ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2019年09月

クルツ「国民党」の政権カムバック

 オーストリアで29日、国民議会(定数183)の早期総選挙の投開票が行われた。暫定投票結果(有権者約640万人)によると、クルツ前首相が率いる中道保守派「国民党」が約37・2%の得票率を獲得し、前回選挙(2017年)比で約5・1%増で第一党を堅持し、政権カムバックを確実とした。一方、国民党と連立政権を組んできた極右政党「自由党」は前党首のスキャンダルなどの影響もあって、約16%(前回比10%減)と大幅に得票率を落とした。

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▲勝利宣言をするクルツ国民党党首(2019年9月29日、オーストリア国営放送の中継から)

 「社会民主党」は約21・7%で前回比で5・1減と党の低迷にストップをかけることができなかった。一方、地球温暖化問題など世界的な環境保護運動の風を受け、「緑の党」は約14%で前回選挙で失った議席を勝ち取った。リベラル派政党「ネオス」は7・8%、「緑の党」から分裂して結成された「イエッツ」は約1・8%と議席獲得に必要な得票率4%の壁をクリアできなかった。投票率は約75・4%。

 国民党と自由党の2党から成る連立政権は2017年12月、発足したが、自由党のシュトラーヒェ前党首がスペインの避暑地イビザ島でロシアの富豪と会見、党献金を要求、その引き換えに公共事業の受注を斡旋し、オーストリア最大日刊紙の買収などを持ち掛け、その会談内容が今年5月、ドイツのメディアでリークされ、引責を取ってシュトラーヒェ党首は副首相と党首のポストを辞任。その直後、国民党と自由党の右派連立政権は3年以上の任期を残して解消され、早期総選挙の実施となった経緯がある。

 「国民党」はクルツ党首の国民的人気を背景に余裕ある戦いを展開させてきたが、選挙戦に入って富豪からの党献金の実態がメディアに暴露され、党本部へのサイバー攻撃を受けるなど、クルツ政権の再現を阻止する勢力からの激しい攻撃にさらされてきた。国民党の支持率低下を報じるメディアも聞かれたが、クルツ前首相の国民的人気は依然、パワーを発揮したわけだ(「政権交代時の機密情報の処理問題」2019年8月2日参考)。

 自由党の場合、事態は深刻だった。シュトラーヒェ前党首はイビザ島スキャンダルばかりか、党資金の不正使用など背任容疑で検察当局から起訴されるなど、自由党は投票日前までゴタゴタの状況が続いた。「反難民、外国人排斥」をアピールし、選挙の度に飛躍してきた自由党は前党首の“オウンゴール”で支持者を失ったわけだ。自由党は10月1日、党幹部会を開催し、選挙結果の分析と共に、シュトラーヒェ前党首の党籍はく奪問題も協議するものとみられている。

 一方、社民党は、不法難民の流入は治まり、有権者の関心も年金・高齢者対策、家賃問題など社会関連問題と環境問題に集まってきたことを受け、医者出身のパメラ・レンディ=ワーグナー党首は党員を動員して打倒クルツで総力戦を展開させてきたが、社民党の低迷を止めることはできなかった。

 クルツ前首相は、「国民の信任を受けたことを感謝する」と勝利宣言し、「安定政権の樹立を目指して連立交渉を早急に開始したい」と述べた。選挙結果を受けクルツ前首相を中心とした連立政権工作が開始される。議会の過半数を占める安定政権を発足させる道は3通り、考えられる。々駝嬰泙伴由党の連立政権のやり直し、国民党と社民党の2大連立政権の再現、9駝嬰泙函嵶个療沺廚力⇔。


 国民党は自由党に対して、.ッケル前内相を拒否、極右団体「イデンティテーレ運動」の解体の2点を連立政権の条件として提示。自由党は拒否しているため連立のやり直しは現時点では難しい。クルツ前首相は政策の相違が大きい社民党との連立には消極的だ。数的に安定政権は国民党と「緑の党」、そして「ネオス」(ベアテ・マインル=ライジンガ―党首)の3党の連立政権も可能だ。国民党には連立が難しい場合、少数政権を発足させるべきだという声も聞かれる。いずれにしても、クルツ前首相の連立交渉は難航が予想されるわけだ。

労働新聞が「電子タバコ有害」報道

 韓国聯合ニュースは28日、北朝鮮の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」が27日付で「世界的に懸念されている電子タバコ」という題の記事を掲載し、「電子タバコは一般のタバコと同様有害だ」と警告した、と伝えた。

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▲米朝首脳会談前にタバコを吸う金正恩委員長(CNN中継から)

 聯合ニュースはその際、「8月に行われた新兵器の試射を視察した金正恩委員長が、たばこを手に同行した軍幹部と話している」という絵解き付きの写真を掲載し、タバコ好きで有名な首領様と労働新聞の記事の趣旨が一見矛盾していることを示唆した。

 北朝鮮は民主国家ではない。金日成主席、金正日総書記、そして3代目の金正恩党委員長の3代の独裁者が実権を握っている国だ。その“首領様”の命令は至上命令であり、誰もがそれに反対できない。それは単に政治・社会分野だけではなく、日常生活の趣向分野にまで及ぶ。金正恩氏のヘアスタイルは労働党幹部から2世、3世にまで影響を及ぼしていることはいうまでもない。

 それでは、タバコ好きで有名な金正恩氏が一般のタバコではないが、電子タバコの有害性を示唆する労働党新聞の記事を読んだならば、どのような反応を示すだろうか。激怒どころではなく、タバコの有害を書いた記者を即、政治収容所に送るだろうか。ただし、首領様がタバコ好きということを知らない労働新聞の記者はいないから、金正恩氏の了解を得たうえで掲載された記事と受け取るほうが妥当かもしれない。

 それでは、金正恩氏は突然、回心ではなく、禁煙を決意したのだろうか。3人の子供の父親でもある金正恩氏は子供のためにも長生きしなければならないと考えた末、禁煙を決意したのだろうか。

 ハノイで今年2月末開催された米朝首脳会談の休憩時、金正恩氏が喫煙している写真が流れた。それはタバコが好きといった風ではなく、タバコに救いを求めているような依存性が伝わってくる写真だった。ストレス解消の手段でもあり、精神安定の手段としてタバコを口にしているといった様子だった。その金正恩氏が子供のために長生きを目指して禁煙を決意したとは考えにくいのだ。

 喫煙を愛する金正恩氏の逆鱗に触れることなく、労働新聞が国民に向かって禁煙の勧めの記事を掲載できるだろうか。民主国家では為政者と国民の間ではコンセンサスがないテーマは少なくない。メディアの世界では為政者を批判することが報道の客観性と受け取られているほどだ。

 聯合ニュースによると、「労働新聞は電子タバコは一般のタバコより安全だという見解は全く覆された。電子タバコも有害であり、多くの肺疾患患者が出てきている」と指摘し、「電子タバコは青少年に非常に有害であり、タバコを吸わない人にも影響が甚大だ」と述べているのだ。

 独裁者の嗜好、喫煙を厳しく有害だと指摘することはちょっと考えにくい。もちろん、金正恩氏は一般の外国産タバコを喫煙しているのであって、電子タバコではないが、それでも「タバコ喫煙は有害」というイメージを広める契機となることは間違いないだろう。それだけではない。「北朝鮮では外国産たばこの輸入を制限し、国内でのたばこ生産も中止するなど、禁煙政策を推進している」というのだ。

 興味深い点は、朝鮮労働党新聞が電子タバコの有害を報じる一日前、26日にロイター通信が電子タバコの有害を大々的に報じているのだ。米疾病対策センター(CDC)は26日、電子タバコの有害性が確認されたと報じ、肺疾患の件数が805件、死亡例は12件と、増加傾向が見られるというのだ。

 CDCによると、「9月24日時点で、カリフォルニア、フロリダ、ジョージア、イリノイ、インディアナ、カンザス、ミネソタ、ミシシッピ、オレゴンの各州で死亡例が確認された」というのだ。

 要するに、ハノイの米朝首脳会談後、非核化に関する米朝実務協議はまだ始まっていないが、電子タバコの有害性では米朝間で既に見解が一致しているわけだ。

 繰り返しになるが、「タバコ好きの金正恩氏」と「禁煙を勧める労働新聞の論旨」間の相違、ないしは対立はなぜ生じたのだろうか。以下、当方の推測だ。

]働新聞編集部は、ヘビースモーカーの首領様・金正恩氏の健康を案じて、自発的に報じた、主体性を国是とする「主体思想」の実践だ。

∀働新聞編集部は、誰も我々の記事など読んでいないと考えて、ロイター通信から流れてきた記事を朝鮮語で訳する気持ちで掲載した。

O働新聞編集部は、電子タバコの有害性というテーマを利用し、国内の反金正恩氏の結束を秘かに呼び掛けた。

は働新聞編集部は、金正恩氏が禁煙を決意したことを受け、今後、徹底的な反電子タバコ、禁煙路線でいくことを決定し、第一弾の記事として掲載。

 いずれにしても、「労働新聞の論旨」と「金正恩氏の嗜好」の対立、矛盾は、「全ての事象は対立や矛盾を介して発展する」というマルクス主義の史的唯物論の視点から考えれば、案外スムーズに理解できるかもしれない。労働新聞編集部も統合、調和ではなく、対立と矛盾こそ歴史発展の原動力と教えられてきたからだ。

極右指導者の政治生命

 ハインツ=クリスティアン・シュトラーヒェ氏(50)の政治生命に終わりが近づいてきたのかもしれない。オーストリアの極右党「自由党」党首を14年間務め、欧州の代表的極右指導者として暴れまわってきたが、イビザ島スキャンダル事件がメディアに報道されて以来、ボクシングのサンドバッグのように叩かれ続けてきた。そしてウィーン検察当局は26日、同氏を党資金の不正使用という背任容疑で起訴したのだ。有罪判決となれば、最高3年の禁固刑だ。野党指導者として政権を揺さぶり、クルツ連立政権に参加した後は副首相として活動してきたが、同氏を取り巻く状況は次第に厳しくなってきている。

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▲シュトラーヒェ氏、自由党の党首と副首相ポストを辞任(オーストリア国営放送から、2019年5月18日)

 イビザ島スキャンダル後のシュトラーヒェ氏の辞任を受け、新党首に就任したノーベルト・ホーファー氏は、「総選挙実施直前、わが党をバッシングする動きが強まってきた。何者かがわが党の活動を抹殺するため恣意的に工作をしている」と述べている。

 オーストリアでは29日、国民議会(定数183)の早期総選挙が実施される。その3日前に前党首が党資金の背任容疑で起訴されたわけだ。総選挙と前党首の起訴は何らかの関連があると推測する声は聞こえる。不法難民・移民問題を選挙争点に挙げて躍進し続けてきた自由党へのバッシングがここにきて強まってきているからだ。

 まず、自由党を取り巻くオーストリアの政情について、以下、まとめる。

 2017年12月:前回選挙(2017年10月)では不法移民・難民対策が選挙争点となり、国境警備の強化など厳格な対応を主張した「国民党」が第一党にカムバック。「自由党」も強硬な移民政策で有権者にアピールして大飛躍。その結果、「国民党」と「自由党」の中道右派連立政権が同年12月に発足した。

 2019年5月:独メディア、週刊誌シュピーゲルとドイツ南新聞はシュトラーヒェ氏のスぺインの避暑地イビザ島での言動をスクープして報じた。同氏がロシアの富豪家に対し、党献金を要求する一方、その引き換えに公共事業の受注やオーストリアのメディア買収などを持ち掛けていた会話が何者かによって録音され、そのビデオがメディアに流された。それを受け、シュトラーヒェ氏は辞任。議会で5月末、不信任案が可決され、同政権は発足1年半あまりで崩壊。それを受け、早期総選挙となった。

 その後、自由党関係者が同国最大の極右団体「イデンティテーレ運動」に関与し、献金もしていたことが発覚し、自由党は一層窮地に追い込まれた。同運動のリーダー、マーティン・セルナー氏はニュージランド、クライストチャーチのイスラム寺院銃乱射事件(3月15日)で50人のイスラム教徒を殺害したブレントン・タラント被告とコンタクトがあり、献金を受けていた人物だ。その指導者と自由党の関係がメディアで報道されるなどして、「自由党」への風当たりは一層厳しくなった。

 2019年9月:シュトラーヒェ氏のボデーガードを務めていた人物がシュトラーヒェ氏の党資金の背任問題をリーク、同人物が検察側にその全容を告発。それを受け、検察当局はシュトラーヒェ氏を党資金の背任容疑で起訴した。投票日3日前のことだ。


 ホーファー新党首は、「投票日を控え、わが党を叩くための工作だ。もちろん、前党首の問題で『黒』と出れば、党規則に従って対応する」と述べ、投票結果を受けて党幹部会が10月1日開催されるが、そこで前党首への対応なども話し合われるという。シュトラーヒェ氏の党籍排除もその選択肢に入っていることを示唆している。

 ホーファー氏にとって懸念材料はシュトラーヒェ氏の扱いだ。14年間、党首として小政党に過ぎなかった自由党を中政党に飛躍させ、政権入りさせた指導者は党内でも多くの支持者を抱えている。その人物を冷遇する場合、自由党の分裂もあり得るからだ。同党では一度、シュトラーヒェ氏の前任者イェルク・ハイダー氏が党を分裂させ、新政党「オーストリア未来同盟」を創設したことがある。 

 同国の複数メディアによれば、クルツ前首相の国民党が支持率32%から35%、第2党に野党第一党社会民主党が23%前後で健闘、それを追って自由党が18から20%と予想されている。ちなみに、前回の選挙で議席を失った「緑の党」のカムバックは確実で10%前後、リベラル派「ネオス」が8%の支持率とみられている。

 自由党前党首が起訴された段階で、自由党との連立を模索する政党が出てこないことから、クルツ国民党が第一党となったとして、議会で安定政権を運営するためには他の連立パートナーが不可欠だ。国民党の少数政権の発足もささやかれているが、選挙後の連立工作の難航は避けられない。同時に、自由党の選挙後の動向はここしばらくは不透明さを深めていくだろう。

「債務超過」で破産危機に陥る米教会

 バチカン・ニュース独語電子版が24日、報じたところによると、ローマ・カトリック米教会のニューヨーク州8司教区の中で、聖職者の性的虐待で犠牲者に支払う賠償金の工面に追われ、債務超過状況に陥る司教区が出てきた。賠償金総額が教会側の総資産を超えた状況で、遅かれ早かれ破産手続きに強いられるという。教会司教区が破産するという前代未聞の状況が生まれてきたのだ。

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▲聖職者の未成年者性的虐待問題を協議するためバチカンで開催された「世界司教会議議長会議」の全景(2019年2月、UPI通信)

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▲聖職者の性犯罪に抗議する犠牲者団体「Ending Clergy Abuse」(ECA)=ECAのHPから、2019年2月24日、バチカンで

 債務超過の直接の原因は今年8月中旬、法改正が実施され、十数年前の過去の性的スキャンダルに対しても犠牲者は賠償金を請求できるようになったからだ。その結果、同州8司教区で400件以上の賠償請求要求が新たに出てきた。バッファロー司教区(ニューヨーク州北西部)、ロックビル・センター司教区、オールバニ司教区、そしてオグデンスブルグ司教区は債務超過で破産手続きをするかどうかを検討中だ。オグデンスブルグ司教区によると、「同4司教区は法律、財政、保険問題の各専門家と協議を重ねている。債務超過による破産手続きは選択肢の一つだ」という。

 バッファロー司教区のリチャード・マロ―ネ司教は、「わが司教区は債務超過保護を申請する直前だ。司教区に新たに140件の賠償金要求が提出されたばかりだ。ニューヨーク州8司教区の中でロチェスター司教区が9月中旬、債務超過申請第1号だ。これまで米国全土で20の司教区が債務超過を申請しているという。

 シカゴ大司教区では2000年以来、聖職者の未成年者への性的虐待問題で犠牲者に約2億ドルを支払っている。ドイツのカトリック通信(KNA)が今月17日、同大司教区の説明として報じている。例えば、ミネソタの犠牲者団体が8000万ドルの賠償金を受け取っている。8000万ドルは犠牲者160人分だという。加害者(聖職者を含む教会関係者)はほぼ50人だ。犠牲者1人当たり50万ドルを損害賠償金として受け取る計算になるという。もちろん、犠牲者の中には100万ドル以上の賠償金を受けとる者がいる一方、数万ドルの賠償金に留まるケースが出てくる。シカゴ・トリビューン紙によれば、シカゴ大司教区は来年にも更に1億5600万ドルを聖職者の性犯罪の犠牲者に支払う予定だという。

 ところで、教会は宗教法人であり、その資金は信者からの献金が主要な収入源だ。その総資産を上回る賠償金の支払いを命令された場合、教会の支払い能力を超えるため、債務超過状況に陥り、破産宣言する以外に他の選択肢がなくなるわけだ。

 ボストンのローマ・カトリック教会聖職者による未成年者性的虐待の実態を暴露した米紙ボストン・グローブの取材実話を描いた映画「スポットライト」(トム・マッカーシー監督)が第88回アカデミー賞作品賞、脚本賞を受賞した。教会関係者による未成年者への性的犯罪は欧米社会で大きな衝撃を投じた(「『スポットライト』は神父必見映画だ」2016年3月4日参考)。

 フランシスコ法王の友人でもあった米ワシントン大司教区のテオドール・マカーリック前枢機卿(88)に対し、バチカン教理省は今年2月16日、未成年者への性的虐待容疑が明確になったとして、教会法に基づき還俗させる除名処分を決定したばかりだ。2001年から06年までワシントン大司教だったマカーリック前枢機卿は1970年から90年の間、神父候補者を誘惑したほか、少なくとも2人の未成年者に性的虐待を行ってきたことが明らかになっている。

 マカーリック前枢機卿のスキャンダルを暴露した元バチカン駐米大使カルロ・マリア・ビガーノ大司教は通称「ビガーノ書簡」の中で、「フランシスコ法王は友人のマカーリック前枢機卿の性犯罪を事前に知りながら、隠蔽してきた」と指摘、フランシスコ法王の辞任を要求したことはまだ記憶に新しい。

 もちろん、聖職者の性犯罪の犠牲者への賠償金支払い問題は米国教会だけではない、ベルギーのローマ・カトリック教会は2012年から15年の4年間に届けられた聖職者による性犯罪の犠牲者への賠償金が約400万ユーロになったことを明らかにしたことがある。4年間の間に届けられた犠牲者件数は1046件だった。オーストリアのカトリック教会や独教会でも聖職者の性犯罪の犠牲者への賠償金の支払いを行っている。ローマ・カトリック教会が欧米でこれまで聖職者の性犯罪犠牲者に支払った総額がいくらになるかは不明だが、数十億ドルになることは間違いない。

 聖職者の性犯罪は教会の信頼性を損ない、脱会者は年々増加。同時に、犠牲者への賠償金も年々増えてきた。教会への献金が聖職者の性犯罪の賠償金の支払いに回されることは避けられない状況だ。「自分の献金を性犯罪を犯した聖職者の犠牲者への賠償金に使用しないでほしい」という声が平信徒から飛び出してきても不思議ではない。

 バチカンでは今年2月、世界から司教会議議長たちが結集して、聖職者の未成年者への性的虐待対策を話し合ったが、犠牲者への賠償金支払い問題が大きな問題となってきている。財政危機で破産宣言を余儀なくされる教会が今後増えることが予想されるわけだ。

フロイトは「魂」の考古学者だった

 「夢」は昔、未来を占う手段だった。夢を解釈する預言者が現れ、王はその夢を自身が信じる神の声と受け取って重視した。ヤコブの子ヨセフが他の兄弟に疎まれエジプトに売られて行った。さてエジプトの王パロは夢を見たが、誰もその夢を解き明かす者がいなかった。給仕役が夢を解き明かすヨセフを思い出して、パロに伝える。ヨセフはパロが見た夢を解き、エジプトの地に7年間の大豊作の後、7年間の飢饉が襲来すると告げ、穀物を飢饉のために蓄えるべきだと進言した。ヨセフの夢解釈はその通りになったので、パロはヨセフを総理大臣にした話は旧約聖書「創世記」第41章に記述されている。「夢」は久しく未来を告げるものと受け取られていた。

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▲精神分析学創設者ジークムント・フロイト(ウィキぺディアから)

 それを変えたのはジークムント・フロイト(1856〜1939年)だ。彼は「夢」を過去を知る手段と受け取り、無意識の世界を解明し、「夢解釈」をまとめ、精神分析学の道を切り開いた。フロイトにとって、夢は「未来」を告げるものではなく、「過去」の出来事などを教えるものというわけだ。

 当コラム欄では、「骨がその人の歴史を語り出す時」2018年12月18日参考)というテーマを書き、さらに一歩踏み込んで「細胞は歴史を知っている」と述べた。骨とそれを構成する細胞という人体を構成する物質を解析することで、そこに刻印された歴史を解き明かすことができるというのだ。

 一方、フロイトは骨や細胞ではなく、精神(魂)に刻み込まれた過去、無意識の世界を解析していった。それゆえに、フロイトを「魂の考古学者」と呼ぶ学者がいると聞いた。フロイトは、未来より、過去に強い関心があった。現代風に言えば、「未来志向」ではなく、「過去の歴史志向」だったわけだ。

 9月23日にそのフロイト死後80年を迎えた。フロイトのリビドー説が有名で、人間の性的欲望がその人の生き方に大きな影響を与えているとしたが、フロイト自身は性的衝動は子孫を生み出すための手段に過ぎないと考え、女性患者に対しても一定の距離を置き、患者の精神病の解明のために腐心した。彼には俗にいうアフェア(性的スキャンダル)はなかったといわれている。

 私的なことだが、当方は来月、通算10回目の手術を受ける。今回は左目の手術だ。手術の回数として少なくないが、フロイトは生涯33回の手術を受けたと聞いて、驚いた。彼は晩年、口腔ガンに苦しめられていた。ナチス・ドイツ軍が1938年3月、オーストリアに侵攻すると、迫害を逃れてロンドンに亡命した時はガンは拡大し、彼は自由にしゃべることもできないほどだった。独仏共同出資のテレビ局「ARTE」のドキュメンタリー番組でフロイトの生の声を聞いたが、彼の発言は聞きずらかった。フロイトは痛みが耐えられなくった後、知り合いの医者からモルヒネをもらって亡くなった。83歳だった。ロンドンに亡命して1年も経過していなかった。(「フロイト没後80年と『ノーベル賞』」2019年9月7日参考)。

 彼は生前、カール・グスタフ・ユング(1875〜1961年)と出会い、友好関係を築いていった。ユングがユダヤ人ではなく、スイス人の精神医であることをフロイトはことのほか喜んだという。なぜならば、当時、精神分析学は“ユダヤ人の学問”と受け取られるほど、ユダヤ系学者が多数を占めていたからだ。例えば、ウィーンでは毎水曜日夜9時、精神分析学を研究する学者が集まり、フロイトを中心に精神分析の解析方法などについて意見の交流が持 たれた。彼らはほとんどがユダヤ人学者だった。

 ちなみに、ユング自身は「フロイトは非常に複雑な性格の人間だった」と述べている。ユングはその後、フロイトの精神分析学から距離を置いて、独自の深層心理学理論を切り開いていった。

 最初のテーマ、「夢」について。多分、夢には未来を告げる予言的なものと、脳内の海馬に刻印された人間の過去の出来事の再現を示唆する2通りが考えられる。人間は夢を見る存在だが、その夢を正しく解き明かすのは案外、難しい。

 新約聖書には、「神がこう仰せになる。終わりの時には、わたしの霊を全ての人に注ごう。そして、あなたがたの息子娘は預言をし、若者たちは幻を見、老人たちは夢を見るであろう」(使徒行伝2章17節)という聖句がある。高齢化社会の21世紀には「夢」を見る人が増えるとすれば、その夢を正しく解き明かすヨセフのような人物が必要となるわけだ(「ちょっとフロイト流の『夢判断』」2012年10月22日参考)。

国連機関トップが転職を希望する時

 国連の知人から、「彼は国際原子力機関(IAEA)の事務局長選に出馬するらしい」と初めて聞いた時、正直言って驚いたが、同時に「トップが転職を願っていると聞いた部下の職員たちはどのように感じるだろうか」と思った。

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▲次期IAEA事務局長選に出馬したゼルボCTBTO事務局長(CTBTOの公式サイトから)

 天野之弥事務局長の死去(7月18日)を受け、次期事務局長の選出がIAEAの緊急課題となっているが、来月には理事会(35カ国)で決定する予定だ。次期候補者には4人が出馬しているが、その中の1人が包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)準備委員会暫定技術事務局長を務めるブルキナ・ファソ出身のラッシーナ・ゼルボ氏(55)だ。他の3人は,在ウィーン国際機関アルゼンチン代表部のグロッシ大使、フェルータIAEA事務局長代行(ルーマニア)、そしてスロバキア原子力安全委員会のジアコバ委員長だ。

 ゼルボ氏は2013年8月にCTBTO事務局長に選出され、17年に2期目の任期(4年)に入った。本来ならば、任期終了は2021年7月31日だ。その任期前にIAEA事務局長の事務局長に転職しようとしているわけだ。

 ウィーンの国連機関ではIAEAは花形であり、イランの核問題や北朝鮮問題で常にメディアの脚光を浴びてきた専門機関で、職員数は約2300人。一方、ゼルボ氏が務めるCTBTOは1996年9月の総会で署名が開始されたが、23年が経過してもCTBT条約は依然発効していない。すなわち、CTBTOは暫定機関に過ぎないわけだ。同時に、CTBTOのトップは2期までで3期の選出はないから、ゼルボ氏はCTBTOのトップからIAEAの事務局長に転出というより“栄転”だ。彼がそれを希望したとしても不思議ではないが、国連専門機関のトップが他の専門機関のトップに転職するケースは非常に稀だ。

 彼は地球物理学者だ、CTBTOでは2004年から13年まで国際データーセンター(IDC)局長を務めてきた。ハンガリー出身のティボル・トート事務局長の任期満了後、2013年にその後任に抜擢された。当方はゼルボ氏の事務局長就任最初の年に1度単独インタビューしたが、非常に聡明な人物だ。

 ところで、ゼルボ氏の本来の任務はCTBT条約を一刻も早く発効させることだ。条約発効要件国44カ国の署名・批准が前提条件だが、米国、中国、インド、パキスタン、イラン、イスラエル、エジプト、北朝鮮の8カ国はまだ未批准だ。CTBTOのサイトによれば、9月現在、加盟国は184カ国、批准国168カ国だが、条約発効に必要な44カ国の批准国は36カ国に留まっている。

 CTBTOの特徴は国際監視制度(IMS)で、世界337カ所の監視施設(地震観測所、微気圧振動観測所、放射性接種観測所など)が核実験を監視している。同時に、インドネシアの大津波などの自然災害の対策にも大きく貢献してきた。

 当方がゼルボ氏のIAEA事務局長選出馬で最初に懸念したことは、「職員がやる気を失うのではないか」という点だ。条約発効の見通しがない時、その機関のトップが他の機関のトップ職に転職を希望していることが分かれば、職員が「なぁーんだ、事務局長は俺たちの機関の未来を悲観して転職を願っているのだな」と受け取っても仕方がないだろう。

 ゼルボ氏のために弁明するならば、CTBTOとIAEAは核問題を扱う専門機関であり、核の安全問題という点で共通点を有している。だからCTBTOからIAEAに転出したいという野望は、化学兵器禁止機関(OPCW)から国連工業開発機関(UNIDO)への転出するのとは別だ。

 不幸なことは、天野氏が急死したため、次期事務局長選が前倒しで実施されることになったことだろう。天野氏が21年まで務めていたならば、彼の2期任期の満了後、ゼルボ氏はIAEAの次期事務局長選に出馬できただろう。そうなれば、ゼルボ氏の人生のプランも一層スムーズになったはずだ。

 問題は彼が落選した場合だ。そして、その可能性は限りなく高い。次期事務局長候補の4人の中でもチャンスはもっとも少ない。落選した彼は2期の任期満了21年7月までCTBTOのトップを引き続き務めることになる。その場合、職員との関係はこれまで以上に難しくなるのではないか、ということだ。

 職員の転職はよくあることだが、会社のトップが転職を希望していることが社員に伝わった場合、「会社のために頑張れ」と朝礼で叫んだとしても職員の心に響かないだろう。ゼルボ氏が落選した場合、CTBTの条約発効への情熱や使命感は職員から消えていくのではないか、と心配になるのだ。

ドイツで「台湾と国交を」の署名活動

 海外中国メディア「大紀元」が20日で報じたところによると、今年5月、ドイツの国民が台湾との国交締結を請願する要望書をドイツ連邦議会に提出したという。今月18日時点で1万人を超える国民が署名した。署名数が来月9日までに5万人を超えれば、連邦議会は審議に入らなければならない。

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▲「逃亡犯条例改正案」の廃案を要求する香港国民(2019年7月5日、UPI通信)

 ドイツ連邦議会(Deutscher Bundestag)の公式サイトの Petitionen 欄をクリックすれば、請願書の詳細が掲載されている。同請願書は今年5月31日付でドイツ連邦議会に提出されている。請願書タイトルは「台湾との外交関係の樹立」(Aufnahme von diplomatischen Beziehungen zur Republik China=Taiwan)だ。請願の理由について、概要を紹介する。

「今年は天安門事件発生から30周年にあたる。同事件では平和的にデモを行っていた数千の国民が殺害された。彼らの多くは戦車に轢かれ、遺体は水路に流され処理された。この事件の責任は中国共産党政権にある。中国政府は多くの国と外交関係を樹立し、国連加盟国でもあるが、人権を蹂躙し、国民を再教育収容所に閉じ込め、閉鎖している国だ。世界的に稀な監視・検閲国家を建設し、東南アジアとの領土紛争では国際法を無視してゴリ押しをしている。そのような国とドイツ政府は外交関係を樹立し、貿易を行っているのだ」

 「1949年以来、中国は2カ国存在する。中国と台湾だ。これは蒋介石率いる中国国民党と毛沢東が引率する中国共産党の間の内戦の結果だ。2カ国は国連加盟国だったが、中国共産党政権が1972年、台湾を国連から追放した。国際法に全く合致しない決定だ。カイロ宣言(1943年)で、米英両国は中国に台湾の返還を約束したが、国際法に基づくものではない。看過できない点は、国連は東西両ドイツを認知し、南北朝鮮の2カ国に対しても同様に認知していることだ。台湾は1987年以来、民主主義国家として発展してきた。台湾は中国共産党政権とは異なり、民主国だ。にもかかわらず、ドイツが台湾を認知せず、人権を蹂躙している中国共産党政権を認知していることは理解できない。われわれはドイツ政府に台湾との国交樹立を要求する」

 一方、中国は21日、南大西洋のソロモン諸島と北京で国交樹立の共同文書に署名している。その結果、台湾と国交を締結している国は15カ国になった。中国のメディアによると、台湾と国交を断絶したキリバスも近く中国と国交を結ぶという。台湾で台湾独立志向の民進党・蔡英文政権が発足して以来(2015年5月)、台湾との国交を断絶した国は7カ国となった。中国外務省の耿爽副報道局長は20日の記者会見で、「世界には一つの中国しかなく、中華人民共和国政府が全中国を代表する唯一の合法的政府だ」と強調している。

 ところで、メルケル独首相は今月5日から3日間の日程で訪中したばかりだ。同首相の訪中はこれで12回目だ。その主な目的は中国との経済関係の強化だ。具体的には、中国からのビッグ商談を獲得することだ。メルケル首相の訪中にはドイツ産業界からフォルクスワーゲンやBMWなど同国経済を代表する企業代表が常に随伴した。

 ただし、メルケル首相は今回、李克強首相との首脳会談で香港のデモ問題に言及し、「武力衝突が生じないように、平和的な解決を期待する」と要請し、英国と北京政府間で合意した基本条約(1984年)に言及し、「中国に完全統合されるまで、香港国民の権利と自由は保障されなければならない」と強調、香港政府とデモ参加者の対話推進を求めている。

 なぜならば、ドイツ国内では、メルケル首相の訪中に対し、様々な注文が飛び出してきたからだ。例えば、野党自由民主党(FDP)が、「一国二体制を明記した1984年の英中声明を遵守するように訴えるべきだ。中国が1989年の天安門事件のように、武力で香港市民の平和的デモを鎮圧するようなことがあれば、ドイツを含む欧州は黙っておれない」と強調するなど、対中関係の見直しを求める声が与野党からも出てきたからだ(「メルケル首相の12回目の訪中は?」2019年9月8日参考)。

中国は7月、2019年版「国防白書」を発行したが、新華社は同白書の重点について「中国は必ず台湾を統一する」と記述した第1項を掲げていた。中国共産党政権が台湾を武力統一する野望を強めていることが分かる。

 ドイツ国内で中国共産党政権の実態を理解する国民が増える一方、民主国家の台湾の認知を求める国民が出てきた。分断国家だったドイツで台湾の認知を求める署名活動が始まったという事実はそれ故に注目されるわけだ(「台湾の『世界保健総会』参加を認めよ」2019年5月18日参考)。

世界の政治では事実より「国益」

 サウジアラビア東部の国有石油会社「サウジアラムコ」が9月14日、無人機とミサイル攻撃で爆破されて以来、サウジ当局を中心として犯人探しが行われてきたが、サウジ国防相当局が18日公表したところによると、爆発現場から回収された無人機やミサイルの破片などから18機の無人機と7発のミサイルが使用され、飛翔体は北から南に向かっていたという。このことから、イエメン反政府軍の仕業というより、それを支援するイランがサウジ攻撃を実施した可能性が高いと推測されている。それに対し、イラン側は「わが国は関与していない」と犯行を否定している。

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▲米国内多発テロ事件の追悼で(2019年9月11日、ホワイトハウス公式サイトから)

 米国はサウジと連携して石油施設攻撃の犯人捜しを進め、「イランの関与が濃厚」と判断したが、「断言」は控えた。その一方、トランプ米大統領は「48時間以内にこれまで最高の制裁を課する」と宣言し、具体的には、.ぅ薀鹵羆銀行への制裁、∨姫匐化を目的とした米軍の派遣決定、等を決めたばかりだ。すなわち、トランプ氏は対イラン制裁強化を実施する一方、イランとの全面戦争に発展する軍事力の行使を控えている。次期大統領選挙が近いトランプ氏にとっては対イラン戦争はリスクが大きすぎるわけだ。

 トランプ政権がイランの犯行と「判断」する一方、「断言」を控えたのは、証拠が不十分だ、という純粋な科学的根拠によるものより、トランプ氏自身の政治的思惑、計算が強く働いているからだろう。断言すれば、「なぜ米国はイランに報復攻撃を行使しないのか」という当然の疑問が飛び出し、米国の中東での威信も傷つく。警察捜査当局がよく言う「限りなく黒に近い灰色」という段階で犯人捜しを中断するのが理想的というわけだ。

 トランプ氏にはイラク戦争(2003年3月〜11年12月)の後遺症が払しょくできないこともあるだろう。フセイン政権が大量破壊兵器開発を行っているという自国情報機関の情報に基づいて対イラク戦争(イラクの自由作戦)が始まったが、イラク国内には大量破壊兵器は発見できなかったうえ、米軍兵士に多くの犠牲者を出した、という苦い体験がある。トランプ氏はブッシュ政権の二の舞を踏みたくないという思惑、計算が働いただろう。

 政治の世界では事実より、その時の政治的思惑、指導者の計算が優先されるケースが多い。誤解を恐れずに言えば、政治の世界では事実より、その時の国益が優先する。事実の解明はあくまで建前であり、メディア向けの表明に過ぎない。

 ところで、サウジの反体制派ジャーナリストのジャマル・カショギ氏が昨年9月末、トルコのイスタンブールのサウジ総領事部内で殺害された事件で、トルコ側は事件当初からサウジ当局の仕業と断定、事件の背後にはサウジのムハンマド皇太子がいると断言し、国連安保理事会に対サウジ制裁の実施を要求した。それに対し、サウジ側は同国工作員の犯行を認めたものの、ムハンマド皇太子の関与については終始否定した。ちなみに、ムハンマド皇太子は国際会議に出席するなど、カショギ殺人事件でダメージを受けたイメージの回復に努めている。

 興味深い点は、米国の姿勢だ。トランプ大統領はサウジのカショギ殺人事件ではムハンマド皇太子の関与を否定し、対サウジ制裁を回避。サウジ石油施設攻撃では、イランの関与を断言せず、あくまでも推測の域に留めている。米国にとってサウジは米国製武器の最大の顧客だ。そのサウジの将来の国王、ムハンマド皇太子を追い詰めれば、サウジ王室内で内乱が起きる危険性も排除できない。油田爆発ではイランの仕業と断言すれば、武力行使を避けられなくなる。だから、サウジが後押しするイランへの武力制裁に対してトランプ政権は消極的な態度を取ってきた。対イラン戦争が中東全般に拡大する危険性が高いからだ。米国は事実解明より、明らかに国益重視だ。国益を損なう事実が見つかったとしても、それを灰色に留め、そのために隠蔽工作をも辞さない。

 もちろん、「事実」より「国益」重視は程度の差こそあれ、どの国の外交も同じだろう。例えば、アムステルダムから飛んだマレーシア航空17便が2014年7月17日、ウクライナ東部上空で撃墜され、298人全員が死亡した事件は、ロシア製の「ブーク」ミサイルによると判断され、ウクライナ東部のロシア武装勢力が撃ち落としたと判断されたが、ロシアのプーチン大統領はロシア側の関与を否定してきた。国際事故調査委員会ではロシア武装勢力のミサイルと断定され、現地視察を要求。ロシアは終始、民間航空機の墜落事故との関与を最後まで否定した。プーチン氏にとって、ウクライナ東部の親ロシア武装勢力を擁護することが墜落事故の事実解明より重要だからだ。

 政治の世界では政治家のスキャンダルが発生すると、調査委員会が設置され、関係政治家の汚職、犯罪を追及するが、事実の解明はその時の政情、指導者の動向に大きく左右されることが多い。事実は政治ではあくまでも脇役を演じるだけで、事実が主役を演じ、政治を左右するといった展開は非常に稀だ。その意味で、過去において現職大統領ニクソンが辞職に追い込まれたウォーターゲート事件(1972年6月)は稀なことといわざるを得ない。ジャーナリストの調査報道の大きな成果だが、その結果、米国は歴代大統領の中で最高の外交センスを有していたニクソン大統領(当時)を失うという代価を払わざるを得なかった。

ホロコースト生存最年長者の「訃報」

 当方は彼の存在を知らなかった。彼の訃報に接して後悔している。マルコ・ファインゴールド氏(Marko Feingold)が19日、肺炎で亡くなった、106歳だった。オーストリアでホロコースト(ユダヤ人大虐殺)生存者の中で最年長者だった。同氏は4度の強制収容所を生き延びたユダヤ人だ。彼は学校を訪問し、講演会に参加し、反ユダヤ主義、全体主義の恐ろしさを強く警告し続けてきた。

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▲オーストリアのホロコースト生存者の最年長マルコ・ファインゴールド氏(2019年9月20日、オーストリア国営放送のHPから)

 ファインゴールド氏は1913年、現在スロバキアの Banska Bystrica で生まれた。当時はオーストリア・ハンガリー王国の領土だった。彼は3人の兄弟姉妹とウィーン2区で成長した。同区にはナチス・ドイツ軍のユダヤ人弾圧が始まるまで多くのユダヤ人が住んでいた。1938年、ユダヤ人にとって運命の時を迎えた。ナチス・ドイツが同年3月、ウィーンに侵攻し、マルコは弟エルンストと共に逮捕され、拷問を受けた。

 父親が警告を受け、2人の息子は解放された後、プラハに逃げ、そこからポーランドに入ったが、偽造旅券で再びプラハに引き戻り、2人の兄弟は反ナチのサボタージュなどに参加した。しかし、ゲシュタボに見つかり、逮捕され、ポーランドのアウシュビッツ収容所に送られた。2人の兄弟はサポタージュに関与していたとして「懲罰部隊」(Strafkompanie)に送られた。ユダヤ人の世界では「アウシュビッツでは長くても3カ月しか生きられない」と言われていた。

 マルコは2015年5月10日のオーストリア国営放送とのインタビューの中で、「多くのユダヤ人は立ちながら死んでいった」と証言している。横にうつ伏せになって死ぬのではなく、立ちながら死ぬことがどのような状況かは体験しなければ理解できないことだ。

 マルコはそこを生きて出ることができた。彼は自身の体験を記述した本の中で、「自分は奇跡を信じないが、生きて収容所を出ることが出来たのは奇跡以外の何物でもなかった」と述懐している。そこで「殉死、屈辱、暴力、病気、特に、飢餓を体験し、目撃してきた」と述べている。

 マルコ自身、2カ月半の間に55キロあった体重が30キロになってしまったという。エルンストがマルコと別れた後、その消息は不明だったが、戦後、ノイエンガンメ収容所のガス室で1942年に殺されていたことを知った。

 マルコは4カ所の強制収容所を生き延びた。アウシュビッツを皮切りに、ノイエンガンメ(独ハンブルク市ベルゲドルフ区の地域)、ダッハウ(独バイエルン州)、そしてブーヘンヴァルト(独テューリンゲン地方)だ。マルコは1945年4月11日、ブーヘンヴァルト強制収容所から解放された。解放後は、国内避難民(DP)としてオーストリアのザルツブルクで衣服業を始めた。マルコは1946年から47年、ザルツブルクの「イスラエル文化協会」の会長を務めている。

 マルコはナチス・ドイツ軍の蛮行が忘却されることを恐れ、生涯6000回を超える講演で当時の体験・目撃談を語り続けてきた。マルコは、「学校では当時のことが正しく教えられていない」と強く感じてきたという。また「オーストリア国民はナチス・ドイツの蛮行に対して真摯に向き合うことを回避してきた。多くの国民は『オーストリアはナチス・ドイツ軍の最初の犠牲国だった』と考えてきた。戦争捕虜を迎えるときには音楽隊が歓迎したが、強制収容所の生き残りは歓迎されることがなかった」と述べている。

 マルコはナチス・ドイツ軍の蛮行を厳しく批判する一方、ユーモアを失うことがなっかた。「120歳になったら歓迎されるだろうが、自分はモーセのようには聖人ではないからね」と述べている。彼を知っている多くの知人は、「彼は決して恨みや憎悪をもたなかった。ルサンチマンがない人間だった」と証言している。罪を憎み、罪びとを憎まなかったというわけだ。

 なお、バン・デア・ベレン大統領は、「彼はナチス・ドイツ軍のテロの生き証人だ。彼は高齢になっても体験を我々に伝えるために命がけだった」と評価。 オーストリアのイスラエル文化協会のオスカー・ドイチュ現会長は、「ユダヤ人社会だけではなく、オーストリアにとって偉大な人物を失った」と述べている。

 注・このコラムはオーストリア国営放送の記事をもとに書きました。

若き指導者クルツ氏の防衛なるか

 オーストリアで29日、国民議会(定数183)の早期総選挙の投開票が実施される。複数の世論調査によると、クルツ前首相が率いる「国民党」が第一党を堅持する一方、野党第一党の「社会民主党」が起死回生を目指して健闘、党首が交代した極右派「自由党」と激しい戦いを展開している。

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▲ウィーン市内の選挙ポスター(「国民党」のクルツ党首)=2019年9月19日、ウィーン市で

 前回選挙(2017年10月)では不法移民・難民対策が選挙争点となり、国境警備の強化など厳格な対応を主張した「国民党」が第一党にカムバック。「自由党」も強硬な移民政策で有権者にアピールして大飛躍。その結果、「国民党」と「自由党」の中道右派連立政権が同年12月に発足したが、自由党党首の絡んだ政界スキャンダルが発覚し、議会で5月末、不信任案が可決され、同政権は発足1年半あまりで崩壊。それを受け、早期総選挙となった経緯がある。

 クルツ前首相の「国民党」はクルツ党首の国民的人気を背景に余裕ある戦いを展開させてきたが、選挙戦に入って富豪からの党献金の実態がメディアに暴露され、党本部へのサイバー攻撃を受けるなど、クルツ政権の再現を阻止する勢力からの激しい攻撃にさらされてきた。国民党の支持率低下を報じるメディアも出てきている(「政権交代時の機密情報の処理問題」2019年8月2日参考)。

 極右派の「自由党」は今年に入り、シュトラーヒェ党首〈前副首相)が2017年7月、スペインの避暑地イビザ島でロシアの富豪らと会合し、そこで党献金や不法なメディア工作などを語っていた内容がビデオに録音され、独メディア「ドイツ南新聞」や週刊誌シュピーゲルに暴露されたため、同党首は辞任に追い込まれた。同国メディアでは、「イビザ島スキャンダル事件」と呼ばれている(「極右党『自由党』の分裂の危機」2019年6月6日参考)。

 それだけではない。自由党関係者が同国最大の極右団体「イデンティテーレ運動」に関与し、献金もしていたことが発覚し、窮地に追い込まれた。同運動のリーダー、マーチン・セルナー氏はニュージランド、クライストチャーチのイスラム寺院銃乱射事件(3月15日)で50人のイスラム教徒を殺害したブレントン・タラント被告とコンタクトがあり、献金を受けていた事実がメディアで報道されるなどして、「自由党」への国民の目が一層厳しくなった。

 なお、「自由党」は先日、グラーツ市で党大会を開催し、ノルベルト・ホーファー氏〈前大統領選候補者)がシュトラーヒェ党首の後継者に正式に任命されたばかりだ。世論調査によると、「自由党」は前党首のスキャンダルにもかかわらず、支持率20%を獲得する勢いを見せている。

 一方、起死回生を図る「社民党」はここにきて支持率をアップさせてきた。「国民党」と「自由党」の失点を受ける一方、「社民党」の本来の政策、社会福祉関連、高齢者対策などをアピール。前回の選挙とは異なり、不法難民の流入は一応収まった今日、有権者の関心も年金・高齢者対策、家賃問題などの社会関連問題と環境問題に集まってきた。パメラ・レンディ=ワーグナー党首は党員を動員して打倒クルツで総力戦を展開中だ。

 ドイツでは「同盟90/緑の党」が与党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)を激しく追い上げるなど、国民の支持を獲得しているが、オーストリアの「緑の党」は党内のゴタゴタ、分裂もあって、前回では得票率5%をクリアできずに犠牲を失った。今回は地球温暖化問題など有権者の関心が環境保護問題に向かっていることもあって、10%前後の得票が予測されている。

 そのほか、リベラル派の「ネオス」(ベアテ・マインル=ライジンガ―党首)は議席獲得は確実だが、もう一つ伸び悩んでいる。「緑の党」から派生した「イエッツト」は実質的にはペーター・ピルツ議員の一人政党で、5%のハードルを越えるのは今回は難しいだろう。

 いずれにしても、議席過半数を単独で占める政党は出てこないだろうから、選挙後の連立政権交渉が焦点となる。クルツ国民党と「自由党」の再連立の可能性は高いが、クルツ前首相が「自由党」との再連立について、.ッケル前内相を内相にしないこと、◆屮ぅ妊鵐謄テーレ運動」の解体と2つの前提条件を挙げているため、両党の連立交渉は難航が予測される。国民党と「緑の党」「ネオス」3党連立構想、「国民党」と「社民党」の2大連立政権の復活もささやかれ出しているが、全ては選挙後の結果待ちだ。

 選挙戦は残り1週間余りとなった。若き指導者クルツ氏の「国民党」の防衛戦は勝利するか、スキャンダルで守勢を余儀なくされる「自由党」の戦いぶり、クルツ政権打倒を目指す「社民党」の奮闘など、3党を中心とした終盤戦の戦いはいよいよ佳境を迎える。
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