当方はこのコラム欄で「日本は世界4番目の無宗教国家だ」という記事を書いた。その際、世界1番の無宗教国家がチェコであると紹介した。それに対し、「中欧のチェコがどうして世界で最も無宗教なのか」と不思議に思われた読者もおられたと聞く。そこでなぜ、チェコ国民は無宗教が圧倒的に多いのかについて、当方の考えを紹介する。

 まずワシントンDCのシンクタンク、「ビューリサーチ・センター」の宗教の多様性調査のチェコ欄を紹介する。キリスト教23・3%、イスラム教0・1%以下、無宗教76・4%、ヒンズー教0・1%以下、民族宗教0・1%以下、他宗教0・1%以下、ユダヤ教0・1%以下だ。無神論者、不可知論者などを含む無宗教の割合が76・4%なのだ。キリスト教文化圏で考えられない数字だ。

 冷戦時代、当方はチェコのローマカトリック教会最高指導者、トマーシェック枢機卿と数回、会見したが、枢機卿が「自分はハベル氏(旧チェコスロバキア元大統領、チェコ共和国元大統領)を信者にしたかったが、出来なかった」と笑いながら語ってくれたことを思い出す。
 バツラフ・ハベル氏(Vaclav Havel)は当時、著名な劇作家であり、反体制派グループ「憲章77」のリーダーだった。同氏は後日、民主選出された初代大統領となったが、2011年12月に亡くなるまでカトリック教会とは一定の距離を置いていた。

 チェコは昔、カトリック教国だった。それがヤン・フスの処刑後、同国ではアンチ・カトリック主義が知識人を中心に広がっていった。チェコ国民の無宗教は厳密にいえば、反カトリック主義だ、といわれる所以だ。

 ヤン・フス(1370〜1415年)はボヘミア出身の宗教改革者だ。免罪符などに反対したフスはコンスタンツ公会議で異端とされ、火刑に処された。同事件はチェコ民族に今日まで深く刻印されてきた。歴史家たちは「同国のアンチ・カトリック主義は改革者フスの異端裁判の影響だ」と説明するほどだ。

 民主化後、東欧諸国の中でチェコ国民が急速に世俗化の洗礼を受けていったのは決して偶然ではないだろう。旧東独の民主化運動の拠点であったロストックやライプツィヒの福音派教会の信者たちが民主化後、一斉に姿を消していったように、チェコ国民は教会から益々距離を置いていったわけだ。もちろん、共産政権時代の無神論教育の影響も無視できない。

 ちなみに、故ヨハネ・パウロ2世は西暦2000年の新ミレニウムを「新しい衣で迎えたい」という決意から、教会の過去の問題を次々と謝罪した。ユグノー派に対して犯したカトリック教会の罪(1572年)、イタリアの天文学者ガリレオ・ガリレイの異端裁判(1632年)と共に、異端として火刑に処せられたフスの名誉回復を実施している。

 クラウス前大統領が欧州連合(EU)のリスボン条約に強く反発し、その批准書の署名を拒否し続けたことがあったが、チェコの知識人にはブリュッセルを中心としたEU機構に強い不信感がある。換言すれば、権威者に対する払拭できない不信感が強いのだ。フス事件の残滓といわれる現象だ。なお、来年はフス死後600年を迎える。