ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

中東

「イラン核合意」が停止する日

 2019年上半期が過ぎ、下半期が始まった。過去6カ月の間に国際情勢も大きく変わってきた。当方が住む欧州では英国の欧州連合(EU)離脱は様々な紆余曲折があったが、今年10月末には一応完了し、「英国なきEU」時代の到来が始まる。ブリュッセルにとって英国との離脱交渉(ブレグジット)以上に「その後」のEUの結束のほうが深刻かもしれない。

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▲合意した「行動計画表」を示す国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長とイランのサレヒ原子力庁長官(2015年7月14日、IAEA提供)

 ところで、今月早々にはイラン核合意の行方が明らかになるはずだ。イランは核合意に基づく経済制裁の解除などの約束が実行されていないとして、核合意の一部停止を表明。その一段階目として低濃縮ウラン貯蔵量の上限300キロを超え、そして2段階目として7日以降にはウラン濃縮度をこれまでの3・67%から20%に引き上げる考えだからだ。

 イラン側がこの2段階を実行すれば、13年間の協議で合意した核合意、包括的共同行動計画(JCPOA)は破棄されたことになる。イラン政府は先月30日、「このままで事態が打開されない限り、核合意の一部停止を実施する」と改めて表明している。

 外交の成果と評価されてきたイランの核合意の崩壊は単にイランに核開発再開の道を開くだけではなく、サウジアラビアなどの中東地域で核開発ドミノ現象を誘発するかもしれない。すなわち、中東地域の治安状況が一気に悪化する。ホルムズ海峡を通過する国際原油運送ルートで紛争が勃発すれば、世界の原油市場の価格に大きな影響を与える。イランを含む中東地域から原油供給を依存している日本はその影響をもろに受ける危険性が出てくる。

 その最悪のシナリオを回避するためにイラン核合意に関与した英仏独ロ中にイランを加えた6カ国の次官級会議が先月28日、ウィーンで開催され、対策を協議したばかりだ。イランの要求の一つ、原油輸出の推進など経済活動の促進問題では次回の閣僚級会合で煮詰めることになったが、イランの要求を満たすほどの成果を上げることは厳しいというのが関係国の予測だ。中国は今後ともイランからの原油輸入を継続すると表明。欧州3国も共同事業団を創設してイランと貿易をする西側企業へのマイナスを軽減する対策をとってきたが、米国側からの経済圧力に抗することは難しい。

 全ては、トランプ大統領が昨年5月、「イラン核合意は不十分であり、イランの核開発を阻止できない上、テヘランは国際テロを支援している」として、核合意から離脱を宣言、同時に対イラン制裁を再開してから始まった。そして核合意離脱宣言1年目の今年5月、空母とB52爆撃機をイラン周辺に配置し、1500人の兵士を追加派遣し、イランを含む中東周辺の事態が急速に険悪化してきたばかりだ。イランの精鋭部隊「革命防衛隊」はホルムズ海峡での国際タンカーの通過ボイコットを警告している。実際、先月13日、中東のホルムズ海峡に近いオマーン湾で国際タンカー2隻が爆発や火災を起こしている。米国はイラン側の仕業と見ている。

 それでは、米国とイランの正面衝突はもはや回避できないか、と言ったらそうとも言えない。米国はイランとの武力衝突には慎重だ。単にイランとの戦いではなく、シリア、レバノン、イエメンには親イラン武装勢力がいる。米軍がイランと衝突すれば、それらの国から米軍へのゲリラ戦が始まるだけでなく、親米のイスラエルとサウジアラビアへの攻撃も始まるだろう。中東全域に戦火が広がるわけだ。トランプ大統領は先月20日、イランが米国の無人機を撃墜したことへの報復として、イランへの部分的攻撃を承認したが、その「10分後」、承認を撤回している。対イラン戦争が如何に危険であるか米軍関係者は知っている。

 トランプ大統領には再選が控えている。対イラン戦争が始まれば、再選への影響を考えなければならない。米軍に多くの犠牲が出た場合、米国内でトランプ批判が高まることは必至だ。一方、イスラエルでも総選挙のやり直しが行われる。同国で新政権が発足するのは11月前後とみられる。その政情不安定な期間にイランとの武力衝突は回避したいだろう。

 イラン側も米・イスラエルの政情をよく知っているから、本格的な米国との武力衝突はここしばらくは回避できるという計算が働いているはずだ。イランのザリフ外相 は米国との対話を拒否する姿勢を強調する一方、「米国が相手を対等の対話パートナーとして尊敬を払い、理性的に対話するのならば応じる」と柔軟な姿勢をも見せてきている。

 問題は、一発の銃声が事態を急変させることだ。イラン革命防衛隊がイスラエル軍や米軍にミサイルを発射させた場合、米国もイスラエルも黙認するわけにはいかないから、報復攻撃に乗り出すだろう。そうなれば、戦闘は急速に拡大し、ストップをかけることができなくなる。

 繰返すが、米国とイラン両国が戦闘準備完了した後、戦争を始めるというシナリオより、突破的な武力衝突が中東全域を巻き込む戦争に発展する危険性の方が現実的だ。それだけに、イランと米国両国の指導者は慎重な対応が求められる。

パレスチナ人との「平和」は買えない

 中東バーレーンの首都マナマで25日から2日間の日程で米政府主導の「パレスチナ経済会合」が開催された。同会合はトランプ大統領の娘婿、クシュナー大統領上級顧問がオーガナイズしたもので、会合は「平和から繁栄へ」(Peace to Prosperity)と題され、各国政府、企業家らが集まり、「パレスチナの人々と地域のための発展的な未来への野心的で、達成可能なビジョンと枠組みについて話し合う」という。具体的には、米政府が提案したパレスチナ経済支援案(総額500億ドル)を関係国と協議することだ。

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▲ウィーン国連で掲揚されたパレスチナ国旗(2015年10月12日、ウィーンの国連広場で撮影)

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▲踊りだしたパレスチナの人々(2012年11月29日、ウィーン国連内にて撮影)

 クシュナー上級顧問は、「今回の会合は世紀の機会(The deal of the century)」と強調したが、パレスチナなど中東諸国では会合の信頼性に疑問を呈する声が強い。パレスチナ自治政府は同会合をボイコットした。レバノンとイラク両国もパレスチナと共同歩調を取り、会合には欠席。ヨルダンとエジプト両国は代表団のランクを落として派遣した。

 トランプ大統領は政権発足からイスラエル支持を明確にし、エルサレムをイスラエルの首都とみなし、米大使館をテルアビブからエルサレムに移動し、イスラエルが1967年の第3次中東戦争で占領してきたシリアのゴラン高原をイスラエルに帰属すると認知する一方、昨年、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への拠出を停止し、パレスチナ側に経済的圧力を強めてきた(ニューヨークの国連本部で25日、UNRWA支援会合が開催され、計1億1000万ドル=約118億円以上の支援が表明されたという)。

 パレスチナ自治区の経済状況は厳しい。ここ数年は経済成長率はゼロ、失業者は住民の3人に1人、特に、青少年層では3人に2人ともいわれる。国際社会からの経済支援が急務な状況だ。ヨルダン川西岸、ガザ地区は難民であふれ、ガザ地区ではイスラム根本主義組織ハマスが実効支配し、経済は事実上崩壊している。

 そこでトランプ政権は総額500億ドルのパレスチナ経済支援計画を公表し、サウジアラビア、湾岸諸国から支援拠出を期待しているわけだ。問題は、米国主導のパレスチナ経済支援会合がパレスチナ側から歓迎されていないことだ。

 パレスチナ事情通は、「トランプ政権の中東和平案の基本トーンは平和も買収できるというものだ。換言すれば、トランプ流の中東和平案はパレスチナ民族の歴史を無視し、金をちらつかせてパレスチナ人の心をつかもうとしている」と受け取っている。現地からの外電によると、パレスチナ自治区の各地で経済支援会合に反対するデモが行われた。

 イスラエルに長く住んでいた故郷から追放され、難民となったパレスチナ人にはイスラエル民族への憎悪や恨みが山積している。クシュナー上級顧問は、「イスラエルとの和平交渉に同意するならば、さらなる繁栄が約束されている」と述べている。トランプ米政権はパレスチナ民族の帰還の権利すらドルをちらつかせて買収しようとしていると受け取られ、多くのパレスチナ人の反発を買っているわけだ

 今回の会合は経済支援がテーマだった。イスラエルとパレスチナの共存問題など「政治会合」は、イスラエルで選挙後の新政権が発足してから開催されることになっているが、ネタニヤフ右派政権が政権を維持できなければ、クシュナー氏の中東和平案の行方は分からなくなる。

 パレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長は、「パレスチナは経済支援、資金が必要だが、その前にイスラエルと政治的解決を実現しなければならない」と述べている。

 ちなみに、米国のイラン政策にも同じ傾向がみられる。トランプ大統領は24日、イランに対し強硬な追加経済制裁を科すと発表し、同国の最高指導者アリ・ハメネイ師も制裁対象とした。それに対し、イランのジャヴァド・ザリフ外相はツイッターで、「米国は外交を軽蔑している」と批判している。イランに対し「我々の要求を受け入れれば、イランの経済は発展する」というトランプ流の言い回しはペルシャ民族のプライドを傷つけている。

 イスラエル国内でも米主導の経済支援会合に批判的な声が出ているという。米国の善意から出た政策だとしても、その受け手のパレスチナ人には「我々を買収する政策」と受け取られている。米国は経済支援をしながら、嫌われるという損な役割を演じているわけだ。

 イエスは、「人はパンのみに生きるのではない。神の口からでる一つ一つの言葉で生きる」(「マタイによる福音書」4章4節)と答え、サタンの誘惑を退けている。トランプ家代々の聖書の上に手を置いて大統領の宣誓式に臨んだトランプ氏が新約聖書の有名な聖句を知らないはずがないだろう。パレスチナのガザ地区を管理する「ハマス」など一部のテロ武装勢力に対しては厳しく対応しなければならないが、大多数のパレスチナ人はイスラエル人との共存には全く問題がない。米主導のパレスチナ政治会合の開催までにはまだ時間がある。米政権は経済支援を進める一方、パレスチナ民族との意思疎通をもっと大切にすべきだろう。多くのパレスチナ人にとって経済支援も急務だが、それ以上に、同じ「アブラハムを信仰の祖」とするイスラエル人との共存共栄の道を開くことではないか。

 アラブ諸国ではパレスチナ人問題はこれまで最優先課題と受け取られ、パレスチナ問題ではコンセンサスがあったが、アラブの春後、イスラエルとの経済関係を重視するアラブ諸国も出てきた。パレスチナ人は昔のようにアラブから全面の支持を期待できなくなってきている。換言すれば、パレスチナ人は過去を克服してイスラエルとの未来志向関係を構築していかなければならない時を迎えてきているわけだ。その意味から、クシュナー氏の「世紀の機会」という表現は間違ってはいない。

「ビビ王」のイスラエル王国の行方

 イスラエル議会(クネセト)選挙の投開票が9日実施された。現地からの情報によれば、ネタニヤフ首相が率いる与党右派「リクード」とガンツ元軍参謀総長の中道政党連合「青と白」が熾烈なトップ争いを展開し、集計がほぼ終了した段階で両党とも定数120議席中、35議席を獲得した。安定政権を樹立するためには61議席が必要だが、リクードを中心とした右派政党の連立政権発足が有利とみられている。そのため、ネタニヤフ首相は10日未明、テルアビブのリクード集会で勝利宣言をしている。リクードは占領地ヨルダン川西岸の入植者らが結集している極右派の「統一右派」などとの連立を視野に入れている。

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▲ドキュメンタリーフィルム「キング・ビビ」のポスター

 ネタニヤフ首相は1996年から99年、そして2009年から現在まで10年間、通算13年間、政権を維持している。次期政権(任期4年)が発足できれば、文字通りイスラエル最長政権となる。

 ネタニヤフ首相主導の右派政権の継続が濃厚となったので、独週刊誌シュピーゲル(3月9日号)が掲載した同首相の人物像を報告する。タイトルは「国王の頭の中で」(Im Kopf des Koenigs)だ。シュピーゲル記者はネタニヤフ首相を「インターネット時代が生み出した最初の大衆迎合政治家」と呼び、首相は自身の歩みを英雄物語のように演出してきたという。

 イスラエルの映画監督ダン・シャドゥア(Dan Shadur)氏がネタニヤフ首相の歩みを「King Bibi」というタイトルでドキュメンタリー映画を製作した。映画は同国の民間放送で既に放映され、選挙戦中ということもあって大きな反響をもたらした。ネタニヤフ首相は汚職と腐敗の容疑を受け、検察当局から捜査の手が伸びてきているが、国民ばかりか政敵からも「Bibi」という愛称で呼ばれてきた。

 ネタニヤフ首相はイスラエル建国後に生まれて政権を担当した最初の首相だ。そのカリスマ性とポピュリズムは国民を惹きつけてきた。1950、60年代のイスラエルの政界では左翼が支配していたこともあって、急進的な思考の持ち主だった父親ベンシオンのネタニヤフ家は米国に移住し、そこで3人の息子を育てた。米国の大学で教鞭をとっていた父親は次男のベンヤミンを見るたびに、「息子Benのヘブライ語は英語のようには流ちょうでなく、アクセントがある」と不満を吐露していたという。それでも英語を流ちょうに話すネタニヤフ首相は世俗派のユダヤ人だけではなく、伝統的なオーソドックスのユダヤ人社会でも人気があった。兄のヨナタンはイスラエルのエリート部隊に所属し、1976年のエンテべ空港奇襲作戦に参加し、そこで戦死したことはベンヤミンのその後の生き方に大きな影響を与えたといわれている。


 ダン・シャドゥア監督によれば、ネタニヤフ首相は、祖国の未来を含め全ての出来事は自身のドラマの題材と受け取っているという。彼は左翼、テロリスト、ジャーナリストから常に狙われ、批判されている一方、「自分だけがイスラエルを砂漠から導くことができる唯一の指導者だ」という思いが強いという。フィルムの中で「あなたは孤独ではないか」と聞かれた時、ネタニヤフ首相は「20世紀の偉大な指導者の中で孤独でなかった者はいない」と答えている。ひょっとしたら、ネタニヤフ首相は自身を60万人のイスラエル民族をエジプトから神の福地カナンへと導いたモーセのように受け取っているのかもしれない。

 トランプ米大統領が就任して以来、オバマ政権時代に疎遠となっていた米・イスラエル関係は急速に接近してきた。トランプ氏はエルサレムを首都とし、テルアビブから米国大使館を移転する一方、イスラエルの懸念を受け入れ、13年間の外交交渉で締結されたイランの核合意から脱退を表明。それだけではない。イスラエル議会選挙中にネタニヤフ首相を支援する狙いもあって、イスラエルが1967年の第3次中東戦争で占領したゴラン高原のイスラエル主権を認知する宣言に署名したばかりだ。トランプ大統領から全面支援を受けるネタニヤフ首相が敗北した場合、イスラエルの行方に懸念が出てくるといった声すら有権者から聞かれたほどだ。

 ネタニヤフ首相(69)とトランプ大統領(72)は共に3度結婚している。前者はモスクワを訪問してプーチン大統領と会談し、トランプ氏はハノイで北朝鮮の指導者・金正恩氏と会談。帰国すれば、両者は国内のメディアから批判にさらされるなど、両者には酷似している世界が少なくない。

 エルサレムでネタニヤフ首相はトランプ大統領の家族を招いて交流しているが、「まるでネタニヤフ・トランプ両家の集い」(シュピーゲル誌)のような雰囲気があったという。両者は家族ぐるみの付き合いをしている。ちなみに、米国居住のリベラルなユダヤ人はネタニヤフ首相が大好きだが、首相がトランプ大統領と親密な関係であることには不満があるという。

 ネタニヤフ首相はマサチューセッツ工科大学(MIT)でメディアのコンピューター化に関するマスター論文を書いている。彼は早い時期からインターネットを政治に利用してきた。彼はその点でイスラエルの政界の中で最も先見の明があったといわれている。

 シャドゥア監督は、「ネタニヤフには敵が必要だ。明らかなことは彼が首相になって以来、イスラエルが戦争に巻き込まれる回数は他の政権時代より、少なくなったことだ。彼は実際の戦争を避けるために戦闘的なレトリックを駆使する。ネタニヤフ政権のこれまでの実績は、イスラエルを経済的に豊かにし、安全にしたことだ」と評価している。

 イスラエル史を振り返ると、サウル、ダビデ、ソロモンの3王の統一王国時代があった。イスラエルが栄えた時代だったが、その後、南北に分かれた王国は消滅し、民族は放浪の民となる。「キング・ビビ」と呼ばれるネタニヤフ首相は次期政権を発足し、さらに繁栄したイスラエルの国家建設を成し遂げるだろうか。それとも、ソロモン王後のイスラエルの歴史のように、苦難の道を行くだろうか。ビビ王(ネタニヤフ首相)の前にはパレスチナ民族との和平共存という未解決の課題が控えている。

イラン革命から「40年」の成熟度は

 イランのイスラム革命が発生して今月11日で40年を迎えた。イランのイスラム教(シーア派)最高指導者ホメイニ師が亡命先のパリからテヘランに帰国し、パーレビ王政を追放した通称イラン革命は親欧米国家をイスラム教の最高指導者を頂点とする共和制に代えた。イスラム文化では「40」という年数は「成熟」を意味するという。そこで過去40年間のイランの成熟度を考えてみた。

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▲テヘランのアザディ広場でイラン革命40周年の記念演説をするロウハニ大統領(2019年2月11日、イラン大統領府公式サイトから)

 イランの国際的評価は芳しくはない。トランプ米大統領にとってイランはイスラム教テロを支援する「テロ国家」であり、イスラエルにとってはイランは最大の脅威だ。シリアのアサド政権を内戦勃発当初から軍事的に支援し、レバノンではヒスボラ(神の党)を、イエメンでは反政府武装組織「フーシ派」を軍事支援してきたことは周知の事実だ。トランプ大統領は「イランはテロを世界に拡大している」と主張している。

 イランは今月2日、射程1350キロを越える新型巡航ミサイルの実験を行い、成功させたばかりだ。同国国営テレビによると、アミール・ハタミ国防軍需相は「今回、実験が行われたホベイゼ巡航ミサイルは1200キロ先の標的に正確に命中した」と誇らしく報告している。

 ロウハニ大統領は11日、テヘランのアザディ広場の「イラン革命40年祝賀式典」で、「防衛力向上のためにミサイル開発をするのに他国の許可はいらない。わが国の軍需品の85%が自国製だ」と軍事産業を称賛している。

 ロウハニ大統領が記念式典でミサイル開発など軍事活動を奨励したのは少々異例だ。米国が核合意から離脱し、制裁を再開したことで、ロウハニ師らイラン穏健派に対して国内強硬派から激しい圧力があるという。それだけに、軍事産業の成果を称賛することで強硬派への配慮を見せたのではないか。テヘランからの情報によると、集会参加者は「米国に死を」「イスラエルに死を」と叫んだという。

 イランのイスラム革命防衛隊のジャアファリー総司令官は、「米軍がわが国を攻撃したならば、わが軍は即、イスラエルのテルアビブやハイファを木っ端微塵に打ち砕く」と警告を発している。

 ところで、イランは過去40年で軍事的には弾道ミサイル開発で一定の発展はあったことに間違いないが、国民経済はどうだろうか。30歳以下の若年者の失業率は30%にもなる。米国の対イラン制裁の影響もあって、国民の日常生活は厳しい。通貨リアルは制裁の影響で60%以上の価値を失い、国民は必要な薬を買うのも大変だ。「パーレビ王政時代の方がよかった」という声すら聞かれる。石油輸出国機構(OPEC)の加盟国であり、世界的原油生産国だが、イラン国民は経済的恩恵を受けていない。

 ちなみに、イランと米英仏中露の国連安保理常任理事国にドイツが参加したイラン核協議は2015年7月にイランがウラン濃縮活動を縮小する一方、欧米諸国は対イラン制裁を段階的に解除することで、包括的共同行動計画(JCPOA)として合意が実現したが、トランプ大統領は昨年5月8日、この核合意から離脱を表明。米国の対イラン制裁が再開されたばかりだ。

 米国を除く欧州3国(英仏独)は1月31日、イランが国際原子力機関(IAEA)との間で締結した核合意を遵守しているとして、米国の制裁によるイラン側の経済的ダメージを縮小する独自の「特別目的事業体」(SPV)を設置、米国企業と取引している欧州企業が米国からの制裁を恐れて、イラン産原油取引に手を出さないという状況を回避するために努力しているが、どれだけ効果があるかは今後の動向を見ないと判断できない。 
 イラン指導部にとって最大の懸念は、国民の過半数が30歳以下と若く、ホメイニ師といっても歴史書の中でしか知らない国民が全体の3分の2になることだ。イラン革命50周年を迎える頃にはイスラム革命を体験した世代は去り、ホメイニ師を知らない世代が社会の大多数を占めることになる。

 彼らはインターネットを通じて国際社会の状況を知っている。イラン国民はこれまで「自分たちの生活が苦しいのは米国とイスラエルのせいだ」と考えてきたが、今は「指導者の腐敗と失政のせいだ」と受け取り出してきたのだ。オーストリア代表紙プレッセが11日報じたところによると、イスラム寺院で行われる金曜礼拝に参加する国民は5%以下だという。パーレビ王政時代でも国民の半分は金曜礼拝に参加していた。

ロウハニ大統領は11日の演説の中で、「米国、イスラエル、サウジアラビアはわが国の政権を崩壊させようとしているが、国民と政府が結束すれば、その画策を打ち破ることができる」と述べたが、その国民と政府の結束は益々弱まってきているのが現実だ。

 なお、トランプ大統領はツイッターで「イラン革命40年は失敗の40年だった」と酷評している。

この一年で中東情勢は急変した

 過ぎ行く1年を振り返るには少々早すぎるかもしれないが、今年1年で世界で最も大きな変化がみられた地域は朝鮮半島とアラブ・イスラム諸国ではないだろうか。

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▲エルサレムに米大使館を移転したトランプ米大統領に感謝するネタニヤフ首相(2018年5月14日、エルサレムで、米CNNの中継から)

 オバマ前米大統領は北朝鮮に対して「戦略的忍耐」と呼ばれる無策路線をとってきたが、前大統領はアラブ諸国に対しても任期8年の間、程度の差こそあれ現状維持を優先してきた。それが動き出したのは政治にはアマチュアと就任前に中傷されたトランプ米大統領が登場してからだ。

 対北政策では今年6月12日、シンガポールで史上初の米朝首脳会談が行われた。成果は今後の進展を見守らなくては何もいえないが、オバマ政権時代には考えられなかった首脳会談が実現したという事実は大きい。一方、中東アラブに対してはトランプ大統領は5月14日、徹底したイスラエル支持路線を展開し、米大使館のテルアビブから首都エルサレムへの移転を果敢にも実行した。オバマ前政権時代はアラブとイスラエルとの等距離外交を意識するあまり、これまた一種の「戦略的沈黙」を継続してきた感があった。

 以下、ここではアラブ・イスラム教国とイスラエルの関係正常化を追ってみた。

 米大使館をエルサレムに移転するといった発想はオバマ前大統領には考えられなかったことだ。そんなことをすれば、直ぐに中東戦争が再現するのではないか、といった悪夢がオバマ氏からは離れなかったのだろう。トランプ氏は大統領選の公約を着実に実行に移し、イランの核合意も破棄し、米国がどの方向に顔を向けているかを世界に示した。

 アラブ・イスラム諸国の政情は大きく動いてきた。明確な点はイスラエルとアラブ・イスラム教国との関係が正常化の方向にあることだ。イスラエルは過去、エジプトとヨルダンなどに限られたアラブ国家としか外交関係はなかったが、“アラブの盟主”サウジがイスラエルに接近してきた。そのほか、オマーン、アラブ首長国連邦らが続いてきている。

 サウジの対イスラエル政策が急変した背景にはシーア派の大国イランとの対立がある。シリアやイラク、そしてイエメンでのイランの軍事活動を警戒するサウジは、イランと対立しているイスラエルに接近することで、イラン包囲網を構築する選択肢を取ってきた。もちろん、サウジのイスラエル接近の背後にはトランプ大統領の存在がある。米国の支持を受けるイスラエルと関係を強化することで、サウジは対イラン政策を効果的に実施できるようになったわけだ。サウジのムハンマド皇太子は今春、イスラエルの生存権を認める発言をしている。一方、イスラエルはサウジ王室を揺り動かしている「カショギ氏暗殺事件」に対して、サウジ批判を控えている、といった具合だ。

 イスラエルとアラブ・イスラム教諸国との接触はパレスチナ和平に変化をもたらしてきている。アラブ諸国にとって、パレスチナ問題は汎アラブの最優先課題と受け取られ、アラブ諸国はパレスチナを資金的にも支援してきたが、ここにきてその関係に変化が出てきた。パレスチナ問題はアラブの緊急課題ではなくなり、それに代わってイラン問題とイスラム過激テロ問題が浮上してきたのだ。

 少し、具体的な動きをフォローする。チャドのイドリス・デビ大統領が先週、同国大統領としては初めてエルサレムを訪問した。イスラム教徒が多数を占めるチャドのデビ大統領のイスラエル訪問は、他のアフリカ諸国指導者がイスラエルを訪問する道を開くと受け取られている。デビ大統領は、「パレスチナ問題を無視する考えはないが、問題の解決まで待つことはできない」と述べ、イスラエルとの外交樹立を示唆している。ネタニヤフ首相は25日、「外交的突破であり、歴史的訪問だ」と評価したほどだ。また、オマーンのユースフ・ビン・アラウィ外相は、「イスラエルの存在は現実だ。それを受け入れて考えるべきだ」と他のアラブ諸国に訴えている。

 一方、ネタニヤフ首相は10月、オマーンを訪問し、同時期、イスラエルのミリ・レジェヴ文化相はアラブ首長国連邦を、アイユーブ・カラ通信相はドバイをそれぞれ訪問している。ネタニヤフ首相は、「今後、アラブ諸国との関係が発展する」と期待を表明するほどだ。なお、エルサレムからの情報によると、同首相の次の訪問先はバーレーンだ。
 
 サウジのムハンマド皇太子と「カショギ氏暗殺事件」、イラン「核合意」の行方、パレスチナ人の抵抗、アラブの盟主を狙うトルコのエルドアン大統領の動きなど、多くの流動的な問題が山積しているだけに、中東の近未来を確実に予測することは難しい。この1年に見られた中東の変動が恒常的な和平実現を導く土台となるのか、それとも一層のカオスを生み出す兆候か、その行方を左右するのはやはりトランプ米政権と言わざるを得ない。

「赤の商人」中国がイスラエルに接近

 「われわれは5000年の歴史を誇る。あなたがたイスラエルは3500年の歴史を持っている。それに比べると米国は200年余りの歴史しかない」

 中国のビジネスマンがイスラエルを訪問し、商談する時、必ずと言っていいほど上記のセリフを吐くという。自国を誇り、商売相手のイスラエルを称賛する一方、米国を軽蔑する時の常套セリフという。海外中国反体制派メディア「大紀元」(11月23日)が報じていた。

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▲中国の通貨紙幣「人民元」(深セン・香港の観光旅行生活情報局の公式サイトから)

 大紀元によると、中国はイスラエルにも進出し、その先端科学技術を修得しようと虎視眈々と狙っている。それを読んで「商売上手なユダヤ人が中国のビジネスマンの甘い言葉に騙されるわけがないだろう」と思ったが、中国の上海国際湾務がイスラル最大の港湾ハイファ湾の一部運営権を25年契約で締結したという。そして別の中国企業がイスラエル南部アシュドッドに新たな港の建設契約を計画しているという。

 中国の習近平国家主席が推進する「一帯一路」(One Belt, One Road)構想に積極的に参加するギリシャ政府が2016年4月、同国最大の湾岸都市ピレウスのコンテナ権益を中国の国営海運会社コスコ(中国遠洋運輸公司)に売却したように、イスラエル側も中国側が提供する巨額な商談に屈服したのだろうか。世界の金融界に君臨するユダヤ人商魂が中国企業の不透明な商談攻勢にやられたのだろうか。

 大紀元によると、世界の第2のシリコンバレーといわれるイスラエルに中国が接近し、イスラエル企業が保有している先端技術の企業機密を盗み取っているという。具体的には、医療用レーザー技術で知られるアルマレーザー社、医療技術ルメニス社、画像認識開発コルティカ社を含め、多くの技術企業の株式を取得している。中国側の対イスラエル投資総額は2016年は1615憶米ドルにもなるという。「中国のファーウェイ(華為)、レノボ(聯想)、シャオミ(小米)はイスラエルに研究開発センターを設置し、電子商取引大手アリババも大規模な投資を行っている」(大紀元)という。

 米経済誌フォーブス(電子版)は3月1日、「イスラエルのスタートアップへの中国企業の出資額は年々、上昇を遂げている」と報告し「アリババはイスラエルのデータ分析企業『SQream Technologies』に2000万ドルを出資した。また、中国のヘルスケア企業は1000万ドルの投資ファンドを組成し、イスラエルの医療関連企業への出資を行おうとしている」という。中国企業がイスラエル市場で活発な動きを見せているわけだ。

 米トランプ政権は中国の不公平な貿易取引、強制的な技術移転、知的財産盗用に対し対中経済制裁に乗り出して対抗中だ。そこで中国側は親米国のイスラエルに接近し、先端科学技術関連企業を買収し、その知的所有権を奪おうと画策しているわけだ。

 中国側の札束攻勢にイスラエル側が安易に屈服するとは思えない。2000年の亡命の歴史を経ながらも生き延びてきたユダヤ人の商魂は「赤の商人」の中国実業家にも負けない知恵と体験を持っているはずだ。

 もちろん、「商いの世界」では多くの資金を持っている側が基本的には有利だ。「赤の商人」の攻勢に対し、「ユダヤ商人」はどのように対応するだろうか、とても興味深い。

 米国ばかりか、ドイツなど欧州でも中国企業の買収や知的所有権の乱用に対し厳しい監視の目が注がれ出した。ドイツ政府は欧州連合(EU)域外の企業がドイツ企業に投資する場合、これまでは出資比率が25%に達した場合、政府が介入できる規制を実施してきたが、その出資比率を15%を超える場合に政府が介入できるように、規制を更に強化する方向で乗り出している。ズバリ、中国企業のドイツ企業買収を阻止する対策だ。イスラエル企業でも次第に中国マネーに警戒心が生まれてきている。いずれにしても、中国のイスラエル接近には目を離せられない。

ムハンマド皇太子と金正恩委員長

 突然、ひらめいたことだが、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子(33)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(35)はほぼ同世代の指導者だという点に気が付いた。歴史や文化圏はまったく異なるが、両者は予想外に似ているのだ。

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▲カショギ氏殺人事件で批判にさらされるムハンマド皇太子(ウィキぺディアか)

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▲「朝鮮半島の非核化を確認した「板門店宣言」に署名した金委員長と文大統領(南北首脳会談プレスセンター提供、2018年4月27日)

 そこで両者の酷似点を考えた。ムハンマド氏は2017年6月、父親サルマン国王から王位継承者の皇太子に昇格した。一方、金正恩氏は父・金正日総書記から帝王学を学び、父親の死後(2011年12月)、金王朝の世襲3代目の指導者に就任した。

 両者は就任後、政敵やライバルをことごとく粛清し追放していった。ムハンマド皇太子はサウジの近代化を標榜し、それに反対する王室関係者を粛清し、追放し、必要ならば牢獄に送った。金正恩氏は2013年12月、中国の支持を受けて政権転覆を図っていたとして叔父・張成沢元国防副委員長を処刑するなど、強権政治は親族関係者まで及んでいった。

 最近では、ムハンマド皇太子は10月2日、自身の改革路線を批判する反体制派ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏(59)をイスタンブールのサウジアラビア総領事館内でリヤドから派遣した特別キラー部隊によって殺害させ、遺体をバラバラにして、化学液で溶かし、残りを下水に流して処分させた。

 金正恩氏は昨年2月13日、異母兄の金正男氏(45)をマレーシアのクアランプール国際空港でキラーの2人の女性を使って毒薬が沁み込んだ布を顔にかぶせられ、殺させた。

 「カショギ氏殺人事件」も「金正男氏暗殺事件」も犯行は非常に残虐だ。両件とも実行犯は別だが、命令を出したのはムハンマド皇太子であり、金正恩氏であることはほぼ間違いない。

 トルコのエルドアン大統領が犯行時の音声録音を公表したことで、ムハンマド皇太子への追及の手が及ぶ可能性が出てきたが、サウジ検察は皇太子への関与を否定する一方、実行犯を逮捕し、死刑にすると表明している。実行犯はサウジで処刑され、口封じされるだろう。同じことが、金正男暗殺に関わった北朝鮮工作員にも言える。彼らは生きていれば、いつ真相が漏れるか分からないから、金正恩氏は口封じのために既に工作員の殺害を命じたはずだ。

 繰り返すが、両殺人事件はよく似ているのだ。ムハンマド皇太子と金正恩氏の犯行動機は、いずれも自身を批判する者の抹殺であり、殺人場所は国外、実行犯は特別部隊、最後に実行犯の処刑まで、犯行から関係者処分まで全てが互いに連絡を取りあいながら実行したのではないかと思えるほど、酷似しているのだ。

 ムハンマド皇太子も金正恩氏も本来は“新しい時代”の“新しい指導者”として登場したはずだが、その政治スタイルは旧態依然というより、一層残虐で強権政治だ。自身のためには蛮行でも躊躇することなく実行する行動派だ。新しい時代の新しい独裁者の誕生だ。

 一方、オーストリアで昨年12月、セバスティアン・クルツ氏が31歳の若さで首相に就任し、フランスでは同年5月、39歳でフランス大統領に選出されたエマニュエル・マクロン氏など、国際社会は若い政治指導者の台頭が見られた。カナダでもジャスティン・トルドー氏が2015年に首相に就任する(当時43歳)など、世界各地で若い政治家が国家のかじ取りを担ってきた。

 まとめると、混乱する21世紀を主導すべき若き政治家たちが台頭してきたが、その一方、ムハンマド皇太子、金正恩氏という新しい独裁者が既にその凶暴性を発揮してきているわけだ。

 時代が一層混乱し、方向性を失っていけば、時代を主導できる独裁者待望論が出てくるものだ。一方、世界最大の宗派、キリスト教会では「自分はメシア(救世主)だ」と宣言する自称キリストが至るどころで出てきた。時代の混乱時には独裁者と偽キリストが台頭してくるわけだ。そのような中で、正しい選択を下すのは容易ではない。現代人が直面している状況は想像以上に深刻なわけだ。

トルコのサウジ総領事館盗聴は合法?

 トルコのエルドアン大統領は10日、イスタンブールのサウジアラビア総領事館内で殺害された反体制ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏(59)の殺害状況を録音した音声録音をサウジ、米国、英国、ドイツ、フランスらと共有したことを明らかにした。そのうえで「録音を聞いた者は犯行の実行者が誰か分かるはずだ」と強調した。トルコのメディアは捜査当局から得た情報を細切れに報道してきたが、トルコ当局は音声録音の存在を正式には明らかにしてこなかった。

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▲殺害されたジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏(ウィキぺディアから)

 犯行から40日以上が過ぎたが、米国は依然、サウジに対する制裁を決めかねている。それに対し、エルドアン大統領は忍耐の限界だとばかりに犯行状況を録音した音声録音の存在を認めたうえで、サウジ側に最終通告を突きつけたというわけだ。

 米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は12日、音声録音を聞いた者の情報として、「犯行の実行者の一人はリアドに電話し『任務が完了したことを上司(ボス)に伝えてほしい』と語っていた」と報じ、ムハンマド皇太子がカショギ氏殺害を命令したことを強く示唆する記事を掲載した。

 サウジはカショギ氏殺人事件ではトルコ側の情報攻勢に守勢を余儀なくされてきた。犯行をいったんは否定したが、それが難しくなると、総領事館内での喧嘩によるアクシデントによる死、そしてイスタンブールに派遣された18人の特別団の殺人説まで認めてきたが、ムハンマド皇太子に容疑が及ぶことだけは懸命に回避してきた経緯がある。しかし、捜査網はいよいよ皇太子周辺に近づいてきた。音声録音の内容を詳細に解析する段階で皇太子の犯行が浮かび上がるのはもはや時間の問題だろう。  

 カショギ氏は総領事館に入った直後、ビニール袋を被され、窒息状況で殺された可能性が高まった。同氏の遺体はバラバラにされたうえで、化学液で溶かされ、下水に流されたというのだ。その犯行は残虐だ。

 ここで少し立ち止まって考えたい問題がある。エルドアン大統領自身が音声録音の存在を認め、それを主要関係国と共有したというが、誰がその音声を録音したのか。トルコ側が録音したと考える以外にないだろう。すなわち、トルコは自国内の外国公館内(治外法権)で盗聴装置を設置していた可能性が高まるわけだ。明らかに国際条約に違反するものの、当方が知る限りでは、サウジの犯行を厳しく糾弾する声はあるが、トルコ側の不法盗聴についてはどの国も表立っては批判していない。

 「殺人」とその殺人を暴露した「盗聴」とではどちらが不法かと聞かれれば、前者は凶悪犯罪だが、後者も不法行為と言わざるを得ない。トルコ側はここにきて初めて音声録音の存在を認めたが、なぜ事件発生直後に発表しなかったのだろうか。トルコ側は録音の内容をメディアに流すだけで、その音声録音の存在は認めてこなかった、なぜならば、盗聴を認めれば、トルコ側も不法行為をしてきたと糾弾される恐れがあったからだ。

 それではどのようにして犯行現場を音声録音したかが問題となる。考えられるやり方は、〜輓了館内に盗聴器を設置、▲好イプでリヤドと犯行現場とのやり取りを傍聴、アップル・ウォッチによる録音などが考えられる。その中で,鉢△もっとも現実的なやり方だ。トルコ当局はメディアに△鉢の可能性を示唆する情報をリークしてきたが、それは,療霙阿傍燭い向かないように意図的に流したのだろう。

 どの国でも自国と対立したり、国益で衝突している国の大使館や公館には盗聴など様々な方法で監視していると考えて間違いがない。トルコにとってサウジは中東・アラブ諸国の覇権争いをしているライバル関係だ。何らかの監視が行われたとみて間違いがないだろう。

 米国家安全保障局(NSA)はメルケル独首相の携帯電話を盗聴し、会話内容すら傍聴できる時代だ。サウジ総領事部内会話盗聴するのは困難ではない。特に、ガショギ氏の場合、トルコ側は同氏の婚約者(トルコ人)を通じてカショギ氏が何時にサウジ総領事館を訪問するかなど詳細に事前に分かっていたから、盗聴はさらに容易だ。

 国際メディアはサウジの反体制ジャーナリスト殺人事件に強い関心を注いできたが、トルコ捜査側の不法盗聴に対してはあえて無視してきた感がある。トルコ側が盗聴していなかった場合を考えれば、多分、カショギ氏の動向は分からず、行方不明ということで事件は迷宮入りしたかもしれない。トルコ側の盗聴行為の助けで殺人事件の状況が明らかになった。結果論からいえば、国際社会はトルコ側の努力に感謝しなければならないかもしれない。

 しかし、大使館や領事館など外国公館への盗聴行為に市民権を与えれば、今後様々な不祥事が生じることにもなる。サウジだけではない。他の国の大使館や公館でも今後、トルコ側の盗聴を警戒する動きが出てくるだろう。

 例を挙げる。シャーロック・ホームズが殺人容疑者と考える家に不法に侵入し、容疑者の書斎から犯行を実証する物件を見つけたとする。裁判で裁判官は必ず聞くだろう。「あなたはどこでそれを手に入れたのか」と。シーロック・ホームズは「容疑者(被告)の自宅に不法に入り、証拠物件を見つけた」とは言えない。そのような事を言えばその瞬間、証拠物件は破棄されるからだ。だから「容疑者の家を訪問した時、家の鍵はかかっていなかった。不思議に思って入ったところ、今回の物件が書斎のデスクの上にあったのを見つけた」と虚言する以外に他の選択肢はないわけだ。

 同じように、カショギ氏殺人事件に対するトルコ側の対応でも言えるかもしれない。トルコは国際社会で信頼を落とす危険性はあるが、その代価を払ったとしてもサウジに致命的なダメージを与える絶好のチャンスと考え、エルドアン大統領は今回、音声録音の存在を認め、他国と共有したわけだ。

「カショギ氏殺人事件」1カ月の総括

 サウジアラビアの反体制ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏(59)がトルコのイスタンブールのサウジ総領事部内で殺されてから、今月2日で1カ月目を迎える。殺人がサウジ関係者によるものであったことは捜査側のトルコ当局もサウジ側もほぼ一致してきたが、誰がカショギ氏の殺人を命令したかでは、まだコンセンサスはない。同氏の死体が発見されれば、犯行状況などがより判明するだろう。

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▲殺害されたサウジのジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏(ウィキぺディアから)

 ところで、カショギ氏殺人事件だから犯人捜しが最優先されるが、殺されたカショギ氏がどのような人物で、なぜ殺されたのかについてはあまり報じられていない。明らかな点はカショギ氏が亡命先の米国でムハンマド皇太子の政治を厳しく批判し、糾弾したことがサウジ側の怒りに触れたことだ。「カショギ氏はジャーナリストの道に入った当初はムハンマド皇太子のサウジ改革に期待していたが、皇太子の政治が強権と粛清であることが分かり、袂を分かった」(独週刊誌シュピーゲル)といわれる。

 カショギ氏は生前、ワシントン・ポスト紙や独週刊誌シュピーゲルにコラムを寄稿し、ムハンマド皇太子批判を繰り返してきた。そこで“アラブの盟主”サウジを震撼させたカショギ氏とはどのような政治信条を有していたのか、そのプロフィールを少し追ってみた。以下、シュピーゲル誌の情報をもとに報告する。

 カショギ氏は9月、ワシントン・ポストに「ムスリム同胞団」について言及し、「『ムスリム同胞団』が解体されれば、アラブ諸国の民主主義は終わる」と述べている。カショギ氏の政治信条は「ムスリム同胞団」に近いとみて間違いない。実際、エジプト前大統領ムハンマド・モルシーの顧問と頻繁に会っているのを目撃されている。ちなみに、カショギ氏はアラブの盟主を目指すトルコのエルドアン大統領の友人だ。同大統領は「ムスリム同胞団」の支持者だ。

 一方、「ムスリム同胞団」を警戒し、脅威と感じるムハンマド皇太子はエジプトとアラブ首長国連邦と共に同組織がテログループであることを欧米諸国に向かってアピールしてきた。ムハンマド皇太子とカショギ氏の間には「ムスリム同胞団」に対する捉え方が180度異なるわけだ。

 なお、カショギ氏はジャーナリストとして初期時代、アフガニスタンのムジャーヒディーン(ジハードを遂行する戦士)を支持、国際テロ組織「アルカーイダ」の創設者オサマ・ビンラディンとも会っている。ただし、後半になると、イスラム教の教えを文字通り解釈するイスラム過激主義に距離を置き、次第にリベラルな考えになっていった。

 10月2日、イスタンブールのサウジ総領事部前でカショギ氏が戻るのを待っていた婚約者、Hatice Cengiz女史はカショギ氏が戻らないので直ぐに知人に電話している。その相手先はトルコのエルドアン大統領の顧問でカショギ氏の友人 Yasin Aktay 氏だ。すなわち、カショギ氏殺人事件の周辺にはサウジばかりか、トルコ側もトップが接触していたことが分かる。それだけではない。米中央情報局(CIA)はカショギ氏に事件前、「サウジ側は、あなたを誘拐し強制的に帰国させる命令をムハンマド皇太子から受けている」と通達している。サウジ、トルコ、そして米国の3国がその濃淡は異なるが、接触していた事実が浮かび上がる。

 ちなみに、カショギ氏は9月28日、イスタンブールのサウジ総領事部を訪問し、結婚に必要な書類を求めている。サウジ側は「1週間後、取りに来てほしい」と答えた。実際は、カショギ氏は10月2日、サウジ総領事部を再訪した際、事件に巻き込まれた。総領事部内にはリヤドから派遣された15人の特別隊がカショギ氏の訪問を待っていたわけだ。その中には、「死体解剖時には音楽を聴けばいい」と述べた死体解剖学者 Salah Muhammed Al Tubaigy 氏がいた。同氏はアラブのメディアとのインタビューで「自分は死体解剖の最短記録保持者だ」と自慢している。

 カショギ氏にとって武器商人で億万長者のアドナン・カショギ氏(昨年6月死去)とは甥・叔父の関係だ。英国の故ダイアナ妃と共にパリで交通事故死したドディ・アルファイド氏(叔父カショギ氏の実妹の息子)とも親戚関係に当たる、といった具合だ。華やかな一族だ。

 カショギ氏殺人事件がどのような結末を迎えるか目下不明だが、経済危機にあるトルコに対し、サウジが財政支援をする形で手打ちになる可能性もある一方、サウジとトルコ間でアラブの覇権争いが激化するかもしれない。いずれにしても、カショギ氏殺人事件はここしばらくはアラブ全土に大きな混乱と動揺をもたらすことは必至だ。

サウジが直面する“第2の国難”

 アラブの盟主でイスラム教シーア派の大国サウジアラビアはトルコのイスタンブールのサウジ総領事部内で起きた反体制派ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏(59)の殺人事件で国際社会から厳しい批判にさらされている。

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▲カショギ氏殺人事件で批判にさらされるムハンマド皇太子(ウィキぺディアから)

 サウジ検察当局は20日、カショギ氏はイスタンブールのサウジ総領事部内で死亡したことを初めて公式に認めた。サウジ側の説明によると、事件は計画的なものではないこと、関与が疑われる容疑者18人は拘束され、情報機関高官ら政府の責任も認めたという。

 一方、トルコのエルドアン大統領は23日、アンカラで与党「公正発展党」(AKP)議員団の前でカショギ氏殺人事件について沈黙を破り、サウジ側の説明を否定し、「計画的に実行された野蛮な殺人事件」と指摘し、サウジ指導部の関与を示唆し、事件の全容解明を要求した。ちなみに、同大統領は自身の演説をわざわざアラブ語と英語で通訳させている。サウジの蛮行を世界にアピールする狙いがあるからだ。

 トルコでクーデター未遂事件(2016年7月15日)の勃発後、エルドアン大統領は反体制派を強権で次々と弾圧し、数多くの反体制派ジャーナリストを拘束してきた。その大統領がいま、サウジの反体制派ジャーナリスト殺人事件を批判し、国際社会に向かってサウジ指導部のジャーナリスト殺人事件を糾弾しているわけだ。

 カショギ氏殺人事件はサウジの国際的評価を落とすだけではなく、サルマン国王の王朝体制を震撼させている。特に、33歳のムハンマド皇太子が推進してきた体制刷新、近代化路線にも暗雲が漂ってきたと受け取られている。一方、アラブとイスラム教の覇権を密かに目論むエルドアン大統領にとって、カショギ氏殺人事件はアラブの盟主サウジを叩く絶好のチャンスを提供しているわけだ。

 そのエルドアン大統領はカショギ氏殺人事件でサウジ指導部の責任を追及しても、サルマン国王への批判は意図的に抑えている。一方、名指しこそ避けたがムハンマド皇太子の事件への関与を示唆している。すなわち、攻撃のターゲットを高齢で病弱のサルマン国王ではなく、ムハンマド皇太子に絞っているわけだ。

 ムハンマド皇太子は24日、首都リヤドで開かれている国際経済フォーラム「未来投資イニシアチブ」で、カショギ氏殺人疑惑について「不快な事件だ。正当化されない」と語り、事件に関わった容疑者全員を罰する意向を改めて強調したが、自身の関与への批判などには全く言及しなかった。

 ところで、ムハンマド皇太子がカショギ氏殺人事件で政権へのダメージを最低限度に抑え、この危機を乗り越えることができれば、エルドアン大統領にとって状況は逆に厳しくなることが予想される。

 オーストリア代表紙プレッセ24日付はアンカラ発で「エルドアン大統領はムハンマド皇太子を攻撃している。その皇太子が今回の危機を乗り越えることができれば、エルドアン大統領へ逆襲するだろう。皇太子は若いだけに、トルコ側は長期間、サウジから執拗な攻撃にさらされることになる」と解説している。換言すれば、エルドアン大統領がムハンマド皇太子を失権させない限り、次は自身がアラブの大国サウジの攻撃対象となるというわけだ。

 サウジにとってカショギ氏殺人事件は2001年9月11日の米同時多発テロ事件に次ぐ、“第2の国難”だという声を聞く。9・11事件ではニューヨークの世界貿易センタービル(WTC)に向かって自爆したパイロットらイスラム過激派テロリスト19人の実行犯のうち、15人がサウジ出身者だったこと、事件はサウジ出身のオサマ・ビンラディンが主導する国際テロ組織「アルカイーダ」の仕業だったことなどから、イスラム過激テロとサウジの密接な関係が指摘され、サウジ側もイスラム過激主義との一線を引くのに腐心した。

 カショギ氏殺人事件はトルコ側のリークによって事件が計画的に実施され、野蛮暗殺人事件だったことが次第に明確になり、サウジへの国際的批判が再び高まってきた。規模と状況には違いがあるが、「9・11テロ事件」と「カショギ氏殺人事件」はサウジの国際的評価を大きく傷つけたという点で似ていいる。

 カショギ殺人事件はサウジ側が撒いた種で自業自得の可能性が高い。ムハンマド皇太子は事件が暴露され、国際社会から追及される事態になるとは予想していなかったはずだ。皇太子就任後、実権を掌握してきたムハンマド皇太子は強権政治で政敵を粛正し、改革を推進してきたが、反体制派ジャーナリストの殺人事件で躓いてしまったわけだ。ムハンマド皇太子が今回の危機で実権を失うようなことがあれば、皇太子の強権政治を密かに批判してきたサウジ王朝内の反対勢力が台頭してくることが十分予想される。

 トランプ大統領時代に入り、巨額の軍需品を米国から調達することを通じ、サウジ・米国との関係は回復し、サウジとイスラエルとの関係も次第に正常化に向かってきた直後だ。トランプ米政権が考えてきたサウジ、エジプト、イスラエルを中心としたイラン包囲網構築にも支障がでてくるかもしれない。同時に、世界最大の原油輸出国の一つ、サウジの不祥事は世界の原油価格に影響を与えることは避けられないだろう。いずれにしても、カショギ氏殺人事件でサウジは高い代価を払わなければならなくなったことは間違いない。

 エルドアン大統領はムハンマド皇太子の打倒をターゲットに絞ってきた。「ムスリム同胞団」を支持するエルドアン大統領とムハンマド皇太子との間でアラブの盟主を賭けた覇権争いがいよいよ本格的に始まるかもしれない。
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