ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2013年09月

黒鉛減速炉は再稼動したのか

 北朝鮮の寧辺の5KW黒鉛減速炉周辺の上空から放射性希ガスが検出されたという。韓国の韓国日報が18日韓国政府関係者の話として報じた。
もし事実とすれば、減速炉は再稼動した可能性が高い。北朝鮮原子力総局報道官は4月2日、「6カ国合意に基づいて無力化されていた黒鉛減速炉を再稼働させる」と宣言していた。

 そこでウィーンに本部を置く包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)のトーマス・ミュツェルブルク報道官に国際監視サービス(IMS)の放射性核種監視観測所が同減速炉周辺で放射性希ガスのキセノンを検出したかを聞いた。答えは「北朝鮮の核関連施設から放出される放射性希ガスを探知できるのは、ロシア、モンゴル、そして日本の高崎観測所の3個所だが、18日午後2時現在(現地時間)、キセノンを検出したという報告を受けていない」という。ただし、「放射性希ガスはその日の天候、特に、気流の影響を受けて、観測できないことはある」と説明した。参考までに、高崎希ガス観測所は北が今年2月に実施した3回目の核実験55日後に希ガスを観測している。

 黒鉛型減速炉の稼動再開については、米国ジョンズ・ホプキンス大学国際大学院の韓米研究所は11日、「8月31日に撮影された衛星写真を分析したところ、蒸気タービンと発電機が設置された原子炉横の建物から白い蒸気が発生しているのを確認した。これは原子炉の稼働あるいは近く稼働を再開することを意味する」(中央日報日本語電子版)と明らかにしていた。
 
 国際原子力機関(IAEA)元査察官で北の核関連施設を熟知しているY・アブシャディ博士は当方の質問に答え、「北はウラン濃縮関連活動を開始しているからプルトニウムの生産目的で減速炉を再開する必要性はまったくない。その上、減速炉を再稼働させるためには核燃料棒を生産しなければならないが、そのような情報は聞かない。ただし、放射性希ガスが検出された事が事実ならば、核兵器の生産に直結する使用済み燃料棒の再処理施設が稼動した可能性も排除できない。現時点では何もいえないが、黒鉛減速炉は古く、再稼動させたとしても余り大きな成果は達成できない」と説明、実質的な脅威とならないと主張した。

 ホスト国・中国を中心に6カ国協議の再開準備が進められているが、「減速炉の再稼動はプルトニウム生産が狙いではなく、交渉有利のための政治カードに過ぎない」と受け取る声が聞かれ、黒鉛減速炉の再稼働が偽装工作の可能性も完全には払拭できない。

ノースモーカーが肺がんになる理由

  国際原子力機関(IAEA)第57回年次総会の2日目(17日)、サイト・イベントとして「屋内のラドン(Radon)、認知されないリスク」という興味深いタイトルのシンポジウムが開催されたので参加した。その内容は一般にはあまり知られていないが、人間の健康問題と関連して非常に重要な情報があったので、読者に紹介する。

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▲IAEA主催のシンポジウム「屋内のラドン、認知されないリスク」会場(2013年9月17日、撮影)

 ラドンはウラン系列の放射性希ガスで自然界に存在する。世界の到る処に存在するが、その濃度は国、地域によって異なる。例えば、英国のラドン濃度はオーストリアより低い、といった具合だ。世界保健機関(WHO)はラドンの発癌性を指摘している。

 先ず、結論からいうと、肺がんの主因のナンバーワンは喫煙だが、それについてラドンが2番目の原因だ。一方、非喫煙者が肺がんになる最大原因がラドンだというのだ。ちなみに、WHOのデーターによれば、肺がん患者の3%から16%はラドンによってもたらされたという。

 ラドンが健康リスクとなることは15世紀頃、炭鉱労働者に肺疾患に罹る人が多いことから分ってきた。1960年には炭鉱にラドン濃度が初めて測量され、1988年にはラドンが健康を害することが明らかになっている。

 ドイツのラドン専門家クロイツアー氏によると、屋内でラドン濃度が最も高いのは地下室、それについて1階、上階にいくほど低くなる。なぜならば、ラドンは土壌の中に存在するからだという。
 卑近な例を挙げれば、部屋の窓を頻繁に開け、風通しをよくすれば、室内のラドン濃度は低くなる。閉め切った部屋はラドン濃度が高まり、健康に良くないわけだ。

 シンポジウムにはアイルランドのラドン問題専門家デビット・ポーランド氏が参加し、同国のラドン状況を報告した。それによると、同国の住居の平均ラドン濃度は89Bq/m3、濃度200Bq/m3以上は全体の7%という調査結果が出たという。ただし、ラドンには安全量というものはなく、少しの被曝でもがんになる危険性があるという。

 科学者たちは「ラドンのリスクについて国家が認識し、政治家、建築家たちに啓蒙する必要がある。特に、公共施設、学校、病院の場合、ラドン対策を考えて建築する必要がある」と助言し、各国が国に沿ったラドン対策計画を構築すべきだと提言した。

 ちなみに、CO2や煙探知機のように、近い将来、屋内にラドン探知機が必要となるという意見が聞かれた。
 

 

年次総会で山本一太科技相の奮闘

 ウィーンの本部で16日から国際原子力機関(IAEA)第57回年次総会が開催中だが、日本からは山本一太科学技術相が出席し、総会初日の16日午前、3番目のスピーカーとして基調演説を行った。
 山本科学技術相は力強い声で15分余り英語で演説をした。年次総会に参加した日本の大臣が英語で演説すること事態、非常に希なことだ。小さな驚きを感じながら傾聴した。

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▲記者会見に臨む山本一太科技相(2013年9月16日、撮影)

 同日午後、山本氏はIAEA記者団への記者会見を開き、質疑応答にも主導権を発揮しながらテキパキと答えた。大臣には申し訳ないが、当方は大臣の略歴を知らなかったが、「すごく元気のいい大臣だな」という印象を受けた。大臣としては若手の閣僚に属するのだろう。

 東京電力福島第1原発事故では汚染水問題が欧州でも大きく報道されている。山本氏はそれを意識し、今回、安倍政権の汚染水対策を国際社会に向かって発信したいという意欲に溢れていたのだろう。

 同氏は「昨年はIAEA年次総会に閣僚が派遣されませんでしたが、今年の総会は重要だという判断から、私が参加することになりました」と、ウィーンの総会参加の背景を説明した後、「私の午前の演説には2つのポイントがありました。一つは安倍政権が昨年12月発足した後、日本のエネルギー政策の見直しが行われたということです。前政権の原発ゼロ政策からの見直しです。2つ目は汚染水問題に対する安倍政権の対策を説明することです」と強調した。

 欧州でも懸念されている汚染水問題について、「原発周辺0・3平方km内では放射線量は基準を上回っているが、その湾港外では放射線量の増加は検出されていない。食糧や飲料水にまったく問題ありません。安倍政権は今月3日、汚染水対策で政府が積極的に取り組む基本方針を決定しました。天野事務局長と会談し、日本政府の汚染水対策を報告しました。理解されたと確信します」と一気に説明した。

 汚染水問題では東電関係者と政府間で見解の相違があるのではないか、との質問に対して、「政府は汚染水が外洋に流れ出さないように努力しているところです。外洋を含め汚染水はトータルで問題がないという認識です」という。

 山本氏の発言の中で最も印象深かったのは、「日本政府は今後、国際社会に的確に情報を発信しなければならないと痛感しています」ということだ。風説やデマ中傷情報を阻止するためにも、日本側の積極的な情報発信が求められているわけだ。

 普段は批判的で、些細なことを根掘り葉掘り聞く記者たちも大臣の勢いに圧倒されたのか、意地悪な質問も飛び出さず、25分余りで記者会見は終わった。

ロシア発の書簡メッセージの意義

  国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長は9日、ロシア政府からシリアにある小型研究炉(MNSR)が攻撃を受けた場合のリスク評価を要請する書簡を受け取ったと明らかにした。ロシア側は「シリアの首都ダマスカス近郊にあるMNSRが攻撃を受ければ、甚大な被害が生じる」と警告を発している。米ロ両国がシリアの化学兵器の破棄で合意したことから、米欧のシリア軍事介入のシナリオは現時点では遠のいたが、ロシアがIAEA宛に送った書簡は検討に値する内容を含んでいる。

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▲IAEA本部で16日から始まった第57回年次総会の垂れ幕(2013年9月16日、撮影)

 核関連施設が空爆されたケースは少なくとも1度ある。イスラエルは2007年9月、シリア北東部の核関連施設(ダイール・アルゾル施設)を爆破した。シリア側が否定しているが、IAEAは「同施設は核関連施設」と受け取っている。IAEA査察官が採集した環境サンプルから微量の人工ウランが検出されている。ただし、同施設には原子炉が挿入されていなかったので、爆破で放射性物質が外に放出されるという惨事はなかった。

 イランは過去、イスラエル軍のイラン核施設空爆の危険性について、「イスラエルがわが国の核施設へ軍事攻撃を加えれば、明らかに国連憲章違反だ。国連安保理は即、対応に乗り出すべきだ。イスラエルが軍事攻撃を掛けるならば、われわれはもちろん黙っていない。厳しい応答をする」と何度も警告している。 

 核関連施設を空爆した場合、周辺だけではなく、国境を越えて放射性物質が広がり、その被害は甚大だ。相手国もよほどの理由がない限り、空爆はできない。核関連施設を空爆した場合、化学兵器の使用と同様、国際社会から激しい批判が出てくることは必至だ。イスラエルを念頭に置いて語っているのではない。

 その上、空爆には誤爆が付きまとう。地中海に派遣した駆逐艦から巡航ミサイル「トマホーク」を発射しても100%、目的に命中する保証はない。米軍は1998年、スーダンを空爆したが、そこはアル・カーイダの訓練基地ではなく、製薬工場だった。そのため、多くの民間人の犠牲が出たことはまだ記憶に新しい。ましてや、不正確な情報に基づいて核関連施設を空爆する危険性は完全には排除できない。無人戦闘機の空爆でも同じだ。テログループと判断して爆撃命令を下したが、結婚式に集まった人々だった、ということがあった。

 パウエル米元国務長官は「核兵器はもはや使用できない武器となった」と指摘し、核兵器開発に疑問を呈したが、核関連施設を保有する国に軍事介入する場合、空爆のカードは使えなくなってきた。軍事目的を達成するためには、地上軍の投入しかなくなったのだ。

 オバマ大統領は化学兵器を使用したシリアのアサド政権への空爆を諦めて、外交ルートで解決する道を選択した。それは米大統領のリーダーショップの弱体化を意味するのではない。地上軍を投入せず、空爆による軍事介入だけでは危険が多く、アサド政権に決定的なダメージを与えることもできない、という軍事的判断が働いたのだろう。

 ひょっとしたら米大統領の面子は傷つけられたかもしれないが、正しい選択だ。小型研究炉を有するシリアへの攻撃を警告したロシアの書簡は、モスクワの政治的思惑を超えて、貴重なメッセージを含んでいる。

 

ローマ法王が危ない!

 オーストリアの著名な神学者、パウル・ツ―レーナー(Paul Zulehner)教授は「カトリック教会内の根本主義者らによるフランシスコ法王の暗殺計画が囁かれている」と警告した。同国国営放送で語った内容を日刊紙プレッセが14日付で報じた。

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▲バチカン法王庁(2011年4月、撮影)

 同教授は「教会保守派にとってフランシスコ法王が行おうとしている教会改革は危険水域に達してきた。そこで法王の暗殺を考え出している」という。教授はローマのバチカン法王庁関係者との話の中で「法王暗殺の噂」を耳にしてきたという。

 ツ―レーナー教授の話でなければ当方はこの種の噂話は余り信頼しないが、牧会学の教授であり、神学界でも知られた人物が真顔で法王暗殺の危機を警告しているのだ。その背景には、考えられない動きが聖職者の中で蠢いているかもしれない。真剣に受け取らざるを得ない理由だ。

 教授は「ローマは法王の安全に心を配らなければならない。神が法王を守られることを祈る」と述べ、「どの宗教にも根本主義勢力が存在する。残念ながら、カトリック教会も例外ではない。フランシスコ法王が実施した改革、ないしは表明したバチカン改革は根本主義勢力にとって脅威として受け取られている。例えば、最近の聖職者の独身制の再考だ。また、法王は聖職者の名誉呼称の廃止を決めたばかりだ」という。フランシスコ法王は今年4月、8人の枢機卿から構成された提言グループを創設し、法王庁の改革(具体的には使徒憲章=Paster Bonusの改正)に取り組むことを明らかにしている。

 南米出身初のローマ法王は質素と簡素を重視し、バチカンでも法王宮殿に居住せず、ゲスト・ハウスで寝泊まりを続けている。記念礼拝でも信者たちとのスキンシップを重視。ローマ法王の外遊先では通常、法王の車窓は安全のため閉められているが、フランシスコ法王は窓を開けて信者たちに手を振り、時には車を止めて信者たちと語り合うのを好む。法王の警備に当たる関係者にとって、安全対策は容易ではないだろう。

 ローマ法王暗殺計画は過去にもあった。最近ではヨハネ・パウロ2世が1981年5月13日、サンピエトロ広場でアリ・アジャ(Ali Agca)の銃撃を受け、大負傷を負った。故ヨハネ・パウロ2世の暗殺未遂事件には多くの謎がある。事件が聖母マリアの「ファティマの預言」の日(1917年5月13日)に起きたことから、バチカン側は2000年、「第3の予言はヨハネ・パウロ2世の暗殺を予言したもの」と公表し、ヨハネ・パウロ2世の暗殺未遂事件がファティマの預言(第3の預言)と密接な関連があったと主張しているほどだ。

 ローマ法王に選出されたが、就任33日目で急死した短命法王がいる。ヨハネ・パウロ1世(在位1978年8月26日〜9月28日)だ。短命法王の急死の背景には、毒殺説がある。バチカンは当時、パウロ1世の死因を「急性心筋梗塞」と発表したが、新法王がバチカン銀行の刷新を計画していたことから、イタリアのマフィアや銀行の改革を望まない一部の高位聖職者から暗殺されたという説だ。十分な死体検証が行われなかったことから、証拠隠滅という批判の声があったほどだ。

 ツーレーナー教授が指摘した「保守派聖職者の中にフランシスコ法王の暗殺を願う勢力が存在する」という話は、一見、突拍子もなく聞こえるが、バチカンの歴史をふり返れば、決して非現実的ではない。

早急な化学兵器の破棄は可能か

 スイスのジュネーブのホテルで12日からケリー米国務長官とロシアのラブロフ外相がシリアの内戦問題で緊急協議を開いた。テーマはアサド政権が保有する化学兵器を国際管理下に置くというロシア側の提案について、具体的な行動計画を話し合うことだった。

 オバマ米大統領はシリアの化学兵器の破棄をアサド政権に強いることができれば、軍事介入は不必要となる上、大統領としての面子もある程度保つ事ができる。一方、ロシアにとっては中東最後の同盟国であり、ロシア製武器の最大買い手のアサド政権を米国の軍事介入から守り、政権を維持させる事が可能となるかもしれない。米ロ両国首脳の思惑が一致したのだろう。

 ロシアの提案には問題は政治的側面だけではなく、技術的にも多くの難問を抱えている。1000トン以上と推定されるシリア保有の化学兵器をどのように国際監視下に置くかという点だ。ちなみに、独連邦情報局(BND)によると、700トンはサリン、後は、マスタード・ガスとVXガスという。
 アサド政権は世界有数の化学兵器保有国だ。その化学兵器はダマスカス郊外だけに保管されているわけでもない。反体制グループが占領している地域にも化学兵器が存在する可能性は排除できない。西側情報機関筋によると、アサド政権は国内50箇所以上に化学兵器を分散して保管しているという。

 先ず、アサド政権保有の化学兵器保管地リストが必要となる。保管地が判明すれば、次の課題はどのようにして破棄するかだ。シリア国内には化学兵器を安全に破棄できる設備がない(高温に耐える施設が必要)。
 とすれば、国外から化学兵器専門家を派遣して、破棄させるか、それとも化学兵器を慎重に国外に運び出すかの選択肢しかない。前者の場合、平和時でも大変な作業だが、シリアは目下内戦下にある。国際専門家、査察員の安全保障問題も出てくる。反政府側に潜伏するアルカイダ関係者が化学査察官を拉致するなど妨害する危険性も排除できない。

 化学査察官は化学兵器の製造を停止させ、保管されていた化学兵器を破棄しなければならない。その上、アサド政権の保管する化学兵器を全て破棄するためには巨額のコストがかかる。その経費をどのように賄うか、といった新しい問題も生じてくる。

 国外に化学兵器を安全に運び出すとしても、どの国が危険な化学兵器を受け入れ、それを破棄するだろうか。アサド政権が保管する化学兵器を全て国際監視下に置いたかどうか、検証する手段もない。保管地リストに含まれない秘密の保管地があるかもしれない。

 以上の諸問題を完全にクリアするためには時間と忍耐が必要だ。最善の道はアサド政権の化学兵器を国際監視下に置く作業期間、アサド政権と反体制派間で休戦が実現することだ。
 ケリー国務長官は、ロシア外相と今月末に再度協議するが、化学兵器の完全破棄には休戦条約の早急な締結が不可欠ということで米ロが一致したはずだ。休戦条約を実現するためには、関係国・グループ間の会議を開催しなければならない。

 ロシアの提案がアサド側の時間稼ぎとなることを懸念するケリー米長官は、化学兵器廃棄の手順について、「包括的、検証可能で信頼性があり、時宜を得たもの」という条件を挙げている。ちなみに、アサド大統領は12日、化学兵器禁止条約の加盟を申請することを正式に表明している。

 化学兵器破棄と休戦協定の締結という2つの課題を短期間に履行しなければならない。米国務長官とロシア外相の協議が成功し、先述した課題を克服できれば、合意内容を明確に明記した国連安保理決議案の採択が次のステップだ。オバマ大統領のジェィ・カーニー報道官も11日、「化学兵器の破棄にはかなりの時間が必要である事は分かっている」と述べている。

 10万人以上の犠牲者を出し、数百万人の難民と国内難民を生み出したシリア内戦は大きな分岐点を迎えている。外交プロセスが失敗すれば、米国の軍事介入は避けられず、更なる犠牲者が生まれてくることは必至だ。

神父独身制の解禁、間近か?

 ローマ法王フランシスコは先月31日、法王庁のべネズエラ大使ピエトロ・パロリン大司教(58)をタルチジオ・ベルトーネ国務長官(78)の後任に任命したが、新長官(就任は10月15日から)は先日、べネズエラ日刊紙の質問に答え、「カトリック教会聖職者の独身制は教義ではなく、教会の伝統に過ぎない。だから見直しは可能だ」と述べた、というニュースが欧州メディアで大きく報道された。

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▲新国務長官に任命されたパロリン大司教(バチカン放送独語電子版から)

 バチカンの将来ナンバー2の高位聖職者が「独身制の見直し」を示唆したことはそれなりに意義があるが、新しいことではない。フランシスコ法王の前法王、べネディクト16世は独身制については「教会のドグマではない」と何度も強調している。新国務長官の発言で衝撃的なのは、「教会の伝統に過ぎず、見直しも可能だ」という部分だろう。べネディクト16世はそこまでは述べていない。

 カトリック教会の聖職者の独身制については、バチカンで過去、何度も協議されてきた。ベネディクト16世は2006年11月、聖職者の独身制問題について緊急幹部会(法王庁聖省高位聖職者)を招集し、協議したことがある。その結果、「カトリック教会では聖職者の独身制は意義と価値がある」として、「独身制の堅持」を確認している。
 ちなみに、ベネディクト16世が当時、緊急幹部会を招集した背景には、エマニュエル・ミリンゴ大司教(当時)が同年7月、ローマ法王に書簡を送り、聖職者の独身制の廃止、既婚聖職者の聖職復帰を求めたことに対応するためだった。

 ローマ・カトリック教会の聖職者の未成年者への性的虐待問題が発覚して以来、教会内外で「聖職者の強制独身制が不祥事の原因となっている」といった声が頻繁に聞かれた。バチカン法王庁はその度、「聖職者の性犯罪問題とその独身制とは関係がない」と反論してきた経緯がある。
 ベルトーネ現国務省長官もスペインのTVとのインタビューの中で「聖職者の独身制は有意義であり、実り豊かな教会の伝統だ」と独身制を評価する一方、「独身制も決してタブー・テーマではない」と述べ、独身制の再考の余地を示唆している。ウィリアム・ジョゼフ・レヴェイダ教理省長官(当時)も米国のテレビとの会見の中で聖職者の性的虐待問題に言及し、「原因は社会の大きな変化だ。教会も聖職者も十分、準備がなかった。性の革命時代にどのように独身を維持していくか、といった問題を考えてこなかった」と述べている。
 新長官は「独身制は重要だが、教会の聖職者不足は無視できない」と指摘、その再考の背景を説明している。独身制問題では一歩、踏み込んだ発言といえる。

 聖職者だけではない。キリスト教系政治家からも独身制廃止の声が上げっている。独与党「キリスト教民主同盟」(CDU)の著名な8人の政治家が2011年1月、「カトリック教会の司教たちは既婚聖職者の聖職を認め、聖職者の独身制を廃止すべきだ。聖職者不足で日曜日も礼拝が行われない教会が数多くある」と指摘し、教会内外で大きな波紋を呼んだことがある。
 ちなみに、ローマ・カトリック教会の神父が結婚などを理由に聖職を断念した数は1964年から2004年の40年間で約7万人と推定されている。

 カトリック教会では通常、「イエスがそうであったように」という理由で、結婚を断念し、生涯、独身で神に仕えてきた。しかし、キリスト教史を振り返ると、1651年のオスナブリュクの公会議の報告の中で、当時の聖職者たちは特定の女性と内縁関係を結んでいたことが明らかになっている。カトリック教会の現行の独身制は1139年の第2ラテラン公会議に遡る。聖職者に子供が生まれれば、遺産相続問題が生じる。それを回避し、教会の財産を保護する経済的理由が(聖職者の独身制の)背景にあったからだという。

米国よ、カムバック!

 在ウィーン国際機関米国政府代表部ジョセフ・マクマヌス大使(Joseph MACMANUS)が5日、国連工業開発機関(UNIDO)本部を訪問し、李勇新事務局長と会談したことがこのほど明らかになった。米国が1996年、UNIDOを脱会して以来、米大使がUNIDO本部で事務局長と会談したのは初めて。

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▲UNIDOのウィーン本部(2013年5月撮影)

 関係者の話によると、李事務局長とマクマヌス大使は米国とUNIDOの協調、将来のUNIDO再加盟問題などが話し合われたという。
 米大使がUNIDO再加盟を示唆したかは不明だが、米大使がUNIDO事務局長と会談したこと事態が異例だ、と受け取られている。
 
 米国は1996年、オーストラリアについてUNIDOの腐敗を理由に脱会したが、その後、カナダ、英国、フランス、ニュージランド、オランダなど欧米主要国が次々と脱会、ないしは脱会の意志を表明した。
 米国は当時、「UNIDOは腐敗した機関」として1994年から96年まで約6900万ドルの分担金未払いを残して脱退したが、未払い金は今日まで払われていない。
 ウィーン外交筋は「米国がUNIDOの再加盟を検討始めた主因は、事務局長に中国元財務次官の李勇氏がUNIDO事務局長に就任したからだろう」と見ている。

 当方はこのコラム欄で「UNIDOは開発途上国の工業開発を支援する専門機関だ。その主要エリアはアフリカ諸国だ。その点、中国はアフリカ諸国に久しく根を下ろして活躍している。アフリカ大陸には既に100万人の中国人が働いている。中国の狙いはアフリカ大陸の豊富な地下資源だ。UNIDOのトップを握った中国はこれまで以上にアフリカ開発に関与してくるだろう。米国がUNIDOへの関心を呼び起こしてきた背景には、アフリカ大陸の資源を中国に一人占めさせない、という警戒心が働いているはずだ。米国はUNIDO再加盟の可能性を視野に入れているはずだ」と書いた。どうやら、その予想が当たりそうな雲行きだ。

 なお、米国は、ペルーの首都リマで12月2日から開催されるUNIDO第15回年次総会にオブザーバーの資格で参加する、と見られている。ちなみに、米国は2003年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)に再加盟している。




【短信】エジプト元大統領選候補者のバラカートさん

P9101033 中東問題専門家アミール・ベアティ氏の紹介で先日、ウィーン市内のレストランでフセイン・バラカート(Hussein Barakat)さん(写真)と話す機会があった。昨年5月のエジプト大統領選に出馬して健闘したが、6月の決戦投票には進出できなかった人物だ。

 ウィーンを拠点に事業するビジネスマンが出馬したとして、当時欧州メディアでも紹介されたことがある。バラカートさんはムバラク元大統領政権時代に政治的迫害を受けてオーストリアに亡命してきた経歴の持ち主だ。

 同氏はエジプト軍がモシル大統領を解任したことについて、「軍クーデターではないが、デモ隊に対する軍の行動に対しては支持できない。モルシ大統領も本来の役割を果たすことができず、無力を暴露してしまった」と指摘。一方、「エジプトはイスラム教国だが、国民は自由に信仰を選び、実践できる権利がある。それはコプト正教会に対しても同様だ」と述べ、同国の最大少数宗派にも理解を示した。

 「国民はデモをするより、国のため、社会のためにに何か具体的な奉仕をすべきだ。軍は昔からそうだが、その権利維持に固守しているだけだ」と、軍に対して厳しく批判。作成中の新憲法草案に対しては、「エジプトが国際社会に誇ることができる内容でなければならない。イスラム教を国の精神的支柱としながら、民主主義、信仰の自由、人権尊重などを明記した内容であるべきだ」と注文を付けた。バラカードさんはウィーンで生活しながら「祖国のため何か貢献したい」と考える日々を送っているという。

 

ホームグロウン・テロリストの脅威

 オーストリア内務省の「連邦憲法擁護・テロ対策局」(BVT)は10日、「2013年憲法擁護報告書」を発表した。全89ページの報告書の中で最も注目される内容は、オーストリアに居住するイスラム教活動家約50人がシリア内戦に参戦しているということだ。彼らの中には戦死した者もいるが、その身元確認はできていない。一部はシリアのイスラム過激派グループと共にアサド政権打倒で戦闘した後、オーストリアに帰国しているという。

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▲2013年連邦憲法擁護報告書」を発表するBVTのペーター・グリドリング局長(左)=オーストリア内務省提供

 BVTのペーター・グリドリング局長は「シリア参戦者のうち、9人が帰国したことを確認している。彼らの動向を監視しているが、目下のところ、危険な兆候はない」という。

 同局長は「シリア参戦者は戦地間の地理的、通信活動の掛け橋の役割を果たしている。国内のイスラム教徒のリクルートも考えられる」という。そのうえ、「オーストリア政府は先日、500人のシリア難民の受け入れを表明したが、彼らの身元確認も行う考えだ」と指摘し、難民の名目でイスラム過激派が侵入することを警戒しているわけだ。

 同国では2011年6月15日、ウィーン国際空港からパキスタンに飛び立とうとしていた3人のテロ容疑者が逮捕されたことがある。また、オーストリア人のテロ容疑者が11年5月16日、アフガニスタンのテロ訓練キャンプから帰国したところを逮捕されている。BVT関係者によると、アフガンやソマリアでテロ訓練を受けているオーストリア人の数は年々、増加している。彼らの特長は移住者家庭の2世、3世たちだ。

 西側情報機関関係者によると、欧州で生まれ、成長したイスラム教徒が自身のイスラム教の教えを絶対視し、欧米民主主義の価値観を拒否、国際テログループの手足となり、財政支援する過激なイスラム主義者(通称・ホームグロウン・テロリスト)の脅威が現実味を帯びてきている。オーストリアも例外ではないわけだ。

 一方、極右過激派の動向については、昨年の極右過激的、民族主義的、イスラム排斥的言動で告訴された件数は519件で前年比40件増加。検挙率は前年の50・3%から54・1%に上昇した。BVT関係者によると、「極右過激派の言動はわが国の民主主義、公共治安を脅かすものではない」という。一方、極左過激派活動では、昨年の告訴件数は142件で前年の93件から増加。その検挙率は26・2%(前年18・3%)だった。

 米国家安全保障局(NSA)の情報活動に関連して、ウィーン市内の米国大使館所属の建物内に情報収集関連施設があるという報道については、「公に発表されたさまざまな情報の翻訳、分析を進めているだけで、盗聴などの情報活動はしていないだろう」という。
 米中央情報局(CIA)元技術助手のエドワード・スノーデン氏(30)がNSAの情報収集活動の実情を暴露し、欧州大使館でも独自の情報収集を行っていると報道されて以来、オーストリアでもNSAの活動が大きな話題となっている。
 同報告書によると、「オーストリアは冷戦時代から外国のスパイ合戦の拠点だったが、その状況は今日も変わらない」と警告している。

なぜ、独で電気料金が急騰するか

 「東京と平昌の夏冬五輪開催を喜ぶ」というコラムを書いたところ、読者の1人、「黒い森」(井伏鱒二の「黒い雨」ではない)さんから「福島第1原発事故による放射線汚染が東京にも及ぶ危険性がある」という指摘があった。

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▲エネルギー問題を特集する独週刊誌シュピーゲル(2013年9月10撮影)

 当方の知る限りでは、福島第1原発の放射線汚染は現時点では問題がないと受け取っている。国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長は9日、記者会見の中で「福島第1原発事故の最優先課題は汚染水処理問題だ。日本政府が最近決めた対応を評価する。IAEAとしては、いつでも日本を支援する用意がある」と述べていた。

 当方が住むオーストリアのザルツブルク市内で福島第1原発事故直後、プルトニウムが検出されたことがある。「それー、福島第1原発事故の影響か」といった類のメディア報道もあった。広島、長崎両市に原爆が投下されてから今日まで2056回の核実験が実施されたが、核実験が放出した放射性物質は原発事故よりもはるかに多い。極言すれば、われわれの生活環境には過去、放出された放射性物質の残滓が至る所に存在するとみていいわけだ。

 参考のために紹介するが、国連科学委員会(UNSCEAR)は冷戦時代の核実験による人体への原子放射線の影響を主要テーマとしてきたが、「1960年代、70年代は核実験による放射能の人体への影響が大きな問題だったが、将来、ラドンの人体への影響が大きなテーマとなる」という報告書を発表している。ラドンは正式には「ラドン222」と呼ばれる気体の放射性物質で自然界に存在する。すなわち、われわれは無数の放射性物質の影響下に生活しているわけだ。

 「われわれの環境圏には放射性物質が至る所に存在するから、福島第1原発による放射線汚染は問題ではない」と主張するために上記のことを書いたのではない。放射線汚染問題は冷静に対応する必要性があると言いたかっただけだ。もちろん、そのためには政府、関係省の透明な情報政策が前提となることはいうまでもない。


 読者のコメントへの感想が長くなったが、今回はドイツのエネルギー問題について少し紹介する。2年半前の福島第1原発の事故後、ドイツのメルケル政権は操業中の8基の原発を停止し、22年までに全17基の原発廃止を決定、環境にやさしい、再生可能なエネルギー、風力、太陽光の利用促進を進めてきたことはよく知られている。ところが、政府が進める“今世紀最大のプロジェクト”(メルケル首相)の「エネルギー転換」は予想外の困難に出会い、その見直しを強いられている。独週刊誌シュピーゲルの特集からその一部をまとめた。

 独週刊誌シュピーゲルによると、風力、太陽熱、生物ガスなど環境にやさしいエネルギー利用はその関連施設の建設・送信網の整備に巨額なコストがかかり、最終的には消費者に大きな負担となって跳ね返ってきている。現在、消費者はキロワット時当たり5・3セントを負担しているが、近い将来、6・2セントから6・5セントにアップすると予想されている。
 ドイツ国民が支払う電気代は欧州でも最も高く、平均3人家族で月約90ユーロだ。2000年のほぼ倍だ。電気は贅沢品と見なされ、高騰する電気代を払えない「電気貧困」家庭は年30万戸以上という。

 天候に左右される風力、太陽光の施設建設費は今年だけで200億ユーロにも達し、来年は更にコスト上昇が予想されている。政府が期待していた洋上風力発電は海の天候、施設建設技術の難しさなどもあって、建設コストは急上昇。不足分の電力を補うために褐炭、石炭利用が増える結果、環境汚染をもたらすCO2排出量は昨年、前年を上回るなど、脱原発の「エネルギー転換」政策は大きな試練に直面している。

 興味深い点は、ドイツで今月22日、ドイツ連邦議会選挙が実施されるが、与野党とも脱原発後の「エネルギー転換」政策を選挙の争点とする考えはないことだ。脱原発を決定したメルケル政権はエネルギー転換が計画通りには進展せず、国民の負担だけが拡大してきたことで、苦慮している。一方、脱原発と環境にやさしいエネルギー政策を政府に要請してきた野党側の予測も甘すぎたことが判明した。高騰する電気料金の責任の一部は野党側にもあることは明らかだ。「緑の党」のユルゲン・トリティン元環境相(1998年〜2005年)は「エネルギー転換は国民にアイスクリーム代の負担すら与えない」と“超楽観的”な見通しを主張していたほどだ。与野党とも「エネルギー転換」を選挙争点としたくない理由はあるわけだ。

 メルケル政権は再生可能エネルギーを普及するために実施してきた固定価格買い取り制度を廃止し、市場原理に基づく新エネルギー政策の実施を検討するなど、「今世紀最大のプロジェクト」は見直しを強いられている。
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