ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

国連記者室

天野氏は病死ではなかった?

 国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長(72)が急死されたため、IAEAのウィーン本部を訪ね、職員の様子などを取材する予定だったが、別の取材テーマもあって25日になってIAEAを訪問した。ウィーンの国連にはIAEAだけではなく、国連工業開発機関(UNIDO)や国連薬物犯罪事務局(UNODC)などの専門機関が入っているが、IAEAは最大の職員数を抱える花形の国連機関だ。

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▲亡くなった天野氏への記帳台(2019年7月25日、IAEA内で撮影)

 中央入口(ゲート1)から入ると、広場に加盟国の国旗が掲揚されているのが目に入る。IAEAの旗は半旗だった。無風だったこともあって、旗は沈んでいた。主人公の突然の死にショックを受けているようにさえ感じた。AビルからCビルに通じるフロアーには天野氏の写真と記帳簿が置かれた記帳台がある。

 IAEAでは25日午前、特別理事会がCビルの会議室で開催された。主要議題は急死した天野氏の後継者選出だ。理事会(理事国35カ国)は天野氏の主任コーディネーター、フェルダ氏を事務局長代理に任命し、早急に正式の後継者を選出することになった。なお、理事国代表は天野氏の10年間余りの歩みに感謝する一方、その党派性のない言動を評価する声が聞かれたという。

 任期中に事務局長が急死した前例がない。9月には理事会と年次総会が開催される。イラン核合意が破棄された状況下で、IAEAとイランの間で締結した包括的共同行動計画(JCPOA)の行方が懸念されている。北朝鮮の核問題もある。早急に次期事務局長を選出しなければならないが、欧州では9月初めまで外交官も夏季休暇に入る。

 理事会が開催されたCビルの会議室の前には日本人記者たちが殺到していた。欧米のメディアの姿は通信社記者以外にほとんどいない。通信社のニュースでフォローできるからだ。日本記者の場合は天野氏への追悼という意味合いがあったのだろう。

 国連で知人と話していると、「天野氏が殺されたという情報が流れている」というのだ。IAEA事務局長を殺す者がいるだろうか。知人は「天野氏を嫌っていた人物はいた」という。当方は知人が冗談を言っているのではないか、と思った。

 ここでは「殺人説」について詳細には書けない。知人の情報には証拠らしい情報がないからだ。天野氏が急死したこと、その死因が明らかではないことから「天野氏殺人説」という憶測が飛び出してきたのだろう。

 IAEAには過去、病死する職員や退職後、数年で亡くなるケースが他の国連機関より多いと聞いている。IAEAの場合、核エネルギーの平和利用の促進を目標とした専門機関だから、核関連物質に接する機会は多いが、それに該当するのはあくまでも査察官だろう。北朝鮮の寧辺核関連施設で査察活動をしていたIAEAの査察官が放射能を被爆した。同査察官は数年前に退職したが、彼は今でも定期的に診察を受けている。

 奇妙なことは、天野氏は自身の病気が絶対に外に漏れないように徹底した情報管理をしていたことだ。当方が2,3のIAEA職員に聞いても「事務局長の病気については何も知らない」、「口外しないように厳しく言われている」という返事しか戻ってこなかった。天野氏が亡くなった後もその状況は変わらない。

 理事会に参加したIAEA高官に25日、「天野氏の急死に対して、あなたのコメントを聞かせてほしい」と質問したが、高官は「話せない」と言って逃げるように去った。天野氏の死因について、厳格な口止めがされているのだ。

 当方は昨年9月のコラム欄で「天野氏は末期のガンだ」と語った国連関係者のコメントを報じた。天野氏は昨年9月の第62回年次総会に欠席したが、加盟国向けにビデオ・メッセージを送っていた。当時、天野氏は治療のために海外にいるといわれていた。オーストリアのウィーンには欧州最高の総合病院がある。治療は可能だ。それをわざわざ海外で治療するというのも不自然だった。

 昨年11月の理事会後の記者会見では天野氏は少しやせ、声も擦れていた。今年3月の理事会後の記者会見では少し回復した感じがした。その天野氏の病気が今年6月以降、急速に悪化したのだろうか。

 天野氏は今月18日に死去、IAEA広報部は今月22日、事務局長の死を公表したが、その死因については言及しなかった。もちろん、天野氏の家族の願いがあったのかもしれないが、少々異常なまでの情報管理だ。

 「天野氏殺人説」はフェイクか、恣意的な情報操作の可能性が高いが、その情報を一蹴できないのは、死因が公表されていないこと、イランの核問題が再び先鋭化してきた時期であり、天野氏がイランの核報告書ではイランが核合意を順守していると繰り返し報告し、イランの核兵器開発容疑を主張するトランプ米政権にとっては好ましくない人物と受け取られてきたことなどがあるからだろう。

 ただし、憶測の余地はある。天野氏が執拗に自身の病を隠したのは、同氏の急病が何らかの放射能の影響によるものだったからではないか。欧州では反原発の声が強い。核エネルギーの平和利用、原発の安全強化とその促進を推進するIAEA事務局トップが(原発を含む核関連施設からの)放射能が主因で発病したことが判明すれば、IAEAとしては極めて不都合だ。それゆえに、天野氏は自身の病気を隠そうとしたのではないか。天野氏の急病が第3者による恣意的な画策によるものか、単なる事故による結果かは、分からない。これは当方の一方的な憶測に過ぎない。

天野氏は機密情報保全で厳格だった

 ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長(72)が死去したことが22日、IAEA広報部から公表された。天野氏の家族によれば、同氏は18日、死去したが、家族の願いで公表は22日になったという。死因については公表されていない。天野氏の冥福を祈る。

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▲核エネルギーの平和利用促進を担う国際原子力機関(IAEA)本部

 ところで、22日付のコラムでは天野氏のIAEA事務局長としての10年間の歩みを振り返った。ここでは天野氏が生前、事務局長として心にかけておられた核関連の機密情報の保全問題について改めてまとめた。

 天野氏は、前任者エジプト人のモハメド・エルバラダイ氏とは機密情報の取り扱いで大きく違っていた。3期、12年間、事務局長を務めたエルバラダイ氏(任期1997〜2009年)は北朝鮮やイランの核関連情報をメディアなどに流した、というより、核関連情報を恣意的に部外に漏らすことが多かった。彼がメディアの人気者となり、北問題が激化した時、同氏は連日、CNNなどの欧米メディアのインタビューに応じていた。特に、CNNの常連パートナーだった。

 メディアで顔を売ったエルバラダイ氏は最終的にはノーベル平和賞の受賞という成果を勝ち得たが、肝心の北の核問題では何の進展ももたらせなかった。北朝鮮はエルバラダイ事務局長時代に最初の核実験をした。

 エルバラダイ氏は2005年、ノーベル平和賞を受賞した直後、北の核問題を解決するために、平壌まで飛び、故金正日総書記と首脳会談を開き、そこで国際社会に向かって北の核問題の解決をアピールする計画だったが、北はエルバラダイ氏を交渉相手とはせず、寒い待合室で長時間待たせたうえ、金正日総書記は顔を出さず、外務省高官相手の会談で終わらせている。

 特別査察の考案者で、それを北側に要求したエルバラダイ氏を北が嫌っていたこともあって、エルバラダイ氏とは核問題を話す考えはなかったが、エルバラダイ氏はノーベル平和賞受賞者という看板があれば、金正日総書記と会談し、核問題の解決の合意が実現できると軽く考えていた節がある。

 そのエルバラダイ氏から事務局長ポストを継承した天野氏は2009年12月に就任すると核関連情報の保全問題に力を入れ、高官や職員に対しては機密情報の取り扱いについて厳重注意をしてきた。

 当方は、天野氏にどの国が事務局長選で反対から棄権に回ったのかを直接、質問したことがある。反対から棄権に回った国があったから、天野氏は2009年の事務局長選で有効票の3分の2を獲得し、晴れて日本人初の事務局長に当選したのだ。当方は、「どの国が」に土壇場で天野支持に回ったかに強い関心があった。

 天野氏は驚くような表情をして、「そのような質問には答えられない」と述べて、去っていった。当然だろう。天野氏は核関連情報や外交機密に対してはエルバラダイ氏の数倍、厳格な事務局長だった。

 天野氏が事務局長就任早々機密情報保全に力を入れたのは、天野氏が日本人事務局長だったからだ。IAEAでは日本人は直ぐに情報を漏らす、という有り難くないイメージを持って受け取られてきたためだ。以下、その理由を簡単に説明する。


 エルバラダイ氏の前の事務局長で16年間、IAEAのトップだったハンス・ブリックス事務局長(元スウェーデン外相)時代、ソ連でチェルノブイリ原発事故が1986年発生したが、ソ連政府が事故後、その調査報告書をIAEAに通達した。ブリックス事務局長(任期1981〜97年)は記者会見でその内容を発表する考えだったが、数日前、日本の朝日新聞がその全容を掲載した。日本の新聞にソ連の事故報告書内容がリークされたことを知ったブリックス氏は怒り心頭、リーク源の広報部長(当時)だった日本人部長を即解雇する考えだったが、事の鎮静化に乗り出した日本外務省の要請もあって同広報部長をジュネーブの国連に左遷することで妥協した。それ以後、IAEAでは日本人職員の評価はよくなくなったわけだ。

 朝日新聞のウィーン特派員(当時)は日本人の広報部長からソ連政府の事故調査報告書のコピーを手に入れたのだ。

 当方は後日、同広報部長と会い、その経緯を聞いた。朝日新関の世紀のスクープは、IAEA広報部長のデスクの上にあった報告書を盗んだことだ。特派員はそのコピーを東京本社にファックスで送り、待機していたロシア語教授たちに翻訳させ、翌日の朝刊にその概要を掲載した。

 そのような歴史があったから、天野氏は殊更機密保全には気を使ったわけだ。

 ちなみに、IAEAには欧米露・中国の情報機関出身者が紛れ込んでいる。彼らは事務局長の動向から核検証に関連する情報などを入手している。イランの核査察を担当していた査察局トップが突然、辞任し、早期退職というニュースが流れた。米国がIAEAの査察局高官のセクハラ情報をメディアにリークしたからだ。天野氏はショックを受ける一方、同高官を即辞任させて、幕を閉じている。天野氏がいかに機密情報の保全を呼び掛けても、IAEAでは常に機密情報が様々な方面でリークされているのが現実だ。

 なお、IAEA広報部で天野氏のスポークスマンは元ロイター通信記者だ。天野氏の早期辞任情報とその後の関連情報でロイター通信が先駆けて報じたのも偶然ではないだろう。そのロイター通信によると、天野氏の後継者選出で2、3の候補者の名前が既に挙げられているという。

天野事務局長の10年間の「歩み」

 ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長(72)が来年3月には健康を理由に早期辞任する意向、というニュースが流れている。同氏は現在、3期目の任期(4年間)中で、任期満了は2021年11月末。昨年夏ごろから健康を害し、昨年の第62回年次総会を欠席するなど、その職務履行が次第に難しくなってきていた。

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▲早期辞任が囁かれている天野之弥事務局長(IAEA公式サイトから)

 IAEAを取り巻く状況は緊迫している。特に、13年間の核協議の外交成果というべきイランの核合意が7月に入り、テヘランが合意内容に違反する一方、北朝鮮の核問題では非核化交渉にタッチできず、蚊帳の外からフォローしなければならない状況が続いてきた。重要な議題を抱えている時だけに、日本人初のIAEA事務局長には無念の思いがあるだろう。

 天野氏のIAEA事務局長誕生は難産だった。在ウィーン国際機関日本政府代表部の全権大使を務めた後、エルバラダイ事務局長の後任選に出馬。被爆国・日本として核専門機関の事務局長ポストを得ることは日本外務省の悲願だった。その願いを受けて出馬したが、当選に必要な有効票3分の2を獲得することは大変だった。土壇場で反対票を投じてきた国が棄権に回った結果、当選ラインに入った、というドラマチックな展開だった(「『反対から棄権に回った国』を探せ」2011年7月3日参考)。

 事務局長選で当選した天野氏はその直後、駐IAEA担当米大使に「私は米国の意向に反することはしない。米国を完全に支持する」と発言したというニュースが流れ、“米追従の事務局長”という声が加盟国から飛び出した。

 天野氏は2009年12月、事務局長に就任直後、国連職員食堂でスタッフと一緒に食事するなど、職員との交流を重視する一方、核のセーフガード問題にメディアの注目が集中し過ぎることに対し、「IAEAは核エネルギーの平和利用を目標として創設された専門機関だ。核技術の医療応用も重要な課題」と表明し、開発途上国にがん対策として核関連医療技術の支援などに力を注いできた。ちなみに、天野氏の事務局長就任最初の外国訪問先はナイジェリアで、がん対策への核医療支援問題が議題だった(「IAEAのもう一つの顔」2012年2月4日参考)。

 日本に関心が高かった北朝鮮の核問題では、査察官が2009年、北朝鮮から追放されて以来、IAEAは北の核関連施設へのアクセスを失った。天野氏は理事会では、「IAEA独自の情報はない。IAEAはいつでも北の核関連査察ができる用意がある」と表明するに留まった。ただし、IAEA査察局内に2017年8月、北専属査察チームを設立し、北の非核化の進展具合如何では査察に乗り出すことができる体制を構築している(「北の核問題とIAEAの『失った10年』」2019年3月4日参考)。

 天野氏にとって最大の衝撃はトランプ大統領が2018年5月8日、イラン核合意から離脱を表明したことだろう。核協議はイランと米英仏中露の国連安保理常任理事国にドイツが参加してウィーンで協議が続けられ、イランと6カ国は2015年7月、包括的共同行動計画(JCPOA)で合意が実現したが、トランプ大統領は「核合意ではイランの大量破壊兵器開発をストップできない」として、核合意から離脱を宣言したのだ。

 イランは濃縮ウラン活動を25年間制限し、IAEAの監視下に置く。遠心分離機数は1万9000基から約6000基に減少させ、ウラン濃縮度は3・67%までとする(核兵器用には90%のウラン濃縮が必要)、濃縮済みウラン量を15年間で1万キロから300キロに減少などが明記されていたが、イランは、「欧州連合(EU)の欧州3国がイランの利益を守るならば核合意を維持するが、それが難しい場合、わが国は核開発計画を再開する」と主張。今月に入り、濃縮ウラン貯蔵量の上限を超え、ウラン濃縮度も4・5%を超えるなど、核合意を違反したばかりだ。

 IAEAはイランとの間で締結した包括的行動計画を実施し、核合意内容の順守を検証する役割を果たしてきた。そして理事会では天野氏は「イランは核合意を順守している」と報告してきた。それに対し、トランプ米政権は、イランの合意順守をIAEA理事会で報告する天野氏に対し、IAEA高官のセクハラ問題をメディアにリークし、天野氏の指導力に疑問を呈するなど、圧力を行使してきた経緯がある(「トランプ氏が“天野氏叩き”を始めた」2018年5月26日参考)。

 天野氏は事務局長就任直後、「米追従事務局長」と加盟国の一部からレッテルを張られてきたが、イランの核合意に対する毅然とした態度で取り組む天野氏に対し、加盟国の間で「天野氏の株」が高まった。皮肉にも、トランプ氏のイラン核合意離脱表明は天野氏の評価を高める契機となったわけだ。

 ちなみに、昨年のIAEA年次総会でイランのアリー・アクバル・サーレヒー原子力庁長官は欠席した天野氏に言及し、「ハードワーカーの事務局長の快癒を願う」と述べていた。何度もテヘランまで足を運び、現地視察を行ってきた天野氏の言動を、イランは最も評価している国ともいえる。

 忘れてならないことは、福島第1原発事故(2011年3月)を受け、IAEAは「原子力安全に関する行動計画」を作成し、加盟国に福島第1原発の教訓をまとめ、原発の安全性強化に乗り出すなど、福島原発大惨事に対し、原発の安全性の強化で大きな役割を果たしてきたが、その背後に母国・日本の原発事故に心を痛めた天野氏の外交努力があったことだ。

 天野氏は現在、任期3期目に入っている。21年12月には3期目の任期満了で辞任することになっていたが、2年余りを残してそのポストから降りることになるかもしれない。天野氏を失えば、IAEAでの日本の影響力、情報量は減少するかもしれない。天野氏には辞任最後の日まで健康を留意しながら、その知力、経験を発揮してほしい。

ボルトン氏「中国の国連支配に懸念」

 ローマに本部を多く国連食糧農業機関(FAO)の新事務局長に中国の屈冬玉・農業農村省次官(55)が選出された。ローマからの情報によると、FAOの第41会期総会で23日、ジョゼ・グラジアノ・ダ・シルバ現事務局長(ブラジル出身)の後継者の選出が実施され、191カ国が投票し、屈冬玉氏が当選に必要な過半数を超える108票を獲得し、第1回投票で対抗馬のフランスのカテリーネ・ジャラン・ラネェール女史(71票)を破り当選した。中国出身者の事務局長はFAOでは初めて。任期は今年8月1日から2023年7月31日まで。

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▲新事務局長に選出された中国の屈冬玉・農業農村省次官

 カメルーン、フランス、中国、ジョージア、そしてインドの5カ国から5人が立候補を表明していたが、最終的には中国の屈冬玉氏と欧州連合(EU)が統一候補者として擁立したフランスの元欧州食品安全機関(EFSA)の事務局長だったラネェール女史との一騎打ちとなり、アフリカなど開発途上国の支持を集めた屈冬玉氏が圧倒した。ラネェ―ル女史の場合、イタリアが屈冬玉農業次官を支援する動きを見せるなど、EUの結束が実現されなかったことも痛手だった。

 屈冬玉農業次官がFAO事務局長に選出されたことで、国連機関のトップに国連工業開発機関(UNIDO)の李勇事務局長とジュネーブに本部を置く国際電気通信連合(ITU)の趙厚麟事務総局長を入れて3人となり、国連機関での中国人の影響が一層拡大する(「中国共産党の国連支配を阻止せよ」2019年6月10日参考)。

 屈冬玉氏のFAO事務局長選の勝利は中国の国連支配の始まりを告げるものだ。 国連にとって2019年は新しい年だ。中国が2019年から21年の通常予算の分担率で日本を抜き、米国に次いで第2番目となった初めての年だからだ。30年以上米国に続いて第2位だった日本は中国に抜かれた。米国はトップで変わらず上限の22%、中国は7・921%から12.005%に上昇、日本は逆に9・680%から8・564%に分担率が低下した。

 中国の習近平国家主席は国連を自国の国益拡大のパワーツールとみなし、国連平和軍活動にも積極的に関与してきた。中国はアジア・アフリカ・ラテンアメリカの開発途上国G77グループの支援国(G77+中国)であり、国連加盟国のほぼ70%に当たる134カ国が同グループに所属する。中国はまた、国連安保理事会では常任理事国の一角を担っている。すなわち、中国は国連で安保理事会と総会に大きな影響力を有しているわけだ。同時に、中国は国連機関内でその経済的支出にマッチした地位を要求してきている(「国連が中国に乗っ取られる日……」2019年2月3日参考)。

 FAOの事務局長選では中国とEU間の戦いの様相があったが、アフリカ経済支援を続けてきた中国がアフリカ大陸の票をほぼすべて確保する一方、新シルクロード構想(一帯一路)を通じて欧州でもその影響力を強めてきている。例えば、習近平国家主席が提唱した新しいシルクロード構想「一帯一路」への参加だ。東南アジア、西アジア、中東、欧州、アフリカを鉄道、道路、湾岸を建設し、陸路と海路で繋ぐ巨大なプロジェクトで9000億ドルの資金が投入されるという。欧州では、ハンガリー、ギリシャ、そしてイタリアも同プロジェクトに参加している。例えば、ギリシャ政府は2016年4月、同国最大の湾岸都市ピレウスのコンテナ権益を中国の国営海運会社コスコ(中国遠洋運輸公司)に売却するなど、中国との経済関係を深めている。(「中国に急傾斜するイタリアの冒険」2019年3月11日参考)。

 米国はトランプ政権が発足して以来、国連や国際機関への関心が薄れ、「財政の浪費に過ぎない」といった国連軽視の傾向が強まってきた。トランプ大統領は昨年6月、国連人権理事会から離脱を表明する一方、それに先立ち、地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」からも離脱を通知するなど、国連機関が力を入れてきた分野で米国ファーストを展開させてきた(「米国の“国連離れ”はやはり危険だ」2018年7月31日参考)。

 米国「フォーリン・ポリシー」誌(Foreign Policy)は4月3日、ジョン・ボルトン大統領補佐官は中国の国連機関での影響力の急速な拡大に懸念を表明し、国連内でアンチ中国キャンペーンを開始してきたと報じている。同補佐官は、「中国は国連や国際機関で外交同盟を構築し、米国を国際社会から追放し、自身の国益の拡大を模索してきた」と警告を発している。同補佐官はジョージ・W・ブッシュ政権では国連大使に従事し、国連軽視の政策を積極的に推進してきた人物だ。その補佐官が国連内の中国の影響力拡大に大きな懸念を表明しているわけだ。事態の深刻度が分かる。

セミパラチンスクとロプノールの話

 知人が先日、12日間、日本に帰国し、戻ってきたので、最新の日本の話を聞いた。知人は今回、初めて広島と長崎を訪問した。彼は「広島には多くの外国人旅行者がいた。日本を訪問するなら、絶対に広島に行きたいと考えてきた人が多かった」と語った。

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▲広島の原爆ドーム(2019年5月12日 撮影)

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▲中国の最初の核実験(1964年10月16日、CTBTO公式サイトから)

 広島は世界で最初の被爆地だ。一瞬に数十万人の市民が亡くなった。原爆ドームを訪ねる人々に原爆の恐ろしさを訴えている。残念ながら当方はまだ広島には行っていない。知人にとって最初の訪問だったが、やはりその衝撃は大きいかったという。核兵器廃止を考えるならば、一度は人類史上初めて核兵器が投下された広島、そして長崎を訪問することは必須だという。

 知人から広島の話を聞いていると、世界最大の核実験所だった旧ソ連カザフスタンのセミバラチンスク核実験所と中国新疆ウイグル自治区のロプノール核実験所を思い出した。2カ所の核実験所周辺では今なお白血病患者が増え、がん患者も多い。放射能の影響から障害児が多く産まれている。

 旧ソ連時カザフスタンのセミパラチンスク(Semipalatinsk)は核実験場として有名だ。同核実験場で456回の核実験が行われた。具体的には、大気圏実験86回、地上実験30回、地下実験340回となっている。最初の実験は1949年8月29日。最後の実験は1989年10月19日だ。

 セミパラチンスク実験場の広さは1万8500平方キロメートル。核実験の結果、同市周辺ではがん患者の発生率が非常に高い上、異常児出産が多発、約160万人が核実験の放射能の影響を受けたと推定されている。同実験場は1996年から2001年にかけて取り壊された。181の地下トンネルや13の未使用のトンネルが破壊された。ハーバード大学のグラハム・アリソン教授は、「核時代について書くならば、カザフに関する一章を設けなければならないだろう」と述べているほどだ。

 新疆ウイグル自治区実験地のロプノールは、何年も雨が降らない砂漠だ。そこで広島の原爆の1300倍以上の規模の核爆弾が投下された。核実験により、19万人が死亡し、100万人が放射能で汚染被害を受けた。現地住民には白血病、ガン、障害児が生まれる確率が異常に高いという。 

 海外中国メディア「大紀元」日本語版(2016年10月17日)が3年前、英国人の医者、ジャーナリストたちがまとめた中国の核実験場周辺の核実験の影響に関する報告書を紹介していた。核の被害を伝えるドキュメンタリー「Death of Silk Road(死のシルクロード)」が1998年に作成され、英Channel4で放映されている。

 ウィーンに事務局を置く包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)によると、中国は核実験を45回行った。1964年10月16日、ロプノールで初の核実験が行われ、これまで45回の核実験を実施、そのうち23回は大気圏内核実験、22回は地下実験だった。1996年7月29日、最後の地下核実験を行っている。1976年9月、200キロトンの空中核熱爆発(水素爆弾)が実験された。

 それでは「なぜ新疆ウイグル自治区は核実験の地となったか」だ。同自治区がイスラム系民族のウイグル民族が主に住んでいる。その意味で中国共産党の「民族浄化」がその根底にある。共産党政権は同民族の人権を徹底的に排斥してきた。この民族浄化政策は今日まで続いている。このコラム欄でも紹介したが、不法臓器の売買でウイグル人が今日、最大の犠牲となっている(「移植臓器は新疆ウイグル自治区から」2019年1月12日参考)。

 ちなみに、広島と長崎に原爆が投下されて以来、今日までに確認されただけでも2059回の核実験が行われた。米国1032回、旧ソ連715回、フランス210回、英国45回、中国45回、インド4回、パキスタン2回、北朝鮮6回(南アフリカとイスラエル両国の核実験が報告されているが、未確認)。

 スウェーデンの「ストックホルム国際平和研究所」(SIPRI)によると、2016年の世界の核弾頭総数は1万4935発だった。その93%以上は米国とロシアの両国が保有している。英国は215発、フランス300発、中国270発、インド最大130発、パキスタン140発、イスラエル80発、北朝鮮は最大20発の核弾頭を有しているとみられている。

 原爆被爆地の広島市と長崎市、それに核実験場のセミパラチンスク市、そして中国のロプノールの4カ所は、核兵器の恐ろしさを実体験した哀しい地だ。世界最大の核実験国・米国の核実験とその影響については別の機会にまとめたい。

中国共産党の国連支配を阻止せよ

 中国公安部国家麻薬監視委員会副長官の曽偉雄氏(61、Andy Tsang)が国連薬物犯罪事務所(UNODC)の次期事務局長の有力候補に挙げられている。曽偉雄氏は2011年1月から2015年5月まで香港警察長官だったことで名前が知られている。香港の警察長官時代、2014年の反政府デモ(雨傘運動)の取り締りで、強硬な警察力を行使し、平和的に行われたデモに対し催涙ガスなどを投入するなどを躊躇しなかった。世界の人権団体から批判の声が出た一方、北京からは称賛の声が聞かれた。同氏が香港警察長官時代、犯罪総件数は1997年以来最低を記録したという。その体験を国連の機関にも役立てたいというわけだろう。

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▲UNODC次期事務局長候補者の孟偉雄氏(サウス・チャイナ・モーニングポスト紙2019年6月5日電子版から)

 「サウス・チャイナ・モーニングポスト紙」(SCMP)」6月5日電子版によると、曽偉雄氏は先月末、中国国家麻薬統制委員会副議長の立場でUNODCを訪問し、ロシア、英国、オーストラリア、日本、韓国、タイ、南アフリカなどと2カ国会合を積極的に行っている。UNODCポストには中国人のほか、パナマとコロンビアが意欲を示している。最終的決定はニューヨークで決まる。現事務局長ロシア人のユーリ・フェドートフ氏の後継者を、アントニオ・グテーレス国連事務総長が5カ国の安保理常任理事国と協議して選ぶ予定だという。

 ちなみに、UNODCは1997年に設立され、持続可能な開発と人間の安全保障を確保する観点から、不正薬物,犯罪,国際テロリズムの問題に包括的に取り組むことを目的に設立された。

 同年、国連薬物統制計画(1990年国連総会決議により設立)及び犯罪防止刑事司法計画(1991年同決議で設立)を統合し、国連薬物統制犯罪防止事務所(UNODCCP)が設立された後、2002年に改称して現在のUNODCとなった。UNODCの職員はおよそ1500人で、世界の50の現地事務所やニューヨークとブリュッセルの連絡事務所のネットワークを通して働いている(国連広報部)。

 中国共産党員の曽偉雄氏のUNODC事務局長選出には強い懸念がある。思い出してほしい。国際刑事警察機構(本部リヨン、ICPO)の総裁に2016年11月に就任していた孟宏偉氏(65、Meng Hongwei)が昨年10月7日付けで突然辞任した。その辞任理由は明確ではない。孟宏偉氏が北京当局によって一方的に強制帰国させられたのだ。

 国際世論の圧力もあって中国側は後日、孟宏偉総裁が党中央規律検査委員会、国家監察委員会によって取り調べ対象となっていることを明らかにした。2019年3月27日、中央規律検査委員会は収賄や職権乱用を含む違反行為を行ったとして孟総裁を公職から追放し、党籍剥奪の上で刑事訴追することを発表した。

 孟宏偉総裁が就任した直後、世界の人権団体は中国共産党がインタポールを悪用する危険性があると警告を発したが、同じことがUNODCでの中国人事務局長選出にもいえる。UNODCはインタポールより大きな組織であり、その権限は広範囲に及ぶ。

 今月はローマに本部を置く国連食糧農業機関(FAO)の第41会期(6月22日〜29日)でジョゼ・グラジアノ・ダ・シルバ現事務局長(ブラジル出身)の後継者の選出が実施される。

 ローマからの情報によると、次期事務局長候補では欧州連合(EU)の支持を得ているフランス人の元欧州食品安全機関(EFSA)の事務局長だったカテリーネ・ジャラン・ラネェール女史(55)と、中国の屈冬玉農業次官(56)の2人が頭一つ先行している。元EFSA事務局長で農耕学エンジニアのジャラン・ラネェール女史はEUの統一候補者として出馬し、FAO最初の女性事務局長を狙っているが、イタリアがここにきて中国人の屈冬玉農業次官を支援する動きを見せている。

 FAOで中国人候補者、屈冬玉農業次官が勝利し、UNODCで中国人の曽偉雄氏が任命された場合、国連機関のトップに国連工業開発機関(UNIDO)の李勇事務局長とジュネーブに本部を置く国際電気通信連合(ITU)の趙厚麟事務総局長を入れて4人となり、国連機関での中国人の影響が一層拡大する。

 中国共産党出身の国連トップが問題なのは、国連全体、加盟国のために奉仕するのではなく、中国共産党の利益を最優先するからだ。UNIDOの李勇事務局長の昨今の言動はそれを端的に証明している。

 中国は共産党一党独裁国であり、人権蹂躙、言論・表現の自由はなく、信教の弾圧などが日常茶飯事に行われている国だ。その国出身の共産党官僚が国連の、それも犯罪麻薬取締を担当する機関トップに就任すれば、国連はもう終わりだ。天安門広場事件(1989年6月4日)から今月で30年目を迎えたが、国連人権理事会は中国共産党政権の民主化デモへの弾圧に対して沈黙している。国連機関に世界の紛争、平和の調停役を期待することはもう止めるべきだ。

安倍首相のイラン訪問に期待

 国際原子力機関(IAEA)の定例理事会が今月10日から5日間の日程で本部のあるウィーンで開催される。夏季休暇前、最後の定例理事会(理事国35カ国)の主要議題は北朝鮮の核関連検証問題とイランの核合意後の状況だ。特に、イランの核合意をめぐり米国とイラン間で緊張が高まってきている。

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▲米国のイラン核合意離脱後の対応を協議する5カ国代表(欧州委員会公式サイトから、2018年5月15日)

 イランのロウハニ大統領は先月8日、2015年に締結した核合意が遵守されていないとして、核合意の一部停止、ウラン濃縮関連活動の再開を表明した。トランプ米政権は同日、イランに対し追加制裁の実施を警告したことから、米国とイラン間だけではなく、イスラエル、サウジアラビアなどを加えた中東地域で武力衝突の危険性が再び高まってきた。

 トランプ大統領は昨年5月、「イラン核合意は不十分であり、イランの核開発を阻止できない上、テヘランは国際テロを支援している」として、核合意から離脱を宣言、同時に対イラン制裁を再開した。そして核合意離脱宣言1年目の今年5月、空母とB52爆撃機をイラン周辺に配置し、1500人の兵士を追加派遣したばかりだ。一方、イラン原子力庁当局報道官は5月20日、2015年7月に締結した核合意内容の一部停止を表明し、ナタンツの低濃縮ウラン(最大濃縮度3・67%まで)の生産能力を4倍にすると明らかにしている。

 世界最大の軍事大国・米国と地域大国・イランとの軍事衝突は中東全域に大きな影響を与えることは必至だ。幸い、ここにきて米イラン間の軍事衝突という最悪のシナリオを回避する動きがみられる。

 ‘本の安倍晋三首相が今月中旬(12日から14日)、イランを訪問し、ロウハ二大統領ばかりか同国最高指導者ハメネイ師と会談する方向で検討中というニュースが流れてきた。実現できれば、日本首相がイランの核合意問題に直接かかわる最初の機会だ。イランは日本の主要石油輸入国の一つだった。イランを取り巻く中東の安定は日本のエネルギー安全供給にとって死活問題だ。日本の首相がテヘランに乗り込み、米イラン間の政治的緊迫を少しでも緩和できれば日本外交の大きな成果となる、と一部で期待されている。

 ▲ぅ薀鸞Δ魯肇薀鵐彿得権との対話を拒否し、米国との軍事衝突も辞さないという強硬姿勢を表明。先月16日に訪日したイランのザリフ外相 は米国との対話を拒否する姿勢を改めて強調したばかりだが、テヘランから「米国が相手を対等の対話パートナーとして尊敬を払い、理性的に対話するのならば応じる」と柔軟な姿勢に軌道修正する動きがみられることだ。

 ちなみに、イランでは穏健派ロウハ二大統領と強硬派のハメネイ師、革命防衛隊との間で権力争いがみられる。イラン精鋭部隊「革命防衛隊」は米国に対抗するため中東の原油運輸の主要ルート、ホルムズ海峡のボイコットを示唆し、海峡周辺で対艦ミサイルを発射するなど強硬姿勢を崩していない。

 9馼个箸靴篤本を訪問したトランプ米大統領は先月27日、イランと良好な関係を持つ日本が米国とイラン間の緊張緩和に乗り出すことに支持を表明し、「どのような成果となるか見守りたい」と述べた。安部首相のイラン訪問に対し、米国がゴーサインを出したわけだ。

 トランプ大統領は、「イランは米国からの対話オファーをこれまで拒否してきた。イランが対話する用意があるならば、米国も喜んでテヘランと話し合いたい」と述べ、イランへの軍事攻撃は避けたい意向を重ねて述べている。

 安倍首相は、ペルシャ民族(イラン)の面子を尊重する一方、トランプ大統領との友好関係を駆使し、米イラン両国間対話の東京開催を提案したらどうか。日本は紛争地・中東から地理的に離れている。中立的な立場で米イラン間の調停役を演じることができる。イランの核合意を検証するIAEAのトップは天野之弥事務局長だ。国際社会が注目するイランの核問題で日本が貢献できる絶好のチャンスだ。

 <参考情報>
 核協議はイランと米英仏中露の国連安保理常任理事国にドイツが参加してウィーンで協議が続けられ、2015年7月、イランと6カ国は包括的共同行動計画(JCPOA)で合意が実現した。イラン核合意は13年間の外交交渉の成果として評価された。

 イランは濃縮ウラン活動を25年間制限し、IAEAの監視下に置く。遠心分離機数は1万9000基から約6000基に減少させ、ウラン濃縮度は3・67%までとする(核兵器用には90%のウラン濃縮が必要)、濃縮済みウラン量を15年間で1万キロから300キロに減少などが明記されている。

 米国の核合意離脱表明後、イランは、「欧州連合(EU)の欧州3国がイランの利益を守るならば核合意を維持するが、それが難しい場合、わが国は核開発計画を再開する」と主張し、関係国に圧力をかけてきた経緯がある。

ロシアは核実験を実施したか

 米紙ワシントンタイムズによると、アシュレー米国防情報局(DIA)長官は29日、「ロシアは核実験凍結を遵守していない」と指摘、核実験を禁止する包括的核実験禁止条約(CTBT)に違反し、核兵器の性能向上のために低出力の核実験を行っている可能性があるという。同長官の発言が事実とすれば、ロシアは核実験モラトリアム(一時停止)を破った最初の核保有国となる。

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▲中国の最初の核実験1964年10月16日(CTBTO公式サイトから)

 そこで同長官の発言を少し検証してみた。

 ウィーンに拠点を置くCTBT機関準備委員会は29日、「国際監視システム(IMS)は正常に機能している。これまでのところ如何なる異常なイベントも見つかっていない」という声明文を公表している。北朝鮮が核実験を実施した場合、CTBT機関は即、データを公表し、記者会見で詳細な情報を明らかにしたが、今回はCTBT機関からそれ以上の情報は流れていない。https://www.ctbto.org/fileadmin/user_upload/statements/2019/Media_statement_CTBTO_29_May_2019.pdf


 ロシア側の言い分には説得力がある。ロシアの低出力の核実験の実施を批判する米国はこれまで具体的な証拠を提示していないことだ。もちろん、加盟国の核実験を監視するCTBT機関が「異常なイベントは発見されていない」という以上、米国側の主張は「根拠のないうわさ情報に過ぎない」というロシア側の言い分を裏付けることになる。

 米国には弱みがある。米国はCTBTを署名したが、批准はしていない。一方、米国を批判するロシアは署名、批准を完了している。だから、ロシアのアントノフ駐米大使は29日、米紙の報道を一蹴する一方、「ロシアはCTBTを批准しているが、米国は批准を拒否している」と述べ、CTBTを批准しない米国がロシアを批判する資格などないというのだ。

 ちなみに、核全廃を主張し、2009年のノーベル平和賞を受賞したオバマ前大統領の政権下で米国は核兵器の近代化のため臨界前核実験を何度も繰り返してきた。もちろん、臨界前核実験は核関連物質の爆発が伴わないから、CTBT条約の対象外、という弁明は成り立つ。

 CTBTは1996年9月に国連総会で採択され、署名開始されて今年9月で23年目を迎えるが、条約はまだ発効していない。今年5月末現在、署名国184カ国、批准国168カ国だが、条約発効に批准が不可欠な核開発能力保有国44カ国中(Annex 2 States)、8カ国が批准を終えていない。米国、中国、イスラエル、イラン、エジプトの5カ国は署名済みだが、未批准。インド、パキスタン、北朝鮮の3国は未署名で未批准だ。

 CTBTの最大の魅力は世界の全地域を網羅する国際監視システム(IMS)だ。IMSは単に、核実験監視の目的だけではなく、津波早期警報体制など地球環境問題の監視ネットとして利用できる。核爆発によってもたらされる地震波、放射性核種、水中音波、微気圧振動をキャッチするIMSは337施設から構成され、現在297施設が完了済みだ。

 CTBT機関のIMSの監視から逃れてロシアが秘かに核実験を実施していたとすれば、CTBTの信頼性は崩れ、組織の存続が問われる。核実験をキャッチされない方法で実験することは技術的に不可能ではないからだ。例えば、工費はかかるが、球形の実験所を構築し、核爆発の衝撃を減少させるデ・カプリング方式だ。通常の核実験では北朝鮮の最初の核実験(2006年10月9日)のように小規模な核爆発(1キロトン以下)でもIMSの監視を逃れることはできない。

 アシュレー米国防情報局長官はワシントンでの講演の中で「ロシアは現在保有している非戦略核の能力向上を進め、北大西洋条約機構(NATO)と中国に勝つために、中・短距離ミサイルの強化を図っている」(ワシントンタイムズ)という。

 米中の貿易戦争に国際社会の関心が注がれているが、米ロ核大国の軍事競争も無視できない。米国が2月、冷戦時代の軍縮政策の成果だった中距離核戦力廃止条約(INF)から離脱を発表したことを受け、米ロの両国に中国を含む軍事大国間で新たな軍拡競争が起きている。

 ちなみに、ロシアの低出力の核実験に関連したアシュレーDIA長官の発言は、ひょっとしたら米国の核実験監視能力を誇示することで、ロシアに警告を発する狙いがあったのではないか。

強烈な印象を残した3人の会見相手

 冷戦時代から民主改革直後にかけて、旧東欧共産圏の多くの政治家、指導者と会見した。ハンガリー社会主義労働者党(共産党)のミクローシュ・ネーメト首相を皮切りに、民主改革直後の現職大統領、首相、外相など100人余りの政治家と会見した。今回は、強烈な印象、コメントを残した3人の会見相手を紹介する。

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▲F1の元王者ニキ・ラウダ氏の晩年2016年(ウィキぺディアから)

 最近の話から始める。オーストリアのスポーツ界は大きな英雄を失った。F1レーサーで3度王者となり、その後は航空会社を経営する実業家となるなど、多方面にその足跡を残したニキ・ラウダ氏(70)が20日、亡くなった。1976年のドイツグランプリのレース中に事故でレースカーが燃え、命は助かったものの大やけどをし、頭と顔面を負傷した。一時は生命の危機もあったが、回復するとすぐにレースに戻り、計3度チャンピオンになった。その強烈な意思力と精神的タフさに世界は驚いた。

 F1で王者となった後、ラウダ氏の関心は空に向かった。ラウダ氏が「ラウダ航空」を経営していた時代、当方はウィーン郊外シュヴェヒャートのラウダ航空事務所で会見した。ラウダ氏は、「機械が完全であったならば、事故を犯すのは人間のミスによるものだけだ」という趣旨の話をしてくれた。同氏からメカに対する強い信頼感と熱情すら感じた。ちなみに、F1時代の同氏の操縦は“コンピューター”と呼ばれるほど、ミスの少ないものだった。

 ラウダ航空が1991年5月26日、タイ上空で墜落し乗員乗客223人全員が死亡する事故が発生した。ラウダ氏は後日、「墜落現場を視察した時に見た風景を忘れることができない」と述べている。なお、ラウダ氏の家族によれば、同氏は自身に迫ってきた死に対して「恐れをまったく感じていなかった」という。

 2人目は“ナチ・ハンター”と呼ばれたサイモン・ヴィーゼンタール氏(1908〜2005年)との出会いだ。ドナウ水路近くにあったヴィーゼンタール氏の事務所で会見した。彼の事務所には2人の警察官が常駐していた。当方は彼に、「戦争が終わり、多くの時間が経過したが、なぜ今なおナチス幹部を追跡するのか」を聞いた。ヴィーゼンタール氏は、「死者が許すと言っていない時、生きている人間が犯罪者に許すといえるのか。許すことができるのは死者だけだ」と答えた。その死生観に驚いた。キリスト教は愛と許しを強調する。ユダヤ人は過去を忘れない。民族のために尽くしてくれた人間に感謝する一方、民族を迫害した人間を忘れない。いい悪いは別として、過去のことを水に流すことに慣れている日本人とは全く異なったメンタリティーで、新鮮なショックを受けた。

 ヴィーゼンタール氏には“怖い存在”というイメージがあったが、同氏は会見前、「自分は世界から多くの名誉博士号をもらったが、自分よりも多くの名誉博士号をもらっている人物がいる。あのヴィクトール・フランクル博士だ」と笑いながら語り、壁にかかっている名誉博士号を一つ一つ説明してくれた。その時、ヴィーゼンタール氏はユーモアのある人懐こい人物だな、という印象を受けたものだ。

 最後は旧ソ連最後の大統領ゴルバチョフ氏のペレストロイカ〈建て直し、改革)路線の推進者だったアレクサンドル・ニコラエヴィチ・ヤコブレフ氏(1923〜2005年)だ。彼とはウィーンのホテル内で会見した。彼のスケジュールは一杯で、会見時間は制限されていた。仲介してくれたウィーンの会議主催者に「質問は5問だけです」と断り、会見を始めた。ヤコブレフ氏は簡潔に答えてくれた。当方が質問の数を忘れていた時、彼は「君、それで5番目の質問だよ」と言った。ペレストロイカの思想的指導者は当方の質問の数を数えながら答えていたのだ。

 大統領や首相と会見する時、事前に会見の持ち時間を聞く。そして会見時間が少ない時は質問の優先順位を代えたりする。会見時間が超過する恐れがあった時は、「あと2問です」と断って相手側の理解を求める。

 ロシア人は欧州に属するが、その思考パターンは違う。国連でロシア人記者の会話を聞いていると、「彼らは通常の欧州記者とは違う感覚だな」ということを頻繁に感じてきた。

 事務所でコラム書きに没頭していると、昔の会見相手との出会いが思い出されることがある。同時に、日本から来た一介のジャーナリストに過ぎない当方に貴重な時間を割いて多くのことを語ってくれた会見相手に感謝の思いが湧いてくるのだ。

 蛇足だが、大統領や首相と会見する時、会見相手へのプレゼントとしてウィーンの日本商品店で梅酒を買って持って行ったものだ。一度、スロベニアの大統領と会見した時、当方の梅酒のお返しとしてスロベニア産のワインをプレゼントされたことがある。会見相手からお返しをもらったのはあの時が初めてだった。

台湾の「世界保健総会」参加を認めよ

 世界保健機関(WHO)の年次総会、世界保健総会(WHA)が20日からスイスのジュネーブで開催されるが、オブザーバーの中華民国(台湾)は中国共産党政権の妨害により参加できない状況だ。それに対し、米国、英国、フランス、カナダなどが相次いで台湾のWHA参加支持を表明している。台湾の多くの医療団体もWHAに参加希望を表明してきた。WHAはWHOの意思決定機関だ。

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▲ウィーンの国連建物前の広場で台湾のWHA参加を訴える集会が開催(2019年5月16日午前、ウィーンで撮影)

 台湾は2009年からオブザーバーとしてWHAに参加してきたが、17年から招待状が届いていないという。すなわち、中国共産党政権は、台湾で2016年5月、民主進歩党(DPP)の蔡英文氏が第14代中華民国総統に就任して以来、台湾への政治的圧力を強化し、国際社会での台湾の孤立化を画策してきた。米中貿易戦争の長期化を控え、対台湾統一戦線工作を強化しているわけだ。

 ウィーンの国連建物入口ゲイト1前の広場で16日午前、台湾のWHA参加を支持する集会が行われた。雨模様の天候だったが、台湾国民のほか、支持者が集まり、「台湾のWHA参加を支持する」「健康問題は人権だ」とアピールし、台湾の国旗を振りながら訴えた。

 当方は国連の知人からデモ集会開催を知らせられたので、出かけた。集会の周囲には中国大使館関係者らしい人物が集会の動向を監視する一方、ビデオを撮影していた。台湾関連行事には常にみられる光景だ。

 中国共産党政権は台湾の中国本土併合を画策、台湾との国交を締結する国には様々な外交上の圧力を行使し、台湾の国際社会での統合を妨げてきた。一方、台湾政府は国民の健康問題を重視する立場からWHAの参加を重視してきた経緯がある。

 台湾衛生福利部が作成したパンフレットによると、台湾人の平均寿命は男女約80歳で米国民より高く、ドイツとほぼ同様だ。台湾はヘルスケアでは世界14番目に位置するという。要するに、台湾は国民の厚生分野では世界的発展した国だ。その国が中国の反対でWHOに加盟できないばかりか、WHA参加すら阻止されてきたわけだ。

 集会に参加していた台湾出身者は「国民の健康問題は人権だ。その人権を無視し、政治的思惑から台湾のWHO加盟を拒んでいる。台湾は世界の健康向上に貢献できる国だ」と説明していた。

 米国、英国、オーストラリア、ドイツなど多くの加盟国が台湾のWHA参加を支持表明した。日本では超党派の国会議員連盟「日華議員懇談会」が15日、台湾のWHA参加実現を向け、国際社会と連携しながらWHOに働きかけるように日本の政府に要請した決議を採択している。

 日華懇の古屋圭司会長は、「中国からの圧力で台湾がWHAに参加できないことは遺憾だ」と表明し、東京・白金台の台北駐日経済文化代表処を訪れ、謝長廷代表(大使に相当)に今回の決議文を手渡している。 

 日華懇は今年3月にもWHAへの台湾のオブザーバー参加を求める決議を採択し、台湾への支持を表明してきた。古屋氏は「政治信条などによって差別されてはならないことを明記したWHO憲章からみても、民主主義国家の台湾が差別を受けることは許されない」と指摘している。

 台湾と日本両国間で年間600万人の両国国民が行き来する時代だ。越境性感染病を予防する上で台湾不在は大きな問題が生じることが考えられる。2300万人の国民を有する台湾を世界の医療ネットワークから外すことは台湾国民ばかりか、世界の国民にとっても大きなマイナスだ。それだけに、「医療問題を政治化」する中国共産党政権に対して批判の声が高まっているわけだ。

 なお、河野太郎外相は今月8日、ツイッターで台湾のWHA参加を支持する旨を初めて表明している。
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