ローマ法王ベネディクト16世は先月28日、8年間余りの在位後、退位した。それを受け、枢機卿会議が4日、開催され、法王選出会(コンクラーベ)の開始準備に入る。新法王が選出されるまで、ローマ・カトリック教会は法王空席状況が続く。システィーナ礼拝堂で次期法王選出会(コンクラーベ)が始まるまで時間があるので、オーストリア日刊紙クリアでカトリック著作家フーベルト・ファイヒルバウアー氏が「教会の女性像」の歴史を紹介していたので、その概要を読者に紹介する。なぜ、カトリック教会が女性を軽視する傾向にあるか、その背景について理解を深めることができるだろう。

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▲「書斎の聖アウグスティヌス」サンドロ・ボディチェリー作

 カトリック教会の女性像は時代によって変化していったが、その中で変わらず継承してきた「男尊女卑」の流れは、旧約聖書創世記2章22節の「主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り……」から由来していると受け取られている。聖書では「人」は通常「男」を意味し、その「男」(アダム)のあばら骨から女(エバ)を造ったということから、女は男の付属品のように理解されてきた面がある。、
 しかし、新約時代に入ると聖パウロは「奴隷も自由人もなく、男も女もない。あなた方は皆、キリスト・イエスにあって1つだからである」(ガラテヤ人への手紙3章26節)と述べ、「男女の平等」を示唆していることから、男尊女卑の思想は決して聖書66巻に流れる一貫とした主張ではないことが分かる。

 「教会の女性像」の確立に中心的役割を役割を果たした人物は古代キリスト教神学者アウレリウス・アウグスティヌス(354〜430年)だ。彼は「女が男の為に子供を産まないとすれば、女はどのような価値があるか」と呟いている。そこには明確に男尊女卑の思想が流れている。現アルジェリア出身のアウグスティヌスの思想は「肉体と女性」蔑視が根底に流れているといわれる所以だ。
 イタリア人法王レオ1世(390〜461年)は「罪なく子供を産んだ女はいない」と主張し、女性が性関係を持ち、子供を産むことで原罪が継承されてきたと指摘している。キリスト教の性モラルはこの時代に既に構築されていったと受け取れる内容だ。
 女性蔑視の思想は中世時代に入ると、「神学大全」の著者のトーマス・フォン・アクィナス(1225〜1274年)に一層明確になる。アクィナスは「女の創造は自然界の失策だ」と言い切っている。スコラ哲学の代表者アクィナスは「男子の胎児は生まれて40日後に人間となるが、女子の胎児は人間になるまで80日間かかる」と主張しているほどだ。現代のフェミニストが聞けば、真っ青になるような暴言だろう。この時代になると、カトリック教会の女性像には女性蔑視が定着する。魔女狩りもその表れだろう。女に悪魔が憑いたということで、多くの女性が殺されていった。

 興味深い点は、女性蔑視の思想を持つキリスト教の中で聖母マリアはイエスの母親として特別視されてきたことだ。。第255代法王のピウス9世(在位1846〜1878年)は1854年、「マリアは胎内の時から原罪から解放されていた」と宣言して、教会の教義(ドグマ)にした。聖母マリア崇拝が強いポーランド教会では聖母マリアは“第2のキリスト”と崇められているほどだ。キリスト教信者たちは、厳格で裁く父親的神とは好対照として、無条件に許し、愛する母親的存在の聖母マリアを必要としたのだろう。

 女性蔑視の強かった教会がヨハネ23世(在位1958年10月〜63年6月)に入ると、ようやくその見直しが行われていく。ヨハネ23世は1962年10月11日、ローマ・カトリック教会の近代化と刷新のため「第2バチカン公会議」を開催し、ラテン語礼拝の廃止、エキュメニズムの推進など教会の近代化を推進する一方、女性の権利の尊重を進めていった。ただし、教会は女性聖職者については旧態依然、抵抗が強い。

 以上、簡単に紹介した。韓国で女性大統領が誕生するなど、世界各地で女性指導者が進出してきた。闘争ではなく、和解を求める女性本来の特質を世界の平和実現のためにもっと積極的に利用すべきだ。カトリック教会にとっても同様のことがいえるだろう。