ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2017年07月

北のICBM試射と6カ国の「思惑」

 本題に入る前に聖トーマスという人物についてちょっと説明する。イエスの使徒の一人、トーマスはキリスト教会では疑い深い人間のシンボルのように受け取られてきた。「ヨハネによる福音書」によると、トーマスは復活したイエスに出会った時、イエスが本物かを先ず確認しようとした。イエスのわき腹の傷に自分の手を差し込んで、その身体を確かめている。だから、教会で疑い深い信者がいたら、「君は聖トーマスのようだね」とからかう。

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▲G20で日米韓3カ国首脳会談(2017年7月6日、独ハンブルクで、韓国大統領府公式サントから)

 北朝鮮が28日夜、今月4日について2度目の大陸間弾道ミサイル「火星14」(ICBM)を発射して、成功したという。以下、朝鮮半島の動向を正しく理解するために、聖トーマスの懐疑的な眼を持ちながら、北朝鮮のICBM発射に関する関係国の思惑について考えてみた。


 北は今月4日、同国亀城から「火星14」を発射した。高度2802キロ、約39分間飛行した。28日深夜(現地時間)の発射は慈江道舞坪里から高度3724キロ、約47分間飛行した。いずれも日本の排他的経済水域(EEZ)に落下した。

 問題はその後の関係国の反応だ(読売新聞=電子版と時事通信=電子版を参考)。

)未錬横稿午後、ICBM試射の成功を大きく報道し、「米本土全域が射程圏内に入った」と豪語した。同試射には金正恩労働党委員長が現地で指揮を執ったという。
 同国の国営メディアによると、「高角発射態勢(ロフテッド軌道)での大気圏再突入環境でも、弾頭部の誘導・姿勢制御が正確に行われ、数千度の高温条件でも弾頭部の構造的安定性が維持され、核弾頭爆発制御装置が正常に作動することが実証された」(時事通信)という。

⊆,吠胴颪糧娠だ。トランプ大統領は、「米国は国土の安全を守り、アジア太平洋の同盟国を守るためにあらゆる必要な措置を講じる」と述べた。なお、米国防総省のデービス報道部長は28日、「北の発射したミサイルはICBMで、約1000キロメートル飛行し、日本海に落下した」と説明した。

ロシア国防省は28日、北が発射したミサイルはICBMではなく、「中距離弾道ミサイルで、上昇高度681キロ、飛行距離732キロで、日本海中部に落下した」と言明した。

ご攅颪諒減瀑丗臈領は国家安全保障会議(NSC)を招集し、在韓米軍による最新鋭地上配備型迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD、サード)」の本格運用を早期に開始するため、米国と協議するよう指示した。本格運用に慎重だった従来の方針を転換した。


テ本政府によると、ミサイルは約45分間で約1000キロメートル飛行。北海道・奥尻島の北西約150キロの日本のEEZ内の日本海に落下した。日本側は「北のミサイルは高度3500キロ以上まで上昇した」と分析している。
 安倍晋三首相は29日午後、北のICBM発射について、「国際社会の安全に対する重大かつ現実の脅威」と非難した上で、米韓両国と連携し、制裁強化を含め、北朝鮮への圧力を一層強めていく方針を示した。

γ羚餝位馨覆嶺崛屐ι報道局長は29日、「北が国連安保理決議と国際社会の普遍的な意向に背いて発射活動を進めることに反対する。同時に、朝鮮半島情勢の緊張を更に高めないために、関係国にも慎重な対応を求める」と表明している。

 以上、6カ国の反応を簡単にまとめたが、日韓米3カ国の反応はほぼ同一だ。ミサイルの軌跡などは米国側の情報を共有していることもあって、技術的なデータは一致している。
 
 突出しているのはロシア側のデータだ。ロシアは北のミサイルを中距離ミサイルと判断、その上昇高度の数値も他の関係国と大きく違っている。ロシアのミサイル追跡技術が米国より劣っているのか。それとも恣意的な計算が働いているのだろうか。

 ロシアは北側に急速に接近してきたという情報が流れている。中国が米国の圧力を受けて従来のように北側を支援できないのを受け、ロシア側が出てきたというのだ。問題は、北側は米本土まで届くICBMの発射成功を目標としてきた。その平壌側の努力に水を注すように、「あれはICBMではなく、中距離ミサイルに過ぎない」と言明することは両国関係の上でも賢明ではない。とすれば、モスクワの狙いは、「北のミサイルを米本土まで届くICBMだ」と主張するワシントンへの嫌がらせではないか。

 米国は韓国でサードの早急な配備を願っている。実際、文大統領は北のICBM試射成功を受け、サードの早急配置に政策を変更させた。同時に、ホワイトハウス内の混乱が続き、政権への支持率が低下してきた時だけに、トランプ政権は北カードを駆使し、米国の安全問題を強調することで、他の国内問題をカバーしたい狙いもあるはずだ。トランプ大統領は米本土まで届くICBMの開発をレッドラインとしてきた。国内情勢がトランプ大統領の罷免にまで急発展する気配が出てきた場合、同大統領は冒険に出る可能性も排除できない。

 中国の場合、対北制裁の限界を示している。ミサイル試射の技術的データの公表もなく、ただ「遺憾だ」と繰り返す一方、米日韓には対北への慎重な対応を求めている有様だ。

 最後に、安倍政権にとって、加計問題などの対応で国民の信頼を失ってきた安倍政権が国の危機管理能力を発揮することができれば、政権の再浮揚も出てくる。安倍政権にとって、北問題は軍事的冒険である一方、政権再浮上の数少ないカードであることだけは間違いないだろう。

 ドイツの小説家ヘルマン・ヘッセはその著「クリストフ・シュレンブフの追悼」の中で、「信仰と懐疑とはお互いに相応ずる。それはお互いに補い合う。懐疑のないところに真の信仰はない」と述べている(「聖トーマスに学ぶ『疑い』の哲学」2015年4月22日参考)。  朝鮮半島の行方を憂慮するゆえに、関係国の思惑について懐疑的な眼で眺めざるを得ないのだ。

あの日から「聖人」となった老神父

 ジャック・アメル(Jacques Hamel)神父という名前をご存じだろうか。フランス北部のサンテティエンヌ・デュルブレのローマ・カトリック教会の神父だ。アメル神父(当時85歳)がイスラム過激派テロリストに殺害されて今月26日でまる1年を迎えた。

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▲殉教したアメル神父の遺影の前で祈るフランシスコ法王(オーストリアのカトリック通信「カトプレス」から)

 バチカン放送によると、ローマ法王フランシスコは礼拝中に殺害されたアメル神父を殉教者と称え、同神父の列福への審査を開始するように要請したという。カトリック教会では通常、亡くなって5年間は列福の審査を始めないという規約があるが、フランシスコ法王は昨年9月、それを無視して同神父の列福への審査を要請している。実際、今年4月に同神父の列福審査が正式に始まっている。

 「福者」は「聖人」への前段階だ。「福者」となるためには生前、2回の奇跡の証が必要であり、それをクリアすると列福式で「福者」となる。ただし、殉教者の場合は奇跡の証言は必要ない。聖人に入るためには更に2回の奇跡の証が必要となり、それら全ての条件を満たした「福者」は「聖人」クラブに入ることになる。最近では、ポルトガルの「ファティマの予言」の証人だった2人の羊飼い(フランシスコとヤシンタ)の列聖式が5月、挙行されたばかりだ。

 事件を少し振り返る。2016年7月26日、サンテティエンヌ・デュルブレのSaint-Etienne-du-Rouvray教会で朝拝が行われていた。そこに2人のイスラム過激派テロリストが侵入し、アメル神父を含む5人を人質とするテロ事件が発生した。
 2人のテロリストは教会の裏口から侵入すると、礼拝中の神父をひざまずかし、アラブ語で何かを喋った後、神父の首を切り、殺害した。教会には神父、2人の修道女、そして3人の礼拝参加者(信者)がいた。1人の修道女が逃げ、警察に通報したため、テロ対策の特殊部隊が1時間半後に教会に到着し、教会から出てきたテロリストを射殺した。

 看過できない事実は、2人のテロリストは神父をナイフで首を切って殺害したことだ。拳銃で射殺できたはずだ。刃物で首を切る殺害は異教徒への憎しみがある。すなわち、イスラム過激派テロリストは神父の首を切って殺すことで、異教徒への憎悪を表現したと受け取るべきだろう。テロリストは、地方の信者の少ない教会の朝拝時間が最も確実な犯行時間と考えたのかもしれない。イスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)はその直後、犯行声明を出している。

 殺害されたアメル神父のことを考えた。
 その朝、いつものように朝拝の準備をしていた。簡単な朝食を済ますと、朝拝で語る内容を考え出した。「今日は何人の信者が来るだろうか」と考えたかもしれない。ここまではいつもの朝と何も変わらなかったはずだ。
 ひょっとしたら、老神父は前夜、夢を見たかもしれない。「今朝の朝拝はいつものようではないかもしれない」といった予感があったかもしれない。
 
 地方教会の神父をしていたアメル神父は教会内でも目立たない一人の聖職者だったはずだ。少なくとも、エリート聖職者ではなかった。そうでなければ、85歳の高齢で地方教会の聖職に従事することはないからだ。神父をよく知っている信者たちは異口同音に「注目されることを嫌う、謙虚な聖職者だった」と証している。
 神父は「来年は退職して、故郷に戻ろう」と考えていたかもしれない。はっきりとしていることは、自分がローマ・カトリック教会の「福者」、「聖人」のクラブ入りするとは夢にも考えていなかったことだ。

 フランシスコ法王は殺害された老神父の生涯を振り返ったはずだ。目立たない一人の聖職者の殉教にフランシスコ法王は激しく心を動かされたのだろう。ところで、老神父は生前、ローマ法王と会ったことがあったのだろうか。

蓮舫さんの“日本語”は美しい

 日本の野党「民進党」代表の蓮舫氏の27日の記者会見をYouTubeで聞いた。日本の政界の動向に疎いが、とても興味深かった。以下は、2重国籍問題で追及されてきた蓮舫氏の代表辞任表明の記者会見の印象記だ。

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▲民進党大会であいさつする蓮舫代表(2017年3月12日、東京都内のホテルで)

 先ず、台湾と日本の2重国籍者だった蓮舫さんの日本語がとても美しいのに感動した。日本で成長し、仕事をしてきたから当然だが、2重国籍者ではなく、純粋な日本人の当方は長く欧州に住んでいるため、とても蓮舫さんのような美しく、メリハリの利いた日本語は喋れない。そのうえ、蓮舫さんの声は聞きやすく、隣室にいても壁を突き抜けて聞こえてくるような響きだ。よく通る声は政治家だけではなく、日常生活でも大変メリットがある。当方の声はタダ早口で声自体は内にこもりがちだから、相手は聞き取りにくい。

 日本語といえば、日本の政治部記者の日本語の丁寧さにも驚いた。敬語の使い方ひとつにしても、「自分はあのような敬語を駆使した日本語はもはやできない」といった思いが一層深まった。海外に住むと日本語が美しいということは非常に魅力的に感じるのだ。

 ウィーンにも日本人記者クラブがあるが、定期的なクラブ会合が日本レストランで開かれた時だ。そこで記者たちの話題といえば、「下」ネタの話題が多かったという。サービスした日本人ウェイトレスが驚いたほどだ(かなり昔の話)。それと比較すると、日本の政治部記者の言葉使いの良さには驚いた。彼らはひょっとしたらエリート記者たちで平均的日本人記者ではないのかもしれない。

 さて、蓮舫氏の2重国籍問題だが、個人の情報開示、特に出自について国が強制的に開示を求めることに懸念の声があると聞いたが、当方は別の考えだ。政治家は公人だ。国の問題を担当する責任者だ。だから、その政治家が2重国籍所有者だということは考えられない。なぜならば、日本の政治家は与党であろうと、野党であろうと、日本の国益を最優先にして考えなければならないからだ。
 その政治家が別の国籍をも有しているということは国家の安保問題を脅かすことにもなる。少なくとも、公人は国籍問題では必要ならばその情報を開示しなければならない義務があると考える。蓮舫さんの場合はそのケースだ。「私のケースを最後にしてほしい」といった趣旨の発言をされていたが、政治家は2重国籍問題が提起されれば、即戸籍謄本なりを提示し、疑惑を解消すべきだ。

 蓮舫氏は記者会見で「昨日一日、(今後の対応について)熟考した」といわれていた。その上で27日、「緊急執行幹部会でその進退を報告した」という。参議院から衆議院への鞍替えなど、蓮舫氏が考えらえたのか。それとも、2重国籍問題の追及でオーストラリアの政治家のように辞任に追い込まれる前に一旦身を引こうと決意されたのか、本人しか分からないことだから、ここでは憶測を控えたい。

 興味深い点は、記者の一人が「党内で後ろから鉄砲を撃たれ、退陣を強いられたのではないか」といった趣旨の質問をした時だ。どの政党でも党内には意見の対立がある。グロバリゼーションの時代、「多様性」という言葉は好意的に受け取られることが多いが、実際は一つの政党といっても政策も世界観も違う烏合の衆といったことが多いのではないか。

 蓮舫氏は少し笑いながら、「後ろから鉄砲を撃たれたということはありません」と否定する一方、「水鉄砲を撃たれることはありますが、水鉄砲の場合、直ぐに乾きますから」と答えていた。冗談か本音か分からないが、代表職を務めていると、「鉄砲」ではないが、「水鉄砲」を背中から撃たれることはあるのだろう。
 いずれにしても、野党第一党の代表辞任表明を受け、今後は新指導部の選出が焦点となる。代表を辞任された蓮舫氏は「一議員として頑張りたい」と言っておられたが、その美しい日本語とよく通る声を利用すれば、政治家以外の仕事も見つかるのではないだろうか。

 欧州の政界は目下、夏季休暇期間だ。8月末から9月初めに政界は動き出す。ただし、今年は9月24日に独連邦議会選、10月15日にオーストリアの総選挙が控えていることもあって、ドイツとオーストリ両国に限っては、政治家は夏季休暇返上のホットな日々が続くことになる。

「月光仮面」は誰でしょう

 読売新聞電子版をみていると、「月光仮面」の主題歌を作曲した小川寛興さんが7月19日、92歳で死去されたというニュースが目に入った。正直言って、当方は「月光仮面」の主題歌の作曲者名を知らなかったが、「月光仮面は誰でしょう」という歌詞(川内康範作)だけは今でも鮮明に覚えている。

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▲オートバイに乗って颯爽と現れた「月光仮面」のおじさん

 テレビがまだ十分に普及していなかった時代、当方はテレビがある友達の家に見に行った。「ララミー牧場」を見たいため、既に暗くなった畑道を速足で友達の家まで行ったものだ。「月光仮面」も当方が当時、大好きなテレビ番組だった。

 「月光仮面」の主題歌が好きだった。子供心とマッチするので、覚えが悪かった当方も直ぐに覚えてしまった。スポーツカーに乗って登場する時代ではなかった。「月光仮面」のおじさんはバイクに乗って現れる。その「月光仮面」は悪者をやっつけてくれる正義の味方だった。正義はいつも勝つと信じていた良き時代の思い出だ。

 大きくなっても悪者をやつけてくれる正義の味方はいると信じていたが、常に勝てないことも分かってきた。しかし、最後には正義が勝利するといった信念は変わらなかった。大人の仲間入りをした後も「月光仮面」のおじさんはいないかもしれないが、「月光仮面」のような存在がこの世界のどこかにいるはずだと思ってきた。

 そんな時、キリスト教の神に出会ったのは当然の流れだったかもしれない。ただし、その神すら全戦全勝の存在ではないということも知った。神は「月光仮面」のような存在ではない、といった失望感も覚えた。悪に勝利できない善に意味があるのだろうか、と考えてしまった。それでも、神を捨てることができなかったのは、やはり何らかの「月光仮面」のような存在が必要だったからだろう。

 同時に、「月光仮面」を密かに待っている人々が案外多いことも知った。人はスーパーマン、ウルトラマン、そして、アンパンマンをも生み出していったという事実は、多くの人が月光仮面を待っている証拠だ。
 「正義は必ず勝つ」と初老を迎えた男が言えば、「変わった人間」と思われるかもしれないが、変わった人間は決して少数派ではないわけだ。事情があって、「正義は勝つ」と叫ぶことができないだけだ。
 
 「月光仮面」はどこの誰かは知らないけれど、誰もがみんな知っている。イエスは33歳の若さで十字架上で亡くなった。彼は愛の人だったが、「月光仮面」ではなかった。そのイエスはやり残した仕事(正義は必ず勝つ)を実現するために再び来ると約束して去っていった。彼が再び来る時、本当に「誰もがみんな(彼を)知っている」だろうか。

「労働」が神の祝福となる日

 ウィ―ン市は特別州で東京都と同じ23区から構成されている。中心は1区でそこから離れていくと2区、3区、そして最も郊外の区が23区となる。日本の外交官や企業関係者は18区、19区の静かな居住区に住んでいる。当方は16区だ。オッタクリングでアルト・オッタリングは昔の風情を残す地域だったが、現在のオッタリングは労働者の町だ。

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▲楽園から追放されるアダムとエバ(フランスの画家ジェームズ・ティソ画)

 当方は朝が早いので労働者の町の早朝風景に接する機会がある。冬は厚く重いマントを着て足早に職場に向かう労働者の姿が5時前にはみられる。市中心地と連結している地下鉄の始発電車は午前4時55分だ。5分から7分間の間隔で電車が出る

 まだ多くの市民が眠っている時に職場に向かう労働者は、病院の看護関係者、ショッピングセンター関係者、新聞配達人などが多い。夏は太陽が既に昇っているから外は明るいが、冬は暗い中を駅まで襟をたて、背中を丸めながら早足で歩く。タバコの煙すら温かさを覚えるほど真冬は寒い。

 「労働者」という言葉も時代の流れにつれ、その意味する内容が変わってきた。労働者の味方と思われてきたカール・マルクス(1818〜1883年)が実は労働者を軽蔑していたことがフリードリヒ・エンゲルス宛の書簡で明らかになった。彼は労働を嫌い、もっぱら親族の遺産目当てで生きてきた知識人だった。米のウォール街で起きた「われわれは99%」運動はグローバリゼーションを批判し、資本主義社会の貧富の格差を糾弾したが、その運動の背後には別の資本家がいたことが判明して、運動も自然消滅していった感じだ(「マルクスは『労働者』をバカにした!」2017年5月17日参考)。

 21世紀に入って人工知能(AI)が台頭し、簡易な労働ばかりか、看護や事務仕事も奪っていく勢いを示している。近い将来、コンピューター部門もAIに占領され、真っ先に科学者、IT技師たちが職場から追放されるかもしれない。
 21世紀以降も生き残れる職場はデジタル化できない世界に生きている芸術家、音楽家、スポーツマンかもしれない。文科系職場が残り、理工系が真っ先にAIにその職場を奪われるかもしれない。

 人類始祖アダムとエバが神の戒めを破って以来、汗を流しながら日々の糧を得なければならなくなった。そこから「労働」が始まったが、21世紀になって、汗を流す職場は確実に少なくなってきた。超楽天的に表現すれば、人類は汗を流す「労働」から解放される日が近いのではないか。

 労働に慣れきった人間は「働かなくしてどうして生きていけるか」といった不安が払しょくできないが、「労働」という概念が変わってきたと受け止めれば理解できるはずだ。神の戒めを破って失楽園の世界で生きてきた人類が本来のエデンの園に帰ることが出来るとすれば、文字通り、よき知らせだ。神は自身の息子、娘が生涯日々の糧を得るために汗を流すことを願われ人類を創造されたとは考えられないからだ。

 真冬の早朝、マントを着て駅まで早足で行く労働者の姿も消えるだろう。しかし、人は生きがいなくして生きていけない存在だから、その「労働フリーの日」が来るまでに人生の目的を見つけ出さなければならない。
 「労働」は苦痛でも不本意なものでもなく、生きがいと密接に繋がったものとなる日が必ず到来するだろう。その時、「労働」は神の祝福以外のなにものでもなくなるはずだ。

バチカン日刊紙、保守派を批判

 バチカン日刊紙オッセルバトーレ・ロマーノ日曜版(7月23日付)は、教会内の改革嫌いの聖職者を批判し、「フランシスコ法王が願う教会刷新の障害となっている」と指摘した記事を掲載した。バチカン日刊紙が教会内の保守派聖職者をはっきりと批判する記事を掲載することは非常にまれだ。それだけに、バチカン内でフランシスコ法王の教会改革派とそれに対抗する保守派聖職者の間でいよいよ鞘当てが始まったとみて間違いないだろう。

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▲バチカンの復活祭とフランシスコ法王(2017年4月16日、独公営放送から)

 バチカン日刊紙でイタリア人の聖書学者ジュリア・チリニャノ氏は、「聖職者の中には教会刷新に対し閉鎖的か、敵意すら感じる者がいる。理由は教育不足や反改革時代の古い概念の中で留まり、発展が止まった人々だ。多くの聖職者はフランシスコ法王の刷新路線を理解しているが、わずかな少数派はそれを受容することを躊躇している。彼らは自分の教区で古い世界観、実践の中に留まり、古い言語で多様性のない思考の中に生きている。彼らは伝統への忠実さを敬虔な献身と間違って理解している」と述べている。批判は中途半端ではない。かなり厳しい。

 一方、保守派も黙ってはいない。今月2日までバチカン教理省長官を務めていたゲルハルト・ミュラー枢機卿はイタリア日刊紙イルフォグリオとのインタビューの中で、「フランシスコ法王に離婚・再婚者への聖体拝領問題で書簡を送った3人の保守派枢機卿と交流していく考えだ」という。具体的には、ドイツのヴァルター・ブランドミュラー枢機卿、米国人のレイモンド・レオ・バーク枢機卿、そしてイタリア人のカルロ・カファラ枢機卿の3人だ。4人目の枢機卿マイスナー枢機卿は今月5日、83歳で死去した。

 ミュラー枢機卿は、「ローマ法王に書簡を送ったということが明らかになるとバチカン内外で枢機卿への中傷、罵倒の声が飛び出し、枢機卿らとの真摯な対話を求める声は聞かれない有様だ」と指摘し、3人の保守派枢機卿と連携を強化する意向というわけだ。

 フランシスコ法王は2016年4月8日、婚姻と家庭に関する法王文書「愛の喜び」(Amoris laetitia)を発表した。256頁に及ぶ同文書はバチカンが2014年10月と昨年10月の2回の世界代表司教会議(シノドス)で協議してきた内容を土台に、法王が家庭牧会のためにまとめた文書だ。その中で「離婚・再婚者への聖体拝領問題」について、法王は、「個々の状況は複雑だ。それらの事情を配慮して決定すべきだ」と述べ、法王は最終決定を下すことを避け、現場の司教に聖体拝領を許すかどうかの判断を委ねた。

 カトリック教会では離婚者・再婚者にはこれまで聖体拝領は許されてこなかったが、離婚再婚者の数が増え、彼らに聖体拝領を拒むことは教会にとっても次第に難しくなってきた。

 マイスナー枢機卿を含む4人の枢機卿は昨年9月、フランシスコ法王に手紙を送り、離婚・再婚者への聖体拝領問題について、「法王文書の内容については、神学者、司教たち、信者の間で矛盾する解釈が生まれてきている」と説明、法王に明確な指針の表明を要求している。

 ミュラー長官は2012年、ベネディクト16世(在位05年4月〜13年2月)から、当時、退職する教理省長官ウイリアム・レバダ枢機卿の後継者に任命された。前法王ベネディクト16世の流れを汲むドイツの保守的神学者だ。ミュラー枢機卿は、「離婚者、再婚者へのサクラメントは、夫婦は永遠に離れてはならないというカトリック教義とは一致しない」と主張してきた。バチカン放送によると、ミュラー枢機卿は母国ドイツには戻らず、ローマに留まり、神学と牧会を進めていくという。

 フランシスコ法王を中心とした改革派聖職者とミュラー前長官と3人の枢機卿を中心とした保守派聖職者との対立構図が浮かび上がってきた。両者がローマ・カトリック教会総本山バチカンを舞台に正面衝突する気配すら出てきた。お気に入りのメディアを通じて相手を攻撃し、牽制する第1ラウンドのゴングは鳴った。

ノルウェー国民を苦しめる「なぜ?」

 アンネシュ・ベーリング・ブレイビク受刑者(38)がノルウェーの首都オスロの政府庁舎前の爆弾テロと郊外のウトヤ島の銃乱射事件で計77人を殺害した事件から今月22日で6年が過ぎた。

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▲ブレイビク受刑者の犯行舞台となったウトヤ島(ウィキぺディアから)

 事件を追悼する集会がオスロで政府関係者、遺族関係者の参席の中で行われた。エルナ・ソルベルグ首相は、「われわれは犠牲者を慰霊すると共に、勇敢に人々を救うために戦った方々の名誉を称えたい」と述べている。

 ブレイビク受刑者は21年の禁固刑を受け収監中だ。事件に対してこれまで一度として悔悛を表明していない。それどころか、独房生活が人権を蹂躙しているとして裁判に訴え、2016年4月20日、オスロの裁判所から「長年、独房だったことは受刑者の人権を蹂躙し、人権宣言の内容に違反する点もある」という趣旨の判決を勝ち取ったが、最高裁に訴えは退けられている。また、ブレイビク受刑者の弁護士が先月9日明らかにしたところによると、「ブレイビク受刑者は名前を改名し、フィヨトルフ・ハンセン(Fjotolf Hansen)とした」という。その目的は不明だ。

 ブレイビク受刑者は収監後、独房生活だ。独房は31平方メートル、寝室、仕事、スポーツの3部屋があり、1台のテレビ、インターネットの接続がないコンピューター、そしてゲームコンソールがある。食事と洗濯は自分でやり、外部との接触が厳しく制限されている。郵便物は検閲される。

 ブレイビクの両親は離婚し、外交官だった父親はフランスに戻った。ブレイビクは少年時代、父親に会いたくてフランスに遊びに行ったが、父親と喧嘩して以来、両者は会っていない。受刑者はオスロの郊外で母親と共に住み、農場を経営する独り者だった。両親の離婚後、ブレイビクは哲学書を読み、社会の矛盾などに敏感に反応する青年として成長していった。
  ブレイビク受刑者の世界は「オスロの容疑者の『思考世界』」(2011年7月26日)と「愛された経験のない人々の逆襲」(2011年7月27日)のコラムの中で詳細に紹介したので関心ある読者には再読をお願いする。


  なお、ノルウエー政府は犯行現場となったウトヤ島に犠牲者の慰霊碑を建立する計画だったが、同島の自治体ホール(Hole)の住民が、「犯行を常に思い出させる慰霊碑の建立に反対」を表明し、事件から6年が経過した今も、慰霊碑はまだ建立されていない。

 スウェ―デンの芸術家がモダンな慰霊碑を草案したが、島の住民が、「旅行者の観光地となる」と反対。ここにきてようやく、ウトヤ島埠頭で慰霊碑を建立することで島と遺族関係者、市当局が一致、市建築部が建立作業を進めることになったという。ちなみに、ノルウェ―の映画監督が「7月22日の出来事を記録させることは重要だ」として、映画化する計画を進めている。

 独ミュンヘンのオリンピア・ショッピングセンター(OEZ)で昨年7月、銃乱射事件が発生したが、犯人は18歳の学生で、ブレイビク受刑者の大量殺人事件に強い関心を寄せていたという。銃乱射事件はブレイビク事件5年目に当たる7月22日に行われた。偶然ではなく、犯人が恣意的に22日を選んだことが考えられる。

 ブレイビク受刑者の言動がメディアに報じられる度に、ノルウェ―国民はやり切れなさを覚えるという。悲劇の幕を閉じることが出来ない苛たちかもしれない。「どうして多くの若者が犠牲となってしまったのか、わが国の社会で、なぜブレイビクのような人間が出てきたのか」等の疑問に答えが見つからないからかもしれない。

チェスター・ベニントンの早すぎる「死」

 米ロックバンド「リンキン・パーク」のボーカリスト、チェスター・ベニントンさん(41)の突然の死のニュースは世界の音楽界を驚かせた。ベニントンさんは20日、ロサンゼルスの自宅で首をつって死亡していた。

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▲41歳で亡くなったベニントンさん(ウィキぺディアから)

 ベニントンさんの死因についてさまざまな情報が流れているが、最近は鬱に陥っていたという。友人の人気歌手クリス・コーネルさんが5月に急死したことにベニントンさんは大きなショックを受けていたからだ。また、ベニントンさんは少年時代、両親の知人から性的虐待を受け続け、その後、麻薬と飲酒に陥ったと述べていた。

 ミュージシャンと麻薬の関係はこれまで何度も指摘されてきた。華かな舞台の裏で麻薬と酒に溺れる若き音楽家たちが後を絶たない。このコラム欄でも書いたが、音楽界では「クラブ27」と呼ばれる話が伝わっている。世界の若いミュージシャンが不思議と27歳で死去することから、27歳は彼らの厄年といわれ、「クラブ27」といわれてきた(「クラブ『27』の呪い」2011年8月2日参考)。

 英国のソウル歌手エイミー・ワインハウスさん(27)が2011年7月23日、ロンドンの自宅で亡くなった。2008年にはグラミー賞で5冠を獲得、スーパースターの座を得て、若者たちの間で人気があったが、薬物中毒とアルコール中毒に悩み、公演をキャンセルするなど、その言動は不安定さを増していた。公式の死因は明らかにされていないが、麻薬中毒死の可能性が濃厚だ。

 クラブ「27」のミュージシャンたちを挙げるとすれば、英ロックバンド、ザ・ローリング・ストーンズの元ギタリスト、ブライアン・ジョーンズ(Brian Jones)だ。彼は1969年7月3日、プールで溺れ死んでいたところを発見された。米ミュージシャンのジミ・ヘンドリックス(Jimi・Hendrix)は70年9月18日、ロンドンのホテルで麻薬中毒死。米ロックシンガー、ジャニス・ジョプリン(Janis Joplin)は70年10月4日、麻薬とアルコールで死んでいる。また、米ロックバンド、ドアーズのボーカリスト、ジム・モリソン(Jim Morrison)は71年7月3日、パリで心臓発作で亡くなったが、死因については最後まで不明な点が残った。彼らは死亡した時、いずれも「27」歳だった。同時に、麻薬がその早すぎる死と密接な関係があった。

 ベニントンさんは「クラブ27」ではないが、同じように早すぎた死だ。若い時から麻薬と酒に溺れてきた。ストレスが大きく、舞台の表と裏の違いに悩む若い音楽家は少なくない。その舞台裏でマリファナやハシシを麻薬という意識はなく、日常摂取されているという。ここに危険が潜んでいる。

 例えば、大麻の消費は脳神経に多大の影響を与えることは学問的にも証明されている。ウィーンに事務所を構える国際麻薬統制委員会(INCB)は「大麻には非常に危険な化学成分(カンナビノイド)が含まれている。例えば、テトラビドロカンナビノール(THC)だ」と指摘している。
 麻薬をハードとソフトに分類し、ソフト麻薬は消費しても健康に影響がない、といった風潮があるが、INCBは「麻薬にはソフトもハードもない。両者とも心身に危険性がある。大麻の乱用は認識困難や精神的錯乱という症状をきたす」という研究報告を紹介している。

 ソフトドラックでも長期間摂取していると必ず影響が出てくる。その危険性について、メディアも繰り返し警告を発すべきだ。麻薬をかっこいいモードのように扱ってはならない。若きミュージシャンが麻薬の犠牲となったというニュースを聞く度に、彼らを英雄扱いし、もてはやすメディアの責任を感じる。

急務のダークネット(闇サイト)対策 

 オーストリアのヴォルフガング・ソボトカ内相は20日、「2016年麻薬犯罪報告書」(全64頁)を発表した。麻薬関連認知件数は前年比で10%増加した。同内相は特定の麻薬犯罪の拠点を監視強化し、寛容さを許さない厳格な取締りを継続していく意向を明らかにした。

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▲過去10年間の麻薬関連法違反件数の動向(オーストリア内務省の「2016年麻薬犯罪報告書」から)

 同国では過去10年間で麻薬関連法違反件数は2万4166件から3万6235件と増加。昨年は前年比で3328件増加した。ヘロイン68.9キロ、コカイン86.5キロ、カナビス1083キロ、エクスタシー2万9485錠、アンフェタミン類87.7キロ、メタムフェタミン類4.8キロがそれぞれ押収された。ちなみに、押収された麻薬の闇市場価格は約2600万ユーロと推定されている。

 同国では麻薬関連改正法が昨年6月1日から施行済みだ。公共の場での麻薬取引を刑罰に処するなどの麻薬関連法を強化してきたこともあって、告訴件数は増加した。警察官は公共場所の麻薬取引拠点(Hotspots)で即対応できるようになった。

 ここで急務となってきたのは麻薬取引にインターネットを利用し、ダークネット(Darknet)を通じて不法麻薬の取引、売買する件数が増加してきたことだ。連邦犯罪局は2015年3月、違法薬物などを売買するダークネット(闇サイト)対策作業部(タスクフォース)を設置して対策に乗り出してきた。タスクフォース設立以来、オーストリアで697人が不法麻薬売買で告訴され、133キロの麻薬、7万8000錠のエクスタシーが押収されている。
 ちなみに、インターネットの裏世界と呼ばれる深層Web(Deepweb)やダークネットの世界では仮想通貨ビットコインが決算手段に利用され、不法な麻薬取引などが行われている。

 オーストリア人容疑者は2007年以来、78.2%から61.8%と減少し続けている。逆に、外国人容疑者数は21.8%から38.2%と急増した。国籍別にみると、昨年はナイジェリア人が1344人から1896人、アルジェリア人759人から1282人、アフガニスタン人689人から1103人、モロッコ人530人から850人とそれぞれ増加している。


 オーストリアで最も多く消費され、取引され、製造される不法麻薬はカナビスだ。マリファナは国内で製造される一方、ハシシはほとんど輸入されている。コカインは南米から旅行鞄などに入れてオーストリアのウィーン国際空港に密輸されるケースが多い。最近の傾向としては次々と新規向精神薬が製造され、インターネットを通じて不法売買されていることだ。ヘロインはバルカン経由でアフガニスタンから欧州に密輸されている。

 オーストリアは地理的な事情もあって不法麻薬がバルカンルートを通じて欧州に入る窓口となっている。中東・北アフリカからの難民・移民の増加も麻薬関連の犯罪が増加する原因となってきた。

「ソ連崩壊」をいち早く宣言した男

 中国の海外反体制派メディア「大紀元」で興味深い記事が掲載されていた。読者が当方に教えてくれたので早速、読んでみた。フランス共産党が来年には消滅するというのだ。以下、同記事(2017年7月8日)の全文を紹介する。

 「フランス共産党総書記ピエール・ローレン氏は6月26日、1年以内にフランス共産党は消滅すると自ら宣言した。共産党は来年の解散を予定し、新たな名称で新党を立ち上げる。フランス共産党は1920年に成立して以来、ソ連の援助を受け、かつてフランス最大の野党まで登りつめた。しかし、ソ連解体で急激に求心力を失い、衰退の一途をたどった。
 第二次世界大戦後、フランス共産党はかつて同国最大規模の政党に成長、1946年には182人の議員を擁し、旧ソ連から援助を受けていた。1980年代末期から90年代初期にかけて、東欧諸国の脱共産党化とソ連崩壊の影響を受けて、欧州諸国の共産主義政党は大きな打撃を被った。

 イタリア共産党は共産主義的イデオロギーを放棄し、左翼民主党となった。オランダ共産党やフィンランド共産党は自主的に解散した。スウェーデンの左翼党・共産党人、イギリス共産党、サンマリノ共産党などの政党も旗印を変更し、共産主義的イデオロギーを放棄した。スペイン共産党とフランス共産党では内部で深刻な思想的混乱が生じ、共産党を消滅させると主張する者も現れた。結果的に共産党は存続し続けたが、その実力はもはや過去と同日にして語れなくなった。

 フランス共産党が衰退するとフランス労働組合と共産党機関紙「ユマニテ」は党から分離した。現在フランス共産党員は5万人までに減少、国会では15議席を保有するに留まり、政治的発言権は微々たるものとなっている。
 ローレン氏は2013年の党大会で共産主義のシンボルマーク「ハンマーと鎌」が党員証から消えることを宣言し、外部からはフランスから共産主義が事実上消滅したと評された。フランス共産党が『共産党』の名称を放棄すれば、共産党は名実ともにフランスから完全に消え去ることとなる。パリ・コミューンによって暴力と虐殺、歴史文物に対する大規模な破壊が初めて行われた場所だけに、この出来事の意義は大きい」

 フランス共産党の消滅は当然の帰結といわざるを得ない。上記の記事に付け加えることは何もない。ここでは、フランス共産党の消滅ではなく、ソ連共産党政権の消滅、国際共産主義運動の衰退を誰よりも早く指摘した人物を紹介する。政治家ではない。日本では批判と中傷を受け続けた宗教指導者、故文鮮明師(1920〜2012年)だ。

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▲ソ連帝国崩壊いち早く宣言した故文鮮明師(「世界平和統一家庭連合」の公式サイトから)

 冷戦時代、ソ連を中心に共産主義が世界的にその猛威を振るっていた時、文師は宗教指導者としては稀なことだが、いち早く「共産主義は間違っている」と宣言し、その世界観、人間観の間違いを指摘する一方、共産主義に勝利する運動を世界的に展開させていった。日本では勝共運動として知られている。

 1985年8月、文師が創設した「世界平和教授アカデミー(PWPA)」の第2回国際会議がスイスのジュネーブで開催された。文師はジュネーブのソ連大使館前のホテルで開催されるシンポジウムで「ソ連帝国が5年以内に崩壊する」と宣言させる予定だった。会議の議長だった世界的な国際政治学者のシカゴ大学教授モートン・カプラン博士は当初、「文師、共産主義の間違いはいいですが、ソ連帝国の5年以内の崩壊まで言明すれば、自分は学者としての信頼を失ってしまいます」と述べ、「ソ連帝国崩壊宣言」をやめるように求めたという。文師は「宣言すべきだ」と一歩も譲らなかったため、カプラン博士は学者としての名誉を失う覚悟でシンポジウムで「ソ連帝国の崩壊」を宣言したという。

 その宣言内容は後日、実証された。カプラン博士は、「世界で初めてソ連帝国の崩壊を宣言した学者」の名誉を受けたことは言うまでもない。フランス共産党の消滅の話を聞いて、文師の「ソ連帝国崩壊」に係るエピソードを思い出した次第だ。
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