ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2016年10月

「冬時間」の到来と微かな憂鬱

 欧州で30日、夏時間(サマー・タイム)は終わり、冬時間(標準時間)に入った。同日午前3時は1時間戻り、午前2時になった。睡眠不足の人にとって1時間、長く眠れる。今年はここ数年の冬とは違い、長い、厳しい、本格的な冬の訪れが予想されている。

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▲クリスマス・シーズン幕開けを楽しむウィーン市民(2013年11月16日、撮影)

 夏時間の場合、一時間短縮されるので「損した」といった思いが出てくるが、これから日々、明るくなると考えれば希望を感じるから、「1時間損した」と文句を言い続けることはない。

 音楽の都ウィーン市で先週、朝は靄がかかり、微かに雨が降る日が続いた。ガラス窓は露で濡れる。日中は太陽は見られず、一日中、曇っていた。
 このような時期になると、オーストリア人は憂鬱になる。気分がさえない。本格的な鬱に陥る人も出てくる。ウィーン市の欧州最大総合病院、AKH病院では「秋冬の鬱」(Herbst-Winter Depression)に悩む市民を受け入れる緊急受付窓口を開いているほどだ。
 多くの場合は日光不足が原因だ。だから光治療を受ける。一日30分ほどランプの光を受けると、軽い鬱状況は回復する。重い鬱の患者には医者は薬を出す。オーストリアでは鬱を国民病(Volkskrankheit)と呼ぶ。

 テーマに戻る。時間は極めて相対的だ。客観的な時間と主観的な時間がある。嬉しい時はあっという間に過ぎてしまうが、苦しい時は時間は案外スローテンポだ。多くの人は体験済みだろう。聖書でも「永遠は瞬間であり、瞬間は永遠だ」といった内容が記述されている。ビックバーン後、宇宙は膨張してきた。われわれが今、目撃しているものは創造の出発時のものといわれる。

 最近、朝早起きの著名人や政治家の話をよく聞く。ノーベル文学賞を今年も逃した村上春樹氏は毎朝5時には起床し、仕事を始めるか、ランニングするという日課を堅持している。その日課のリズムが狂うと、書くこともできなくなるという。

 独週刊誌シュピーゲルによると、フランソワ・オランド仏大統領(62)は村上春樹氏(67)より1時間、早起きで毎朝4時起床だ。その後、スマートフォンで昨日世界で起きたニュースをチェックするという。その仕事が終わると、オランド大統領は午前6時ごろ、またベットに戻る。
 同大統領の伝記が最近出版されたが、「フランス人は眠れない人が多いので、睡眠薬を飲む人が多いが、大統領は薬の助けはなくても夜10時半にはベットに入る」という。

 当方は11月生まれのせいか、これまで冬が好きだった。厚いマンテルに身を包み、町の小さな喫茶店で一杯のコーヒーを飲みながら、新聞を読む時が至福の時間だった。しかし、年をとるにつれて、冬が少々、重荷になってきた。同時に、町でコーヒーを飲む習慣も数年前から止めた。朝食時のコーヒー一杯と、昼食後の一杯のコーヒーを自宅で楽しむだけだ。若い時、ロシア風ラム酒入りティ―に凝ったことがあったが、今はそのような冒険はしない。

 冬時間に入った日、当方は「次の夏時間はいつから始まるのか」と考えている有様だ。

人はどれだけの間「言葉を失う」か

 スウェ―デンのノーベル文学賞選考委員会もホッとしただろう。しかし、受賞発表後(10月13日)、2週間あまり音沙汰なく、受賞連絡の電話にも本人が出なかったことに苦々しい思いが高まっていた矢先だけに、完全には喜べないかもしれない。

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▲ノーベル文学賞受賞で「言葉を失った」ボブ・ディラン氏(ウィキぺディアから)

 2016年ノーベル文学賞受賞者、音楽家のボブ・ディラン氏は28日、電話をして「受賞を感謝している。本当に驚き、言葉を失ったほどだ」と、不通であった2週間余りのご無沙汰を間接的に詫びたという。

 小説家ではない、音楽家の同氏の受賞後の対応にはさまざまな反応があった。「彼は受賞を拒否するつもりだ」というものから、「なんと傲慢な対応だ」といった批判まであった。それにしても「終わりよければ、全て良し」だ。ストックホルムの文学賞選考委員会もなんとか面子が保たれた格好だ。

 ところで、根が単純な当方はボブ・ディラン氏が受賞発表後、2週間余りも受賞受諾に関するコメントを控え、雲隠れしていたことに少々驚いてきた。受賞が嬉しければ、即感謝の返答をし、そうではない場合、「ノーベル賞は私の人生哲学と合致しない」と堂々と宣言して、受賞問題に幕を閉じれば良かっただけだ。

 しかし、そこは世界のボブ・ディランだ。メディアには分からない特別な事情があったのかもしれない。だから、ここでは何もいえない。いずれにしても、受賞拒否という最悪の事態は回避できたわけだ。

 ここでは、同氏が2週間余り、「言葉を失った」ということについて、少し考えてみた。人はどれだけ「言葉を失う」ことができるだろうか、と考えたからだ。
 人は過度に嬉しかったり、逆に悲し過ぎた場合、やはり「言葉を失う」ような状況下に陥る。ノーベル賞受賞という想定外の知らせに“現代の詩人”と称賛されるボブ・ディラン氏ですら、その感動、驚きを表現する言葉を見つけ出すことができなかったのかもしれない。
 そして感動がなんとか収まった2週間後、ようやく言葉を見つけ出した、というわけだ。ただし、詩人ともいわれるボブ・ディラン氏としては少々体裁が悪いことは歪めない。詩人はいかなる状況下でも言葉を見つけだそうともがくものだからだ。
 なお、同氏は29日付の英日刊紙「デイリー・テレグラフ」とのインタビューの中で「自分がノーベル文学賞を受賞するなんて、信じられなかったことだ」とその驚きを率直に述べている。

 報道によれば、本人は12月10日の授賞式に参加するかはまだ決めていないというから、最終的にどのような展開となるかは予測できない。

 ボブ・ディラン氏が受賞を拒否するのではないか、と推測されていた時、ノーベル賞を拒否したフランスの哲学者・文学者ジャン=ポール・サルトル氏(1905〜1980年)の名前がメディアで飛び出していた。ボブ・ディラン氏を“第2のサルトル”というわけだ。

 ノーベル文学賞を願っている多くの小説家、文学者がいるなかで、サルトルは1964年のノーベル賞受賞に対し、 「公的な賞は断る」とその独立性、主体性を誇示した。ただし、その数年後、サルトルはノーベル賞選考委員会に電話し、「メダルはいらないが、賞金は頂けるか」とそれとなく打診したという噂が流れたものだ。

 ボブ・ディラン氏にはストックホルムの授賞式に参加し、その「言葉を失った」ほどの感動を吐露して頂きたいものだ。できれば、これまた異例だろうが、同氏の初期のヒット曲 Blowin' in the Wind(風に吹かれて)を歌っていただければ、「言葉を失ってお礼の電話もできなかった」ことへの素晴らしい償いとなるのではないか。

神は泣いている

 ローマ法王フランシスコは27日、ゲスト用宿泊場所「サンタ・マルタ」での慣例の朝拝で「神は泣いている」(バチカン放送独語電子版「Gott weint」)という題目の説教をした。神が泣いているという表現は決して新しくはないが、南米出身の明るいローマ法王が「神は泣いている」というドラマチックな表現を取らざるを得ないことに、神が置かれている現状がどれだけ深刻であり、その息子たち、娘たちの現状がどれだけ悲惨であるかを端的に示唆しているといえるだろう。

 フランシスコ法王は「戦争、金銭崇拝、人間の無知に神は涙しておられる」という。同法王の場合、人間となられたイエスの中にその涙を発見している。イエスはエルサレムに近づいた時、「いよいよ都の近くにきて、それが見えたとき、そのために泣いて言われた。もしお前も、この日に、平和をもたらす道を知っていさえいたら……しかし、それは今お前の目に隠されている……それは、お前が神の訪れの時を知らないでいたからである」(「ルカによる福音書」19章)や友ラザロの死(「ヨハネによる福音書」11章)を例に挙げている。そして自分の懐から去った息子、娘が再び戻ってくるのを神は涙しながら待っているというのだ。

 イエスの涙から2000年後、現代人の多くはもはや、神が存在するかどうかなど真剣に考えなくなってきた。なにも非キリスト教文化圏だけの話ではない。欧州のキリスト教社会でも神は心休める状況では無い。イギリスから始まった「神はいない運動」が広がらなくても、神はもはやその存在を感じられないほど、追い払われている。ヨハネ・パウロ2世(在位1978〜2005年)の出身国ポーランドでも無神論的、世俗的な風は吹き荒れ、カトリック教国のポルトガル、アイルランド、オーストリアでも信者たちは教会に久しく背を向けている。

 アイルラド教会などは聖職者の未成年者への性的虐待事件の影響を払しょくできないでいる。昨日起きたことを直ぐ忘れて新しいことに心が向かう現代人が、聖職者の不祥事に対しては忘れない。オーストリア教会の場合も教会最高指導者だったグロア枢機卿の未成年者への性的犯罪が発覚した後、信者の教会離れは今日まで絶えることがない。もはや、教会では神の涙だけではなく、神のプレゼンスすら感じられなくなってきた。

 「神が泣いている」かどうか、現代人はもはや分からなくなったが、われわれが泣いていることだけは間違いない。物資的に恵まれた人生を送った人も、その富や名声を死後の世界まで持っていくことはできない。人は多分、多くの悲しみと「こうしておけば良かった」という後悔の念を感じながら確実に「死の日」を迎える。

 自分の涙に忙しく、他の人の涙にまで思いがいかない。ましてや「神の涙」といわれても、多くの人はもはや戸惑いを感じるだけではないだろうか。

 聖ペテロが伝道したシリアのアレッポ(Aleppo)は現在、戦闘の真っ直中にある。子供や女たちが犠牲となっている。アフリカでは多くの人々が今なお、飢餓で苦しんでいる。彼らは涙している。彼らへの関心を先ず取り戻すべきかもしれない。われわれの心が彼らの涙で濡れるならば、われわれも彼らの苦しみ故に涙することができるかもしれない。その時、微かな期待だが、「神の涙」を発見できるかもしれない、と考えている。

「神」が大統領選に駆り出される時

 オーストリアで12月4日、大統領選のやり直し選挙が行われる。候補者は野党「緑の党」元党首のアレキサンダー・バン・デ・ベレン氏(72)と極右派政党「自由党」議員で2013年以来、国民議会第3議長を務めるノルベルト・ホーファー氏(45)の2人だ。今年4月24日の第1回投票、5月22日の決選投票、そして12月4日のやり直し投票だ。選挙戦も3回目となると、候補者も心身ともに大変だろうが、投票場に足を向けなければならない有権者にとっても「またか!」といった思いが出てくるだろう。そもそも大統領職は名誉職であり、極限すれば“なくて困るポスト”ではない。それを8カ月もかけて選挙戦を展開しなければならない候補者、政党にとっても「いい加減にしてほしい」というのが本音だろう。

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▲新しい選挙ポスターとスローガンを紹介するホーファー氏(2016年10月21日、「自由党」公式サイトから)

 ところで、ホーファー氏は10月21日、3ラウンドの選挙戦プラカードを公表し、スローガンに「So wahr mir Gott helfe」という言葉を決めている。「神の前で堂々と宣誓する」といった宣誓式の常套文句で、「Gott sei dank」と同じで、あまり意味はない。
 このニュースが伝わると、対抗候補者のバン・デ・ベレン氏は早速、「選挙戦で有権者の宗教感情を傷つける白けるやり方だ」と批判。それだけではない。ローマ・カトリック教会関係者からも批判の声が上がっているのだ。

 自由党の大統領選のマネージャー、キックル氏は、ホーファー氏がこのスローガンを選んだ理由を3点、挙げている。1つは個人の信仰告白、2つ目は大統領に就任する人間がキリスト教価値観を有していること、最後に、厳しい決定を下さなければならない時、自身の主観的な考えからではなく、キリスト教価値観に基づいて行うことを宣誓している、というわけだ。

 選挙ウォッチャーの見方はもっと現実的だ。自由党は対抗候補者のバン・デ・ベレン氏が元共産主義者であり、現在は不可知論者であることを浮かび上がらせると共に、独与党「キリスト教民主同盟」(CDU)の姉妹政党「国民党」支持者の票を狙っている、と受け取っている。
 特に、シリア、イラク、アフガニスタンなどから多数の難民が殺到し、欧州のイスラム化が懸念されている時だ。欧州社会がキリスト教文化であることを想起させ、キリスト教の原点をアピールできるという選挙戦略であることは間違いないだろう。ちなみに、ホーファー氏はカトリック信者だったが、その後、教会から脱会し、今はプロテスタント信者だ。

 一方、不可知論者のバン・デ・ベレン氏は24日、記者会見で、「世界は大きな危機の中にある。失業者が増える一方、ポピュリストが台頭し、国民に不安と恐れを煽っている」と指摘、「オーストリアは中立主義を過去61年間、堅持し、発展してきた。安定した政情、福祉国家を築き上げてきた」と述べ、オーストリア国民に自信を持てと訴えている。不安と恐れを煽るホーファー氏を意識した内容だ。

 ちなみに、ウィーンの教義学者ハイナ―・テュック氏は「ホーファー氏がスローガンの内容を真剣に考え、キリスト教の価値観を強調するなら、自身の政策、信条を変えるべきだ」と指摘し、「オーストリア・ファースト」「外国人排斥」政策などの見直しを求め、「ホーファー氏は神の名を選挙戦に利用してはならない」と警告している。

 自称、敬虔なキリスト信者ホーファー氏と不可知論者バン・デ・ベレン氏の3ラウンドの戦いは、クリスマスを間近に控えた第2アドベント(待降節第2主日)の12月4日、投開票を迎える。

バチカン教理省の「火葬の教え」公表

 今年も「死者の日」がくる。欧州のローマ・カトリック教会では来月1日は「万聖節」(Allerheiligen)」、2日は「死者の日」(Allerseelen)だ。教会では死者を祭り、信者たちは花屋で花を買って、亡くなった親族の墓に参る。日本のお盆の墓参りと考えて頂いてもいいだろう。 

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▲ウィーン市の中央墓地(World Musicfan Cemetery co.LTDの公式サンドから)

 喧騒な社会で生きている現代人も年に1日、我々の先祖、親族のことを想起し、感謝したいものだ。ハムレットではないが、死んだ世界から戻ってきた者はいないのだ。それだけに、地上にまだ生きている人間が死者に対して思いを寄せる以外、死者も浮かばれないわけだ。

 「死者の日」を前に、バチカン教理省が25日、「Ad resurgendum cum Christo」 (Zur Auferstehung mit Christus)と呼ばれる文書を公表し、火葬した場合、その遺灰(散骨)を散布せず、聖なる墓地、教会内などで保存すべきだ、といった新「火葬の教え」を明らかにした。
 信者たちの間で死者を埋葬ではなく、火葬するケースが増えてきたため、バチカン側は「遺灰の散布」を禁じるなど「火葬の教え」を改めて公表する必要性が出てきたからだ。

 このコラム欄でも一度、紹介したが、欧州では死者を埋葬するよりも火葬とするケースが増加した。欧州では過去、埋葬が中心だった。
 ローマ・カトリック教会の教えでは、基本的には死者は埋葬される。神が土から人間を創ったので、死後は再び土にかえるといった考えがその基本にあるからだ。旧約聖書でも「火葬は死者に対する重い侮辱」と記述されている。そのうえ、火葬は「イエスの復活と救済を否定する」という意味に受け取られたからだ。フランク王国のカール大帝は785年、火葬を異教信仰の罪として罰する通達を出している。

 しかし、先述したように、火葬する信者たちが増えてきている。その理由は、埋葬の場所の物理的制限だけではない。衛生上も埋葬より火葬がいいという専門家たちの意見が聞かれるからだ。いずれにしても、公共墓地に家族を埋葬するこれまでの葬儀文化はもはや時代に合致しなくなってきた。例えば、欧州では平均、約半分は火葬する、というデータもあるほどだ。オーストリアの場合、火葬件数は全体の約33%で、その割合は年々上昇している。

 ドイツのプロテスタント系地域やスイスの改革派教会圏では1877年以来、火葬は認められ、カトリック教会でも1963年7月から信者の火葬を認めている。ただし、火葬後の遺灰を地に散布することは認められていないが、火葬した遺族の遺灰を骨壺に入れて埋葬する家族、死者の願いを受けて遺灰を森林に撒くというケースも出てきた。自然に帰れ、といった風潮が強まってきたからだ。遺灰を自宅の庭、森や山だけではなく、海に散布するケースが出てきた。オーストリアでは遺灰をドナウ川に散布する親族も見られるという。

  ゲルハルト・ルードビッヒ・ミュラー教理省長官は新「火葬の教え」の中で、「埋葬がベスト」という教会の立場を強調する一方、火葬の場合、その遺灰(散骨)の保管を強調し、「遺灰の散布は認められない」という教会の教えを改めて指摘している。

ユネスコの政治利用の現状を憂う

 パレスチナが2011年10月、パリに本部を置く国連教育科学文化機関(ユネスコ)に正式加盟した直後から予想されていたことだった。エルサレムの旧市内にある「神殿の丘」をイスラム教に属すると主張、その呼称をイスラム教の“ハラム・アッシャリフ”というイスラム名(Haram al-Scharif)に限定した内容の決議案が21日、ユネスコ執行理事会(理事国58カ国)で賛成多数で採決された。

 決議案に反対した国はアメリカやイギリスら6カ国。棄権は26カ国で、ロシアや中国を含む他の理事国が賛成した。イスラエルは激しく抗議し、米国も「神殿の丘はユダヤ民族との関連を無視してはあり得ない」と指摘、決議の撤回を要求している。

 世界ユダヤ人協会のロナルド・ラウダ―会長は10月13日付けの独週刊誌ツァイトの中で、「ユネスコの決議案は『神殿の丘』のユダヤ教的性格を完全に無視したものだ。『神殿の丘』はキリスト教が生まれ、イスラム教が出てくる前からユダヤ民族の聖地だった。その事実を否定することはホロコーストを否定するのと同じ反ユダヤ主義的行為だ」として、決議の撤回を強く要求している。

 同会長は多数の国が採決で棄権に回ったことにも言及し、「ユダヤ民族にとって心が痛い。わが民族の歴史を振り返ると、反ユダヤ主義が台頭している時、沈黙がどのような結果をもたらしたかを知っているからだ」と述べている。

 興味深いことは、ユネスコの今回の決議に対して、欧州のキリスト教関係者、神学者、大学関係者から激しい批判の声が出てきていることだ。オーストリアのウィーン大神学部関係者は、「エルサレムとユダヤ教の間の密接な関係を消滅させることは怠慢な歴史忘却行為だ。反ユダヤ主義が台頭している現在、今回のユネスコ決議案は看過できない。ユダヤ人の当然の権利が否定されたり、無視されていることにキリスト教信者たちも無関心ではおられない。決議は紛争を煽るだけだ」(オーストリアのカトプレス通信10月23日)と指摘している。

 ユネスコ執行理事会計画委員会で決議案が採択された直後、イリーナ・ボコフ事務局長は14日、パリで「エルサレムの遺産は分割できない。民族の歴史を尊重すべきだ。エルサレムではユダヤ民族、キリスト教徒、そしてイスラム教徒の3大唯一神教は等しく自身の歴史の認知を求める権利を有している」と述べ、アラブ諸国主導の決議案採決に苦情を呈していた。
 なお、イスラエル文部省は14日、計画委員会の決議採択に抗議してユネスコとの協力を一時停止すると声明している。

 ところで、日本政府は今年のユネスコ分担金約38億5000万円の支払いを保留中だ。中国が申請した「南京大虐殺の記録」が記憶遺産登録されたことに対する抗議の意思表明と受け取られている。
 ユネスコは文化的世界遺産を保護する国際機関だが、それを政治的に悪用する加盟国の横暴が目立つ。ユネスコの存続の危機だ。

独国防相「睡眠中夢を見なくなった」

 夢をみず、熟睡できればそれに越したことはないが、眠れば時には夢を見るものだ。当方などはかなり夢を見る方だ。このコラム欄でも数回、夢の内容を紹介した。ポップ界の王(King of Pop)マイケル・ジャクソンのネバーランドに当方が舞い込んでしまった夢などはかなり啓示性の高い夢だった(「ちょっとフロイト流の『夢判断』」2012年10月22日参考)。「レオポルト1世が現れた」(2013年6月29日参考)もとても面白かった。

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▲政治家になって以来、夢を見なくなったドイツのウルズラ・フォン・デア・ライエン国防相(同国防相の公式サイトから)

 ここで当方の夢を自慢するために書き出したのではない。「政治家になってから睡眠中に夢を見なくなった」というコメントを最近聞いたのだ。夢を失ったのはドイツのウルズラ・フォン・デア・ライエン国防相(58)だ。彼女は政治家になる前は医者であり、家庭では7人の子どもを持つ母親だ。
 ウルズラ・フォン・デア・ライエン国防相は久しくメルケル首相の有力な後継者と受け取られている。メルケル首相が来年の総選挙後、辞任すれば、彼女が「キリスト教民主同盟」(CDU)党首、そして連邦首相に就任するシナリオはかなり現実性があるのだ。

 その国防相が、「私は政治家になって以来、夢を見なくなった」というのは何を意味するのだろうか。ここでいう「夢」とは、あのマーティン・ルーサー・キング牧師の有名な演説で登場する「夢」ではなく、むしろ昨日の出来事、個人や友人が登場する普通の夢を意味する。

 独国防相の「私は政治家になって以来、夢を見なくなった」といったコメントを初めて知った時、当方は同情せざるを得なくなった。彼女は政治家になる前は夜、夢を見ただろう。子供が登場する夢が多かったかもしれない。将来の家庭について、様々な懸念も出てきたかもしれない。

 夢には啓示性と現実生活をそのまま反映された内容とに大別できる。フロイトではないが、夢はその人の精神生活を分析する上で大きな役割を果たすことが少なくない。どのような夢を見るか、誰が夢で登場するか、夢の書割、登場人物を詳細に分析すれば、その人の無意識の世界を垣間見ることができる。

 なぜ国防相は政治家になって以来、夢を失ったのだろうか。夢は勝手だ。時には非現実的であり、その内容は幻想的だ。要は、具体的な日々の生活には直接かかわらないケースが多い。一方、政治家は前夜の夢の内容を議会や報道関係者の前で語ったりしない。政治家に求められている内容は具体的な決定、対応だ。現実の対応が全てだ。5年先、10年先の国防省の改革案より、明日、来年の予算案が重要だ。5年後も彼女が国防相に留まっているかは誰も分からないからだ。

 民主選挙で選出された政治家が国家運営をする国では、政治家は長期的な未来を語れなくなってきた。政治家の日程はハードだ。閣僚となれば、通常の数倍のスケジュールをこなさなければならない。時には考えてもいないことを語り、、嫌悪する人を称賛しなければならない状況にも遭遇する。体力的にもしんどい。それらの政治家の日々が夢を奪っていくのだろう。

 夢を見ず、熟睡できればいいことだ、という反論もあるだろうが、夢はその人の精神的安定にとっても不可欠だ。夢を見て、これまで心の中で消化しきれなかった内容を処理し、整理できるからだ。そのうえ、様々なアイデアも飛び出してくる。夢学習という表現も聞くが、夢は知恵の宝庫でもある。

 昔、夢を見たファラオ(国王)の夢解きをして首相まで出世した人物がいた。エジプトに売られたユダヤ人ヤコブの息子ヨセフだ。睡眠中に見た夢の内容を語り、その夢解きできる政治家が出てくれば、その政治家こそ“21世紀のヨセフ”と呼ばれるだろう。

 ウルズラ・フォン・デア・ライエン国防相は、メルケル首相の後継者になるためには、先ず夢を取り戻すべきだろう。

ベトナムとバチカン、外交接近

 バチカン放送独語電子版は22日、「バチカンとベトナム、外交接近」というタイトルの記事を送信した。それによると、今月24日から3日間の日程で両国外交関係改善を目的とした第6回作業グループ会合がバチカンで開かれる。バチカンからは国務省外務局のAntoine Camilleri次官、越南からはBui Thanh Son外務次官らが参加する予定だ。

 ベトナムとバチカン両国関係は、ベトナムで1975年、共産党政権(社会主義共和国)が樹立して以来、途絶えてきたが、前ローマ法王べネディクト16世が2007年1月25日、法王庁内でベトナムのグエン・タン・ズン首相(任期2006年6月〜16年4月)と会談したことが契機となって、両国間の外交交流が動き出してきた。
 バチカンは同年3月に入ると、法王庁外務局次長のピエトロ・パロリン司教(現国務長官、枢機卿)を団長とした使節団をハノイに派遣し、両国間の外交関係回復をめざし作業グループを設置し、交渉を重ねることで合意している。そのため、「両国の外交関係樹立か」といったニュースが過去何度も流れたが、今日まで実現していない。

 ベトナムでは約800万人がローマ・カトリック教徒と推定され、ベトナムはフィリピン、韓国と共にアジアのカトリック国に入るが、バチカンとベトナムの両国関係は過去、険悪な関係だった。両国間には司教任命問題や聖職者数の制限問題などが山積していた。キリスト教会の活動は厳しく制限され、聖職者への迫害は絶えなかった。

 その流れを変えたのは、同国のグエン・ミン・チェット国家主席(当時)が2006年10月、ベトナム司教協議会メンバーと会談し、国内の活動状況や国交問題について意見の交換をした頃だ。国営ベトナム通信によると、国家主席は当時、「共産党と政府は今後、国民の信仰、宗教の自由を尊重する」と確約したという。
 それを受け、べネディクト16世が2007年1月25日、法王庁内でグエン・タン・ズン首相と会談し、09年12月11日にはグエン・ミン・チェット国家主席をバチカンに招いている。ベトナムとバチカン両国間の首脳交流は急速に進展していったわけだ。

 最近では、グエン・タン・ズン首相が2014年10月、バチカンを再訪し、フランシスコ法王と会談。昨年1月には今度はバチカンから福音宣教省長官フェルナンド・フィローニ枢機卿が、ベトナムを訪問し、グエン・タン・ズン首相と会談している、といった具合だ。ズン首相は、「わが国は宗教の自由が保障されている」と強調し、バチカンとの政府レベルの交流を歓迎している。

 ちなみに、同国共産党政権はここ数年、国民の宗教生活に関心を示し、信仰の自由を次第に尊重する政策に軌道修正している。その理由は、国民経済の発展のために国際社会への再統合を目指すという同国政府の狙いがあると受け取られている。一方、バチカンにとって、ベトナムはフィリピン、韓国と共にアジアのカトリック国であり、バチカンのアジア宣教にとって非常に重要な国だ。両国の狙いが一致しているわけだ。

首相経験者のロビー活動に規制を

 欧州では首相や閣僚経験者がその職務を終わると、大企業や外国首脳の個人顧問やロビイストになるケースが結構多い。退職後、のんびりと隠居生活に入る政治家は少ない。欧州では「元首相」「元高官」というキャリアは結構、ビジネスになるのだ。

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▲ロビストとして大活躍するオーストリアのグーゼンバウアー元首相(オーストリアの社会民主党のHPから)

 一国の首相や閣僚、国際機関のトップなどを歴任した人物には退任後も様々なところから声がかかる。相手側は現職時代に培った経験、特に人脈が欲しいことは明らかだ。企業だったら、首相級のロビイストを雇い入れることができれば、商談などにも有利になることは間違いないだろう。だから、現職時代の数倍の給料をオファーしても元手が戻ってくるというものだ。

 最近、驚いたのは欧州連合(EU)委員長を10年間勤めたポルトガル元首相のジョゼ・マヌエル・ドゥラン・バローゾ氏(委員長任期2004〜14年)が世界最大の投資銀行、米ユダヤ系銀行「ゴールドマン・サックス」の社外代表取締役会長に就任するというニュースだ。

 バローゾ氏は20日、スイス・ジュネーブ大学主催の討論会に招待されたが、そこで同席したオーストリアの野党「自由党」の大統領候補者ノルベルト・ホーファー氏が欧州に殺到する北アフリカ難民をアフリカ内で収容する案を述べると、「第2次世界大戦のナチス・ドイツのユダヤ人強制収容所を想起させる」と述べ、批判したのには驚いた。バロ―ゾ氏はいつから極右系政党「自由党」の政治家をナチス・ドイツと同列視して批判するようになったのか。EU委員長時代には耳にしたことがない。

 理由は簡単だ。世界ユダヤ人協会はオーストリアの極右派政党「自由党」を常に反ユダヤ主義として批判してきた。そしてバローゾ氏は現在、そのユダヤ系銀行の幹部なのだ。一種のロビイストである。バローゾ氏が突然、自由党政治家への批判のトーンを高めたとしても不思議ではない。ちなみに、ホーファー氏はバローゾ氏の批判に対し、「あなたは今はお金持ちですね。あなた自身、難民を家で収容していますか」と皮肉を言って反論している。

 オーストリアではロビイストになる首相経験者が多い。ヴェルナー・ファイマン前首相(任期2008年12月〜16年5月)が首相退任後、最初にしたことはロビイスト登録だ。そして知人の潘基文国連事務総長から「青年失業者対策の国連特使」の仕事を手に入れている。国連特使は基本的には無給だが、社会的に箔がつくから今後の仕事にプラスとなる。

 オーストリアのアルフレート・グーゼンバウアー元首相(任期2007〜08年)、英国のトニー・ブレア元首相(1997〜2007年)、イタリアのロマーノ・プロディー元首相(06年〜08年)、独のオットー・シリー元内相(1998〜2005年)はいずれもカザフスタンのナザルバエフ大統領(1991年12月就任)の私的顧問役に、独ゲハルト・シュレーダー元首相(任期1998〜2005年)はロシアのプーチン大統領の個人的な顧問、といった具合だ。欧州では、ロビイストに転向した元首相、閣僚のリストは長いのだ。


 例えば、グーゼンバウアー元首相は冷戦時代、当時のソ連を訪問した時、飛行機から降りるとローマ法王のように地べたに接吻したほどの典型的な左派政治家だった。現職時代は「労働者の代表」を標榜していたが、政界から引退すると、欧米社会から人権蹂躙や野党弾圧などで批判を受けているナザルバエフ大統領の知恵袋として活躍。彼は1年間余りしか首相を務めていないが、キャリアをその後の人生で最も有効に利用している政治家の一人だ。いずれにしても、社民党出身者が政治家を退職後、大企業とかロシアなど国のロビイストになるケースが多いのは面白い。

 首相経験者が公職から退職後、特定の個人、企業、外国政府のロビイストになるのはやはり良くない。オーストリアの場合、政治家、閣僚経験者には政治家年金がつく。生活に困るということはない。もちろん、贅沢な生活を願えば、年金生活では難しいから、声がかかれば、ロビイストとして活動する元首相、閣僚経験者が出てくる。政治家の公職後の職種について、一定の規制が必要だろう。

 蛇足だが、当方はこのコラム欄で日本の首相経験者の「その後」について、「元首相たちの懲りない『反日発言』」(2015年3月3日)や「元首相と呼ばれる政治家の『心構え』」(2015年3月13日)で書いたが、経済的理由からロビイストになる元首相たちは皆無だが、日本の国益に反する反日活動をする元首相は少なくないのだ。困ったことだ。日本の元首相の“反日ロビー活動”に対する規制が必要かもしれない。

脳神経外科医の「不死」への挑戦

 独週刊誌シュピーゲル最新号(10月15日号)はイタリアの脳神経外科医との長いインタビュー記事を掲載している。同外科医は昨年、頭部移植計画を公表して以来、世界のメディアがインタビューを申し込んだ人物だ。シュピーゲル誌は会見を申し込んで1年後、同外科医からようやく了解を得てトリノ市で会見した。

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▲頭部移植を計画するイタリアの脳神経外科医Sergio Canavero氏(独シュピーゲル誌のHPから)

 イタリアの脳神経外科医 Sergio Canavero 氏(51)は昨年、2017年に不治の病の体を持つ患者の頭部を脳死患者の体に移植する計画を進めていると発表した。トリノ出身の同外科医によると、患者(30歳のロシア人)は既に見つかっている。技術的にはOKだというのだ。頭部移植は人間にはまだ実施されていないが、サルでは1970年、米脳神経外科医によって行われている。

 当方は今回のシュピーゲル誌の会見記事を興味深く読んだ。

 頭部の移植で最も重要で困難なことは骨髄の切断と移植だ。Canavero 氏の説明によると、手術前、移植側と移植される側の両患者をある一定期間冷凍して保管する。手術時間は約36時間で、100人前後の医者が手術を担当する。手術で最も困難な点は、脊髄を傷つけないで頭部を分離することだ。手術では脊髄損傷の治療で使用されるポリエチレングリコール (PEG)が利用されるという。マウスやサルでは骨髄切断と再結合は実施されているが、人間の場合、その複雑さ、困難さは全く異なる。

 興味を引いた点は、同脳神経外科医が頭部移植によって不死の道が開かれると考えていることだ。頭部以外の肢体がガン等不治の病に罹った時、脳死した健康体を探し、そこに頭部移植するわけだ。倫理問題は別だが、新しい健康体を得た患者にとって延命の道が開かれるからだ。

 人間は久しく心臓に心(Mind)があると考えてきたが、心臓移植が行われ、心臓が「私」の住処ではなく、血液や栄養素の運搬ポンプ機能を担当する器官の一つであることが明らかになった。心臓には心が見つからなかったのだ。そして今注目されているのが脳、頭部だ。脳(Brain)に心が潜んでいると考え出されてきたのだ。

 人間の脳(頭部)と心の関係ではこれまで3つの潮流がある。Dualism、Dual-aspect theory 、Reductionismだ。,惑召反瓦亙未塙佑─↓△惑召反瓦脇韻犬世、別の表現レベルと見なし、は簡単にいえば、心は脳の作用と考える。脳神経の機能が解明された暁には、心という概念は自然に消えていくというのだ。

 現在の脳神経学会では、が主流だ。脳神経の全容が解明されれば、心理学という学問も消滅する。なぜならば、心は脳神経の表現とみるからだ。Canavero 氏の立場は明らかにだ。

 現代の脳神経学者はfMRIと呼ばれる脳血流動態のニューロイメージングからのデータから人間の思考、感情の世界の位置を見つけ出し、過大解釈する傾向がある。現代の脳神経科学は全ての人間の動向を説明できる主流科学となったと自負してきているほどだ。

 ところで、脳死の患者にはもはや「私」はいない。なぜならば、全ての精神的作業は頭部の中で行われると信じられてきたからだ。頭部を失った瞬間、人間でなくなる。一方、頭部に新しい健康体が結合されれば、その患者は依然、「私」を維持することができる。一見、不死の道が開かれるように感じるわけだ。Sergio Canavero氏の不死への希望もそこにあるのだろう。
 ちなみに、物質から構成された脳神経もいつか死ぬ運命を避けられない。その意味で、頭部移植が延命をもたらすとしても、それが即、不死への道が開かれたとはいえない。

  Sergio Canavero氏の挑戦には多くの技術的課題ばかりか、倫理的問題もあるが、その行方に注目せざるを得ない。なぜならば、人間の「心」と「体」の関係について(Mind-body Problem)、ひょっとしたら一つの答えが見つかるかもしれないからだ。
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