異国で特定の人物を暗殺する場合、実行者は必ず他国駐在、ないしは自国から直接派遣のキラーだ。具体的にいえば、北朝鮮がマレーシア訪問中の金正男氏を暗殺しようとすれば、駐マレーシアの同国外交官、工作員を動員することは絶対にない。暗殺がうまくいかなかった場合、北とマレーシア間で外交問題が生じ、最悪の場合、マレーシアは北側との外交関係を切る危険性が出てくるからだ。

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▲金正男氏暗殺後、その動向が注目される駐オーストリアの金光燮・北朝鮮大使(中央)=2015年12月に開催された国連工業開発機関(UNIDO)総会で撮影

 マレーシアからの情報によれば、金正男氏を毒殺した可能性のある2人の女性(1人は自称、ベトナム人、もう1人はインドネシア人)と1人の男性が逮捕されたという。3人の身元を慎重に調査する必要があるだろう。明確なことは、北が外国の地で特定の人物を暗殺、ないしは危害を加えようとすれば、その国に駐在している工作員を使わないが、他国のプロのキラーに暗殺を依頼することも絶対にないことだ。キラーが捕まり、捜査官に口を割れば、誰が暗殺を依頼したかが明らかになるからだ。そのような危険を冒すことは北側は絶対ない。プロのキラーは金で動くから、金で裏切ることも十分想定できるからだ。その上、プロの外国人キラーの場合、後日、脅迫材料に利用される可能性が排除できなくなる。

 大韓航空機爆発テロ事件(1987年11月29日)の実行犯は2人で、平壌から派遣された人物だったように、北がマレーシアで金正男氏を暗殺しようとした場合、第3国で駐在の工作員を動員するか、自国から特別訓練を受けた工作員を派遣するだろう。金でキラーを雇うことは絶対にない。北が正男氏を暗殺するために異国出身の男性や女性を利用したとは考えにくいのだ。

 そして暗殺実行犯がその命令を完遂した場合、北は実行犯を最終的には処分するだろう。大韓航空機爆発テロ事件の教訓だ。実行犯が逮捕された場合、実行犯が口を割る可能性が考えられるからだ。だから、命令を受けた実行犯が帰国した場合、最終的には処分されるだろう。

 中国工作員が正男氏暗殺に関与していた場合、考えられるシナリオは北側に正男氏の動向を伝えたことだ。中国人工作員が正男氏に直接、手を出す可能性は皆無ではないが、少ない。正男氏の詳しい動向を北側に伝えることで十分だからだ。すなわち、中国側は正男氏の暗殺を幇助した可能性が考えられるわけだ。

 「正男氏暗殺事件」の場合、北側の関与説が最も現実的だが、「北の暗殺説」にも弱点がある。16日現在、マレーシア警察の発表によると、先述の2人の女性と1人のマレーシア人の男性が逮捕され、逃走中はあと3人の男性だけとなったという。問題は、警察当局に拘束された2人の女性と1人の男性が拘束直前、自殺しようとしたといった報告がないことだ。大韓航空機爆発テロ事件でも2人の実行犯はいずれも拘束直前、毒薬を飲んで自殺しようとした(1人は自殺できずに拘束された)。北の工作員は徹底的に教育を受けたプロだ。マレーシアで逮捕された3人が自殺しようとしなかったという事実は、彼らが北から派遣された工作員ではない可能性が出てくるわけだ。換言すれば、中国人工作員の陰謀説が再び浮上してくる一方、「闇の世界」との繋がりがあった正男氏が何らかの理由でマフィア組織から報復された、といった犯罪説も出てくる。

 最後に、個人的な体験を紹介する。当方は、北の伝説的な女スパイ、李女史をウィーン市内で偶然見かけたことがある。スラッとした長身で笑顔を見せていた。なぜ李女史がウィーンを訪ねていたのかは当時分からなかった。また、冷戦終焉直後、当方はプラハで3人の北工作員に追われたことがある。彼らはウィーンから当方を追ってきた。1人の若い女性は忍者のように素早く動く。当方がプラハのインターコンチネンタル・ホテルの1階ソファーに座っていた時、その女性がいつの間に当方の傍まできていたのには本当にびっくりした記憶がある。当方は後日、その若い女性が訓練を受けた北工作員であることを知った。