ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2016年07月

イチローは海外日本人の誇りだ!

 イチロー選手の大リーグ通算3000本安打達成はもはや時間の問題となった。達成したら、日米メディアでイチローの偉業に対する称賛の声が溢れるだろう。大偉業まであと2本となった28日、当方はイチロー選手の偉業に対し、当方なりの記事を書きだした。記録達成の日は、当方もイチロー関連の記事を読むのに忙しく、自身の小さな感慨などを書く時間はないと思ったからだ。

 イチローの過去の記録を見れば、イチローが如何に偉大な選手であるかは一目瞭然だろう。日本での9年間、大リーグの15年間の歩みは一つ一つが記録であり、ドラマだ。

 当方にとって残念なことは、イチローの打撃をライブで見たことがないことだ。当方が36年前、日本を去った頃から、イチロー選手の活躍が始まったから仕方がない。当方は日本の野球界に登場したイチロー選手のグランド上の活躍を間接的に聞いたり、新聞を読んでフォローしてきただけだ。その意味で、当方はイチローのファンだと自慢できる資格はないかもしれない。

 当方にとって、野球の英雄は久しく巨人の長嶋選手、王選手だった。王選手がホームランの世界記録を達成した時、当方は1塁側からカメラを構えていた。長嶋選手の場合、東京の田園調布だったと思うが長嶋さんの自宅を訪問し、インタビューを申し込んだことがある。その時、「インタビューは読売広報部を通じてお願いします」と、お手伝いさんと思われる女性の声が玄関のインタフォンから聞こえただけだ。あっさりと断られた。自宅の玄関に、招いてもいないジャーナリストがインタビューを申し込んできた時、それを受けるスターなどはいないだろう。当方は当時、まだ20代の若造で、やる気だけは人一倍あったが常識に少々かけていた時代だった。

 欧州に住んでからは、長嶋・王選手は当方の記憶から薄くなる一方、トルネード投法の野茂英雄投手の動向に熱い視線を送った。ア・リーグとナ・リーグでノーヒットノーラン試合を達成した野茂の活躍は、彼が引退するまで当方の関心事だった。

 野茂投手と入れ代わるように、イチローが大リーグで様々な記憶を達成してきた。大リーグ最多安打を達成した時などは驚いた。そして今年、ピート・ローズの記録を破った。イチローの場合、常に記録がらみだった。それは華やかなホームランではなく、無失点試合といったサプライズでもない、積み重ねていく安打数が演じるドラマだからだ。もちろん、イチローの場合、安打だけではない。レーザービーム送球や華麗な盗塁は神業ともいわれている。

 そのイチローが3000本の大記録を実現しようとしている。27歳に大リーグに入ってからの大記録だ。彼が20歳で大リーグ入りしていたら、今頃どのような記録を達成していただろうか、というテーマを米野球専門誌「ベースボール・アメリカ」が21日、報じていたという。そんな気持ちを沸かせるほど、イチローの記録は驚異的だ。

 イチローは日本人の誇りだろうが、海外に居住している日本人にとっても同様だ。野球を知らない欧州の友人にイチローの大リーグの活躍話をついつい話してしまうこともある。イチローが大きな怪我もせず活躍し続けてきた背後には、人並み外れた自律と意思力があるからだろう。

 海外居住の日本人の一人として、イチローの3000本記録を喜びたい。本人は52歳まで現役でプレイしたいという。自愛して今後も頑張って頂きたい。イチローさん、一足早いが、おめでとう、そして、ありがとう。

メルケル独首相の「弁明」

 メルケル独首相はやはり凄い。40を超える質問を滞ることなく、ある時はクールに、ある時は簡明に答え、時にはしんみりとした思いを込めて説明していた。年1回開催される慣例のベルリン駐在記者たちの会見では、メルケル首相のクールさだけが目立った。記者たちが準備不足だったからではない。やはり答える側が1枚も2枚も上だったからだ。

 ドイツのバイエルン州で、今月18日ビュルツブルクで、そして22日にはミュンヘンで、24日にはアンスバッハで立て続けにテロ襲撃、銃乱射事件、自爆テロ事件が発生し、ドイツ国民は不安に陥っている(「ドイツで何が起きているのか?」7月26日参考)。
 事件が発生した直後、夏季休暇中だったメルケル首相の言動はまったくといっていいほど報じられなかった。首相はどこにいるのか、といった批判の声が国民からも聞こえたほどだ。
 一方、トーマス・デメジエール内相はミュンヘンンで銃乱射事件が起きたとき、夏季休暇をニューヨークで過ごすため機上の人だった。機内で事件を知った内相はニューヨークに到着すると直ぐに折り返し便でドイツに戻り、犯行現場に直行している。内相は事件を担当する閣僚だから当然かもしれないが、メルケル首相の反応とは好対照だった。独メディアの中には「メルケル首相にはテロ犠牲者へのエンパシー(共感)が欠けている」といった指摘すら聞かれたほどだ。

 それだけに、28日午後1時に招集された記者会見が注目されたわけだ。首都ベルリン担当のジャーナリスト向けの慣例の記者会見は通常、連邦議会の夏季休暇後(8月末)に開かれる。記者会見の早期開催の背景には、首相の難民政策への批判がこれ以上高まらないうちに手を打つべきだという配慮と、9月にはメクレンブルク=フォアポンメルン州議会選挙などを控え、8月末までのんびりと構えておれないといった計算が働いたのだろう。

 記者会見前は、メルケル首相が“難民ウエルカム”政策の修正を表明するか、ウエルカム政策の間違いを認めるかが注目された。なぜならば、シリアからドイツ入りした難民たちがテロを犯したからだ。
 メルケル首相は「(ビュルツブルクとアンスバッハの)2人のテロリストは自分たちを受け入れた国を侮辱する行為を犯した。それだけではない。難民支援者や合法的な難民に対しても侮辱している」と、「侮辱する」(verhoehnen )という言葉を何度も使ってテロリストを批判した。
 難民を受け入れてきた結果、イスラム過激派テロリストが国内でテロを起こした責任を追及されると、「政権を担当する首相として如何なる決定にも当然責任がある」と述べている。

 メルケル首相は会見では対テロ対策として新たに9点計画(Neun-Punkte-Plan)を明らかにした。内容自体は新しくはなく、既に実施中か実施が決定しているものがほとんどだ。イスラム教系難民の過激化への早期警告システムの確立、情報機関の連携強化、難民申請が却下された者の迅速な送還、そして連邦軍と警察の連携強化などが含まれている。

 メルケル首相は、「私は昨年9月、われわれはできる」(Wir schaffen das)と強調し、殺到する難民問題の解決を国民に呼びかけたが、決して安易なことではないことは知っていた。しかし、われわれの価値観を放棄することなく、この難問を克服できるはずだ。ドイツは過去、さまざまな困難に直面したが、克服してきたではないか。私は国民の不安を理解しているが、パニックになる必要はない。私は今も“われわれはできる”という確信に変わりはない。ドイツは対テロで歴史的な挑戦に直面している」と強調している。

 昨年11月13日にはパリ同時テロ事件が発生し、テロ実行犯の中には偽造難民で欧州入りした者がいたことが判明。そして大晦日に難民・移民の集団婦女暴行事件がドイツ各地でも起き、難民への国民の目が厳しくなっている。それを受け、ドイツでも受けれる難民の数が制限され、国境管理の強化、難民申請者の身元確認の強化などが実施されてきている。ただし、メルケル首相は難民受け入れの最上限設定にはこれまで一貫として拒否し続けている。

世界は本当に戦争下にあるのか

 フランシスコ法王は27日、ローマからポーランドの古都クラクフで開催中の第31回「世界青年集会」(WJT)に参加するため、ポーランド入りした。バチカン放送によると、WJTには189カ国、35万人以上の青年たちが参加している。

 フランス北部のサンテティエンヌ・デュルブレのローマ・カトリック教会で26日午前、2人のイスラム過激派テロリストが神父の首を切って殺害するというテロ事件が発生したばかりだ。それだけに、27日から始まったローマ法王フランシスコの5日間のポーランド訪問の安全問題が懸念されている。

 法王はWJTのイベントの他、ポーランド南部チェンストホヴァ市のヤスナ・グラ修道院にある聖画「黒い聖母」を訪れ(28日)、その前で祈り、29日には、ナチス・ドイツ軍の強制収容所アウシュビッツを訪問する(ローマ法王がポーランドを訪問したのは過去、11回ある。そのうち、故ヨハネ・パウロ2世が9回、ベネディクト16世1回)。

 ローマ法王はポーランドのアンジェイ・ドゥダ大統領、ベアタ・シドゥウォ首相ら同国指導者たちと会見した際、難民の受け入れを強く要請している。右派与党「法と正義」が主導するシドゥウォ政権はハンガリーのオルバン政権と同様、シリア、イラクなどからのイスラム教難民の受け入れを頑なに拒否している。フランシスコ法王は、「不安を乗り越えるために少しの賢明さと慈愛が求められる。誰でも安全で幸せを求める権利がある。この戦争を乗り越えて行くには、国際間の協力が不可欠だ」と諭している。

 そのうえで、南米出身の法王はポーランド国民にキリスト教信仰の重要さを確認し、「民族の伝統、アイデンティティを失ってはならない」と警告を発している。それに先立ち、ポーランドのクラクフ大司教のスタニスワフ・ジーヴィッシュ枢機卿は26日のWJTの開会式で「WJTが信仰に改めて覚醒できる機会となることを願っている」と述べている。ポーランドでも民主化後、世俗化が進む一方、カトリック教会の影響力が弱まってきている。

 ところで、フランシスコ法王はローマからポーランドへの飛行途上、フランス教会神父殺害テロ事件に言及し、「世界はもはや安全でなくなったという。正しく表現すれば、世界は目下、戦争下にあるからだ。それは宗教戦争ではない。利益争奪戦であり、金、地下資源の奪い合いであり、民族の覇権争いだ」と指摘している。

 欧州ではフランス、ベルギー、ドイツでイスラム過激派テロ事件が多発し、26日には遂に仏カトリック教会の神父が殺害された。テロは欧州だけではない。バングラデシュのダッカのレストランで襲撃テロ事件が起き、7人の日本人を含む20人がイスラム過激派テログループの犠牲となったばかりだ。テロだけではない。様々な凶暴な殺人事件が起き、人種問題は再熱し、ワイルドな資本主義社会では「貧富の格差」が益々拡大している。グローバルな世界で伝統的な生活、価値観がその生命力を失い、多様化という言葉で混乱が生まれている。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が公表したところによると、昨年末時点で、武力紛争などで国外に逃れた難民や難民申請者、国内で住居を追われた避難民の総数が6530万人に上ったという。フランシスコ法王は多分、それらを全部含めで「世界は今、戦争下にある」と語ったのだろう。

 それでは、誰が戦争を始めたのか。われわれは加害者か、被害者か。どうしたら戦争を終焉させることができるのか。フランシスコ法王はそれらの問いに誰にも理解できるように回答できるだろうか。法王が強調したように、宗教戦争ではないだろう。しかし、世界が戦争下にあるとしたら、宗教指導者は責任を免れないのではないか。

仏教会神父殺害テロ事件の衝撃

 フランス北部のサンテティエンヌ・デュルブレのローマ・カトリック教会で2人のイスラム過激派テロリストが神父(86)を含む5人を人質とするテロ事件が発生したが、2人は特殊部隊によって射殺された。フランス警察当局によれば、神父は首を切られ殺害されたほか、1人が重傷、他の3人は無事だったという。

 事件の報告受けたオランド大統領はカズヌーブ内相を連れて現地に飛び、「恥ずべきテロ事件だ」と激しく批判し、フランスは目下、イスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)と戦争状況にあると強調した。ヴァルス首相は「野蛮な行為だ」と、教会内の蛮行を激しく批判している。

 フランス革命記念日の日(7月14日)、フランス南部ニースの市中心部のプロムナード・デ・ザングレの遊歩道付近でトラック突入テロ事件が発生したばかりだ。慣例の花火大会が終了した直後、チュニジア出身の31歳の犯人がトラックで群衆に向かって暴走し、少なくとも84人が犠牲となった。


 ローマ・カトリック教会の総本山、バチカンでは、フランス教会のテロ襲撃事件が伝わると、大きな衝撃と憤りが広がっている。バチカンのロンバルディ報道官によると、ローマ法王フランシスコは、「憎悪に基づいた如何なる行為も認めることはできない」と批判し、犠牲者のために祈ろうと述べたという。

 テロ襲撃時、教会は慣例の朝拝中だった。2人のテロリストは教会の後ろ入口から侵入すると、礼拝中の神父をひざまずかし、アラブ語で何かを喋った後、神父の首を切り、殺害した。教会には神父、2人の修道女、そして3人の礼拝参加者(信者)がいた。1人の修道女が逃げ、警察に通報したため、テロ対策の特殊部隊が1時間半後には教会に到着し、教会から出てきたテロリストを射殺したという。

 ISは過去、ローマ・カトリック教会を批判し、ローマ法王の暗殺を示唆してきた。ISのテロリストがカトリック教会の礼拝中を襲撃し、聖職者を殺害したのは欧州教会では初めてだ。それだけに、バチカン法王庁だけではなく、欧州のカトリック信者たちにも大きな衝撃を与えている。

 当方はこのニュースを聞いた時、「教会の朝拝には本当に数人の信者しかいなかったのだろうか」と考えた。多分、事実だろう。フランスは欧州の代表的なカトリック国家だが、地方教会の平日の朝拝に参加する信者は多くはいないのだろう。同じカトリック国のオーストリアでも平日の朝拝となれば、大都市ウィーンでも10人を超えることはめったにない。

 それでは、なぜイスラム過激派テロリストは朝拝参加者が少ない地方の教会をわざわざ選び、襲撃したのか、という疑問が浮かんでくる。テロリストの誤算だったのか。
 
 看過できない事実は、2人のテロリストは神父をナイフで首を切って殺害したことだ。拳銃で射殺できたはずだ。刃物で首を切る殺害は異教徒への憎しみがあるはずだ。すなわち、イスラム過激派テロリストは神父の首を切って殺すことで、異教徒への憎悪を表現したと受け取るべきだろう。テロリストは、地方の信者の少ない教会の朝拝時間が最も確実な犯行時間と考えたのかもしれない。
 ちなみに、テロリストの一人、19歳の男は昨年、シリアに行ってISの聖戦に参戦しようとしたが、トルコで拘束され、フランスに戻された。男の足にはGPS監視装置が着けられていたという。

 昨年4月、チュニジア出身の青年がカトリック教会を襲撃するテロ計画を企ていたことが発覚した。イスラム過激派テロリストは今回、世界最大のキリスト教会、ローマ・カトリック教会に「次はお前たちだ」というメッセージを発信したわけだ。

 殺害された神父が所属していたルーアン大教区のLebrun大司教は、「宗教戦争にしてはならない」と警告を発し、イスラム教徒とキリスト教信者の和解・共存をアピールしている。

拳銃と爆薬はどこから入手したか

 ミュンヘンの銃乱射事件の犯人は18歳の学生だった。イラン系ドイツ人の犯人はグロック17(Glock17)でマクドナルド店の前、オリンピア・ショッピングセンター(OEZ)内で乱射し、9人を射殺した後、自身も頭を撃って自殺した。

 犯人はタクシー運転手で生計を立てる両親の家に住んでいた。その学生がどこからグロック17を入手したかが捜査担当官の最初の疑問だったはずだ。
 ミュンヘン警察当局が学生の自宅から押収したPCやデジタルカメラを分析したところによれば、犯人が使用したグロック17は登録されていなかった。犯人はインターネット上のダークネット(Darknet)を通じて、使用できないように処理された劇場用のグロック17を買い、それを使用可能に再改造したのではないかという。
 ちなみに、グロック17はオーストリア製で警察官や情報機関エージェントなどが使用する自動拳銃で世界的に高品質の拳銃として有名だ。

 一方、アンスバッハの場合、27歳のシリア難民は自爆し、同時に少なくとも15人を負傷させた自爆爆弾をどこから入手したのだろうか。彼のリュックサックにはメタル製の釘などが入っていたという。爆発の際、多くの被害をもたらす狙いがあったことが伺える。
 難民がイスラム過激派テロ組織『イスラム国』(IS)に忠誠を誓ったビデオが発見されたことから、自爆事件は自爆テロ事件というべきかもしれない。

 しかし、イスラム過激派自爆テロと断言するには問題もある。彼は過去、2回自殺未遂し、精神科医のもとで治療を受けていた。同難民を知るパキスタン人は「彼が祈っているところを見たことが無い」と証言している。その意味で、シリア難民は典型的なイスラム過激派ではなかった可能性が高い。
 ドイツ連邦政府のトーマス・デメジエール内相は、「イスラム教過激思想と精神的病がミックスしたような状況下で、自爆が行われたのではないか」と受け取っている。一方、バイエルン州のヨハヒム・ヘルマン内相は、「自爆装置をもち、多くの人々が集まる野外音楽祭に出かけたという状況はイスラム過激派自爆テロリストの行動だ」と強調している。

 問題は、繰り返すが、27歳の精神的病に悩んでいたシリア難民がどのようにして爆弾を入手したかだ。共犯者がいたのか、それとも自爆爆弾を独自で製造したのか(家宅捜査では爆弾製造用の材料が見つかっている)。

 ミュンヘンの銃乱射事件後、ベルリンでは銃の規制強化を主張する声が聞かれる。一方、アンスバッハの場合、難民申請が却下された後も送還されることなく、ドイツに滞在し続けている難民が少なくないという問題が浮かび上がっている。
 27歳のシリア難民はブルガリアとオーストリアで難民申請をし、ブルガリアでは受理されている。ドイツ側に説明によると、「男は精神的病にあって、強制送還できる健康状況ではなかったからだ」という。

 ところで、イスラム過激テロ事件では最近、一種の“請負キラー”のような性格を有したテロ事件が見られる。イスラム教の信仰、イデオロギー、カリフ制国家を建設するため「聖戦」に参加するといったテロリストが減る一方、家族や氏族のためにテログループから経済的支援を受ける引き換えに、テロを行う活動家たちが増えてきているのではないだろうか。

 アンスバッハの例を考える。彼は麻薬犯罪で逮捕されたことがある。麻薬購入のため金が必要だった。そのうえ、彼は過去2回、自殺未遂している。また、彼には犯行12日前にブルガリアへの強制送還決定が下っている。人生の意味を失っていた27歳の彼は自爆テロを行うことで自身の人生に意味を与えて決着をつけようとしたのではないか。すなわち、イスラム過激思想云々は二次的な理由に過ぎなかったのではないか。彼に資金と爆薬などを提供した本当のテロリスト(共犯者)が潜んでいるのではないか。

ドイツで何が起きているのか?

 ドイツで過去7日間(7月18日〜24日)、銃乱射事件、難民(申請者)によるテロ、殺人事件が続けざまに起きている。先ず、時間の経過に従ってまとめる。


<7月18日(月)>

 ドイツ南部バイエルン州のビュルツブルクで18日午後9時ごろ、アフガニスタン出身の17歳の難民申請者の少年が乗っていた電車の中で旅客に斧とナイフで襲い掛かり、5人に重軽傷を負わせるという事件が起きた。犯行後、電車から降りて逃げるところを駆け付けた特殊部隊員に射殺された。少年の犯行動機、背景などは不明。目撃者によると、少年は犯行時に「神は偉大なり」(アラー・アクバル)と叫んでいたという。
 バイエルン州のヨハヒム・ヘルマン内相が19日明らかにしたところによると、少年の部屋から手書きのイスラム過激派組織「イスラム国」(IS)の旗が見つかったという。少年は1年前に難民としてドイツに来た。保護者はいなかった。ISはその直後、少年の犯行を称賛している。

<7月22日(金)>

 ドイツ南部バイエルン州の州都ミュンヘンで22日午後5時50分ごろ、135店舗が入ったミュンヘン最大のオリンピア・ショッピングセンター (Olympia-Einkaufszentrum)周辺で、9人が射殺され、27人が負傷するという銃乱射事件が発生した。
 ミュンヘンのフベルトス・アンドレ(Hubertus Andra) 警察長官が23日午前、記者会見で明らかにしたところによると、“反佑魯潺絅鵐悒鵑暴擦爍隠減个離ぅ薀鷏呂離疋ぅ朕諭↓犯人は犯行現場から少し離れた場所で自殺していた、H反佑老銃(グロック17)を所持、と塙堝圧,鰐世蕕ではないが、イスラム過激派テロ組織「イスラム国」(IS)との繋がりは見つかっていない。
 犯人は1年前から犯行を計画。過去の大量殺人事件に強い関心を注ぎ、バーデン・ヴェルテンブルク州ヴィネンデンで発生した銃乱射事件(2009年3月11日)の犯行現場を訪れ、写真を撮ったり、ノルウェーのアンネシュ・ブレイビク容疑者(37)がオスロの政府庁舎前の爆弾テロと郊外のウトヤ島の銃乱射事件で計77人を殺害した事件に関心を寄せ、ブレイビクと同じように犯行前にマニフェストをまとめている。
 ミュンヘン警察当局は現在、「犯人とISとの関係はなく、精神的に鬱状況下で大量殺人に走った可能性が高い」という。24日の捜査段階では、犯人は社会フォビアに悩み、鬱で病院の治療を受けていたことがあったことが確認された。

<7月24日(日)>

 .疋ぅ墜酩凜丱ぅ┘襯鷭のアンスバッハで24日午後10時10分ごろ、シリア難民の男(27)が現地で開催されていた野外音楽祭の会場入り口で持参した爆弾を爆発させた。地元警察当局によると、男は死亡、少なくとも12人が負傷し、そのうち3人は重傷。
 男は2年前に難民申請を提出したが、昨年申請は却下された。男は野外音楽祭に入って自爆する計画だったが、チケットを持っていなかったため入場できず、会場前で爆発した。男は過去、2回自殺未遂をするなど、精神的病にかかっていた。音楽祭には約2000人が集まっていた。爆発後、音楽祭は急きょ、中止された。男の自爆がイスラム過激派の自爆テロだったのか、自殺目的の爆発だっかは目下不明。バイエルン州のヨハヒム・ヘルマン内相は、「イスラム過激派の自爆テロの可能性が考えられる」と述べている。

 ▲疋ぅ墜鄒症凜蹈ぅ肇螢殴鵑韮横監午後4時半ごろ、シリア人難民申請者の男(21)が知り合いのシリア女性(45)をなたで殺害し、周辺にいた男女2人を負傷させた。男は警察に直ぐに拘束された。警察当局の説明によると、事件はテロとの関連はないという。



 昨年1月から今年上半期にかけフランス、ベルギーでテロ事件が多発したが、ドイツではこれまで大きなテロ事件は生じてこなかった。それが18日から24日の1週間、テロ事件、銃乱射事件、自爆事件、殺人事件が立て続けに起きた。

 テロと断定できる事件は18日の斧襲撃テロだけ。アンスバッハのシリア難民の自爆事件は、イスラム過激派の自爆テロの可能性が排除できない。後の2件は人間関係が原因の殺人事件と精神的病にあった犯人の銃乱射事件(Amoklauf)だ。
 一方、4件の共通点は,‘駝院移民が直接的、間接的に関与していること、犯人、容疑者は青年たち、H塙圓いずれもドイツ南部に集中していた点だ。

 18日の斧によるテロ襲撃事件は17歳のアフガニスタン出身の難民、24日のロイトリゲンの事件は21歳のシリア難民申請者の青年、自爆事件は27歳のシリア難民。9人の犠牲が出たミュンヘンの銃乱射事件の犯人は18歳でイラン系のドイツ人だった。犯行はドイツ南部のバイエルン州と南西部のバーデン=ヴュルテンブルク州で起きている。

 4件の事件が立て続けに起きたことについて、昨年から今年にかけて100万人を超える難民・移民がドイツに殺到した結果が出てきたのだという指摘がある。犯人、容疑者が難民、申請者、移民出身者であったという事実と、犯行がドイツ南部に集中していたことがそれを裏付けているからだ。バイエルン州で昨年100万人を超える難民がシリア、イラク、アフガニスタンからバルカンルート、オーストリア経由で殺到。同州のゼ―ホーファー州知事はメルケル首相の難民ウエルカム政策の修正を強く要求した経緯がある。

 いずれにしても、ドイツ国民はテロの恐怖を肌で感じだしている。一人の中年のドイツ人女性は、「紛争下を命がけで逃げてきた難民に対しては申し訳ないが、われわれは“トロイの木馬”を引き入れてしまった」と述べ、難民の中にイスラム過激派テロリストが紛れ込んでいたと嘆いていた。

独ミュンヘン銃乱射事件の「教訓」

 独南部バイエルン州ミュンヘン市内のオリンピア・ショッピングセンター(OEZ)周辺で22日午後発生した銃乱射事件には約2300人の警察官、それにドイツが誇る対テロ特殊部隊(GSG9)、それに隣国オーストリアから欧州一の特殊部隊といわれるコブラ部隊40人が動員された。犯行上空にはヘリコプターが旋回し、犯行現場を空から監視した。ドイツ犯罪史上でもまれにみる大規模な捜査網だ。

 事件発生当初,犯人はイスラム過激派テロリストで3カ所から銃弾の音が聞こえたこと、犯人は「神は偉大なり」と叫んでいたといった目撃者の証言があった。犯人は短銃ではなく、長銃(Langwaffen)を所持していたという情報から、市内でも銃撃戦が始まったという情報まで流れた。
 実際は、18歳のイラン系ドイツ人であり、単独犯行だった。犯人はオーストリア製拳銃グロック17を所持していたが、機関銃や長銃は持っていなかった。ミュンヘン警察関係者が23日の記者会見で発表した内容によると、「イスラム過激派テロ組織『イスラム国』(IS)との関連性は見当たらず、過去の大量殺人事件に関心を注ぐ精神的病の持ち主の可能性が高い」という。

 すなわち、事件当初、独メディアが流していた目撃者情報やソーシャル・メディアの情報の多くは誤報だったわけだ。犯人複数説は単独犯行に、所持していた武器も事実と異なり、イスラム過激派テロ説は自宅捜査の段階では根拠がまったくなかった。

 犯人が犯行後、自殺したのは午後8時半ごろだった。警察側が犯人の遺体を確認している。にもかかわらず、ミュンヘン警察側は深夜まで警戒態勢を敷いていた。その背後には、別の犯人が潜んでいるという目撃者情報やソーシャルネット情報があったからだという。ミュンヘンの銃乱射事件は捜査初期から様々なソーシャル・メディアに流れる情報に踊らされたわけだ。

 警察広報担当官は、「何らかの情報を入手したならば、警察側に先ず報告していただきたい。情報の真偽を確認せずにソーシャルメディアに流せば、警察側の対応にも支障が出てくる」と警告を発したほどだ。

 ドイツ民間放送は目撃者が撮った2本のビデオを流していた。1本は犯人が犯行現場のマクドナルド店前で銃を乱射し、市民が逃げているシーンが生々しく映されていた。別のビデオでは、犯人が周辺に住んで居る若者と話をしているシーンだ。犯人はそこで自身が精神的病で治療を受けていたことを吐露している。
 両ビデオとも犯人の動向を伝える貴重なビデオだが、事件解決前にメディアに公表されたことで捜査側にも混乱が生じたことは事実だろう。ただし、犯人が自殺した現在、両ビデオ、特に後者は重要な情報源だ。犯人が直接、自身の病や生活状況を語っていたからだ。

 ソフトターゲットを狙ったテロ事件や銃乱射事件では、ソーシャル・メディアが大きな役割を果たすことは実証済みだが、ミュンヘンの場合、捜査を誤導し、混乱をもたらす結果ともなったわけだ。ミュンヘンの銃乱射事件は、テロ対策とソーシャル・メディアの役割について、貴重な教訓をもたらしたといえる。

独銃乱射事件の犯人と「ブレイビク」

 ドイツ南部バイエルン州の州都ミュンヘンで22日午後5時50分ごろ、135店舗が入ったミュンヘン最大のオリンピア・ショッピングセンター (Olympia-Einkaufszentrum)周辺で、9人が射殺され、27人が負傷するという銃乱射事件が発生した。

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▲ ミュンヘンのアンドレ警察長官の記者会見(23日、ドイツ民間放送から撮影)ウィーン小川敏、2016年7月23日

 ミュンヘンのフベルトス・アンドレ(Hubertus Andra) 警察長官が23日午前、記者会見で明らかにしたところによると、“反佑魯潺絅鵐悒鵑暴擦爍隠減个離ぅ薀鷏呂離疋ぅ朕諭↓犯人は犯行現場から少し離れた場所で自殺していた、H反佑老銃(グロック17)を所持、と塙堝圧,鰐世蕕ではないが、イスラム過激派テロ組織「イスラム国」(IS)との繋がりは見つかっていないという。

 ミュンヘン警察当局は現在、「犯人とISとの関係はなく、精神的に鬱状況下で大量殺人という蛮行に走った可能性が高い、という方向で捜査を進めている」という。

 警察当局は犯行直後、約2300人の警察官を動員する一方、イスラム過激派テロリストの襲撃事件を想定、対テロ特殊部隊(GSG9)にも動員を要請。ショッピングセンター上空にはヘリコプターが旋回し、空から犯行現場を監視するなど厳重警戒態勢を敷いた。市民にはスマートフォンの警報システム(Smartphone-Warnsystem Katwarn) を通じて、自宅から出ないように呼びかけた。同時に、ミュンヘン市中心街につながる地下鉄の運行を停止させる一方、タクシー業者に対しては警戒解除されるまで客をとらないように要請するなど、大規模な警戒態勢を敷いた。事件発生当初、犯人は3人という複数説が流れていた。

 ドイツのメディアは事件発生直後からブレーキング・ニューを流し、事件の進展を報道。市民が撮影した犯行現場のビデオによると、犯人はシッピングセンター前にあるマクドナルドから出てくると、路上の市民に向かって発砲を繰り返し、市民が慌てて逃げる姿が映っていた。

 興味深い点は、18歳の犯人は、ノルウェーのアンネシュ・ブレイビク容疑者(37)がオスロの政府庁舎前の爆弾テロと郊外のウトヤ島の銃乱射事件で計77人を殺害した事件に強い関心を寄せていたことだ。犯人が犯行した22日はブレイビクの大量殺人事件5年目(2011年7月22日)に当たる。犯人は意図的に22日に犯行を実行したのではないか、という推測が浮かび上がってくる。

 ミュンヘン警察関係者が明らかにしたところによると、ミュンヘンの犯人は他人のフェイスブックを利用し、マクドナルドに招待するという趣旨のメールを送信し、若者たちを呼び集めていたという。ブレイビクがウトヤ島で開催されたノルウェ―労働党青年部の集会に参加した若者たちを次々と射殺していったように、ミュンヘンの犯人はマクドナルドに来た若者たちを射殺する計画だったのではないか。実際、犯人のリュックサックには300個以上の弾薬があったという。

 なお、バイエルン州では18日午後9時頃、ビュルツブルクでアフガニスタン出身の17歳の難民申請者の少年が乗っていた電車の中で香港からきた旅客に斧とナイフで襲い掛かり、5人に重軽傷を負わせるという事件が起きたばかりだ。少年は犯行後、電車から降りて逃げるところを駆け付けた特殊部隊員に射殺された。少年の部屋から手書きのイスラム過激派組織「イスラム国」(IS)の旗が見つかっている。
 ミュンヘンの銃乱射事件は当初、ビュルツブルクのテロ事件と同様、ISと関連したテロ事件と受け取られていた。犯人の自宅から押収されたPCの分析が終了していない段階ではテロ説を完全には排除できないが、ミュンヘンの銃乱射事件は精神病下にあった青年がブレイビクのような蛮行に走った可能性が目下、現実的だ。

 なお、バイエルン州のゼ―ホーファー州知事は23日、「安全なくして、真の自由はない」と強調し、治安の改善のため努力していくと述べる一方、23日に予定されていた全イベントの開催中止を明らかにした。

トルコの政治難民が欧州に殺到?

 オーストリア日刊紙「エステライヒ」によると、オーストリアには約28万人のトルコ系出身者が住んで居るが、そのうち13万5000人はトルコ国籍所有者だ。前回の総選挙結果から判断すると、そのうち約70%がエルドアン大統領の「公正発展党」(AKP)を支持し、15%が「民族主義者行動党」(MHP)を、15%がクルド系政党「国民民主主義党」(HDP)を支持している。ちなみに、オーストリア居住の90%以上のトルコ人は今回の軍一部のクーデターを拒否しているという。

 クーデター未遂事件が報じられると、オーストリア居住のトルコ系住民が無許可のデモ行進を展開し、エルドアン大統領の支持を訴える一方、クーデター派を批判。ウィーン市内ではクルド系レストランがデモ参加者に破壊されるという騒動もあった。「クーデター派の首をとれ」といった激しい檄を書いたプラカードを掲げる参加者もいたという。オーストリア憲法保護局はトルコ人の動員力に驚いたという。

 トルコ系住民のデモに対し、オーストリアの大統領候補者ノルベルト・ホーファー氏は、「トルコの最大少数民族クルド系住民を攻撃するなど、トルコ国内問題を海外に持ってきて展開し、民族紛争を煽ることは許されない」と批判。セバスチャン・クルツ外相も、「トルコ国内の混乱がオーストリアのトルコ社会にまで波及して、騒動が起きることを懸念する」と述べている。

 クーデター未遂後、エルドアン大統領はクーデター蜂起の主体勢力は米国亡命中のイスラム指導者ギュレン師だと名指しで批判し、米政府に同師の引き渡しを要求する一方、トルコ当局は、クーデター事件に関与した軍人らを拘束し、公務員を停職処分、教育関係者や報道機関にも粛清の範囲を拡大、放送免許を取り消されたラジオとテレビ局・チャンネルは24に及んでいる。粛清された公務員や教育関係者、マスコミ関係者はギュレン師支持派だという。


 エルドアン大統領の強権政治が強化され、野党派勢力、ギュレン師派関係者が今後も弾圧されれば、彼らが国外に亡命するケースが予想される。同大統領は20日、非常事態を宣言し、「欧州人権宣言」の一時停止などを仄めかし、反政府への弾圧を強めている。

 欧州の入り口に位置するオーストリア政府は、シリア、イラク、アフガニスタンからだけではなく、トルコ系移民、難民がバルカン諸国経由でオーストリア国内の親戚を頼って移住してくるのではないかと懸念しているほどだ。

 欧州連合(EU)はトルコ政府とシリア、イラクからの難民対策で協定を締結し、トルコ国内で難民申請とその身元確認を実施し、大量の難民・移住者がコントロールなく欧州に殺到するのを阻止することで合意したが、トルコでクーデター未遂事件が発生したことから、EUとの合意が履行できるか分からなくなってきた。それだけではない。トルコ国内の反体制派が大量に欧州に政治亡命してくるシナリオが新たに加わってきたのだ。

 なお、ドイツでは2005年から始まったトルコのEU加盟交渉の中止を求める声が高まっている。ドイツ週刊誌フォークスによると、ドイツ国民の75%がトルコとの交渉中断を支持しているという。オーストリア代表紙プレッセ22日付は一面トップに「トルコ、欧州から別れ」という大見出しを掲載している。

独英首相会談は和気藹々?

 もちろん、会った瞬間、つかみ合いの喧嘩が始まるとは考えていなかったが、こんなに和気藹々とした雰囲気で会談し、記者会見で双方が笑みを交わし合うなどとは想像していなかった。

 英国のメイ新首相が20日、欧州連合(EU)離脱決定後、初の外遊先にドイツを選び、ベルリンでメルケル首相と会談、英国の離脱交渉の行方について意見交換した。

 同日の夜のニュース番組で視たが、記者会見ではメルケル首相が非常にリラックスしていたのには少々驚いた。“EUの盟主”としてドイツの重荷は益々大きくなり、メルケル首相が笑顔を見せる機会は少なくなってきた。そのメルケル氏がメイ氏との記者会見では終始笑顔が絶えなかったのだ。

 一方、メイ首相はEUの大先輩でもあるメルケル首相に敬意を払って礼儀を尽くす一方、“第2のサッチャー”ともいわれるその指導力を発揮しながら堂々と振る舞う姿はとても印象的だった。

 国民投票でEUからの離脱が決定した直後のキャメロン前英首相とEU指導者たちの間の会話を思い出してほしい。キャメロン氏は予想外の離脱決定に落胆し、その声も張がなかったのは致し方がないが、そのキャメロン氏に対し、ユンケルEU委員長やメルケル首相は、「英国国民の決定を尊重する。英国が速やかに離脱の意向をブリュッセルに通達し、離脱交渉を開始することを願う」と述べる一方で、「英国は離脱するまでは加盟国としての義務を完全に履行し、加盟国としての利点だけを享受する考えは絶対に受け入れられない」と述べているのだ。

 数日前まで重要な加盟国だった英国の首脳に対し、ユンケル委員長もメルケル首相もかなり強い語調で話していた。もちろん、英国の離脱決定が他の加盟国に波及することを阻止するという政治的な狙いがあったからだが、「政治の世界って、冷たいな」と感じさせられたほどだ。

 だから、というわけではないが、メイ首相がEUの女性指導者メルケル首相と会談すると聞いた時、会談はどうなるだろうかと他人事なら心配せざるを得なかったわけだ。

 メルケル首相曰く、「英国は離脱の準備のため一定の時間が必要だ」と述べ、離脱交渉は来年の年明けから始めることに理解を示した。メルケル首相は英国の離脱決定直後、「離脱決定の通達が届くまでは一切の前交渉はしない。離脱通達が迅速に行われることを期待する」と述べていた。そのメルケル氏が「離脱の準備のためには時間が必要」と英国の立場に理解を示したというのだ。

 メルケル首相とメイ首相との首脳会談でどのような話が行われたかは分からないが、記者会見の内容から推測できることは、メイ新首相はメルケル首相の理解を勝ち取ったといえるだろう。

 メルケル首相とメイ首相は会談テーマが難問だったが、和気藹々の雰囲気で会談できたのは、両首相が聖職者の家庭の娘として育ち、結婚後、子供がいないなど、共通点があるからかもしれない。

 もちろん、両首相の笑顔に騙されてはならないだろう。リスボン条約50条に基づく離脱交渉は双方にとって初体験であり、国の利害が密接に関わるテーマだ。それだけに交渉はハードだろう。英国がもはやEUのファミリーでなくなったため、メルケル首相はメイ首相をファミリーの一員として接することはできないので、友人として親交を温めことになるわけだ。
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