ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

オーストリア

イスラム過激派テロが最大の脅威

 オーストリア国家公共安全局のフランツ・ラング事務局長と「憲法擁護・テロ対策局」(BVT)のペーター・グリドリング局長は14日、ウィーンの内務省で「2018年憲法擁護報告書」を発表した。それによると、昨年は極左過激派グループの犯罪件数は減少し、極右過激派の場合は微増に留まった一方、「イスラム過激派テロが最大の脅威」と強調し、特に、中東の戦地から帰国した外国テロリスト戦士(Foreign Terrorist Fighters)は潜在的危険要因だと指摘した。

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▲2018年憲法擁護報告書を発表するフランツ・ラング事務局長とペーター・グリドリング局長(左)=オーストリア内務省公式サイトから 2019年8月14日

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 極左過激派による犯罪件数は昨年137件で2017年比(211件)で35・1%と大幅に減少。告訴件数は237件で17年比で22・8%減少した。検挙率は改善し、18・2%(16年13・6%、17年14・2%)。

 オーストリアは昨年上半期、欧州連合(EU)議長国だったこともあって、極左過激派グループはEU非公式首脳会談(2018年9月開催)に約1000人の極左過激派活動家が開催地ザルツブルクに結集し、抗議集会などを開催した。治安部隊との衝突はなかったが、物的損害が報告された。

極右過激派イデオロギーに基づく犯罪

 昨年の犯罪件数は1075件で2017年の1063件比で1・1%微増した。告訴件数は1622件で17年(1576件)比で同じように2・9%増加した。検挙率は63%で、17年58・1%、16年61・3%より高まった。インターネット連絡先「NS Wiederbetaetigung」には3176件の情報や関連事項が届いた。そのうち、1440件は重要な情報だった。

 極右過激派は難民政策を自身のプロパガンダに利用し、移民・難民、外国人排斥を扇動し、国民に憎悪を植え付けている。彼らの攻撃対象はユダヤ人、イスラム教徒、難民、それらの関連する施設などだ。

 イデンティテーレ運動(IBO)はオーストリアで反イスラム、難民、外国人排斥の主要な扇動グループで、その活動キャッチフレーズは「欧州のイスラム化の阻止」だ。

<イデンティテーレ運動>
 ニュージランド(NZ)のクライストチャーチで3月15日、白人主義者で民族主義者、反イスラム教のブレントン・タラント容疑者が2カ所のイスラム寺院で銃乱射し、50人が殺害され、同数の負傷者が出た。犯人は昨年、オーストリアの極右グループ「イデンティテーレ運動」(本部グラーツ、会員数約300人)に寄付金を送っていた。自由党のシュトラーヒェ前党首やキックル前内相が同運動の指導者マーチン・セルナー氏と過去、会合していたことが判明している。

イスラム過激派テロ

 昨年末現在でオーストリアから中東紛争地シリアやイラクに出かけ、イスラム過激派と合流したり、加わろうとしたイスラム過激派総数は320人。そのうち、62人は出国を止められ、93人は戦闘地からオーストリアに帰国、58人は戦闘で死去、残りの107人は依然、紛争地にいると予想されている。

 オーストリア側は紛争地でイスラム過激派と合流して戦闘した後、戻ってきた人間を警戒、監視している。彼らは戦闘経験があり、武器を使用でき、人間を無慈悲に殺傷すると同時に、欧州各地のイスラム過激派と接触できるからだ。

 ちなみに、オーストリアでは過去、3度、大きなイスラム過激派テロ事件が起きた。1975年12月、テロリスト、カルロスが率いるパレスチナ解放人民戦線(PFLP)がウィーンで開催中の石油輸出国機構(OPEC)会合を襲撃した事件、81年8月にはウィーンのシナゴーク襲撃事件、そして85年にはウィーン空港で無差別銃乱射事件が起きている。幸い、それ以降は大きなテロ事件は生じていない。

 オーストリアは地理的に東西両欧州の中間に位置し、国連、OPEC,欧州安全保障協力機構(ODEC)など30を超える国際機関の事務局や本部がある。オーストリアはイスラム過激派のテロ対象となる国というより、工作の補給拠点、情報の収集地とみなされている。世界からスパイや情報工作員が集まるところだ(「スパイたちが愛するウィーン」2010年7月14日参考)。

政権交代時の機密情報の処理問題

 オーストリアでは来月29日、国民議会(定数183)の前倒しの総選挙が実施されるが、同国の2大政党、中道右派「国民党」と中道左派「社会民主党」の間でメディアを巻き込んだ前哨戦が始まっているのだ。両党間の舌戦のテーマは、政権交代時の連邦首相府の機密情報の処理問題だ。

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▲政権交代時の機密情報の処理問題で説明責任を負うクルツ氏

 少し説明が必要だろう。同国では2017年12月、ケルン社民党主導政権からクルツ国民党主導政権に政権が交代した。政権が変わると、前政権関係者はこれまでの機密情報を処分する。ケルン首相(当時)は首相府のプリンターのハードディスクなどを連邦首相府に処理するように依頼している。同じように、クルツ政権は5月27日、議会の不信任案可決で辞任に追い込まれたが、それに先立ち5月23日、クルツ首相(当時)はハードディスクを連邦首相府のIT専門部に依頼せず、外部の民間会社にシュレッダー破棄させている。

 オーストリアの複数のメディア情報によると、クルツ氏は5つのハードディスクの破棄を首相府のソーシャル・メディア担当職員(25)に民間の専門会社で処理してきてほしいと依頼。同職員は専門会社では偽名を使い、何度も繰り返し寸断するようにしつこく要請したという。

 この件が外部に漏れたのは、同職員が費用を払わなかったからだ。シュレッダー専門会社は「何回も寸断するように要求するなど、その言動は少々変わっていた」とメディア関係者に述べている。

 クルツ氏が政権時代の機密情報の処理を外部に依頼したことが判明すると、野党やメディアから「漏れては困る情報があったからではないか」といった憶測が流れてきた。ここでいう「憶測」とは、クルツ連立政権の崩壊のきっかけとなった極右派政党「自由党」のシュトラーヒェ党首(当時)のイビザ島スキャンダル事件にかかわる内容を意味する。

 イビザ島スキャンダル事件とは、自由党党首のシュトラーヒェ副首相が野党党首時代の2017年7月、イビザ島で自称「ロシア新興財閥(オリガルヒ)の姪」という女性と会合し、党への献金と引き換えに公共事業の受注を与えると約束する一方、オーストリア最大日刊紙クローネンの買収を持ち掛け、国内世論の操作を煽るような暴言を連発。その現場を撮影したビデオが今年に入って週刊誌シュピーゲルと南ドイツ新聞などで報じられ、オーストリア政界に激震が走った。最終的には、中道右派「国民党」と極右政党「自由党」から成るクルツ連立政権は5月末、議会で不信任案が可決されることで辞職に追い込まれた経緯がある。

 イビザ島スキャンダル事件で問題は誰がそのビデオ撮影したのかだが、その全容は依然明らかになっていない。ただ、メディアの間では国民党関係者が極右派党首の追い出しを図ったという情報が流れている。そのような状況下で、クルツ氏が前政権下の機密情報を連邦首相府のIT部署ではなく、外部の会社で寸断させたことが判明したため、先述した「憶測」が囁かれるきっかけとなった。「それみたことか、クルツ氏がイビザ島スキャンダルを図った陰の人物だった可能性がある」と野党やメディアが騒ぎ出したわけだ。

 クルツ前首相は、「政権が交代するときは、前政権関連の機密情報が入ったハードディスクはシュレッダーにかけて消滅させるのが通常のことだ。社民党も政権交代時には同じように首相府で使用したハードディスクはシュレッダーで破棄している」と説明し、「首相府の機密関連文書やハードディスクは5つ、破棄処分を民間企業に依頼した。機密隠しではなく、通常の処分だ」と憶測を一蹴している。

 クルツ氏に政権を追われたケルン元首相は、「私が首相府を整理するとき、首相府関係者に書類やPCのデーター処理を委ねた。私自身はそれらの寸断を要求していない。なぜならば、政権交代時には当然の対応だからだ」と説明し、クルツ氏の民間企業での機密情報の破棄と自身の時のそれとは全く異なっていると強調している。

 まとめると、社民党主導政権は2017年12月1日に情報を処理している。クルツ政権への政権交代日は同月18日だった。一方、クルツ氏は今年5月23日に連邦首相府のプリンターのハードディスクの処理を依頼した。クルツ政権への不信任案が可決されたのは5月27日だ。いずれも、政権を失う数日前に機密情報は消滅されているわけだ。

 前回の総選挙では、ケルン氏はダーティな選挙戦略で有名なイスラエルの選挙専門家を雇い、ソーシャル・メディアを通じてクルツ氏叩きに躍起となった経緯がある。それが仇となって選挙ではクルツ「国民党」に敗北した。今回の機密情報処理問題ではクリーンのイメージがあるクルツ氏が弁明に追われているわけだ。いずれにしても、政治には秘密が付きまとうだけに、政権交代時の機密情報の処理問題は非常に厄介なテーマだ。

「子供のない政治家」は政治に不適?

 オーストリアで9月29日、国民議会選挙(定数183)が行われる。中道右派「国民党」と極右政党自由党から成るクルツ連立政権が自由党党首のスキャンダルが原因で崩壊し、議会で野党の不信任案が通ったため早期議会選の実施となった。

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▲オーストリアの野党「ネオス」ベアテ・マインル=ライジンガー党首(「ネオス」公式サイトから)

 ところで、ここでは次期総選挙の見通しを書くつもりはない。欧州で今、政治家も夏季休暇中で、正式な選挙戦はまだ始まっていない。次期選挙の予想記事は選挙戦がスタートした後にする。ここでは野党のリベラル派政党「ネオス」のベアテ・マインル=ライジンガ―党首の問題発言を取り上げたい。

 同党首(41)はクローネTVでのインタビューの中で「子供のいない政治家に統治されたくはない。子供への責任を担うということを知っている政治家に政治を委ねたい」と述べたのだ。同党首は3人の娘さんをもつ。

 この「子供のいない政治家」に政治を担当してほしくない、子供への責任を知っている政治家が願わしい、という発言が報じられると、予想されたことだが、賛否両論が飛び出している。客観的にいえば、批判の声の方が圧倒的に多い。

 オーストリア代表紙プレッセに著名な著作家、クリスチャン・オルトナー氏が、「政治を統治するのに子供が不可欠ということはない」と指摘し、欧州の政界で子供を持たない政治家が政権を統治しているケースが多いといった趣旨のコラム(7月26日付)を寄稿している。

 欧州で「子供のいない政治家」の代表といえば、ドイツのメルケル首相だろう。メルケル首相は14年間あまりドイツの政界ばかりか、欧州の顔として活躍してきた女性首相だが、子供はいない。マクロン仏大統領もしかり。辞職したばかりの英国のメイ前首相も子供がいない。欧州連合(EU)のユンカー欧州委員会委員長も子供がいない。オランダのルッテ首相もそうだ。欧州の政界で最先端で活躍している政治家には「子供のいない政治家」が不思議と少なくないのだ。

 例えば、3年間、EU離脱交渉に明け暮れた英国のメイ前首相の場合、野党から「子供もいない政治家が……」と陰でいわれ続けてきた。メイ前首相は後日、「自分は子供が欲しいができない体だ」と吐露したことが伝わると、「子供のいない政治家」といった批判の声は流石に消えていった。メイ女史のように、産みたくても子供が産めない女性は少なくない。

 同じことがメルケル首相の場合もいえる。欧州の顔といわれてきたメルケル首相だが、メディアや野党勢力から「子供もいない彼女がどうして家族問題を理解できるか」といわれ続けてきた。政治家だけではない。子供のいない女性一般に対しては、「自分のキャリアを重視する女性」というレッテルを張られるケースが多い。

 オルトナー氏は、「政治を進めるのに子供の有無は関係がない」と指摘している。正論だろう。子供が多くいれば、立派な政治ができるということはない。EU欧州委員会委員長に選出されたフォンデアライエン女史は医者であり、夫との間に7人に子供を持つ母親だ。ネオス党首の論理でいけば、フォンデアライエン女史はEU史上最高の委員長になれる可能性を有していることになる。

 しかし、実際はそうともいえない。フォンデアライエン女史はメルケル政権下で家庭相や国防相を務めてきたが、特に国防相時代にはかなり厳しい批判を受けてきた。国防相という任務が合わなかったこともあるが、国防省内ではフォンデアライエン女史には強い反発があった。

 子供の数でいけば、フォンデアライエン女史がダントツだが、英国のボリス・ジョンソン新首相も子沢山だ。ただし、フォンデアライエン女史と違う点は、1人の女性からの子供ではなく、複数の女性からの子供だということだ。いずれにしても、子供の数ではジョンソン新首相は潜在的可能性を秘めた政治家といえる。

 参考までに、日本の安倍晋三首相夫妻にも子供がいないが、安倍政権は最長政権を目指して進行中で、選挙は連戦連勝だ。「子供のいない政治家」云々の論理はここでも破綻している。

 「子供のいない政治家」は統治できないという主張は問題の焦点をずらしている。政治家には国家、国民に対する責任感の有無が重要だ。子供の有無ではない。同時に、政治家として、子供を産める生活環境を確立する政策、出産奨励策を推進していくべきだろう。

 日本を含め先進諸国は少子化が深刻だ。人口を維持するためには合計特殊出生率は2・0以上が必要だが、先進諸国ではその目標値に近いのはフランスぐらいで、他の国は程遠い。現代人は子供を産まなくなってきた。なぜだろうか。ネオス党首の問題発言をメディアの夏枯れ対策用のテーマに終わらせず、「家庭とは」、「子供とは」を真剣に考える機会となれば、ネオス党首の発言にも意味が出てくる。

人はなぜ祈らざるを得ないのか

 こんなテーマが話題になるのは欧州だからだろう。米国キリスト教の自由教会では礼拝中、祈る信者たちで溢れ、誰もそれを奇に感じることはないが、同じキリスト教圏だが欧州では公の場や礼拝中に、信者たちが声を出して祈ったりする情景は余り見られない。祈りは神父など聖職者に限られている。その見られない光景が16日、カトリック教国のオーストリアのウィーンで起き、その場にカトリック教会最高指導者のシェーンボルン枢機卿だけではなく、クルツ前首相の姿も見られたのだ。

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▲ジャン=フランソワ・ミレーの「晩鐘」(ウィキぺディアから)

 司会者の牧師は会場にクルツ氏を見つけると、彼を舞台に招き、スモールトークを交わした後、クルツ氏のために声を出して祈りだした。クルツ氏は少し戸惑った顔をしながら、その祈りを聞いていた。会場の1万人余りの若い信者たちも牧師の祈りに合わせ、クルツ氏のために祈りだした。会場はクルツ氏に神の祝福がありますようにと祈る声で溢れた。こんな情景はオーストリアでは絶対見られない。

 少し、説明する。「欧州よ、目覚めよ」というテーマでウィーン市内の会場で自由教会主催の会合が行われた。なぜその場にクルツ氏がいたのかは分からない。彼はキリスト教を政治信条とする中道右派の国民党党首だ。欧州で売り出し中の若手の政治家だ。自由教会の信者ではない。考えられるのはオーストリアで9月29日、国民議会の繰り上げ選挙が実施されることから、多数の若者たちが集まる会合に顔を出したのかもしれない。多分、シューンボルン枢機卿も参加することから、通常のキリスト教会の集まりだと考えていたのだろう(多くの若い者たちに祈られたクルツ氏は後日、「自分でも驚いた」と告白している)。

 予想されたことだが、クルツ前首相が自由教会の会合に参加し、関係者からメシアのように歓迎され、クルツ氏の勝利のための祈りを受けたことが伝わると、同国のメディアは「前首相が過激なキリスト教会の会合に参加し、熱烈な祈りを受けた」と報じた。ネット上でも大きな反響を呼んだ。野党からは批判の声が出てきた。「政教分離」に反している、といった建前からではない。米国の選挙戦ならば通常だろうが、欧州では政治家が根本主義的なキリスト教信者から熱狂的に歓迎される風景は異様に受け取られるからだ。

 祈りは私的なもので、公の場で声を出して祈ることは欧州では考えられない。聖トーマスの流れをくむ懐疑的な欧州知識人は公の場で祈りあう米国人の姿に「偽善」の匂いを嗅ぎつけるほどだ。

 欧州の知識人を擁護するためではないが、聖書の中で、祈る場合、隠れて祈るべきだとイエス自身が助言している。新約聖書の「マタイによる福音書」の6章5節から少し引用する。

 「祈る時には、偽善者たちがするようにするな。彼らは人に見せようとして、会堂や大通りの辻に立って祈ることを好む。中略、あなたは祈る時、自分の部屋に入り、戸を閉じて、隠れたところにおいでになるあなたの父に祈りなさい」

 メディアはクルツ氏が根本主義的なキリスト教会の信者会合に参加し、祈られたことを否定的に報道したが、シェーンボルン枢機卿は「米国では信者たちが政治家のために祈ることは普通のことだ」と弁明する一方、「祈る」ことの重要性を強調していたのが印象的だった。

 祈るのはキリスト教徒だけの専売特許ではない。全ての人が祈る。病の人なら、それが癒されることを、家族で苦しんでいる者がいたならば、その人の回復を祈る。家族のため、愛する人の為に祈る。それでは「誰に向かって」祈るのだろうか。神に向かって祈ることもあるが、人間を超えた存在に向かって、救いを求めるために祈ることが多いのではないか。

 声を出して祈る場合もあるが、多くの場合、心の中で祈る。「念じる」といってもいいかもしれない。欧州人は米国人よりも公の場で祈ることに臆病だが、米国人と同じようにやはり祈る。

 キリスト教会では、祈りで始め、祈りで終わるといわれる。自身の弱さを吐露する祈りは非常に私的だが、それだけにその祈る瞬間は真剣だ。祈るのに、どの宗派に所属しているかは問題ではない。人は生来、祈る存在ではないか。人が自身の弱さに救いを求める時ほど偽りのない純粋な瞬間はないからだ。

 ところで、デンマークの哲学者セーレン・キェルケゴール(1813〜55年)は祈りについて、「祈りは神を変えず、祈る者を変える」と述べている。ただし、旧約聖書には、悔い改めて真摯に祈る者に神が心を動かされて変わる場面が記述されている。「祈り」は神の心すら変える力を有しているのではないだろうか。

宗派間対話促進の国際機関が閉鎖へ

 ウィーンの一等地に宗派間の対話促進を目的で創設された通称「アブドラ国王センター」の閉鎖を求める動議が12日、オーストリア国民議会で賛成多数で可決された。これを受け、2012年11月に華々しく創設された同センターは、ウィーンの事務局を閉鎖し、他の都市に移転するかの選択を強いられることになる。

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▲ホーフブルク宮殿で開催されたKAICIID創設祝賀会(2012年11月26日、撮影)

 「アブドラ国王センター」は正式には「宗教・文化対話促進の国際センター(KAICIID)」と呼ばれ、2012年11月26日、サウジアラビアのアブドラ国王の提唱に基づき設立された機関で、キリスト教、イスラム教、仏教、ユダヤ教、ヒンズー教の世界5大宗教の代表を中心に、他の宗教、非政府機関代表たちが集まり、相互の理解促進や紛争解決のために話し合う世界的なフォーラムだ。設立祝賀会には日本から仏教代表として立正佼成会の庭野光帖次代会長(当時)が出席した。ちなみに、世界最大の宗派、ローマ・カトリック教会の総本山バチカン法王庁はオブザーバーとして参加している。

 同機関はスタートから様々な批判にさらされた。特に、同センターの提唱国3国(オーストリア、スぺイン、サウジアラビア)にサウジが含まれていたからだ。そのうえ、同センターの財政は主にサウジの拠出(年間1500万ユーロ)に依存していることが明らかになると、欧米社会では批判の声が挙がった。

 サウジのイスラム教は戒律の厳しいワッハーブ派だ。実際、米国の同時多発テロ事件の19人のイスラム過激派テロリストのうち15人がサウジ出身者だった。同国はまた、少数宗派の権利、女性の権利が蹂躙されていることもあって、人権団体やリベラルなイスラムグループから国際センターの創設は「サウジのプロパガンダに過ぎない」という批判が飛び出した。

 例えば、「KAICIIDはシリア内戦に対しこれまで何の見解も公表していない」という批判の声が聞かれた。スンニ派、シーア派、クルド系など宗派・民族の違いが内戦の背景にあるにもかかわらず、KAICIIDが沈黙していることへの不信だ。サウジはシリア内戦では反アサド政権の立場で反体制派グループに財政、武器を供給してきた。

 最近では、昨年6月の女性の権利要求デモで7人の女性が拘束されたこと、反体制派ジャーナリストのジャマル・カショギ氏暗殺事件(昨年10月2日)、ティ―ンエイジャーの死刑判決には大きな批判の声が出たばかりだ。

 設立祝賀会では、サウジのファイサル外相(当時)が、「さまざまな宗派が結集するセンターは歴史的な役割を果たしていくだろう」と期待を表明。ゲスト参加した国連の潘基文事務総長(当時)は、「宗教リーダーが紛争解決で重要な役割を担っている」と激励した。また、ユダヤ教ラビのゴールドシュミット師は、「世俗社会となった前世紀(20世紀)、人類は2つの世界大戦を体験した。21世紀に入って宗教が再びリターンし、社会の重要な役割を果たしていくだろう」と語ったのが印象的だった。

 同センターの創設はオーストリアのファイマン政権下で行われた。当時の与党社会民主党と国民党が支持し、スぺインとサウジの2カ国が共同創設国に参加することで決定した経緯がある。そのホスト国のオーストリアの国民議会がKAICIIDの閉鎖を求める動議を可決したわけだ。同動議は社民党、自由党、ネオスの3党が提出した。

 それに対し、同センターの理事メンバーの1人、英国のユダヤ教ラビ、ダビッド・ローゼン師は、「信じられないほどの偽善だ。7年前には創設を支援した国が今度は閉鎖を求めるとは」と厳しく批判している。同師は、「センターは政治的問題に対応する目的で創設されたものではない。そのうえ、同センターはサウジの民主化にも貢献している。オーストリアがセンターを好ましくないと思うならば仕方がない。加盟国が協議して今後の対応を決定することになるだろう」という。

 同センターは、ドイツの「キリスト教民主同盟」(CDU)の姉妹政党、オーストリアの国民党の強い働きかけがあって創設されたが、創設当時から社民党はサウジの人権蹂躙を批判する一方、極右党「自由党」はサウジ主導の同センターには批判的だった。国民党と自由党から成るクルツ連立政権が先月崩壊したことを受け、自由党は今回、同センターの閉鎖動議を社民党、ネオスと共に提出したわけだ。ただし、オーストリアでは9月29日、前倒しの総選挙が実施される。その結果次第ではアブドラ国王センターの閉鎖の見直しが出てくるかもしれない。

ドナウ川は今も青く美しいか

 「ワルツ王」と呼ばれるヨハン・シュトラウス2世(1825〜1899年)が世界的に有名なワルツ「美しき青きドナウ」を作曲したのは彼が41歳の時だった。その曲に詩人ゲルネルトが「ドナウよ、美しく青いドナウよ、谷を越え、牧場を越え、静かに流れる」といった牧歌的な詩を付けた。

 ところで“青きドナウ川”とうたわれたが、ドナウ川が青いということはほとんどない。快晴の日、空の色が水面に映って青くみえることはあるが、実際は青ではない。

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▲ウィーンから見た“美しき青きドナウ川”の風景(2013年4月26日撮影)

 ドナウ川は、スイス山岳地域、ドイツのバイエルン、オーストリア、ハンガリー、旧ユーゴスラビア、ルーマニア、そしてブルガリアを経て黒海に流れこむ。全長約2780キロの国際河川だ。ドナウ川流域には約8100万人が住み、貴重な水源となってきた。

 なぜ、今ドナウ川か、といえば、先月29日の夜、ハンガリーのブタペストで小型の遊覧船がドナウ川を渡っていた時、大型のクルーズに衝突され、韓国人の観光客31人とガイド2人、ハンガリー人乗務員2人の計35人が乗っていた遊覧船は沈没。7人の韓国人は救助されたが、他は行方不明という事故があったばかりだ。韓国日刊紙「セゲイルボ」は5日、「ドナウ川は今も青く美しい」という慰霊のコラムを掲載していた。

 事故直後、韓国から康京和外相が現地入りし、行方不明者の捜査などをハンガリー側と連携指揮した。事故当日のドナウ川は濁流で水量も数日間続いた雨で増えていた。遺体を見つけるのは難しく、多くの遺体は依然見つかっていない。遊覧船から落ちた遺体は既に数キロ流されているから、遺体の捜査は困難だ。6日現在、死亡が確認された韓国人は15人、行方不明者は11人だ。

 韓国聯合ニュースによると、韓国側は船内の遺体を収容するために潜水夫を潜らせたい意向だったが、ハンガリー側は潜水夫の危険性を指摘して、クレーンで遊覧船の引き上げを優先する考えという。幸い、水深は3メートルから5メートルだから、引き上げは可能だ。事故現場の状況については「流れが速く、ダイバーが水中で活動できる安定的な環境が全く保障されていない。船やヘリコプターで捜索作業を続けながらその範囲を拡大している」という。

 韓国人の船の事故といえば、2014年4月16日、仁川から済州島に向かっていた旅客船「セウォル号」が沈没し、約300人が犠牲となった大事故を思い出す。船長ら乗組員が沈没する2時間前にボートで脱出する一方、船客に対し適切な救援活動を行わなかったことが判明し、遺族関係者ばかりか、国民をも怒らせた。

 朴槿恵大統領(当時)が事故1年目の15年4月16日、死者、行方不明者の前に献花と焼香をするために事故現場の埠頭を訪れたが、遺族関係者などから焼香場を閉鎖され、焼香すらできずに戻っていった。犠牲者や行方不明者の関係者から「セウォル号を早く引き揚げろ」といった叫びが事故現場から去る大統領の背中に向かって投げつけられた。

 ハンガリーではそのようなことはなかった。韓国紙セゲイルボによると、ブタペスト市民は事故で亡くなった韓国人のために橋の上に花を捧げ、慰霊した。また、ドナウ川に追悼に訪れた1000人余りのハンガリー人が事故現場付近の橋の上で長い行列を作って「アーリラン、アーリラン、アーラーリーヨー、アーリラン、コーゲーロー、ノーモカンダ」と声を限りに歌ったという。だから、ハンガリー国民が示す慰霊の姿に感動した韓国人記者は「ドナウ川は今も青く美しい」と書いたのだろう。

 ちなみに、現在のドナウ川は水質汚染、化学汚染などが明らかになっている。そのため、ドナウ川保全国際委員会(ICPDR)は6月29日を「ドナウ川の日」と指定し、川の保護を訴えている。

極右党「自由党」の分裂の危機

 オーストリアの極右政党「自由党」が分裂の危機に瀕している。直接の原因は、シュトラーヒェ前党首のイビザ島スキャンダル事件だ。自由党党首のシュトラーヒェ副首相が野党党首時代の2017年7月、イビザ島で自称「ロシア新興財閥(オリガルヒ)の姪」という女性と会合し、そこで党献金と引き換えに公共事業の受注を与えると約束する一方、オーストリア最大日刊紙クローネンの買収を持ち掛け、国内世論の操作を唆すなど暴言を連発。その現場を撮影したビデオを独週刊誌シュピーゲルと南ドイツ新聞が今年の5月17日、報じたことから、オーストリア政界に激震が走った。

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▲シュトラーヒェ氏の辞任を受け新党首に就任したノルベルト・ホーファー氏(2019年5月19日、自由党公式サイトから)

 シュトラーヒェ氏は同月18日、クルツ政権下の副首相のポストと共に、党首の辞任を表明。最終的には、クルツ首相が率いる国民党・自由党の連立政権は解消され、前倒しの総選挙実施となったことはこのコラム欄でも紹介済みだ。

 自由党は先月26日の欧州議会選では2014年の前回比で得票率1・63%減だったが、大きなダメージを受けずに済んだばかりだ。自由党はノルベルト・ホーファー新党首のもと9月実施予定の早期議会選に集中する予定だった。

 そこに新たな問題が生じた。シュトラーヒェ氏が欧州議会選の党リストで最下位に登録したが、選好投票で同氏が4万4750票を獲得、当選した自由党3人候補者の中に入り込むことができ、欧州議会議員の道が開かれたのだ。

 もちろん、シュトラーヒェ氏が選好投票の特典を利用してブリュッセルに行くことができるが、イビザ島不祥事の張本人であり、党首職を辞任したばかりのシュトラーヒェ氏が欧州議会議員となることに党内からも強い反対が出てきた。

 党内でシュトラーヒェ氏に批判的なオーバーエスターライヒ州の自由党のマンフレッド・ハイムブフナー党首が、「シュトラーヒェ氏が欧州議会議員になるのならば、自由党から離党すべきだ」と主張。それに対し、ウィーン市とニーダーエスターライヒ州の自由党はシュトラーヒェ氏を支援。ウィーン自由党はシュトラーヒェ氏にウィーン市自由党の党首ポストを提供する用意がある、といった具合だ。

 ちなみに、同党はイェルク・ハイダー党首時代の2005年4月、分裂し、多くはハイダー主導の自由党から袂を分かった。右派傾向を強めるハイダー党首は自ら自由党を離党して「未来同盟」を結成した経緯がある。

 自由党の分裂を回避するためにホーファー党首はシュトラーヒェ氏と会合し、同氏が欧州議会議員のポストを取るならば、イビザ島スキャンダル事件の全容解明まで自由党から離党することで双方が一致したという。

 ところが、シュトラーヒェ氏が1980、90年代の若い時分、ドイツのネオ・ナチグループと深い関係だったことを証明する写真と絵葉書が見つかったとファルター紙が4日、報じたのだ。誰が写真と絵葉書をメディアにリークしたか。当方の推測だが、自由党内の反シュトラーヒェ派だろう。ネオ・ナチとの関係が切れなく、スキャンダラスな言動が多いシュトラーヒェ氏を自由党から追放することで、政権担当可能な右派政党に党を刷新したいオーバーエスターライヒ州のハイムブフナー党首らの画策ではないか。

 シュトラーヒェ氏は自身のフェイスブックで、「写真はネオナチとは全く関係ない」と否定する一方、欧州議会議員となるか否かについては、「まだ何も決定していない」と述べている。

 オーストリアで3日、前倒し国民議会選(下院、定数183)の実施と新政権発足までのブリギッテ・ビアライン暫定政権がスタートしたばかりだ。

 複数の世論調査によると、クルツ前首相が率いる中道右派「国民党」が38%の支持を得てトップを独走、社民党は23%、自由党は17%となっている。クルツ国民党は単独で議会の過半数獲得は難しく、選挙後は連立パートナー探しで苦戦することが予想される。

クルツ氏の政権カムバックは確実?

 オーストリア国民議会(下院、定数183)で27日午後(現地時間)、クルツ暫定政権への不信任案が賛成多数で可決された。内閣不信任案が可決されたのは同国議会では戦後初めて。不信任案は最大野党、社会民主党が提出し、クルツ政権の連立パートナーだった極右自由党と野党「イエッツト」が支持したことで、可決された。

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▲政権カムバックを狙うクルツ氏(オーストリア国民党公式サイトから)

 中道右派「国民党」(党首・クルツ首相)と極右自由党(党首シュトラーヒェ副首相)から成るクルツ連立政権は2017年12月発足したが、シュトラーヒェ副首相の“イビザ島スキャンダル”が今月17日に発覚し、同氏は翌日(18日)、副首相と党首を辞任。その直後、クルツ首相は、自由党との連立を解消して、9月に早期総選挙の実施を表明、それまで自由党が占めていた閣僚ポストを専門家に委ねる暫定政権を発足させたばかりだ。暫定政権は1週間余りの超短命政権となった。

 暫定政権が倒れたことで、バン・デア・ベレン大統領が9月の選挙まで新たな暫定首相を任命し、暫定政権を発足させることになる。暫定政権の首相には、.ーストリアの国籍保有者、■隠減舒幣紂↓6カ月前まで刑務所に拘留されていなかった者、の3つの条件に該当する国民ならば首相に就任する資格があるという。現地のメディアによれば、政権不在の空白を長引かさないために、ここ数日内にバン・デア・ベレン大統領は暫定首相を任命し、暫定政権の組閣を要請することになるという。28日の欧州連合(EU)首脳会談にはレ―ガ―財務相をブリュッセルに派遣する。

 クルツ政権崩壊の契機となったイビザ島事件とは、自由党党首のシュトラーヒェ副首相が2017年7月、イビザ島で自称「ロシア新興財閥(オリガルヒ)の姪」という女性と会合し、そこで党献金と引き換えに公共事業の受注を与えると約束する一方、オーストリア最大日刊紙クローネンの買収を持ち掛け、国内世論の操作を唆すなど「ウォッカの影響」もあって暴言を連発。その現場を撮影したビデオを独週刊誌シュピーゲルと南ドイツ新聞が17日午後6時、報じたことから、オーストリア政界に激震が走ったわけだ(「政治の世界は一寸先は闇だ」2019年5月23日参考)。

 社民党のレンディワーグナー党首は、「クルツ首相は過去2年間で2度、政権を潰してきた。オーストリアの政変の責任はクルツ首相にある」と主張、クルツ首相への不信任案を考えていたが、自由党との協議でクルツ暫定政権への不信任案を提出することになった経緯がある。

 一方、連立政権から離脱した自由党のキックル前内相は、「イビザ島の不祥事の責任を取って副首相である党首が辞任したにもかかわらず、クルツ首相は連立政権を崩壊させ、政権を完全に自分の意向で運営するために画策してきた」と批判し、「2年前に撮影されたビデオがなぜここにきてメディアに流れたのか、誰がビデオ撮影を指示し、誰が費用を支払ったかの全容を解明する」と主張している。

 複数のメディア情報によると、ウィーンの弁護士事務所が事件に関与。同事務所がドイツのミュンヘンの探偵事務所にイビザ島でのビデオ撮影やおとりのロシア人女性(実際はラトビア人女性)を手配したという。おとり工作には国民党の牙城、ニーダーエステライヒ州国民党関係者とオーストリアの情報機関「連邦憲法擁護・テロ対策局」(BVT)が関与していた疑いが濃厚という。狙いは、極右党の自由党をスキャンダルでクルツ政権から追放することにあったという。ウィーンの弁護士はミュンヘンの探偵事務所に話を持ち込んだことまでは認めているが、誰がおとり工作を依頼し、資金を出したかは明らかにしていない。

 国民的人気の高い32歳のクルツ氏は9月の総選挙で国民党を第1党にし、政権にカムバックする可能性は高いが、イビザ島事件の解明プロセスで国民党関係者の関与が明らかになれば、クルツ党首も無傷では済まなくなる。ちなみに、26日に実施された欧州議会選ではクルツ国民党は同党史上最高の得票率(約35・4%)を得て、第1党となったばかりだ。

丸山穂高議員とシュトラーヒェ氏

 日本維新の会の丸山穂高衆議院議員(大阪19区)が今月、北方領土の国後島ビザなし訪問時に、「北方領土を戦争で取り返すことに賛成か反対か」という問いを発し、戦争を煽る発言だということで批判が沸き上がり、同議員は維新の会から除名処分を受けたというニュースを知った。その後も様々な批判と意見が飛び出しているが、本人は議員を止める考えはないという。

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▲丸山穂高議員(2017年1月27日、衆院予算委員会)

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▲シュトラーヒェ自由党前党首(副首相と自由党党首のポストの辞任を表明するシュトラーヒェ氏=オーストリア国営放送から、2019年5月18日)

 ところで、オーストリアでは極右政党「自由党」のシュトラーヒェ党首が、イビザ島での暴言ビデオが流れ、クルツ政権下の副首相と自由党党首のポストを失ったばかりだが、「そういえば日本の丸山穂高議員とシュトラーヒェ氏は似ているな」と気が付いた。そこで、丸山氏の不祥事について報じたブログをもう一度読み直したら、両議員は確かに似ている。国民によって選出された国会議員という立場だけではない。両議員は酒で躓いた、ということに気が付いた。

 当方は酒を飲まないので、飲まない人間が飲む人間の不祥事についてあれこれ言っても意味がないし、観念的な話となるのが落ちだが、なぜ人は酒を飲みすぎると暴言を吐くのか、当方には非常に関心があるテーマだ。

 シュトラーヒェ氏が暴言を吐いた現場のビデオがメディアに流れ、引責で副首相と党首のポストから辞任したが、その時、「格好よく見せたいというティーンエイジャー気取りもあり、ウォッカの影響も手伝って暴言を吐いてしまった」と述べている。すなわち、ウォッカを飲みすぎて普段なら言わないような内容を語ってしまった、「バカであり、無責任だった」と謝罪している。

 丸山氏の知人の1人、作家の宇佐美典也氏のブログ(5月16日)を読んで、丸山氏はアルコール依存症だと知った。それでは、戦争で奪われた北方領土を奪い返すという考えはアルコール飲酒がなした仕業だろうか。聡明な知性の持ち主がなぜ酒を飲みすぎ、時には不祥事や暴言を吐くのか。それとも暴言が先で、酒はその言い訳に過ぎないのだろうか。

 神脳神経学者の説明によると、「酒による不祥事、暴言は知性水準にはあまり関係なく、酒を飲むと脳神経の防御メカニズムがマヒし、検閲メカニズムが停止するため、普段抑えられてきた内容や考えが飛び出しやすくなる」という。社会は共同体だから、人は自分の本姓を知性でコントロールし、検閲し、制御しながら生きていかざるを得ない、という説明は一理ある。その社会の規則を破った丸山氏とシュトラーヒェ氏は当然制裁を受けなければならなかったわけだ。

 シュトラーヒェ氏も丸山氏も国会議員を務める聡明な人間だと思うが、「酒が知性を眠らせ、本来の自分の世界が目覚め、暴言を吐いたり、不祥事が起きるのだ。検閲メカニズムをスルーした、その人間の偽りのない姿、考えが出ただけだ」といわれれば、多分そうかもしれない。しかし、それでは“偽りのない自分”を発揮するのを`助ける酒を批判できなくなる。

 オーストリアはローマ・カトリック教国だ。そのオーストリアでイビザ島事件が起き、暴言を吐いたシュトラーヒェ氏らは政権から追放されたが、バチカン・ニュースはシュトラーヒェ氏の言動を厳しく批判している。「政治家になる以上、そのパーソナリテイが成熟していなければならない」と説教するドイツの司教のコメントが掲載されていた。それではパーソナリテイが成熟している聖職者がなぜ未成年者への性的虐待を犯すのか、なぜ教会はそれを防止せず、隠ぺいしてきたのか。聖職者は通常、アルコール類を飲まないが、性犯罪を犯し、時には失言するとすれば、シュトラーヒェ氏や丸山議員以上に“質が悪い”といわざるを得なくなる。

 オーストリアの野党議員ピルツ氏は女性に対するハラスメント問題で一時議員を辞職した。その時、「会合で酒を飲みすぎたからだ」と弁明していた。酒を飲みすぎて女性に性的ハラスメントを犯したというのだから、ある意味で一貫性がある。全て酒がなした業だからだ。例外は酒を飲まなくても性犯罪に走る聖職者だ。だから、フランシスコ法王が声を大にして聖職者の性犯罪対策を叫んだとしても難しいわけだ。酒が原因ならば、酒を飲まなければいいだけだ。聖職者の場合、問題は酒ではないからだ。

 シュトラーヒェ氏と丸山氏の問題に戻る。酒を飲みすぎると、聡明な知性も働かなくなり、本音が飛び出したり、暴言が出てくる。ここで少し考えたいことは、丸山議員の発言内容だ。ロシアのクリミア半島の併合を目撃したきた我々は国際世界がパワーによって動かされている現実を見てきた。丸山氏はその国際社会の現実を表現したわけだ。丸山議員の発言内容はフェイク情報や虚言ではない。だから、丸山議員の発言内容を問題視することは間違っている。正しい内容を発言したゆえに、制裁を受けるという状況に陥ってしまうからだ。問題はその発言内容をしらふの状況で誰にも誤解されないように語らなかった点だろう。多数の人々の前で演説する国会議員ならばその場の空気を読む訓練が不可欠だ。

 シュトラーヒェ氏の場合、党献金と公共事業の受注優先やメディア操作といった話はかなりきわどい内容だが、忘れてならない点はシュトラーヒェ氏は当時、野党指導者に過ぎず、言いたい放題の発言をして人気のあった政治家だ。本人も言っていたが、自分の傍に美人のロシア人女性が座っていたこともあって、その口は一層滑らかになっただけだ。すなわち、政治権限もない野党指導者がウォッカの助けもあって、日ごろ見聞きしてきた内容をロシア人女性の前で披露しただけだ。それがビデオに撮影されたことは、シュトラーヒェ氏にとって不幸だったが、政治生命を失うほどの蛮行だったか否かは判断が難しい。

 明確な点は、オーストリアの政界では過去、社民党政権が党献金と引き換えに公共事業の受注を優先してきたことはあったことだ。また、メディアを買収して情報操作をしている政治家は隣国ハンガリーのオルバン政権を思い出すだけで十分だろう。すなわち、シュトラーヒェ氏は現実の政治の政界で繰り広げられている状況を説明しただけだ。ただし、その現実の政治を描写したことで、多くの若い世代に政治不信を一層駆り立てたことは間違いないだろう。シュトラーヒェ氏が受けるべき批判はその点にある。まだもらってもない党献金話や、権限もない野党指導者の公共事業の受注話は単なる寝言に過ぎない。

 丸山議員もシュトラーヒェ党首もその発言内容が問題というより、むしろ現実の政治情勢を語った発言で制裁を受けているわけだ。その発言内容を吟味し、ファクトチェックをすれば、批判する側が守勢に回されるかもしれない。そして批判する側とは脳神経の検閲メカニズムが機能している人々、社会を意味する。検閲をスルーして飛び出す考え、アイデアをできるだけ抑制しようとする側だ。

 それでは、酒を飲んでその制御メカニズムを壊し、本来の自分の世界を取り戻すことは問題ではない、という理屈にもなる。そうではない。酒の手助けで飛び出す、偽りのない自分、本音はやはり本当の自分ではないことが多いのだ。“偽りのない自分”というのが曲者だ。酒で飛び出す“偽りのない自分”はまた別の妄想であり、本当の自分はその妄想に押しつぶされているケースが多いのではないか。不幸なことだが、われわれの天性の自分は2重、3重のバリアで取り囲まれているからだ。

政治の世界は一寸先は闇だ

 知人が12日間の旅行から帰国してウィーンに戻ってきた。彼は知らなかったのだ。「何を」というとオーストリアのクルツ連立政権が崩壊したことをだ。東京に出発した日まではクルツ政権が倒れるなどと考えた国民もウィーン在住の外国人もいなかったはずだ。クルツ首相とシュトラーヒェ副首相が記者会見で、「わが国で初めての本格的な税改革」と誇りながら発表した時の記者会見を思い出すならば、当然だろう。中道右派の国民党と極右政党自由党の連立政権は政権発足以来、小さな不祥事はあったが、先ずは合格点がとれるものだったからだ。

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▲バン・デア・ベレン大統領と記者会見に臨むクルツ首相、オーストリア連邦大統領府で、2019年5月21日(オーストリア連邦首相府公式サイトから)

 それが17日午後6時(現地時間)を期して激変した。自由党党首のシュトラーヒェ副首相が2017年7月、イビザ島で自称ロシア新興財閥(オリガルヒ)の姪という女性と会合し、そこで党献金と引き換えに公共事業の受注を与えると約束する一方、オーストリア最大日刊紙クローネンの買収を持ち掛け、国内世論の操作を持ち掛けるなど「ウォッカの影響」もあって暴言を連発し、その現場を7台のミニカメラが撮影していたのだ。それを独週刊誌シュピーゲルと南ドイツ新聞が17日午後6時、報じたことから、オーストリア政界に激震が走ったわけだ。

 知人にイビザ島事件の経緯をかいつまんで説明すると、彼は青天の霹靂といったような表情をして当方を見つめた。知人は8日午後、羽田に向かい、20日の直行便でウイーンに戻ってきた。その不在12日間でオーストリアの政界は変わったからだ。

 簡単に「その後」の流れをまとめる。国民党と自由党のクルツ連立政権は18日に解消し、9月に前倒しの国民議会選挙が実施されることになった。クルツ政権は発足1年5カ月で終止符を打つことになった。シュトラーヒェ副首相は党首と副首相を辞任し、21日にはキックル内相が罷免されたのを皮切りに、自由党閣僚全員が辞任に追い込まれた(自由党推薦のクナイスル外相は留任意向)。バン・デア・ベレン大統領は同日、クルツ首相に9月の選挙までの選挙準備暫定政権の組閣を要請。それを受け、クルツ首相は自由党閣僚の後継者に専門家を選出し、暫定政権の閣僚リストを提出する。

 そして27日、国民議会で緊急会議が開催され、クルツ暫定政権の信任を問う。現地のメディアによれば、野党ではリベラルな政党「ネオス」が反対しているだけで、最大野党の社会民主党、イエッツトは不信任案を支持する可能性が高い。野党となった自由党が不信任案を支持すれば、議会の過半数を獲得し、クルツ暫定政権は辞任に追い込まれる。そうなれば、新たな政権を組む必要が出てくる。

 社民党はクルツ首相を辞任に追い込む方が選挙戦に有利と判断するだろうし、自由党もキックル内相が辞任すれば、連立政権を維持するという約束を反故にしたクルツ首相への反感が強いため、両党とも不信任案を支持する可能性が現時点では高い。

 上記のシナリオで不確定な要因は26日に実施される欧州議会選の結果だ。クルツ首相が率いる国民党が1党で勝利するか、社民党が巻き返すかで27日のクルツ暫定政権への不信任案の行方も変わる。イビザ島事件の引責で政権を追われた自由党がどれだけ得票率を失うかも注目される。

 クルツ首相の国民党が欧州議会選で勝利するようなことがあれば、27日の議会で不信任案が社民党と自由党の支持で採択される可能性が一層出てくる。クルツ首相は首相ポストを維持しながら選挙戦に入れば、現役ボーナスで有権者にアピールする機会が増える。換言すれば、メディアに出る機会が多くなる。それを避けるために、社民党と自由党の2大野党は不信任案支持に回ることが予想されるわけだ。

 当方は上記のようなコラムを書くとは考えてもいなかった。文字通り、政治の世界は一寸先は闇だ。30歳で政権を掌握したクルツ首相は欧州政界の人気者だ。そのクルツ首相が今、そのポストを失う危機に瀕している。20日にはオーストリア人でF1レーサーの元王者で実業家だった二キ・ラウダ―氏が(70)が亡くなったというニュースが流れた。国民はスポーツ界の英雄を失い、政界の若きホープも想像だにしなかった困難に直面している。17日以後、アルプスの小国オーストリアの国の運勢が大きく揺れ出したのだ。
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