ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2018年05月

崩れ出した西欧社会の「国のかたち」

 バチカン法王庁の関係者もショックだったろう。アイルランドで25日、人工妊娠中絶を禁止してきた憲法条項(1983年施行)の撤廃の是非を問う国民投票が実施され、中絶禁止法が撤廃され、人工中絶が合法化されることになったからだが、それだけではない。カトリック国といわれてきたアイルランドの国体を支えてきたキリスト教価値観、世界観が次から次へと崩れていく様子を目のあたりにしたからだ。

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▲「自身をキリスト者」と信じる国民の割合  ピュー研究所の「西欧のキリスト者」から

 ワシントンDCに本部を置くシンクタンク、「ピュー研究所」(Pew Research Center)が29日公表した「西欧のキリスト者」に関する調査によれば、アイルランドでは依然、80%の国民が「自分はキリスト教信者だ」と考えている。そのアイルラドで2015年、同性婚が公認され、同性愛者であると公表して話題となった39歳のレオ・バラッカー氏が首相に選出され、今月、世界で最も厳格な中絶禁止法を施行してきたアイルランドで国民の3分の2、約66・4%が中絶の合法化を支持したわけだ。

 当方は国民投票の結果を報じたコラムの見出しを「アイルランド社会のダムが崩れた!」(2018年5月29日)と表現した。中絶禁止法が撤廃されるからではない。これまで「国のかたち」を形成してきた国民の世界観、価値観が、ダムの崩壊で大量の濁流に押し流されていくように感じたからだ。

 コラムの中で指摘したが、アイルランドのローマ・カトリック教会で聖職者による未成年者への性的虐待事件が多発し、国民が教会に失望し、教会離れが加速されていったことは間違いない。教会が国民の生活に深く根付いてきただけに、その失望は深く、反発は予想以上に強いわけだ。

 もちろん、欧州人の価値観、人生観を築いてきたキリスト教の崩壊現象はアイルランドだけではない。欧州全土に見られる。「ピュー研究所」は「西欧はプロテスタント(新教)の発祥地であり、カトリック主義の中心地だが、今日、世界でも最も世俗化した地域社会になっている。彼らの多くは依然、自分はキリスト教信者だと考えているが、教会にはほとんど通わず、教会の教えを実践することはない」と報告している。

 (「ピュー研究所」は昨年4月から8月にかけ、15カ国で2万4599人に電話インタビューした)

 例えば、英国や北アイルランドでは実践しないキリスト者の数(55%)は、少なくとも月1回は礼拝に参加する実践信者(18%)の3倍にもなる。非実践信者の数は西欧では多数を占め、無神論者や不可知論者、非宗教者の数と共に増加傾向にある。

 参考までに、「ピュー研究所」の報告書によると、「自身をキリスト者と考える西欧人は移民、宗教的少数派に対してネガティブな感情を持つ傾向がある。また、カトリック信者とプロテスタント信者の間でイスラム教への対応は異なる。前者は後者よりイスラム教に対しネガティブに受け取り、イスラム教徒を家族の一員として受け入れることに抵抗が強い」という。

 まとめる。西欧では教会という機関、組織に距離を置く一方、「自分は神を信じている」と考える国民が多いことだ。アイルランドの場合もカトリック教会への反発、抵抗がある一方、神への信仰を捨てる国民は少ない。換言すれば、「教会の神」から「自分の神」を見出していく傾向が強まってきているわけだ。「信仰の民営化」ともいえる。

 カトリック教徒にとって「教会の神」が信仰の対象である一方、プロテスタント信者は「聖書の神」を重視してきた。しかし、ここにきて欧州のキリスト者は「教会の神」、「聖書の神」への信仰に失望し、疲れ切り、「自分の神」に癒しを求め出してきたといえるだろう。今後の問題は、「自分の神」と「他者の神」をどのように調和し、統合するかだ。

バチカンに住む「亡霊」の正体は

 独週刊誌シュピーゲル(5月19日号)は世界に13億人以上の信者を有するローマ・カトリック教会の総本山バチカン法王庁の歴史を10頁に渡り特集した。その内容はバチカンにとってかなり厳しいものがある。以下、シュピーゲル誌のバチカン特集の内容を紹介する。

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▲「バチカンの亡霊」を特集する独週刊誌シュピーゲルの表紙 

 第2次世界大戦で連合軍が1944年秋、ローマを解放した時、英国の政治家ハラルド・マクミランはバチカン内に入った時の印象を書いている。
 「バチカンには時間が存在しない。何世紀も経過したが、バチカンでは4次元の世界が支配し、歴史の亡霊たちがそこに佇んでいる」

  ヒトラー、ムッソリー二のような独裁者と同じように、蛮行を欲しいままに振舞った法王とその犠牲となった奴隷たちの亡霊が住んでいるというのだ。5年前にローマ法王に選出されたフランシスコ法王は、「過去の亡霊たちを追放し、教会を近代化するために就任した」と述べたことを思い出す。

 そのフランシスコ法王は説教で頻繁に“悪魔”について語り、「悪魔がバチカンでどのような権力を振舞ってきたかを理解するために、キリスト教初期の歴史を思い出すべきだ」と主張してきた。

 バチカンがこの世の権力を掌握していく歴史は「秘密に溢れ、残虐で、不透明」だ。イエスの十字架後、最初の約300年間、キリスト者は迫害された。使徒ペテロを含む多くの信者たちが殉教し、動物のエサにもなった。
 32代までの法王は全て殉教したが、ローマ帝国のコンスタンチヌス大帝が西暦313年にキリスト教を公認し、テオドシウス1世が392年にキリスト教を国教とすると、キリスト教はローマ帝国で急速に影響力を拡大していった。例えば、第49代法王、ゲラシウス1世(在位492〜496年)は「法王の権力はこの世の権力者のそれを凌ぐ」と豪語するほどになった。

 その後、バチカンの歴史は地上出現した独裁者と同じ道を歩み、蛮行、腐敗、殺害をほしいままに繰り返していった。その結果、キリスト教会は権威を失い、中世に入るとバチカンは衰退していった。そこに1095年、ウルバヌス2世(在位1088〜99年)が十字軍運動を呼びかけ、異教徒の追放に乗り出し、イスラム教徒からエルサレムを解放するため最初の十字軍遠征を始めている(1099年7月にはエルサレムを奪い返す)。

 キリスト教徒の十字軍遠征では殺害、暴行などが行われれたが、最悪の蛮行はイスラム教徒に対してではなく、同じキリスト教の宗派、南仏で広がっていたカタリ派への迫害だった。彼らは初期キリスト教会のように質素な生活と信仰をもっていた。法王権全盛時代のインノケンティウス3世(在位1198〜1216年)はフランスの国王にカタリ派の撲滅を要請している(カタリ派信者の犠牲者総数は2万人とも推定)。

 1231年には異端裁判所が設置された。教会の教義に反する聖職者、信者たちを拘束し、殺害していった。異端裁判所は“ローマ法王の拷問室”と呼ばれた。ちなみに、拷問は主にドミニコ会修道院の修道僧が担当していたことから、ドミニコ会修道僧は「主の番犬」と言われていたというのだ。

 バチカンの歴史を振り返ると、現在では考えられない聖職者がペテロの後継者に就任している。例えば、ルネサンス期の代表的世俗法王、アレキサンデル6世(在位1492〜1503年)は50人の売春婦を抱えるほど好色家で強欲、脅迫と殺人を繰り返した。同6世の息子の1人チェーザレは17歳で枢機卿に就任する、といった具合だ。

 カトリック教会の歴史の中で汚点の一つは、アフリカからの奴隷貿易に深く関わってきたという事実だろう。食料栽培や銀鉱山の労働者には南米では主に原住民インディオが担ぎ出されたが、体力的に強靭なアフリカから奴隷を連れてくることを進言したのはカトリック教会聖職者だった。
 ピウス9世(在位1846〜78年)は1866年、「奴隷を保有することは決して神の御心に反しない」と豪語した。奴隷貿易に批判の声が上がるのは1965年の第2バチカン公会議まで待たねばならなかった。

 また、ピウス12世(在位1939〜1958年)はスペイン内戦ではフランシスコ・フランコを中心とした軍部を支持し、ナチス・ドイツの侵攻とユダヤ人虐殺では目を閉じ、ヒトラー軍がスターリングラードの戦いで敗北し、米国の参戦を知った後、ナチス・ドイツ政権を批判し出した法王だ。ヨハネ・パウロ2世(在位1978〜2005年)は2000年、シナゴークを初めて訪問し、教会が戦争時にユダヤ人に対して行った蛮行に謝罪を表明している。

 バチカンの歴史は長く、ローマ法王の醜態の歴史も長い。バチカン歴史学者は、「ローマ法王の役割を過大評価すべきではない。彼らは選ばれ、そして去っていく。しかし、教会は生き続ける」と述べている。

 ベネディクト16世時代(在位2005〜13年)に入ってからは法王に機密文書がメディアに流れる“バチリークス”が発生し、バチカン銀行の不正とイタリアのマフィアとの関係、バチカン財務長官のジョージ・ペル枢機卿(76)の未成年者への性的虐待容疑問題を含め、聖職者の性犯罪が世界各地の教会で発覚している。

 現ローマ法王フランシスコは教会刷新へのチャンスについては、「エジプトのスフィンクスを歯ブラシで掃除するような試みだ」と吐露し、バチカンに住み着く亡霊退治が容易ではないことを明らかにしている。

 イエスの教えのエッセンスといわれる「山上の垂訓」(マタイによる福音書第5章1節から)を知っている人からみれば、上述のバチカンの歴史は少々ショッキングだろう。イエスの教えはどこに消えてしまったのだろうか。その答えを得るためには、バチカンを支配し続けてきた亡霊の正体を知らなければならないだろう。
 

アイルランド社会のダムが崩れた!

 アイルランドで25日、人工妊娠中絶を禁止してきた憲法条項(1983年施行)の撤廃の是非を問う国民投票が実施され、結果が26日明らかになった。賛成66・4%、反対33・6%で人工妊娠中絶を禁止した憲法条項の撤廃が賛成多数で支持された。投票率は約64%だった。

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▲アイルランドの国民投票の結果に失望するバチカンの家庭評議会議長ビンチェンツォ・パリア 大司教 2018年5月26日、バチカン・ニュースから

 結果はある意味で予想されたことだが、人工妊娠中絶の禁止を主張してきたアイルランドのローマ・カトリック教会にとって「歴史的敗北の日」となった。同国の教会最高指導者、ダブリンのディアミド・マーティン大司教は、「中絶問題で絶対譲歩しない。教会は今後とも胎児の保護のために戦う」と述べている。

 バチカン・ニュースは26日、「かつてはカトリック国だったアイルランドで最後のタブーの一つが落ちた」と報じた。「生命のための法王アカデミー」会長で家庭評議会議長のビンチェンツォ・パリア 大司教は、「アイルランドの国民投票の結果は死をもたらす中絶という仕事を容易にさせるだけで喜ぶべきことではない」と指摘し、「我々は生命を守るだけではなく、その尊さを奨励しなければならない」と檄を飛ばしている。

 一方、同性愛者であることを公表して話題を呼んだ同国のレオ・バラッカー首相(39)は26日、ツイッターで「新しい歴史を開いた」と国民投票の結果を歓迎した。

 国民投票の結果、「母親と胎児は生命の権利では同等」と明記された憲法条項が撤廃されることになる。不明な点は、人工妊娠中絶がどの程度合法化されるかだ。政府は国民投票の結果を重視し、年内に新中絶法をまとめる予定だ。メディアの報道によれば、「受胎後12週間はいつでも中絶でき、それ以降は医学的理由があれば認められる」という内容になるという。

 国民投票の結果をみると、世代間で大きな相違がある。65歳以上の高齢者は人工妊娠中絶の合法化に繋がる憲法条項の撤廃に反対が多かった一方、18歳から24歳の青年層は逆に賛成票が多数を占めた。 中絶反対派は、「人工妊娠中絶の禁止を明記した憲法条項の撤廃は一種のダム崩壊をもたらし、中絶の完全合法化の道を開く契機となる」と懸念を表明。一方、中絶の合法化を主張する人々は「厳格な中絶禁止条項は過去、中絶件数を減少させなかった。中絶するために外国に旅行する国民が増えただけだ」と反論してきた。

 アイルランドではこれまで中絶は母体が生命の危機にある時だけに限られていた。暴行を受けて妊娠した場合も中絶は認められないし、胎児の発育に問題が見つかったとしても中絶は認められなかった。そのため、国際社会からアイルランドの中絶禁止法に対する批判の声が絶えなかった。国連人権理事会はアイルランドの中絶禁止法は人権蹂躙だ」と批判し、その見直しを要求してきた。

 アイルランドは久しくローマ・カトリック教国といわれ、教会は国民の生活の隅々まで干渉してきた。中絶問題では厳格な対応を国民に要求してきたが、同国教会の聖職者による未成年者への性的虐待が発覚し、教会は国民の信頼を急速に失っていった。今回の国民投票で教会が歴史的敗北を喫した背後には、国民の間のカトリック教会への強い不信感と反発があったことを示している。

 なお、フランシスコ法王は8月25日、ダブリンで開催される第9回「世界家庭集会(8月21〜26日)」に参加するためアイルランドを訪問する。ちなみに、アイルランド教会聖職者の未成年者への性犯罪を調査してきた政府調査委員会は2009年11月、その調査結果を公表し、聖職者の性犯罪の多さに大きな衝撃を投じたことはまだ記憶に新しい(「アイルランド教会聖職者の性犯罪」2009年12月15日参考)。

金正恩氏の“究極の非核化構想”とは

 朝鮮半島の行方は2人の政治家の発言に揺り動かされている。日韓のプリント・メディアは当初、6月12日シンガポールで開催予定の史上初の米朝首脳会談を控え、「朝鮮半島の行方」、「北の非核化の見通し」といった連載を組む予定だったが、そんな悠長なシリーズは諦めざるを得なくなった。2人の政治家の口から前日とは180度違う発言が飛び出し、米朝首脳会談の開催自体が2人の政治家の発言によってコロコロ変わるからだ。朝鮮半島の行方は、神のみぞ知る、といった状況となってきた。

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▲文大統領と会談する金正恩委員長 2018年5月26日、板門店北側「統一閣」で(韓国大統領府公式サイトから)

 米大統領府は24日、ペンス副大統領への北側の罵声に激怒し、「残念なことに、現時点でこの会談を開くことは適切ではない」と記述したトランプ大統領の金正恩朝鮮労働党委員長宛ての書簡を発表した。 世界は驚いたが、金正恩氏もビックリした。その24時間後、北の金桂官第1外務次官が金正恩氏の委任により発表した談話の中で、「わが国は米国との首脳会談を願っている。トランプ氏のこれまでの労苦を評価する」と述べると、トランプ大統領は前日の発言を忘れたかのように、「米朝首脳会談はひょっとしたら予定通り実施されることもあり得る」と軌道修正しているのだ。

 一方、金正恩氏は26日、韓国の文在寅大統領と2回目の南北首脳会談を板門店北側の「統一閣」で行い、2時間余り極秘会談をした。短期間に米朝韓3国首脳の間でボールが右に左に投げられ、それをフォローするメディア関係者はその度にあたふたするわけだ。

 さて、米朝首脳会談の最大のテーマは「北の非核化」だ。「朝鮮半島の非核化」は近未来のテーマとなってもシンガポールの米朝首脳会談のアジェンダとするには準備不足だ。

 ところで、トランプ氏と金正恩氏の間には依然、非核化の具体的な内容で大きな隔たりがあると報じられてきた。金正恩氏はトランプ氏の「完全かつ検証可能で不可逆的な核廃棄」(CVID)に難色を示し、リビア方式の非核化を拒否してきた。3代の金王朝にわたり巨額の資金を投資して核兵器製造を目指してきた北が米国からの経済支援の約束だけでそれを全て放棄すると考えることは余りにも非現実的だからだ。当方もこれまでそのように考えてきた。

 (金正恩氏の非核化構想については、このコラム欄で数回書いてきた。 『北』の非核化か『朝鮮半島』の非核化か」2018年3月26日、◆北は“リビア方式”の非核化を拒否」2018年4月2日、そして「非核化の“どの工程”で制裁解除?」4月22日の3本のコラムで詳細に述べたので、関心のある読者は再読をお願いする)。

 しかし、ここにきて「金正恩氏はひょっとしたら非核化に応じるかもしれない」と考え直してきた。それもトランプ政権がこれまで執拗に要求してきた完全で検証可能な非核化だ。実際、板門店で26日、金正恩氏と2回目の南北首脳会談した文大統領は27日、「金正恩氏は完全な非核化に応じる意向を明らかにした」と証言している。

 それでは金正恩氏が考えている非核化とはどのようなものか。それはリビア方式でも南アフリカ方式でもなく、独自の非核化構想ではないか。

 金正恩氏の非核化構想は外的にはリビア方式であり、トランプ氏のCVID要求に一致するが、違うはずだ。金正恩氏にとって、製造済みの核兵器を全て破棄しても、核兵器を保有している可能性を匂わせることが重要だからだ。

 リビアの場合、その核開発は初期的段階だったから、核関連施設を破壊し、核原料を破棄すれば、それで非核化は完了したが、北の場合はそうはいかない。6回の核実験を実施した国だ。米国が経済支援を渋るようならば、潜在的な核兵器を交渉カードとしていつでも切れなければならない。

 ジョージ・W・ブッシュ大統領時代の米国務長官だったコリン・パウエル氏はメディアとのインタビューの中で、「使用できない武器をいくら保有していても意味がない」と述べ、大量破壊兵器の核兵器を「もはや価値のない武器」と言い切ったことがある。金正恩氏はパウエル氏の発言から独自の非核化構想を考え出したのではないか。すなわち、核兵器の管理とメインテナンスで莫大な資金を投資するより、「わが国は核兵器を保有している」ということを敵国に思わせるだけで十分だ。「核兵器」の有無はもはや2次的な問題となる。

 もちろん、開発途上国のアフリカの国が突然、「わが国は核兵器を保有している」と世界に向かって宣言しても誰も信じないが、北がある日、「わが国はまだ核兵器を保有している」と宣言すれば、どの国が「嘘だ、強がりだ」と言って無視できるが、北は過去、6回の核実験を実施し、ひょっとしたら核弾頭を挿入できるミサイル技術も修得しているかもしれないのだ。相手にそう考えさせるだけで非核化後の北は依然「核保有国」として振舞うことができるわけだ。

 実際の例を挙げる。イスラエルはこれまで「核保有」を宣言したことがないが、イスラエルの核兵器保有を疑う国は少ない。同国は核実験をせずに核兵器保有国のステイタスを享受したユニークな国だ。金正恩氏の非核化構想はイスラエル方式にむしろ近いのではないか。相手(敵国)に「北は核をひょっとしたらまだ保有しているのではないか」と思わせることが重要だからだ。

 参考までに、南アフリカは過去、核兵器を保有後、それを全て破棄した世界で唯一の国だ。北と南アとの非核化の違いは、南ア政権は当時、“自発的”に核兵器を破棄したが、金正恩氏の非核化構想はやむを得ず考え出した構想だ。両者には非核化の動機が異なっている(「北の非核化は南アフリア方式で?」2018年5月11日参考)。

 まとめる。金正恩氏はトランプ氏の要求に応じて完全な非核化に応じ、既成の核兵器を米軍の管理下におく。トランプ氏は金正恩氏からこれ以上の譲歩を勝ち得ることはできないから「非核化宣言」に即署名するだろう。トランプ氏にはこれで十分だろう。11月の中間選挙までに歴史的な外交実績を挙げることができればいいからだ。

 一方、経済的に負担の大きい核兵器保有の悪夢から解放された金正恩氏は国民経済の再建にその資金を投入できる。もちろん、必要となれば、いつでも「わが国は核兵器を保有しているよ」と匂わせることができる。北の非核化宣言後も世界は北の仮想の「核保有」の脅しに怯えざるを得ないのだ。

 金正恩氏は核兵器を放棄した「核保有国」という新しいステイタスを切り開き、国際社会の制裁解除を獲得し、米国や韓国から経済支援を受ける道が開かれるのだ。トランプ氏と金正恩氏はウインウインの関係だ。

 蛇足だが、恒常的な電力不足に悩む北にとって、核エネルギーの平和利用は今後とも継続しなければならないだろう。核エネルギーの平和利用は主権国家の権利だ。米国はそれには反対できない。しかし、核兵器開発のノウハウを既に修得した北にとって、核エネルギーの平和利用を軍事目的に転用することなど朝飯前のことだろう。

パレスチナの国際機関「加盟」外交

 パレスチナは今月、ウィーンに本部を置く国連工業開発機関(UNIDO)、ジュネーブに事務局を構える国連貿易開発会議(UNCTAD)、そしてオランダ・ハーグの国際機関の化学兵器禁止機関(OPCW)に加盟した。

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▲パレスチナのUNIDO加盟を明記した国連通達書のコピー

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▲パレスチナ、OPCWにも加盟

 パレスチナは2011年10月末、パリに本部を置く 国連教育科学文化機関(ユネスコ)に加盟して以来、さまざまな国際機関に加盟、準加盟してきたが、3つの国連、国際機関に同時加盟を果たしたことは今回が初めてだ。

 トランプ米大統領が昨年12月6日、イスラエル米大使館をエルサレムに移転表明して以来、パレスチナとイスラエル間で紛争が続いている時だけに、パレスチナ側の外交攻勢の一貫と受け取ることができる。もちろん、その外交舞台裏ではイスラエル側の強い反発が予想される。

 ニューヨーク国連からUNIDO加盟の通達書のコピーを入手した。それによると、パレスチナの加盟は今月17日付けで発効した。UNIDO担当のパレスチナ人外交官は当方の電話インタビューに応え、「パレスチナは世界の一員として責任と連帯を担っていく方針だ。国際機関への加盟はパレスチナの完全な独立国家への道を切り開いてくれると信じる」とその喜びを吐露した。

 ところで、加盟国の脱退が続くUNIDOにとって、新規加盟国のニュースは久しぶりだが、UNIDO関係者から新規加盟を喜ぶ声が余り聞こえてこない。

 人口10万人余りの太平洋上にある国キリバスが2016年2月にUNIDOに加盟した時、UNIDOの李勇事務局長は、「キリバスの加盟を歓迎する、同国の持続的経済発展にUNIDOも積極的に支援していきたい」とエールを送ったほどだ。しかし、パレスチナの加盟ではそのようなエールがUNIDOのどこからも出てこないのだ。

 少し考えれば、当然かもしれない。パレスチナが加盟したとしてもUNIDOの予算が潤うわけではない。むしろ出費が増えるだろう。それだけではない。パレスチナの加盟を喜ばない加盟国から分担金の拠出を渋る国が出てくる懸念のほうが大きいからだ。

 参考までに、加盟国の脱退自体はUNIDOではもはや珍しくない。先進諸国でUNIDOに留まっている国は少数派だ。UNIDOから脱退した国は、カナダ、米国、オーストラリア、ニュージーランド、英国、フランス、オランダ、ポルトガルなどだ。それに脱退予備軍としてスペイン、ギリシャ、イタリア、ベルギーの名前が挙がっている。

 米国は1996年、「UNIDOは腐敗した機関」として分担金を払わずUNIDOから一方的に脱退しているから、米国からの分担金云々といった懸念はないが、加盟国の中には米国やイスラエルの圧力を受ける国も出てくるかもしれない。繰り返すが、パレスチナの加盟は現時点では国連・国際機関にとってメリットよりマイナスの方が大きいわけだ。

 蛇足だが、日本は米国の脱退後、UNIDOの最大分担金拠出国だ。ウィーン国連外交筋では、「日本は中国の李勇事務局長のもと忠実な資金提供者となっている」と囁かれている。

 その李事務局長は母国中国に帰国した時、習近平国家主席が提案した新シルクロード「一帯一路」(One Belt、 One Road)構想を評価し、UNIDOという国連専門機関の名で「一帯一路」を推進する計画を明らかにしているのだ。日本はUNIDOが中国の「一帯一路」構想の下請け機関とならないように警戒すべきだ。

トランプ氏が“天野氏叩き”を始めた

 ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)のナンバー2で査察局トップ、テロ・バルヨランタ事務次長が辞任したことはこのコラムでも報道したが、査察局長の突然の辞任理由はセクハラ問題があった、というニュースが流れてきた。ニューヨーク発のInner city pressが流した。情報は信頼できるという。

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▲トランプ大統領に憎まれるIAEAの天野之弥事務局長(IAEAの公式サイトから)

 IAEAはバルヨランタ査察局長の突然の辞任について、「個人に関することは公表しない」という原則に基づいて理由を明らかにしていないが、トランプ米大統領が今月8日、2015年7月に合意したイランとの核合意から離脱し、解除した対イラン制裁を再実施していく旨の大統領令に署名した直後だっただけに、さまざまな憶測が流れた。

 当方は突然辞任の背景について、3つのシナリオを挙げ、〃鮃・家庭問題、◆岼責」、リクルートを指摘し、その中で最も考えられる理由は△任呂覆いと書いた(「IAEA高官の辞任報道から学ぶ」2018年5月14日参考)。

 ニューヨーク発の情報によると、事務次長は職務後、ウィーン郊外のクレムスのバーで頻繁に酒を飲み、そこで女性にセクハラ的な行動をしたという。目撃者もいた。

 国連のグテレス事務総長は今月14日、ウィーンを訪問し、ウィーン拠点の国連機関トップたちを集めて会談したが、そこでIAEA事務次長のセクハラ問題に言及し、セクハラ問題の対応について警告を発したというのだ。

 ニューヨークの記事で興味深い点は、天野之弥事務局長への責任が追及されていることだ。曰く「天野氏は事務次長のセクハラを知っていたが、何もしなかった」、「高官職員のセクハラへの対応に関心を示さなかった」といった天野氏の指導力の欠如がテーマとなっているのだ。

 整理してみる。.縫紂璽茵璽在住記者がウィーンのIAEA事務次長のセクハラを知ったのは米国側からのリーク以外に考えられない、▲肇薀鵐彑権は政権発足からイラン核合意からの離脱を主張し、今月8日、トランプ大統領は離脱を表明、J胴饌Δ琉娶に反し、IAEAの天野氏は、「イランは核合意の包括的共同行動計画(JCPOA)をこれまで遵守してきた」(3月理事会)と表明し、イラン側を擁護する一方、トランプ政権のイラン核合意離脱が専門的な検証事実とは一致していない点を繰り返し指摘してきた。その結果、トランプ大統領やボルトン大統領補佐官などイラン核合意離脱派が激怒し、天野叩き、IAEAバッシングが始まった、というのが真相ではないだろうか。査察局長のセクハラ問題は天野氏バッシングを正当化するための材料に過ぎなかったのだ。

 国際外交に精通する天野事務局長は事務次長セクハラ情報が米国発だと知っていたはずだ。だから、事務次長に、「米国がメディアを動員してセクハラ攻撃を開始する前に辞任した方がいい」と助言し、事務次長には退職年金の完全支給を保証したはずだ。その結果、事務次長は突然辞任したわけだ。

 ニューヨーク発の記事はIAEAナンバー2のセクハラ情報がワシントン発であることを滲まさないように注意深く書かれている。記者はもちろん米国側の狙いを知っていた。イラン核合意を支持する天野氏とIAEAを叩くことだ。

 ちなみに、IAEA内には米国の情報機関から派遣された職員が多数勤務している。事務次長が仕事後、どこのバーで酒を飲むか、誰と話すかを彼らは良く知っている。天野氏自身も米国情報機関出身の職員の監視下にあるとみて間違いないだろう。彼らは定期的に駐ウイーンの米大使館を通じてワシントンに情報を送信している。

 国連取材をしていると分かることは、いい悪いは別として、最大の分担金拠出国の米国を敵に回して国連は何もできないという事実だ。天野氏がIAEA事務局長に初めて選出された時、米国に対し「私は米国の意向に沿っていく」と、当時の駐IAEA担当米大使に忠誠を表明したという情報が流れ、一時話題になった。その天野氏が、米国側のイラン核合意離脱発言が出る度に「イランは核合意を守っている」と発言してきたわけだ。トランプ政権の堪忍袋の緒が切れてしまったわけだ。
 天野氏は昨年12月、3期目の任期をスタートさせた。4期目の任期は通常あり得ないから天野氏は米国の意向に、もはや神経質になる必要はない。ただし、トランプ大統領から睨まれた天野氏の残された任期はこれまで以上に茨の道となることはほぼ間違いないだろう。

ドイツで難民不正認知問題が浮上

 ドイツ連邦移民難民局(BAMF)のブレーメン出張所で2013年から16年の間、少なくとも1176件の難民認知で不正問題があったことが発覚、不正手続きで難民資格を得た者の中にはイスラム過激派グループとの関与が囁かれる者もいた可能性があり、メルケル政権の難民政策に対する国民の信頼は大きく揺れてきた。

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▲BAMF不正問題の対応に苦しむゼーホーファー内相(2018年5月23日)独「キリスト教社会同盟」(CSU)公式サイトから

 ブレーメン出張所が正式の難民申請手続きなく難民の認知資格を付与していたことが公けの場で明らかになったのは今年4月20日。ホルスト・ゼーホーファー内相(「キリスト教社会同盟」CSU所属)は5月22日、難民認知不正問題を事前に知っていた可能性があるとして、ユッタ・コルド(Jutta Cordt)BAMF長官を含むBAMF関係者の捜査にも乗り出す意向を明らかにしたばかりだ。


 独週刊誌シュピーゲルによると、ブレーメンのBAMF出張所所長、ウルリケ・B(Ulrike B)は管轄外の難民認知問題にもかかわらず、数年間にわたり不正の難民認知を行っていたという。ブレーメン検察局はBと5人の関係者(弁護士、通訳者も含む)に対して賄賂と職権乱用などの容疑で不正捜査を始めた。

 発覚した最初の不正難民認知ケースは、2013年11月8日に遡る。2人のヤズィーディー教徒の難民がオルデンブルク出張所(ニーダーザクセン州北西部)で理由なく難民申請が却下されたことを受け、担当弁護士が裁判に訴えた。その翌年、管轄外のブレーメン出張所が2人の難民認知を行っていたことだ。

 オルデンブルク出張所の通知を受け、ニュルンベルク(バイエルン州)のBAMF本部は14年7月11日、調査に乗り出し、Bが過去、多くの難民に不正認知していたことが判明した。ちなみに、連邦内務省のオンブズマンが16年1月25日、ブレーメン出張所の不正に関する匿名のメールを受け取っている。当時調査対象となった件数は26件だけだった。16年7月、Bは職務を解任され、その1年後、停職処分を受けている。

 連邦内務省は今月23日、ブレーメン出張所は今後一切、難民認知には関わらないことを決めている。ゼーホーファー内相はブレーメンの件で議会調査委員会の設置を示唆し、「失った信頼を取り戻すために全ての処置を講じる」と述べている。 

 BAMFはブレーメン出張所の不正問題を契機に、2000年までブレーメン出張所が発行したポジティブな難民認知1万8000件の調査に乗り出している。これまでの結果によると、1500件中、約40%に不正が見つかったという。

 なお、コルトBAMF長官 は「昨年10月26日、内務調査部を設置し、ブレーメン出張所の不正問題の捜査に乗り出してきた」と説明、不正問題を知りながら対応しなかったという批判に反論している。


 ブレーメン出張所の難民不正認知問題が拡大の様相を深めてきたことを受け、野党の自由民主党(FDP)と右派政党「ドイツのための選択肢」(AfD)は議会内調査委員会の設置を要求。FDPのマルコ・ブッシュマン議員は、「調査委員会で事件の全容を解明する必要がある」と主張。左翼党は委員会の設置に反対する一方、「同盟90/緑の党」は党としての方針をまだ決めかねている、といった状況だ。

 メルケル首相の難民歓迎政策をこれまで厳しく批判してきたゼ―ホーファー内相はブレーメン出張所の不正問題の件では首相批判を控えている。その理由は、。達咤佞政権政党であり、メルケル首相攻撃は政権へのイメージダウンに繋がる、■隠扱遑隠監にバイエルン州選挙が実施される。難民不正認知問題は野党のAfDに有利に働く可能性があるだけに、問題の過熱化を避けた方が無難、等の2点が考えられる。

性犯罪もみ消した豪大司教に有罪

 オーストラリアからショッキングなニュースがまた流れてきた。同国南オーストラリア州のアデレード大司教区のフィリップ・ウイルソン大司教(67)が1970年代、1人の神父の未成年者への性的虐待を知りながらもみ消した容疑で有罪判決を受けたという。

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▲有罪判決を受けたフィリップ・ウイルソン大司教(「バチカン・ニュース」5月22日から、写真ANSA通信)

 ローマ・カトリック教会では大司教といえば、ローマ法王、枢機卿に次ぐ高位聖職者だ。その聖職者が神父の性的虐待を知りながら何も対応もしなかった容疑で有罪判決を受けたわけだ。ローマ・カトリック教会の総本山のバチカン・ニュースも22日、写真付きで大司教のスキャンダルを大きく報道した。

 豪ニューサウスウエルス州のニューカッスル裁判所は22日、ウイルソン大司教は、既に死去した神父( Jim Fletcher)の性犯罪を知りながら、告訴せず隠蔽したと断定した。具体的な刑罰の言い渡しは6月19日。それまで、同大司教は保釈金を払い自由の身でいる。豪教会司教会議議長のマーク・コールリッジ大司教によると、ウイルソン大司教は裁判では無罪を主張してきたという。

 豪ABC放送によれば、神父によって性的虐待を受けた子供(ミサの侍者)は1976年、ウイルソン大司教に伝えたが、大司教はこれをもみ消したという。有罪判決が言い渡されると、満員の裁判所傍聴席の人々から涙と安堵の声が聞かれたという。

 性的犯罪の犠牲者の1人は、「オーストラリア刑法の歴史で重要な日となった。今回の判決は、教会(組織)を守るために子供たちを狼たちの蛮行に委ねた多くの関係者に対し、刑罰追及の道を開くことになる」と評価している。

 一方、ウイルソン大司教の弁護士は、ウイルソン大司教のアルツハイマーの影響を指摘し、弁明を試みる一方、「性的虐待は当時、告訴義務のある重犯罪ではなかった」という事実を強調し、大司教の無罪を主張したという。大司教は有罪判決を受け、失望を隠せなかったという。

 豪教会といえば、メルボルンの予審担当のベリンダ・ウォリントン治安判事は5月1日、バチカン財務長官のジョージ・ペル枢機卿(76)を性犯罪容疑で正式に起訴している。ローマ法王フランシスコが2014年2月に新設したバチカン法王庁財務長官のポストに就任した同枢機卿はバチカンの職務を休職し、メルボルンの裁判所に出廷して自身の潔白を表明してきた(「バチカンNo3のペル枢機卿を起訴」2018年5月3日参考)。

 豪教会の相次ぐ聖職者の不祥事にバチカンも対応に苦慮している。ウイルソン大司教は未成年者への性的虐待に関連して有罪判決を受けた豪教会の最高位聖職者の1人だ。

 ウイルソン大司教の場合、裁判所の判決後、教会の訴訟手続きが行われるかはローマ法王次第という。フランシスコ法王は聖職者性犯罪に対しては厳格な姿勢を貫いてきた。教会法では、1度判決を受け、刑罰を受けた犯罪者に対しては重ねて刑罰を与えることを避けるが、教会の裁判を開くことも考えられるという。ちなみに、フランシスコ法王は2016年、聖職者の性的犯罪を隠蔽した司教に対して、その地位を解任する教会法を発布している。

 ウイルソン大司教は23日、当分はその地位には留まる一方、大司教区での職務は休職する旨を明らかにしている。辞任の可能性については「もし必要ならば……」というだけに留めた。豪メディアによると、大司教は最高2年の拘禁刑を受けると予想されている。大司教は控訴するかどうかは明らかにしていない。

スイスで来月「新賭博法」の国民投票

 日本政府、与党関係者は、6月20日までの今会期中に通称カジノ法案、正式は特定複合観光施設区域(IR)の整備推進に関する実施法案の成立を目指しているという。
 同時期、カジノの先進国・スイスで6月10日、「新賭博法」(BGS)に関する国民投票が実施される。スイスからの情報では賛成派と反対派が激しい争いを展開している。そこで、スイス・インフォが配信した「新賭博法に関する国民投票」関連記事を報告する。日本のカジノ法案を考える上で参考になる。

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▲スイスの有名なカジノ「グランド・カジノ・ルツェルン」 tripadvisorから

 賭博法の焦点は、‥卩邂預絃匹悗梁从、⊆0詑从、不法資金の洗浄(マネーロンダリング)対策の2点だ。昨年9月、スイス連邦議会で可決された「新賭博法」では、デジタル時代に対応するため政府の許可を得ればオンライン賭博の運営も許可される一方、賭博依存症の対策もこれまで以上に強化された。例えば、新賭博法では、現在カジノだけに課せられている賭博依存症対策の義務が州とそこに所在を置く宝くじ企業にも適用され、依存症防止の専門家が少なくとも1人は監督当局に配属されるようになる。

 スイス・インフォによれば、「新賭博法」は昨年末、連邦議会で過半数を大きく上回り可決された。反対は自由緑の党(GLP)国民党(SVP)の過半数、緑の党、急進民主党(FDP)の少数派だけだった。
 反対派はデジタルネイティブな世代が多く、連邦議会に議席を持つ4大政党(国民党、急進民主党、自由緑の党、緑の党)の青年部は新賭博法に対し国民投票の実施を要求し、必要な署名5万件を集めた。

 賛成派は、/桂,公益を潤す、▲ャンブル依存症の対策強化の2点を主張する。大規模な宝くじやスポーツ賭博の運営権利を持つ賭博協会などは、新賭博法が導入されれば新しいタイプの宝くじやスポーツ賭博を企画できるようになる。例えば場外馬券売り場や、スポーツの試合中にリアルタイムで賭博をすることも可能になる。
 ちなみに、2012年に可決されたギャンブルに関する憲法により、収益は、老齢・遺族年金制度(AHV)、身体障害保険(IV)、文化事業、社会福祉、スポーツ振興、共益施設に使うと決められている。

 一方、反対派は、/桂,インターネットの検閲行為を助長し、スイス・カジノの孤立を招く、外国のギャンブル企業を締め出す、信頼できる企業サイトにアクセスできない場合、インターネットでギャンブルする人々は闇市場に流れる危険性が出る、ぅ汽ぅ肇屮蹈奪ングは自由経済と情報の自由に反する、等を主張している。
 なお、ソマルーガ法相は、「サイトブロッキングはスイスに限られたことではない。既に他国でも広く行われ、欧州だけでも既に17カ国で実施されている」と説明している。

 現時点では賛成派が政府、連邦議会の過半数、州政府の支持を得て有利だ。また、スポーツ、文化、社会機構の各種協会からの支持は大きいという。スイスの政治に関わるほぼ全ての政党を網羅した政治家から成る大規模な推進委員会の協力も得ているという。

 賛成派と反対派のやり取りはここにきて激しさを増してきた。賛成派は「反対派はネット上でギャンブルサイトを運営する外国企業から融資を受けた」と非難すれば、反対派は「賛成派は宝くじやスポーツ賭博を提供するカジノや賭博協会に操られ、国民投票に向けたキャンペーン活動に必要な資金を受け取った」と非難する、といった具合だ。

 スイス・インフォによれば、スイスではカジノの総所得(支払った賞金を差し引いた収入)の4〜8割を税金として納めている。Aライセンスのカジノ(グラン・カジノ)は税金の全額を老齢・遺族年金制度(AHV)と身体障害保険(IV)に、Bライセンスのカジノは税金の6割をAHVとIVに4割をカジノが所在する州に納める。2016年にカジノ21軒が支払った税金は合計3憶2330万フラン(約352億円)。うち2億7590万フランをAHV/IVに4730万フランを州に納めている。

 日本では2016年12月、IR推進法案が成立し、今回、IR実施法案の成立に向けて審議に入るわけだ。法整備からカジノ候補地の決定など、まだまだ越えなければならないハードルは控えている。日本第1号のカジノのオープンは2025年前後になると予想されている。

オスマン・トルコのアルメニア人大虐殺

 イスラエル国会(クネセト)で、オスマン・トルコ帝国軍による大量アルメニア人殺害を民族大虐殺(ジェノサイド)と認知する法案が提出され、審議される予定だ。イスラエルのメディア報道によると、中道左派政党「シオニスト連合」のイッズィク・シュムリ(Itzik Shmuli )議員がアルメニア人虐殺問題について、「明らかにトルコ側の民族虐殺だ。その責任はトルコ側にある」と表明し、「民族虐殺の日」を設定して毎年追悼する内容の法案を提出する意向を明らかにしている。バチカン放送電子版が19日、報じた。

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▲オスマン帝国軍の武装兵により追い立てられるアルメニア人(1915年4月、ウィキぺディアから)

 50万人から150万人と推定される犠牲者が出た「アルメニア人ジェノサイド」と呼ばれる大量殺害事件は、19世紀末から20世紀初頭にかけオスマン帝国の少数民族だったアルメニア人が強制移住させられ、殺害された事件を指す。

 トルコ側はアルメニア人の虐殺はあったが、その数は少なく、ジェノサイドではなかったという立場だ。だから、他の国がアルメニア人問題を提出すれば、激しく反論してきた経緯がある。トルコ側は事件の計画性、組織性についてはこれまで一貫して否定してきた。
 シュムリ議員の提案は政権与党リクードばかりか野党からも賛同の声が聞かれ、少なくとも50人の議員が支持を表明している。シュムリ議員はイスラエルのメディアに対し、「わが国を中傷、誹謗するトルコに対し配慮する必要はない」と強気だ。ユーリ・ヨエール・エーデルシュタイン国会議長は同議員の提案する法案がスムーズに可決されるように努力することを約束している。

 ところで、なぜイスラエルはここにきてオスマン・トルコ帝国軍のアルメニア人虐殺事件を持ち出し、トルコに歴史攻勢を仕掛けてきたのだろうか。少し説明しなければならないだろう。

 イスラエル政府は先日、同国駐在のトルコ大使の国外退去を要請したばかりだ。すなわち、イスラエルとトルコ両国関係は今、険悪な状態にあるのだ。
 トランプ米大統領は昨年12月6日、イスラエルの同国大使館をテルアビブからエルサレムに移転すると表明、今月14日、移転式典がエルサレムで挙行されたばかりだ。エルサレムを自身の「聖地」と宣言してきたパレスチナ人たちが米国大統領の決定に抵抗し、ヨルダン西岸地区やガザ地区で反イスラエル、反米抗議デモ集会を連日、開催。ガザ地区だけでも60人を超えるパレスチナ人が犠牲となり、数千人が負傷した。抗議デモは今も続けられている。

 それに対し、“イスラム教国の指導者”を任じるトルコのエルドアン大統領はイスラエルを「テロ国家」と断言し、米国とイスラエル両国に駐在する同国大使を帰国させる一方、トルコ駐在のイスラエル大使に退去を要請。その上で「イスラエル軍の大虐殺」を糾弾するためにイスラム協力機構(OIC)の緊急会議の招集を要求したばかりだ。エルドアン大統領の反イスラエル路線は、6月実施予定の大統領選、総選挙を見込んだ選挙運動の一環と受け取られている。

 トルコ側のイスラエル批判に対し、ネタニヤフ首相やイスラエル政治家はトルコの歴史の汚点といわれる「アルメニア人ジェノサイド」を歴史書から引き出し、歴史攻撃に出てきたわけだ。

 興味深い点は、イスラエル国会は3カ月前、中道政党「イェシュ・アティッド」のヤイール・ラピッド(Yair Lapid)元財務相 が同じアルメニア虐殺を認知する内容の法案を提出したが、却下している。ツィピ・ホトベリ外務副大臣は当時、「イスラエルはアルメニア人大虐殺問題には公式の立場を表明しない。なぜならば、複雑な外交上の問題が表面化する危険性があるからだ」と説明していた。
 イスラエルのルーベン・リブリン大統領は2015年4月26日、アルメニア大虐殺100年の追悼会をゲストを招いて開いたことがあった。同大統領は、「アルメニア人は近代史で最初の大虐殺の犠牲者だった」と述べたが、ジェノサイドという言葉は避けている。イスラエルはつい最近までトルコのアルメニア人虐殺問題については自制する姿勢を貫いてきたわけだ。

 それが劇変したのだ。いい悪いは別にして、歴史評価はその時々の政情の影響を受け、どのようにも見直しができるという典型的な例だろう。蛇足だが、政権や政情が変わっても韓国は日本に対し「正しい歴史認識」を要求し続けてきた。日韓の歴史問題は世界史的にみてかなり特殊ケースといえるかもしれない。

 ちなみに、ドイツ連邦議会(下院)は2016年6月2日、1915年のアルメニア人虐殺事件を「ジェノサイド」と認定する非難決議を賛成多数で採択したが、その時もトルコ側から激しい反論が飛び出したことはまだ記憶に新しい。
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