ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2018年12月

現代のバベルの塔と「言葉」の復活

 「言葉」はそれぞれ一定の意味を内包しているが、その意味を次第に失ってきた。換言すれば、人が発する「言葉」を他の人が信じなくなってきた。それが進行すると、「言葉」はフェイクとみなされてきた。「言葉」は混乱し、「言葉」本来の意味とは違った意思の伝達手段となってきたのを感じる。

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▲フランスの画家ギュスターヴ・ドレの作品「言語の混乱」(ウィキぺディアから)

 昔、人類は神のようになろうとして天にまで届く高いバベルの塔を建てようとした。それを見た神は怒り、塔の建設に関わってきた人々の言葉を混乱させ、相互に意思が疎通できないようにした。その結果、人類は共通の言語を失い、無数の言語が生まれた。だから、相互理解するためには通訳や翻訳が不可欠となった。「バベルの塔」の話は旧約聖書「創世記」第11章の中に記述されている。

 現代は通訳の水準も高まり、自動翻訳の道も開かれてきた。相互理解の道が考えられないほど広くなったが、同時に、「言葉」の混乱が生まれてきた。口述の「言葉」は正しく通訳できても、その「言葉」が意味を失ってきたのだ。神のように全知全能の世界を夢見る人類を前に、「言葉」は意味を失い、相互理解は難しくなる一方、紛争や誤解が拡大してきた。メディアではフェイクニュースといわれる偽りの「言葉」が発信され、恣意的に事実を操作する“フェイク言語”が広がってきた。現代のバベルの塔だ。

 このコラム欄でも報告したが、独週刊誌シュピーゲルの捏造記事はその典型的な実例だろう。そこでは事実は操作され、その「言葉」は事実とは異なった印象、理解を読み手に与えるために高度に洗練されている(「シュピーゲル記者の『虚構の世界』」2018年12月25日参考)。

 発される「言葉」が本来の意味を失うことで、相互間に誤解と不信が生まれる。「政治不信」といわれる現象は、政治家が発する「言葉」が意味を失った結果だ。「言葉」が信じられないから、それを発する政治家への不信となって跳ね返ってくる。

 現代は「言葉」が軽くなってきたといわれる。「言葉」が持っていた多様な意味をひとつ、ふたつ失うことで「言葉」自身の重さが失われ、軽くなってきたわけだ。新年は「言葉」の復活が願われる。美しい言葉が溢れることを希望したい。

 今年は1日も休むことなくコラムを365日間更新できた。当方の生活手段は「言葉」だ。可能な限り正しく伝達するためにそれに相応する「言葉」を考え、その「言葉」で事実を再構築し、自身の考えを発信する。その意味で「言葉」は生活の糧だが、何年たっても言葉探しは容易ではない。40年余り、海外で生活していると正しい日本語が直ぐには浮かんでこない。大げさな表現となったり、おかしな文章となったりする。送信した後、文法上の過ちだけではなく、意味の不明な個所を見つけては自己嫌悪に陥ったりする。毎日が「言葉」との試行錯誤だ。

 最後に、当方が心動かされた「言葉」を紹介する。オーストリアの精神科医、心理学者、ヴィクトール・フランクル( Viktor Emil Frankl,1905〜1997年)の有名な言葉だ。フランクルは“第3ウィーン学派”と呼ばれ、ナチスの強制収容所の体験をもとに書いた著書「夜と霧」は日本を含む世界で翻訳され、世界的ベストセラーとなった。独自の実存的心理分析( Existential Analysis )に基づく「ロゴセラピー」は世界的に大きな影響を与えている(「どの人生にも『意味』がある」2015年3月27日参考)。

 Wenn Leben uberhaupt einen Sinn hat, mus auch Leiden einen Sinn haben.
 Es kommt nicht darauf an, was man leidet, sondern wie man es auf sich nimmt.

 「人生に生きる意義(価値)があるとすれば、(人生で体験し、直面する)苦悩、苦痛にも意義(価値)がなければならない」

 「何を苦悩するかが問題ではなく、どのようにその苦悩と向かい合うかだ」



 この1年間、当方のコラムに付き合って下さった読者の皆様に感謝します。よき新年をお迎え下さい。

ババ・ヴァンガ「2019年の予言」

 今年もあと1日を残すだけとなった。「今年の漢字」に「災」が選ばれたと聞く。それだけに、「来年はいい年であってほしい」と切実に願う人が多いだろうが、不安と懸念を完全には払しょくできない。そこで欧州で有名なブルガリアの予言者、ババ・ヴァンガ(Baba Wanga)の「2019年の予言」内容を紹介する。ドイツ日刊紙ビルト(電子版、2018年12月28日)が掲載した内容だ。

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▲ブルガリアの予言者ババ・ヴァンガ(ウィキぺディアから)

 欧州にも過去、多数の預言者や予言書が現れ、来るべき時の様相を直接的に、時には象徴的に語った。当方も「マラキ預言書」や「ファティマの予言」、そして「ノストラダムスの予言」から「マヤの暦」までさまざまな予言内容に強く関心を持ってきた一人だ。

 予言が当たった時と外れた場合があるが、近未来の予言にはやはり心をひきつけられる。人は未来に対し、希望と夢を感じる一方、漠然とだが不安と懸念があるからだ。

 ここで紹介する予言者ババ・ヴァンガは1911年、現在のマケドニアで生まれたブルガリア人。13歳の時にトルネド(竜巻)に遭い、視力を失う。その後、多くの啓示や幻想を体験する。そして1996年に85歳で死去した。第2次世界大戦では兵士たちがどのような運命に遭遇するかを語り、その予言内容は約80%が当たったこともあって、彼女の名は急速に広がっていく。ブルガリア国王ボリス3世は1943年、彼女にアドバイスを受けているほどだ。

 彼女の予言は口述だけで、関係者が彼女の予言を集め、後日発表したものだ。当方はその信頼性を判断できないが、最近では「米国内多発テロ事件」(2001年9月11日)や英国の「欧州連合(EU)離脱決定」(2016年6月)は当たったという。

 <例>2001年9月11日の米国内多発テロ事件
 「恐ろしい、恐ろしい、鋼鉄の鳥たちに襲われ、米国の双子が倒れる」
 
 それでは彼女の「2019年の予言」を見る。簡単に言えば、カタストロフィーの到来を告げている。ロシア、アジア、欧州の人々には大危機が待っている。津波が罪のない人々を葬り、欧州は経済危機に陥る。ロシアのプーチン大統領は暗殺の危機に遭遇し、トランプ米大統領は奇病に悩まされる、といった内容だ。

 読者の皆さんは冷静に読んでいただきたい。これらの予言はあくまでも1人の女性預言者が残していった予言であり、その内容は極めて象徴的な表現となっており、様々な解釈の余地があるからだ。ただし、ヴァンガ研究家たちはその内容を深刻に受け止めている。

 ゝ霏腓蔽録未発生し、モンスター級の津波で多くの犠牲者が出る。地域としてアジア地域、アラスカの一部だ。
 欧州では英国のEU離脱の結果、経済体制が崩壊
 p╂个ロシアの大陸に落下する。プーチン大統領には暗殺の危機がある。暗殺者は内部の治安関係者。プーチン氏が死去するかどうかは不明。
 ぅ肇薀鵐彿涜臈領は奇妙な病にかかる。吐き気、聴力の減退、脳障害、最終的に聴覚障害となる。大統領の家族が自動車事故を起こす。

 彼女は2010年11月から14年10月の間に第3次世界大戦の勃発を予言し、核戦争を予告したが、幸福なことに当たらなかった。また、彼女の「2018年の予言」には「中国が世界の支配者になる」と予言しているが、中国の国民経済はここにきて停滞傾向を見せ、米国から貿易制裁を受けている。

 以下、ヴァンガの未来への予言だ。荒唐無稽な内容から現実的な予測までさまざまだ。

 。横娃横固・有人衛星が金星まで飛行し、新しいエネルギーを発見
 ■横娃苅廓・世界の経済が繁栄し、欧州はイスラム教徒が支配
 2076年・共産主義が再出現
 ぃ横隠横鞠・宇宙から最初の接触
 ィ横横牽固・タイムトラベルが可能
 Γ械娃隠闇・彗星が月を破壊
 В械沓坑廓・人類が地球を去る
 ┌苅毅娃糠・神との対話が可能に
 5076年・宇宙の境界を発見し、そこを超えないように警告されるが聞かない
 5079年・世界の終わり

 上記の10点の中で、「人類は西暦4509年になって神と対話できるようになる」という┐陵集世篭縮深い。

 いずれにしても、予言の内容が実際に起きるかどうかはやはり人間の対応、責任次第だろう。「良き予言」は感謝し、「悪しき予言」に対してはそれを回避するために努力を払うことが重要となる。

「独は中国に対しナイーブ過ぎた」

 「ひょっとしたら、われわれはある日、ドナルド・トランプ氏に感謝しなければならないかもしれない。こんなことを書くことはバカげたことだ。普通の理性的な人間からみたならば、トランプ氏が語り、行う内容はお馬鹿さんがするものか、極めて悪意溢れる内容だからだ。ドイツのジャーナリストとして少なくともトランプ大統領を擁護するようなことを書きたくないが、そのおバカさん(Idiot)も一点正しい。それはトランプ氏の中国政策だ」

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▲イラクを訪問したトランプ大統領夫妻(ホワイトハウスの公式ツイッターから)

 独週刊誌シュピーゲルのコラムニスト、ヤン・フライシュハウアー氏は12月27日のコラム「トランプ氏が正しいところは」(Wo Trump recht hat)の最初の部分だ。独メディアの多くは、トランプ米大統領の過去2年間の政策には批判的なスタンスをとってきた。「通常の理性的な人間」としてトランプ氏の政策を称賛することは容易ではないからだ。

 しかし、フライシュハウアー氏はここにきて認めざるを得なくなってきたのだ。リベラルな欧州メディアの代表のシュピーゲル誌のコラムニストは「トランプ氏の中国政策は正しい」と告白したのだ。サウロからパウロの回心ではないが、フライシュハウアー氏はトランプ氏の中国政策には「ある日、われわれ全ては彼に感謝しなければならないかもしれない」と表現しているのだ。通常のことではない。

 フライシュハウアー氏によれば、「われわれドイツ国民は不可解なことだが中国に対しては常に好意的だった」という。実際、メルケル首相は13年間の任期中、ほぼ毎年、1度は北京を訪問し、中国の隣国・日本を訪問することはほとんどなかった。

 メルケル首相は訪中の度に習近平国家主席と笑顔で交流し、中国共産党政権の人権蹂躙などには目をつぶる一方、ロシアのプーチン大統領に対しては厳しい姿勢を崩さない。

 フライシュハウアー氏は、「ロシアは6年ごとに大統領選が実施されるし、野党も存在する。インターネットの自由なアクセスも一応認められている。それに対し、中国は自由な選挙も野党の存在も認められず、インターネットは検閲され、自由な言論は存在しない。にもかかわらず、メルケル首相はロシアには厳しく、中国には寛容な政策を実施してきた」と指摘している。

 欧州メディアの代表誌は中国とロシアの違いに気が付いたわけだ。欧州は中国に対しはその経済分野に関心が集まり、政治の実情には目がいかなかった。ドイツの政治家から中国の人権蹂躙への批判の声はほとんど聞かれない。フライシュハウアー氏は正直に「自分は中国問題では先入観があったことを認めざるを得ない」と書いている。

 そのうえで「経済大国となった中国と対等にやり取りできるのは世界で現在、米国しか存在しない」という事実に目覚めたわけだ。米国は過去20年間、中国の知的所有権の無視や不法貿易に対して寛容な姿勢を貫いてきたが、トランプ氏がホワイトハウス入りしてからは激変してきた。トランプ氏は中国の国際慣習や規約を無視した貿易のやり方を批判し、制裁を科した最初の米大統領だ。

 米議会の「米中経済安全審査委員会(USCC)」は8月24日、「中国共産党の海外における統一戦線工作」という報告書を公表した、その「統一戦線工作」とは、「敵(自由主義国や国内の資本家、知識人など)を味方の陣営に引き込み、同じ戦線に立たせること」を意味し、中国共産党「統一戦線工作部」がそれを主導している。具体的には、中国共産党政権が欧米諸国で政治、経済、社会、文化各方面に統一戦線を構築することだ。

 問題は、中国共産党政権の戦略に対し、欧米諸国はこれまで無知か無関心だったことだ。トランプ政権は40年間余りの対中融和政策を転換させ、軍事的、経済的両分野で対中強硬政策を実施し、中国の軍事的覇権に警告を発する一方、貿易戦争も辞さない姿勢を強調してきたわけだ(「『中国共産党』と『中国』は全く別だ!」2018年9月9日参考)。

 フライシュハウアー氏は、「ドイツは中国に対し余りにもナイーブだった」と告白している。ドイツ政府は12月19日、欧州連合(EU)域外の企業がドイツ企業に投資する場合、これまでは出資比率が25%に達した時、政府が介入できたが、それを改正して、防衛やインフラ、一定規模以上の食品、メディア関連企業に関しては、審査の対象を10%以上の出資案件に拡大する改正案を閣議決定した。ズバリ、中国企業のドイツ企業買収を阻止する対策だ(「中国の覇権が欧州まで及んできた」2018年2月5日参考)。

 捏造記事で揺れ動くシュピーゲル誌だが、著名な書き手フライシュハウアー氏はトランプ大統領の功績を認め、欧州メディアの反トランプ路線の再考を要求しているわけだ。

法王訪日前に聖職者の性犯罪公表を

 海外から貴賓を迎えるためにはホスト側の迎える準備が重要だ。日本ローマ・カトリック教会はローマ法王フランシスコの訪日を要請し、正式の訪問日程はまだ固まっていないが、来年にはその夢が実現する運びとなったと聞く。日本のカトリック信者数は約44万人(文化庁「宗教年鑑」平成29年版)に過ぎず、新旧両教会の信者数を合わせても人口の1%に満たないが、ローマ法王の訪日は宗教の壁を越えた大きなイベントだ。フランシスコ法王の訪日を早い時期から打診してきた安倍晋三首相にとってもローマ法王の訪日は願ってもないことだろう。

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▲日本教会の唯一の枢機卿、前田万葉枢機卿(日本カトリック中央協議会公式サイトから)

 ところで、部外者がああだこうだという立場ではないが、日本のローマ・カトリック教会にフランシスコ法王を迎える内外の準備があるだろうか、と少し心配になってくる。もちろん、心配するにはそれなりの理由はある。

 当方は先日、日本カトリック中央協議会にメールで質問を出し、その返信が届いた。忙しいところ煩わして申し訳なかったが、返信メールを送ってくださった関係者に感謝している。

 当方が日本中央協議会にメールを送ったのは、日本のカトリック教会で過去、聖職者による未成年者への性的虐待件数が何件あったかを知りたかったからだ。そして教会側の対応について学びたかった。なぜならば、ローマ・カトリック教会の最大の課題は聖職者の未成年者への性的虐待問題の対応だからだ。日本のカトリック教会も例外ではない。

 日本のカトリック教会は16の教区に分かれ、各教区は独立自治の組織だ。カトリック中央協議会はその教区の上に立つ組織ではなく、教区を超えた日本の教会の「事務的な役割」を担っている。

 日本カトリック中央協議会広報担当者の返信は以下の通りだ。

 「『未成年者への性虐待』の有無やその対応は各教区内の方針に従い対応することとなっており、カトリック中央協議会はその全容を把握していません」

 「各教区の司教からなる日本カトリック司教協議会はアメリカでの事件を重く受け止め対応をしています。2002年6月に『子どもへの性的虐待に関する司教メッセージ』を発表し、翌年『子どもと女性の権利擁護のためのデスク』を設置しました。その目的は、『聖職者による未成年者および女性への性虐待防止』のための体制作りとして啓発しています。現在、各教区にも相談窓口を設置、対応が進んでいます」



 当方は本来、聖職者の未成年者への性的虐待件数は中央協議会ではなく、司教協議会に聞くべきだったのかもしれない。ただ、「教区を超えた日本の教会の事務的な役割」を担う中央協議会関係者が聖職者の過去の性犯罪件数を知らない、というのにはちょっと驚いた。これでは「日本カトリック教会のローマ法王を迎える準備は大丈夫か」と、心配せざるを得ないのだ。

 バチカンで来年2月21日から24日、「未成年者の保護のための会議」が開催されるが、フランシスコ法王は今月、「バチカンの会議に参加する司教は事前に聖職者の性犯罪の犠牲者に会って、聞くべきだ」(バチカン・ニュース)と強く要請している。すなわち、聖職者の性犯罪の実態を犠牲者を通じて学び、「具体的な再発防止をバチカンの会議で報告してほしい」というわけだ。聖職者の性犯罪問題でフランシスコ法王とその法王を迎える日本カトリック教会関係者の間に問題の受け取り方、深刻度が違うのではないか、と感じてしまうのだ。

 フランシスコ法王訪日の際、世界唯一の被爆地の広島、長崎両市を訪問してもらい、世界に向かって「核なき平和」の実現をアピールしてもらえば成功だとは思わないでほしい。厳しい迫害にもかかわらず信仰を守り通した日本のキリシタンの殉教地を訪問し、神への信仰を称えてもらえばホスト側の日本教会にとって万々歳かもしれない。もちろん、それらは意義があり、ぜひ実現してほしいが、それだけではないだろう。

 日本カトリック司教協議会はフランシスコ法王の訪日前に、聖職者による未成年者への性的虐待の実態をまとめ、公表すべきだ。1981年2月の故ヨハネ・パウロ2世以来、38年ぶりとなるローマ法王の訪日を絶好の契機とし、日本カトリック教会が再出発するためにも、そのハードルを避けて通れないはずだ。

「マグダラのマリア」と「聖母マリア」

 聖書には複数の「マリア」が登場するが、最もよく知られたマリアはイエスの母親のマリアだ。その次はやはり「マグダラのマリア」だろう。前者はイエスの実母として教会内ではその評価はほぼ不動であり、ローマ・カトリック教会では聖母マリア関連の祭日、祝日は年13回もある。例えば、「聖母マリアの被昇天」(8月15日)や「聖母マリアの無原罪の御宿り」(12月8日)だ。一方、「マグダラのマリア」の場合、バチカンは7月22日を聖名日として記念日としてきたが、教会の祝祭に格上げされたのはわずかに2年前だ。

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▲フランス画家アリ・シェフェールの絵「マグダラのマリア」(ウィキぺディアから)

 キリスト教会内で2人のマリアの評価は異なってきた。聖母マリアの場合、救い主を生んだ女性として信者たちから評価され、ポーランド教会では聖母マリアは“第2のイエス”のように奉られていった。

 一方、「マグダラのマリア」はここ数年、再評価される傾向がみられているが、受け取り方は様々だ。イエスは生前、結婚し、その妻は「マグダラのマリア」だったという説を主張する米ハーバード大の歴史・宗教学者カレン・L・キング教授のような学者も出てきた。3世紀頃に編纂された外典『フィリポによる福音書』には、マグダラのマリアをイエスの伴侶と呼び、『イエスはマグダラのマリアを他の誰よりも愛していた』といった記述がある、といった具合だ。

 「マグダラのマリア」にあって、「聖母マリア」にない伝聞は、「マグダラのマリア」が復活したイエスを最初に目撃した女性だったという個所だ。バチカン法王庁は2016年6月10日、マグダラのマリアの役割を評価し、彼女を典礼上、“使徒”(Apostle)と同列にすることを決めたが、最大の理由はそこにある。ちなみに、4つの共観福音書に全て登場する女性は「聖母マリア」と「マグダラのマリア」の2人だけだ。

 聖書研究家マーティン・ダイニンガー氏(元神父)は、「イエスが祭司長ザカリアとマリアとの間に生まれた庶子だったことは当時のユダヤ社会では良く知られていた。その推測を裏付けるのは、イエスが正式には婚姻できなかったという事実だ。ユダヤ社会では『私生児は正式には婚姻できない』という律法があったからだ。しかし、イエスが妻帯していた可能性は排除できない」と主張している(「イエスが結婚できなかった理由」2012年10月4日参考)。

 ダイニンガー氏によると、「マグダラという地名はイエス時代には存在しない。ヘブライ語のMigdal Ederをギリシ語読みでマグダラと呼んだ。意味は『羊の群れのやぐら』だ。預言書ミカ書4章によれば、「羊の群れのやぐら、シオンの娘の山よ」と記述されている。すなわち、マグダラとはイスラエルの女王と解釈できる。そのマグダラのマリアはイエスの足に油を注ぐ。イエスは油を注がれた人、すなわちメシア(救世主)を意味する、イスラエルの王だ。イエスとマグダラのマリアは夫婦となって『イスラエル王と女王』となるはずだった」と指摘する。

 独週刊誌シュピーゲル最新号(12月22日号)はその「マグダラのマリア」についてエジプトで発見された外典「(マグダラの)マリアによる福音書」を紹介しながら報じている。同外典は西暦2世紀末にまとめられたものと推定されている。

 興味深い点は、「マグダラのマリア」は初期キリスト教会に大きな影響力を有し、「最初の女性法王だった」という説があったという。それに対し、イエスの使徒たちから批判され、「マグダラのマリア」降しが始まり、「彼女は売春婦だった」という噂まで広まっていった。最終的にはペテロを継承するキリスト教会がローマに定着し、歴代のキリスト教最高指導者はペテロの後継者のローマ法王となっていった。それ以降、教会は男性主導の組織となり、女性は聖職者への道も閉ざされていった。「マグダラのマリア」派とペテロ派のイエスの後継争いは後者が勝利し、教会の実権を完全に掌握していったわけだ、

 時代は移り、女性がその本性を発揮する時代に入ってきた。同時に、「マグダラのマリア」への見直しが進み、2年前の「使徒」への格上げ決定となったわけだ。ただし、女性の権利復活と喜ぶのは早すぎる。バチカンの狙いは別のところにあるからだ。

 当方は2年前のコラムの中で「バチカンは当時、『女性の役割に対する教会側の再評価』と説明したが、『マグダラのマリア』の格上げは単なる女性の位置向上とは違うだろう。聖母マリアを神聖化し、イエスの母親としての聖母マリアの役割を恣意的に無視してきたように、バチカンは今、『マグダラのマリア』を神聖化することで、“イエスが愛した女性”という存在を密かに隠蔽しようとしているのではないか」と書いた。(「『マグダラのマリア』の人気急上昇」2016年6月12日参考)。

 いずれにしても、「マグダラのマリア」の存在は、聖母マリアが生前、なぜ息子イエスの婚姻に余り熱心でなかったかという謎を解明するうえで重要な役割を担っているはずだ。イエスの33年間の生涯を理解するためにも2人の女性マリアの歩みをもう一度検証すべきだろう。

「ドラマ」のない事実報道は退屈か

 独週刊誌シュピーゲルで捏造記事を書き続けてきたジャーナリスト、クラース・レロティウス記者(33)はシュピーゲル誌編集担当者とのやり取りに応じている。そして同記者が書き、大きな反響を与えた様々なルポ記事が事実ではないことが次々と判明すると、「僕は病気だ」と呟いたという。

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▲レロティウス記者捏造問題で揺れるシュピーゲル誌の本社(ウィキぺディアから)

 レロティウス記者は自身がPseudologia Fantastica(虚言癖)、ないしは「ミュンヒハウゼン症候群」(虚偽性障害)に悩まされていると告白したのだろうか。それとも責任能力がない心神喪失として刑罰を逃れようとする“もう一つのウソ”だろうか。

 現地に取材に出かけずルポ記事を書いた。単に書いたというより、読者を感動させるストーリーを作った。現地取材した記者でもなかなかできない感動を読者に与え続けてきた。存在しない人物が登場し、存在する人物はまったく別のプロフィールで描かれ、シリア内戦で犠牲となったという人間は実はまだ生きていた、といった具合だ。

 その前に思い出さなければならない点は、調査報道で世界的なメディアの一つであるシュピーゲル誌には社内にルポ記事を検証する部門があることだ。記事を書いた場所やそこに出てくる映画館、喫茶店が本当に存在するかを追跡調査するばかりか、ルポ記事を取材した日の気温から、記事で出てくる地理的な情報についても検証する。

 記事の中で「市庁舎から最寄りの駅まで15kmだった」と書かれていたとする。ルポ検証担当者はグーグルマップで実際に15kmかを調べる。いい加減な捏造記事ではその厳密なコントロールをすり抜けることはできない。なぜシュピーゲル誌のルポが高く評価されるか、その理由も理解できるというものだ。厳密な校閲と検証だ。

 その唯一の例外はレロティウス記者のルポ記事だった。担当官が怠慢であったのか、何らかの縁故関係があったのか。担当官は記者の捏造に気が付かなかったばかりか、称賛すらしているのだ。

 ちなみに、同記者は珍しいことだが、同僚記者から受けがいい。仕事ができ、性格もよく後輩の面倒見もよかった。またメディア関連の賞をとっても傲慢にならず、謙虚な性格だったので、「彼ならば受賞しても当然」といった評価が定着していた。同僚記者から嫉妬されたり、批判を受けるということはなかったという。

 真偽は別として、同記者のルポは展開だけではなく、その状況風景が生き生きと描かれている。死んだ母親をシリアの2人の姉弟が「手で埋葬」したという個所などは読み手の涙腺を緩めてしまうほどだ。それが事実だったらいいのだが、嘘だった。姉はいないし、子供の母親は死なずに、トルコで生きているのだ。

 それではなぜレロティウス記者は登場人物のセッテイングを変えたり、その発言内容を微妙に操作したのだろうか。推測だが、その方がドラマチックな筋展開となるからだ。ネットフリックス(NETFLIX)やアマゾン・プライムを観てきた世代にとって、ドラマのないストリーは退屈だ。レロティウス記者はその原則通りに自身のルポ記事をドラマチックに描いていった。あたかも、「真実は退屈だ」というようにだ。人の一生をドラマツルギー(Dramaturgie)で演出したわけだ。

 現代人はドラマの時代に生きているから、「正しい報道」や「客観性の報道」といった命題より、「ドラマのある報道」を期待する。レロティウス記者は登場人物の心情風景を音楽を通じて描写することに拘る。音楽が生み出すドラマを愛するからだ。

 レロティウス記者の豊かな創造力、表現力を発揮できる世界はメディアの世界ではなく、小説の世界であり、映画の世界ではなかったか。間違ってメディアの世界に飛び込み、その創造力を発揮したことがレロティウス記者の蹉跌の主因となった。

 メディアの世界で昔、元日本共産党幹部「伊藤律インタビュー」といった架空の会見記事を一面トップで報道したり、サンゴ礁捏造記事を報じて物議を呼んだ日刊紙があった。メディア機関は通常、記事が退屈な事実の羅列に過ぎないとしても、それを使命として真実を報道するのが正道だろう。メディアがドラマを追及しだしたら、その瞬間、事実報道は消滅していく。

 いずれにしても、「僕は病気だ」というレロティウス記者の台詞は、彼のルポ記事と同じように、聞く者に“ドラマチック”な効果を与えることは間違いない。

 最後に、レロティウス記者の捏造記事事件の影響はどうだろうか。まず第1に、紛争地など現場取材する記者たちに大きなダメージを与えることだ。情報の真偽が問われ、読者の共感を得ることが一層難しくなることが予想される。次に、シュピーゲル誌編集関係者と週刊紙ツァイトのジョバンニ・ティ・ロレンツィオ編集長との会見の中でも言及されていた内容だが、グーグル、フェイスブック、グーグルマップ、ユーチューブなどITの先端技術を駆使することで必要な情報を獲得できる時代に入ってきた。報道機関の経済問題もあって、ジャーナリズムの現場主義にも変化が考えられる。

シュピーゲル記者の「虚構の世界」

 独週刊誌シュピーゲル最新号は同誌最大のスキャンダル事件となった捏造記事問題を特集し、捏造記事を書き続けてきたクラース・レロティウス記者(33)の取材を検証している。驚いたことに同記者は、2017年にレームツマ自由賞( Reemtsma Liberty Award) とカトリック・メディア賞 を受賞したルポ記事「王様の子供たち」(Konigskinder)に登場する2人のシリアの孤児(11歳と10歳)を支援する献金キャンペーンを独自に始め、読者たちに献金を呼び掛けていたことだ。支援金は同記者の個人口座当てとなっていた。

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▲レロティウス記者の捏造記事を特集した独シュピーゲル最新号(52号)の表紙

 集まった支援金が実際に2人のシリアの子供たちに渡ったのかは不明だ。スイスのメディアが報じたところによると、同記者は2人のシリア孤児をドイツに養子として受け入れようと呼びかけたというが、「2人が養子となった形跡はない」という。記事ばかりか、シリア人孤児支援キャンペーンも全くのウソだったわけで、シュピーゲル誌関係者はショックを受け、茫然としている。

 レロティウス記者の2人のシリア孤児を報じたルポ(2016年7月9日号)は多くの読者に感動を与えたという。シリアのアレッポで両親を失い、トルコに逃げた2人の孤児、アメッド(Ahmed)はくず鉄集めに、姉のアリン(Alin)は裁縫の仕事に従事したという。その話はドイツ国民を感動させ、同記者の支援キャンペーンにも多くの読者が応じたが、全ての支援金は記者個人の口座に入ったわけで、その全容は解明されていない。

 レロティウス記者は読者へのメールで「残念ながら、領収書は作れないが、私を信じてほしい、全ての支援金は2人のシリア孤児に渡るようにするから」と書いている。同記者は今なお「シリアのルポの内容は本当だ」と弁明しているという。

 シュピーゲル誌は、「社として支援キャンペーンは行っていない。記者が個人アカウントを利用して読者に支援を呼び掛けた。わが社は後日、シリアの子供たちを助けているトルコの子供支援団体( Hayata Destek)に 献金を呼び掛けただけだ」と説明している。

 同誌はレロティウス記者に随伴したトルコ・イスタンブール出身の報道カメラマン、エミン・エツメン氏(Emin Ozmen)に質問している。同氏はレロティウス記者のルポ記事を初めて読み、「2人のシリアの子供は姉弟ではないよ。孤児でもない。もちろん、2人はドイツに養子にも行ってはいない。トルコ南東部の都市ガズィアンテプに住んでいるよ」というのだ。ルポ記事のように、子供は母親の死体を手で埋葬していない。母親は生きているからだ。

 アメッドの家族と接触のあるエツメン氏は、「すべて嘘だ。アメッドは電気技師として同じ町で働いている。アリンという名前の姉は全く知らない。アメッドには姉はいない」という。すなわち、ルポ記事の内容の多くは記者の創作だったわけだ。

 2人のシリアの孤児のかわいそうな運命に心を動かされたドイツ国民は子供を支援したいという声をシュピーゲル誌編集部にメールや手紙で送ってきたという。それほどルポ記事の内容は感動的だったわけだ。

 レロティウス記者は別のメディアに、「2人のシリアの子供は現在、ドイツのニーダーザクセン州の小さな町でドイツ人家庭の養子として成長、アリンは15歳、アメッドは間もなく14歳になる。2人はドイツ語を学ぶ一方、シリアで体験した両親の死などの悪夢から解放されるために精神的療法を受けている」と詳細に説明している。

 同記者の過去の記事を検証していけば、多くの捏造、創作が今後も見つかるだろう。驚かされることは、繰り返しになるが、欧州の高級誌を誇るシュピーゲル誌がなぜこれまでレロティウス記者の捏造、創作活動に気が付かなかったかという点だ。トランプ米大統領のフェイクニュース報道に専念するあまり、自社の編集記者の捏造記事までには頭が回らなかったのかもしれない。

 レロティウス記者のルポ記事を読んでも分かるように、その表現は文学的であり、詳細だ。北朝鮮問題を取材していた時、北専門家の一人が、「嘘をつく者はどうしても長々と説明しようとする。その内容は詳細に及ぶ。なぜならば、嘘だからだ。真実の場合、あまり説明はいらない。詳細な説明がついた情報には気を付けた方がいい」と語ったことを思い出す。レロティウス記者のルポ記事はその意味で典型的な捏造記事だったといえるわけだ。

英国離脱後のEUは本当に大丈夫か

 当コラム欄で過去4000本以上のコラムを書いてきたが、英国をテーマに書いたコラムは主にテロ事件だけで、純粋な英国物語が少ないことに気が付いた。昔の話だが、当方は半年間ほど英国に住んでいたし、英国は全く未知の国ではないのだが、ウィーンに居住してからは英国は地理的以上に遠い国になってしまった。その主因はやはり英国と欧州の間には海(イギリス海峡)があることだ。英国国民にとっても多分、海を越えた先の大陸は欧州(ヨーロッパ)であり、英国はその大陸には所属していないという意識が強いのではないだろうか。

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▲クリスマス休暇後の来年1月7日に再開する英議会(英議会公式サイトから)

 英国は2016年6月、欧州連合(EU)に留まるか否かの国民投票を実施し、僅差で離脱派が勝利。それを受け17年3月、国民投票の結果に基づきEU離脱(ブレグジット)を決定し、EUの本部ブリュッセルに離脱意思を正式通告し、同年6月から離脱交渉を始めた。通告から2年後の来年3月29日には離脱が実行されることになっている。英国は1973年にEUに加盟してから45年以上の年月が経過したが、英国のEU離脱は英国国民だけではなく、欧州全体に大きな影響を及ぼすことは間違いない。

 英国ケンブリッジ大学国際関係史のブレンダン・シムス(Brendan Simms)教授は独週刊誌シュピーゲル(12月15日号)とのインタビューで、「英国はEUから離脱するが、欧州から離脱するのではない」と強調する一方、「離脱する英国の未来より、英国を失った欧州の未来のほうが深刻ではないか」と指摘している。英国は歴史的に多くの戦いを経験してきた。英国はEU離脱で経済的に大きなダメージを受けるが、主権国家を奪回した英国は立ち上がるだろうと予想している。シムス教授はEU離脱後の英国の未来については結構楽天的だが、英国が抜けた後のEUの行方についてはかなり悲観的だ。

 英国は世界第5位の経済大国(米中日独)であり、第4の軍事大国(米露中)だ。英国がEUに占めてきた経済実績は全体の15%、EU人口の13%だ。その大国が抜けた後はEU全体の国際社会に占める存在感、パワー、外交力は弱体せざるを得ないことは明らかだ。

 英国のEU離脱問題では経済面への影響に集中しているが。地政学にも新しい状況が出現する。英国が抜けたEUには米露中の世界の軍事大国に対抗できるパワーは全くない。マクロン仏大統領が推進し、メルケル独首相が賛同する「欧州軍」の設置も目下、まだペーパー上であり、加盟国間でコンセンサスが得られ、実現するまでには多くの年月と交渉が必要だろう。

 英国とEU間の離脱交渉は難航した。加盟国の離脱が初体験だからだけではない。英国は離脱後もこれまで加盟国として受けてきた恩恵を最大限キープしていきたい気持ちが強い一方、ブリュッセル側は英国の離脱決定が成功裏に進展し、離脱後英国がこれまで以上に発展する状況を回避したい思いがあったからだ。なぜならば、EU内には主権国家への回帰を主張し、ハンガリーやポーランドのように「自国ファースト」を標榜する加盟国が少なくないだけでなく、加盟国内の極右政党や民族政党が「それみろ、EUに加盟するメリットはない」と主張し、反EUを国民に煽ることになりかねないからだ。ブリュッセルはそれを回避するために、英国との離脱交渉では可能な限り離脱に伴う痛みを英国に与えようと考えてきたはずだ。

 EUと英国間の離脱交渉が難産だったのは当然の結果だ。換言すれば、離脱交渉では、英国は既成の利権確保のため最大限のエゴイストとなる一方、ブリュッセルは脱退する加盟国に最大限の痛みを与えるサディストとして戦ってきたからだ。スムーズにいくわけがない。

 英議会は今月11日にEUとの合意(案)について採決をする予定だったが、投票は来年1月に延期された。メイ政権の行方を含め、英議会の動向も不透明さを増してきた。「合意なき離脱」も現実味を帯びてきている。同じように、英国が去った後のEUの未来にも陰りが出てきた。欧州の統合の原動力役を演じてきたマクロン仏大統領は国内の反政府デモに押され、メルケル独首相は難民・移民問題で守勢を強いられてきている。

 19年3月末には、欧州は18年まで続いてきた欧州ではなくなるだけに、英国国民だけではなく、欧州国民全てが不安と懸念を感じながら、新しい欧州に直面することになるわけだ。

“ハンガリー式”労働者不足対策

 東欧のハンガリーで今月12日、同国国民議会が改正労働法を採決し、雇用者側が労働者に要求できる残業上限を従来の年間250時間から400時間まで許容されるようになった。それ以来、同国各地で野党や労働組合が反対デモを繰り広げ、「改正労働法は労働者を奴隷のように働かせる悪法だ」と糾弾、改正法案を「奴隷法」と呼び、強く反対している。国民議会前で警察隊とデモ参加者の衝突も起きている。

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▲反オルバン政権デモ、2018年12月15日(ハンガリーの野党「社会党」公式サイトから)

 21日にも首都ブタペストで約5000人が参加した反対デモが行われた。反対デモはブタペストだけではなく、北西部シェール市やデブレツェン市など他の都市にも波及してきた。それに先立ち、同国のアーデル・ヤーノシュ大統領は20日、改正労働法案に署名し、同法は正式に成立したばかりだ。

 AFPの報道によると、「セゲド市とシャルゴータルヤーン市の議会は21日、労働者の反対を考慮して改正労働法を施行しない決議案を可決している」というから、中道右派政権オルバン政府の政策に対しては賛否があるわけだ。ちなみに、同国では19日、約2300人の警察官が過去3年間の約5万時間の残業代未払い分の支払いを要求する公開書簡を発表している。

 オルバン政権は「企業や工場で労働者不足が深刻となってきている」と説明する一方、残業が増えることで労働者の手当てが増えるなどメリットも出てくる、と理解を求めている。労働組合はクリスマス明けの新年早々にも「奴隷法」の撤廃を要求するゼネストも辞さない構えだ。

 ところで、労働者不足はハンガリーだけではない。先進諸国で等しくみられる状況だ。少子化、人口減少に直面し、不足する労働者をどこから補給するかが大きな課題となっている。

 例えば、日本の場合、労働者不足を解決するために外国人労働者の受け入れ枠拡大、それに関連して出入国管理法の改正案が成立したばかりだ。建築業界、介護業、外食業界などにとって外国労働者の受け入れはもはや緊急の課題である。ただし、外国からの人材受け入れ問題は、人材不足の解消だけに制限される問題ではなく、外国人の増加に伴う治安問題、言語の問題から社会慣習の軋轢などさまざまな問題が浮かび上がってくる。外国人労働者の受け入れを促進するためには、社会全体の受け入れ態勢の整備が急務となる。

 一方、オルバン政権の場合、難民・移民の受け入れを拒否、外国人材の受けれには積極的ではないこともあって、労働者不足は国内の既成労働者の就業時間を増やす以外に早急な解決の道はない。

 興味深い点は、オルバン政権と同様、難民・移民の受け入れに厳格なオーストリアのクルツ政権は一日の労働時間を従来の8時間から最大12時間まで延長を認める政策を施行したばかりだ。その結果、ハンガリーと同様、野党の社会民主党(SPO)や労働組合が強く反対している。彼らは労働時間の短縮を要求する一方、労働不足については実行可能な代案を提示できないでいる。

 オーストリアの場合、厳密にはハンガリーと日本の政策の併用というべきかもしれない。ある一定の外国人労働者を受け入れる一方、資格の乏しい移民の受け入れを制限するわけだ。

 まとめると、労働者不足の解決策として、.魯鵐リーのように、超過労働時間の大幅な上限拡大を認める、日本のように外国人材の受け入れ枠を拡大し、不足を解消する。オーストリアのように,鉢△鯤四僂垢襦△覆匹考えられる。

 どの政策がベストかはその国の産業規模や社会・文化の違いもあって一概には言えない。繰り返すが、労働者不足は、単なる産業界の発展に伴う経済的理由だけではなく、「少子化」、「家庭の崩壊」など先進諸国が直面している社会問題と密接に絡んでくる大きなテーマだ。

独シュピーゲル記者の捏造記事問題

 独週刊誌シュピーゲルは欧州メディア界では最も代表的なメディアとして評価が高い。その週刊誌記者が書いてきたルポルタージュやインタビューが事実ではなく、捏造、ないしは創作記事であったことが明らかになり、独シュテルン誌の「ヒトラーの日記」(1983年)以来のスキャンダルとして独メディア界に大きな衝撃を与えている。シュピーゲル誌が19日、オンラインで発表した。

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▲欧州の代表的週刊誌シュピーゲル最新号(51号)の表紙

 捏造記事を書いてきたのは33歳のクラース・レロティウス(Claas Relotius)記者で7年間余りシュピーゲル編集部で勤務し、社会テーマを中心に記事を書いてきた。同誌によると、約60本の記事が過去、掲載されたが、少なくと14本は捏造、創作記事の可能性があるという。

 彼はシリア内戦の青年たちの素顔などのルポ記事を同誌に掲載し、2014年にはCNNの「今年のジャ―ナリスト」に選出されるなど、各種のメディア賞を受賞してきた若手ホープのジャーナリストだ。12月初めにも「ドイツ報道者賞」を受賞している。同記者はシュピーゲルだけではなく他のメディアにも記事を書いてきた売り出し中の記者だった。

 捏造が発覚した最初のきっかけは、米・メキシコ国境のルポ記事だ。シュピーゲルの同僚ユアン・モレノ記者(Juan Moreno)が現場に出かけ、記事の内容を検証取材したところ、レロティウス記者が会見したという2人とは会っていないことが判明するなど、記者の捏造疑惑が強まった経緯がある。

 レロティウス記者は最初は捏造記事という疑いを否定してきたが、先週に入り、捏造記事であることを認めた。同記者は調べに対し、「失敗するのではないかという不安と恐怖があった」と述べ、上司の期待に応えなければならないといったストレスが強く、インタビューしていないのにインタビュー記事を書き、現場取材していなくてもルポ記事を自分で勝手に創作するなどを繰り返してきたという。

 ちなみに、記者の筆力はものすごく、記事は読者に感銘を与えるような洗練された表現の記事が多かったという。要するに、文才は他の記者よりあったことは間違いない。

 シュピーゲルといえば、パナマ文書の検証を英紙ガーディアンなどと共に担当するなど、国際社会でも評価は高い。ドイツの政治家の中にはシュピーゲルの記者からインタビューの申し込みを受けると、「何か嗅ぎつけたのではないか」と不安になるという。そのシュピーゲルで誰にも気が付かれることなく捏造記事を書き続けてきたわけだが、同誌編集関係者は「どうしてそのようなことができたのか」と首を傾げているほどだ。

 シュピーゲルはリベラルなメディアで米紙ニューヨーク・タイムズ、ワシントンポストの論調を支持し、トランプ大統領を機会ある度に批判し、CNNと共にフェイクニュースと酷評し、ファクトチェクと名付けてその言動を監視してきた。そのシュピーゲルの記者が捏造ニュースを流してきたというわけで、同誌編集関係者のショックと失望は大きい。シュピーゲルのウルリッヒ・フヒトナー編集員は、「シュピーゲル70年の歴史の中で最悪な出来事だ」と嘆いている(オーストリア代表紙プレッセ12月20日付)。

 シュピーゲルは編集長が交代したばかりだ。3年半編集長を務めてきたクラウス・ブリンクボイマー氏が10月末に退職し、シュテフェン・クルースマン氏が新編集長となった。新編集長は新しい編集方針を打ち出し、紙面の刷新などを推し進めていこうとしてきた矢先だ。不幸にも、新編集長の最初の仕事が編集記者のフェイク問題を全容解明し、編集内の雰囲気を改善することに向けざるを得なくなったわけだ。

 シュピーゲルは内外の専門家から構成された調査委員会を設置し、どうして長い間、捏造記事に気が付かなかったかなどを検証していくという。

 捏造記事といえば、ドイツでは週刊誌シュテルンの「ヒトラーの日記」(1983年)、米ニューヨーク・タイムズでは2003年、レポーターのジェイソン・ブレア記者(Jayson Blair)のスキャンダルが有名だ。ニューヨーク・タイムズ編集関係者は当時、「ニューヨーク・タイムズの最大の汚点」と発言したことは記憶に新しい。

 最後に、捏造するジャーナリストの心理面だ。彼らは現実と架空の区別ができなくなる。「現実」は実際見える世界ではなく、自分が願う世界となる。心理学的には、Pseudologia Fantastica(虚言癖)、ないしは「ミュンヒハウゼン症候群」(虚偽性障害)と呼ばれる状況だ。
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