ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2015年12月

「テロ」で始まり、警告で閉じる一年

 今年も大晦日を迎えた。ウィーンでは同日をシルベスターと呼び、街に出かけ、シャンペンをかわしながら年を明かして踊り祝い、新年を迎えるのが慣例となっている。今年も60万人余りの市民や旅行者が街に押し寄せてくるものと予想されている。
 ウィーン市1区の同国ローマ・カトリック教会の精神的中心地、シュテファンスドーム大聖堂前周辺ではワルツに乗ってダンスをするカップルで一杯となる。周辺のレストランはシルベスター祭の客を見込んで、通常より高価なメニューを準備してもてなす。

 ところで、オーストリア警察当局は26日、「信頼できる友邦国からの情報によると、12月24日から来年1日までの期間中、人が大勢集まる場所を狙って爆弾もしくは銃器を使用したテロが起きる恐れがあるという警告を受け取った」という声明を発表した。
 警察当局によると、ウィーン市だけではなく、6カ所の欧州都市(ローマ、ワルシャワ、ブタペスト、モスクワ、パリ)がテロの警告を受けたという。ただし、シルベスターなどの慣例イベントの開催中止を主催者側に要求する理由はないという。警察側は潜在的テロリストを既に見出しており、慎重に捜査中という。

 警察側のテロ警告を受け、駐オーストリア日本大使館領事部は同国に住む邦人に緊急テロ警戒情報を送信している。それによると、「報道によれば、ウィーン警察は具体的な脅威等は確認していないが、交通(移動)のハブとなるような場所や人が多く集まる場所の監視を強化中だ。また、警察による身分証明書の確認や鞄等の検査も頻繁に行われる」という。

 領事部は、「人が多く集まる場所やテロの標的となりやすい施設(イベント会場とその周辺、政府施設、公共交通機関、観光施設、デパートやマーケット等)を訪れる際には、周囲の状況に注意を払い、不審な状況を察知したら、速やかにその場を離れるなど安全確保に十分注意」と通達している。ウィーン市の場合、シルベスター祭のほか、ニューイヤー・コンサートなどが潜在的なテロ対象と見られている。

 今年はテロで始まり、テロ警告で幕を閉じようとしている。1月7日、イスラム過激派テロリストによる仏週刊紙「シャルリーエブド」本社とユダヤ系商店を襲撃したテロ事件が発生した。そして先月13日には再びパリでイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」による「同時テロ」事件が生じ、130人の犠牲者を出したばかりだ。後者のテロ事件は欧州初の「同時多発テロ」であり、国民が集まる場所を狙ったソフト・ターゲットのテロ事件だったことが特徴だ。

 100万人を超える難民が北アフリカ・中東から欧州に殺到し、難民受入れで欧州連合(EU)加盟国で意見の対立が表面化するなど、その対応で苦慮した年だったが、難民の中にテロ容疑者が紛れ込んでいたことが明らかになり、欧州各国は難民への対応で再検討を強いられている。ちなみに、フランスの2つのテロ事件でも明らかになったように、ホームグロウンのテロリスト対策と欧州居住イスラム教徒の社会統合が急務と受け取られている。

 なお、オーストリア連邦憲法擁護・テロ対策局(BVT)によると、オーストリアからシリア内戦に参戦した数は既に300人を超え、シリア帰りは70人と推定されている。


 今年1年、当方のコラムにお付き合いして下さったことに感謝します。新年も宜しくお願いします。読者の皆さん、良き年を迎えられますように。

中国の臆病なバチカン接触

 バチカン放送独語電子版が25日、アジアのカトリック系通信社UCANEWSの報道として伝えたところによると、ローマ・カトリック教会総本山バチカン法王庁は中国当局が選出した四川省成都の司教区の新司教を承認したという。
 昨年5月8日に選出されたジョセフ・Tang Yuange氏は1963年生まれで、1991年に聖職者となり、地方教会の委員会副事務局長や地元のカトリック教会愛国協会理事長などを歴任している。新司教の任命式は来年に予定されている。成都前司教が1998年に死去して以来、成都教区(推定12万人信者)の司教ポストは空席となってきた。

 成都の司教任命は2012年以来で、フランシスコ法王と習近平中国国家主席の関係を占うテスト・ケースと受け取られてきた。バチカン使節団は10月、北京を訪問し、関係者と会談を重ねてきた。5月の新司教選出の件については、中国側は事前にバチカン側に報告済み。バチカン側は選出プロセスを慎重に監視してきた経緯がある。

 バチカンが新司教を承認したことを受け、中国との関係が前進するかは不明だ。なぜならば、中国当局は昨年5月、「宗教は国家の安全への脅威である」という警告を発し、「宗教の浸入は、社会主義の信念へ脅威をもたらす」と主張しているからだ。例えば、同年4月、温州当局はキリスト教に対する取締りを強化し、丘の頂上カトリック史跡から宗教的な像などを撤去している。 

 バチカンはべネディクト16世時代の2007年、中国を潜在的な最大の宣教地と判断し、北京に対して対話を呼びかける一方、同16世は同年6月30日、中国のカトリック信者向けに「中国人への書簡」を公表し、そこで(1)中国共産党独裁政権下で弾圧を受けている地下教会の聖職者、信者への熱いメッセージ、(2)北京政権に対しては「信仰の自由」の保証、特に、バチカンの聖職者任命権の尊重を要求している。

 一方、中国外務省は過去、両国関係の正常化の主要条件として、|羚馥眄への不干渉、台湾との外交関係断絶―の2点を挙げてきた。中国では1958年以来、聖職者の叙階はローマ法王ではなく、中国共産政権と一体化した「愛国協会」が行い、国家がそれを承認するやり方だ。

 中国聖職者組織「愛国協会」は06年4月と11月、バチカンの認可なくして司教を叙階してバチカンの激しい批判を受けた。2011年と12年にもローマ法王の承認なしで3人の司教を任命して、バチカンと北京の間の対話が停止したことがある。

 ところで、南米出身のフランシスコ法王は初のイエズス会出身のローマ法王だ。一方、中国宣教の基礎を築いたのはイタリアのイエズス会修道士マテオ・リッチ師(1552〜1610年)だった。中国はイエズス会と深い関係がある。
 習近平氏が2013年3月14日、国家主席に任命された時、その一日前にローマ法王に就任したフランシスコ法王は祝電を送り、同主席もバチカンとの関係改善に意欲を伝える書簡を送ったといわれている。

 バチカン側が新司教の任命を承認したことから、両国間の関係が改善に動き出す可能性は完全には排除できないが、本格的な関係正常化(外交関係樹立)にはまだ時間がかかりそうだ。バチカン放送は「中国の臆病なバチカン接触」というタイトルで記事を発信していた。正鵠を射た見出しだ。

韓国政府は統治能力を示せ

 岸田文雄外相と尹炳世韓国外相は28日、ソウルの外務省で会談し、慰安婦問題の解決で合意に達した。会談後の共同記者発表で、岸田外相は、「日韓両政府は、慰安婦問題について不可逆的に解決することを確認するとともに、互いに非難することを控えることで一致した」と表明。尹外相は、両政府による合意事項の履行を前提に、「この問題が最終的、不可逆的に解決することを確認する」と述べた(読売新聞と時事通信の電子版参考)。

 合意は朗報だが、両政府が慰安婦問題を最終的、不可逆的に解決すると約束したとしても、問題は実行できるかだ。慰安婦問題を世界に向けて発信してきた韓国政府は日本との合意後、政府レベルの反日工作を停止できたとしても、国内の反日世論を容易には軌道修正できないのではないか、といった懸念がある。

 日本政府側が強く要求してきたソウルの日本大使館前の「少女像」の撤去について、韓国外相は「解決のために努力する」という表現に留めている。なぜなら、同像は建前上は民間団体(韓国挺身隊問題対策協議会)の決定というわけだ、しかし、公道に民間機関が像を立てるためには国の許可なくしては不可能だ。政府が「撤去する」と宣言し、必要ならば強制撤去すれば終わりだ。韓国政府が国内の世論を恐れて確約できないとすれば、その統治能力は既に揺れているといわざるを得ない。

 両政府が国際舞台で相互批判を止めたとしても、それで両国関係が改善に向かう保証はない。今回の両政府の合意が両国の国内世論が和解に傾いてきた成果というより、米国側からの圧力もあって合意を急いだ、というイメージが強い。
 もちろん、関係国が自力で解決できない場合、第3国が調停に入り、外交圧力を行使して妥協を強いることは珍しい事ではない。だから、米オバマ政権が日韓両国に圧力を行使して、妥協と合意を求めた結果、両国間で和解できなかった慰安婦問題が解決できたとしても恥じることはない。両政府がそれを良しとするのならば、それ以上何も言えない。

 明確な点は、問題は両政府の「統治能力」が問われていることだ。特に、日韓請求権協定で解決済みの問題を政権交代ごとに蒸し返してきた韓国の統治能力が問題だ。韓国は今回の合意を確約し、それを実行できれば、約束を反故する国というこれまでの惨めなタイトルを返上できるチャンスとなる。

 今回の合意では日本側が多く譲歩したという印象をぬぐい切れない。日本側は韓国政府が設置する財団に約10億円を一括で拠出すること、慰安婦問題では旧日本軍の関与を認め、安倍首相のお詫び表明などを実施する一方、韓国側は「慰安婦問題を最終的、不可逆的に解決する」という文面に同意しただけだ。約束を反故にしてきた“前科”がある韓国だけに、厳しく言えば、その確約すら信頼性が乏しいといわざるを得ない。

 このように見ると、日本側は米国側の強い要求に応じて韓国との関係を正常化せざるを得なかったというのが外交の舞台裏ではないだろうか。日本側は今、韓国との関係を急がなければならない事情はないからだ
 日本は合意の際には多く譲歩したが、合意後は韓国が多くの責任を負う番となる。慰安婦像の撤去から国内の反日活動への監視など、その統治能力を証明してほしい。「政府は注意したが、彼らが一方的にやっていることだ」といった類の弁解はもはや聞きたくないからだ。

 日本は韓国との確約を履行すべきだ。国内でも日本側の譲歩を批判する声が出てくるだろうが、外交交渉で合意したことは履行しなければならない。日本は国際社会で約束は守る国というイメージがある。国際機関への拠出金や分担金の支払いでも日本ほどその期限を順守して支払う国はない。韓国の出方もあるが、その国際社会の信頼を裏切らないでほしい。

 懸念事項は韓国次期大統領選で誰が大統領に選出されるかだ。潘基文国連事務総長が大統領に選出されるようだと、残念ながら日韓関係が再び険悪化する事態も十分考えられる。慰安婦問題の次は強制労働問題が待っている、といった具合だ。

 外交合意だけで日韓関係の正常化は望めないことは歴史が示してきたことだ。両政府とその国民の地に足の着いた交流を重ねていくことなしに両民族の和解は実現できないだろう。

世界は「暗闇」に直面しているか

 英国のエリザベス女王が25日、恒例のクリスマス・スピーチの中で、「世界は今年、暗闇に直面せざるを得なかった」と語ったという。女王は、1月と11月、フランスで生じたテロ事件を想起しながら、「暗闇」と表現されたのかもしれない。イスラム教過激派テロ組織の蛮行の犠牲者にとっては限りなく悲しみであったことは確かだが、それが即、「暗闇」に該当するかは分からない。
 明らかな点は女王が、「光は暗闇の中に輝いている。そして、暗闇は勝たなかった」(「ヨハネによる福音書」第1章)という新約聖書の聖句を引用されていることから、女王が指摘された「暗闇」はテロ事件に限定された現象を意味するのではなく、もっと広義的な社会現象が含まれていたと受け取るべきだろう。

 聖書学的な終末論をここで振り回すつもりはないが、21世紀を生きているわたしたちが一種の行き詰まりに直面していることは確かだろう。今年は宇宙物理学の驚くべきニュースに多く接する度、地球に生きている私たち自身の成長が余りにも遅々たるものであるといった実感から逃れられない。宇宙の神秘が次第に私たちに披露され出しているのに、私たちは、自分の中で、家族の間で、そして社会、国家の間で、平和な時よりもいがみ合い、紛争、戦いを多く目撃している。そのコントラスにやり切れない思いが湧いてくる。

 私たちは何か忘れてきたのかもしれない。科学技術の急速な発展の一方、人権と自由は次第に拡大し、多くの人はそれらを享受し、謳歌できる時代圏に入っていることは間違いない。それらの発展で私たちが幸せを感じ、互いに尊敬を払う社会となったのならばいいが、現実は「貧富の格差」は広がる一方、物質消費社会が席巻する中で心は砂漠のように飢え乾いた現代人が少なくない。諦観と失望が広がり、希望と喜びは遠ざかっていったような気持ちがする。科学の目覚ましい発展に眼を眩まされて何かを見逃してきたのかもしれない。

 ひょっとしたら、エリザベス女王の「暗闇」はキリスト教社会の欧州に当てはまるが、アジア、南米、アフリカなど地球の他の地域には当てはまらないかもしれない。明確な点は、欧州社会は確かに暗闇に直面していることだ。

 近代史を引っ張ってきた欧州社会が今、そのキリスト教価値観、世界観と共に落日を迎えている。欧州社会は息切れしてきているのだ。クリスマスは到来し、プレゼント交換が終わると過ぎ去っていく。「なぜイエスは十字架で亡くならざるを得なかったか」と真剣に問いかける人は誰もいない。
 例えば、ドイツでは教会葬式を願う国民が急減してきたという。死んだ後、復活するという教会の教義をもはや信じられなくなったから、教会で埋葬される意味を感じなくなった結果だ。

 冷戦時代、共産主義政権が崩壊すれば、世界は良くなるだろうと漠然と信じてきた。希望もあった。しかし、共産政権が崩壊し、本来ならば勝利の盃をかわすべき資本主義社会で貧富の格差は拡大し、社会システムは、少子化、年金体制の崩壊、健康問題など大きな時限爆弾を抱え、限界にきているのだ。

 ここまで書いていくと、エリザベス女王のスピーチの「暗闇」という表現が本当に正しい選択だといわざるを得ない。しかし、その「暗闇」は過去形ではなく、現在進行形だというべきだろう。

 オスカー・ワイルドは、「楽天主義は不安の裏返しだ」と述べている。不安だから、楽観的に生きざるを得ないという「必要は発明の母」的な生き方だ。現実の多くの楽観主義者はそうかもしれない。
 エリザベス女王は、「光は暗闇の中に輝いている」という聖句を引用し、希望と歓喜の世界への信頼を失っていない。「不安」からではなく、「希望」と「歓喜」に支えられた楽観主義者を目撃したならば、その人からその秘密を学びたいものだ。

外国人のあなたへ

 欧州連合(EU)にどれだけの外国人が住んでいるだろうか。欧州統計局が今月公表した統計によると、欧州国民の93・3%は自国民で、2・8%が他のEU諸国からであり、3・9%がEU外の住民という。当方はEU外からきた住民に属する1人だ。統計を見る限りでは、通称外国人と呼ばれる分類の住民の数(全体の約6・7%)が少ないことに新鮮な驚きを覚えた。

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▲自宅から見たウィーンの日没風景(12月、撮影)

 統計局によると、外国人率(国民全人口で外国人が占める割合)が10%を超えるEU加盟国は7カ国という。28カ国から構成されたEUで最も外国人率が高い国はルクセンブルクで45・3%だ。国民の2人に1人は外国人だ。ただし、同国は国際企業や機関が溢れている国だから、例外的な国と言える。同国の外国人の39%は他のEU出身者だ。

 その他、外国人率10%を超える国は、キプロス19・5%、ラトビア15・2%、エストニア14・9%、オーストリア12・5%、アイルランド11・8%、ベルギー11・3%の6カ国だ。当方が住むオーストリアの場合、外国人のほぼ半分は他のEUからで、最多はドイツ人でその数は15万8014人だ。

 逆に、外国人率が少ない国はポーランドで0・3%に過ぎない。ほぼ自国民で占められている国だ。自由な移動が保障されている21世紀の中でも特異な国だ。ルーマニアは0・4%以下、そしてブルガリア、クロアチア、リトアニアで0・8%と続く。

 英国人口約6430万人のうち、約4・1%の約260万人は他のEU諸国からの出身者。最も多い出身国はポーランドでその数は74万8207人だ。同国の外国人率は7・9%だ。

 ところで、外国人とはどのような人間だろうか。自国から追放され、戻れなくなった人もいるかもしれないが、大多数は仕事上の理由から異国で生活する人だろう。当方のように、欧州駐在直後、仕事が終わり次第、帰国する考えだったが、何かの事情から滞在が長くなり、もはや帰国するという選択肢が非現実的となった外国人も少なくないかもしれない。

 滞在が長くなったとしても住んでいる国の国籍を習得しない限り、外国人だ。ただし、国籍を取ったとしても外観で一目で分かるアジア系住民は国籍有無に関係なく外国人という称号から解放されることはない。

 オーストリアの電話帳を見れば、スラブ系の名前が多いのに気が付くだろう。旧ソ連・東欧諸国からオーストリアに流れてきた移民たちであり、難民たちだ。彼らの多くは国籍修得後は内外ともに立派な国民だが、アジア系住民の場合は少々異なる。外国人というタイトルは終身称号として付きまとう。

 世界はグローバル化し、民族の違いは昔ほど決定的ではないが、やはり外国人は歴然として存在する。明確な点は外国人だからといって得することは多くないことだ。当然かもしれない。

 当方は外国人というタイトルからいつかは解放されたいと考えたことがあった。10年前、親族の法事の為に日本に一時帰国した時だ。自分はもはや外国人ではないと成田国際空港に降り立ったが、日本を留守にしていた期間(35年間)が長すぎたためか、日本に戻りながら外国人のような自分を発見してがっかりしたものだ。住んいる異国の地ばかりか母国でも外国人というレッテルを剥すのは容易ではなくなった現実を痛感した。

 蛇足だが、Staatenloseという独語がある。無国籍者だ。いろいろな事情から国籍を失った人だ。国籍がない場合、その人の安全を守ってくれる国がどこにもないことを意味する。砂漠の荒野に独り立つ異邦人だ。

 美しい日本に住み、その国籍を与えられている人がどれだけ幸せか、思い出してほしいものだ。あなたが美しい日本から一歩外に出れば、即、外国人となることも、どうか忘れないでほしい。

来年はポーランドが“台風の目”に

  ポーランド上院(定数100議席)で24日、憲法裁判所の権限を大幅縮小する改正法案が賛成多数で採決された。58人の上院議員が支持、反対の議員は28人、棄権は1人だった。下院(定数460議席)では22日に採択済みだから、上下両院が憲法裁判所の改革案を支持したことを受け、アンジェイ・ドゥダ大統領が同法案に署名すれば即施行される運びとなる。

 右派政党「法と正義」(PiS)が主導するシドゥウォ新政権が提出した同改正案に対し、野党勢力からは、「権力の3権分離の原則を崩壊させ、司法を混乱させる」と言った批判の声が強い。一方、国外からも批判の声が上がってきた。上院の採択前日の23日、欧州委員会がポーランドの右派政権に対し、憲法裁判所の独立性を制限する法案に警告を発している。欧州委員会のフランス・ティマーマンス副委員長(オランダ)はポーランドのヴィトルド・ヴァシチコフスキ外相とズビグニェフ・ジョブロ法相宛ての書簡の中で、「改正案を再審査すべきだ」と要求し、法案施行の延期を求めている。ワルシャワが再考しない場合、ブリュッセルは制裁を施行することも辞さない姿勢を示唆したという。

 同国では11月末、新政権は憲法裁判所の5人の裁判官を解雇し、新政権寄りの裁判官を任命済みだ。それに対し、憲法裁判所は今月、新政権の決定は違法と批判している。 

 欧州連合(EU)理事会議長国ルクセンブルクのジャン・アセルボーン外相は、「ワルシャワで何が起きているのか。例えば、ドイツでカールスルーエの憲法裁判所の権限が剥奪されるといった事態が考えられるだろうか」と、当惑を表明したという。
 アセルボーン外相は、「残念ながら、ポーランド新政権が行こうとしている道は独裁政権がやってきた道だ」と述べ、来年初めにもポーランド新政府関係者を招集し、今回の憲法裁判所改正案についてその見解を質す考えだ。

 国内外の批判に対し、ヴァシチコフスキ外相は24日、「憲法裁判所の改正に関する論議を早急に終わらせるため 欧州評議会に法案の評価を求めた」と説明、理解を求めている。

 トゥスク現EU大統領がポーランド首相(「市民プラットフォーム」PO党首)時代、同国の国民経済は旧東欧諸国の中でも最優等生と受け取られ、順調に発展してきた。にもかかわらず、右派政党「法と正義」が政権を奪い返した背景には、リベラルなPOが主導する経済改革で国民経済は発展したが、その恩恵を受けられない国民が多く、「貧富の格差」が拡大してきたことがある。ポーランドではPOはエリート層の政党、PiSが貧者の政党というイメージが定着してきている。

 ブリュッセル主導のEU政策に批判的で、難民問題でも受け入れ拒否を主張する最大野党PiSは10月25日に実施された総選挙で下院は460議席中235議席、上院100議席中61議席をそれぞれ獲得し、コバチ首相が率いる中道右派のPOから8年ぶりに政権を奪い返し、89年の民主改革後初の1党単独政権シドゥウォ政権を先月発足させたばかりだ。ちなみに、同党は今年5月に実施された大統領選でも同党の候補者ドゥダ氏が、POの現職コモロフスキ大統領を破って新大統領に就任した。

 東欧最大の人口を誇るポーランド(約3800万人)で発足したシドゥウォ右派政権は難民問題や財政危機などに直面しているEUにとって大きな不安材料となることは間違いない。ポーランドは2016年の欧州の新たな“台風の目”となる恐れが出てきた。

教会色を失ってきた「クリスマス」

 25日はクリスマスだ。24日夜から25日にかけて飾ったクリスマス・ツリーの下に置いたプレゼントを交換する家庭が多い。最近では 故郷(実家)に戻れない若者は、プレゼントを開けて喜ぶシーンをスマートフォーンやSkypeで送信し、祝うケースも多いという。

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▲キリストの降臨を描いた17世紀オランダの画家ヘラルト・ファン・ホントホルストの作品「Adoration of the Shepherds」

 欧州最大のクリスマス市場のウィーン市庁舎前市場でも24日に入ると、31日の大晦日(シルベスター)用のブタの商品を並べ出す。去りゆくクリスマスに名残を惜しむといった風情は少ない。ビジネス・アズ・ユージュアルだ。

 オーストリア日刊紙プレッセによると、今年のクリスマス市場に出店した店の売り上げは昨年より20%前後少なかったという。その理由は「パリ同時テロ」事件の影響もあるが、テロの恐怖は主因ではなく、やはり雪が降らないことが大きいという。
 クリスマス・シーズンに入ったが雪が降らないどころか、花が新芽を出すのではないかと錯覚するほどだ。暖かい12月の気温がクリスマス市場の不振の最大理由というのだ。クリスマス市場で欠かせない飲物プンシュ(ワインやラム酒に砂糖やシナモンを混ぜて暖かくした飲み物)を飲みたくなるのはやはり寒い冬に限る。

 市庁舎前市場の売り上げ減少のもう一つの理由はクリスマス市場の多さだ。ウィーン市内でも24カ所にクリスマス市場が開かれているから、どうしても訪問客が分散してしまう。ひと昔のように、クリスマス市場と言えば市庁舎前広場の市場というふうにはいかなくなった。市庁舎前の市場は規模的には最大だが、シェーンブルン宮殿の市場、マリア・テレジア広場の市場も規模こそ少し劣るが、雰囲気では市庁舎前のそれを凌いでいるという声も結構聞かれ出した。

 ところで、クリスマスといえば、復活祭と共にキリスト教の2大祝日だ。クリスマスはイエスの誕生日を祝う日だ。誰でも知っているからかどうかは分からないが、クリスマスではキリスト教会の影が小さいのだ。本来ならば、教会関係者が、「私たちのシーズンがやってきた」と張り切ってもいいのだが、クリスマス期間(アドベント)、キリスト教会関係者は驚くほど静かなのだ。

 プレッセのコラムニストが、「教会関係者はクリスマスの意義などをなぜもっと自信を持って国民に語り掛けないのだろうか」と述べていた。最近では、「クリスマス市場」(Weihnachtsmarkt)という表現をやめ、「冬の市場」(Wintermarkt)と呼ぼうといった声まで聞かれ出した。クリスマス・シーズンの非キリスト教化だ。西欧社会の世俗化の波はキリスト教の最大祝日クリスマスにまで押し寄せてきているのだ。

 12月8日は「聖母マリアの無原罪の御宿り」の日で、8月15日の「聖母マリアの被昇天」とともに、聖母マリアの神性を祝う祝日だ。カトリック教国のオーストリアでもその日は学校や会社は休みだが、商店街は店を開く。クリスマス・シーズンに1日でも店を閉じれば、それだけ売り上げが少なくなるというわけだ。昔は労組から圧力があったが、ここ数年は労組の反対の声もなくなった。皮肉にも、12月8日はここ数年、クリスマス・シーズンで商店街の売り上げが最大の日として定着してきたのだ。

 肝心のカトリック教会関係者からは、「8日は『聖母マリアの無原罪の御宿り』だから、祝日だ」と国民を諭す声は聞かれなくなった。諦め出しているのだ。大多数の国民は8日、クリスマス用のショッピングに出かける。教会の声は“荒野で叫ぶ声”に過ぎなくなってきたのだ。

 このようにキリスト教最大の祝日クリスマスは年々、非キリスト教化され、クリスマス市場は「冬の市場」の様相を深めてきた。来年のクリスマス市場はどうなっているだろうか。

金正恩氏の安全な亡命先を探そう

 ルーマニアの独裁者ニコラエ・チャウシェスク大統領夫妻が処刑されて、明日25日で26年目を迎える。旧東欧諸国の民主改革で共産党指導者が民主勢力によって処刑された唯一のケースだったので、チャウシェスク大統領、エレナ夫妻処刑シーンは世界に大きな衝撃を与えたことはまだ記憶に新しい。

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▲最大少数民族マジャール人弾圧政策に抗議した“ルーマニア革命の英雄”ラスロ・テケシュ牧師(1990年2月20日、ブタペストで撮影)

 チャウシェスク大統領は1965年から24年間、ルーマニアに君臨してきた独裁者だった。在位中は米英日など西側主要国を訪問している。同大統領が旧ソ連に対し一定の距離を置く外交政策を取っていたこともあって、西側では当時、受けのいい指導者だったからだ。同大統領はブカレストで大宮殿を建設中だったが、処刑されてその新宮殿の住人にはなれずに終わった。

 冷戦時代は終焉し、旧ソ連・東欧諸国は独裁者(政権)から解放されたが、世界には今なお独裁者、独裁国家が存在する。ジンバブエのムガベ大統領、スーダンのバシル大統領、中国共産党独裁政権、そして北朝鮮の金王朝がその代表だろう。もちろん、新しい独裁者が将来、生まれてこないという保証もない。

 北朝鮮の独裁者、故金日成主席、その息子、金正日総書記はチャウシェスク大統領夫妻の処刑シーンをテレビニュースで観て震え上がったという話が伝わっている。「俺たちもひょっとしたらあのようになるかもしれない」という深刻な不安だ。その直後、金政権は国境警備を強化する一方、国内の締め付けを強めていったことはいうまでもない。

 独裁者の終焉は大変だ。当然かもしれない。政権を掌握している時、好き放題をし、政敵、反体制派を冷酷に粛清してきたのだから、安心して眠ることは出来ない。「悪い奴ほどよく眠る」という言葉があるが、独裁者の場合、その悪さの度合いが違うからそうはいかないだろう。

 独裁者の落日が近づくと、弾圧や処刑、粛清が頻繁に生じる、最後の発悪だ。これは人類が歴史を通じて学んできた教訓の一つだろう。しかし、例外もあった。旧東西両ドイツが血を流さずに平和裏に再統一された。共産党政権とバツラフ・ハベル氏を中心とした民主勢力が平和裏に政権を交代したチェコスロバキアのビロード革命もそうだ。独裁政権からのソフトランディングだ。

 旧東西ドイツとチェコから教訓を引き出さなければならない。それは旧独裁者、支配者を処刑しないということだ。旧東独指導者が旧西独のコール政権の再統一に対し軍事行動で抵抗しなかったのは、コール政権が当時の旧東独指導者に「処刑や虐待をしない」という身の安全の保証を与えていたからだ。旧東独指導者たちは国民がハンガリー経由で次々と西側に亡命していくのを目撃し、政権の終わりを悟った。旧東西両ドイツの再統一は武力衝突なく実現できたわけだ。

 朝鮮半島の再統一でも同じ方法が適応できるのではないか。すなわち、金王朝が政権を民主勢力に譲渡するならば、国際社会は「金ファミリーの安全」を保証するのだ。
 非情な弾圧、蛮行を繰り返してきた金王朝の安全を保証する、という案に対し、金王朝から激しい弾圧を受けてきた多くの国民は納得しないかもしれない。しかし、朝鮮半島で再び武装紛争が起きれば、多くの犠牲者が出るのは必至だ。朝鮮半島を平和裏に再統一できる唯一のシナリオは金王朝の安全保証だ。もちろん、金ファミリーは北には留められない。海外に亡命しなければならない。

 金正恩第一書記が叔父を処刑し、100人以上の党・軍幹部を処刑したのは身の安全のためだ。いつ自分も同じように殺されるか分からない、といった不安が払しょくできないからだ。金正恩氏だけではない。この不安は独裁者が払わなければならない代価だ。

 金正恩氏が政権崩壊の危機を感じた場合、核爆弾など大量破壊兵器を投入するような冒険に乗り出さないために、金ファミリーに対して身の安全を保証し、その代わりに政権の引き渡しを要求するのだ。金正恩氏には、核戦争で家族と共に自爆するか、どこかの地で家族と共に身の安全保証を受けながら生きていくかの2つの選択肢があるわけだ。
 もちろん、金正恩氏の禅譲にも問題がある。まず、どの国が独裁者家族と最側近を引き受けるかだ。同時に、金王朝崩壊後の後継政権つくりだ。中国やロシアの出方もあって、対応を誤れれば、状況は一層悪化するからだ。蛇足だが、韓国の朴槿恵大統領の親中路線が近い将来の北政権崩壊を見据えた戦略とすれば、その外交政策は後日、評価されるかもしれない、

 例えば、シリア内戦は勃発5年目に入っているが、和平の見通しは依然立っていない。アサド政権派と反体制派勢力間の最大の対立点はアサド大統領の処遇問題だ。アサド大統領の身の安全を保証する代わりに、政権を反政府勢力側に引き渡すというシナリオが囁かれ出したのは当然の流れだろう。ただし、シリアの場合、反政府勢力内が対立している現状では、アサド政権の後退はかえって混乱をもたらすかもしれない。

 付け加えておくが、朝鮮半島の再統一案は当方の独自のものではない。一部で既に囁かれてきた再統一案の一つだ。チャウシェスク大統領の処刑日を控え、当方はこの再統一案を思い出した次第だ。

スロベニア国民、同性婚を拒否

 旧ユーゴスラビア連邦のスロベニアで20日、同性婚を通常の男女間の婚姻と同じように法的認知(養子権を含む)するか否かを問う国民投票(有権者約170万人)が実施され、約63・48%の国民が反対票を投じた。この結果、今年3月議会が採択した同性婚を認知した改正法案は廃案に追い込まれることになる。

 同国選挙委員会によると、国民投票が合法化されるために必要な最低限の投票数34万2000票を超えた。なお、国民投票の結果は同性婚を認めてきた中道左派ミロ・ツエラル政権への不信任と受け取られている。スロベニア(4月現在人口約206万人)では同性婚カップルに養子を認めることに国民の間で特に抵抗が強かった。

 スロベニアの結果は、同性婚を認める西欧諸国とそれに強く反対する中欧、東欧諸国の分裂を改めて明らかにした。同性婚を合法化した国は既に18カ国。その内、13カ国は欧州諸国だ。伝統的なカトリック教国アイルランドが5月、同性婚の合法化を明記する憲法修正案の是非を問う国民投票の結果、同性婚を認知した初の国となったばかりだ(「これほどの失望があるだろうか」2015年6月4日参考)。
 アイルランドの国民投票の結果はバチカン法王庁に大きなショックを与えた。そのため、スロバニアの同性婚に関する国民投票では、フランシスコ法王がスロベニア国民に向けて異例のアピールをし、伝統的家庭の重要性を強調したほどだ。

 同性婚に強く反対した保守派国民はローマ・カトリック教会の支援を受けて同法案の廃案のため積極的に反同性婚キャンペーンを展開し、国民投票実施に必要な4万人の署名を集めた経緯がある。同国では国民の約57%がカトリック教徒だ。

 議会で3月採択された法案では、婚姻は従来の「男性と女性の間」ではなく、「2人の間」の結びつきと明記している。同時に、同性婚者に養子権も認めている。
 敗北を喫した同性婚支持者は、「住民投票の結果は一時的な後退をもたらすだけだ。わが国でも遅かれ早かれ同性婚は認められる日を迎えるだろう」と楽観視しているという。なお、同国では2012年にも同様の住民投票が実施され、今回と同様に反対派が多数を占めた。

 同性婚問題で今後1年間、政党は新たな法案を議会に提出できない。同性間のパートナシップはOKだが、同性婚とその養子権は認めない現行法が継続されることになる。
 なお、バチカン放送は21日、スロベニアの国民投票の結果について、「カトリック教会司教会議は喜ばしい結果と歓迎している」と報じた。

北の金王朝は国民の寿命を奪った

 このニュースを読んだ時、金日成主席、金正日総書記、そして金正恩第1書記の3代世襲の金王朝が自国民族に犯してきた罪の深さを痛感した。金王朝は北国民から12年の寿命を奪ったのだ。これほど大きな罪があるだろうか。

 韓国統計庁の「2015年北朝鮮主要統計指標」によると、今年の韓国の平均寿命は男性が78.2歳、女性が85.0歳、北朝鮮は男性が66.0歳、女性が72.7歳で、南北の差は男性が12.2歳、女性が12.3歳だったという。南北間に驚くべき寿命の格差が存在するのだ(韓国「聯合ニュース」20日)。

 朝鮮半島が南北に分断されなかったならば、北の男性寿命も韓国のそれと大きくは違わなかったはずだ。それが南北分断後、国民寿命に大きな格差が生じたという事実は、乳児の死亡率、国民の食糧事情などの結果だが、その直接の責任は3代にわたり世襲独裁政権を続けた金王朝の責任であることは疑いないだろう。

 金王朝は自国国民の寿命を縮め、彼らの人生を奪ったのだ。それも過去形ではなく、現在も進行している犯罪だ。北朝鮮では今も20万人以上の国民が裁判を受けることなく、政治犯として強制収容所に隔離されている。世界のキリスト信者の迫害状況を発信してきた非政府機関、国際宣教団体「オープン・ドアーズ」が公表するキリスト教弾圧インデックスでは、北は毎年、最悪の「宗教弾圧国」だ。聖書を持っているだけで拘束され、悪くすれば収容所に送られ、強制労働を強いられる。そこでは生きて帰ることが難しい状況だ。それだけではないのだ。金王朝に抵抗できない大多数の北国民から平均12年の寿命を奪い続けているのだ。

 金王朝が政権を堅持して国民を弾圧し続けるという事実は、国際社会の責任でもある。イスラム過激派組織「イスラム国」の撲滅のために国連安保理決議が採択され、国際同盟軍が結成され、空爆が実施されているが、北独裁政権の人権蹂躙に対しては国際社会は驚くほど消極的だ。国連では、北の人権蹂躙を批判する決議が採択されるが、それで終わりだ。国連関係者の一種のアリバイ作りのように感じるほどだ。

 ところで、韓国統計庁によると、北の携帯電話加入者数は2014年、280万人となり、人口100人当たり11人が携帯電話を保持しているという。同国では09年は携帯電話加入者数は7万人だったが、金正恩政権が発足した11年には100万人の大台を突破し、13年には242万人に伸びたという(聯合ニュース)。北国民の携帯電話加入者数の増加は朗報かもしれないが、兄弟国の韓国では2010年に人口より多い携帯電話加入者が登録されている。その南北間の格差は天文学的な開きとなるだろう。しかし、南北間の「寿命の格差」は携帯電話加入者の格差ではない。繰り返すが、国民一人ひとりの命が平均12年間、金王朝に奪われているのだ。

 あと十日余りで2016年を迎える。国際社会は新年こそ北国民を金王朝から解放しなければならない。もはや静観し、黙認している時は過ぎ去った。北国民のうめき声は天にまで届いている。国際社会は朝鮮半島の南北再統一が平和裏に実施されるために知恵を寄せ合って連帯すべきだ。
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