冷戦時代が終焉すると、ウィーンに事務所を構えていた日本の新聞社も1社、2社と閉鎖、ないしはベルリンに移転していった。当方が知っているだけでも、時事通信や産経新聞などだ。韓国のメディアは冷戦後、ウィーンに特派員を派遣している新聞社はなくなった。全てがベルリンに移動して久しい。もちろん、ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)の理事会が開催される時などはベルリン特派員がウィーンに取材に来る。移動特派員もいる。
 どうしてそんなことを書くのかといえば、ウィーン支局に特派員を常住させてきた日本のN紙がロンドンに集中し、ウィーン支局は現地アシスタントだけが勤務することになったという。だから、今回のIAEA特別理事会の時はロンドンから特派員が派遣されるという。支局の位置付けが変わるわけだ。この話は同社アシスタントから聞いた。
 ロンドンは欧州と世界の金融活動の拠点だから、N紙がウィーンを縮小してロンドンに集中するのは当然かもしれないが、冷戦後もウィーンに常駐する当方にとって、この話は何か寂しい思いがする。
 朝日新聞社が巨額の赤字を計上した、といったニュースが飛んでくるご時世だ。大手新聞社の統合、縮小など経営健全化への動きがこれから加速していくことは間違いないだろう。N紙の支局縮小という話は当方の身近でもその動きが始まろうとしていることを痛感させた。
 冷戦後のメディアの統合と再編成を第1弾とすれば、金融危機後の今日のメディアの動きはその第2弾というべきだろうか。