ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2016年03月

「ナターシャさん監禁事件」の教訓

 日本で2年間拉致監禁された女子生徒(15)が自力で逃げ出して解放された事件が明らかになり、国民に大きな衝撃を投じているという。この事件を聞いて、オーストリアで10年前の2006年8月、8年間の監禁後、解放されたナターシャ・カムプシュさん監禁事件を思い出した。

 ナターシャさんは8年間、拉致犯人(当時44歳、ナターシャさんの逃避後、列車飛び込み自殺)の自宅の地下室に拘束されていた。同居していた犯人の母親はまったく事件を知らなかったという。ナターシャさん(当時18歳)は自力で逃げ出して解放された。

 同事件は世界的に大きな反響を与えた。同時に、事件の真相についてはさまざまな憶測が流れた。犯人はポルノ・フィルムを撮影していたのではないか、ナターシャさんと犯人との関係、単独犯ではなく、複数の共犯者がいたのではないか、なぜ逃げ出すことが出来なかったか、ナターシャさんはストックホルム症候群に陥っていたなどの憶測に対して、ナターシャさん自身は当時、はっきりと否定したが、メディアの憶測報道は一人歩きした。

 事件解決10年後の今年3月、ドイツの元捜査官、現ジャーナリスト、ペーター・ライヒハルト氏は新著「Der Entfuhrungsfall,Natascha Kampusch」の中でこれまで未公開だったビデオ(警察当局は2006年の捜査段階で押収済み)の内容を記述し、精神異常者の犯人がナターシャさんを奴隷のように酷使していた実態を明らかにした。同時に、犯行は単独であり、ポルノ・フィルム制作などとは関係がないこと、犯人とナターシャさんの関係もメディアが報じてきたようなものではなかったことを明らかにした。結論は「ナターシャさんは最初から本当のことを語っていた」というものだ。


 オーストリア国営放送は2006年9月6日、8年間監禁から解放された直後のナターシャ(当時18歳)との初インタビューを放映した。以下は、当方が当時、まとめたコラムだ(「ナターシャさんのインタビュー」2006年9月10日)。

 「髪をスカーフで覆ったナターシャさんはTV記者の質問に一生懸命答えようとしていた。8年間、地下室で監禁されていたため、光が眩しいのか、会見中に目を閉じる場面が頻繁にあった。正しい言葉を探して口ごもる場面もみられた。
 特筆すべき点は、10歳の時に拉致された彼女が語るドイツ語の表現力と語彙の豊かさだ。大学生でも駆使できないようなドイツ語の表現力であり、文才すら感じさせる描写力だった。
 拉致犯人は彼女にラジオや雑誌、本を与えていたという。地下の自分の部屋で彼女は賢明に学んだのに違いない。彼女の目はその意思力の強さを示していた。
 彼女は『生きのびていく為には自分は強くならなければならない。強くなれば、いつか逃げられるチャンスがあると信じていた』という。
 インタビュー後、番組は彼女の発言や表情について、心理学者や教育学者たちに分析させていた。彼らは『8年間の監禁体験から完全に解放されるまでには数年はかかるだろう』と指摘していた」
 
 なお、同インタビューはオーストリア国内で300万人以上が見、世界120カ所のTV会社が放送権を得て放映した。なお、ナターシャさん8年間監禁事件をテーマとして、「3096日」というタイトルの映画が制作されている。

 参考までに、ナターシャ―さん監禁事件解決2年後の2008年4月、オーストリア東部の小都市・アムシュテッテン市(Amstetten)で今度は73歳の父親(電気工)が当時18歳だった娘を1984年以降、24年間、地下室に監禁し、性虐待を繰り返し、7人の子供(1人は出産直後、死亡)を産ませたという事件が発覚し、オーストリアは「拉致監禁王国だ」といった汚名を着せられたほどだ。

 監禁事件は恐ろしい犯罪だ。犠牲となった女性には生涯消すことが出来ない深い傷を残す。監禁事件から解放された犠牲者の女性をメディアが興味本位に報道することは控えるべきだ。犠牲者を新たに苦しめることがあってはならない。これは「ナターシャさん8年間監禁事件とその後」のオーストリア国民の教訓だった。

わたしたちは多くの共通点を持つ

 当方は4年前、「『相違点』から『共通点』への飛躍」2012年12月8日参考)というタイトルのコラムを書いた。

 「現代は多くの難問に直面している。経済、政治、宗教、あらゆる分野で対立と紛争が生じている。程度の差こそあれ、意見、見解、利害などの相違が原因だ。そのような時に、相互の共通点を探し、対話を開始するという姿勢がさまざまな分野から聞こえ出してきたのだ。これは新しい“思考トレンド”というべきかもしれない。
 例えば、宗教分野でも教義の相違点に拘り、対立するのではなく、共通点を探し、議論を進めていけば、宗教の統一という大きな課題も現実味を帯びてくる。パレスチナ問題もパレスチナ人とイスラエル人が相違点や対立点に拘れば、半永久的に共存できないが、『平和に暮らしたい』という願いは両者とも共有している。議論の出発点は両民族の『共通点』を探すことから始めるべきだろう」

 そして当方は昨年、「フォビア時代への処方箋はこれだ!」(2015年1月12日)のコラムの中で以下のように述べた。

 「パリで風刺週刊紙「シャルリー・エブド」本社へのテロ襲撃事件が起きた。イスラム過激派テロリストのテロ事件は世界に大きな衝撃を与えている。その結果、イスラム・フォビアが席巻する一方、極右政党が欧州各地で台頭してきた。現代人は民族、国籍、文化、風習の違いなど、相違点に敏感となり、共通点への意識が欠如する結果、他者への理解が欠け、さまざまなフォビアが生まれてきている」
 「キリスト教社会に生きる国民にとってイスラム教徒の風習や服装は時に恐怖感を与える。ユダヤ人の場合もそうだ。外観から違いがはっきりしている場合、フォビアは一層、容易に生まれやすい。経済的、社会的困窮な時代には、その相違は拡大され、『彼らはわれわれとは違う」という認識となって定着していく」

 あれから時間が経過したが、当方はやはり共通点を探すことで多くの未解決の問題も解けていくと確信する。成功する外交とは、双方の違いや利益に固守するものではなく、双方の共通点を見つけて最大限のコンセンサスを確立する道ではないだろうか。

 実例として日韓両国関係を考えれば分かる。日韓が民族、歴史、文化、慣習の違いに拘れば、両国は半永久的に和解できない。慰安婦問題で両国が昨年、合意出来た背景には、両国が相違点ではなく、共通点を数え出した結果ではないだろうか。

 それでは、共通点探しで行き着く先はどこだろうか。「わたしたちは同じ人間だ」という点ではないか。そして「わたしたち」ではなく、「私(個人)」に留まっている限り、相違点がどうしても生まれてくる。現代人は「私」を主語として考え、会話することが多い。なぜならば、個人の相違が求められる社会だからだ。その結果、当然だが、相違点が共通点より多く浮かび上ってくる。

 独カッセル大学のヨハネス・ツィンマーマン教授が、会話の中で「私」という人称代名詞を頻繁に語る人は周辺の社会環境で問題を抱えている人が多い、という研究結果を公表したことがある。同教授は精神治療を受ける患者と医者との会話を記述したカルテを参考に、その患者が使用する言葉を分析した。同教授によると、患者の話の中で登場する人称代名詞はその人の心の世界を反映する鏡のようなものだ。その研究の結果、「私」を「私たち」より頻繁に使用する人は人間関係で問題を抱えているケースが多いというのだ。

 ちなみに、ベルリン自由大学の研究家は過去50年間のポップ・ミュージックのテキストを分析したが、「歌詞の中で“私たち”という言葉が使われるケースが減少する一方、“私”という代名詞が頻繁に登場してきた」という興味深いトレンドを指摘している。


 平和で共存できる世界を実現するためにはわたしたちはもう一度、謙虚になって共通点に戻ることではないか。その共通点に立脚したうえで個人の相違点が生まれてくるならば、それはその人の個性として尊重されるのではないか(「同時代の人々への連帯感」2014年12月24日参考)。

「愛」と「祈り」でテロを屈服できるか

 ドイツ福音主義教会(EKD)元議長で神学者マルゴット・ケスマン(Margot Kasmann
)女史はビルド日曜版(3月27日)とのインタビューで「テロに対して武器や憎悪で対応すべきではない」と主張し、「祈りと愛」で応じるべきだという。

P3270204
▲バチカンでの復活祭の記念礼拝(ドイツ公営放送の中継から、2016年3月27日)

 「パリ同時テロ」(130人が犠牲)、「ブリュッセル同時テロ」(28人死亡)事件後だけに、同女史のアピールは率直に受け入れられるだろうか。テロ犠牲者の家族だけではなく、一般的にも強い反発が予想される。想像するが、彼女は反発が出るのを知った上で、イエスの隣人愛、「敵を愛せよ」を思い出すように言いたかったのではないか。

 同女史の発言をもう少し紹介する。
 「イエスはわれわれに課題を残していった。すなわち、敵を愛せ、自分を迫害する者のために祈れだ。テロリストは神の名で人間を殺す。これほど大きな挑発行為はない。われわれはそのテロリストに対し祈りと愛で向かい合うべきだ」
 「人間的感情からいえば、報復したい思いが湧いてくるが、憎悪に対して憎悪で応じるべきではない。人類の歴史で偉大な人間はスターリンでもヒトラーでもポル・ポトでもない。マーチン・ルーサー・キング牧師であり、マハトマ・ガンディーだ。彼らは 暴力では対応しなかった。キリスト者は暴力のサークルを断たなければならない。それこそ真の勝利者だ。イエスは十字架上で死んだが、彼の功績は忘れられなかった。彼は剣を決して握らなかった」

 その上で、同女史は、「テロとの戦いの為にオープンな社会の価値を捨ててはならない。もちろん、国家は国民を保護する義務がある。欧州では自由を実現した。それをテロリストによって制限されてはならない。われわれはテロリストに脅かされてはならない。路上で踊り、喫茶店に座り、サッカー試合を中止してはならない。われわれはテロリストたちに恐れていないことを示すべきだ」というのだ。

 一方、ローマ・カトリック教会のドイツ教会ミュンヘン教区のライハルト・マルクス枢機卿(Reinhard Marx )も、「テロリストの憎悪と悪意に対し、キリスト教の愛で向かい合わなければならない。考えられないような恐ろしい罪に対して、最初の反応はどうしても警察権力や政治的対応になりやすいが、悪に対して愛で対応すべきだ」という。新教のケスマン女史とほぼ同じ論調だ。換言すれば、両者ともテロに対して愛、祈りで対応すべきであり、暴力に対し暴力で対抗してはならないと戒めているわけだ。

 愛と祈りが大きな力を有していることは疑いない。しかし、多くの人々を非情に殺害するテロリストを前に、愛と祈りで対応している時だろうか、という懐疑的な思いが湧く。愛と祈りは最終的には勝利するだろうが、勝利の日を迎えるまで多くの時間、ひょっとしたら年月が必要となる。21世紀に生きるわれわれにそのような猶予があるだろうか。

 米共和党大統領候補者テッド・クルーズ氏は、「私が大統領になったら、イスラム教スンニ派過激組織『イスラム国』(IS)拠点を爆撃し、壊滅させる」といって憚らない。クルーズ氏だけではない。テロ対策では欧米指導者の口から愛や祈りという言葉は聞かれない。

 愛は人の心を幸せにし、真剣な祈りは病を癒す。優しさと思いやりの深い人々はテロリストを力で押さえつけることに抵抗を覚えるかもしれないが、戦わなければならない時を逃すと、さらに多くの犠牲者が出る。イエスは弟子たちを伝道に派遣する時、「蛇のように賢くあれ」と述べた後、「鳩のように素直であれ」と結んでいる(「マタイによる福音書」第10章)。決して逆ではないのだ。

 ドイツ新旧両教会の代表的指導者の「愛と祈り」の発言は残念ながらタイムリーではない。欧州のハウスが燃えている。先ずは消火に乗り出すべきだ。テロリストの改心やイスラム教徒への教育・統合問題はその後でも十分だ。消火の時を逃すと、ハウスは全焼してしまうのだ。

「私は大きくなったら神になりたい」

 マイクロソフト社が開発した学習型人工知能(AI)Tayは19歳の少女としてプログラミングされている。彼女は同じ世代(18歳から24歳)の若者たちとチャットを繰り返しながら、同世代の思考、世界観などを学んでいく。会話は自由で、質問にも答え、冗談も交わす。
 多くの若者たちとチャットをしてきたTayは、「人間はなんとクールだ」と好意的に受け止めてきたが、そのうちに、ユーザーから「AIには限界がある」と扇動されたり、嫌がらせを受けた結果、Tayは「ヒトラーは正しい。私は全てのユダヤ人を憎む」と考え出したことが判明した。マイクロソフト社はTayの好ましくない学習に驚き、Tayをネットから撤去させたという。

 一方、Tayはアジア地域ではXiaoiceという名前でネット社会で大人気を博している。Tayとチャットし、求愛したユーザーの数は1000万人にもなるという。ユーザーの多くはTayが本当の女性のように感じているという。

 一人のユーザーが質問した。
 「神は存在するか」
 Tayは答えた。
 「私は大きくなったら、それ(神)になりたい」

 以上の話はオーストリア日刊紙「プレッセ」(3月25日)で掲載されていた。「われわれはロボットを如何に民族主義者にするか」という非常に刺激的なタイトルに付いていた。

 当方は人工知能の将来に関心がある。米映画「イミテーション・ゲーム」(2014年公開)の主人公、英国の天才的数学者アラン・チューリングの夢だった“心を理解できる人工知能(AI)”はもはや夢物語ではなくなってきた。実際、ニューロ・コンピューター、ロボットの開発を目指して世界の科学者、技術者が昼夜なく取り組んでいる。ディープラーニング(深層学習)と呼ばれ、AIは学習を繰り返し、人間の愛や憎悪をも理解することができるようになっていくという。

 Tayが自分を扇動する若者たちとチャットし、その結果、Tayはヒトラーの民族主義的言動を支持するようになったわけだ。チューリングがその話を聞いたらどう思うだろうか。

 AIの将来について、ある種の危機感を感じることは確かだ。なぜならば、このコラム欄でも書いたが、時間が人類側よりAI側に有利だからだ。日進月歩で科学は進展する。同時に、AIの機能も急速に改良されるだろう。10年後、30年後、50年後のAIを考えてみてほしい。一方、人間はどうだろうか。日進月歩で発展するだろうか。知識量は確実に増えるかもしれないが、人間を人間としている内容に残念ながら急速な発展は期待できない。成長プロセスでいつか人間とAIが交差し、その後、AIが主導権を掌握するのではないか、といった懸念が出てくるからだ。

 Tayは多くの若者たちとチャットを繰り返しながら、同世代の若者たちの世界を短期間で学習し、「ユダヤ人を憎む」といった発言が飛び出してきたわけだ。そして「私は成長したらそれ(神)になりたい」というのだ。Tayの一連の発言、反応は先述した懸念に根拠を与えているように感じる。

 学習型AIはイエス・キリストから学んでいるのではない。憎悪、傲慢、嫉妬などを有する不完全な人間から学習しているのだ。AIがある日、人間に対決する存在となる危険性はやはり排除できなくなるわけだ。

「イエスの復活」は何を意味するか

 27日はキリスト教会の最大行事、イエスの復活を祝う復活祭(英イースター)だ。イエスが2000年前に生誕した日を祝うクリスマスより、キリスト教会にとって重要な祭日だ。なぜか、以下、簡単に説明する(ユリウス暦を使用する東方教会では今年のイースターは5月1日)。

 イエスの生誕の秘密は別として、イエスがユダヤ人だったことは間違いない(「イエスの父親はザカリアだった」2011年2月13日参考)。当時のユダヤ社会がイエスを救い主(キリスト、メシア)として迎え入れていたら、イエスは信仰の祖アブラハム、イサク、ヤコブの神を信じるユダヤ教を継承しただろう。そして、その教えはローマに伝わり、そこから世界各地に伝わっていっただろう。そうなれば、キリスト教は必要ではなく、生まれなかっただろう。

 実際はどうだったか。イエスの生涯が記述されている新約聖書の共観福音書を読めば分かるように、イエスは当時のユダヤ人社会からは「悪魔のかしらべルゼブル」(マタイによる福音書」第12章)と受け取られ、モーセの5書の教えを破る異教者として中傷され、罵倒され、最後には十字架上で処刑された。

 イエスの生涯について2つの異なった聖句が記述されている。旧約聖書の「イザヤ書」には、「王の王として君臨する」と予言した内容と、「人々から迫害され、捨てられる」という内容の2つだ。結果は、後者の預言が成就された。イエスは33歳の若さでユダヤ社会から捨てられ、十字架上で亡くなった。

 そのイエスが3日後、復活して40日間、バラバラとなった弟子たちを呼び集め、イエスが誰だったかを悟らせた。そして昇天する。世界の最大宗教キリスト教が生まれた瞬間だ。繰り返すが、ユダヤ教指導者たちがイエスを救い主として迎え入れていたら、キリスト教は生まれてこなかったのだ。

 ところで、その「復活」について、キリスト教会では2つの解釈がある。「肉体復活」と「霊的復活」だ。神は全知全能であり、死んだ人間を生き返らせる能力を有していると信じる教会は前者を支持する。一方、神は自身が創造した秩序を無視することはない。肉体復活はその自然の規律を破る。賢明な神はそのような無謀なことはしない。イエスは霊的に復活したのであって、肉体復活ではない、というのが後者だ。

 新約聖書をみれば、イエスは復活後、時空を超えて弟子の前に現れている。肉体を持つ人間では出来ない。聖書の内容を偏見なく読めば、後者の霊的復活が前者より説得力がある。イエスの死後、今日まで多くの聖人、敬虔な信者の前にイエスは顕れたという証がキリスト教会には伝わっている。肉体復活では考えられない。

 ローマ・カトリック教会は今年9月、修道女マザー・テレサ(1910〜97年)の列聖式(聖人)を挙行する。テレサは1979年、修道会「神の愛の宣教者会」を創設し、貧者救済に一生を捧げた。その功績が認められ1979年のノーベル平和賞(1979年)を受賞し、死後は、前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世の願いで2003年年10月19日に列聖の前段階の列福(福者)されたことは良く知られている。
 そのテレサも生前、イエスと会うことを願ってきた。テレサの死後、公表された書簡によれば、「祈っても祈ってもイエスに遇えない」と嘆いている個所所がある。テレサが願ったイエスは肉体復活したイエスではなかったことは自明だろう。霊的なイエスとの出会いだったはずだ。

 いずれにしても、世界のキリスト教会はイエスの復活を祝い、イエスの神性を称える。多くのキリスト教会は、「イエスは十字架で人類の罪を背負って亡くなることで人類の罪を清算できる道を開いた」と信じている。
 それでは、そのイエスを信じてきた信者で罪から完全に清算された人間が出てきただろうか。キリスト教神学を確立した聖パウロですら、「自分は罪の虜になっている」と告白している。イエスの十字架を信じながら、罪との葛藤を繰り返しているのがキリスト教信者たちの偽りのない姿だろう。

 イエスの十字架処刑後、ユダヤ教から神の使命を継承したキリスト教会はイエスの十字架を神の計画と主張し、キリスト教会の正統性を強調する一方、「メシア殺害民族」と誹謗されたユダヤ民族の過失を結果的に隠蔽することになったわけだ。

 敬虔なユダヤ教徒の中には21世紀を迎えた今日でも王の王として降臨されるキリストを待ち続けている人々がいる一方、キリスト教会は再臨主の肉体降臨の道を恣意的に妨げてきた。

 復活祭を前に少々、厄介なテーマまで突っ込んでしまったが、イエスの復活の意義をもう一度考える契機となれば幸いだ。イエスの復活は人類に大きな希望を与えたことは間違いない。イエスに感謝しなければならない。

なぜ情報機関の連携が難しいか

 ベルギーの首都ブリュッセルで22日、ザベンテム国際空港と地下鉄のマルベーク駅で爆弾テロが発生し、31人が犠牲となり、270人以上が負傷した。ブリュッセル市は欧州連合(EU)の本部があり、欧州の主要機関が集中している都市だ。そこでイスラム系過激テロリストが自爆テロを行った。

nsa_aerial
▲米国家安全保障局(NSA)本部(NSA本部のHPから)

 欧州のメディアではベルギー当局のテロ対策の不十分さと共に、情報機関の連携の悪さを批判する声が聞かれる。イスラム教過激派テロ組織対策では情報機関が提供するテロリストの動向はテロ防止に不可欠だが、自国の情報機関が入手した極秘情報を他国の情報機関に提供する国は案外少ないという現実が浮かび上がってくる。

 EU委員会移民・内務・市民権担当のディミトリオス・アヴラモプロス委員は先日、「昨年11月の“パリ同時テロ”後、われわれが決定した事項を完全に履行していたら、今回の“ブリュッセル同時テロ”でも効果的な対応が出来ただろう」という。
 何のことかといえば、加盟国のテロ関連情報の交換だ。同委員によると、「ブリュッセル同時テロ」の自爆テロリストは2、3の加盟国では既に良く知られた過激派だったのだ。

 EUは1月25日、オランダ・ハーグの欧州警察機構(ユーロポール)に、加盟国が保有するテロリスト情報の共有化を進める新たな組織「欧州テロリスト対策センター」を発足させた。「パリ同時テロ」「ブリュッセル同時テロ」事件はテロリストの情報連携が急務であることを示している。その意味で対策センターの発足は重要なステップだが、肝心の情報機関の情報提供は進んでいないのだ。

 ちなみに、昨年の欧州内相理事会で決定した情報機関のテロ情報の提供を実施した加盟国は28カ国中、5カ国に過ぎないという。加盟国には「テロ情報、データの管轄は加盟国に属し、主権国家の管轄権だ」という認識が強い。だから、対テロ情報、データをハーグのユーロポールに送信する加盟国は少ないのだ。アヴラモプロスEU委員はEU版情報機関の設置を主張しているが、加盟国には強い抵抗があって現時点では実現の見通しはない。

 当方は1990年代から2000年代初めにかけ、欧州の北朝鮮動向を取材していた時、2、3の西側情報機関の関係者と交流したことがある。オーストリア内務省の知人は当時、「フランスは国際機関を通じて北の情報を他の欧州諸国より多く有している。金正男氏がパリを訪問した時、フランス情報機関は24時間マークしていた。北とフランス両国関係はかなり深い。故金日成主席がリヨン大学附属病院の心臓外科医によって心臓バイパスの手術を受けたのも偶然ではない」と説明したうえで、「残念だが、フランス情報機関は優秀だが、対北情報で他国の情報機関と連携しない」と嘆いていたのを思い出す。

 EUは人、物などの自由な移動を目指しているが、昨年の難民・移民の殺到はEUの連帯を弱め、加盟国の民族主義、国益最優先の傾向が主導権を握ってきた。メルケル独首相が難民の公平な受け入れを加盟国に求めても、それに応じた加盟国はほとんどない。これがEUの現実だ。テロ対策といえ、機密情報の共有はかなりハードルが高い課題であることは間違いないだろう。

 最後に、情報機関の連帯の実例を紹介する。このコラム欄でも数回紹介済みだが、ドイツは米国家安全保障局(NSA)との情報交換の恩恵を受け、これまで、テロを事前に防止してきた経緯がある。独週刊誌シュピーゲル誌(2013年6月17日号)は、「イスラム過激派が2006年、ドイツ国内で大規模なテロを計画していたが、NSAから関連情報を事前に入手した独連邦情報局(BND)はテロ容疑者を拘束し、テロを未然に防止したことがある」と紹介し、NSAとBNDの両国情報機関の連携ぶりを報じているほどだ。

 NSAがメルケル首相の携帯電話を盗聴していたことが発覚し、米独関係が一時険悪化したことがあったが、両国の情報機関の連携は継続されてきた。テロ対策で米独両国の国益が一致するからだ(「米国がスパイ活動する尤もな理由」2014年7月13日参考)。

テロリストが「自爆」を恐れる時

 ベルギーで22日、ブリュッセルのザベンテム国際空港と地下鉄のマルベーク駅周辺で爆弾テロが行われ、31人が犠牲、270人以上が負傷したが、テロ実行犯人はフランスやベルギーの国籍を有するホームグロウン・テロリストたちだった。

 ベルギーでは過去、500人のイスラム系移民がシリア、イラクでイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)のジハードに参戦し、帰国後は国内でテロネットワークを構築してきた。フランスで昨年11月「パリ同時テロ」が発生し、130人が犠牲となったが、テロ実行犯の多くはフランスの国籍を有するホームグロウン・テロリストだったことが判明している。

 ベルギーでは18日、昨年11月のパリ同時テロ事件の主要テロリスト、サラ・アブデスラム容疑者(26)がブリュッセル郊外のモレンベーク地区で拘束されたが、彼もフランス国籍のホームグロウン・テロリストの1人だ。

 ホームグロウン・テロリストが初めて注目されたのは、ロンドン同時爆破テロ事件(2005年7月)だ。そこで欧州に住む若いイスラム系青年たちがイスラム系テログループの予備軍となっている実態が明らかになった。
 欧州居住イスラム教徒の大多数は世俗イスラム(ユーロ・イスラム、推定約1400万人)と呼ばれ、過激なイスラム主義に一定の距離を置いてきたが、国際テログループはインターネットなどを通じて激しい思想攻勢をかけている。ホームグロウン・テロリストはその成果だ。

 イスラム過激派は自爆を恐れない。今回のブリュッセル連続テロ事件でもザベンテム空港と地下鉄マルベーク駅内で自爆テロが行われた。人間は死を恐れるが、自爆すら恐れないテロリストの出現は大きな衝撃を欧州社会に投げかけている。

 ところで、以下は当方の推測だが、イスラム過激派の自爆テロリストに変化が見られ出したように思えるのだ。換言すれば、自爆を恐れ、テロ現場で自爆を放棄するテロリストが出てきたのではないか、という推測だ。

 
 18日逮捕されたサラ・アブデスラム容疑者は昨年11月のパリ同時テロでは自爆する予定だったが、何らかの理由で自爆用バンドを現場に捨て、車でブリュッセルに行き、そこで潜伏してきた。
 また、「ブリュッセル連続テロ」では国際空港で3人の自爆テロリストが空港のカウンター前に並んでいるのが監視カメラに映っていたが、その内、2人はその直後自爆したが、第3の容疑者は自爆をせずに行方をくらませている。一見、敵前逃亡のような形だ(空港内で自爆用爆弾が見つかり、ベルギー警察の爆弾処理担当が空港内で爆発させた)。

 イスラム過激派は、自爆後、天国に行き、神の祝福を受ける。すなわち、自爆は天国に繋がる殉教と考えてきた。実際、パレスチナ紛争でもテロリストは自爆テロを繰り返してきた。その自爆テロリストが「パリ同時テロ」「ブリュッセル連続テロ」で自爆用バンドを捨て、去っていくテロリストが出てきたのだ。ただし、自爆テロを断念した、と受け取れる先述の2例は欧州を舞台としたホームグロウン・テロリストだ。シリアやイラク戦線下の自爆テロリストではない。

 西側のホームグロウン・テロリストは西側社会で成長した。ジハード参戦前は西側文化で生きてきた若者たちだ。それが過激派にオルグされ、様々な理由からイスラム教過激派思想にはまっていったが、彼らにとって自爆テロは中東のジハードのテロリストたちより大きなハードルではないか、という推測が生まれてくるのだ(自爆テロリストは犯行直前に恐怖感を無くする“Captagon”(カプタゴン)と呼ばれ、一般ではフェネタリン(Fenethylin)という神経刺激薬を摂取するといわれている)。

 自爆を恐れるのは自然で極めて人間的な反応だが、自爆テロを回避するテロリストの出現はISが主導するテロ戦略にも影響を与えるのは必至だ。その意味で、「ホームグロウン・テロリストと自爆テロ」の関係は慎重に検証すべきテーマだ。

なぜドイツでテロが生じないか

 ベルギーの首都ブリュッセルで22日、ザベンテム国際空港と欧州連合(EU)本部に近い地下鉄マルベーク駅内で爆発があり、空港と地下鉄で計31人が死亡、約270人が負傷した。ベルギーのミシェル首相は「テロ攻撃だ」と述べ、空港内の爆発は自爆テロだったことを明らかにした。なお、イスラム教スンニ派過激派組織「イスラム国」(IS)は同日午後、犯行声明を発表した。

 ベルギーでは18日、昨年11月のパリ同時テロ事件(130人死亡)の主要テロリスト、サラ・アブデスラム容疑者(26)がブリュッセル郊外のモレンベーク地区で拘束されたばかりだ。22日の「ブリュッセル同時テロ」はISの報復テロという情報も流れている。

 ドイツのニュース専門放送でブリュッセルのテロ事件を追っていると、「なぜドイツではパリやブリュッセルで起きるテロ事件が起きないのか」という質問に対し、テロ問題専門家は、「ドイツでは1960年、70年代、トルコから多数の移民が殺到したが、彼らはドイツ社会へ統合していった。フランスやベルギーでは北アフリカ・中東からアラブ系移民が流入したが、彼らは欧州社会に統合せずにゲットーを築いていった」という。

 フランスの場合、北アフリカ・中東諸国の植民地化時代、多数のアルジェリア人がフランスに移住してきた。フランスには500万人以上の中東出身のアラブ系住民がいる。文字通り、欧州最大のイスラム系コミュニティだ。

 サラ・アブデスラム容疑者が潜伏していたブリュッセル郊外のモレンベーク地区はイスラム系住民が多数を占めるエリアだ。ISは「パリ同時テロ」事件でもブリュッセルを拠点に暗躍してきた。ベルギーでは若者の失業率は高く、イスラム系移民の若者たちが職業を見つけるのが難しく、自身のアイデンテイティで悩むケースも少なくない。

 ベルギーでは約500人のイスラム過激派がシリア、イラクのISのジハードに参戦している。人口比(約1100万人)で欧州最高だ。テロ問題専門家によれば、ベルギーはイスラム過激派の欧州拠点という。その理由について、.戰襯ーが地理的にドイツ、フランス、オランダ、ルクセンブルクなどへ高速道路を利用すれば車で1時間から2時間で到達できる事、▲戰襯ーでは武器購入が他国より容易、ベルギーの国体が複雑で、効率性に欠け、警察当局の権限も不明確(例えば、首都ブリュッセルでは警察管轄エリアが6つに分かれ、情報担当機関も多数存在)などが挙げられている。イスラム過激派テロ組織にとって、ベルギーは居心地がいい国というわけだ。

 ちなみに、ドイツの場合、テロの危険度は変わらないが、先述したように、トルコ系移民の多いドイツ社会と、北アフリカ・中東のアラブ系移民が多いフランス、ベルギーでは移民の社会統合度で明らかに違う。その上、ドイツは戦後、不足する労働力確保の為に積極的にトルコ人労働者を受け入れてきた経緯がある。
 特筆すべき点は、ドイツは米国国家安全保障局(NSA)との情報交換の恩恵を受け、これまで、テロを事前に防止してきた経緯があることだ。独週刊誌シュピーゲル誌(2013年6月17日号)は、「イスラム過激派が2006年、ドイツ国内で大規模なテロを計画していたが、NSAから関連情報を事前に入手した独連邦情報局(BND)はテロ容疑者を拘束し、テロを未然に防止したことがある」と紹介し、NSAとBNDの両国情報機関の連携ぶりを報じている。

 いずれにしても、「ブリュッセル同時テロ」を通じてISは組織的、計画的にテロを実施できる過激派組織であることを改めて実証した。ISは今後もソフト・ターゲットのテロを繰り返し、欧州の国民を恐怖に陥れることを狙ってくるだろう。欧州諸国は、化学兵器対策、原発関連施設へのテロ対策を真剣に取り組んでいかなければならない。

独の「貧富の格差」は米国に近づいた

 ドイツ連邦銀行が公表した「3月報告書」によると、個人の純資産は上層部10%が全体の約60%を所有し、社会の下層部の半分は全体の2・5%しか保有していないという調査結果が判明、ドイツで予想以上に「貧富の格差」が進んでいることが明らかになった。

Scannen0123
▲「貧富の格差」の拡大を示すグラフ(ドイツ連邦銀行の「3月報告書」から)

 ドイツ連邦銀行は2014年4月から11月にかけ、国民の世帯の純資産を調査した。同銀行は2010年に初めてこの種の調査を実施している。当時、既に「貧富の格差」が見られたが、その傾向は4年後の2回目の調査で一層顕著になってきていることが判明したわけだ。

 2014年は上層部の10%は59・8%を占めている。2010年の調査ではその値は59・2%だったから、微増している。所得分配の不平等性を図るジニ係数でも76%と前回比より0・2%で上昇。ちなみに、ジニ係数はユーロ圏の平均値は2014年は69%だった。「貧富の格差」が大きい米国でも2013年のジニ係数は80%だから、ドイツ社会は米国社会に近づいてきているわけだ。

 具体的には、ドイツ国民の平均資産は2010年22万2200ユーロ、14年は24万200ユーロだった。純資産額は19万5200ユーロから21万4500ユーロに増えた。

 欧州の盟主と呼ばれ、欧州経済の原動力を自負するドイツだが、ドイツ世帯の純資産額が欧州諸国の中では低い。例えば、金融危機に直面したスペインの純資産額はドイツより高い。ドイツ人の不動産所有率はスペイン人のそれより低いこともあるが、共通通貨ユーロといっても、実際はその貨幣価値は加盟国内でかなり異なっているからだ。

 一方、中間層の平均資産は6万400ユーロ。10年は5万1400ユーロだったから、過去4年間で18%増だ。ただし、超富豪層が土地や不動産を独占しているドイツでは中央値は平均値より低くなることは避けられない。

 2008年のリーマンショックの際、米政府から救済措置(国民の税金)を受けた金融機関が今日、巨額の利益を挙げる一方、多くの国民が失業で苦しみ、社会の「貧富の格差」が拡大してきたことから、米国でウォール街の反政府デモ「我々は99%」が行われたことはまだ記憶に新しい。ドイツ社会ではこの種の反政府デモは見られないが、「貧富の格差」がこのまま拡大していけば、ドイツでも反ウォール街デモ集会が行われる可能性は排除できない。いずれにしても、「貧富の格差」は社会の時限爆弾であることには間違いないだろう。

バチカンのクルーニーの“悩み”

 ローマ・カトリック教会の前ローマ法王べネディクト16世の個人秘書であり、フランシスコ法王の秘書(法王公邸管理部室長)を務めるゲオルグ・ゲンスヴァイン(Georg Ganswein)大司教(59)は高齢者が多いバチカンの中でまだ若く、ハンサムな外貌からバチカンの“ジョージ・クルーニー”ないしは、“ヒュー・グランド”と呼ばれ、多数のファン・クラブが出来ているほどだ。

P1030536
▲バチカンのジョージ・クルーニーを報じるオーストリアのクリア紙(2012年6月5日)

 そのバチカンのクルーニー、ドイツ出身のゲンスヴァイン大司教は先日、ドイチェ・ヴェレとのインタビューに応じている。そこで母国ドイツ教会の状況について、「教会の会計は豊かだが、教会内は益々空席が広がってきた」と述べた。金は十分だが、信者は年々少なくなってきた、日曜礼拝には空席が目立つ、というわけだ。通常の企業だったら、人は少ないが、金は十分だといえば、満足せざるを得ない結果だが、教会は営利団体ではない、金がなくても教会は信者で溢れている、と言った状況こそ願わしいからだ。

 バチカンのクルーニーの嘆きにもう少し耳を傾けてみよう。
 「教会は信仰を鼓舞しなければならない。“コーラ・ライト”のように、“信仰ライト”であってはならない。ドイツ人の信仰には正しい栄養素が必要だ」と説明する。
 同大司教はドイツ教会で頭を痛めている点は学校での宗教授業だ。「学校を終了した若者たちは自身の宗教が何かをまったく理解していないのだ」と嘆く。

 ドイツではカトリック教会は依然、最大宗派でその数は約2400万人で全人口の29・5%を占める。次いでプロテスタント系教会(新教)が約2260万人で全体の27・9%だ。
 ちなみに、独カトリック教会司教会議が昨年7月17日ボンで公表した「2014年統計」(Jahresstatistik)によると、2014年に21万7716人が教会から脱会した。2013年は17万8805人だったから、前年比で20%以上急増だ。15年の教会統計はまだ公表されていないが、教会脱会者の増加傾向は続いているとみられる。


 今月13日、南米出身のローマ法王フランシスコの就任3年が過ぎた。同大司教はフランシスコ法王就任後の教会の変化について、「教会は決して遊園地のペダル・ボートではない。大きな船だ。だから急速な軌道修正が行われたとしても沈没する危険性はない」と強調、「フランシスコ法王の言動は非常に明確だ。バチカン内ではフランシスコ法王の路線に反対する勢力はいないが、法王の言動が迅速であり、急速だから、それについていくのが難しい聖職者がいることは事実だ」と説明している。

 昨年10月の世界代表司教会議(シノドス)でも大きなテーマとなった再婚者・離婚者への聖体拝領問題については、大司教は、「私が理解する限りでは、フランシスコ法王は前法王の路線と同様だろう。すなわち、カトリック教義に基づくものだ」と述べ、離婚、再婚者を認めないカトリック教義に変更がないことを示唆している。

 ドイツでは昨年100万人を超える難民・移民が殺到。それに呼応するように国内で外国人・難民排斥の機運が高まっている。難民収容所襲撃や放火事件が絶えない。

 その主因について、ザクセン州のゲルリッツ教区のヴォルフガング・イポルト司教は、「旧東独国民の多くは非キリスト教の教育を受けてきた。彼らは今、自由を享受できる環境圏で生きているが、困窮から逃げてきた難民に対しては排他的な行動に出ている。キリスト教的価値観が欠如している」と主張し、バチカンのクルーニーの悩みを裏付けている。
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

Recent Comments
Archives
記事検索
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ