンゲネームという言葉がある。快さだ。ウィーン市民はアンゲネームをこよなく大切にする。議論好きなドイツ人とは違い、相手を議論で負かすことを好まない。まあまあ、といった状況を大切にする。だから、批判的な人間は消化不良になってしまう。
 その一方、知らない人(外国人)に心を広げるのには時間がかかる。だから、「ハイ!」と声をかけ、直ぐに友達になる米国人はオーストリアでは生き延びることが大変だ。

 そのウィーン市でホイプル市長も金大使も20年間、同じポストを維持してきたのだ。アンゲネームと曖昧さを愛するウィーン市民の気質が両者の性格に合っているのかもしれない。

フィアカーの「馬の楽しみ」

 中国の思想家荘子の著書に「知魚楽」(「魚の楽しみ」を知る)という言葉があったと記憶する。水の中を泳ぐ魚の楽しみを知るという意味だが、魚ではない人間が魚の感情を共有することが可能かで荘子は恵子と議論する話は良く知られている。

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▲市内を走るフィアカー(2013年4月24日撮影)

 当方はフィアカー(観光馬車、通常は2頭立て)を見るたびに「魚の楽しみ」という日本語を思い出し、フィアカー(Fiaker)の馬に近づきながら「ねー、君も楽しみがあるだろう」と問いかけながら、「(フィアカーの)馬の楽しみ」を考える。

 音楽の都ウィーンも4月後半に入りようやく春を迎えた。旅行者の姿も増えてきた。ウィーン市1区のシュテファン大聖堂の脇にはフィアカーが旅行者を待っている。2頭の馬が硬いアスファルトの上を客をのせて市内の名所旧跡を回る。その側を車が走って行く。馬が車を見て恐れないように、両サイドを目隠しながら走る。だから、前方しか見えない。

 当方はフィアカーを見るたびに、心臓発作で即死したフィアカーの馬のことを思い出す。急死した馬は走り出した瞬間だった。1頭が突然、倒れた。御者もビックリした。翌日の新聞には「フィアカーの馬が心臓発作で亡くなった」と報じられていた。その記事を読んでからだ。当方は「(フィアカーの)馬の楽しみ」を考え出した。老体を酷使しながら市内を走っていた馬にも必ず楽しみがあったはずだ、と思いたいからだ(「フィアカーの馬の突然死」2007年10月23日参考)。
 
 どのような環境下でも楽しみ、喜びを見出していくのが人間だ。独房に収容された死刑囚も壁の上を歩くクモを見つけると、クモに語りかけるという。同じように、フィアカーの馬も走りながら何かを楽しみにしているのに違いない。荘子が「魚の楽しみ」を知るように、当方は「(フィアカーの)馬の楽しみ」を知りたいと思っている。

独サッカー名門チーム会長の躓き

 今季の独ブンデスリーグは既に決着済みだ。FCバイエルン・ミュンヘンが最初から圧倒的な力を発揮して4月初め、6試合残して3季ぶり通算23回目のマイスターとなった。バイエルンはDFBポカールでも決勝に進出し、欧州チャンピオンズリーグ(CL)では23日、強豪チームのバルセロナ(スペイン)との準決勝第1回戦を4ー0で圧倒し、決勝進出の道が大きく開かれたばかりだ。

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▲独バイエルン・ミュンヘンのウリ・へーネス会長(FCバイエルン・ミュンヘンの公式サイトから)

 無冠に終わった昨季リーグの無念さを晴らすように、チームは勝利を重ねていき最短期間でブンデスリーグを制覇したが、別の問題が突如、浮上し、クラブの命運が揺れだしてきたのだ。クラブのウリ・へーネス会長(61)が脱税問題でミュンヘン検察局から追求され、「南ドイツ新聞」によると、同会長は先月20日、逮捕されたが、500万ユーロの保釈金を払って釈放されたという。

 元サッカー選手だったへーネス会長は人情深い、クリーンな人物として独の社交界では評判のいい紳士と受け取られてきた。メルケル首相とも知合いだ。その会長の脱税容疑問題が浮上した時は誰からも信じられない、といった声が聞かれた。しかし、容疑が事実であり、先月末、逮捕されていたことが伝わると、ファンからは悲鳴まで飛び出してきた。メルケル首相も「失望した」(独週刊誌シュピーゲル電子版)と答えたという。自由民主党(FDP)のレスラー副首相は「脱税者が社会の模範であることは絶対に考えられない」と指摘している、といった具合だ。

 へーネス会長はサッカー・クラブを運営する一方、1985年、「Ho We Wurstwaren KG」社(ソーセージ製造)を経営している。会社やクラブ経営で稼いだ巨額の収益金をスイスの銀行口座に預金していたという。

 23日の本拠地ミュンヘンでのバルセロナとの試合に顔を見せたへーネス会長は「自分は大きな間違いを犯した。税問題を清算してスッキリしたい」と述べ、脱税容疑を認める一方、再起を表明している。独メディアによると、悪質な脱税の場合、5年以上の懲役だ。

 へーネス会長の問題にもかかわらず、ユップ・ハインケス監督が率いるバイエルン・ミュンヘンは23日、バルセロナに快勝するなど、強さを誇っている。
 へーネス会長は自分のチームが快勝するのを見届けるとスタジオを後にした。独メディアによると、同会長の辞任要求がファンからも高まってきている。

韓国大使と「円安恐怖症」

 駐オーストリアのチョー・ヒュン韓国大使(CHO・Hyun)は22日、ウィーンの工業産業協会でオーストリア経済界代表たちの前で韓国経済について講演をしたが、「わが国の経済は今、日本の円安の影響で危機的な状況にある。輸出国の韓国経済は苦戦を余儀なくされている」と説明した。

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▲ウィーン市1区の風景(2013年4月、撮影)

 韓国外交官がウィーンで講演する場合、数年前ならば、停滞する日本経済をよそに威勢のよい話が飛び出したものだが、チョー大使は終始、「円安は韓国経済にとって最大の脅威だ」と繰り返すだけ。円安の実感が乏しいオーストリア側の経済専門家たちも韓国大使の悲鳴に驚きの顔をしていたほどだ。

 韓国連合通信は「円相場が2009年4月以来となる1ドル=100円台に迫っている。円安は韓国製品の価格競争力を弱め、韓国経済の支えとなっている輸出に大きな影響を与えるのは必至だ。内需と不動産景気が低迷する状況で、輸出まで悪化すれば、しばらく低成長から抜け出せなくなる。そのため、韓国では『アベノミクス』に対する恐怖が広がっている」と報じている。チョー大使も「円安恐怖症」に悩まされている1人だろう。
 
 ただし、韓国メディアは「経済が危機にある」という認識では一致してきた。例えば、同国の大手日刊紙「中央日報」日本語電子版は「北核より韓国経済が危機」という社説記事を掲載しているほどだ。
 同紙は「グローバルコンサルティング会社マッキンゼーが出した『第2次韓国報告書:新成長公式』と米外交専門誌フォーリンポリシーに寄稿した『止まってしまった漢江(ハンガン)の奇跡』は、私たちが知らない新しい内容でない。私たちの目の前で進行している生きた現実が書かれている。私教育や家計負債の負担で中産層が崩壊し、大企業の工場の海外移転で韓国で『雇用なき成長』が深刻になっているという内容だ。サムスンとLG・現代自動車を除いた企業の競争力が大きく落ち、低い出生率と高齢化のためもう『漢江の奇跡』は作動しにくくなった」と指摘している。

 それに対し、知人の韓国外交官は「円安は続くだろうが、永遠に続くものではない。安くなればいつか再び高くなるのが常だ。韓国政府が円安悪説を説きまわったとしても効果は期待できない。韓国経済界はこの期間を有効に利用し、構造改革など実施していけばいいだろう」と述べた。

 例えば、先述した中央日報の社説は「1人当たりの国民所得が2万ドルを突破してから、わが国の経済が伸びていない背景にはサービス業の革新を怠ってきたからだ」と分析している。

 知人外交官のような長期的視点から国内経済の刷新を考えれば、円安も韓国経済の刷新のチャンスとなるわけだ。今回の円安を乗り越えることが出来れば、韓国は真の経済大国入りを果たすのではないだろうか。


【短信】CTBTO広報部長に聞く

 北朝鮮が2月12日、3回目の核実験を実施したが、これまで同実験で放出された放射性物質(キセノン133など)が検出されなかった。ところが、ウィーンに事務局を置く包括的核実験禁止条約機構(CTBTO)は23日、日本の高崎観測所が北の核実験による微量の放射性物質を検出したと発表した。それによると、北の核実験55日後の4月8日から9日にかけ、日本の高崎観測所が検出したほか、ロシアのウスリースク観測所でもキャッチしたという。

 そこでCTBTOのアニッカ・トウンボルク広報部長に電話で確認した。同部長は「核実験後55日目に放射性物質が検出されたことは通常ではない。そこでこれまでの観測データーを検証し、検出された日の気流状況などを再現する一方、加盟国に原発事故か放射性物質の放出事故がなかったかを確認した。その結果、加盟国からは北の核実験から発生した放射性物質以外に考えられないという返答があったので、23日公表した」という。

 高崎観測所では過去、核実験直後、放射性物質が検出されたが、検証の結果、北の核実験のものではなかったという結論になったことがあった。今回は間違いがないか、との質問に対し、同部長は「100%間違いないと断言できないが、検出された放射性物質が北の核実験によるものという専門家の判断を信じる」という。微量だったこともあって、「北の核実験がウラン爆弾かプルトニウム爆弾かは識別できない」という。
  

金正恩氏、同性愛者の権利を尊重

 欧州のカトリック教国フランスで同性婚解禁法案が可決されたが激しい論争が今尚続いている。一方、極東の冷凍の国・北朝鮮ではそのような国民間の論争や国会の論争もなく同性愛者の権利尊重の動きが予想以上に進められてきた。海外では既に北朝鮮友好団体のトップに同性愛者が就任しているほどだ。

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▲ウィーンの北朝鮮大使館(2013年2月、撮影)

 旧ソ連・東欧諸国で共産政権がまだ力を有していた時、「共産主義圏にはエイズは存在しない。欧米社会のように、同性愛者もいない」と表明したきた。それが冷戦の終焉後、「ソ連にも東欧諸国にもエイズ患者が存在するし、同性愛者もいる」ことが明らかになった。

 ところが、北朝鮮は旧ソ連・東欧諸国の崩壊後も朝鮮型社会主義社会を主張し、「地上の天国」という標語を撤回していない。同性愛者問題ではつい最近まで「欧米社会の病」といった受け取り方が支配的だった。ところが、金正恩第1書記時代に入ってから流れが変わってきたのだ。その結果、同性愛者が親北団体のトップに就任したのだ。

 「どの団体か」といえば、「オーストリア・北朝鮮友好協会」だ。そのK会長はウィーンの社交界では同性愛者として良く知られている。

 同性愛者のK氏を会長に選出する問題では紆余曲折があった。北側の金光燮大使(金正恩第1書記の義理の叔父)は当初、K氏の会長就任をなんとか阻止するため他の候補者を探したが、「オーストリア・北友好協会」の会長に就任したい政治家も学者を見つけることができなかった。
 前会長の急死から数年間、会長ポストは空席のままだったが、このままでは都合が悪いということから、会長代理を務めてきたK氏の会長就任が決定したというわけだ。

 もちろん、金大使はその前に平壌に問い合わせただろう。同性愛者が北友好協会の会長に就任したことが平壌に伝われば、責任を追求されるかもしれないからだ。また、メディアに騒がれないように、新会長就任式は静かに行われたことはいうまでもない。当方もかなり後で知った次第だ。

 ウィーン外交筋では、K氏の「友好協会」会長就任は、「金正恩第1書記が同性愛者問題では祖父や父親以上にリベラルな考えの持ち主であることを示した」と受け取られている。

 

“イタリアのシンドラー”

 スティーブン・スピルバーク監督のアカデミー賞7部門を獲得した作品「シンドラーのリスト」(1993年作)を観られた読者も多いだろう。ドイツ人の実業家オスカー・シンドラーが1200人以上のユダヤ人たちを救済した物語は良く知られている。

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▲“イタリアのシンドラー”と呼ばれるジョバニ・パラトゥチ(ウィキぺディアから)

 ところで、イタリアに「イタリアのシンドラー」と呼ばれるユダヤ人の救済者ジョバニ・パラトゥチ(Giovanni Palatucci)がいることをバチカン放送独語電子版で初めて知った。同氏の話は「戦火の奇跡」(2002年作)で映画化されたというが、残念ながら当方は観ていない。バチカン放送の記事をもとに、“イタリアのシンドラー”と呼ばれた人物を読者に紹介する。

 彼は1909年3月31日、イタリア南部のモンテラで生まれ、公安担当の主任警部として働いていた。そしてユダヤ人の救済活動に従事していたとしてナチス親衛隊(SS)に逮捕され、トリエステの刑務所からダッハウ強制収容所に送られ、1944年10月22日、収容所解放直前に36歳の若さで死去している。

 1930年に兵役に着き、イタリアのファシスト党に入党。トリノで法律学を学び、博士号を修得。自発的に公安担当の副警部として勤務。その後、イストリアのフィウーメ(現リエカ市)で警察長官となってから、イタリア国内のユダヤ人迫害の現状を知る。そこで叔父、司教たちと連携して収容所のユダヤ人の救済に力を入れだす。

 フィウーメがナチス政権に占領された後、彼は関係書類を破棄するなどをしてユダヤ人を救済していく。救済されたユダヤ人の正確な数字はないが、最大5000人以上になるのではないかと推測されている。
 1944年9月に入ると、彼のユダヤ人救済活動がナチス親衛隊に知られて、逮捕され、強制収容所に拘束され、そこで死去した。同氏はイスラエルでは「ユダヤ民族の救済者」(The Rescuers)として称賛され、カトリック教会からは故ヨハネ・パウロ2世が創設した1万2692人から成る「20世紀の殉教者たち」のリストの中に入れられ、列副されている。
 なお、バチカン放送はジョバニ・パラトゥチを「義務と良心」の男と評している。

ボリス・ベッカーは正しいか

 南米教会出身のローマ法王フランシスコはバチカン銀行(IOR)の監視委員会メンバー、タルチジオ・ベルトーネ国務省長官ら5人の枢機卿への追加報酬金、年2万5000ユーロをカットすると決定した。貧者の救済を叫ぶ法王は先ず、高額な報酬を受けている枢機卿への報酬カットを決めたわけだ。バチカンはこれで年間12万5000ユーロを節約できる。

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▲ウィーン市の王宮の入口(2013年4月、撮影)

 報酬金を削除された5人の枢機卿から不満や抗議の声は今のところ上がっていない。枢機卿は監視委の給料、月5000ユーロはこれまで通り支給されるという。

 フランシスコ法王の報酬金削減決定を聞きながら、「適切な給料はどのようにして決まるか」を考えた。換言すれば、コンピューターのプログラマーの給料は看護師よりどうして高いのか、という問題だ。世界にはフェイスブック創設者マーク・ザッカ−バーグ氏のようにITミリオネアーがいる一方、1日10時間以上働いても生活費をまかなうことができない労働者が多数いる。両者の給料はどのようにして、誰が決めるのか。

 資本主義経済システムでは「需要と供給」の原則が働く。その上、「付加価値」もでてくる。だから、多数の患者たちを手助けする看護師より、ゲーム・プログラムを作成するIT専門家の給料がその数倍であっても不思議ではないわけだ。ボストン・テロ事件の19歳の容疑者はソーシャル・ネットワークで最も関心のあることは「職業と金」と書いていたという。それは同容疑者が米資本主義社会から学んだことだ。
 
 当方が住むアルプスの小国オーストリアでも今、銀行マネージャーの報酬問題がメディアの話題となっている。平均労働者の数十倍の報酬金を得る銀行マネージャーに対する一般国民の不満だ。メディアの攻勢に屈したように、ライフアイゼンバンク頭取は報酬金の一部を銀行に戻すと記者会見で発表したばかりだ。

 当方は墓場に葬られた共産主義思想の労働価値説を再び呼び起こしているのではない。付加価値を認めるし、価値は労働時間では決定しないことを知っている。人間の創造性は価値を生み出すからだ。
 しかし、グローバルな世界では貧富の格差や銀行を含む金融機関の横暴に批判が高まってきている。2008年のリーマショックの際、米政府から救済措置(国民の税金)を受けた金融機関が今日、巨額の利益を挙げている。反ウォール街デモにみられるように、持つもの、富む者への批判が高まってきた。
 富む者は昔のようにその富みを享受できなくなってきた。どうしてだろうか。社会には富む者だけが生活しているのならば問題ないが、彼らの側に貧しい者たちが喘いでいるからだ。
 富む者は「私は家族を忘れて働いてきた。富はその報酬だ」と主張したとしても、貧しい者も「私も朝早くから働いている」というだろう。

 プロ・テニスのスター選手だったボリス・ベッカー氏は優勝賞金が余りも多いマスター大会に対し、「それは非道徳的だ」と発言したことを思い出す。

 富む者も貧しい者も考え出してきている。それは公平な富の分配だ。それは共産革命では実現できないことをわれわれは学んだばかりだ。
 それではどうしたら富の公平な分配が実現できるか。公平な給料体制が確立されない限り、紛争もテロも続くだろう。われわれは英知を結集して公平な分配システムを構築しなければならない。世界的な神学者、ハンス・キュンク教授が「経済のエトス」の中で指摘している内容だ。

 

イエスを十字架から解放せよ!

 ローマ法王フランシスコは17日、サンピエトロ広場の一般謁見に集う約10万人の信者たちを前に、「キリスト者にとって、イエスは天国ではわれわれの裁判官というよりわれわれの弁護士だ」と語った。キリスト者の偽りのない信仰告白だ。

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▲「十字架のイエス」バチカン法王庁にて(2013年3月31日、バチカンの復活祭)
 フランシスコ法王は「イエスが十字架の道を行き、神の計画に忠実だったように、われわれも時に犠牲を払いながらも信仰を生活の中で実践しなければならない」と主張し、イエスに倣えと呼びかけた。

 ところで、イエスは天国におられるのだろうか。十字架にかかったイエスを庇った犯罪人に対して、「よく言っておくが、あなたはきょう、私と一緒にパラダイス(楽園)にいるであろう」(「ルカによる福音書」23章43節)と述べられている。天国とはいわれていない。

 キリスト者にとって「天国」と「楽園」の違いは余り重要ではないかもしれないが、明確な点は、イエスは当時、その違いを知り、「天国」ではなく、「楽園」という言葉を使用されたということだ。その意味で、なぜ、イエスは十字架後、「天国ではなく楽園に行かれたか」を真剣に考えるべきだろう。

 その答えは同時に、イエスが「私はまた来る」と再臨を約束せざるを得なかったかの返答にもなるからだ。イエスの願いが十字架で完全に成就されたのならば、「私は今、天国にいる」と宣言できただろうし、「もう一度来る」という必要はなかったはずだ。その点を曖昧にしたまま信仰生活を続けることは「真理と神霊」に基づく信仰とはいえない。

 南米教会出身のフランシスコ法王は「イエスは天国ではわれわれの弁護士だ」と強調することで、苦難の人生を歩む数多くの信者たちを慰労し、鼓舞したいのだろう。当方はこの文書を読んで目頭が熱くなった。「そうあってほしい」と本当に心から願うからだ。

 しかし、イエスは今尚、地上では十字架から解放されていないのだ。多くの信者たちはその十字架を仰ぎみて、その救いを願うが、イエスを十字架から解放することを考える信者はほとんどいない。イエスが天国ではなく、楽園に留まらざるを得なかった事情について、心を砕く信者は余りにも少ないのだ。イエスを十字架から降ろす運動を先ず起こすべきだ。


 
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