ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2019年05月

「40」は神のラッキーナンバー?

 30日は「イエスの昇天」の日に当たり、「復活祭」(イースター)に連動した移動祭日だ。カトリック教国のオーストリアでは休日だった。クリスマスや復活祭とは違い、国民はプレゼント買いや礼拝参加といったストレスはなく、日ごろの疲れをとるためにゆっくりと休む国民が多い。

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▲「方舟を出た後のノアによる感謝の祈り」ドメ二コ・モレッリの画(1901年)=ウィキぺディアから

 ゴルゴダの丘で十字架上で亡くなったイエスは3日後、復活し、その後40日間、散らばった弟子たちを訪ね、福音を延べ伝えた後に昇天した。それからキリスト教が始まり、世界宗教へと発展していったのである。

 ところで、イエスはなぜ、復活後40日間、地上に留まったのか、「30日」でも「100日」でも良かったのではないか。実際は40日間だ。興味深い点は、新旧約聖書66巻の中には数字「40」が頻繁に登場することだ。代表的な例としては、ノアの40日間の洪水、モーセの2度の40日間断食、カナンの偵察期間40日間、イエスの40日間断食、そして復活後の40日間だ。なぜ神は「40」という数字に拘るのだろうか。ひょっとしたら、「40」は神にとってラッキーナンバーではないか。

 神はノアに(アララト)山頂で方舟を建設するように命じる。40日間、天が割れ、大洪水が襲ってくるからだという。洪水は25日間でも、30日間でもない。40日間続いた。モーセはユダヤ民族をエジプトの奴隷生活から解放し、神の約束の地カナンに向かったが、60万人のイスラエルの民は不信仰を犯し、金の子牛を造り、それを神として拝んだ。激怒したモーセは神からもらった十戒の石版を壊した。神はモーセに40日間断食すれば、新たに石版を与えると約束する。30日間の断食でもなく、50日間の断食でもない。神は40日間の断食をはモーセに命じたのだ。

 “第2のアダム”の立場だったノアは40日間の洪水後、人類の始祖として再出発する。モーセも40日間の断食後、イスラエルの民を再結束し、カナンへ向かう。復活後のイエスの時も同様だ。ユダヤ教から別れを告げ、新約の福音を携えて神のみ言葉を延べ伝えるキリスト教が始まる。困難を克服し、新しい出発の時、神は不思議と数字「40」に拘っていることが分かる。

 もちろん、数字「40」だけではない。例えば、「3」も聖書には頻繁に出てくる数字だ。イエスの3弟子、3大天使、ノアの箱舟の3構造、サウル、ダビデ、ソロモンの3王などだ。聖書の世界以外でも、3度目の正直、3つ子の魂100まで、といった数字「3」に言及した格言がある。物理の世界でも、ものを安定するためには3点が必要だ。1点、2点では定着できない。

 宇宙を観測する天文学者や物理学者たちは最性能の望遠鏡を駆使して宇宙を観測するが、宇宙が無秩序で構成されていたら、宇宙を観測できない。宇宙の観測性は、すなわち、宇宙が偶然に出来上がったのではなく、一定の数理性をもって構築されていることを実証しているわけだ。だから、人類はこれまでの学問的実績を土台としながら宇宙を眺め、その秘密を解明しようとしてきた。

 その意味で、「宗教と科学」の対立、といった命題は基本的に間違っている。神は最高の科学者だ。「科学」の世界を通じて、神がその作品の中に秘めた数理性、公式を解き明かし、「宗教」の世界を通じて、神に戻る道を教え、諭してきた。宗教と科学は相互補完関係といえるわけだ。

 「イエスの昇天」に戻る。イエスは「40日間」、福音を延べ伝え、新しい出発の土台を築いた後、昇天した。その後の2000年間のキリスト教の歴史はある意味でサクセス・ストーリーだったが、限界が見えてきた。イエスの十字架を信じる人々に一定の恩恵を与えたが、キリスト教神学の土台を築いた聖パウロ自身が告白しているように、十字架の救済には限界が明らかになってきた(「ローマ人への手紙」7章22節)。だから、イエスの再臨はどうしても不可避となるが、その前に数字「40」を成就する何らかの出来事が必要となるはずだ。

極右党はコンセンサス政治の所産?

 欧州議会選挙(定数751)が23日から26日にかけ、欧州連合(EU)の28カ国の加盟国で実施された。その結果、予想されたことだが「欧州人民党」(EPP)と「社会民主進歩同盟」(S&D)の2大会派がこれまで握ってきた議会の過半数を失う一方、EU懐疑派やポピュリズム派政党が議席を増やしたことから、欧州議会の運営が一段と難しくなる。

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▲フランスの極右政党「国民連合」のマリーヌ・ルペン党首(「国民連合」公式サイトから)

 ところで、オーストリアの日刊紙プレッセは28日付でベルギー出身の政治学者、ロンドンのウェストミンスター大学のシャンタル・ムフ教授(Chantal Mouffe)とのインタビュー記事を掲載していたが、同教授は、「政治の政界では意見、政策の違いが実質的な要素であり、その敵対、反目(Antagonism)を排除しようとするコンセンサス政治は最終的には民主主義を害し、極右党や極左党を生み出す」と主張している。例えば、「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)と「社会民主党」(SPD)の2大政党から成るドイツの第4次メルケル連立政権は民主主義政治のエッセンスを失う一方、それを拒否する極右政党(「ドイツのための選択肢」AfD)が台頭し、国民の支持を得てきたわけだ。

 欧州では久しく、左右の政治信条を有する2大政党が政界を主導し、選挙の度に相互が入れ替わって政権を掌握したり、2大政党から成る大連立政権が生まれてきた。大連立政権は「国民の過半数以上を代表し、政治の安定化に寄与する」と歓迎されてきたが、ここにきて2大政党のコンセンサス主導の政治に、国民の間に物足りなさ、不満が出てきた。その結果、欧州全土で極右党が生まれ、ポピュリズム派指導者が出てきたというのだ。

 ムフ教授は、「アンタゴニズム(敵対主義)の排除こそ民主主義の発展と受け取られてきたが、実際は有権者の選択肢を制限することになった。だから、社会の中でもコンセンサス政治に自分の思想や願いを反映していないと感じだす国民が出てきたわけだ」と説明する。

 ドイツのSPD党員の間にも、「メルケル政権では我々の党の政策を実施できない。譲歩と妥協を強いる大連立はSPDにとってマイナスだ」という声が聞かれる。党の政治信条を維持したいと考える党員の中に大連立政権反対の声が高まるのは自然だろう。SPDの低迷現象は大連立政権のコンセンサス政治に対する有権者の拒絶反応といえるわけだ。

 ムフ教授によれば、そこでコンセンサス政治を拒否し、自身の政治信条の実現を声高く主張する極右党が生まれてきた。極右派は移民政策では反移民、外国人排斥をキャッチフレーズにして国民に支持を求める。一方、欧州の左派政党は、「移民政策ではネオ・リベラルなユートピアを主張して苦戦している。左派党に必要なことは有権者の心をとらえる左派ポピュリズムだ。欧州の左派は中道に関心を寄せるあまり、国民の関心事を忘れている。左派関係者はなぜ国民は極右党を支持するのかを考えるべきだ」という。

  フランスのジャン・リュック・メランション氏の左翼政党から今月、アンドレア・コタラック議員がマリーヌ・ルペン党首が率いる極右政党の「国民連合」に移った。極右派と左派政党間の壁が一部なくなってきているのだ。

 ちなみに、マリーヌ・ルペン党首は、「自分は右派でもない。左右の政党には多くの共通点がある。両党とも民主主義を取り戻そうとしていることだ」と説明している。

 ムフ教授は、「フランスの左派政党にはジャン・リュック・、メランション氏のように、移民問題で国境の閉鎖などハンガリーのオルバン首相のような移民政策を主張する政党が出てきた。移民政策では、国民の関心、その保護をまず考える左派ポピュリズムが重要だ」と指摘している。

クルツ氏の政権カムバックは確実?

 オーストリア国民議会(下院、定数183)で27日午後(現地時間)、クルツ暫定政権への不信任案が賛成多数で可決された。内閣不信任案が可決されたのは同国議会では戦後初めて。不信任案は最大野党、社会民主党が提出し、クルツ政権の連立パートナーだった極右自由党と野党「イエッツト」が支持したことで、可決された。

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▲政権カムバックを狙うクルツ氏(オーストリア国民党公式サイトから)

 中道右派「国民党」(党首・クルツ首相)と極右自由党(党首シュトラーヒェ副首相)から成るクルツ連立政権は2017年12月発足したが、シュトラーヒェ副首相の“イビザ島スキャンダル”が今月17日に発覚し、同氏は翌日(18日)、副首相と党首を辞任。その直後、クルツ首相は、自由党との連立を解消して、9月に早期総選挙の実施を表明、それまで自由党が占めていた閣僚ポストを専門家に委ねる暫定政権を発足させたばかりだ。暫定政権は1週間余りの超短命政権となった。

 暫定政権が倒れたことで、バン・デア・ベレン大統領が9月の選挙まで新たな暫定首相を任命し、暫定政権を発足させることになる。暫定政権の首相には、.ーストリアの国籍保有者、■隠減舒幣紂↓6カ月前まで刑務所に拘留されていなかった者、の3つの条件に該当する国民ならば首相に就任する資格があるという。現地のメディアによれば、政権不在の空白を長引かさないために、ここ数日内にバン・デア・ベレン大統領は暫定首相を任命し、暫定政権の組閣を要請することになるという。28日の欧州連合(EU)首脳会談にはレ―ガ―財務相をブリュッセルに派遣する。

 クルツ政権崩壊の契機となったイビザ島事件とは、自由党党首のシュトラーヒェ副首相が2017年7月、イビザ島で自称「ロシア新興財閥(オリガルヒ)の姪」という女性と会合し、そこで党献金と引き換えに公共事業の受注を与えると約束する一方、オーストリア最大日刊紙クローネンの買収を持ち掛け、国内世論の操作を唆すなど「ウォッカの影響」もあって暴言を連発。その現場を撮影したビデオを独週刊誌シュピーゲルと南ドイツ新聞が17日午後6時、報じたことから、オーストリア政界に激震が走ったわけだ(「政治の世界は一寸先は闇だ」2019年5月23日参考)。

 社民党のレンディワーグナー党首は、「クルツ首相は過去2年間で2度、政権を潰してきた。オーストリアの政変の責任はクルツ首相にある」と主張、クルツ首相への不信任案を考えていたが、自由党との協議でクルツ暫定政権への不信任案を提出することになった経緯がある。

 一方、連立政権から離脱した自由党のキックル前内相は、「イビザ島の不祥事の責任を取って副首相である党首が辞任したにもかかわらず、クルツ首相は連立政権を崩壊させ、政権を完全に自分の意向で運営するために画策してきた」と批判し、「2年前に撮影されたビデオがなぜここにきてメディアに流れたのか、誰がビデオ撮影を指示し、誰が費用を支払ったかの全容を解明する」と主張している。

 複数のメディア情報によると、ウィーンの弁護士事務所が事件に関与。同事務所がドイツのミュンヘンの探偵事務所にイビザ島でのビデオ撮影やおとりのロシア人女性(実際はラトビア人女性)を手配したという。おとり工作には国民党の牙城、ニーダーエステライヒ州国民党関係者とオーストリアの情報機関「連邦憲法擁護・テロ対策局」(BVT)が関与していた疑いが濃厚という。狙いは、極右党の自由党をスキャンダルでクルツ政権から追放することにあったという。ウィーンの弁護士はミュンヘンの探偵事務所に話を持ち込んだことまでは認めているが、誰がおとり工作を依頼し、資金を出したかは明らかにしていない。

 国民的人気の高い32歳のクルツ氏は9月の総選挙で国民党を第1党にし、政権にカムバックする可能性は高いが、イビザ島事件の解明プロセスで国民党関係者の関与が明らかになれば、クルツ党首も無傷では済まなくなる。ちなみに、26日に実施された欧州議会選ではクルツ国民党は同党史上最高の得票率(約35・4%)を得て、第1党となったばかりだ。

欧州議会選が示した独社民党の危機

 欧州連合(EU)加盟国28カ国で23日から26日にかけ、欧州議会選挙(定数751)が行われた。ブリュッセルからの情報によると、欧州議会でこれまで過半数を占めてきた「欧州人民党」(EPP)と「社会民主進歩同盟」(S&D)の2会派は議席を大きく減らし、過半数割れとなった一方、欧州懐疑派、ポピュリズム派政党が飛躍したことから、欧州議会が機能できなくなる状況が予想される一方、今秋に予定されている欧州委員会の指導部人事にも大きな影響が出てくることが必至だ。

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▲欧州議会選で演説するナーレス社民党党首(2019年5月16日、SPD公式サイトから)

 EPPは179議席(2014年比で38議席減)、S&Dは150議席(36議席減)で両会派を合わせても過半数に達しない。一方、飛躍が予想された極右政党、ポピュリズム派政党の「国家と自由の欧州」(ENL)はイタリアやフランスで得票率を伸ばし、2014年の36議席から58議席に議席を増やしたが、大飛躍とまではいかなかった。第3会派はリベラル派「欧州自由民主同盟」(ALDE)で107議席だ。いずれにしても、欧州懐疑派は議会議席の3割を占める予定だ(いずれも暫定結果)。

 ここではEUの盟主ドイツの社会民主党(SPD)の後退ぶりを紹介する。欧州議会選では社民党は得票率15・8%と前回(2014年)比で11・5%減と大幅に得票率を失う一方、同日に行われた独北部ブレーメン州議会選でも戦後からキープしてきた第1党の地位をキリスト教民主同盟(CDU)に奪われるなど、敗北が続いた。

 ドイツの欧州議会選の結果は、キリスト教民主同盟(CDU)の得票率28・9%(6・4%減)、SPD15・8%(11・5%減)、緑の党20・5%(9・8%増)。左翼党5・5%(1・9%減)、「ドイツのための選択肢」(AfD)11%(3・9%増)、自由民主党(FDP)5・4%(2%増)だ。

 SPDは連邦選挙を含む選挙と呼ばれる選挙で得票率を落としてきた。欧州議会議長を5年務めてきた希望の星、シュルツ氏が党首に選出されたが、SPDの低迷傾向にストップをかけるどころか、さらに悪化させて1年余りで党首ポストをナーレス現党首に譲った。

 ナーレス党首も党の低迷を止めることはできず、SPDは昨年10月14日のバイエル州議会選では第5党となり、極右党AfDの後塵を拝したばかりだ。連邦議会選後、SPDは野党に下野する予定だったが、結局、メルケル首相の誘いに乗って第4次メルケル政権のジュニア政党の地位に甘んじることになった経緯がある。

 欧州議会選とブレーメン州議会選の結果、社民党内でCDU/CSUとの大連立政権の解消を要求する声が聞かれる。同時に、党内でナーレス党首の責任を追及する声が出てくるのは必至だ。シュルツ前党首らがナーレス党首落としを画策しているといった“党内クーデター説”すら流れている。

 SPDが大連立から離脱すれば、CDU/CSUとSPDから成る第4次メルケル大連立政権は解消に追い込まれ、2021年の任期満了まで首相を務めると表明してきたメルケル首相自身も首相ポストが危うくなる。

 一方、SPD内の青年社会主義者グループ(JUSO)連邦議長、ケヴィン・キューナルト氏は週刊誌ツァイトとのインタビュー(5月1日)の中で、「大企業の集産化」を提案し、ドイツの政界で大きな波紋を投じている。キューナルト氏の集産主義では、不動産の私有禁止、大企業の国営化などが実施され、その内容は共産主義的計画経済を想起させる。SPDのキューナルト氏は真剣に国民経済の刷新案として考えているというから、同国産業界も驚いたわけだ。(「『独大企業の国営化』発言の衝撃」2019年5月6日参考)。

 また、社民党幹部でシグマ―ル・ガブリエル前外相(59)は25日、政界からの引退を表明している。社民党の行く末に希望を感じなくなったからではないか。社民党内に路線の対立が先鋭化していることが想像できる。

 ちなみに、シュレーダー元首相は、戦後のドイツの労働市場、社会保障制度を大胆に改革し、左派イデオロギーにとらわれない現実路線で国民の支持を得たことがあったが、社民党には第2、第3のシュレーダー氏のような政治家の登場が願われるわけだ。

 社民党の低迷傾向はドイツだけではない。隣国オーストリアの社民党(SPO)でも同じことがいえる。ファイマン首相(当時)が2016年5月辞任し、実業家のケルン氏が新党首、首相に就任したが、17年10月の総選挙で現クルツ首相が率いる国民党に敗北し、政権を失った。野党に下野したケルン党首は18年9月、突然、政界から引退を宣言し、レンディワーグナー女史(前政権で保健相歴任)が女性初のSPO党首に選出された。SPDとSPOは国こそ違うが、同じプロセスを歩んでいる。

 クルツ政権の連立パートナー、極右自由党のシュトラーヒェ党首のイビザ島スキャンダル直後に実施された欧州議会選で社民党は前回比で0・5%だが得票率を失ったのだ。自由党が不祥事に直面し、クルツ首相が率いる中道右派国民党も自由党との連立政権で批判にさらされている時に迎えた欧州議会選で、有利なはずの社民党は有権者の声を吸収できず、得票率を前回より失ってしまったのだ。相手側の失点を自党の飛躍のチャンスにつなげられなかったわけだ。

 参考までに、オーストリアの欧州議会選の暫定結果は、国民党は35・35%で前回比で8・37%増、社民党23・59%(0・5%減)、自由党18・09%(1・63%減)、緑の党13・05%(1・48%減)、ネオス8・15%(0・01%増)だった。投票率50・62%(前回45・39%)。

 ドイツの政界では、長期政権を誇ってきたメルケル政権の終わりが始まっている。昨年12月の党大会でメルケル首相の後継者に選出されたアンネグレート・クランプ=カレンバウアー党首はメルケル色を振るい落としながら独自の政策を模索してきた。一方、SPDは党首は代わったが、党内指導部の政策不一致が目立ち、新鮮さにも欠ける。SPDは党結成以来、最も厳しい状況に直面している。

金正恩「非核化交渉の優先度」下げる

 朝鮮半島の最大の課題は北朝鮮の非核化だが、ハノイの米朝首脳会談(2月27、28日)の決裂でその見通しは再び悲観的になってきた。完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)交渉は振出しに戻った感がする。最大の障害は、北が核兵器の完全な放棄を拒否しているからだ。トランプ米大統領が証言したように、「金正恩朝鮮労働党委員長にはまだその準備がない」ということになる。

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▲核爆発(CTBTOの公式サイトから)

 具体的には、北側は米国との非核化交渉では寧辺の核関連施設の破棄を提案し、それと引き換えに2016年以降の対北制裁の完全な解除を要求。それに対し、米国側は使い古された寧辺の核関連施設の破棄では十分でないとして、未申告のウラン濃縮施設の破棄などを含む完全な非核化を求めたわけだ。

 ジョージ・W・ブッシュ米大統領時代の国務長官だったコリン・パウエル氏が、「使用できない武器をいくら保有していても意味がない」と述べ、大量破壊兵器の核兵器を「もはや価値のない武器」と強調したが、その武器に金正恩氏が執着するのは、北が独裁国家であり、それ以外に国際社会の関心をひくものがない最貧国だという現実がある。だから、金正恩氏を説得するためには、「体制維持の保証」と「国民経済の発展」をオファーする以外に解決策はないが、誰が独裁国家の体制維持を保証できるか、どの国が北の国民経済の発展を支援するかが明確でない時点では、金正恩氏の「完全な非核化」への用意は整っていない、と受け取って間違いないだろう。

 トランプ大統領は2回の米朝首脳会談で金正恩氏に非核化の代わりに、上記の2点の北側の要求に理解を示し、言及もしてきたが、そのビックディールはトランプ氏の第1期任期が残り2年を切った今日、益々非現実的になってきた。金正恩氏はポスト・トランプを考え、非核化交渉の長期化を図りだしたのは当然の反応だろう。金正恩氏は、.肇薀鵐彁瓩虜徳、¬閏臈泙凌径臈領登場、という2つのシナリオを頭に入れて、次の一手を考えているはずだ。換言すれば、金正恩氏にとって、非核化の優先度は下がってきたのだ。

 北朝鮮はこれまで6回の核実験を実施し、核爆発を重ねる度にその核能力を発展させてきた。2006年10月に1回目の核実験を実施した。その爆発規模は1キロトン以下、マグニチュード4・1だった。17年9月3日には爆発規模160キロトンの核実験を行った。北側の発表では「水爆」だという。核兵器の小型化、弾道ミサイルの精密度を高める一方、潜水艦発射ミサイルの開発を急いでいる。

 故金正日総書記の「先軍政治」がほぼ実現した今日、金正恩氏は中国とロシア2大国との関係を修復、強化しながら、国民経済の発展にその目標を移そうとしてきたが、核実験、ミサイル発射の結果、国際社会から厳しい制裁を受け、国民経済の発展の見通しはままならない状況だ。金正恩氏は今日、米国の非核化要求には生返事を繰返す一方、国民経済の発展という非常に難しい課題に取り組みだした、というのが現状だろう。

 国連食糧農業機関(FAO)と国連世界食糧計画(WFP)によると、北朝鮮は今年、136万トンの食糧が不足、人口の約40%に当たる国民が飢餓に苦しむとみられ、緊急支援が必要という(韓国聯合ニュース)。スイスと韓国両国政府は既に国連機関を通じて対北支援を実施すると発表済みだ。もちろん、北国内では、国際社会の対北支援についてはまったく報道されていない。

 以上、金正恩氏を取り巻く状況をまとめてみた。ハノイ後の金正恩氏はトランプ米大統領との3回目の首脳会談を願っていると報じられてきたが、それは再選を狙うトランプ氏側が対北カードを維持するために恣意的に流してきた情報工作の色合いが濃く、非核化交渉への金正恩氏のプライオリティは確実に下がってきた。米国側も熟知しているから、対北カードに代わって、対イラン・カードをここにきて駆使しだしているわけだ。

イビザ事件で関心薄れた欧州議会選

 加盟国28カ国、総人口5億1260万人(2018年)を抱える欧州連合(EU)の欧州議会選(定数751)が23日、英国とオランダを皮切りに始まった。当方が住むオーストリアでは26日、投開票が行われる。オーストリアではマルタと同様、16歳から選挙権がある。

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▲欧州連合の行方を問う欧州議会選(2019年、駐日欧州連合代表部の公式ウェブマガジンから)

 欧州議会選(任期5年)は通常、加盟国の議会選より投票率が低下する。加盟国の中には過去、投票率10%ということもあったが、アルプスの小国オーストリアでは投票率は一般的に高く、45%を超えると予想される。ちなみに、前回(2014年)の加盟国平均投票率は42・61%だった。

 今回は欧州の行方、今秋の欧州委員会指導部の人事など重要な課題を抱える議会選だ。それだけに、ブリュッセル(EU本部)は有権者に投票を呼び掛けるテレビ・スポットを流すなど、欧州議会選へ関心を向けさせてきた。

 欧州議会では中道右派の「欧州人民党(EPP)」と中道左派の「社会民主進歩同盟(S&D)」の両会派が議会の過半数を占めてきたが、今回は欧州懐疑派や反移民、反EUを訴えるポピュリズム政党が躍進することが予想される。

 ところで、オーストリアの場合(議席数18)、欧州議会選挙直前、クルツ連立政権は、連立パートナーの極右「自由党」のシュトラーヒェ党首がイビザ島事件で引責辞任したことを受け、解体され、9月実施の前倒し選挙までの暫定政権が発足したばかりで、有権者の関心は今月27日の議会でのクルツ首相への不信任案の行方に集中し、欧州議会選への関心が薄れている。メディアでもクルツ暫定政権の行方、9月実施予定の前倒し選挙の行方に多くのページを割く一方、イビザ島事件の黒幕探しに読者の関心を引き付けている(「政治の世界は一寸先は闇だ」2019年5月23日参考)。

 そのような中、オーストリアで26日、欧州議会選の投開票が実施される。議会選には国民党、自由党、社会民主党、リベラル党「ネオス」、「緑の党」、そして「緑の党」から派生した「イエッツト」の6政党が候補者を立てている。欧州議会選の結果次第では、27日のクルツ首相への不信任案の行方にも大きな影響が出てくるだけに、各政党は24日(選挙戦最終日)、総動員で有権者に支持を訴えていた。

 複数の世論調査によると、クルツ首相が率いる国民党(筆頭候補者カラス議員)が支持率30%前後でトップを維持。それを追って自由党が予想外に支持を伸ばしている。野党第1党社会民主党はイビザ島事件で党首を失った自由党に抜かれたら大変ということで、総力戦を展開。

 3大政党以外では、「ネオス」がまだ30歳のクラウディア・ガモン候補者を筆頭に立て、新鮮さを演出している。また、前回の総選挙で大敗した「緑の党」が欧州議会選で復活できるかが注目される。

 候補者を擁立した6政党間で政策に大きな差はなく、ブリュッセルの官僚主義や過剰な規制の削減、加盟国の意思決定権の拡大、不法移民への対応といったテーマが訴えられているが、有権者の関心は9月の総選挙に注がれている。イビザ島事件で欧州の極右政党にマイナスの影響を与えるとの観測が流れているが、震源地のオーストリアでは、国民の自由党離れはあまり見られない。

 一方、英国が10月末にはEUから離脱(ブレグジット)するが、その影響は欧州全体を覆うだろう。英国は世界第5位の経済大国(米中日独)であり、第4の軍事大国(米露中)だ。英国がEUに占めてきた経済実績は全体の15%、EU人口の13%だ。その大国が抜けた後はEU全体の国際社会に占める存在感、パワー、外交力は弱体せざるを得ないことは明らかだからだ(「英国離脱後のEUは本当に大丈夫か」2018年12月24日参考)。

 いずれにしても、ポスト・ブレグジットのEUの行方を占う、という意味からも、欧州議会選の結果はやはり大きなインパクトを与えるだろう。

強烈な印象を残した3人の会見相手

 冷戦時代から民主改革直後にかけて、旧東欧共産圏の多くの政治家、指導者と会見した。ハンガリー社会主義労働者党(共産党)のミクローシュ・ネーメト首相を皮切りに、民主改革直後の現職大統領、首相、外相など100人余りの政治家と会見した。今回は、強烈な印象、コメントを残した3人の会見相手を紹介する。

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▲F1の元王者ニキ・ラウダ氏の晩年2016年(ウィキぺディアから)

 最近の話から始める。オーストリアのスポーツ界は大きな英雄を失った。F1レーサーで3度王者となり、その後は航空会社を経営する実業家となるなど、多方面にその足跡を残したニキ・ラウダ氏(70)が20日、亡くなった。1976年のドイツグランプリのレース中に事故でレースカーが燃え、命は助かったものの大やけどをし、頭と顔面を負傷した。一時は生命の危機もあったが、回復するとすぐにレースに戻り、計3度チャンピオンになった。その強烈な意思力と精神的タフさに世界は驚いた。

 F1で王者となった後、ラウダ氏の関心は空に向かった。ラウダ氏が「ラウダ航空」を経営していた時代、当方はウィーン郊外シュヴェヒャートのラウダ航空事務所で会見した。ラウダ氏は、「機械が完全であったならば、事故を犯すのは人間のミスによるものだけだ」という趣旨の話をしてくれた。同氏からメカに対する強い信頼感と熱情すら感じた。ちなみに、F1時代の同氏の操縦は“コンピューター”と呼ばれるほど、ミスの少ないものだった。

 ラウダ航空が1991年5月26日、タイ上空で墜落し乗員乗客223人全員が死亡する事故が発生した。ラウダ氏は後日、「墜落現場を視察した時に見た風景を忘れることができない」と述べている。なお、ラウダ氏の家族によれば、同氏は自身に迫ってきた死に対して「恐れをまったく感じていなかった」という。

 2人目は“ナチ・ハンター”と呼ばれたサイモン・ヴィーゼンタール氏(1908〜2005年)との出会いだ。ドナウ水路近くにあったヴィーゼンタール氏の事務所で会見した。彼の事務所には2人の警察官が常駐していた。当方は彼に、「戦争が終わり、多くの時間が経過したが、なぜ今なおナチス幹部を追跡するのか」を聞いた。ヴィーゼンタール氏は、「死者が許すと言っていない時、生きている人間が犯罪者に許すといえるのか。許すことができるのは死者だけだ」と答えた。その死生観に驚いた。キリスト教は愛と許しを強調する。ユダヤ人は過去を忘れない。民族のために尽くしてくれた人間に感謝する一方、民族を迫害した人間を忘れない。いい悪いは別として、過去のことを水に流すことに慣れている日本人とは全く異なったメンタリティーで、新鮮なショックを受けた。

 ヴィーゼンタール氏には“怖い存在”というイメージがあったが、同氏は会見前、「自分は世界から多くの名誉博士号をもらったが、自分よりも多くの名誉博士号をもらっている人物がいる。あのヴィクトール・フランクル博士だ」と笑いながら語り、壁にかかっている名誉博士号を一つ一つ説明してくれた。その時、ヴィーゼンタール氏はユーモアのある人懐こい人物だな、という印象を受けたものだ。

 最後は旧ソ連最後の大統領ゴルバチョフ氏のペレストロイカ〈建て直し、改革)路線の推進者だったアレクサンドル・ニコラエヴィチ・ヤコブレフ氏(1923〜2005年)だ。彼とはウィーンのホテル内で会見した。彼のスケジュールは一杯で、会見時間は制限されていた。仲介してくれたウィーンの会議主催者に「質問は5問だけです」と断り、会見を始めた。ヤコブレフ氏は簡潔に答えてくれた。当方が質問の数を忘れていた時、彼は「君、それで5番目の質問だよ」と言った。ペレストロイカの思想的指導者は当方の質問の数を数えながら答えていたのだ。

 大統領や首相と会見する時、事前に会見の持ち時間を聞く。そして会見時間が少ない時は質問の優先順位を代えたりする。会見時間が超過する恐れがあった時は、「あと2問です」と断って相手側の理解を求める。

 ロシア人は欧州に属するが、その思考パターンは違う。国連でロシア人記者の会話を聞いていると、「彼らは通常の欧州記者とは違う感覚だな」ということを頻繁に感じてきた。

 事務所でコラム書きに没頭していると、昔の会見相手との出会いが思い出されることがある。同時に、日本から来た一介のジャーナリストに過ぎない当方に貴重な時間を割いて多くのことを語ってくれた会見相手に感謝の思いが湧いてくるのだ。

 蛇足だが、大統領や首相と会見する時、会見相手へのプレゼントとしてウィーンの日本商品店で梅酒を買って持って行ったものだ。一度、スロベニアの大統領と会見した時、当方の梅酒のお返しとしてスロベニア産のワインをプレゼントされたことがある。会見相手からお返しをもらったのはあの時が初めてだった。

丸山穂高議員とシュトラーヒェ氏

 日本維新の会の丸山穂高衆議院議員(大阪19区)が今月、北方領土の国後島ビザなし訪問時に、「北方領土を戦争で取り返すことに賛成か反対か」という問いを発し、戦争を煽る発言だということで批判が沸き上がり、同議員は維新の会から除名処分を受けたというニュースを知った。その後も様々な批判と意見が飛び出しているが、本人は議員を止める考えはないという。

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▲丸山穂高議員(2017年1月27日、衆院予算委員会)

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▲シュトラーヒェ自由党前党首(副首相と自由党党首のポストの辞任を表明するシュトラーヒェ氏=オーストリア国営放送から、2019年5月18日)

 ところで、オーストリアでは極右政党「自由党」のシュトラーヒェ党首が、イビザ島での暴言ビデオが流れ、クルツ政権下の副首相と自由党党首のポストを失ったばかりだが、「そういえば日本の丸山穂高議員とシュトラーヒェ氏は似ているな」と気が付いた。そこで、丸山氏の不祥事について報じたブログをもう一度読み直したら、両議員は確かに似ている。国民によって選出された国会議員という立場だけではない。両議員は酒で躓いた、ということに気が付いた。

 当方は酒を飲まないので、飲まない人間が飲む人間の不祥事についてあれこれ言っても意味がないし、観念的な話となるのが落ちだが、なぜ人は酒を飲みすぎると暴言を吐くのか、当方には非常に関心があるテーマだ。

 シュトラーヒェ氏が暴言を吐いた現場のビデオがメディアに流れ、引責で副首相と党首のポストから辞任したが、その時、「格好よく見せたいというティーンエイジャー気取りもあり、ウォッカの影響も手伝って暴言を吐いてしまった」と述べている。すなわち、ウォッカを飲みすぎて普段なら言わないような内容を語ってしまった、「バカであり、無責任だった」と謝罪している。

 丸山氏の知人の1人、作家の宇佐美典也氏のブログ(5月16日)を読んで、丸山氏はアルコール依存症だと知った。それでは、戦争で奪われた北方領土を奪い返すという考えはアルコール飲酒がなした仕業だろうか。聡明な知性の持ち主がなぜ酒を飲みすぎ、時には不祥事や暴言を吐くのか。それとも暴言が先で、酒はその言い訳に過ぎないのだろうか。

 神脳神経学者の説明によると、「酒による不祥事、暴言は知性水準にはあまり関係なく、酒を飲むと脳神経の防御メカニズムがマヒし、検閲メカニズムが停止するため、普段抑えられてきた内容や考えが飛び出しやすくなる」という。社会は共同体だから、人は自分の本姓を知性でコントロールし、検閲し、制御しながら生きていかざるを得ない、という説明は一理ある。その社会の規則を破った丸山氏とシュトラーヒェ氏は当然制裁を受けなければならなかったわけだ。

 シュトラーヒェ氏も丸山氏も国会議員を務める聡明な人間だと思うが、「酒が知性を眠らせ、本来の自分の世界が目覚め、暴言を吐いたり、不祥事が起きるのだ。検閲メカニズムをスルーした、その人間の偽りのない姿、考えが出ただけだ」といわれれば、多分そうかもしれない。しかし、それでは“偽りのない自分”を発揮するのを`助ける酒を批判できなくなる。

 オーストリアはローマ・カトリック教国だ。そのオーストリアでイビザ島事件が起き、暴言を吐いたシュトラーヒェ氏らは政権から追放されたが、バチカン・ニュースはシュトラーヒェ氏の言動を厳しく批判している。「政治家になる以上、そのパーソナリテイが成熟していなければならない」と説教するドイツの司教のコメントが掲載されていた。それではパーソナリテイが成熟している聖職者がなぜ未成年者への性的虐待を犯すのか、なぜ教会はそれを防止せず、隠ぺいしてきたのか。聖職者は通常、アルコール類を飲まないが、性犯罪を犯し、時には失言するとすれば、シュトラーヒェ氏や丸山議員以上に“質が悪い”といわざるを得なくなる。

 オーストリアの野党議員ピルツ氏は女性に対するハラスメント問題で一時議員を辞職した。その時、「会合で酒を飲みすぎたからだ」と弁明していた。酒を飲みすぎて女性に性的ハラスメントを犯したというのだから、ある意味で一貫性がある。全て酒がなした業だからだ。例外は酒を飲まなくても性犯罪に走る聖職者だ。だから、フランシスコ法王が声を大にして聖職者の性犯罪対策を叫んだとしても難しいわけだ。酒が原因ならば、酒を飲まなければいいだけだ。聖職者の場合、問題は酒ではないからだ。

 シュトラーヒェ氏と丸山氏の問題に戻る。酒を飲みすぎると、聡明な知性も働かなくなり、本音が飛び出したり、暴言が出てくる。ここで少し考えたいことは、丸山議員の発言内容だ。ロシアのクリミア半島の併合を目撃したきた我々は国際世界がパワーによって動かされている現実を見てきた。丸山氏はその国際社会の現実を表現したわけだ。丸山議員の発言内容はフェイク情報や虚言ではない。だから、丸山議員の発言内容を問題視することは間違っている。正しい内容を発言したゆえに、制裁を受けるという状況に陥ってしまうからだ。問題はその発言内容をしらふの状況で誰にも誤解されないように語らなかった点だろう。多数の人々の前で演説する国会議員ならばその場の空気を読む訓練が不可欠だ。

 シュトラーヒェ氏の場合、党献金と公共事業の受注優先やメディア操作といった話はかなりきわどい内容だが、忘れてならない点はシュトラーヒェ氏は当時、野党指導者に過ぎず、言いたい放題の発言をして人気のあった政治家だ。本人も言っていたが、自分の傍に美人のロシア人女性が座っていたこともあって、その口は一層滑らかになっただけだ。すなわち、政治権限もない野党指導者がウォッカの助けもあって、日ごろ見聞きしてきた内容をロシア人女性の前で披露しただけだ。それがビデオに撮影されたことは、シュトラーヒェ氏にとって不幸だったが、政治生命を失うほどの蛮行だったか否かは判断が難しい。

 明確な点は、オーストリアの政界では過去、社民党政権が党献金と引き換えに公共事業の受注を優先してきたことはあったことだ。また、メディアを買収して情報操作をしている政治家は隣国ハンガリーのオルバン政権を思い出すだけで十分だろう。すなわち、シュトラーヒェ氏は現実の政治の政界で繰り広げられている状況を説明しただけだ。ただし、その現実の政治を描写したことで、多くの若い世代に政治不信を一層駆り立てたことは間違いないだろう。シュトラーヒェ氏が受けるべき批判はその点にある。まだもらってもない党献金話や、権限もない野党指導者の公共事業の受注話は単なる寝言に過ぎない。

 丸山議員もシュトラーヒェ党首もその発言内容が問題というより、むしろ現実の政治情勢を語った発言で制裁を受けているわけだ。その発言内容を吟味し、ファクトチェックをすれば、批判する側が守勢に回されるかもしれない。そして批判する側とは脳神経の検閲メカニズムが機能している人々、社会を意味する。検閲をスルーして飛び出す考え、アイデアをできるだけ抑制しようとする側だ。

 それでは、酒を飲んでその制御メカニズムを壊し、本来の自分の世界を取り戻すことは問題ではない、という理屈にもなる。そうではない。酒の手助けで飛び出す、偽りのない自分、本音はやはり本当の自分ではないことが多いのだ。“偽りのない自分”というのが曲者だ。酒で飛び出す“偽りのない自分”はまた別の妄想であり、本当の自分はその妄想に押しつぶされているケースが多いのではないか。不幸なことだが、われわれの天性の自分は2重、3重のバリアで取り囲まれているからだ。

政治の世界は一寸先は闇だ

 知人が12日間の旅行から帰国してウィーンに戻ってきた。彼は知らなかったのだ。「何を」というとオーストリアのクルツ連立政権が崩壊したことをだ。東京に出発した日まではクルツ政権が倒れるなどと考えた国民もウィーン在住の外国人もいなかったはずだ。クルツ首相とシュトラーヒェ副首相が記者会見で、「わが国で初めての本格的な税改革」と誇りながら発表した時の記者会見を思い出すならば、当然だろう。中道右派の国民党と極右政党自由党の連立政権は政権発足以来、小さな不祥事はあったが、先ずは合格点がとれるものだったからだ。

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▲バン・デア・ベレン大統領と記者会見に臨むクルツ首相、オーストリア連邦大統領府で、2019年5月21日(オーストリア連邦首相府公式サイトから)

 それが17日午後6時(現地時間)を期して激変した。自由党党首のシュトラーヒェ副首相が2017年7月、イビザ島で自称ロシア新興財閥(オリガルヒ)の姪という女性と会合し、そこで党献金と引き換えに公共事業の受注を与えると約束する一方、オーストリア最大日刊紙クローネンの買収を持ち掛け、国内世論の操作を持ち掛けるなど「ウォッカの影響」もあって暴言を連発し、その現場を7台のミニカメラが撮影していたのだ。それを独週刊誌シュピーゲルと南ドイツ新聞が17日午後6時、報じたことから、オーストリア政界に激震が走ったわけだ。

 知人にイビザ島事件の経緯をかいつまんで説明すると、彼は青天の霹靂といったような表情をして当方を見つめた。知人は8日午後、羽田に向かい、20日の直行便でウイーンに戻ってきた。その不在12日間でオーストリアの政界は変わったからだ。

 簡単に「その後」の流れをまとめる。国民党と自由党のクルツ連立政権は18日に解消し、9月に前倒しの国民議会選挙が実施されることになった。クルツ政権は発足1年5カ月で終止符を打つことになった。シュトラーヒェ副首相は党首と副首相を辞任し、21日にはキックル内相が罷免されたのを皮切りに、自由党閣僚全員が辞任に追い込まれた(自由党推薦のクナイスル外相は留任意向)。バン・デア・ベレン大統領は同日、クルツ首相に9月の選挙までの選挙準備暫定政権の組閣を要請。それを受け、クルツ首相は自由党閣僚の後継者に専門家を選出し、暫定政権の閣僚リストを提出する。

 そして27日、国民議会で緊急会議が開催され、クルツ暫定政権の信任を問う。現地のメディアによれば、野党ではリベラルな政党「ネオス」が反対しているだけで、最大野党の社会民主党、イエッツトは不信任案を支持する可能性が高い。野党となった自由党が不信任案を支持すれば、議会の過半数を獲得し、クルツ暫定政権は辞任に追い込まれる。そうなれば、新たな政権を組む必要が出てくる。

 社民党はクルツ首相を辞任に追い込む方が選挙戦に有利と判断するだろうし、自由党もキックル内相が辞任すれば、連立政権を維持するという約束を反故にしたクルツ首相への反感が強いため、両党とも不信任案を支持する可能性が現時点では高い。

 上記のシナリオで不確定な要因は26日に実施される欧州議会選の結果だ。クルツ首相が率いる国民党が1党で勝利するか、社民党が巻き返すかで27日のクルツ暫定政権への不信任案の行方も変わる。イビザ島事件の引責で政権を追われた自由党がどれだけ得票率を失うかも注目される。

 クルツ首相の国民党が欧州議会選で勝利するようなことがあれば、27日の議会で不信任案が社民党と自由党の支持で採択される可能性が一層出てくる。クルツ首相は首相ポストを維持しながら選挙戦に入れば、現役ボーナスで有権者にアピールする機会が増える。換言すれば、メディアに出る機会が多くなる。それを避けるために、社民党と自由党の2大野党は不信任案支持に回ることが予想されるわけだ。

 当方は上記のようなコラムを書くとは考えてもいなかった。文字通り、政治の世界は一寸先は闇だ。30歳で政権を掌握したクルツ首相は欧州政界の人気者だ。そのクルツ首相が今、そのポストを失う危機に瀕している。20日にはオーストリア人でF1レーサーの元王者で実業家だった二キ・ラウダ―氏が(70)が亡くなったというニュースが流れた。国民はスポーツ界の英雄を失い、政界の若きホープも想像だにしなかった困難に直面している。17日以後、アルプスの小国オーストリアの国の運勢が大きく揺れ出したのだ。

平壌で「法輪功」が急速に拡大

 韓国聯合ニュース日本語版を読んでいると、興味深いニュースが見つかった。米政府系放送局のラジオ・自由アジア(RFA)が16日、平壌在住の消息筋の情報として、北朝鮮の平壌で中国発祥の気功法集団「法輪功」が急速に拡大し、北当局はその対応に乗り出しているというのだ。

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▲法輪功メンバーたちのデモ行進(2015年9月19日、ウィーン市内で撮影)

 記事を読んで中国で法輪功が拡大し、中国共産党政権が対応に苦慮した1990年代後半のことを思い出した。金正恩朝鮮労働党委員長の北朝鮮で同じような現象が起きているというのだ。

 平壌当局は、「法輪功を信じる者、それを知っている市民は当局に通達するように」という布告を発した。法輪功に関心がある平壌市民には労働党幹部たちが少なくないという。上記の消息筋によると、4月1日に実施された取り締まりで、平壌だけでも100人以上の法輪功信者が摘発されたという。

 中国で1990年代後半に入ると、法輪功が急速に拡大し、その数は共産党員数を上回ってきた。それに危機感をもった当時の江沢民国家主席は法輪功を「邪教」とし、信者の弾圧に乗り出し、「610公室」という組織を設置して徹底的に迫害を始めた。「610公室」は旧ソ連時代のKGB(国家保安委員会)のような組織で、共産党員が減少する一方、メンバー数が急増してきた法輪功の台頭を恐れた江沢民主席の鶴の一声で作られた組織だ。

 「610公室」は現存の法体制に縛られない超法的権限を有し、法輪功の根絶を最終目標としている。610公室のメンバーは都市部だけではなく、地方にも送られている。そればかりではなく、海外の中国大使館にも派遣され、西側に亡命した法輪功メンバーの監視に当たっている。中国反体制派活動家たちは「610公室」を中国版ゲシュタポ(秘密国家警察)と呼んでいるほどだ。

 中国当局は拘束した法輪功メンバーから生きたままで臓器を摘出し、それを業者などを通じて売買しているという。2000年から08年の間で法輪功メンバー約6万人が臓器を摘出された後、放り出されて死去したというデータがあるほどだ。中国の不法臓器摘出の実態を報告したカナダ元国会議員のデビッド・キルガ―氏は、「臓器摘出は中国で大きなビジネスだ。政府関係者はそれに関与している。法輪功メンバーの家族が遺体を引き取った際、遺体には腎臓などの臓器が欠けていたという証言がある」と報じている。習近平時代に入っても法輪功メンバーへの弾圧は続いている。

 北では「宗教の自由」は弾圧され、キリスト教信者は祈ることすらできない。北の宗教事情は中国より厳しい。それでも、3食もままならない生活環境下で国民の中には何らかの精神的世界を求める者が出てくる。法輪功は宗教ではないが、心と体のバランスを維持する上で大きな効果があるといわれる。貧しい国民だけではない。労働党幹部たちも法輪功に惹かれるケースがみられるという。中国と同じ現象だ。


 北で法輪功がこのまま広がり続けると、金正恩委員長も江沢民時代と同じように、強権を発動して徹底的に法輪功迫害に乗り出すのではないか。中国の天津市には臓器移植を受けるために年間1000人以上の韓国人が殺到しているが、懸念される点は、北側が拘束した法輪功メンバーの臓器を韓国人向けに不法移植するビジネスに乗り出すのではないか、ということだ。悪事の繁殖は速いからだ。

 ちなみに、海外中国メディア「大紀元」によると、世界の法輪功メンバー約5000人が18日、米ニューヨーク市のガバナーズ島に結集し、「世界法輪大法デー」を行った。李洪志氏が中国伝統修練法の法輪功を世界に伝えて今年で27周年を迎えた。法輪功は現在、世界100カ国以上に広がっているという。

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