ドイツのメルケル前首相の件についてはこのコラム欄で書いたばかりだが、メルケル氏は7日、ベルリンで開催されたアウフバウ出版とベルリーナーアンサンブルが主催したイベントで独週刊誌シュピーゲル誌の記者のインタビューに応じ、16年間の政権時代のロシアへの融和政策について、 昨年12月の退任後、初めて語った(「メルケル前首相が沈黙する理由」2022年6月4日参考)。

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▲シュピーゲル誌記者の質問に答えるメルケル前首相(シュピーゲル誌オンラインから、2022年6月7日、ドイツ通信ファビアン・ゾマー記者撮影)

 メルケル氏はロシアへの融和政策を弁明し、ミンスク合意を例に挙げて、「その合意がなければ状況はさらに悪化していたかもしれない。外交が成果をもたらさなかったとして、その外交が間違いだったとは言えない」と述べ、「ロシアとの取引でナイーブではなかった。貿易、経済関係を深めることでプーチン氏が変わるとは決して信じていなかった」と弁明。プーチン氏がその後、戦争に走ったことに対し、「言い訳のできない、国際法に違反する残忍な攻撃で、如何なる弁解も許されない。ロシアに対して軍事的抑止力の強化が重要だ。軍事力がプーチン氏が理解できる唯一の言語だからだ」と説明している。

 メルケル氏の発言自体、新しい内容はないが、メルケル氏のコメントの中で一つ驚いたことがあった。プーチン氏が冷静な戦略家ではなく、憎悪に動かされた独裁者だという指摘だ。

 メルケル氏は2007年、ソチでプーチン大統領と会談した時、プーチン氏はソビエト連邦の崩壊は「20世紀で最悪の事態だ」と述べたという。メルケル氏は、「プーチン氏は西側の民主主義的モデルを憎悪していた。そして欧州連合(EU)を北大西洋条約機構(NATO)のように受け取り、敵意を感じ、その破壊を願っていた」というのだ。すなわち、プーチン氏は戦略的、地政学的に西側民主主義社会、文化を単に嫌っていたというのではなく、「敵意」と「憎悪」を感じてきたというのだ。憎悪は嫌悪以上に数段破壊力を内包した強い感情だ。

 ロシア軍がウクライナ東部国境沿いに10万人を超える兵力を結集しているという情報が流れると、西側では、「プーチン氏はウクライナ側に政治的圧力を行使しているだけで、武力戦争を開始する考えはないだろう」という意見が結構強かった。だから、ロシア軍が2月24日、ウクライナに侵攻した時、欧米の軍事専門家や政治家は驚いた。

 欧米の軍事専門家、政治家は戦略的な観点からプーチン氏の次の一手を予測していた。その結果、「武力行使はロシア側にも大きなマイナスをもたらす」と分析した。しかし、肝心のプーチン大統領はウクライナへの武力行使を戦略的観点から決行したのではなく、メルケル氏が指摘したように、憎悪という強い感情に動かされて実行したわけだ。

 ロシア軍の戦争犯罪行為を通じてもその点は理解できる。ロシア軍のマリウポリ空爆、ブチャの虐殺は戦略上不可欠な攻撃対象ではなかった。虐殺すること、破壊することがその目的だった。軍事的戦略とは関係がなく、ウクライナに代表される西側民主主義社会への明らかな憎悪に動かされた戦争犯罪行為だったわけだ。

 国家最高指導者が一定の歴史的出来事や特定の国、民族に対して憎悪感情を有することは非常に危険なことだ。憎悪感情は冷静な判断を難しくするうえ、蛮行に走らせる危険性が排除できなくなるからだ。

 ロシア正教会の最高指導者、モスクワ総主教キリル1世はウクライナとの戦争を「形而上学的な戦い」と定義し、西側の腐敗した文化に対するロシアの戦いと見て、「善」と「悪」との戦いと受け取っている。戦いが善悪の価値観に基づいている限り、妥協と譲歩は期待できなくなるのだ。

 ウクライナのゼレンスキー大統領は、「現時点ではいかなる停戦交渉も考えられない」と述べている。これはロシア軍が奪ったウクライナ東部を取り返すまで、といった軍事的、戦略的な立場からいった内容かもしれないが、プーチン大統領、キリル1世にとってウクライナ戦争は敗北はなく、勝利しかない。ゼレンスキー大統領とプーチン氏との間には「戦いの終結」で大きな隔たりがある。

 いずれにしても、「プーチン氏が西側民主主義社会を憎悪している」というメルケル氏の今回の指摘は、非常に考えさせる。はっきりとしている点は、ウクライナ戦争を如何なる形で終結させるか、見通しが益々難しくなってきたことだ。