オーストリアで17日零時(日本時間17日午前7時)を期して、新型コロナウイルスの新規感染者が急増してきたクロアチアへの渡航警告が施行された。その後、クロアチアからオーストリアに帰国する旅行者は新型コロナウイルス検査で陰性であった健康証明書(48時間以内の証明書)を国境で提示するか、さもなければ隔離措置を受け、48時間以内で自己負担で新型コロナ検査の結果を提示しなければならない。そのため、15日、16日の両日、クロアチア休暇を切り上げてオーストリアに帰国する旅行者がケルンテン州やシュタイアーマルク州の国境に殺到した。オーストリア国営通信(APA)によれば、16日から17日にかけ過去24時間だけで5000人の国境通過者が登録されたという。

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▲新型コロナ感染の心配もなった時代のクロアチアの旅行風景(クロアチアのパグ=Pagのホテルで、2018年9月、撮影)

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▲<オーストリアの新型コロナウイルスの動向>出典:オーストリア連邦保健省

 一方、クロアチアから既に帰国済みのオーストリア人はウィーンのサッカー競技場内で無料で新型コロナ検査を受けることができるということから、検査に殺到するという状況がみられた。新型コロナの検査は通常、120ユーロから190ユーロ(1ユーロ=125円)とかなり高い。家族連れの場合、それだけで大きな財政負担だ。だから多くの旅行者は無料検査が可能な時期に検査を受けるために、旅行計画を変更しても帰国しようとするわけだ。

 それに先立ち、オーストリアのクルツ首相は16日、記者会見で新型コロナの感染者が増加しているクロアチアへの旅行を控えるように国民に異例の要請を表明した。アンショーバー保健相は、「ここ数日、新規感染者数が急増してきた」と指摘、増加数の3分の1はクロアチア帰りの旅行者だという。それを受け、シャレンベルク外相はクロアチアへの渡航警告(Reisewarnung) を発したというわけだ(オーストリア16日現在、確定感染者数2万3343人、死亡者数728人、治癒数2万081人)。

 オーストリア外務省の情報によれば、オーストリアからアドリア海沿いのクロアチア海岸に旅行中の国民は約4万人になるという。ここ数日、オーストリア国内では1日新規感染者数が300人を超えることもあった、政府側は緊急ブレーキを踏んだというわけだ。

 16日に旅行を急遽変更、帰国に向かった家族連れは、「ホテル滞在計画も全てキャンセルせざるを得なくなったが、新型コロナの感染増加を受けた対応だから仕方がないが、それにしても…」と、国境で取材中のメディア関係者に答えていた。国境通過まで2時間からそれ以上かかる。暑い中、車の中で待機しなければならない旅行者も大変だ。

 オーストリア内務省のネーハマー内相は、「17日から国境警備を強化し、人材不足のところは国防省から支援を受ける」と述べ、クロアチアからの新規コロナ感染者の入国を防ぐために、万全の国境警備を実施するという。

 なお、クロアチア側はオーストリ側の突然の旅行警告に対し、「観光地では新規感染者が減少している地域もある。一律にクロアチア旅行を禁止するのは公平とは言えない」(Davor Bozinovic内相)と反発。観光業が大きな外貨収入源のクロアチアにとって、オーストリア側の今回の措置に対して少なくないショックを受けている。ちなみに、隣国のスロベニアでも、「オーストリアと同様の(対クロアチア)対応に乗り出すべきだ」という声が高まっている。

 テレビのニュースをみながら、「さながらイスラエル人の『出エジプト』の話のようだ」と呟いてしまった。60万人のイスラエル人がモーセの掛け声でエジプトから“神の約束の地カナン”に向かって出エジプトしていったが、21世紀の今日、アドリア海のクロアチア海岸で休暇を楽しんでいた旅行者が突然、帰国するために国境に向かうシーンは「出クロアチア記」を読んでいるような気分になる。前者の場合、奴隷の身から解放され、神の国に向かうという希望を抱きながら出エジプトをしたが、後者は楽しんでいた休暇を切り上げて住み慣れた故郷に向かって国境前の長い車の渋滞を我慢しなければならないわけだ。その上、新型コロナ検査で陽性となった場合、帰国後、隔離処置となる、そうなれば、仕事を失う労働者も出てくるだろう。

 夏季休暇の予定のない当方は、「西バルカン諸国で新型コロナ感染が増加しているというニュースはかなり前から流れていたのに、どうしてクロアチアに旅行したのだろうか」と思ったが、今年3月からの外出制限やマスク着用義務などの規制を受けてきた国民にしてみれば、感染者が減少し、規制が緩和されれば、家族連れでクロアチア海岸まで車で行って、休暇を楽しみたいという誘惑に抵抗できなくなるのだろう。恨むのならば、旅行警告を発したクルツ政権ではなく、中国の武漢発の新型コロナウイルスだ。

 ちなみに、カナンに向かったイスラエルの民も途中、「お腹がすいた」とか「喉がかれた」と不平不満をモーセに向かって呟いたが、その時、神は「マナ」と「うずら」を降らして彼らを慰めた。21世紀の「出クロアチア」の場合、クルツ政権は渡航警告を発する一方、無料で新型コロナ検査を受けることができるという恩典をちらつかせて、クロアチアで休暇を楽しんでいた国民に帰国を呼びかけた。多くの人を動かすためにはどの時代の指導者、為政者もアメとムチをもって対応しなければならないのだ。