ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

その他

願われる「世界の神々」の歩み寄り

 前日「『神』は離婚していた」という話を書いたが、ユダヤ教のトーラ(モーセ5書)の作成者が拘った最大のポイントは「ユダヤ民族の神は唯一、ヤウェ」という信仰だ。換言すれば、ユダヤ民族に入り込んだ多種多様の「神」を崇拝する偶像崇拝を追放し、ヤウェ信仰を復興することだった。

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▲世界のベストセラー「聖書」

 「唯一神教」に拘る宗教人を現代人は理解できないかもしれないが、この問題はひょっとしたら21世紀の最大の問題だろう。イスラム教過激テロ事件が世界至る所で拡大し、多くの犠牲者が出ているが、その発端が唯一神教の信仰に起因しているからだ。

 自身が信じる神が唯一、絶対と受け取る信仰者にとって、他の神を信じる群れは異教徒であり、異端者だ。イスラム教過激派は「キリスト信者やユダヤ教徒は神に反する無法な群れだ」ということになり、彼らを抹殺することが自身の信じるアラーの神への忠誠の証と考える。

 米同時多発テロ事件以降(2001年9月11日)、世界に拡大してきたイスラム過激派テロは自身の神を唯一絶対と受け取り、他の神の存在を認めない神観に起因している。もし、「私はアラーを信じるが、あなたがイエスを信じても問題ではない」と寛大に考えることができれば、異教徒への聖戦とか十字軍戦争といった宗教戦争は発生しないだろう。

 しかし、問題は複雑だ。イスラム教徒ではなくても、何らかの信仰を有する人は自分が信じている神を唯一、絶対と考えるからだ。その信仰姿勢は間違っていない。「私が信じる神はあなたの神よりいいが、彼の神よりは少し劣るかもしれない」といった信仰は考えられない。信仰は自身が受け入れた真理、教えを絶対視することから始まるからだ。

 ローマ・カトリック教会の前法王べネディクト16世(在位2005年4月〜13年2月)は相対主義を厳しく批判した。絶対真理は存在しないという相対主義の終着駅はニヒリズムとなる危険性が出てくる。絶対真理が存在せず、真理は相対的なものに過ぎないと考えれば、信仰は生まれてこない。自分の神こそ絶対であると信じない限り、どうしてその神への帰依が生まれてくるだろうか。

 それでは唯一神教が存在する限り、宗教に基づいたテロ、戦争は回避できないのだろうか。信仰者が「私は自分の神を絶対に信じているし、その教えを真理と受け取るが、他の人が別の神を絶対視し、それを信じていても、それは各自の権利だ」と考えることが出来れば問題はないが、信仰の生命力が失われるかもしれない。ちなみに、キリスト教会もイスラム教も自身の教えを広げるために宣教活動に乗り出す。唯一神の中でユダヤ教だけは宣教活動をしない。

 愛を説き、寛容を称える宗教人がどうしてテロや殺害を行うのだろうか。教えと矛盾しているのではないか。「彼らは神の教えを勝手に解釈し、それを利用しているだけで、本当の信仰とは全くかけ離れている」といった批判の声が聞かれる。イスラム教過激テロ事件が起きるたびに、「あれはイスラム教ではない。本当のイスラム教はべつだ」といった弁明をイスラム教指導者(イマーン)からよく聞く。

 神は寛容と愛の神というより、「妬みの神」でもある。神は自分を信じる者に他の神の存在を容認させない。旧約聖書の世界では選民ユダヤ民族と異教徒との戦いが常に繰り広げられてきた。「知恵の王」といわれたソロモン王ですら異教の神を最後は受け入れ、その結果、統一王国は滅び、南北に分断され、多くの王が出たが、最後は北イスラエルはアッシリアに滅ぼされ、南ユダはバビロン捕囚となって連れ去られた歴史がある。

 神学者ヤン・アスマン教授は、「唯一の神への信仰( Monotheismus) には潜在的な暴力性が内包されている。絶対的な唯一の神を信じる者は他の唯一神教を信じる者を容認できない。そこで暴力で打ち負かそうとする」と説明し、実例として「イスラム教過激派テロ」を挙げる。国際テロ組織アルカイダの行動にも唯一神教のイスラム教のもつ潜在的暴力性が反映しているというのだ。同教授は、「イスラム教に見られる暴力性はその教えの非政治化が遅れているからだ。他の唯一神教のユダヤ教やキリスト教は久しく非政治化(政治と宗教の分離)を実施してきた」と指摘し、イスラム教の暴力性を排除するためには抜本的な非政治化コンセプトの確立が急務と主張している(「『妬む神』を拝する唯一神教の問題点」2014年8月12日参考)。


 唯一神教は既に賞味期限が過ぎた宗教だろうか、将来は多神教の世界が制覇するだろうか。それとも、「神の存在」を抹殺することで、唯一神教、多神教といった論議に終止符を打つことになるだろうか。その答えはまだ分からない(「旧約の『妬む神』を聖書から追放?」2015年5月7日参考)。

 世界には多くの自称キリスト、メシア(救い主)が存在する。「メシア会議」すら開催されている。世界の神が結集した「神会議」が開催され、そこで「アンチ・テロ宣言」が採択され、全ての国民、民族、国家の文化を網羅した「世界経典」が作成されれば、世界は少しは良くなるかもしれないが、その時を迎えるまであとどれだけの犠牲が「神の名」によって払われるだろうか。

極右過激派に漂う焦燥と「終末感」

 旧東独ザクセン=アンハルト州のハレ(Halle)で9日正午ごろ、27歳のドイツ人、シュテファン・Bが機関銃や爆弾で武装し、ユダヤ教のシナゴーク(会堂)を襲撃したが、シナゴークの戸を壊すことが出来ず、会堂内に侵入できなかったために、シナゴーク内の銃乱射事件は未然に防げた。ただし、犯行計画を遂行できなかったBは怒りから路上を歩いていた女性とインビス店で食事中の男性を殺害した。

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▲ハレのシナゴークを訪ねたゼーホーファー独内相(2019年10月10日、独連邦内務省公式サイトから)

 ハレのシナゴーク襲撃事件は、今年3月15日、ニュージランド(NZ)のクライストチャーチで発生したイスラム教寺院襲撃事件を想起させる。NZの事件では犯人ブレントン・タラントは半自動小銃などで金曜礼拝中のイスラム教徒に向かって乱射し、50人のイスラム教徒を殺害し、多数に重軽傷を負わせた。

 NZ事件とハレの事件には酷似している点が多い。。裡攣件ではイスラム教徒にとって1週間で最も大切な「金曜礼拝」中だった。ハレのシナゴークではユダヤ人の最も重要な祝日「贖罪の日」が行われ、70人以上のユダヤ人が集まっていた(両者とも宗教的行事が行われていた時)、∩絢圓糧反佑錬横減个杷鮨夕腟措圈ハレの容疑者は27歳で反ユダヤ主義者、N昭圓箸蘯身の犯行をビデオで録音し、マニフェストを表明、す臻‥に武器を入手している。

 もう一点、看過できない共通点がある。両者とも「今、何かしなければ大変だ」といった焦燥感と強迫感にとらわれていたことだ。ハレの事件を中継していたドイツ民間放送で1人の犯罪専門家が「彼らは一種の終末感に動かされている」と指摘していた。

 ハレのB容疑者は「最も悪いのはユダヤ人だ」と口走り、ユダヤ人の抹殺を画策。NZの犯人は「このままではイスラム教徒に世界を牛耳られる」といった強迫感があった。NZのタラントはフランスの作家ルノー・カミュの著書「大置換」の影響を受け、オスマン・トルコの北上に抵抗したキリスト教圏の英雄たちに強い関心をもち、2、3の騎士たちの名前をクライストチャーチの銃乱射事件で使用した半自動小銃に書き込んでいたほどだ(「NZ銃乱射容疑者が欧州極右に寄付」2019年3月28日参考)。

 米国テキサスで起きた銃乱射事件の犯人も同様だった。米南部テキサス州エルパソのショッピングモールで今年8月4日未明、21歳の白人、パトリック・クルシウス容疑者が半自動小銃を乱射し、20人が死亡、26人が負傷した。クルシウス容疑者は、犯行直前にヒスパニック系移民への憎悪を記した声明をインターネットに出し、「1人でも多くのヒスパニックを殺したい」と叫んでいた。

 彼らは「このままでは我々は追放されてしまう」という思いが深まり、自宅にあった武器を取り出し、自国に侵入してきた異邦人の殺害に乗り出したというわけだ。他の仲間やグループと緩やかなつながりはあったが、3者とも犯行は基本的には単独犯だった(「文在寅、米独の憎悪犯罪から学べ」2019年8月6日参考)。

 NZとテキサス、ハレの銃乱射事件の前には、アンネシュ・ブレイビクが2011年7月22日、ノルウェーの首都オスロの政府庁舎前の爆弾テロと郊外のウトヤ島の銃乱射事件で計77人を殺害した。当時32歳の容疑者の大量殺人事件はノルウェーばかりか、欧州の政界に大きな波紋を投じた。ブレイビクは犯行前、1516頁に及ぶ「欧州の独立宣言」マニフェストを公表し、欧州のキリスト教社会をイスラム教の北上から守る十字軍の騎士を気取っていた(「オスロの容疑者の『思考世界』」2011年7月26日参考)。http://blog.livedoor.jp/wien2006/archives/51878219.html
 ブレイビク、タラント、クルシウス、そしてシュテファン・Bはいずれも焦燥感に悩まされ、「今何かしなければならない」という強迫感から犯行に及んだが、「焦燥感」と「犯行」を結び付けたのが彼らが感じていた「終末感」だったのではないか。

 それでは、彼らを動かした「終末」とは本来何を意味するのか。「終末」といえば、新約聖書「ヨハネの黙示論」を読むと、人類を審判する日の到来、天地異変が起き、人類が滅ぶといったイメージ(アポカリプス)が直ぐに浮かんでくるが、「終末」は、悪が支配する世界が終わり、神が統治する時の到来を意味する。善と悪の交差する時だ。その意味で、「終末」は人類の終わりではなく、再出発の時を迎える、という“善き知らせ”を意味する。

 旧約聖書「創世記」で神はノアの時代、悪魔に支配された人類を大洪水で滅ぼして、ノアの家庭を中心に再創造する話が記述されている。その後、神は「私は2度と人類を滅ぼさない」と約束され、その印として虹を見せている。

 オスロ、NZ、米テキサス、そしてハレの犯行には外的には「拡大する異教徒の侵入からキリスト教徒を守る」といった宗教的な思いが込められ、本人たちもそれに言及しているが、彼らの「終末」には神も悪も大きな役割を演じず、現状を打開できない閉塞感を外的な暴力で破壊行為を繰り返すだけに終わった。彼らは自身の内から突き上げてくる閉塞感に抗することができなかっただけだ。

 彼らは結局、“似非終末”に操られただけではなかったか。ハレのシナゴークを襲撃したシュテファン・Bは会堂の戸を破壊できずに、当初の計画を遂行できないと分かると、「自分は敗北者だ」(Ich bin ein Loser)と叫んだという。

フロイトは「魂」の考古学者だった

 「夢」は昔、未来を占う手段だった。夢を解釈する預言者が現れ、王はその夢を自身が信じる神の声と受け取って重視した。ヤコブの子ヨセフが他の兄弟に疎まれエジプトに売られて行った。さてエジプトの王パロは夢を見たが、誰もその夢を解き明かす者がいなかった。給仕役が夢を解き明かすヨセフを思い出して、パロに伝える。ヨセフはパロが見た夢を解き、エジプトの地に7年間の大豊作の後、7年間の飢饉が襲来すると告げ、穀物を飢饉のために蓄えるべきだと進言した。ヨセフの夢解釈はその通りになったので、パロはヨセフを総理大臣にした話は旧約聖書「創世記」第41章に記述されている。「夢」は久しく未来を告げるものと受け取られていた。

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▲精神分析学創設者ジークムント・フロイト(ウィキぺディアから)

 それを変えたのはジークムント・フロイト(1856〜1939年)だ。彼は「夢」を過去を知る手段と受け取り、無意識の世界を解明し、「夢解釈」をまとめ、精神分析学の道を切り開いた。フロイトにとって、夢は「未来」を告げるものではなく、「過去」の出来事などを教えるものというわけだ。

 当コラム欄では、「骨がその人の歴史を語り出す時」2018年12月18日参考)というテーマを書き、さらに一歩踏み込んで「細胞は歴史を知っている」と述べた。骨とそれを構成する細胞という人体を構成する物質を解析することで、そこに刻印された歴史を解き明かすことができるというのだ。

 一方、フロイトは骨や細胞ではなく、精神(魂)に刻み込まれた過去、無意識の世界を解析していった。それゆえに、フロイトを「魂の考古学者」と呼ぶ学者がいると聞いた。フロイトは、未来より、過去に強い関心があった。現代風に言えば、「未来志向」ではなく、「過去の歴史志向」だったわけだ。

 9月23日にそのフロイト死後80年を迎えた。フロイトのリビドー説が有名で、人間の性的欲望がその人の生き方に大きな影響を与えているとしたが、フロイト自身は性的衝動は子孫を生み出すための手段に過ぎないと考え、女性患者に対しても一定の距離を置き、患者の精神病の解明のために腐心した。彼には俗にいうアフェア(性的スキャンダル)はなかったといわれている。

 私的なことだが、当方は来月、通算10回目の手術を受ける。今回は左目の手術だ。手術の回数として少なくないが、フロイトは生涯33回の手術を受けたと聞いて、驚いた。彼は晩年、口腔ガンに苦しめられていた。ナチス・ドイツ軍が1938年3月、オーストリアに侵攻すると、迫害を逃れてロンドンに亡命した時はガンは拡大し、彼は自由にしゃべることもできないほどだった。独仏共同出資のテレビ局「ARTE」のドキュメンタリー番組でフロイトの生の声を聞いたが、彼の発言は聞きずらかった。フロイトは痛みが耐えられなくった後、知り合いの医者からモルヒネをもらって亡くなった。83歳だった。ロンドンに亡命して1年も経過していなかった。(「フロイト没後80年と『ノーベル賞』」2019年9月7日参考)。

 彼は生前、カール・グスタフ・ユング(1875〜1961年)と出会い、友好関係を築いていった。ユングがユダヤ人ではなく、スイス人の精神医であることをフロイトはことのほか喜んだという。なぜならば、当時、精神分析学は“ユダヤ人の学問”と受け取られるほど、ユダヤ系学者が多数を占めていたからだ。例えば、ウィーンでは毎水曜日夜9時、精神分析学を研究する学者が集まり、フロイトを中心に精神分析の解析方法などについて意見の交流が持 たれた。彼らはほとんどがユダヤ人学者だった。

 ちなみに、ユング自身は「フロイトは非常に複雑な性格の人間だった」と述べている。ユングはその後、フロイトの精神分析学から距離を置いて、独自の深層心理学理論を切り開いていった。

 最初のテーマ、「夢」について。多分、夢には未来を告げる予言的なものと、脳内の海馬に刻印された人間の過去の出来事の再現を示唆する2通りが考えられる。人間は夢を見る存在だが、その夢を正しく解き明かすのは案外、難しい。

 新約聖書には、「神がこう仰せになる。終わりの時には、わたしの霊を全ての人に注ごう。そして、あなたがたの息子娘は預言をし、若者たちは幻を見、老人たちは夢を見るであろう」(使徒行伝2章17節)という聖句がある。高齢化社会の21世紀には「夢」を見る人が増えるとすれば、その夢を正しく解き明かすヨセフのような人物が必要となるわけだ(「ちょっとフロイト流の『夢判断』」2012年10月22日参考)。

フロイト没後80年と「ノーベル賞」

 ジークムント・フロイト(1856〜1939年)が亡くなって今月23日で80年目を迎えることもあって、フロイトに関する話を聞く機会が増えた。フロイトは「ウィーンは心理学のエルサレム」と呼んでいた。彼は生前、ノーベル医学賞ばかりか、ノーベル文学賞候補にも推薦されていたという事実を聞いて驚いた。精神分析分野で“無意識の世界”にまで踏み込み、その後の心理学、精神分析学に大きな影響を与えたこともあって、フロイトがノーベル医学賞候補に推薦されたことがあった、というのは頷ける。

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▲精神分析学創設者ジークムント・フロイト(ウィキぺディアから)

 そのフロイトが文学賞候補としても挙げられていたことは意外だったが、同時に納得できた。彼は言葉の重要性を常に強調してきた。精神病の患者の外観、行動を見て分析するだけではなく、その患者が発する言葉の意味、背景、歴史を重視して、患者の心の世界に踏み込んでいった。その際、言葉は最大の武器だ。

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▲ウィーンにあるフロイト博物館内のフロイト像(フロイト博物館のHPから)

 彼の多くの著書は単なる精神分析の専門書というより、文学書を読むような心の感動を受けるのも、フロイトが言葉を重視していたからだろう。その意味でフロイトがノーベル文学賞候補に挙げられたのは理解できる。いずれにしても、フロイトは1912年から20年の間、何度もノーベル医学賞の候補に推薦されているが、最後まで獲得できなかった。

 例えば、1921年にノーベル物理学を受賞した同じユダヤ人のアルベルト・アインシュタイン(1879〜1955年)はフロイトの医学賞候補には異議を申し立てていた。曰く、「心理学は科学ではない」という理由だ。しかし、アインシュタインは後日(1939年)、フロイト宛の書簡の中で、「あなたの著書を読む度にその文学的表現に感動を覚えます」と述べ、フロイトの著書の文学的価値を認めている。フロイトは「患者の話を物語のように綴る才能を有していた」といわれている

 フロイトは精神分析でも視覚的な現象からだけでなく、患者が語る言葉の意味、その背景を重視して精神病患者を治療している。先ず、思考が“霧と靄に包まれて”浮かび上がる。それを言葉を通じて形態を付与する。フロイトは,「言葉は本来、人間を治癒する魔法」と信じていたが、「言葉がその魔法を次第に失ってきた」と懸念を表している。新約聖書ヨハネによる福音書第1章の有名な聖句、「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった」を想起させる発言だ。

 フロイトは1917年、人間に屈辱を与えた3つの出来事を挙げている。.灰撻襯縫スの地動説、▲澄璽Εンの進化論、そしてフロイトが提示した無意識の世界だ。この3件の出来事を通じて、人類が自身の運命の主人ではないことが明らかになり、人類は威信を失ったというわけだ。の場合、無意識が人間の言動を操っているというのだ。

フロイトは小物、骨董品などを集めていた。彼のデスクには中国の昔の小さな像が置いてあった。彼は毎朝、事務所に入るとその置物に「おはよう」と声をかけてから仕事を始めたという。このエピソードは家事手伝いの女性の証言だ。

 フロイトは特別、宗教的ということはなかった。しかし、ユダヤ民族をエジプトの苦役から解放し、出エジプトを主導したイスラエルの指導者モーセには強い関心を持っていた。そして「なぜユダヤ民族は迫害されるか」、「どうして唯一神教が生まれてきたか」を常に考えていたという。

 ナチス・ドイツ軍が1938年3月、オーストリアに侵攻すると、ユダヤ人への迫害が一層強まっていった。フロイトは同年6月、フランスのナポレオンの親族関係者らの支援を受けてパリ経由でロンドンに亡命したが、1年もしないうちに、第2次世界大戦を体験することなく、39年9月23日、83歳で亡くなった。

 蛇足だが、精神分析学の創設者フロイトはノーベル医学賞を受賞できずに亡くなったが、あのアドルフ・ヒトラーは1度ノーベル賞候補に推薦されたことがあった。もちろん、ノーベル医学賞、文学賞ではなく、ノーベル平和賞だ。ユダヤ人を大虐殺した指導者ヒトラーが実際ノーベル平和賞を受賞していたならば、大変だった。幸い、ヒトラーの平和賞推薦は、ナチス・ドイツ軍のポーランド侵攻前に撤回されたという。

デジタル時代の「あの世」の様相

 科学者エマヌエル・スウェーデンボルグ(1688年〜1772年)には霊界との通信を記述した「霊界日誌」がある。当時一流の科学者が書いた「あの世」の実相がここにきて改めて大きな関心を呼び起こしている。一方、当方の大好きなシャーロック・ホームズの生みの親、作家アーサー・コナン・ドイル〈1859〜1930年)は早く亡くなった息子の声をもう一度聞きたくて米国心霊現象研究協会入りして霊界について大きな関心を寄せた話は有名だ。

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▲facebookのロゴ(facebookの公式サイトから )

 ところで、21世紀の今日、フェイスブック(facebook)が「あの世」へのリンク先という。独週刊誌シュピーゲル最新号(8月24日号)には「あの世へのリンク」(Link ins Jenseits)というタイトルの記事が掲載されている。そこで「亡くなった人はfacebook、LinkedIn、Instagramなどに多くのデジタルな足跡を残している。そのヴィジュアルな遺産は誰に属するか」と問いかけている。

 これまでの葬儀では遺体とその人が愛した遺物、思い出を綴った写真などを棺に入れたり、家族が保管して慰霊するのが普通だった。デジタルな今日、多くの人はfacebookやWhats Appに生の声を残し、Instagramに夏季休暇を過ごした時の写真などを載せている。だから、愛する人の声、写真などをもう一度聞きたい、見たいと思えば、故人のfacebookなどを開ければ無数のデジタル化された思い出が再現できる。

 シュピーゲル誌は、娘さんを亡くしたが、病床で録音した彼女の心臓の音を毎晩、聞きながら娘さんに話しかけているというエピソードを紹介している。墓石にQRコードを彫り、墓を訪ねる度に家族はそのコードを通じて死んだ家族の生々しい姿、声、思い出を再現しながら時を過ごすことができる。

 コナン・ドイルが21世紀のデジタル時代に生きていたならば、米国心霊現象研究協会に入会しなくても、亡くなった息子がデジタルな世界に残していったメール、写真、声などを再現しながら、息子さんといつでも再会できる、というわけだ。

 オックスフォード大学インターネット研究所に勤務する社会学者カール・エーマン氏は、「今世紀末までにファイスブックは世界中で亡くなった49億人の会員のプロフィールを保管するだろう。facebookが一種の墓地となって、そこに行けば、故人と再会できる」という。

 デジタル遺産は遺族関係者にとって非常に貴重なデータだ。その一方、「亡くなった会員のデジタル遺産を保存するfacebookのデータ・メモリーは時間の経過と共に拡大し、機能がブロックされることが予想される。そのうえ、企業側には何の広告収入も入らない」という事態が考えられる。

 近い将来、「遺族関係者にとって貴重なデジタル遺産」と「魂のないアルゴリズムの企業側」の利益関係が大きな問題となってくることが予想される。そこでエーマン氏は、「社会は死後のデジタル生命を安全に保全する倫理的な枠組みを構築しなければならない」と提言している。

 facebookに保管された無数のデジタル遺産を通じて故人と交流するという意味でfacebookは「あの世」へのリンク先だが、facebookが提示する「あの世」はあくまでも物質的霊界だ。現代人は神への信仰を失ったが、永遠に生きたいという羨望は失っていないから、神が約束した「天国」の代わりに、視覚的な霊界をつくりあげ、そこで愛する人と過ごした思い出を再現し、永遠に生きようとしているのかもしれない。

 現代人は忘れられることを極端に恐れる。人は思い出を通じて永遠に生きる。それを助けるのがfacebookが提供する「モダンな仮想霊界」というわけだ。興味深いトレンドは、「死」がタブーから解放され、人生の終わりを祝おうとする傾向がここにきて見られだしたことだ。

海外紙論調に反映する「朝日」の誤報

 オーストリア代表紙プレッセの社説(19日付)は「強制労働(元徴用工)と慰安婦=北東アジアの険悪な状況」で、日韓両国関係が険悪化していること、その背景には歴史問題があることを指摘している。書き手はブルクハルド・ビショフ記者だ。プレッセ紙のベテラン記者は基本的には東欧諸国やロシア問題を担当してきたが、今回突然、日韓問題について社説をまとめているのだ。

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▲オーストリア代表紙プレッセ19日付社説のコピー

 当方は同記者を個人的に知っている。冷戦終焉直後、ウィーンのポーランド大使館でワルシャワから訪問中の国防相と会見するために大使館に出かけた時、同記者もどういうわけか同じ時間帯に国防相と会見することになっていたため、一緒に国防相と会見したことがあった。同記者は当方のことを忘れているだろうが、同記者の名前がBischof(ビショフ)だったので、当方は勝手に「プレッセ紙のカトリック教会の司教(ビショフ)」と受け取って名前を覚えてしまった次第だ。

 肝心のビショフ記者の社説の内容に入る。繰り返すが、彼は朝鮮半島の専門記者ではない。記事の内容は多分、米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)の記事を参考にしながら日韓問題をまとめたのだろう。そして NYTの東京特派員は朝日新聞の論調を土台として記事を書くことで知られているから、ビショフ記者の朝鮮半島の分析記事は否応なく朝日新聞の論調と重なってくるわけだ。ただし、同記者の社説にはNYT記者が頻繁に使う「性奴隷」といった忌むべき表現は出てこない。

 ビショフ記者は、「北東アジアの経済大国、日本と韓国は目下、歴史問題で対立し、両国の和解の見通しは当分ない」と悲観的に描写し、歴史的争点として日本の植民地時代の「強制労働」と「慰安婦」問題を挙げている。

 記者は慎重に書いているが、日本側の両争点に対する見解は社説の中ではほぼ省略されているから、強制労働、慰安婦問題というテーマを挙げることで、日本側の責任を示唆しているわけだ。

 「強制労働」といっても、韓国人は当時、自主的に仕事を求めていったケースが少なくなかったこと、その労賃は半島地域より高かったことなどの説明はない。だから、アジアやアフリカを植民地化し、資源だけを搾取し、労働者を文字通り奴隷にようにこき使った欧州列強の強制労働のイメージが自然に結びつく。「日本も同じようなことをした」というメッセージが読者に伝わっていくわけだ。

 記者は1965年の日韓請求権協定には言及し、日本側の主張を書いているが、その重点は「日本は戦争犯罪を犯した国だ。その国は最終的に全ての責任がある」というトーンが根底に流れている。韓国最高裁の決定を紹介しながら、文在寅政権の立場を間接的に認めている。

 「慰安婦問題」でもそうだ。日韓両国は慰安婦問題で合意し、日本側がアジア基金に資金を拠出した。韓国の文在寅政権がその合意を一方的に破棄したことには言及しているが、その背景、理由は全く無視しているから、ここでも「日本側が慰安婦を集めて女性たちを酷使したのだから、日本側に責任がある」という論理が自然に浮かび上がってくる。書かなくても、問題を提示するだけで、責任は日本にあるという論理が展開されるから、韓国側には万々歳だろう。詳細な成り行きが説明されれば、韓国側は弁明に苦慮するからだ。

 「慰安婦問題」では、慰安婦という表現の発信先、朝日新聞の記者が恣意的に情報を操作し、慰安婦物語を創作していたこと、ベトナム戦争時の韓国兵士のベトナム人女性への性的犯罪、レイプ事件、ライダイハン問題にはまったく言及していない。戦争時の女性への犯罪というのならば、その規模、犠牲者の数でもベトナム人女性への性犯罪件数が圧倒的に多いが、ビショフ記者はそれについて一行も触れていない。

 記者は多分、そんなことには関心がない。情報源の内容が誤報だったことが判明すれば、今回のような社説は書けない。社説の論理が崩れてしまうからだ。ビショフ記者は日韓報道での最新の歴史的検証の事実を削除したわけだ。

 ビショフ記者は、「日韓両国関係の困窮はどちらの問題か」と自問した後、「新天皇が先週、父親の上皇と同じように、日本の戦争の過去について深い遺憾を表明し、恐ろしい戦争を2度と繰り返さないことを希望すると述べた」と書いている。同記者はその前に、慰安婦問題と強制労働問題に言及しているから、新天皇が強制労働と慰安婦問題に対し、謝罪を表明した、という風に受け取られてしまう危険が出てくる。

 ちなみに、同記者は社説の中で「日本の戦争犯罪」という表現を使い、「安倍晋三首相は日本の戦争犯罪を可能な限り矮小化しようとしている」と記述している。

 「戦争犯罪」といえば、欧州人ではナチス・ドイツのユダヤ人大量虐殺と結びつく。記者は日本の植民地下の問題をナチス・ドイツの戦争犯罪と同列視し、日本を批判していることが分かる。旧日本軍の戦争時の蛮行はあくまでも戦争下で起きたものであり、ナチス・ドイツのユダヤ人大量虐殺とは全く異なっている。オーストリアはナチス・ドイツと連携し、戦争犯罪を犯した共犯国だったこともあって、ビショフ記者は「旧日本軍も同じだ」という論点が基本にあるのだろう。大きな間違いだ。

 記者は最後に、韓国内の民族主義、反日ルサンチマン(恨み)に言及し、「韓国は日本の過去問題で常にその要求のハードルを高くしている」と述べ、記事の公平さを保とうと努力している。ただし、「韓国の民族過激派は日本国内の民族主義者を支える結果となっている」と述べ、安倍首相に「歴史修正主義者」という刻印を押し付け、「韓国との和解の可能性を閉ざしている」と批判している。すなわち、日韓の歴史紛争は日本側の責任だというわけだ。

 ビショフ記者の社説を読みながら、朝日新聞の誤報とNYTの反日記事がアルプスの小国オーストリアの代表紙、プレッセの社説にも大きく影響を与えていることが分かる。残念ながら、同記者独自の情報、論調は社説の中には見当たらない。

 それにしても、駐オーストリアの日本大使館は何をしているのだろうか。香港の大デモ問題で駐オーストリアの中国大使がプレッセ紙に寄稿し、欧米の反中国論調に激しく反論していた。その反論の内容は中国共産党政権のプロパガンダに過ぎないが、中国大使は外交官としては愛国的であり、勤勉だ。

 一方、ウィーンの日本大使館はどうしているのか。メトロ新聞や大衆紙の記事ではない。オーストリア代表紙の社説で日韓の歴史問題が言及されているのだ。間違い、誤解が見つかれば、プレッセ紙編集局に抗議し、必要ならば中国大使のように反論記事を寄稿すべきだろう。海外の日本外交官の無策、怠慢が日本の声を殺し、韓国側の主張がまかり通る最大の理由となっているのだ。今からでも遅くない。日本外交官は反論すべきだ。

PTSD患者の心に潜む深い傷跡

 心の傷は体の外傷よりも深く、時には快癒されない場合がある。相手の心を傷つけた人はナイフで相手の体を傷つけたよりも深い痛みを与えることがある。偶然にも、オーストリアの最大部数を占めるクローネン紙の日曜版(8月11日)と独週刊誌シュピーゲル(8月3日号)には心的外傷後ストレス障害(PTSD、Post Traumatic Stress Disorder)に罹った人の体験談が報じられていた。クローネン日曜版では交通事故で愛する人を失った遺族の女性、事故で半身不随となった犠牲者、そして事故を誘発した加害者の3者のそれぞれの心の痛みを記述していた。後者ではドイツ連邦軍所属の2人の兵士のPTSD治療の現状が報告されていた。

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▲独連邦軍の予備軍(独連邦軍公式サイトから)

 PTSD患者は精神的療法を受け、心に潜む事故当時の悪夢(トラウマ)とそれによってもたらされた心の葛藤を解きほぐそうと懸命に努力する。ただし、PTSDの場合、完全に治癒されたといった状態は考えられない。トラウマが軽減したとしても、いつ、どこで再発するか本人も医者も分からないからだ。突然、トラウマが戻ってくる(Flashback)。

 戦地から家庭に戻った兵士は通常の日常生活に適応できなくなる。悪夢、睡眠不足、攻撃性、欝などの症状がみられる。スイッチが切れているテレビの前で何時間も画面を見ているといった状況もみられる。心はトラウマが生じた時の現場に戻り、痛みを感じている状況が繰り返されるのだ。アフガンに7年間駐留していた1人の兵士はPTSDが原因で2度、離婚している。

 独連邦軍の情報によると、2011年から17年の間に1300人以上のPTSD患者が登録された。昨年は1875人がPTSD治療を受けている。ただし、正確な統計はないという。どれだけの兵士がPTSDに悩み、回復したかは不明だからだ。2009年、アフガニスタンの治安維持のために設立された国際治安支援部隊(ISAF)に派遣された兵士の2%にPTSDの症状がみられたという。PTSDから自殺に追い込まれたケースが5件報告されている。ただし、退役後の自殺件数はそこには含まれていない。2013年の独連邦軍の調査によると、紛争地に派遣された兵士は不安症候群やアゴラ・フォビア(広場恐怖)に罹るケースが多い。彼らは通常の国民より喫煙や飲酒に溺れるケースが多いという。

 シュピーゲル誌は2人の独連邦軍兵士の心の葛藤を綴っている。1人の兵士は「動くものは全て撃てと命令されていた。何人の人間を殺したか分からないほど撃ち続けた」と証言している。アフガニスタンで子供が武器をもって自分のところに近づいてきた。武器を持っている以上、射殺しないと自分が危ないから、撃った。後でその子供は見つけた武器を兵士に手渡そうとして近づいてきただけだったことが分かって、子供を殺したという自責の念でその後、苦しみ続ける。もう1人の兵士は同僚を戦死させたのは自分ではないか、と悩み続ける。

 ちなみに、イラク戦争、アフガン戦争の米帰還兵の多くはPTSDに悩まされて、日常生活に復帰できずに葛藤する。妻や子供たちと談笑していても、彼らの心は戦地にあった。その1人は、「自宅、路上、周囲に置かれたゴミ袋を見る度に、その中に爆弾が仕掛けられているのではないかと考える」と証言している(「アメリカン・スナイパーは英雄か」2015年2月26日参考)。

 戦地の話だけではない。クローネン日曜版には交通事故で自分のせいで相手を殺してしまった青年の話が載っていた。彼はその後、欝に陥り、仕事を失い、自殺の衝動に駆られることもあったという。

 PTSDに悩まされている独連邦軍の兵士は目下、EMDR療法を定期的に受けている。EMDRとは、Eye Movement Desensitization and Reprocessingの略で、眼球運動による脱感作と再処理療法を意味する。米国で開発された新しい治療技法で、特にPTSDに効果があるといわれている。

 医者は治療中、患者にPTSDを誘発した出来事について問い続ける。患者は過去の心の痛みとなった出来事を思い出す。眼球運動を通じ、脳内のブロックを解除し、患者のトラウマを再処理することで患者の痛みを軽減させるわけだ。問題は、患者のトラウマを再現させるわけだから、悪魔を呼び起こすことにもなり、患者に一定のリスクが出てくる場合が考えられる。

 クローネン日曜版のインタビューの中で、著名なトラウマ治療医のラインハルト・ピチラー氏は、「心理治療だけでは十分ではない。トラウマ治療が欠かせられない。その点、EMDRは効果はある」と述べているが、心と体がもたらすPTSDの全容は依然解明されていないのが現状だ。

人はなぜ「預言者」を迫害するのか

米国のテレビ番組「Dr.House」で医者のハウス(ヒュー・ローリー)が言った台詞が忘れられない。
 「『自分は毎日、神に話しかけている』といえば、彼は敬虔な信者だと思われるが、『神が自分にこのように語った』と喋り出すと、『彼はとうとう狂人となった』とため息交じりに呟く」とユーモアたっぷりに語る場面がある。

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▲旧約聖書の中の4大預言者の一人イザヤ(「火で唇を神聖にするイザヤ」ベンジャミン・ウエスト画1782年、ウィキぺディアから)

 同じことが、過去の預言者と呼ばれる人物の生涯にも当てはまるかもしれない。「私はこのように考える」といえば、なるほどと感心されるか、間違っていると指摘されるだけだが、「神が自分にこのように語った」といえば、その途端に「彼はおかしくなった」と受け取られてしまうのだ。

 旧約聖書に登場する多くの預言者は人々から狂人と受け取られ、悪魔に取りつかれたと恐れられ、迫害され、殺害されていった。イエスは「預言者は自分の郷里では歓迎されない」(「ルカによる福音書」第4章24節)と指摘している。

 実例を挙げて説明する。“貧者の聖人”と呼ばれたマザー・テレサは生前、親族関係者に送った書簡の中で、「私は神を求めるが見いだせず、イエスの声が聞きたいと思っても聞けない」と自身の信仰の空虚さを吐露している。この書簡内容を読んで、「テレサは狂人だ」と思う人はいないだろう。彼女は生涯を貧しい人々の救済のために献身的な歩みをした人物だ。テレサの「神の声、イエスの声が聞けない」という告白は信仰者テレサの苦悩だが、その姿を見て大多数の人はテレサが敬虔なキリスト信者だと再認識するだけだ。

 しかし、もしテレサが、「神は私に、国連総会に出席して世界に向かって『貧者のために献金をしなさい。豊かな者はその財産をすべて差し出しなさいと語りなさい』と仰った」と言えば、まずビックリするだろう。テレサの言動が激化し、「全ての財産を放棄すべきだ」と言い出したならば、それを聞いた人々は次第にテレサから離れていき、「彼女はおかしくなった」というだろう。

 「神はかく語りたもう」と路上で語るキリスト教伝道師を見たことがある。真剣にそのメッセージに耳を傾ける人もいるが、多くの人々は狂人とまでは思わなくても、おかしな人だと考えながら通過していく。神が直接語り出した瞬間、人々はそのメッセージを伝達する人を狂人扱いにするわけだ。

 スーパー・コンピューターが駆使され、統計学が発展する現代、人は予め何が起きるかをある程度想定できる時代に入ってきた。それに呼応して各分野で自称、予言者が増えてきた。地震予知だけではなく、選挙の見通しから、がん患者の余命まで予測できるようになってきた。医者が患者に「あなたの余命はあと何か月間です」と告げることができる時代に入った。現代の予言者はビッグ・データを解析し、統計学に造詣が深いから、その予言は実証的であり、的中率も高い。

 前回の米大統領選でトランプ氏の当選を予想した政治学者やメディア関係者は少なかったが、予想した人も出てきた。その予言は膨大な情報を駆使し、ビッグデータを分析、ごみデータを捨てた結果だった。サイコロを振ったり、カードで占った結果ではない。

 一方、預言者はスーパー・コンピューターや統計学の恩恵とは余り関係なく、その声は小さく、何か心細く聞こえる。予言者はその予言が的中すれば社会的、経済的恩恵を得るが、預言者は報酬を受けることがないばかりか、時として「世の中を惑わす似非預言者」と中傷され、誹謗される。なぜならば、預言者が語る内容は実証的ではなく、飛躍し、時には反社会的に響くからだ。最悪の場合、預言者は刑務所に監禁される。

 21世紀になって予言者は増え、その的中率は年々、向上していったが、預言者は社会の影に隠れ、表に出る機会は益々少なくなる。彼らの預言はマイクがないと遠くまで届かないので、多くの人はその言葉を聞き取れない。

 予言者は可能な限り多くの情報を駆使し、状況分析するが、預言者は本人もそれが正しいのか、間違っているのか分からない情報を繰り返す。その出典も限られている。だから、預言の説明を求められた場合、預言者は納得できる説明ができない。唯一、「神がそれを語れと命じたから」というのが精一杯だろう。これで納得する人は21世紀には少ない。

 それでは、何故預言者は社会で迫害されるのだろうか、米長寿TV番組「スーパーナチュラル」を観ている読者には良く分かるだろう。番組の中で預言者、「神の言葉の番人」ケビンが出てくるが、その運命は過酷だ。彼は神の言が記述された石板の文字を解読して、主人公のサムとディーン兄弟に伝えようとするが、悪魔がそれを阻止する。悪魔は誰が預言者であるかを最も早く知っているからだ。

 グーグルで「神」をサーチすると、英語で16億件以上、独語で1億3700万件以上の結果が出てくるという。インターネットの世界で「神」を探すのは大変だ。同じように、神が遣わした「預言者」を探し出すのも容易ではないわけだ。

地球衝突リスクの高い「小惑星」の話

 欧州でも様々な賭け事がある。スポーツ分野ではサッカーの試合、ボクシングの世界タイトル戦、政治分野では選挙の行方、政治家の当落、有名な女優の出産時の新生児の性別までいろいろだ。ここまで賭けなくてもいいのにと思うこともある。「人間は賭ける存在だ」といえばそれまでだが。

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▲地球に接近する小惑星(欧州宇宙機関=ESA公式サイトから)

 さて、1対7000の掛け率(オッズ)を読者の皆さんはどのように受け取られるだろうか。例えば、サッカーやボクシングの世界ではありえない掛け率だ。せいぜい1対3程度だ。ところが、欧州宇宙機関(ESA)は16日、プレスブリーフィングで小惑星「2006QV89」が今年9月、地球に衝突する可能性はなくなったが、衝突する可能性は1対7000だったと発表した。惑星の地球衝突リスクの確率が4桁内ということは非常に危険だったことを意味する。

 考えてみてほしい。欧州レベルで行われる富くじ(ロット)の当たる確率は1億4000万対1だ。ほぼ当たらないと考えていい。しかし、今回の小惑星の場合、1対7000だった。我々は事前には知らされなかったが、小惑星が地球に衝突するリスクが高かったわけだ。

 ESAによると、小惑星「2006QV89」の大きさは20メートルから最大50メートル。7月初めのチリ観測データによると、同惑星が9月9日、地球に衝突する危険性はなくなったという。ただし、同惑星は2023年に地球に接近する軌道に再び入るという。同小惑星が地球と衝突すれば、その爆発規模は広島級原爆の100倍にもなるというのだ。

 2013年2月15日、6年前、直径20メートル、1万6000トンの小惑星が地球の大気圏に突入し、隕石がロシア連邦中南部のチェリャビンスク州で落下、その衝撃波で火災など自然災害が発生したのはまだ記憶に新しい。約1500人が負傷し、多数の住居が被害を受けた。ESAによると、今後100年以内に地球に急接近が予測される870の小惑星をリストアップしている。

 「2006QV89」は2006年8月に発見された。発見後、10日間ほど観測されたが、観測データに基づくと、2019年9月9日には地球に衝突することが予測された。確率は当時、1対7000だったわけだ。

 ESAとチリにある「ヨーロッパ南天天文台」 (ESO) は連携し、今年7月4、5日、地球に衝突する危険性のある「2006QV89」をESOのパラナル天文台の超大型望遠鏡(VLT)を利用して観測した。

 小惑星を正確にその位置と軌道を観測することは難しいが、観測された場合、軌道を計算し、地球に衝突する可能性があれば、厳密にフォローすることになる。天文学者は、「一度観測された小惑星が再度観測され、地球に衝突するコース上にあれば要注意だ。われわれは願わくば危険性のある小惑星とは再会したくはない」という。

 小惑星の衝突は過去にもあったし、将来も考えられるが、惑星の軌道を正確に計算できない限り、予測が難しい。地球が大きなダメージを受けるほどの惑星の衝突は過去、記録されていないが、大昔、生存していた恐竜の突然の消滅の背後には、惑星の地球衝突があった、という学説は聞く。ちなみに、米映画の「アルマゲドン」(1998年製作)や「ディープ・インパクト」(同年)などは惑星や彗星が地球に衝突するという台本だ。

 「2012DA14」と呼ばれている小惑星が2013年2月、地球を通過した時、このコラム欄で以下のように書いた。

 「小惑星の急接近は、一時的にせよ地球上の紛争やいがみ合いを忘れさせ、私たちの目を宇宙に向けさせる機会となるだろう。ひょっとしたら、小惑星の急接近は、私たちの思考世界を地球の重力から解放し、偏見も拘りもない、自由な世界に飛躍させてくれるかもしれない」(「『思考』を地球の重力から解放せよ」2013年2月9日参考)。

 今回の「2006QV89」の地球衝突リスクについての報道を読んで、同じように感じている。私たちの思考世界を地球の重力から解放すべき時を迎えている。20日は米アポロ11号が人類初の月面着陸を達成して半世紀が経過する日だ。

ナチス政権が「母の日」を公式制定

 5月第2週目の日曜日、12日は「母の日」だ。夫が妻に、子供が母親に花やチョコレートをプレゼントし、日頃の母親の労に感謝する日として制定された「母の日」は世界の至る所で既に定着しているが、「母の日」の歴史は案外、長い。

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▲「母の日」にプレゼントされるカーネーション(ウィキぺディアから)

 「母の日」という呼称は1644年、英国で初めて設定されたという記録がある。18世紀に入ると「母の日」は広がり、1900年に米国に伝わった。そして米国の社会活動家アン・ジャーヴィス(Ann Jarvis)の娘アンナは自身の母の願いを実現するために「母の日」を設定し、全ての母に感謝する祝日とすることを呼び掛けた。その呼びかけは広がり、1904年に米45州が「母の日」を導入、1914年に米国の国家的祝日となったことから、「母の日」は米国発の祝日といわれているわけだ。


 ドイツでは1923年、「母の日」が祭日となったが、それは花屋さんの商売魂から出てきたもので、夫や子供たちが妻や母親に日ごろの仕事に感謝するために花を買ってプレゼントすることを狙ったものだ。それが次第に定着していったが、国の祝日となったのはナチス・ドイツ政権が発足してからだ。


 ナチス政権は母親の聖なる義務を鼓舞し、できるだけ多くの優秀な子供を産み、敬虔な民族社会主義者に成長させるようにという狙いから1933年「母の日」を公式に国家祝日とした。

 ナチス政権は劣等な子孫の誕生を回避し、優秀な子孫を増やすという「優性思想」を奨励していた。その流れから、「母の日」を国家的祝日としてプロパガンダしていったわけだ。当時は女性が外で仕事をするという伝統はなく、男性が外で働き、女性が家を守り、子供を育てるというというものだった。


 ナチス政権の崩壊後、ドイツは東西に分裂し、旧東独では女性は男性と同様、労働者とみなされ、「母の日」という祝日は消滅していった。その代り、5月8日を「国際女性の日」とした。旧西独では「母の日」は継続されていった。


 ちなみに、ナチス政権が祝日とした日では、「母の日」以外では5月1日のメーデーもその一つだ。1886年、米国の労働者が8時間労働の要求デモから始まったメーデーはドイツでは祝日ではなかったが、ナチス政権は1933年に政権を掌握すると祝日とした。その他、ナチス政権は教会税を導入したことで知られている。ドイツの教会税は今日まで続いている。宗教と国家の明確な分離を建前とすることから、教会税はドイツ基本法に反しているという声が憲法学者たちから聞かれる。


 「母の日」の話に戻す。日本では赤いカーネーションを「母の日」にプレゼントするが、オーストリアでも「母の日」にはチョコレートを買ってプレゼントしたり、花を買う習慣がある。子供たちはお小遣いをため、贈り物を買う。ただし、2組に1組のカップルが離婚するオーストリアではシングル・マザー、シングル・ファーザーが多いこともあって、子供から「母の日」を感謝される、といった幸運な母親の数は年々少なくなってきたことも事実だ。

 「母の日」を前に、テレビではチョコレートのコマーシャルが頻繁に流れ、スーパーではスイス製の高級チョコが安く売られている。「母の日」はバレンタインデーと同じように商売人にとって稼ぎ時だ。


 当方が小学校に通っていた時、先生から「母の日」のカーネーションには赤と白の2色あって、母親を亡くした子供は赤のカーネーションではなく、白いカーネーションだと聞いた。赤いカーネーションを先生からもらって家に帰る友達を羨ましく思ったものだ。


 最後に、「母の日」に関連した名言を探した。以下はユダヤのことわざだ。


 God could not be everywhere and therefore he made mothers.
 神は常に貴方の傍にはいられないから、母を創造したのだ。


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