「『中国共産党』と『中国』は全く別だ!」(2018年9月9日参考)というタイトルのコラムを書いたことがあるが、今、北朝鮮に傾斜した「文在寅政権と韓国は別だ」と考え出している。前者は5000年以上の歴史を誇る中国で100年にも満たない共産党は中国の歴史ではほんの短期間に過ぎず、中国共産党政権が中国の歴史、文化を代表しているとは到底言えない。同じことが、韓国にも言える。韓国は歴史の中で日本の植民統治時代を経験し、反日傾向は国内にくすぶり続け、時には暴発するが、隣国の北朝鮮の独裁国家・金王朝に傾斜する文在寅現政権はもはや韓国とは言えないのだ。

PKSKO2018042701177
▲「板門店宣言」に署名した金正恩委員長と文在寅大統領(南北首脳会談プレスセンター提供、2018年4月27日)

 朴槿恵前政権も文現政権と同様に反日傾向が強く、旧日本軍の慰安婦問題でも激しい反日攻勢をかけたが、独裁国家の北朝鮮に対しては一線を引いてきた。なぜならば、北朝鮮は明らかに韓国ではないからだ。その意味で朴槿恵政権は日本人が知っている韓国だった.。

 「ルサンチマン」(フランス語)という「怨恨」を哲学の世界に使用したドイツ人哲学者、フリードリヒ・ニーチェ(1844〜1900年)は「自分は神のスパイだ」と自嘲的に語ったことがあるが、文在寅大統領は北朝鮮の金正恩委員長のスポークスマンとなっている。文在寅大統領が率いる現韓国政権は「反日」という点で過去の政権と変わらないが、親北政権であり、韓国の過去の政権とは明らかに異なっているのだ。

 慰安婦問題、元徴用工の賠償金請求問題、海上自衛隊哨戒機への火器管制レーダー照射問題まで目撃してきた多くの日本人は隣国・韓国への嫌悪傾向が高まってきている。理不尽な要求、国際法を無視する政策などを考えれば、日本人が嫌韓となるのはある意味で当然だ。しかし、「反日」を武器にして激怒する韓国はまだ韓国だ。「反日」が嫌だからといって隣国を無視したとしても意味がない。隣人を選べないように、隣国も選べない。だから。ストレスが高まり、血圧が高騰するように、怒って対応する必要はないが、無視はできない。これが朴槿恵政権までの日本側の対韓姿勢だった。

 しかし、文在寅大統領就任後の韓国はもはやわれわれが知っていた「韓国」でなくなってきたのだ。韓国国民も次第にそれに気が付いてきたのではないか。文在寅大統領の関心は北側にあって、経済危機に陥っている韓国の国民には向いていない。一方、北は独裁国家だ。「言論の自由」、「宗教の自由」は完全に抹殺され、反対する者は容赦なく粛清される国家だ。その国家の意向に最大の関心と配慮を払う文在寅政権は昨年9月19日、平壌共同宣言と共に締結した軍事分野合意書に基づき、ぞれぞれ11カ所ずつの監視所(GP)を試験的に撤去し、江原道・鉄原(矢じり高地)での地雷撤去でも合意している。一種の武装解除だ。

 反日政権という理由で文在寅政権を批判し、距離を置くことは、南と反日政策で連携を図りたい北側の思う壺にはまるだけだ。韓国で反日政権以外の政権が発足することはここ当分期待できないのだ。宿命として無視する以外にないが、親北政権の韓国政府に対しては日本側は毅然とした対応が必要となる。

 具体的には、文在寅政権の個々の反日言動を批判することにそのエネルギーを注がず、文政権が傾斜している北朝鮮がどれほど酷い独裁国家であるかをアピールすることだ。日本の対韓政策は、独裁国家であり人権が徹底的に蹂躙されている国(北朝鮮)に傾斜する文在寅政権の危険さを指摘することに重点を置くべきだ。それは文在寅政権には痛手だろう。慰安婦像の撤去を要求する日本側は文政権にとって痛くも痒くもない。しかし、日本側が北朝鮮の人権問題、独裁政治を詳細に指摘し、問題化するならば、文在寅政権は守勢を強いられる。説明責任も出てくるからだ。

 問題はある。日本は独裁国家・北朝鮮と交渉せざるを得ないことだ。日本人拉致問題である。その交渉相手の最大の弱点、独裁国家であり、人権蹂躙国家であるという事実を日本側が追及し過ぎた場合、拉致問題の解決は期待できなくなるのだ。日本側が抱えているジレンマだ。日本は文在寅政権のように親北政策はできないが、正面衝突も賢明ではない。安倍晋三首相が直面する対北政策はそれだけ難しいわけだ。

 それにしても、「人権弁護士」で名を挙げた文在寅大統領がなぜ人権のかけらもない金正恩委員長の北朝鮮にあれほどはまり込むのだろうか。ルサンチマンの虜となった文在寅大統領は正常な判断力を失ってしまったのだろうか。韓国が危ない。