ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

ヨーロッパ

EUが「嘘をついた」ならば……

 嘘をついちゃいけません、と幼い時、親から言われた人は少なくないだろう。子供は成長すれば、嘘が至る所にはびこっていることに気が付き、「親は自分に嘘をついていた」といった苦い思いが湧いてくる、といった体験をしている人も多いだろう。

17.06.2018
▲ギリシャのツィプラス首相(左)とマケドニアのザエフ首相(2018年6月17日、国名変更で合意した直後、ウィキぺディアから)

 ところで、米国と中露に次ぐ第3の世界の軸を目指してきた欧州連合(EU)が嘘をついた場合、やはりその影響は大きい。英国のEU離脱(ブレグジット)でロンドンとの間でゴタゴタしてきたが、その責任のかなりの部分は英国にある。EUに加盟を願う国に「近い将来、我々のクラブに入れるよ」と声をかけながら、ブリュッセルの風向きが変わり、「残念ながら、君たちとの加盟交渉は先送りだ」と言い出したのだ。

 EUに嘘をつかれた国は北マケドニアとアルバニアの2国だ。特に、前者は国名問題で対立してきたギリシャの要求を受け入れ、国名を変更してまでEU加盟を目指してきた経緯がある。マケドニア議会は昨年10月、国名を「マケドニア旧ユーゴスラビア共和国」から「北マケドニア共和国」に変更する憲法改正手続きを開始し、今年2月に正式に国名を変更した。そのスコビエ政府に対し、ブリュッセルは「当分は加盟交渉は無理だ」と言い出したのだ。具体的には、EU内で影響力を増してきたマクロン仏大統領が先月、ブリュッセルで開催された首脳会談で2カ国との加盟交渉スタートに反対を表明し、最終的には、来年5月まで先送りとなった。


 EUは1995年、オーストリアやスウェーデンなどを受け入れ、2004年には旧東欧諸国ら10カ国をいっきょに加盟させた。最後の新規加盟は2013年7月のクロアチアだ。問題は新規加盟がブリュッセルの期待に反し、EUの分裂と混乱をもたらしてきた面があることだ。例えば、ハンガリー、ポーランドはここにきて「我が国のことはブリュッセルに任せない」と宣言し、難民受け入れ枠でも拒否する一方、国内の司法体制、メディアに対しても民族主義的な路線を突っ走っている。ブリュッセルの度重なる警告にも関わらず、ハンガリーのオルバン首相は独自路線を走り、ここにきてロシアとの関係を深めてきた。そのため、EUは新規拡大にはどうしても慎重にならざるを得ないわけだ。

 ただし、ここで問題としているのは“ブリュッセルの事情”ではない。EU加盟交渉というニンジンを目の前にみながら、必死に奮闘し、加盟交渉をブロックしてきたギリシャの要求を受け入れて、国名まで変更するなど大きな代価を払った“北マケドニアの事情”だ。

 国名変更ではギリシャとばかりではなく、国内の民族派の説得に腐心し、やっとギリシャとの長年の国名問題を解決、国名をマケドニアから北マケドニアに変更したばかりだ。その国にブリュッセルが「加盟交渉は延期」といったのだ。はしごを突然外されたようなものだ。スコピエ政府は国内の民族派の巻き返しを恐れ、来年4月に早期総選挙を実施することを決定したばかりだ。EU加盟路線の堅持を主張するザエフ現政権が選挙で第一党を維持できず、民族派が政権を奪えば、EU加盟路線が変更されるという事態も考えられる(「マケドニア議会、改憲審議開始へ」2018年10月21日参考)。

 もちろん、北マケドニアだけではない。アルバニアも程度の差こそあれ同様だ。それだけではない。ブリュッセルと既に加盟交渉を開始したセルビア(2012年に交渉開始)とモンテネグロ(2014年)でも影響が見られる。両国は2030年前に加盟が実現できるかどうか分からなくなったきた。

 西バルカンの動揺を見て、喜んでいるのはロシアのプーチン大統領だ。ユーラシア経済共同体構想(EAWU)を掲げ、西バルカンに加盟の声をかけている。セルビアは伝統的にロシアと親密な関係だ。1999年の北大西洋条約機構軍(NATO)のベオグラード空爆をセルビア国民は忘れていない。また、ウクライナ正教のロシア正教からの独立宣言に対し、セルビアはロシア正教側の主張を支持してきた。

 セルビアの場合、EUの政策変更を予知していたのか、ヴチッチ大統領はブリュッセルと加盟交渉に乗り出す一方、ロシアとの歴史的関係にも配慮し、ロシア製武器を輸入したばかりだ、前者がダメでも後者があるよ、といった狡猾なかじ取りだ。


 EUのドタバタを巧みに政治的利用しているのはプーチン大統領だけではない。中国共産党政権も同じだ。習近平国家元首の新シルクロード構想「一帯一路」を掲げ、バルカン諸国にその影響力を拡大してきた。バルカン諸国への入口、ギリシャ政府は2016年4月、同国最大の湾岸都市ピレウスのコンテナ権益を中国の国営海運会社コスコ(中国遠洋運輸公司)に売却するなど、中国との経済関係を深めている。次はセルビアの番といった具合だ(「バルカン諸国が中国の戦略拠点に」2018年7月9日参考)。

 いずれにしても、「加盟交渉を直ぐに始めるよ」と表明した後、「交渉は先送り」といえば、いかなる事情があるとしても「EUは嘘をついた」ことになる。その結果、EUは信頼性を失い、バルカン諸国への影響力を低下させる一方、ロシアの影響力拡大となって跳ね返ってくる。結局、「嘘はついてはならない」といった昔からの戒めは正しかったわけだ。

スイスで「高齢者の犯罪」が増加

 スイスといえば、日本人が1度は訪問したい欧州の国のひとつだろう。アルプスの小国は景色が美しく、治安が安定し、国民経済も豊かというイメージがある。実際、スイスは他の国と比較した場合、それは当たっている。卑近な例だが、同じアルプスの小国オーストリアと比べてみても、国民1人当たりの所得はスイスが高い。だから、スイスで稼いでオーストリアに住めばいいが、逆の場合、生活は少し厳しくなる、といった具合だ。

4e9fdea1
▲スイスのリゾート地アローザ(スイス政府観光局公式サイトから)

 前口上はここまでにして、スイスで高齢者による刑法犯件数が増加してきたというニュースが入ってきた。スイス・インフォのニュースレターによると、60歳以上の国民の刑法犯件数が2011年から18年の間に30%増加したという。ただし、同時期、社会の高齢化もあって、60歳以上の国民の数が15%増加しているから、件数の増加率は少し下がる。それにしても、アルプスの中立国、経済的に恵まれているスイスで何が起きているのだろうか。

 チューリヒ応用科学大学(ZHAW)犯罪防止研究所のディルク・バイア―教授によれば、60歳以上の国民の犯罪は侮辱、暴行、万引きが3大犯罪という。そのほか、過失傷害、詐欺、セクハラ、脅迫、名誉棄損、公務執行妨害などが多い。

 重要な点は高齢者の犯罪動機だが、バイア―教授によると、他の年齢のそれと大きな違いはないという。ゞ発性、貧困、社会的認知の欠如、だ鎖声栖機↓ゼ匆餞超だ。その中で興味がある動機は△良郎い澄スイスでは65歳以上の貧国率は約15%であり、貧困が犯罪の主要動機とは受け取られていない。ちなみに、スイスでも様々な社会的支援や保障があるが、それだけでは十分ではないから、生活苦に陥る高齢者も出てくる。

 スイス・インフォによると、い寮鎖声栖気亡慙△垢襪、2018年に殺人で起訴された高齢者は22人、そのうち80歳以上は6人だ。認知症やパーキンソン病が高齢者の間で増加してきたが、さまざまな精神疾患が今後、高齢者の主要な犯罪動機となることも予想される。

 先進諸国では高齢化、少子化は急速に広がっている。高齢者の犯罪件数の増加はある意味で当然かもしれない。バイア―教授は「高齢者の犯罪は依然、全体から見ればマイナーだ」と述べているが、今後、そうとは言い切れないわけだ。

 これまで犯罪の増加といえば、青少年の犯罪増を意味した。精神的に不安定な一方、体は成長する。青少年を守るべき家庭は崩壊し、学業でも悩む若者が少なくない。年々、犯罪に走る若者の年齢は低下してきた。その一方、欧米先進国で高齢者の犯罪問題がテーマとなってきたわけだ。

 スイスばかりではない。ドイツでも高齢者の犯罪問題がメディアでも話題となってきている。特筆すべき点は、「青少年の犯罪」も「高齢者の犯罪」でも、犯罪動機が「貧困」にあった時代は過ぎ、精神疾患、偶発性といった新たな動機が台頭してきていることだろう。

 当方が住む欧州では、1人住まいの高齢者が多い。家庭は崩壊し、孤独に苦しむ高齢者は益々増えてきた。英国では孤独対策の関係省が設置され、ドイツでも同じような計画を聞く。周囲に家族はなく、1人住まいの孤独な高齢者の増加は犯罪増加の遠因ともなる。犯罪は時代、社会を反映する。スイス・インフォの「高齢者の犯罪増加」ニュースは深刻な内容を含んでいる。

“オタク・テロリスト”に要注意

 ドイツの情報機関、独連邦憲法擁護庁(BfV)のハンス・ゲオルグ・マーセン前長官は11日、ドイツ日刊紙ヴェルトのオンライン・インタビューで、旧東独ザクセン=アンハルト州のハレで9日起きたユダヤ教シナゴーク襲撃事件について、「我々は新しいトレンドに直面している。治安当局はデモや集会で活動する極右過激派は監視できるが、子供部屋や両親の家に住み、一日中、チャットし、反ユダヤ主義、外国人排斥、女性蔑視に過激化していく極右派を取り締まることはできない。彼らはインターネットを通じて他の過激派と接触するが、治安当局は事件が起きるまで彼らのアイデンティティを掌握できない。事件発生数時間前に彼らのアイデンティティを掴み、事件を犯す前に拘束できるかが大きな課題だ」と述べ、彼らを“オタク・テロリスト”と呼んだ。

2070-bfv-praesident-dr-maassen-portrait-4
▲オタク・テロリストに警告を発する独連邦憲法擁護庁(BfV)マーセン前長官(BfV公式サイトから)

 ハレのシナゴーク襲撃を画策したのは27歳のドイツ人、シュテファン・B。彼は自動小銃や爆弾で武装し、シナゴークを襲撃したが、入口の戸を破壊できず侵入できなかったために、シナゴーク内の銃乱射という最悪の事態は回避された。Bはその後、路上に歩いていた女性を射殺し、300メートル先のインビス店を襲撃し、そこで食事中の男性を殺害した。彼は犯行前に明らかにしたマニフェストの中で「悪いのは全てユダヤ人であり、フェミニズムだ」と主張している。

 マーセン前長官は「ハレのBだけではない。50人のイスラム教徒を殺害したニュージランド(NZ)のクライストチャーチの犯人もそうだ。欧州、米国、ニュージランドなど至る所でオタク・テロリストが生まれてきた。彼らは事件前は全くノー・マークだ。彼らの存在を事前にどのようにキャッチできるか、深刻な問題だ」と強調した。

 ドイツではここ数年、極右過激派が関与した事件が頻繁に発生している。旧東独ザクセン州のケムニッツ市で昨年8月26日、35歳のドイツ人男性が2人の難民(イラク出身とシリア出身)にナイフで殺害されるという事件が発生。それを受け、極右過激派、ネオナチ、フーリガンが外国人、難民・移民排斥を訴え、路上で外国人を襲撃し、多数が負傷した。

 マーセン氏は当時、日刊紙ビルトで「ケムニッツ市の暴動を撮影したビデオを分析した結果、極右派が外国人や難民を襲撃した確かな証拠は見つからなかった。ビデオの信頼性に疑いがある」と発言し、メルケル首相らの怒りを買い、BfV長官を更迭された経緯がある。

 マーセン氏はインタビューの中で、「BfV長官時代から極右過激派はわが国の大きな問題だと警告してきた」と述べ、「極右過激派の2人に1人は暴力の行使を厭わない」と説明した。

 ドイツでは今年6月2日未明、中部ヘッセン州カッセル県でワルター・リュブケ県知事が自宅で頭を撃たれ倒れているのを発見され、収容先の病院で死去した。同殺人事件はドイツ国民に大きなショックを与えた。同県知事はドイツ与党「キリスト教民主同盟」(CDU)に所属、難民収容政策では難民擁護の政治家として知られてきた。事件は同県知事の難民擁護に関する発言がきっかけとなったと受け取られた。逮捕された男性は極右派グループとの接触があったことを認めている。

 ドイツの政界では過去、ネオナチ政党「ドイツ国家民主党」(NPD)が2004年から14年の間、州議会に議席を有していたが、それに代わって「ドイツのための選択肢」(AfD)が台頭し、「西洋のイスラム化に反対する欧州愛国者」(Pegida運動)などの極右運動が旧東独地域を中心に活発となってきた。AfDには旧東独のドレスデンから生まれた政治運動ペギーダの流れを汲むメンバーが多い。そのAfDは今日、ベルリンの連邦議会で92席の議席を有する大政党となり、ドイツ16州全州で議席を有する政党となった。

 難民問題はAfDの躍進の原動力になったことは明らかだ。シリア、イラク、アフガニスタンから100万人を超える難民が2015年夏以降、ドイツに殺到した。その大きな原因はメルケル首相の難民歓迎政策だったことは間違いない。与党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)内でもメルケル首相の難民政策に批判の声が上がったほどだ。外国人排斥、反イスラムを標榜してきたAfDはその流れに乗り、難民歓迎政策を取るメルケル首相を激しく批判し、有権者の支持を得てきた(「独極右AfDを憲法擁護庁の監視対象?」2018年11月5日参考)。 

 なお、BfVの「2018年年次報告書」によると、ドイツには2万4100人の極右過激主義者がいる。極右過激主義を動機とした犯行件数は昨年2万431件で前年比で微減したが、暴力犯やプロパガンダ罪の件数は増えている(「極右過激派殺人事件に揺れるドイツ」2019年6月28日参考)。

 問題は、統計に含まれる極右過激派はデモや集会に顔を出し、治安関係者には程度の差こそあれ知られているが、マーセン氏が指摘したように、統計には入らないオタク型極右過激派がここにきて不気味な存在となってきたことだ。彼らは外との関わりを断ち、インターネットの世界に閉じこもり、ある日、突然、極右過激派として社会を震撼させるわけだ。ちなみに、イスラム教過激派にもオタク型テロリストが出現してきた(「子供部屋のテロリストたち」2007年9月15日参考)。

英国離脱後「英語」がEUを支配

 オーストリア代表紙プレッセは24日1面で欧州連合(EU)での英語の地位について詳細なレポートを掲載していた。結論を先に言うと、英国が10月末にEUから離脱(ブレグジット)した後、英国の母国語・英語はEU機関、欧州議会などでその地位を拡大するという話だ。逆ではない。

1280px-edited
▲ピーテル・ブリューゲル作「バベルの塔」(1563年)ウィキぺディアから

 EUは現在、28カ国だが、英国が「合意なき離脱」かどうかは別問題として、27カ国のEUで英国の母国語、英語が益々その影響力を広げていくという。フランス語をEUの第1言語にしたいと秘かに願うマクロン仏大統領にとってショックだろう。マクロン大統領は3月、「英国が抜けた後、EU内でフランス語の地位を向上させたい」と表明し、そのために巨額の資金を投資する計画を明らかにしたばかりだ。同大統領は多分、英語のパワーを過小評価していたのだろう。

 プレッセ記者によると、「英語が“英国の母国語”という枠から抜け出し、EU加盟国の意思疎通の手段として普遍性を獲得する」というのだ。フランス語、スペイン語、ドイツ語ではない。英国のEU離脱後、その母国語の英語が27カ国を支配するという構図だ。ちなみに、EUではこれまで、英国を除くと、アイルランドとマルタの両国が英語を第一公用語としてきた。

 興味深い事実は、EUの拡大が進むのにつれ、英語がその地位を強化する一方、フランス語が影響力を失ってきたことだ。EUの第1次拡大(オーストリア、フィンランド、スウェーデン)と第2次拡大(2004年の東欧諸国の加盟)後、EU全ての機関での記者会見や議論はもはやフランス語ではなく、英語が共通言語として使用され出したのだ。

 プレッセ紙によると、EUでは94%の学生、生徒が学校で英語を学び、大学では2002年、725コースが英語で行われていたが、その数は今日、1万コースを超えているという。大学内だけではない。経済界、政界、文化界では英語は既に共通言語と見なされている。“自国ファースト”で民族主義を標榜する欧州の極右派政党ですら、他国の極右派との意思疎通には自国の言語ではなく、英語で行っているのだ。

 28カ国から構成されるEUではこれまで24言語が平等の地位を享受し、欧州議会や欧州委員会の重要な公文書は24カ国語に翻訳されなければならないことになっている。欧州条約では、「全ての加盟国の国民は等しく自国の言語で記述された文書を得る権利がある」と明記されている。だから、24カ国に翻訳し、通訳する費用はEU予算でかなりの部分を占める。

 通訳の場合、23カ国全てに通訳すれば552言語のコンビネーションとなる。それを忠実に実施すれば大変な時間と労力がかかる。だから、通訳では演説内容をまず英語で通訳し、それを他の言語に通訳するようになっている。英語通訳ファーストだ。英語は他の言語への中継ぎ言語といえる。

 なお、英国のブレグジットで英語はその影響力を拡大するが、EU機関の英国出身者は減少していくと予想されている。それに伴い、英国人特有の英語アクセント、特有の美辞麗句を聞く機会が少なくなるわけだ。

 ベルギーの首都ブリュッセルではフランス語、フラマン語(オランダ語)、ドイツ語が飛び交っている。ブリュッセルの路上でEU外交官を目当てに物乞いをする者も最低3カ国語が堪能でなければ仕事がうまくいかない。

 ユンケル委員長の後任にドイツ人のフォンデアライエン氏が選出されたが、彼女はブリュッセル生まれで英語、フランス語、ドイツ語など多種類の言語をこなす。ユンケル氏もそうだったが、EUで指導的地位を得るためには最低でも3カ国語が流ちょうに話せないと務まらない。ポーランド出身のドナルド・トゥスクEU現大統領は英語をマスターするために苦労した1人だ。

 プレッセ紙24日の社説は「共通の言語なくして欧州共和国は夢に過ぎない」と主張している。自国語以外にも他国の言語に通じ、意思疎通できることは素晴らしいし、英語が他の言語を理解するうえで助けとなるが、それだけではやはり十分とは言えないわけだ。EU共通の統一言語が必要だというのだ。

 神は、自分のようになろうと天まで届く高い塔を建設しだした人類を見て、彼らが互いに会話できないようにするために言語をバラバラにしたという「バベルの塔」の話が旧約聖書「創世記」の中に記述されている。当時、人々は少なくとも一つの言語で話し合っていたのだ。それ以降、人類は長い歴史を通じて相互の意思疎通を促進するため“失った共通言語”を模索してきたわけだ。英語が将来、統一言語となるだろうか。

極右派と環境保護活動家の「共通点」

 このコラム欄で「人は希望より不安によって動かされる」という趣旨の記事を書いた。欧州では2015年秋、100万人を超える難民が中東・北アフリカから殺到し、その対応で欧州諸国は混乱を呈した。難民が主にイスラム教徒だったこともあって、カルチャーショック状況となる一方、イスラム過激派テロ事件への恐怖が高まっていった。

unparise
▲国連の気候変動抑制に関する多国間の国際協定(通称パリ協定)=2015年12月、公式文書の第1頁目

 難民の殺到で生じてきたイスラム・フォビアや外国人排斥運動は極右過激派を台頭させ、選挙では欧州各地でその勢力を伸ばしていった。原動力は“自国ファースト”であり、それを支える民族主義だ。

 一方、昨年ごろから地球温暖化対策が大きな政治課題に再浮上してきた。その直接の契機は、スウェーデンの16歳の高校生グレタ・トゥ―ンベリさんが学業を置いて地球温暖化対策を呼び掛ける運動を開始したことだ。

Greta_Thunberg
▲グレタ・トゥ―ンベリさん

 グレタさんは昨年8月、スウェーデン議会前で地球温暖化問題、気候変動対策のための学校ストライキを行い一躍有名となり、同年12月の第24回気候変動枠組み条約締結国会議に出席。欧米ではグレタさんの活動に刺激を受けた学生や生徒たちが毎週金曜日、地球温暖化対策デモ集会(フライデー・フォー・フューチャー)を開き、それをメディアが大々的に報道すると、運動の中心であるグレタさんは、「ノーベル平和賞候補に」という声すら飛び出してきた。

 グレタさんは1年間、学校を休学して地球温暖化対策をアピールする活動に専念。ニューヨークで来月開催される国連の気候変動サミットに参加するためCO2の排出が多い飛行機ではなく、CO2排出量のないヨットを利用してNY入りすると伝わると、これまた世界のメディアが大きく報道した。

 地球温暖化はリアルなテーマだ。環境保護活動に懐疑的な知識人、政治家もその点ではほぼコンセンサスがある。ドイツの世論調査によると、同国では環境問題を最大の課題としてきた「同盟90/緑の党」が同国の2大政党「キリスト教民主同盟」(CDU)と「社会民主党」(SPD)を凌いで第1党に躍り出る勢いを見せてきた。多くの人々が環境対策の重要さを急務と考えだしてきた証拠だ。

 マクロン仏大統領は22日、先進7カ国首脳会議(G7)開催前の記者会見で、「私たちのハウスは燃えている」というドラマチックな表現で南米ブラジルの熱帯林の大火災について懸念を表明している。「地球の肺」といわれる熱帯林の火災は国際問題だというわけだ。

 しかし、ここにきて「グレタさんは家族と一部の環境保護活動家に利用されているだけだ」という声が欧州の主要メディアで報道されてきた。NYへヨットでいくというアイデアは資産家や環境保護活動家から出たもので、ヨットを戻すために2人の人間が飛行機でNYに行き、待機しているという話が明らかになると、批判の声は一層高まっていった。

 オーストリア代表紙プレッセの著名なジャーナリスト、カール・ペーター・シュヴァルツ氏は「グレタさん騒動はいつまで続くか」(8月22日)というタイトルでコラムを書いている。

 同氏は、「地球温暖化は人間の活動の結果だけではない。地球、天文学的な次元の要因も考えられる。このままでは地球が滅んでしまうといった終末論的な脅しは逆効果だ。グレタさん周囲の関係者は、若い世代に、『今やらないと世界は終わりだ』といった終末論を展開している。一種の環境宗教団体だ」と言い切っている。ちなみに、グレタさんは集会では「I want you to Panic」と語ることを忘れない。

 興味深い点は、難民問題で欧州人の「不安」を煽ってきた極右派からグレタさん批判の声が聞かれることだ。グレタさんの母国、スウェーデンでは右翼ポピュリストの「スウェーデン民主党」(SD)のジミー・オケーソン党首は、「グレタさんは環境問題運動をする団体の広告塔だ」と単刀直入に批判している(「極右派の『グレタさん批判』高まる」2019年5月4日参考)。

 極右派の主張とグレタさんの活動を同列視できないが、両者の活動には人間の原始的な感情「不安」が関与している点で酷似している。難民殺到、異文化への恐れ、「不安」を煽る極右派活動と、地球の温暖化の深刻さをアピールし、近未来への「不安」を喚起させる環境保護運動は案外似ているのだ。両者は一種のライバル関係だ。グレタさん批判が極右過激派から飛び出したのも決して偶然ではないわけだ。

 グリーランドの氷が今、40年前の6倍のスピードで融け出している、というニュースが流れてきた。米国科学アカデミーの機関紙に掲載された報告だ。それによると、グリーンランドの融けた氷は1972年以降、地球の海面を0・5インチ(約1.3センチ)以上、上昇させたという。注意すべきことは、上昇分の半分は過去8年間で起きたという点だ。

 欧州ではこの夏、40度を超える灼熱の日々が続いた。10年前には考えられなかったことだ。洪水など異常気象、ブラジルの熱帯林の大火事、等々のニュースは地球を取り巻く環境が大きく変わってきたことを知らせている。その意味で、グレタさんの活動は大切だ。ただし、今回のNYへのヨット渡米など過剰なPR活動、それを報じるメディアのバブル報道は、グレタさんらの活動を単なる一過性のメディア・イベントに終わらせてしまう危険性が出てくる。地球温暖化対策には冷静な調査、啓蒙活動が重要だ。

ボリス(ジョンソン)で大丈夫か?

 ボリス・ジョンソン氏(55)は24日、エリザベス女王から正式に首相に任命された。ボリス号はいよいよ就航する。英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)では「英国の要求が受け入れられない場合、合意なき離脱も辞さない」という強硬姿勢を表明し、ブリュッセルを脅迫してきた経緯があるだけに、英国の異端児の政治に一抹の不安と懸念の声が絶えない(このコラムでは以下、愛称のボリスで呼ぶ)。

P7241876 (2)
▲エリザベス女王から首相に任命されたボリス・ジョンソン氏(2019年7月24日、英宮殿内、BBC放送から)

P7241904 (2)
▲ロンドンの首相官邸前で演説するボリス・ジョンソン新首相(2019年7月24日、ロンドンで、BBC放送から)

 明確な点は、離脱強硬派のボリスの登場で、2016年6月の国民投票の結果を受け、進められてきた英国のブレグジット日程の再延長はなくなり、遅くとも10月末には実現する可能性が高まったことだ。ある意味で、ブリュッセルにとってもボリスの登場は朗報かもしれない。

 ボリスは国民投票前、「EUの統合プロセスはナポレオン、ヒトラーなどが試みたものであり、それら全ては最終的には悲劇的な終わりを迎えた、EUはヒトラーと同じ目標を追求している。超大国だ」と英日刊紙デイリー・テレグラフで述べている。

 テリーザ・メイ前首相はブリュッセルとの離脱交渉で合意した内容を3度、議会で拒否され、最終的には辞任に追い込まれたが、ダウニング街10番地の首相官邸前で辞任の意向を明らかにした時のメイ前首相の姿は忘れられない。メイ前首相の目頭から涙が落ちそうだった。そのシーンは英国の離脱交渉の困難さとその難題に3年間余り取り組んだ女性首相の一途さを端的に物語っていた。

 その英国でメイ氏に代わり“英国版トランプ”といわれるボリス新政権がスタートする。このトップのチェンジが吉と出るか、凶と出るかを判断できるまでもうしばらく時間が必要だろう。

 英国はEU内でドイツに次いで第2番目の経済大国であり、EU内ではフランスと共に軍事大国であり、核保有国だ。その英国の離脱は英国の命運と共に、EUの未来をも左右させる一大政変だ。英国の離脱交渉に集中し、「英国なきEU」の未来についてじっくりとした議論がこれまで聞かれないことに少し懸念が残る。英国がEUに占めてきた経済実績は全体の15%、EU人口の13%だ。その大国が抜けた後はEU全体の国際社会に占める存在感、パワー、外交力は弱体せざるを得ないことは明らかだ。

 難問は、英国領の北アイルランドとEU加盟国のアイルランドとの国境問題に関するバックストップ(安全策)だ。ボリス氏はブリュッセルに強硬姿勢を見せてくるだろう。メイ首相とEU側が合意した内容では、アイルランドの国境管理問題が解決するまで、英国がEUとの関税同盟に一時的に留まるという内容だ。ボリスはブリュッセルから何らかの譲歩がない限り、離脱に伴う打ち切り金の支払いを拒否する意向さえ匂わせているだけに、ブリュッセルは対応で苦慮するかもしれない。

 フォンデアライエン次期委員長は英国との離脱交渉の合意の見直しに応じる可能性を示唆しているが、EUの基本方針は明確だ。EUのミシェル・バルニエ主席交渉官は「ブリュッセルは英国と新たな交渉をする考えはない」と、はっきりと警告している。

 ボリスは何がなんでも離脱を早期実現したい考えだ。ただし、ボリスのこれまでの政治キャリアを振り返ると、同氏は変わり身の早い政治家だ。ロンドン市長、庶民院議員、外相などを務めてきた。これがダメなら、あれだ、といったいい意味で柔軟性があり、現実的だ。

 ちなみに、ボリスは政治家になる前、英紙のブリュッセル特派員だったが、EUに懐疑的なボリスの記事をマーガレット・サッチャー(元首相)は大好きだったという話が伝わっている。

 ボリスの最大の武器は演説の巧みさだ。独週刊誌シュピーゲルはボリスの政治スタイルをシニカルに評している。ボリスは自身の発言の内容に問題点があり、追及されると、素早くジョークを飛ばし、焦点をずらす。批判した者はそのジョークの面白さに心を奪われ、何を批判したかを忘れてしまうのだ。政界の暴れん坊・ボリスがこれまで大きな致命傷を受けずに生き延びることができたのは、自身に批判的な者を抱腹絶倒させるジョークを何時でも発せる才能があるからだろう。

 国民はボリス氏を“英国のケネディー”と受け取り、英国を大きく刷新、改善してくれる政治家と期待する一方、トランプ氏のような存在で英国政界を二分し、カオスに陥れるのではないか、と危惧する声も聞かれる。

 ボリスの父方の祖父はオスマン帝国のアリ・ケマル内相の子孫だ。第一次世界大戦中、名前を母方のジョンソンに改名している。母親の先祖はユダヤ系ロシア人だ。ボリス氏は自身の出自について「民族のるつぼから生まれた男」と自嘲的に語ったという。

 ちなみに、ボリスは自分が首相になる確率について、「エルビスと火星で出会うようなものだ」と語っている(オーストリア日刊紙プレッセ7月24日)。とにかく、ボリスの発言はユーモアと共にシニカルであり、シャープだ。


 いずれにしても、ボリスは英国をEUから離脱させた政治家としてその名を歴史に残すだろうか。それとも、英国を離脱させた後、、英国をEUに再び加盟させた稀有な政治家として歴史に記されるだろうか。後者のシナリオは案外現実味がある。換言すれば、ボリスならばあり得るシナリオだということだ。

 ボリスの理想とする政治家はウィンストン・チャーチル元首相という。ボリスが“第2のチャーチル”となるか、その確率は英国プロサッカーのプレミア王者マンチャスター・シティ―がJリーグのヴィッセル神戸に0対3で敗北するよりも案外高いかもしれない。

EU新委員長「パワフルな欧州を」

 欧州連合(EU)の欧州議会のストラスブール本会議で16日、加盟国28カ国の首脳会談でユンケル欧州委員会委員長の後継者に推挙されたドイツのフォンデアライエン国防相(60)が過半数の支持を獲得して、新欧州委員長に承認された。フォンデアライエン氏は欧州議会の第一会派「欧州人民党」(EPP)の支持の他、リベラル会派、第2会派の「社会民主進歩同盟」(S&D)からも支持を得て承認に必要な議会過半数374票を超える383票を獲得した。「緑の党」会派、左翼党会派は反対に回った。女性の欧州委員会委員長は初めて。ドイツ人出身の欧州委員長はほぼ半世紀ぶり。

P7161865
▲欧州議会で自身の政策を表明する新欧州委員長のフォンデアライエン氏(2019年7月16日、ドイツ民放の中継から)

 フォンデアライエン氏は承認後、「私を支持してくれた議員に感謝する。非常に興奮している」と喜びを表し、強い欧州を建設するために議員に結束を呼び掛けた。同氏はドイツの与党「キリスト教民主同盟」(CDU)に所属し、第4次メルケル政権下の国防相を務めてきた。ちなみに、同氏は15日、欧州議会での採決結果とは関係なく、17日に国防相を辞任する意向を表明し、欧州議会の承認に背水の陣を敷いて臨んだ。

 EU首脳会談でフォンデアライエン氏は推挙されたが、欧州議会での承認は不確かだった。支持が確実なのは欧州人民党の182票だけで、過半数の374票まで程遠いだけに、支持を表明済みのリベラル会派(108票)だけではなく、社民党系会派(154票)や「緑の党」会派(74票)からの支持票が不可欠だった。

 同氏は16日午前の演説で親欧州路線を改めて鮮明化する一方、社民党系や緑の党の支持を得るために社会の公平、最低賃金の設定、欧州共通の失業者保健の確立など、社会対策を強調する一方、地球温暖化対策ではCO2排出量を2030年前までに40%から55%減少させ、CO2税の導入、環境保護のための欧州銀行創設などのイニシアチブを提案。難民・移民対策では新難民協定の提示、国境の警備強化と共に、地中海の難民問題では「人道的な支援」の重要性を強調した。

 緑の党会派は「環境対策への意欲は評価できるが、十分ではない」として、会派としては反対を表明。一方、社民党系はフォンデアライエン氏から多くの譲歩を勝ち得たとして会派として支持を示唆したが、反対に回った議員も出た。なお、投票は無記名式で、会派の票の詳細な流れは不明だ。

 新欧州委員長の前には難問が山積している。フォンデアライエン氏は記者会見で、「仕事が始まった。パワフルな欧州とするためには優秀な欧州委員が選出されなければならない」と表明、11月1日の就任を迎えるまでに欧州の刷新を実施していく意向を明らかにした。

 欧州議会で欧州人党会派と社民党系会派で過半数を支配してきた時代は終わった。5月の欧州議会では欧州に懐疑的な極右派・民族主義派政党が躍進し、欧州議会の運営はこれまで以上に難しくなってきた。今回の新委員長支持率は51・3%に留まった。

 EUは今日 移民・難民対策から経済政策、環境問題の対策などの難問に対峙、EUの共同政策より、自国の国内政治を優先する傾向が加盟国内で高まってきた。例えば、東欧のEU加盟国でヴィシェグラード・グループ(地域協力機構)と呼ばれるポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリーの4カ国ではその傾向が強まってきている。

 また、英国の離脱(ブレグジット)が控えている。EU離脱は英国経済に大きな影響を与えることは必至だが、ドイツに次いでEU第2番目の経済大国・英国を失ったEUの未来にも大きな影を投じている。トランプ米政権との関係も難問だ。EUと米国の間には貿易問題から安全保障政策まで利害の対立が表面化してきた。外交面でも対中国、対ロシアで加盟国間に相違が出てきている。ハンガリーやギリシャなど親中国派の加盟国は中国のEU市場進出を歓迎している。

 ブリュッセル生まれで、「生来欧州人だ」というフォンデアライエン氏がユンケル時代に停滞してきたEUの機構改革を実施し、加盟国の結束を強化し、EUをパワフルな機構に生まれ変わらせることができるか、国際社会はEU新委員長の政治手腕に注目している。

フォンデアライエン候補は大丈夫か

 どの国、組織、機関でもトップ人事は容易ではない。欧州議会選(5月23日〜26日)の結果を受け、欧州連合(EU)の28カ国の首脳会談がブリュッセルで開催され、EU機関のトップ人事で一応、合意が達成されたが、かなりの難産だった。48時間に及ぶマラソン協議の末、ユンケル欧州委員会委員長の後任にドイツのメルケル首相の愛弟子、フォンデアライエン独国防相(60)を選んだ。

09
▲次期欧州委員長に担ぎ出されたフォンデアライエン氏(フォンデアライエン氏の公式サイト)

 それでハッピーエンドではない。今月16日、欧州議会の承認が求められる。欧州議会(定数751、現在748)で過半数の支持が得られない場合、首脳会談の人事決定は振出しに戻る。フォンデアライエン氏は欧州議会の第一会派「欧州人民党」(EPP)の182議員の支持は間違いないが、それでは過半数の375票まで程遠い。第2会派の「社会民主進歩同盟」(S&D)の154票は期待できない。例えば、ドイツの社会民主党(SPD)所属の欧州議員は既に反対を表明している。第3勢力のリベラル会派(108票)からは支持が期待できるが、「緑の党」会派74票、41票の左翼会派は反対、といった具合だ。それらの支持票を合計して193票を得られない場合、首脳会談で合意したフォンデアライン国防相の欧州委員就任は夢に終わってしまう。

 欧州委員長の有力候補者として独「キリスト教社会同盟」(CSU)出身のヴェーバー氏の名前が早々と飛び出していたが、フランスのマクロン大統領が「行政経験がない」という理由で強く反対。中道左派のティメルマン欧州委員会第1副委員長(オランダ)の名前も挙がっていたが、ハンガリーやポーランドが強く反対。最終的にはドイツのメルケル首相が擁立したフォンデアライエン国防相が急浮上したわけだ。

 マクロン大統領はフォンデアライエン独国防相の委員長候補案を受け入れる代わりに、欧州連邦大統領にベルギーのミシェル首相を、欧州中央銀行(ECB)総裁に国際通貨基金(IMF)のクリスティ―ネ・レガルデ専務理事を推薦し、受理させている。そして外交安全保障上級代表にはスペインのボレル外相が選ばれた。なお、欧州議会は2日、「社会民主進歩同盟」会派に所属するイタリアのサッソリ議員を新議長に選出した。

 加盟国28カ国の首脳会談はEUのトップ・ポジションに2人の女性を選出し、欧州の刷新を内外にアピールしたが、EUの結束を誇示したというより、英国のブレグジッド後のEUの未来を彷彿させる混乱ぶりも見せた。

 欧州議会選の28カ国の平均投票率は51%と前回比で8ポイント上昇し、EU国民の欧州議会選への関心が高かった。それ自体は朗報だが、EU議会をこれまで牛耳ってきた2大会派「欧州人民党」と「社会民主進歩同盟」は議会の過半数を失った。同時に、反EU、反難民政策を標榜する民族主義的、極右派政党が議席を伸ばしたことで、欧州議会の運営が今後、益々複雑となっていくことが予想される。

 ちなみに、ブリュッセルの政治にEU国民の関心が高まったことはプラスだが、同時に、加盟国内の路線対立が先鋭化し、EUでの主要政策に対するプロ・コントラがこれまで以上に強まってきた結果、欧州議会選の投票場に足を運ぶ国民が増え、投票率を引き上げたと分析できるわけだ。

 EUは英国の離脱(ブレグジット)が控えている。EU離脱は英国経済に大きな影響を与えることは必至だが、それ以上に、英国を失ったEUの未来に大きな影を投じている。

 マクロン仏大統領は1日、EUが意思決定のスピードを高め、信頼性を回復するまで、EUの新規拡大を認めない意向を明らかにしている。換言すれば、現在のEUには新規加盟を迎え入れる余裕がないというわけだ。EU加盟を目指してきた西バルカン諸国にとって、マクロン大統領の発言は大きな衝撃だ。近い将来のEU加盟が難しくなることで、政情が不安定となり、バルカンに再び民族紛争を勃発させる危険性も排除できなくなってきた。(「EU『離脱』と『加盟』どちらも大変」2019年6月26日参考)。

 移民・難民対策から経済政策までEUの共同政策、路線を支持するというより、自国の国内政治を優先する傾向が加盟国内で高まってきた。例えば、今回の首脳会談の人事問題でも明らかになったように、東欧のEU加盟国でヴィシェグラード・グループ(地域協力機構)と呼ばれるポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリーの4カ国ではその傾向が強まってきている。

 それだけではない。トランプ米政権との関係も難問だ。EUと米国の間には貿易問題から安全保障政策まで利害の対立が表面化してきた。連携と結束が当然だった時代は過ぎ去った。外交面でも対中国、対ロシアで加盟国間に相違が出てきている。その懸念は対中国政策で現実化している。ハンガリーやギリシャなど親中国派の加盟国は中国のEU市場進出を歓迎している。EUの共通外交安保政策は現時点では“絵に描いた餅”に過ぎない。

EU「離脱」と「加盟」どちらも大変

 英国は国民投票を通じて欧州連合(EU)から離脱(ブレグジット)を決定したが、それからブリュッセルで離脱交渉を繰り返し、離脱合意書がまとまる度に、英議会(下院)で否決され、離脱の日程も延期を重ね、ようやく今年10月末には離脱することになったばかりだ。そこまで到着するために、英国は2人の首相を辞任に追い込んでいる(メイ首相は6月7日に与党保守党の党首を辞任、次期首相は7月末には選出予定)。

17.06.2018
▲ギリシャのツィプラス首相(左)と北マケドニアのザエフ首相(2018年6月17日、国名変更で合意した直後、ウィキぺディアから)

 英国は2016年6月23日、EU離脱の是非を問う国民投票を実施した。国民投票の実施はキャメロン首相(当時)の選挙公約でもあった。ただし、離脱派が約51.9%を獲得、僅差で残留派に勝利したことは同首相にとって想定外だった。キャメロン首相は責任をとって辞任、その後任にメイ首相が就任し、EU基本条約(リスボン条約)50条に基づいた離脱申請をブリュッセルに提出。離脱交渉が始まったが、ブリュッセルとの間でまとまった離脱合意書が否決されたことを受け、最終的には引責辞任したばかりだ。

 ブリュッセルにとって加盟国との離脱交渉は初体験だったが、離脱が容易ではないことが他の加盟国にも理解できたことは少なくとも貴重な教訓となっただろう。EU離脱を叫んできた欧州の極右政党ももはや安易には離脱と叫ばなくなってきた。それだけでもブリュッセルにとって大きな成果だ。

 英国の離脱交渉の行方に目を奪われてきたが、EUに加盟を希望し、ブリュッセルの待合室で加盟交渉の開始を待っている加盟候補国がいる。セルビア、モンテネグロ、アルバニアなど西バルカン諸国だ。その中でニュー・カマーは北マケドニアだ。

 ところで、北マケドニアとブリュッセルは本来、6月に加盟交渉を開始することになっていたが、その日程は分からなくなってきた。ブリュッセルは西バルカン諸国に対しては、(響茲諒刃妥解決、地域間の協力強化―を条件に挙げてきた。北マケドニアはこの2つの条件を成就し、いよいよブリュッセルとの加盟交渉が始まると期待していたが、ここにきて北マケドニアとの加盟交渉開始に反対する加盟国が出てきたのだ。独週刊誌シュピーゲル電子版によると、その国の一つにはEUの盟主ドイツも含まれるという。

 マケドニア議会は2018年10月19日、国名変更に関する憲法改正手続きの開始を決め、今年1月11日、国名変更のために必要な憲法改正案を承認し、同25日にはギリシャ議会で改名合意が承認されたことを受け、呼称問題は一応決着し、2月12日に改名が発効した経緯がある。

 マケドニアは1991年、旧ユーゴスラビア連邦から独立、アレキサンダー大王の古代マケドニアに倣って国名を「マケドニア共和国」とした。ギリシャ国内に同名の地域があることから、ギリシャ側から「マケドニアは領土併合の野心を持っている」という懸念が飛び出し、両国間で「国名呼称」問題が表面化した。 

 ギリシャ側はマケドニアが国名を変更しない限り、EUと北大西洋条約機構(NATO)の加盟交渉で拒否権を発動すると警告。そのため、マケドニアはギリシャ側と国名変更で協議を重ね、昨年6月17日、ギリシャ北部のプレスパ湖で両国政府が国名を「北マケドニア共和国」にすることで合意した(通称プレスパ協定)。

 ドイツのメルケル首相は北マケドニアのザエフ首相との会合では加盟交渉の開始を支持表明してきたが、その行方に暗雲が漂ってきたのだ。そこでブリュッセル訪問後、北マケドニアのステボ・ペンダロフスキ大統領は24日、2日間の日程でドイツを訪問し、同国の加盟交渉の促進のために外交を展開中だ。EUに加盟できないとすれば、北マケドニアにとって何のために国名を変更したのか、という問いが国民ばかりか政治家の間でも聞かれる。

 ペンダロフスキ大統領は、「ドイツを含むEU加盟国は我が国との加盟交渉開始で基本的に合意している。ただ、ブリュッセルの技術的な問題があるだけだ。この秋には加盟交渉の日程が決まるだろう」と楽観視している。

 ただし、ここにきて新たな問題が浮かんできた。アルバニアと北マケドニアの加盟交渉を一緒に始めようという考えだ。アルバニアは与野党間の紛争が絶えない。そのアルバニアと一緒に加盟交渉を始めることは「不必要な重荷」という声が北マケドニア側には聞かれる。北マケドニアの約25%はアルバニア系住民だ。アルバニア系住民の間には大アルバニア主義という思いもある。北マケドニアとしてはブリュッセルと単独で加盟交渉を始めたい、というのが本音だろう。

 最後に、ブリュッセルの立場を考えてみたい。英国との離脱交渉でブリュッセル側にも疲れが目立つ。英国ケンブリッジ大学国際関係史のブレンダン・シムス(Brendan Simms)教授は独誌シュピーゲル(昨年12月15日号)とのインタビューで、「離脱する英国の未来より、英国を失った欧州の未来の方が深刻ではないか」と指摘していた。英国は世界第5位の経済大国(米中日独)であり、第4の軍事大国(米露中)だ。英国がEUに占めてきた経済実績は全体の15%、EU人口の13%だ。その大国が抜けた後はEU全体の国際社会に占める存在感、パワー、外交力は弱体せざるを得ないことは明らかだ。ブリュッセルも英国の離脱の日が決定した頃から、「英国なきEU」の行方を深刻に考えざるを得なくなってきた(「英国離脱後のEUは本当に大丈夫か」2018年12月24日参考)。

 一方、北マケドニアなど西バルカンとの加盟交渉が控えている。ブリュッセルにとって新規加盟交渉は短期的には財政負担が増えるだけだ。すなわち、英国を失う一方、財政負担が増えるというわけだ。それだけではない。EUでは移民対策で加盟国間の結束が乱れる一方、対ロシア、対中国政策で加盟国の独自行動が目立ち始めてきた。米国とは貿易戦争の様相を深めてきている。EUの顔といわれたドイツのメルケル首相の政界引退も迫ってきた。EUは現在、大きな分岐点に立っているわけだ。

スイスに飛び火したベネズエラ混乱

 1人より、2人の方が賑やかで良い、とはいえない。当方が住むオーストリアには2人の日本大使が赴任されている。1人はオーストリアとの2カ国間を担当する小井沼紀芳特命全権大使だ。もう1人は国連を含む国際機関を担当する在ウィーン国際機関日本政府代表部の北野充特命全権大使だ。

seated
▲ベネズエラのマドゥロ大統領とグアイド暫定大統領(ウィキぺディアから)

 船頭が多いとどうしても争いやいがみ合いが起きてくるものだ。外務省から派遣された2人の大使の間で権限争い、領域争いが起きたとは表立っては聞かないが、全く平和共存関係かというと、そうともいえない。オーストリア担当大使館所属の日本人外交官がウィーンの国連機関を訪ね、会議に参加していたというニュースが国際機関担当の日本大使館関係者の耳に入った時だ。「なぜ、君は国連にきているのかね」といった不審な顔をされたという証言を関係者の口から聞いたことがあるから、やはり小国に2人の日本大使がいるのは財政的に贅沢すぎるだけではなく、人間関係で様々な不祥事が生じる原因ともなるわけだ。

 ところで、欧州の中立国スイスに2館のベネズエラ大使館がある。もちろん、2人の大使、外交官がいることになる。首都ベルンと国連機関がある国際都市ジュネーブにだ。自国の大使館が2館ある場合、スイスに住むベネズエラ国民が旅券の延長や領事関係の要件で大使館に足を向けるとき、どちらの大使館に行けばいいのか、と戸惑ってしまうだろう。そんな話がスイスの公共ニュースサイト「スイス・インフォ」が6月14日報じていた。

 問題は、2カ所の大使館が同じ主人を大統領としている館ならば、地理的に近い大使館を訪ねれば事は済む。ベルンとジュネーブでは地理的には少し離れているから、例えば、チューリッヒに住むベネズエラ国民はベルンに行けば時間を節約できる。

 問題は2館の主人が異なることだ。ベルンのベネズエラ大使館がニコラス・マドゥロ大統領のベネズエラを代表している一方、ジュネーブのベネズエラ大使館の場合は暫定大統領のファン・グアイド氏を国の代表としている大使館だという事実だ。すなわち、前者は政府代表の大使館、後者は反政府代表の大使館ということだ。

 スイス・インフォによると、首都ベルンにあるベネズエラ大使館は昔からベネズエラ政府公式の外交使節を務め、ニコラス・マドゥロ大統領の管轄下にある。ジュネーブのベネズエラ大使館は大使館とは名ばかりで小さなベネズエラ・レストランでスイスに住む反マドゥロ勢力の集会場に過ぎず、外観から判断すれば、一国の大使館という風格はない。

 ジュネーブ居住のベネズエラ国民は、「ベルンの大使館は我々を公平に取り扱ってくれない」という不満が強い。特に、その国民が野党側を支持している場合、仕事がスムーズには進まない。もちろん、ベルン側はそのような批判を一蹴し、「われわれはすべての国民を等しく公平に対応している」と弁明している。

 要するに、欧州のアルプスの小国スイスでもマドゥロ大統領派とグアイド暫定大統領派のいがみ合いが展開されているわけだ。前者はロシアや中国が支援し、後者は米国、ブラジルなど約50カ国がグアイド氏を正式の大統領として公認している。ただし、スイスは公認していない。

 世界最高の原油埋蔵量を誇るベネズエラで紛争が生じて以来、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の統計では約340万人が自国から避難し、コロンビア、エクアドル、ペルーなどに避難している。その難民の一部は親族関係者を頼って欧州に移住してきた。南米からの報道によると、ベネズエラでは深刻な食料不足や医療品不足、さらには全国規模の停電など人道危機に直面しているという。

 スイスに住むベネズエラ国民は母国の現状にやりきれない思いがあるだろう。国家財政を潤すほどの原油生産ができる国がガソリン不足で車を利用できないとか、日常用品にも事欠くということは、同国の為政者の統治能力が疑われても仕方がない。

 スイスに住むベネズエラ国民が迷うことなく、自国の大使館を訪ねることができる日はいつ到来するだろうか。
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

Recent Comments
「最新トラックバック」は提供を終了しました。
Archives
記事検索
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ