ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2019年07月

警察の“お粗末”な捜査に国民が怒り

 ルーマニア南部カラカルで2人の女性が殺害されるという事件が発生したが、警察側の捜査があまりにもお粗末であったことが判明し、それに抗議するデモが27日、首都ブカレストであった。

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▲2件の女性殺人事件の全容解明を要求するルーマニアのクラウス・ヨハニス大統領(大統領府公式サイトから)

 ブカレストからの情報によると、15歳の少女は24日、66歳の容疑者に誘拐された。少女は容疑者が留守の時、警察当局に緊急電話を入れ、助けてほしいと連絡したが、最初は警察側は悪戯電話と受け取り、真剣に対応しなかった。少女は3回、警察に助けを求めたが、警察側が実際に動員され、容疑者の家に入ったのは事件発生19時間後だった。少女は暴行された末、殺されていた。容疑者は27日、逮捕された。

 警察から尋問を受けた容疑者は15歳の少女のほか、18歳の女性の殺害も明らかにした。2人の遺体は焼かれ、遺物は容疑者の家や庭で見つかった。18歳の女性の場合、家族が今年4月、行方不明届けを警察に出したが、警察は何も対応してこなかった。そればかりか、女性が殺されていた事すら家族に連絡せず、女性の母親はテレビのニュースで娘の死を知ったという。

 2人の女性殺人事件での警察のお粗末な捜査を知った数千人の国民は27日、警察当局、司法省の対応を批判するデモをする一方、ダンチラ社会民主党主導政権の辞任を要求するなど、反政府デモに発展する気配が高まってきた。

 ダンチラン首相は凶悪犯罪に対する刑罰強化を問う国民投票の実施を提案する一方、野党出身のクラウス・ヨハニス大統領(国民自由党=PNL党首)は事件の全容解明を要求し、事件捜査に関わってきた関係者の処分を求めている。これまで事件に関連してヨアン・ブダ警察長官が解任され、3人の警察官が処分を受けた。

 同国では昨年8月、ルーマニア各地で社会民主党(PSD)現政権の退陣、早期総選挙の実施などを要求する数万人の大規模な反政府デモが行われたばかりだ。首都ブカレストの政府建物前で開催されたデモ集会では、警察部隊が催涙ガスや放水車で参加者を強制的に追い払い、その際、452人の負傷者が出た(「ブカレストで大規模な反政府デモ」2018年8月13日参考)。

 同デモの直接の契機は、政府が昨年7月初めに著名なラウラ・コブシ特別検察官(Laura Kovesi)を解任したことだ。 同特別検察官は国家腐敗防止局(DNA)の責任者で多くの腐敗政治家を拘束してきた。デモ参加者は「マフィア政府は即退陣せよ」「犯罪人を高官に任命するな」「我々が国民だ」と叫び、腐敗政治家の即退陣を求めた。

 ルーマニアで2016年12月11日に実施された総選挙に圧勝した与党中道左派「社会民主党」(PSD)は昨年1月15日、中道右派「自由民主主義同盟」(ALDE)と連立政権を発足させた。紆余曲折があった後、昨年1月29日、ダンチラ首相が就任した。

 PSDは公式には社会民主主義を標榜しているが、実際はニコラエ・チャウシェスク独裁政権時代に仕えてきた政治家や閣僚の末裔であり、“腐敗政治家、ビジネスマンの寄せ集め集団”ともいわれる。ちなみに、ルーマニア初の女性首相のダンチラ首相は国民からドラグネア党首の“操り人形”と受け取られてきた。なお、同党首は今年5月末、腐敗問題で禁固3年半の有罪判決を受けたばかりだ。

 旧東欧共産圏の民主改革から今年で30年目を迎えたが、旧共産政権下の幹部たちが依然、政財界に暗躍している。特に、司法改革は遅れ、ポーランドやハンガリーは欧州連合(EU)から司法改革の推進を求められてきた。ルーマニアでも同様だ。

 スロバキアで昨年2月、政府の腐敗、汚職問題を追及してきた著名なジャーナリストが恋人とともに自宅で射殺される事件が起きたが、同事件はスロバキア政界を大きく震撼させ、ロベルト・フィツォ首相(当時)は引責の形で辞任に追い込まれた。ダンチラ政権が今回の女性殺人事件が契機となって、辞任に追い込まれる政変に発展する可能性は排除できない。

 参考までに、ルーマニアのブカレストで2012年8月、日本人女子大生(当時20)がレイプされ、殺害されるという事件が発生している。犯人は逮捕された。

文大統領は休暇を取るべきだ

 「韓国大統領府は28日、文在寅大統領が29日から8月2日まで予定していた夏季休暇を取りやめたと発表した。
 具体的理由は明らかにしていないが、日本政府が8月2日にも、優遇措置を適用する『ホワイト国』から韓国を除外する政令改正を閣議決定する見通しとなる中、対応を準備するなど懸案に取り組むためとみられている」

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▲対日関係などを協議する会合で演説する文在寅大統領(2019年7月15日、韓国大統領府公式サイトから)

 上記の時事通信の記事を読んだとき、「文大統領は予定通り、夏季休暇を取るべきだ」と感じた。欧州に長く住んでいると、夏季休暇ばかりか休暇そのものは基本的人権だと考えるようになったこともあるが、特に文大統領には今、休暇を勧めたいと思うからだ。

 7月29日から8月2日までの夏季休日は正味5日間、週末の2日間を含めると1週間となるが、その貴重な夏季休暇を大統領としての職務を継続するために放棄したという。誰がそのように決めたのか。文大統領自身が自主的に休暇をキャンセルしたのだろうか。側近が「大統領、国民の手前、夏季休暇している時ではないでしょう。大統領が率先して働く姿を国民に見せるべきです」と助言したのだろうか。本音は、日本政府が韓国をホワイトリストから排除する日(8月2日)が差し迫っているのに、休暇どころではない、というわけだ。

 文大統領を含む韓国大統領府は発想の転換が必要だ。いい知恵を得るために、これまでのパリパリ(早く早く)ではなく、頭を休めて次の一手を考えるために休暇は絶好のチャンス、と考える発想が大切だ。

 これまでの政策が全てうまくいき、文大統領自身も燃え上がっているというのなら、“押せ押せ”でいくのもいいが、文大統領を含む韓国を取り巻く情勢はそうではない。息切れ寸前にもかかわらず、“押せ押せ”と前だけをみていると、心配になってくる。燃え尽き症候群(バーンアウト症候群)だ。文大統領の政治の師匠(盧武鉉元大統領)を思い出してほしい。限界まで自身をストレス下に置くと溜まってきたものがいつか暴発する危険性が出てくる。

 大統領就任以来、「革命の時来たる」として大統領府の刷新、歴史の書き直し、外交では徹底した反日路線を突っ走り、国内では積弊清算を実行。一方、北朝鮮に対しては近い将来の南北統一を視野に置きながら南北融和政策を促進させてきた。3回の米朝首脳会談、4回の南北首脳会談を実現させたが、ここにきて行き詰まってきた。

 南北融和政策を実行してきたものの、35歳の独裁者金正恩朝鮮労働党委員長の文大統領への評価は余り良くない。北はここにきて2発の短距離弾頭ミサイルを発射させて文大統領を困惑に陥れたばかりだ。一方、トランプ米政権とは基本的な信頼関係がない。北に傾斜する文政権に対するワシントンの基本的な懐疑があるからだ。

 そして大統領就任以来、反日政策を積極的に進めてきたが、そのツケが回ってきた。忍耐強い日本政府も輸出管理の見直しに乗り出し、国際法に差し障らない範囲でソウルを攻撃してきた。慌てたのは韓国側だ。叩いても大丈夫だと勝手に思い込んできたが、日本が本気に怒り出してきたのだ。そうなれば勝敗は明らかだ。韓国経済は発展し、先進国の仲間入りをしたが、それも日本側の陰日向の支援があったからだ。日本は過去の韓国植民統治時代を謝罪するという意味合いもあって韓国を支援してきたが、文大統領政権が1965年の日韓基本条約・請求権協定を破棄する一方、慰安婦問題でも日韓合意を一方的に放棄する無法国家のような振る舞いを実行するのに及んで、さすがの安倍晋三首相も切れてしまった。

 文政権発足後の日韓関係の詳細な経緯は省略するが、いずれにしても日韓関係は戦後最悪の状況といわれる。その多くの責任はやはり文政権にある。韓国側の現在の窮地は自業自得といわれても仕方がない。

 そこで当方はカトリック教徒の文大統領に「今こそ休暇を取って聖書をじっくりと読みなおし、朝鮮半島の将来を考えてみたらどうだろうか」とアドバイスを考えていた矢先だった。その時、韓国大統領府は大統領は国難に対処するために国家が認定した有給休暇を断念して、青瓦台に閉じこもって対日政策について考えると発表したのだ。致命的な間違いだ。韓国が国難に直面しているからこそ文大統領は休みを取り,内省の時間を取るべきであり、国民や経済界は文大統領が休んでいるときこそ政府からの干渉を心配せず、これまで通り積極的に活動すべきではないか。

 文大統領を含む韓国大統領府を牛耳る革命世代は押せ押せ、革命だと無理強いをしてきたが、その歩みは限界に達したのだ。遅いということはない。文大統領には残された後半の任期を有終の美で飾るために、どうか夏季休暇を取って頂きたい。これまで見えなかったものが見え、これまで忘れていた思考やアイデアが生まれてくるかもしれない。パリパリ文化から脱皮する絶好の時だ、文大統領はその見本を国民に見せるべきだ。国民が走り、その大統領もバリバリと奔走する文化から韓国は脱皮し、先進国に相応しい余裕のある思考世界を構築していくべきだろう。

 安倍首相との日韓首脳会談はここ当分は期待できない。そこで文大統領は安倍首相をゴルフに誘ったらどうだろうか。堅苦しい話はせず、もっぱらゴルフに集中する。ゴルフ外交だ。もちろん、安倍首相はトランプ米大統領とのゴルフには喜んで応じても、文大統領とゴルフとなれば考えるかもしれないが、一度トライしても悪くない。安倍さんがあまり乗り気でない場合、文大統領は「わが国には世界最強の女性ゴルファーがいます。ユン・チェヨン選手の教えを受けながら、安倍さん、プレイしましょうよ」と一押ししてもいいだろう。案外、効果があるかもしれない。

人はなぜ「憂鬱」となるのか

 大谷、豪快15号、ソロ同点、という見出しの記事がヤフーのニュース記事の中に大きく報じられていた。エンゼルスの大谷翔平選手にとって後半戦初のホームランだ。海外に住む日本人の活躍は嬉しい。イチローや野茂投手の時も確かそうだった。

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▲現代のクラウンの1人、ボリス・ジョンソン英新首相(2019年7月24日、BBC放送の中継から)

 大谷選手の活躍は大リーグの話だが、この嬉しいニュースを読んでから1日をスタートするのと、そうではないのとでは明らかに気分が違う。朗報が少なくなったからだろうか。京都アニメーションの放火殺人事件は最近では暗いニュースだった。オーストリアでも東京発の外電で大きく報じられた。ウィーンでは子供が母親をナイフで殺害したニュースが起きたばかりだ。

 当方がロビンソン・クルーソーのように無人島に住んでいたら、大谷選手の活躍はもちろん知らないだろうが、京都の放火事件もウィーンの殺人事件も知らずに生活していただろう。夕食のための魚とりに余念がなかったはずだ。

 インターネット時代の到来で人間を取り巻く生活環境が大きく変わった。地球の裏側の出来事も直ぐにリアルに知ることができるようになった。世界的知識人の講演を大学に行かなくても傾聴できる。カナダ・トロント大学心理学教授だったジョーダン・ピーターソン教授の話をソファーに座ってコーヒーを飲みながら聴ける。まさに時代の恩恵だろう。

 ところで、人間は昔より幸福になっただろうか。科学技術は進歩したが、それを享受する人間はあまり発展していないのではないか。人間社会は発展しているが、その発展のテンポは遅い。前者が急速に発展するので、後者との格差は益々広がってきた感じがする。

 ダーウィーンの進化論を学んできた現代人は、人間は進化する存在だと信じてきたが、科学技術の世界ではその通りだとしても、人間の精神的世界は余り進歩していないように感じるのだ。現代人はPCやスマートフォンを駆使し、地球の裏側で開催されているスーパーボールを観戦する一方、紛争と戦争、殺人と嫉妬が渦巻いている世界に依然、生きている。

 ところで、オーストリア日刊紙プレッセは27日1面トップで「クラウン(ピエロ)が政治の世界で活躍してきた」と報じていた。現代はクラウンの時代だという。当方も数日前、道化師の活躍についてその社会的背景をコラムに書いた。クラウンが人々の痛みや悲しみを少しでも軽減するために存在しているとすれば、クラウンが活躍する時代は人間にとって幸せな時代ではないことになる(「政界は『道化師』の活躍の舞台に」2019年7月23日参考)。

 クラウンはポリティカル・コレクトネス(政治的妥当性)を笑い飛ばし、現代人の憂鬱な思いを可能な限り軽減してくれる。だから、クラウンは時代の寵愛を受け、人気者となるが、彼らが活躍する社会や時代は幸福な世界とは程遠い。

 現代人はクラウンが語る内容やパフォーマンスを見て笑いだしたり、カタルシスを感じるが、その後味の悪さに耐えられなくなって、新たなクラウンを探し出す。その繰返しかもしれない。その意味で、クラウンは消耗品だ。

 数日前、直径100メートルほどの小惑星が地球を通過した。その数日前には同じような小惑星が地球に衝突する危険性があったが、幸い、通過してくれた。昔もそうだったろう。無数の小惑星が人々が住んでいる地球に衝突していたかもしれないが、人々は衝突する瞬間まで小惑星の接近に悩まされることはなかったはずだ。現代人は人類の誇る科学技術の発展で快適な生活を享受する一方、不必要な懸念や恐れを払しょくできなくなった。多くを学び、多くの情報を知ることが人間の幸せに通じる、という楽観主義的世界観は今や暗礁に乗り上げてきた(「地球衝突リスクの高い『小惑星』の話」2019年7月20日参考)。

 現代人が薄々感じている憂鬱は、例えば小惑星が地球に衝突する危険性があることを知ってしまったからだろうか。そうではないはずだ。「知ること」が不幸や不安をもたらすのではなく、知っても何もできない、という無力感が絶望となって跳ね返ってくるからではないか。21世紀の運命論者だ。彼らは多くのことを学び、知っているが、絶望的なまでに憂欝だ。

 人間自身の運命と、その運命の前に頭を下げざるを得ない現実との間で人は憂鬱となる。繰り返すが、「知ること」を通じて憂欝となるのではなく、知ってもそれを変えることができない自身の無力感に打ちひしがれてしまうからだろう。

 最後に、聖書の観点から上記の話を考えてみた。「エデンの園」に生命の木と善悪を知る木があった。人類の始祖、アダムとエバは神のようになりたいという思いから、その善悪を知る木の実を食べた。それを知った神はアダムとエバをエデンの園から追放した。神が激怒したのは、アダムとエバが善悪を知ったからではなく、神の戒めを破ったからだとすれば、神と和解する以外にその絶望的な状況から抜け出すことができないことになる。

 私たちは、ロビンソン・クルーソーのように孤島で生きる必要はなく、大谷選手の活躍などを知りながら、神との和解を求めていく以外に他の選択肢がないだろう。知っても何もできない、という絶望感、無力感から解放される唯一の道は、知って、それが実行できる存在(神)との和解しかない、という理屈が生まれてくる。

「子供のない政治家」は政治に不適?

 オーストリアで9月29日、国民議会選挙(定数183)が行われる。中道右派「国民党」と極右政党自由党から成るクルツ連立政権が自由党党首のスキャンダルが原因で崩壊し、議会で野党の不信任案が通ったため早期議会選の実施となった。

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▲オーストリアの野党「ネオス」ベアテ・マインル=ライジンガー党首(「ネオス」公式サイトから)

 ところで、ここでは次期総選挙の見通しを書くつもりはない。欧州で今、政治家も夏季休暇中で、正式な選挙戦はまだ始まっていない。次期選挙の予想記事は選挙戦がスタートした後にする。ここでは野党のリベラル派政党「ネオス」のベアテ・マインル=ライジンガ―党首の問題発言を取り上げたい。

 同党首(41)はクローネTVでのインタビューの中で「子供のいない政治家に統治されたくはない。子供への責任を担うということを知っている政治家に政治を委ねたい」と述べたのだ。同党首は3人の娘さんをもつ。

 この「子供のいない政治家」に政治を担当してほしくない、子供への責任を知っている政治家が願わしい、という発言が報じられると、予想されたことだが、賛否両論が飛び出している。客観的にいえば、批判の声の方が圧倒的に多い。

 オーストリア代表紙プレッセに著名な著作家、クリスチャン・オルトナー氏が、「政治を統治するのに子供が不可欠ということはない」と指摘し、欧州の政界で子供を持たない政治家が政権を統治しているケースが多いといった趣旨のコラム(7月26日付)を寄稿している。

 欧州で「子供のいない政治家」の代表といえば、ドイツのメルケル首相だろう。メルケル首相は14年間あまりドイツの政界ばかりか、欧州の顔として活躍してきた女性首相だが、子供はいない。マクロン仏大統領もしかり。辞職したばかりの英国のメイ前首相も子供がいない。欧州連合(EU)のユンカー欧州委員会委員長も子供がいない。オランダのルッテ首相もそうだ。欧州の政界で最先端で活躍している政治家には「子供のいない政治家」が不思議と少なくないのだ。

 例えば、3年間、EU離脱交渉に明け暮れた英国のメイ前首相の場合、野党から「子供もいない政治家が……」と陰でいわれ続けてきた。メイ前首相は後日、「自分は子供が欲しいができない体だ」と吐露したことが伝わると、「子供のいない政治家」といった批判の声は流石に消えていった。メイ女史のように、産みたくても子供が産めない女性は少なくない。

 同じことがメルケル首相の場合もいえる。欧州の顔といわれてきたメルケル首相だが、メディアや野党勢力から「子供もいない彼女がどうして家族問題を理解できるか」といわれ続けてきた。政治家だけではない。子供のいない女性一般に対しては、「自分のキャリアを重視する女性」というレッテルを張られるケースが多い。

 オルトナー氏は、「政治を進めるのに子供の有無は関係がない」と指摘している。正論だろう。子供が多くいれば、立派な政治ができるということはない。EU欧州委員会委員長に選出されたフォンデアライエン女史は医者であり、夫との間に7人に子供を持つ母親だ。ネオス党首の論理でいけば、フォンデアライエン女史はEU史上最高の委員長になれる可能性を有していることになる。

 しかし、実際はそうともいえない。フォンデアライエン女史はメルケル政権下で家庭相や国防相を務めてきたが、特に国防相時代にはかなり厳しい批判を受けてきた。国防相という任務が合わなかったこともあるが、国防省内ではフォンデアライエン女史には強い反発があった。

 子供の数でいけば、フォンデアライエン女史がダントツだが、英国のボリス・ジョンソン新首相も子沢山だ。ただし、フォンデアライエン女史と違う点は、1人の女性からの子供ではなく、複数の女性からの子供だということだ。いずれにしても、子供の数ではジョンソン新首相は潜在的可能性を秘めた政治家といえる。

 参考までに、日本の安倍晋三首相夫妻にも子供がいないが、安倍政権は最長政権を目指して進行中で、選挙は連戦連勝だ。「子供のいない政治家」云々の論理はここでも破綻している。

 「子供のいない政治家」は統治できないという主張は問題の焦点をずらしている。政治家には国家、国民に対する責任感の有無が重要だ。子供の有無ではない。同時に、政治家として、子供を産める生活環境を確立する政策、出産奨励策を推進していくべきだろう。

 日本を含め先進諸国は少子化が深刻だ。人口を維持するためには合計特殊出生率は2・0以上が必要だが、先進諸国ではその目標値に近いのはフランスぐらいで、他の国は程遠い。現代人は子供を産まなくなってきた。なぜだろうか。ネオス党首の問題発言をメディアの夏枯れ対策用のテーマに終わらせず、「家庭とは」、「子供とは」を真剣に考える機会となれば、ネオス党首の発言にも意味が出てくる。

天野氏は病死ではなかった?

 国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長(72)が急死されたため、IAEAのウィーン本部を訪ね、職員の様子などを取材する予定だったが、別の取材テーマもあって25日になってIAEAを訪問した。ウィーンの国連にはIAEAだけではなく、国連工業開発機関(UNIDO)や国連薬物犯罪事務局(UNODC)などの専門機関が入っているが、IAEAは最大の職員数を抱える花形の国連機関だ。

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▲亡くなった天野氏への記帳台(2019年7月25日、IAEA内で撮影)

 中央入口(ゲート1)から入ると、広場に加盟国の国旗が掲揚されているのが目に入る。IAEAの旗は半旗だった。無風だったこともあって、旗は沈んでいた。主人公の突然の死にショックを受けているようにさえ感じた。AビルからCビルに通じるフロアーには天野氏の写真と記帳簿が置かれた記帳台がある。

 IAEAでは25日午前、特別理事会がCビルの会議室で開催された。主要議題は急死した天野氏の後継者選出だ。理事会(理事国35カ国)は天野氏の主任コーディネーター、フェルダ氏を事務局長代理に任命し、早急に正式の後継者を選出することになった。なお、理事国代表は天野氏の10年間余りの歩みに感謝する一方、その党派性のない言動を評価する声が聞かれたという。

 任期中に事務局長が急死した前例がない。9月には理事会と年次総会が開催される。イラン核合意が破棄された状況下で、IAEAとイランの間で締結した包括的共同行動計画(JCPOA)の行方が懸念されている。北朝鮮の核問題もある。早急に次期事務局長を選出しなければならないが、欧州では9月初めまで外交官も夏季休暇に入る。

 理事会が開催されたCビルの会議室の前には日本人記者たちが殺到していた。欧米のメディアの姿は通信社記者以外にほとんどいない。通信社のニュースでフォローできるからだ。日本記者の場合は天野氏への追悼という意味合いがあったのだろう。

 国連で知人と話していると、「天野氏が殺されたという情報が流れている」というのだ。IAEA事務局長を殺す者がいるだろうか。知人は「天野氏を嫌っていた人物はいた」という。当方は知人が冗談を言っているのではないか、と思った。

 ここでは「殺人説」について詳細には書けない。知人の情報には証拠らしい情報がないからだ。天野氏が急死したこと、その死因が明らかではないことから「天野氏殺人説」という憶測が飛び出してきたのだろう。

 IAEAには過去、病死する職員や退職後、数年で亡くなるケースが他の国連機関より多いと聞いている。IAEAの場合、核エネルギーの平和利用の促進を目標とした専門機関だから、核関連物質に接する機会は多いが、それに該当するのはあくまでも査察官だろう。北朝鮮の寧辺核関連施設で査察活動をしていたIAEAの査察官が放射能を被爆した。同査察官は数年前に退職したが、彼は今でも定期的に診察を受けている。

 奇妙なことは、天野氏は自身の病気が絶対に外に漏れないように徹底した情報管理をしていたことだ。当方が2,3のIAEA職員に聞いても「事務局長の病気については何も知らない」、「口外しないように厳しく言われている」という返事しか戻ってこなかった。天野氏が亡くなった後もその状況は変わらない。

 理事会に参加したIAEA高官に25日、「天野氏の急死に対して、あなたのコメントを聞かせてほしい」と質問したが、高官は「話せない」と言って逃げるように去った。天野氏の死因について、厳格な口止めがされているのだ。

 当方は昨年9月のコラム欄で「天野氏は末期のガンだ」と語った国連関係者のコメントを報じた。天野氏は昨年9月の第62回年次総会に欠席したが、加盟国向けにビデオ・メッセージを送っていた。当時、天野氏は治療のために海外にいるといわれていた。オーストリアのウィーンには欧州最高の総合病院がある。治療は可能だ。それをわざわざ海外で治療するというのも不自然だった。

 昨年11月の理事会後の記者会見では天野氏は少しやせ、声も擦れていた。今年3月の理事会後の記者会見では少し回復した感じがした。その天野氏の病気が今年6月以降、急速に悪化したのだろうか。

 天野氏は今月18日に死去、IAEA広報部は今月22日、事務局長の死を公表したが、その死因については言及しなかった。もちろん、天野氏の家族の願いがあったのかもしれないが、少々異常なまでの情報管理だ。

 「天野氏殺人説」はフェイクか、恣意的な情報操作の可能性が高いが、その情報を一蹴できないのは、死因が公表されていないこと、イランの核問題が再び先鋭化してきた時期であり、天野氏がイランの核報告書ではイランが核合意を順守していると繰り返し報告し、イランの核兵器開発容疑を主張するトランプ米政権にとっては好ましくない人物と受け取られてきたことなどがあるからだろう。

 ただし、憶測の余地はある。天野氏が執拗に自身の病を隠したのは、同氏の急病が何らかの放射能の影響によるものだったからではないか。欧州では反原発の声が強い。核エネルギーの平和利用、原発の安全強化とその促進を推進するIAEA事務局トップが(原発を含む核関連施設からの)放射能が主因で発病したことが判明すれば、IAEAとしては極めて不都合だ。それゆえに、天野氏は自身の病気を隠そうとしたのではないか。天野氏の急病が第3者による恣意的な画策によるものか、単なる事故による結果かは、分からない。これは当方の一方的な憶測に過ぎない。

中国共産党「DNA情報を集めろ」

 仏教開祖の釈尊が「天上天下唯我独尊」と、一人一人が世界で唯一の価値を有した存在だと諭した。無神論で唯物思想を国是とする中国共産党政権はここにきて海外でDNA(デオキシリボ核酸)を集めているという。もちろん、釈尊の教えに倣って、人間の一人一人の価値を認めたうえでの政策ではない。簡単に言えば、世界の70億人の人間をDNAを通じて管理するという野望が隠されているのだ。

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▲「逃亡犯条例改正案」の廃案を要求する香港国民(2019年7月5日、UPI通信)

 人間は生まれたときからそれぞれが独自の高分子生体物質DNAを有している。細胞のブルー・プリントだ。事件が発生した場合、犯人を割り出す際に大きな武器となる。これまで迷宮入りしていた殺人事件が最新のDNA鑑定を駆使することで、犯人を探し出すことができたということをよく聞く。

 最近ではバチカンの36年前の少女行方不明事件(エマヌエラ・オルランディ事件)で墓を掘り起こしたが空だった。傍にある納骨堂で見つかった多くの遺骨のDNA鑑定が進められている。このコラム欄でもインスブルック大学の法医学分子生物学者、ヴァルター・パーソン教授を紹介したばかりだ。独自のDNA鑑定を開発し、数千前のアイスマンの子孫さえも見つけ出すことができるわけだ(「少女行方不明事件:『墓は空だった』)2019年7月15日参考)。

 そんな可能性を含んだDNA情報に目をつけて必死に集めている国が中国共産党政権だ。海外中国メディア「大紀元」(7月22日)によると、「米捜査局(FBI)や情報戦略家は、中国共産党政権が、世界から収集した遺伝子情報を生物兵器の製造に悪用しかねないとして、危機感を強めている」という。

 以下、大紀元の記事の概要を簡単に紹介する。

 米上院チャーリーズ・グラスレイ議員とマルコ・ルビオ議員は6月、米国保健省への公開書簡の中で、DNAなどの遺伝子データが、米拠点の遺伝子検査企業などを通じて、中国に渡る可能性に懸念を表明している。

 例えば、アイルランドの企業、ゲノム製薬(Genomics Medicine Ireland,GMI)は米国にあるWuXi NextCODE(中国名:明碼生物科技)の子会社で、親会社は上海の「薬明康新藥開發有限公司」(薬明康)だ。GMIは40万人のアイルランド市民を対象とするデータベース構築のプロジェクトを実施している一方、WuXi NextCODEと深圳華大基因科技有限公司(BGI)は米国市民のDNAデータを収集している。BGIは2012年9月、米大手コンプリート・ゲノミクス(Complete Genomics)を買収し、数千万人の米国人DNAを管理する同社データベースにアクセスできるようになったという。

 米中経済安全保障審査委員会(USCC)は今年2月14日、中国バイオテクノロジーに関する報告の中で、中国側が特定の遺伝子に効果を持つ生物兵器の開発の可能性について警告を発している。USCCの報告によると、「中国との繋がりを持つ遺伝子データ関連米企業はすでに23社に及び、米国において全ゲノム解析など遺伝子診断の業務が認めらている。これらの企業は、米国の病院、クリニック、商用DNA検査企業から入手した患者らのDNAサンプルのデータを、中国本土に解析のために送っている」という。

 注目すべき点は、BGIと薬明康は中国通信大手のファーウェイと遺伝子解析の分野でパートナーシップ関係を結んでいることだ。世界のDNA情報がファーウェイを通じて中国共産党政権の手に渡っている構図が浮かび上がる。

 北朝鮮の独裁者、金正恩朝鮮労働党委員長の生体情報について、このコラム欄でも紹介した。金正恩氏の外遊の場合、金正恩氏は通常のトイレでは用を済まさないから、彼専用トイレが必要となる。金正恩氏が普通のホテルのトイレで用を済ましたら、その用を足したものの中に金正恩氏の生体情報が溢れているから、第3者、第3国の情報機関関係者の手に渡ればまずい。尿や便はその人の生体内を通過しているので その人の全ての生体情報が含まれている。金正恩氏に持病があれば、直ぐにばれてしまう(「金正恩氏の『生体情報』は高額」2019年3月16日参考)。

 生体情報は本来、コンフィデンシャルで第3者が介入できないはずだが、世界の制覇を目指す中国共産党政権はDNA情報ら生体情報をスーパーコンピューターで管理し、体制に反対する国民を見つけ出し、遺伝子操作でその反体制派を根絶していくわけだ。

 中国共産党政権は2014年、「社会信用システム構築の計画概要(2014〜2020年)」を発表した。それによれば、国民の個人情報をデータベース化し、国民の信用ランクを作成、中国共産党政権を批判した言動の有無、反体制デモの参加有無、違法行為の有無などをスコア化し、一定のスコアが溜まると「危険分子」「反体制分子」としてブラックリストに計上し、リストに掲載された国民は「社会信用スコア」の低い二等国民とみなされ、社会的優遇や保護を失うことになる、という(「中国の監視社会と『社会信用スコア』」2019年3月10日参考)。

 サイエンス・フィクションならば興味深いが、中国共産党政権は真顔で生体情報の管理を目指しているから、恐ろしい。サイエンス・フィクションの世界では、DNAや指紋が残らないアンチDNA指紋の手袋が作られているだけではなく、恣意的に他者のDNAを残す手袋が既にあるという。偽のアイデンティティ作戦だ。いずれにしても、この分野では中国共産党政権は世界の最先端を走っているわけだ。

ボリス(ジョンソン)で大丈夫か?

 ボリス・ジョンソン氏(55)は24日、エリザベス女王から正式に首相に任命された。ボリス号はいよいよ就航する。英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)では「英国の要求が受け入れられない場合、合意なき離脱も辞さない」という強硬姿勢を表明し、ブリュッセルを脅迫してきた経緯があるだけに、英国の異端児の政治に一抹の不安と懸念の声が絶えない(このコラムでは以下、愛称のボリスで呼ぶ)。

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▲エリザベス女王から首相に任命されたボリス・ジョンソン氏(2019年7月24日、英宮殿内、BBC放送から)

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▲ロンドンの首相官邸前で演説するボリス・ジョンソン新首相(2019年7月24日、ロンドンで、BBC放送から)

 明確な点は、離脱強硬派のボリスの登場で、2016年6月の国民投票の結果を受け、進められてきた英国のブレグジット日程の再延長はなくなり、遅くとも10月末には実現する可能性が高まったことだ。ある意味で、ブリュッセルにとってもボリスの登場は朗報かもしれない。

 ボリスは国民投票前、「EUの統合プロセスはナポレオン、ヒトラーなどが試みたものであり、それら全ては最終的には悲劇的な終わりを迎えた、EUはヒトラーと同じ目標を追求している。超大国だ」と英日刊紙デイリー・テレグラフで述べている。

 テリーザ・メイ前首相はブリュッセルとの離脱交渉で合意した内容を3度、議会で拒否され、最終的には辞任に追い込まれたが、ダウニング街10番地の首相官邸前で辞任の意向を明らかにした時のメイ前首相の姿は忘れられない。メイ前首相の目頭から涙が落ちそうだった。そのシーンは英国の離脱交渉の困難さとその難題に3年間余り取り組んだ女性首相の一途さを端的に物語っていた。

 その英国でメイ氏に代わり“英国版トランプ”といわれるボリス新政権がスタートする。このトップのチェンジが吉と出るか、凶と出るかを判断できるまでもうしばらく時間が必要だろう。

 英国はEU内でドイツに次いで第2番目の経済大国であり、EU内ではフランスと共に軍事大国であり、核保有国だ。その英国の離脱は英国の命運と共に、EUの未来をも左右させる一大政変だ。英国の離脱交渉に集中し、「英国なきEU」の未来についてじっくりとした議論がこれまで聞かれないことに少し懸念が残る。英国がEUに占めてきた経済実績は全体の15%、EU人口の13%だ。その大国が抜けた後はEU全体の国際社会に占める存在感、パワー、外交力は弱体せざるを得ないことは明らかだ。

 難問は、英国領の北アイルランドとEU加盟国のアイルランドとの国境問題に関するバックストップ(安全策)だ。ボリス氏はブリュッセルに強硬姿勢を見せてくるだろう。メイ首相とEU側が合意した内容では、アイルランドの国境管理問題が解決するまで、英国がEUとの関税同盟に一時的に留まるという内容だ。ボリスはブリュッセルから何らかの譲歩がない限り、離脱に伴う打ち切り金の支払いを拒否する意向さえ匂わせているだけに、ブリュッセルは対応で苦慮するかもしれない。

 フォンデアライエン次期委員長は英国との離脱交渉の合意の見直しに応じる可能性を示唆しているが、EUの基本方針は明確だ。EUのミシェル・バルニエ主席交渉官は「ブリュッセルは英国と新たな交渉をする考えはない」と、はっきりと警告している。

 ボリスは何がなんでも離脱を早期実現したい考えだ。ただし、ボリスのこれまでの政治キャリアを振り返ると、同氏は変わり身の早い政治家だ。ロンドン市長、庶民院議員、外相などを務めてきた。これがダメなら、あれだ、といったいい意味で柔軟性があり、現実的だ。

 ちなみに、ボリスは政治家になる前、英紙のブリュッセル特派員だったが、EUに懐疑的なボリスの記事をマーガレット・サッチャー(元首相)は大好きだったという話が伝わっている。

 ボリスの最大の武器は演説の巧みさだ。独週刊誌シュピーゲルはボリスの政治スタイルをシニカルに評している。ボリスは自身の発言の内容に問題点があり、追及されると、素早くジョークを飛ばし、焦点をずらす。批判した者はそのジョークの面白さに心を奪われ、何を批判したかを忘れてしまうのだ。政界の暴れん坊・ボリスがこれまで大きな致命傷を受けずに生き延びることができたのは、自身に批判的な者を抱腹絶倒させるジョークを何時でも発せる才能があるからだろう。

 国民はボリス氏を“英国のケネディー”と受け取り、英国を大きく刷新、改善してくれる政治家と期待する一方、トランプ氏のような存在で英国政界を二分し、カオスに陥れるのではないか、と危惧する声も聞かれる。

 ボリスの父方の祖父はオスマン帝国のアリ・ケマル内相の子孫だ。第一次世界大戦中、名前を母方のジョンソンに改名している。母親の先祖はユダヤ系ロシア人だ。ボリス氏は自身の出自について「民族のるつぼから生まれた男」と自嘲的に語ったという。

 ちなみに、ボリスは自分が首相になる確率について、「エルビスと火星で出会うようなものだ」と語っている(オーストリア日刊紙プレッセ7月24日)。とにかく、ボリスの発言はユーモアと共にシニカルであり、シャープだ。


 いずれにしても、ボリスは英国をEUから離脱させた政治家としてその名を歴史に残すだろうか。それとも、英国を離脱させた後、、英国をEUに再び加盟させた稀有な政治家として歴史に記されるだろうか。後者のシナリオは案外現実味がある。換言すれば、ボリスならばあり得るシナリオだということだ。

 ボリスの理想とする政治家はウィンストン・チャーチル元首相という。ボリスが“第2のチャーチル”となるか、その確率は英国プロサッカーのプレミア王者マンチャスター・シティ―がJリーグのヴィッセル神戸に0対3で敗北するよりも案外高いかもしれない。

天野氏は機密情報保全で厳格だった

 ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長(72)が死去したことが22日、IAEA広報部から公表された。天野氏の家族によれば、同氏は18日、死去したが、家族の願いで公表は22日になったという。死因については公表されていない。天野氏の冥福を祈る。

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▲核エネルギーの平和利用促進を担う国際原子力機関(IAEA)本部

 ところで、22日付のコラムでは天野氏のIAEA事務局長としての10年間の歩みを振り返った。ここでは天野氏が生前、事務局長として心にかけておられた核関連の機密情報の保全問題について改めてまとめた。

 天野氏は、前任者エジプト人のモハメド・エルバラダイ氏とは機密情報の取り扱いで大きく違っていた。3期、12年間、事務局長を務めたエルバラダイ氏(任期1997〜2009年)は北朝鮮やイランの核関連情報をメディアなどに流した、というより、核関連情報を恣意的に部外に漏らすことが多かった。彼がメディアの人気者となり、北問題が激化した時、同氏は連日、CNNなどの欧米メディアのインタビューに応じていた。特に、CNNの常連パートナーだった。

 メディアで顔を売ったエルバラダイ氏は最終的にはノーベル平和賞の受賞という成果を勝ち得たが、肝心の北の核問題では何の進展ももたらせなかった。北朝鮮はエルバラダイ事務局長時代に最初の核実験をした。

 エルバラダイ氏は2005年、ノーベル平和賞を受賞した直後、北の核問題を解決するために、平壌まで飛び、故金正日総書記と首脳会談を開き、そこで国際社会に向かって北の核問題の解決をアピールする計画だったが、北はエルバラダイ氏を交渉相手とはせず、寒い待合室で長時間待たせたうえ、金正日総書記は顔を出さず、外務省高官相手の会談で終わらせている。

 特別査察の考案者で、それを北側に要求したエルバラダイ氏を北が嫌っていたこともあって、エルバラダイ氏とは核問題を話す考えはなかったが、エルバラダイ氏はノーベル平和賞受賞者という看板があれば、金正日総書記と会談し、核問題の解決の合意が実現できると軽く考えていた節がある。

 そのエルバラダイ氏から事務局長ポストを継承した天野氏は2009年12月に就任すると核関連情報の保全問題に力を入れ、高官や職員に対しては機密情報の取り扱いについて厳重注意をしてきた。

 当方は、天野氏にどの国が事務局長選で反対から棄権に回ったのかを直接、質問したことがある。反対から棄権に回った国があったから、天野氏は2009年の事務局長選で有効票の3分の2を獲得し、晴れて日本人初の事務局長に当選したのだ。当方は、「どの国が」に土壇場で天野支持に回ったかに強い関心があった。

 天野氏は驚くような表情をして、「そのような質問には答えられない」と述べて、去っていった。当然だろう。天野氏は核関連情報や外交機密に対してはエルバラダイ氏の数倍、厳格な事務局長だった。

 天野氏が事務局長就任早々機密情報保全に力を入れたのは、天野氏が日本人事務局長だったからだ。IAEAでは日本人は直ぐに情報を漏らす、という有り難くないイメージを持って受け取られてきたためだ。以下、その理由を簡単に説明する。


 エルバラダイ氏の前の事務局長で16年間、IAEAのトップだったハンス・ブリックス事務局長(元スウェーデン外相)時代、ソ連でチェルノブイリ原発事故が1986年発生したが、ソ連政府が事故後、その調査報告書をIAEAに通達した。ブリックス事務局長(任期1981〜97年)は記者会見でその内容を発表する考えだったが、数日前、日本の朝日新聞がその全容を掲載した。日本の新聞にソ連の事故報告書内容がリークされたことを知ったブリックス氏は怒り心頭、リーク源の広報部長(当時)だった日本人部長を即解雇する考えだったが、事の鎮静化に乗り出した日本外務省の要請もあって同広報部長をジュネーブの国連に左遷することで妥協した。それ以後、IAEAでは日本人職員の評価はよくなくなったわけだ。

 朝日新聞のウィーン特派員(当時)は日本人の広報部長からソ連政府の事故調査報告書のコピーを手に入れたのだ。

 当方は後日、同広報部長と会い、その経緯を聞いた。朝日新関の世紀のスクープは、IAEA広報部長のデスクの上にあった報告書を盗んだことだ。特派員はそのコピーを東京本社にファックスで送り、待機していたロシア語教授たちに翻訳させ、翌日の朝刊にその概要を掲載した。

 そのような歴史があったから、天野氏は殊更機密保全には気を使ったわけだ。

 ちなみに、IAEAには欧米露・中国の情報機関出身者が紛れ込んでいる。彼らは事務局長の動向から核検証に関連する情報などを入手している。イランの核査察を担当していた査察局トップが突然、辞任し、早期退職というニュースが流れた。米国がIAEAの査察局高官のセクハラ情報をメディアにリークしたからだ。天野氏はショックを受ける一方、同高官を即辞任させて、幕を閉じている。天野氏がいかに機密情報の保全を呼び掛けても、IAEAでは常に機密情報が様々な方面でリークされているのが現実だ。

 なお、IAEA広報部で天野氏のスポークスマンは元ロイター通信記者だ。天野氏の早期辞任情報とその後の関連情報でロイター通信が先駆けて報じたのも偶然ではないだろう。そのロイター通信によると、天野氏の後継者選出で2、3の候補者の名前が既に挙げられているという。

政界は「道化師」の活躍の舞台に

 ウクライナで21日、最高会議(定数450)議会選挙が実施され、元人気コメディアンのゼレンスキー大統領が結成した新党「国民の奉仕者」が予想通り、過半数に迫る約44%の得票率を獲得して第一党となった。ウクライナでは議会より大統領の権限は強いが、議会に基盤を持たない場合、政策を実施するうえで障害が多い。ゼレンスキー氏の新党「国民の奉仕者」が議会に基盤を確保したことで、同氏の政治、政策は実施しやすくなる。

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▲投票するゼレンスキー・ウクライナ大統領(ウクライナ大統領府公式サイトから、7月21日)

 議会選の結果を受け、ゼレンスキー大統領は同日夜、今後の優先課題として、東部の親ロシア派勢力との紛争停止、捕虜の帰還、腐敗対策の3点を掲げ、取り組むことを表明している。

 ウクライナ国民が実業家・ポロシェンコ前大統領の反ロシア政策、民族主義的政策に対して次第に心離れし始めた時、人気者のコメディアンが登場し、5月の大統領決戦投票で現職を大差で破り、大統領になり、新党を結成して議会も制覇した。その政変のテンポの速さに驚く。

 既成の政治の世界とは無縁のコメディアンのゼレンスキー氏は、国民が考えていること、願っていることを代弁し、キエフの中央政界を牛耳ってきた指導者にノーを突きつけていったわけだ。

 先月18日、ベルリンを公式訪問したゼレンスキー氏の姿をTVで見ていた時、「国王」と「道化師」の関係を思い出した。中世のヨーロッパでは、一般の国民は国王や君主の前に、その政治への不満や批判は絶対に口に出せなかった。言えば、牢獄入りが待っていた。当時、唯一の例外は国王お抱えの宮廷道化師だ。彼は国王の弱みを突いたり、不満を吐露しても罰せられない唯一の階層に属していた。一方、国王は国民の声を直接聞く代わりに、側近の道化師を通じて国民が抱えている問題や不満を知り、それを政治の世界に反映していく、といったプロセスが見られた。

 ゼレンスキー氏はコメディアンで宮廷道化師ではないが、コメディアンが現職の大統領を大差で破って大統領に就任できた背後には、ゼレンスキー氏が一種の道化師のように、国民の考えや感情を代弁し、指導者の前で国民の願いを代弁する存在だったからだろう。国民はどの時代でも道化師を愛するものだ。

 イタリアでも2009年10月、人気コメディアンのベッペ・グリッロ氏は企業家のジャンロベルト・カザレッジョ氏と一緒になって「五つ星運動」を結成した。大衆の不満や批判を吸収していく人民主義政治を展開させる一方、ローマ主導の中央政界で既成政党を批判して旋風を巻き起こした。すなわち、グリッロ氏やゼレンスキー氏のようなコメディアンがアンチ・エスタブリッシュメントのシンボルの役割を果たしているわけだ。

 道化師が中央政界で政治家の腐敗を追及することで、それを見ている国民は日ごろのうっ憤を晴らし、一種のカタルシスを感じる。俳優、コネメディアン、テレビのタレントが選挙の度に一定の国民の支持を得るのは、その知名度だけではなく、彼らが道化師的役割を演じることへの期待があるからではないか。

 ところで、国民の声を代弁する道化師が大統領に就任することはこれまで考えられなかったが、ここにきてそれが考えられるようになってきたのだ。民主主義国だけであり得る現象だ。道化師から大統領に飛躍するのだ。

 独週刊誌シュピーゲル(6月29日号)のキュルビュヴェト記者は「道化役者と神父」というタイトルの中で「コメディアンは政界で成功してきた。同時に、多くの政治家はコメディアンのように振舞ってきている」と指摘し、そのカテゴリーに入る政治家として、トランプ米大統領、次期英首相候補のボリス・ジョンソン氏、イタリアの元首相で欧州議会議員に政治カムバックしたシルヴィオ・ベルルスコーニ氏の名前を挙げている。

 ユダヤ民族の歴史ではサウル、ダビデ、ソロモンといった国王が統治した時代があった。国王は預言者を通じて、神から油を注がれて指導者の座に就いた。例えば、預言者サムエルはサウルに油を注ぎ、王に就任させた。

 民主主義の世界では、預言者から油を注がれて指導者に就任する国はない。「油を注がれる」代わりに、選挙の洗礼を受けて大統領や議員に選出されるからだ。そして選挙がある限り、道化師が登場し、大統領に選出されるチャンスすら生まれてくるのだ。いい悪いは別として、道化師にとって政治の世界は新たな活躍の舞台となってきたのだ。

天野事務局長の10年間の「歩み」

 ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長(72)が来年3月には健康を理由に早期辞任する意向、というニュースが流れている。同氏は現在、3期目の任期(4年間)中で、任期満了は2021年11月末。昨年夏ごろから健康を害し、昨年の第62回年次総会を欠席するなど、その職務履行が次第に難しくなってきていた。

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▲早期辞任が囁かれている天野之弥事務局長(IAEA公式サイトから)

 IAEAを取り巻く状況は緊迫している。特に、13年間の核協議の外交成果というべきイランの核合意が7月に入り、テヘランが合意内容に違反する一方、北朝鮮の核問題では非核化交渉にタッチできず、蚊帳の外からフォローしなければならない状況が続いてきた。重要な議題を抱えている時だけに、日本人初のIAEA事務局長には無念の思いがあるだろう。

 天野氏のIAEA事務局長誕生は難産だった。在ウィーン国際機関日本政府代表部の全権大使を務めた後、エルバラダイ事務局長の後任選に出馬。被爆国・日本として核専門機関の事務局長ポストを得ることは日本外務省の悲願だった。その願いを受けて出馬したが、当選に必要な有効票3分の2を獲得することは大変だった。土壇場で反対票を投じてきた国が棄権に回った結果、当選ラインに入った、というドラマチックな展開だった(「『反対から棄権に回った国』を探せ」2011年7月3日参考)。

 事務局長選で当選した天野氏はその直後、駐IAEA担当米大使に「私は米国の意向に反することはしない。米国を完全に支持する」と発言したというニュースが流れ、“米追従の事務局長”という声が加盟国から飛び出した。

 天野氏は2009年12月、事務局長に就任直後、国連職員食堂でスタッフと一緒に食事するなど、職員との交流を重視する一方、核のセーフガード問題にメディアの注目が集中し過ぎることに対し、「IAEAは核エネルギーの平和利用を目標として創設された専門機関だ。核技術の医療応用も重要な課題」と表明し、開発途上国にがん対策として核関連医療技術の支援などに力を注いできた。ちなみに、天野氏の事務局長就任最初の外国訪問先はナイジェリアで、がん対策への核医療支援問題が議題だった(「IAEAのもう一つの顔」2012年2月4日参考)。

 日本に関心が高かった北朝鮮の核問題では、査察官が2009年、北朝鮮から追放されて以来、IAEAは北の核関連施設へのアクセスを失った。天野氏は理事会では、「IAEA独自の情報はない。IAEAはいつでも北の核関連査察ができる用意がある」と表明するに留まった。ただし、IAEA査察局内に2017年8月、北専属査察チームを設立し、北の非核化の進展具合如何では査察に乗り出すことができる体制を構築している(「北の核問題とIAEAの『失った10年』」2019年3月4日参考)。

 天野氏にとって最大の衝撃はトランプ大統領が2018年5月8日、イラン核合意から離脱を表明したことだろう。核協議はイランと米英仏中露の国連安保理常任理事国にドイツが参加してウィーンで協議が続けられ、イランと6カ国は2015年7月、包括的共同行動計画(JCPOA)で合意が実現したが、トランプ大統領は「核合意ではイランの大量破壊兵器開発をストップできない」として、核合意から離脱を宣言したのだ。

 イランは濃縮ウラン活動を25年間制限し、IAEAの監視下に置く。遠心分離機数は1万9000基から約6000基に減少させ、ウラン濃縮度は3・67%までとする(核兵器用には90%のウラン濃縮が必要)、濃縮済みウラン量を15年間で1万キロから300キロに減少などが明記されていたが、イランは、「欧州連合(EU)の欧州3国がイランの利益を守るならば核合意を維持するが、それが難しい場合、わが国は核開発計画を再開する」と主張。今月に入り、濃縮ウラン貯蔵量の上限を超え、ウラン濃縮度も4・5%を超えるなど、核合意を違反したばかりだ。

 IAEAはイランとの間で締結した包括的行動計画を実施し、核合意内容の順守を検証する役割を果たしてきた。そして理事会では天野氏は「イランは核合意を順守している」と報告してきた。それに対し、トランプ米政権は、イランの合意順守をIAEA理事会で報告する天野氏に対し、IAEA高官のセクハラ問題をメディアにリークし、天野氏の指導力に疑問を呈するなど、圧力を行使してきた経緯がある(「トランプ氏が“天野氏叩き”を始めた」2018年5月26日参考)。

 天野氏は事務局長就任直後、「米追従事務局長」と加盟国の一部からレッテルを張られてきたが、イランの核合意に対する毅然とした態度で取り組む天野氏に対し、加盟国の間で「天野氏の株」が高まった。皮肉にも、トランプ氏のイラン核合意離脱表明は天野氏の評価を高める契機となったわけだ。

 ちなみに、昨年のIAEA年次総会でイランのアリー・アクバル・サーレヒー原子力庁長官は欠席した天野氏に言及し、「ハードワーカーの事務局長の快癒を願う」と述べていた。何度もテヘランまで足を運び、現地視察を行ってきた天野氏の言動を、イランは最も評価している国ともいえる。

 忘れてならないことは、福島第1原発事故(2011年3月)を受け、IAEAは「原子力安全に関する行動計画」を作成し、加盟国に福島第1原発の教訓をまとめ、原発の安全性強化に乗り出すなど、福島原発大惨事に対し、原発の安全性の強化で大きな役割を果たしてきたが、その背後に母国・日本の原発事故に心を痛めた天野氏の外交努力があったことだ。

 天野氏は現在、任期3期目に入っている。21年12月には3期目の任期満了で辞任することになっていたが、2年余りを残してそのポストから降りることになるかもしれない。天野氏を失えば、IAEAでの日本の影響力、情報量は減少するかもしれない。天野氏には辞任最後の日まで健康を留意しながら、その知力、経験を発揮してほしい。
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