ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

ロシア

政界は「道化師」の活躍の舞台に

 ウクライナで21日、最高会議(定数450)議会選挙が実施され、元人気コメディアンのゼレンスキー大統領が結成した新党「国民の奉仕者」が予想通り、過半数に迫る約44%の得票率を獲得して第一党となった。ウクライナでは議会より大統領の権限は強いが、議会に基盤を持たない場合、政策を実施するうえで障害が多い。ゼレンスキー氏の新党「国民の奉仕者」が議会に基盤を確保したことで、同氏の政治、政策は実施しやすくなる。

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▲投票するゼレンスキー・ウクライナ大統領(ウクライナ大統領府公式サイトから、7月21日)

 議会選の結果を受け、ゼレンスキー大統領は同日夜、今後の優先課題として、東部の親ロシア派勢力との紛争停止、捕虜の帰還、腐敗対策の3点を掲げ、取り組むことを表明している。

 ウクライナ国民が実業家・ポロシェンコ前大統領の反ロシア政策、民族主義的政策に対して次第に心離れし始めた時、人気者のコメディアンが登場し、5月の大統領決戦投票で現職を大差で破り、大統領になり、新党を結成して議会も制覇した。その政変のテンポの速さに驚く。

 既成の政治の世界とは無縁のコメディアンのゼレンスキー氏は、国民が考えていること、願っていることを代弁し、キエフの中央政界を牛耳ってきた指導者にノーを突きつけていったわけだ。

 先月18日、ベルリンを公式訪問したゼレンスキー氏の姿をTVで見ていた時、「国王」と「道化師」の関係を思い出した。中世のヨーロッパでは、一般の国民は国王や君主の前に、その政治への不満や批判は絶対に口に出せなかった。言えば、牢獄入りが待っていた。当時、唯一の例外は国王お抱えの宮廷道化師だ。彼は国王の弱みを突いたり、不満を吐露しても罰せられない唯一の階層に属していた。一方、国王は国民の声を直接聞く代わりに、側近の道化師を通じて国民が抱えている問題や不満を知り、それを政治の世界に反映していく、といったプロセスが見られた。

 ゼレンスキー氏はコメディアンで宮廷道化師ではないが、コメディアンが現職の大統領を大差で破って大統領に就任できた背後には、ゼレンスキー氏が一種の道化師のように、国民の考えや感情を代弁し、指導者の前で国民の願いを代弁する存在だったからだろう。国民はどの時代でも道化師を愛するものだ。

 イタリアでも2009年10月、人気コメディアンのベッペ・グリッロ氏は企業家のジャンロベルト・カザレッジョ氏と一緒になって「五つ星運動」を結成した。大衆の不満や批判を吸収していく人民主義政治を展開させる一方、ローマ主導の中央政界で既成政党を批判して旋風を巻き起こした。すなわち、グリッロ氏やゼレンスキー氏のようなコメディアンがアンチ・エスタブリッシュメントのシンボルの役割を果たしているわけだ。

 道化師が中央政界で政治家の腐敗を追及することで、それを見ている国民は日ごろのうっ憤を晴らし、一種のカタルシスを感じる。俳優、コネメディアン、テレビのタレントが選挙の度に一定の国民の支持を得るのは、その知名度だけではなく、彼らが道化師的役割を演じることへの期待があるからではないか。

 ところで、国民の声を代弁する道化師が大統領に就任することはこれまで考えられなかったが、ここにきてそれが考えられるようになってきたのだ。民主主義国だけであり得る現象だ。道化師から大統領に飛躍するのだ。

 独週刊誌シュピーゲル(6月29日号)のキュルビュヴェト記者は「道化役者と神父」というタイトルの中で「コメディアンは政界で成功してきた。同時に、多くの政治家はコメディアンのように振舞ってきている」と指摘し、そのカテゴリーに入る政治家として、トランプ米大統領、次期英首相候補のボリス・ジョンソン氏、イタリアの元首相で欧州議会議員に政治カムバックしたシルヴィオ・ベルルスコーニ氏の名前を挙げている。

 ユダヤ民族の歴史ではサウル、ダビデ、ソロモンといった国王が統治した時代があった。国王は預言者を通じて、神から油を注がれて指導者の座に就いた。例えば、預言者サムエルはサウルに油を注ぎ、王に就任させた。

 民主主義の世界では、預言者から油を注がれて指導者に就任する国はない。「油を注がれる」代わりに、選挙の洗礼を受けて大統領や議員に選出されるからだ。そして選挙がある限り、道化師が登場し、大統領に選出されるチャンスすら生まれてくるのだ。いい悪いは別として、道化師にとって政治の世界は新たな活躍の舞台となってきたのだ。

露外相の「新しい世界秩序」演説

 ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は12日、ロシア外務省所属「外交アカデミー」年次集会で大学教授や学生を前に「新しい世界の秩序」について語った。同外相は「西欧のリベラルな社会秩序は死につつある。新しい世界の秩序が生まれてきている」と高らかに宣言した。タス通信が同日、報じた。

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▲安倍晋三首相と会談するプーチン大統領(モスクワで、2019年1月22日、在日・ロシア大使館公式サイトから)

 ラブロフ外相は、「西欧のリベラルな発展モデルはグローバリゼーションと呼ばれている。それは国家主権の部分的損失を促すもので、その魅力を失いつつある。もはや全ての人々を満足させるものではなくなってきた。西欧では多くの人々がグローバリゼーションに懐疑的になっている」と説明。同外相によれば、グローバルな発展は「多様な軸を後押しするプロセスによって導かれなければならない」という。それを同外相は、「多極な世界秩序( polycentric world order)と呼んでいる。

 ラブロフ外相の演説にもう少し耳を傾けよう。同外相は、「明らかに、多軸と世界各地の新しいパワーセンターの出現はグローバルな安定を維持する努力が求められる。そのためには利益と妥協のバランスが必要だ。その意味で外交は新しい世界秩序では重要な役割を果たすことになる。特に、一般的な受容可能な解決が求められる多くの問題が山積しているからだ。地域紛争、国際テロ問題、食糧安全問題、環境保護問題などだ。だから、ロシアが信じてきたように、外交だけが唯一、全ての人々に受け入れられる合意を実現し、実質的な決定をもたらすことができるものだ」という。まさに`外交賛歌``のようなメッセージだ。

 ラブロフ外相の演説はそれだけでは終わらない。外交の重要性を強調した後、米国批判に移る。「米国とその仲間たちは他国に対し、自身の主張を受け入れるように強要している。彼らは長い歴史の中で世界問題を自国の経済的、金融的な見地から支配してきた。その立場を維持したいという明確な願いのもとに動いている。米国とその仲間たちはもはやグローバルな経済、政治問題を解決できない。彼らの支配を維持するために、権威を駆使する。すなわち、恐喝と圧力だ。彼らは主権国家の内政にも荒々しく干渉することを躊躇しない」と語った。

 ここまで聞いてくると、ラブロフ外相の演説内容はロシアの過去の外交、例えば、ウクライナのクリミア半島併合を弁明するというより、批判することにもなることに気が付く。クリミア半島の併合は第2次世界大戦後、国境線の変更を認めない国際社会の外交原則を破り、武力で併合した実例だからだ。もちろん、ラブロフ外相はクリミア半島の併合問題には言及せず、米国外交の批判に徹する。その意味でラブラフ外相の演説内容は新しいものではない。典型的なロシア外交だ。

 プーチン大統領が安倍晋三首相と北方領土問題、平和条約締結問題で交渉している時、ラブロフ外相はモスクワから、「日本は戦争に敗北したという事実を受け入れるべきだ」と発言し、ロシアが占領している北方領土はその戦果だと主張する。換言すれば、ロシアは戦争の戦果である北方領土を返還する考えはないことを示唆したわけだ。プーチン大統領が安倍首相の目前で言えない本音をラブロフ外相が代わって語ったわけだ。その発言は外交賛歌ではなく、力の賛歌だ。ロシアがバルト3国で展開しているロシア軍の動向は、その典型だ。

 いずれにしても、ラブロフ外相が語ったように、世界は冷戦終了後、「新しい世界秩序」の構築を目指して奮闘してきた。中国の台頭、ロシアの停滞、欧州の混乱で世界の政治バランスが大きく変わった。そこに“米国ファースト”を主張するトランプ大統領が出てきたことで、その世界の政治バランスは一層混沌としてきた。

 「世界の警察官」の役割を放棄したトランプ米政権、「ロシアの大国」の復興を夢見るプーチン大統領、「世界の覇権」を秘かに狙う中国の習近平国家主席、それに「欧州の統合」を進める欧州連合(EU)、これらの4者の主人公を中心に21世紀の「新しい世界秩序」の構築が進められていくわけだ。そのような中で、「アジアの大国」日本が「新しい世界秩序」の構築プロセスでどのような役割を担うことができるか、日本外交の課題だ。

ウクライナ・ロシア両大統領の戦い

 ロシアとウクライナ両国間の紛争がエスカレートし、年末年始にかけ軍事衝突する危険が高まってきている。ロシアのラブロフ外相はクレムリン寄りの日刊紙コムソモリスカヤ・プラウダとのインタビューで、「ウクライナはクリミア半島奪回作戦を計画している」と警告を発する一方、「わが国はそれを打ち砕く用意がある」と強調した。

 インテルファクス通信が17日、ロシア国防省筋として報じたところによると、ロシアは併合したクリミア半島に10機以上の戦闘機を配置する考えだという。モスクワは11月末、地対空ミサイルシステムS−400を同半島に移動する計画を明らかにしている。ラブロフ外相は、「われわれはウクライナと戦っているのではない。ナチ・ドイツ政権のようなウクライナ現政権と戦っているのだ」と主張し、ポロシェンコ大統領の反ロシア政策を厳しく批判した。

 ロシアが2014年、クリミア半島を併合して以来、ウクライナ軍は東部ドンバスでモスクワから軍事支援を受ける親ロシア分離主義勢力と戦いを続けてきたが、ここにきて両国政府の相手国への批判は一段と戦闘トーンを強めてきている。その直接の原因は、.Εライナ正教会のロシア正教会からの分離、▲Εライナ海軍兵士の拘束事件だ。

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▲ウクライナ正教会の新設を発表するポロシェンコ大統領(2018年12月15日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

 .Εライナ正教会は今月15日、首都キエフの聖ソフィア大聖堂 で主教会議を開催し、国内のウクライナ正教会を統合した新たなウクライナ正教会を創設し、新正教会の指導者にエピファニ府主教区のセルヒー・デュメンコ主教(39)を選出したばかりだ。東方正教会の最高権威であるコンスタンチノープル総主教庁はウクライナ正教会の創設を容認し、来年1月6日には正式に公認する予定だ。

 ウクライナ紛争後、ウクライナ正教会を取り巻く状況が変化してきた。コンスタンチノーブル総主教側はロシア正教会がバルカンの正教会圏を主管下に置こうと画策してきたことに不快感を感じ、キエフ総主教下のウクライナ正教会の独立を認める方向に傾いてきた。実際、バルトロメオ1世は今年10月、キエフ総主教のウクライナ正教会の独立を年内に認めると約束していた。

 それに対し、ロシア正教会は過去、コンスタンチノーブル総主教庁に政治的圧力をかけてきた。ロシア正教会トップのキリル総主教は、「ウクライナ正教会の独立は破滅的な決定だ」と非難してきた経緯がある。

 ウクライナ正教会のロシア正教会からの完全な独立を阻止できなかった結果、ロシア正教会は332年間管轄してきたウクライナ正教会を失い、世界の正教会で影響力を大きく失う一方、モスクワ正教会を通じて東欧諸国の正教会圏に政治的影響を及ぼそうとしてきたプーチン氏の政治的野心は一歩後退せざるを得なくなってきた(「ウクライナ正教会独立は『善の勝利』か」2018年10月15日参考)。

 ▲Εライナ南部クリミア半島とロシア本土を隔てるケルチ(Kerch)海峡で11月25日、ロシア警備艇がウクライナ海軍の艦船3隻を拿捕し、24人のウクライナ海軍兵士を拘束し、裁判のためにモスクワに連行した件で、ウクライナとロシア両国は相手側を糾弾し、批判合戦を展開。

 ロシア側は先月25日、「ウクライナ海軍の艦艇は明らかに領海侵犯だ」として、ウクライナ海軍兵士を拿捕。それに対し、ウクライナ政府は同月26日、戒厳令を施行。30日には16歳から60歳までのロシア男性のウクライナ入国禁止を施行した。ポロシェンコ大統領は「ロシアの民兵を阻止するため」と説明している。

 黒海とアゾフ海を結ぶケルチ海峡の自由航行はロシアとウクライナ両国間の協定で保障されてきたが、ロシアがクリミア半島併合後、この海域を自らの「領海」と主張し、ウクライナ側と争ってきた(「ウクライナとロシアと『ケルチ海峡』」2018年12月2日参考)。

 ウクライナのポロシェンコ大統領はキエフで開催されたウクライナ正教会の主教会議に参加し、ウクライナ正教会の新設を称え、「ウクライナ正教徒がモスクワの管理を受けることは絶対に容認されない」と指摘し、正教会の独立はモスクワ支配に終止符を打つものだと強調、国民の愛国心に訴えた。

 それに対し、ロシア側は、「来年3月のウクライナ大統領選を念頭に、ポロシェンコ大統領は戒厳令を発令し、祖国を守る大統領として国民の愛国心をくすぐり、支持率を高めようとしている」(ロシアのラブロフ外相)と批判する一方、ウクライナ側は、「ロシアでは年金支給年齢のアップを受け、国民のプーチン批判が高まってきている。そこでプーチン大統領はウクライナとの軍事衝突を煽り、国民の関心を逸らす策に乗り出している」と受け取っている。

 ウクライナとロシア間の対立は、両国の大統領が自身の政治的延命のために演出している面が否定できない。それだけに、ちょっとした衝突が大規模な戦争にエスカレートする危険性は通常より高いわけだ。

ウクライナとロシアと「ケルチ海峡」

 ウクライナ南部クリミア半島とロシア本土を隔てるケルチ(Kerch)海峡で、ロシア警備艇がウクライナ海軍の艦船3隻を拿捕し、24人のウクライナ海軍兵士を拘束し、裁判のためにモスクワに連行した件で、ウクライナとロシア両国は相手側を糾弾し、批判合戦を展開、対応を間違えれば軍事的衝突にエスカレートする危険性も出てきた。

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▲黒海とアゾフ海(内海)とケルチ海峡の位置(ウィキぺディアから)

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▲ウクライナ生まれの帝政ロシアの画家イヴァン・アイヴァゾフスキーの絵「ケルチの眺め」1839年の作品

 ロシア側は先月25日、「ウクライナ海軍の艦艇は明らかに領海侵犯だ」として、ウクライナ海軍兵士を拿捕。それに対し、ウクライナ政府は26日、戒厳令を施行。30日には16歳から60歳までのロシア男性のウクライナ入国禁止を施行した。ポロシェンコ大統領は「ロシアの民兵を阻止するため」と説明している。

 黒海とアゾフ海(Azov)を結ぶケルチ海峡の自由航行はロシアとウクライナ両国間の協定で保障されてきたが、ロシアがクリミア半島併合後、この海域を自らの「領海」と主張し、ウクライナ側と争ってきた経緯がある。

 ウクライナ側はドイツと欧州諸国に「ロシアに対する制裁を強化すべきだ」とアピール、対ロシアへの軍事圧力を要請。それに対し、メルケル独首相はウクライナの主張を支持する一方、軍事圧力の強化要請には応じない意向を明らかにしている。なお、欧州連合(EU)のトゥスク大統領は30日、ブエノスアイレスでの記者会見でロシアの武力行使を非難し、対ロ制裁の延長を示唆している。

 一方、国連安全保障理事会は先月26日、緊急会合を開き、ウクライナとロシア両国に過激な行動を慎むように表明。米国のトランプ大統領はロシア側がウクライナ海軍兵士を釈放しないことを受け、アルゼンチンで開催中の20カ国の国・地域(G20)首脳会議の期間に予定していた米ロ首脳会談を拒否する一方、「メルケル首相はロシアとウクライナの紛争の調停に乗り出してほしい」と、メルケル首相に両国間の調停役を要請している。

 ウクライナとロシア両国の関係は、ロシア側のクリミア半島の強制併合(2014年)、ウクライナ東部の紛争もあって険悪な状況が続いてきた。ウクライナ側は「プーチン大統領はウクライナ領域のさらなる併合を意図している」と警戒し、北大西洋条約機構(NATO)にロシアの軍事介入阻止のために軍事プレゼンスの拡大を要求している。ウクライナ側の情報によると、ロシア軍が対ウクライナ国境線に結集し、軍事攻勢への準備をしているという。

 ロシア側は「来年3月のウクライナ大統領選を念頭に、ポロシェンコ大統領は戒厳令を発令し、祖国を守る大統領として国民の愛国心をくすぐり、支持率を高めようとしている」(ロシアのラブロフ外相)と批判する一方、ウクライナ側は「プーチン大統領は年金支給年齢のアップを受け、国民のプーチン批判が高まってきているので、ウクライナとの軍事衝突で国民の関心を逸らす常套手段に乗り出している」と見ている。すなわち、ウクライナ側もロシア側も大統領が自身の政治的延命のため隣国との衝突を利用している、と受け取っているわけだ。

 プーチン大統領の場合、ロシア国内の経済的、政治的問題も国民の批判は政府の責任までで大統領批判とはならなかったが、それが変わってきた。「国民の批判がプーチン大統領に向けられてきた」というのだ。これまでアンタッチャブルな存在だったプーチン氏は国民の批判対象となってきたことで危機感を感じ出している。今回の件では、一旦手を挙げたら、いつその手を下すかでプーチン氏も苦慮せざるを得ないだろう。

 なお、ウクライナ問題はクリミア半島の併合だけではない。キエフのEU加盟問題もあるから、ロシアとの関係正常化は並大抵ではない。また、ウクライナでは最大の少数民族ロシア人のプレゼンスは現実だ。例えば、ポロシェンコ大統領の息子の嫁はロシア人女性であり、クリムキン外相の義父もロシア人、といった具合だ。

 参考までに、ウクライナ生まれの帝政ロシアの画家イヴァン・アイヴァゾフスキーの作品に「ケルチの眺め」という1839年の作品がある。アイヴァゾフスキーは海洋画家と呼ばれ海を題材とした作品を多く残した。その一つは「ケルチの眺め」で、アゾフ海(内海)と黒海を挟んだケルチ海峡の風景だ。両岸に住む人々は波の音を聞きながら久しく共存してきた。そのケルチ海峡を挟んでウクライナとロシア両国がいがみ合い、罵りあっているのだ。

ウクライナ正教会独立は「善の勝利」か

 東方正教会の精神的指導者の立場にあるコンスタンチノーブル総主教庁(トルコのイスタンブール)は11日、ロシア正教会の管轄下にあったウクライナ正教会の独立を承認した。ウクライナのポロシェンコ大統領は「悪に対する善の勝利だ」と称賛したという。

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▲ポロシェンコ大統領、キエフ正教会最高指導者フィラレート総主教を迎え、ウクライナ正教会の独立を祝う(2018年10月11日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

 ウクライナ正教会の独立が「悪に対する善の勝利」を意味するのだろうか。この場合、「悪」とは第1にはロシア正教会を意味するが、それよりロシア正教会を政権掌握の手段に利用してきたロシアのプーチン大統領を指すと受け取るのが妥当だろう。

 そうなれば、ポロシェンコ大統領が「悪」といった意味は、ウクライナのクリミア半島を強制的に併合したプーチン大統領を意味し、ウクライナの主要宗教、正教会がロシア正教会から独立を勝ち得たということは、ポロシェンコ大統領がクリミア半島を奪ったプーチン氏にしっぺ返ししたことを意味し、「悪に対して善が勝利した」という表現が飛び出してきたわけだ。

 旧ソ連解体後、ウクライナは独立したが、同時に、ロシア正教会下にあった正教会は3分割された。キエフ総主教所属のウクライナ正教会、従来通りにロシア正教会所属のウクライナ正教会、そして独立正教会だ。

 キエフ総主教庁下の信者数は全体の約50%を占め、最大の規模を誇ってきた。モスクワ総主教庁所属の正教徒約26%だ。信者数ではキエフ総主教庁下に所属するウクライナ正教会が最大の正教会といえるわけだ。

 その結果、ロシア正教会の管轄権から独立を願う声がキエフ総主教に所属する正教会から出てきたのはある意味で自然の流れだ。ただし、コンスタンチノーブル総主教庁はウクライナ正教会の独立にはこれまで反対してきた。

 ウクライナ紛争前にもユシチェンコ大統領時代の2008年、ウクライナ正教会のモスクワからの独立をコンスタンチノーブル総主教側に要求したが、拒否された経緯がある。

 参考までに、ロシア正教会とプーチン大統領の密接な関係を紹介する。

 ロシア正教会はソ連共産党時代の癒着問題があって、ソ連解体後も立ち直りに時間がかかったが、プーチン大統領時代に入り、勢力をほぼ回復してきた。プーチン大統領はロシア正教を積極的に支援し、国民の愛国心教育にも活用してきた。プーチン氏自身も教会の祝日や記念日には必ず顔を出し、敬虔な正教徒として振る舞ってきた。プーチン氏はロシア正教会復興の立役者といってもいいだろう。

 それだけではない。プーチン氏は実際、敬虔なロシア正教徒だという。ソ連国家保安委員会(KGB)出身の同氏がロシア正教会の洗礼を受けていたのだ。

 プーチン氏は、「父親の意思に反し、母親は自分が1カ月半の赤ん坊の時、正教会で洗礼を受けさせた。父親は共産党員で宗教を嫌っていた。正教会の聖職者が母親に『ベビーにミハイルという名前を付ければいい』と助言した。なぜならば、洗礼の日が大天使ミハイルの日だったからだ。しかし、母親は『父親が既に自分の名前と同じウラジーミルという名前を付けた』と説明し、その申し出を断わった」という証をしている(「正教徒『ミハイル・プーチン』の話」2012年1月12日参考)。

 話を戻す。ウクライナ紛争後(2014年2月以降)、ウクライナ正教会を取り巻く状況が変化した。コンスタンチノーブル総主教側はロシア正教会がバルカンの正教会圏を主管下に置こうと画策してきたことに不快感を感じ出す。ロシア正教会がプーチン大統領の願いに基づいて世界の正教会を支配下に置こうとする野心があることに気が付き、キエフ総主教下のウクライナ正教会の独立を認める方向に傾いてきた。実際、ヴァルソロメオス1世はキエフ総主教のウクライナ正教会の独立を年内に認めると約束していた。

 それに気が付いたロシア正教会は、過去さまざまな手段でコンスタンチノーブル総主教庁に政治的圧力をかけてきた。ロシア正教会トップのキリル総主教は、「ウクライナ正教会の独立は破滅的な決定だ」と非難してきた。

 ウクライナ正教会がロシア正教会の管轄下から離脱することでロシア正教会は世界の正教会でその影響力を大きく失うとともに、モスクワ正教会を通じて東欧諸国の正教会圏に政治的影響を及ぼそうとしてきたプーチン氏の政治的野心は一歩後退せざるを得なくなる。東方正教会ではこれまで以上に親ロシア派と反ロシア派に分裂するだろう。例えば、セルビア正教会はウクライナ正教会の独立には反対している、といった具合だ。

英国のロシア人社会に「衝撃」走る

 英国のプロサッカーチーム、プレミアリーグのチェルシーFCの話ではない。そのチェルシーFCに2003年から10億ユーロ以上の資金を投資してきたクラブオーナー、ユダヤ系ロシア実業家ロマン・アブラモヴィッチ氏(51)の話だ。

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▲ユダヤ系ロシア人実業家ロマン・アブラモヴィッチ氏(アブラモヴィッチ氏のサイトから)

 どうやら、同氏の周辺に英国公安当局の捜査の目が注がれてきたという。それを知った同氏はチェルシーFCを手放し、どこかに移住を考えているというのだ。その「どこか」の一つに挙げられたスイスはメディアを通じて既に受け入れ拒否を表明している。以下、オーストリア代表紙プレッセ5日付の経済欄で報じられた「ロンドンのロシア人社会の動揺ぶり」を紹介する。

 英国は過去、少なくとも100万ポンド以上を英国内で投資する外国人に対して投資ビザの発給、税の優遇などを与えてきた。その数は約3000人といわれ、4分の1はロシア人だった。アブラモヴィッチ氏はその中の一人だ。

 英国には7万人から最大15万人のロシア人が住んでいる。多くは資産家であり、英国滞在許可を表現は良くないが、買ったロシア人だ。数年前までは豊かなロシア人(オリガルヒ)にとって英国居住許可は簡単に入手できた。金さえ払えばよかった。過去20年間でロシアから英国に流れ込んだ総資金は1000憶ポンドともいわれる。

 しかし事情は急変してきた。英国が来年欧州連合(EU)を離脱(ブレグジット)する影響もあるが、主因はそうではない。直接の契機は、英国で3月4日、亡命中の元ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)スクリパリ大佐と娘が、英国ソールズベリーで意識を失って倒れているところを発見された通称スクリパリ事件の影響だ。

 調査の結果、毒性の強い神経剤、ロシア製の「ノビチョク」が犯行に使用されたことが判明し、英国側はロシア側の仕業と非難したが、モスクワは否定し、プーチン大統領は「西側のいつもの反ロシア・キャンペーンの一環」と一蹴してきた。

 メイ英首相はロシア側の否定にも関わらず、英国駐在ロシア外交官の国外退去処分を表明。もちろん、プーチン氏も負けてはいない。同様の対応で駐モスクワの英国外交官を追放した。EUのブリュッセル本部は英国の主張を支持、オーストリアを除いてロシア外交官の国外追放に同調した。英国とロシアの関係悪化はもちろんスクリパリ事件だけではない。ロシア軍のシリア、ウクライナの不法軍事活動もその要因だ。

 興味深い情報によると、オランダのハーグにある化学兵器禁止機関(OPCW)にロシアのサーバー攻撃があったという。ロンドン側の要請を受けてスクリパリ事件で使用された神経剤の分析を担当した機関だ。OPCW関係者は事件発生直後、殺人未遂事件に使われた神経剤は「ノビチョク」と断定した英研究所の分析結果を追認する一方、「ノビチョクは旧ソ連で開発された猛毒神経剤だが、今回の事件で使用された神経剤がどこで作製されたかは断定できない」と明言を避けてきた。

 オランダ政府は今月4日、北大西洋条約機構(NATO)の国防相理事会で「OPCWは4月、ロシア側のサイバー攻撃を受けた」と報告しているのだ(「英国のスクリパリ事件の『核心』は?」2018年4月21日参考)

 チェルシーのオーナーの話に戻る。英国とロシアを取り巻く関係が急速に険悪化し、英国内に住むロシア富豪家たちにも動揺が見られだした。メディア情報によれば、政治亡命者ではないアブラモヴィッチ氏らオリガルヒに対し、スクリパリ事件に間接的に関与した疑いすら浮上してきたという。同氏はもはやサッカーに熱を入れている時ではないと判断し、チェルシーFCを手放す方向で動き出してきたというわけだ。

 アブラモヴィッチ氏の巨大な資金で潤ってきたチェルシーFCも同氏が出ていけば、チームに投資する資産家がなくなるから、チーム力が弱まる。ピッチで活躍してきた選手たちもプレーに専心できなくなる。その結果、チームの成績が伸び悩むといった悪循環が予想されるわけだ。

 ロンドンにはロシア人社会だけではなく、北朝鮮亡命者社会もある。世界の大都市ロンドンはスイスのジュネーブのように母国から何らかの理由で追われた人間が安住の地として流れ込んでくる都市ともいわれる。ただし、英国がEUから離脱すれば、ロンドンに住む亡命者たちも次の安住の先を探さなければならなくなるかもしれない(「脱北者が英国に亡命する理由」2016年6月7日参考)。

 ロシア人富豪者の次の居住先としてスイスの名が浮上してきた。スイスはロンドンと同じように世界から逃げてきた人々が住み着く“逃れの国”だ。同国のジュネーブに国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の本部があるのも決して偶然ではない。レーニンはスイスに逃れ、革命を計画し、カルヴィンもスイスに逃れ、宗教改革を起こした。そして自分の懐に逃げてきた避難者をスイスは決して追っ払うことはしなかった。

 それでは アブラモヴィッチ氏の場合はどうか。メディア情報ではスイス側は同氏の受け入れを断ったという。 その理由は、アブラモヴィッチ氏が2016年、不法資金の洗浄容疑(マネーロンダリング)を受けているからだ。同氏の場合、ロンドンを追われたら、次の安住先を見つけるのが難しくなるわけだ。

プーチン氏を結婚式に招いた外相

 オーストリアのクルツ連立政権の閣僚の1人、カリン・クナイスル外相(53)が18日、同国南部シュタイアーマルク州で結婚式を挙げる。その式にロシアのプーチン大統領が招かれたというニュースが流れると、外相のプライベートな結婚式が俄かに政治問題となってしまった、という「話」をする。

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▲河野外相と会談したクナイスル外相(2018年7月、ウィ―ン外務省内で撮影)

 「外相の結婚式になぜプーチン氏が招かれたのか」、「ウクライナ問題ではロシアとウクライナの調停外交を行ってきた。オーストリアの中立主義はどうなるのか」、「オーストリアは今年下半期の欧州連合(EU))議長国だ。外相の個人的なイベントとはいえ、オーストリアの議長国としての信頼性を失う」等々、議論を呼んだわけだ。

 猛暑に苦しむ日本の読者にとって、どうでもいいような話だが、\治家の結婚式が如何に政治問題となるか、▲廖璽船鷸瓩欧州でどれほど警戒されている政治家か、という事実を理解するために、クナイスル外相の結婚式をめぐって飛び出したさまざまな反応をオーストリア通信(APA)を参考に読者に報告する。

 クナイスル外相はアラブ語が堪能な外相で有名であり、中東問題に精通した専門家として知られてきた。その才媛にオーストリアの極右政党「自由党」が外相ポストをオファーしてクルツ連立政権に招いた。クナイスル外相は一応、無党派閣僚といわれるが、実質的には「自由党」寄りの政治家と受け取って間違いないだろう。

 クナイスル外相がプーチン氏を結婚式に招待したことが報じられると、オーストリアの外交に批判の声が上がった。同国外務省報道官は「わが国の外交には全く影響がない。外相のプライベートな結婚式であり、プーチン氏の訪問も個人的なものだ」と説明し、同国外交が親ロシア寄りだ、という批判を必死に否定した。

 オーストリア外務省も認めているが、プーチン氏のオーストリア訪問は実務訪問となっている。訪問中、結婚式に参加するクルツ首相とプーチン氏が会談することは間違いない。ただし、バン・デア・ベレン大統領との会談予定は入っていない。

 参考までに、プーチン氏は今年6月5日、ウィーンを既に公式訪問し、バン・デア・ベレン大統領、クルツ首相らオーストリア政府首脳たちの歓迎を受けている。プーチン氏は4期目の大統領就任後の初の外国訪問先にウィーンを選んだのだ。

 プーチン氏はウィーンで「米ロ首脳会談をウィーンで開きたい」という意向を通達、クルツ首相を喜ばした。最終的には、米ロ首脳会談はヘルシンキで開催されたが、プーチン氏が如何にオーストリアを愛しているかの小さなエピソートだろう(「スパイたちが愛するウィ―ン」2010年7月14日参考)。

 プーチン氏が訪問した場合、その安全問題が出てくる。プーチン氏の身辺警備のため数百人の警察官が動員される。プーチン大統領周辺の安全対策費はモスクワ側が、結婚式費用と結婚式の安全警備一般はクナイスル外相が負担するということで一応合意ができている。

 ロシア問題専門家、インスブルック大学のゲルハルド・マンゴット氏は、「プーチン氏の結婚式招待はオーストリア外交にマイナスだ。オーストリアがロシアにとってEUへの道案内役と受け取られるからだ。親ロ政策を取る自由党とシュトラーヒェ党首(副首相)にとってプーチン氏の結婚式参加は喜ばしい。一方、プーチン氏は対制裁下でも決してロシアは孤立していないことを誇示できる絶好のチャンスだ」と述べている(APA通信)。

 ウクライナはプーチン氏の結婚式参加に対して厳しく批判している。ウクライナ議会外交委員会ハンナ・ホプコ議長(Hanna Hopko)はツイッターで、「オーストリアはウクライナ問題で中立の立場で調停役を演じる資格を失った。プーチン氏の結婚式参加は欧州の共通の価値観への攻撃だ」と酷評している。


 ちなみに、オーストリア国内では野党議員から「クナイスル外相の辞任」を要求する声も聞かれるが、その声はあまり大きくない。婚姻政策を実施してその政治勢力を拡大したハプスブルク王朝を思い出せばいいだろう。結婚式に外国の元首を招くのは初めてではない。むしろ、オーストリアの伝統ともいうべきだろう。

 プーチン氏が欧州で警戒されるのはそれなりの理由はある。シリア内戦で独裁者アサド政権を軍事支援、ウクライナのクリミア半島のロシア併合、マレーシア航空機MH17便を東ウクライナ上空で撃墜(2014年)、英国在中の元ロシア情報員への化学兵器による暗殺未遂事件などはいずれもその背後にプーチン氏がいると受け取られてきた。また、ロシアは米大統領選挙ばかりか、EU諸国の選挙にもサイバー攻撃を繰りかえしてきた。

 ウィーンは「ロシアの欧州統合を促進することで、東西間の架け橋役を演じている」と主張し、ブリュッセルからの批判をこれまでかわしてきた

 欧州は連帯して対ロ制裁を実施している。その時、オーストリアがプーチン氏を公式招待したり、外相の結婚式に招待することはかなり冒険だ。少なくとも、タイミングは良くない。

 それにしても、欧州で嫌われるプーチン氏を自身の結婚式に招待したクナイスル外相にはどのような欧州統合のビジョンがあるのだろうか。機会があれば聞いてみたい。

政治の世界に「夢」を取り戻せるか

 2日前の当コラム欄で「閉塞感が支配する現代、ロマンを語る政治家はいなくなった」と嘆いたが、ロマンを「夢」に置き換えると、夢を語る指導者はいることに後で気が付いた。一人は新しいシルクロード構想「一帯一路」を提唱した中国の習近平国家主席、もう一人はロシアのプーチン大統領だ。プーチン氏は旧ソ連時代の「大国の復活」を夢見ている。習近平氏もプーチン氏も機会ある度に自身の夢を語り、それを追及している指導者だ。偶然、両者とも欧米型民主国家の指導者ではなく、共産主義・独裁主義的な国の政治家だ。

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▲北京の人民大会堂でフランスのフィリップ首相と会見する習近平氏(新華社記者/姚大偉)2018年6月25日、新華社日本語版サイトから

 米国人公民権運動家マーティン・ルーサー・キング牧師の「私には夢がある」(I  Have  a  Dream)という有名なメッセージを思い出すまでもなく、人は本来、それぞれ夢を持っている。その夢を実現するために努力する。「スポーツの世界」でも「学問の世界」でも同じだろう。夢をもたず、気が付いたら“夢のような”ことが実現した、という人は少ない。夢を持ち、それを眼前に常に描きながら生き、その夢を実現した、という証の方が普通だろう。

 夢を持っている人の生き方にはロマンの香りがするものだ。その夢が実現できるか否かは分からないが、それを追及しながら生きる。ひょっとしたら、夢が実現できるか分からないゆえにロマンが生まれてくるのかもしれない。成功の裏付けのない生き方だ。

 世界の政治指導者を見るなら、ロマンを感じる指導者は少なくなった。トランプ米大統領を含む欧米指導者は自身の夢やロマンを語らなくなって久しい。次期選挙に追われ、ロマンを語る時間とその余裕がない。任期は4年から6年と限定されている。選挙で落選すれば、その翌日から「タダの人」となるから、それが恐ろしいために政治家は必死に選挙に勝つために知恵と資金を投資する。習近平氏やプーチン氏のようにロマンを語ったり、見果てぬ夢を追うなど贅沢なことはできない。トランプ米大統領の最大の夢は“米国ファースト”ではなく、再選を果たすことだ。

 民主主義は歴史を通じて人類が獲得してきた現時点では最良の政治システムだろう。その民主主義の要は自由選挙だ。一定の年齢に達した国民は自分の自由意思で指導者、政党を選ぶことができる。本来は理想的なシステムだが、現実の民主選挙は個々のエゴとエゴのぶつかり合いであり、組織、政党の闘争に終始し、夢を追う前に票を獲得するために実現不可能な公約を表明しなければならない。

 問題は、国民の自由意思の行使の結果、大多数の国民が幸せになるならば、民主主義の選挙制は理想的なシステムといえるが、現実はそうではないという点だ。民主主義の功績は大きいが、再考すべき時を迎えている。少なくとも、政治家が自由に自身の夢を語ることができる政治体制が必要だ。

 そこで習近平主席とプーチン大統領の話に戻る。彼らは現代の多くの政治家が失った夢を持った指導者だ。その夢の内容がいいか悪いかは別にして、彼らは少なくとも夢を語る。
 国家主席に就任した習近平氏は2013年3月17日、全人代閉幕式の演説で「中国の夢」について、「中国型の社会主義路線を堅持し、5000年余りの民族の夢を実現する」と述べている。習近平氏は就任前から夢を持っていたことが分かる(「当方の『中国の夢』」2013年3月19日参考)。その「中国の夢」が新シルクロード構想へと発展していったのだろう。

 一方、プーチン氏は自分が生まれた時の旧ソ連時代を忘れることができない。世界を米国と2分し、支配してきたあの時代よ、もう一度、といった感じだ。ただし、ロシアの国民経済は大国どころではなく、発展途上国レベルを脱した程度に過ぎず、原油と天然ガス依存体質は消えていない。歯がゆいだろう。だから、ウクライナのクリミア半島併合という軍事的冒険に出てしまったわけだ。プーチン氏は近い将来、習主席と同様、ロシアの夢を果たすために終身制の導入を図ってくるだろう。

 習近平主席とプーチン大統領は夢をもち、国民に語る。それが「偽りのロマン」と分かっていても、他の選択肢がない現在、多くの国民はその「偽りのロマン」に運命をかけようとする。一方、トランプ氏は“米国ファースト”を唱えるが、それはワイルド資本主義社会の最後の叫びであり、そこには夢もロマンもない。世界は今日、「偽りのロマン」と「ロマンのない世界」に分かれているわけだ。

 マザー・テレサは、「世界を良くしたければ、先ず、あなたと私が変わらなければならない」と語った。政治体制が問題ではなく、そこに生きている一人一人が変わらなければ世界は良くならないというのだ。その意味からいえば、民主主義にもまだチャンスはあるわけだ。

 民主主義国は神を失い、共産世界や独裁国は神を追放してきた。その結果、「ロマンのない世界」と「偽りのロマン」が生まれてきた。それではどうすればいいのか。その答えは案外シンプルだ。失った「神の思想」を回復すればいいのだ。神を呼び戻した社会主義体制は神を回復させた民主主義体制とほぼ同一だろう。

 蛇足だが、右翼思想も左翼思想も両者を止揚できる「中心」が見つかれば、両者の対立は自然に消滅できるのではないか。左右の闘争、カインとアベルの葛藤もその「中心」を失った結果生じてきたものだからだ。

プーチン氏「自国チーム大勝」に笑み

 第21回サッカー・ワールドカップ(W杯)ロシア大会が14日、モスクワのルジニキ競技場で約8万人の観衆を集めて開幕した。国際サッカー連盟(FIFA)W杯は五輪大会と同じで4年に1度開催される。32カ国からチームが参加し、8グループに分かれ、7月15日の決勝戦まで64試合の熱戦を繰り広げる。

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▲W杯開会式の歓迎の挨拶をするロシアのプーチン大統領  2018年6月14日、モスクワ、オーストリア国営放送中継から

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▲世界最大のスポーツイベントを楽しむロシア・ファンたち  2018年6月14日、モスクワ、オーストリア国営放送中継から

 開幕式のエンターテーメント後、ホスト国ロシアのプーチン大統領とインファンティーノFIFA会長の開幕の挨拶が終わると、第1試合はAグループでホスト国ロシア対サウジアラビアの試合が行われた。試合は前半12分、ロシアのカジンスキーが大会第1号のゴールを頭で決めると、ロシア側は勢いをつけ、最終的には5−0でホスト国が大勝し、幸先のいいスターを切った。

 ロシアで世界最大のスポーツ・イベントのW杯が開催されるのは今回が初めて。プーチン大統領も挨拶で述べていたが、サッカーはロシアのナショナルスポーツではない。だが、欧米の経済制裁下で生きるロシア国民が日頃の鬱憤を払い、世界から集まったサッカー・ファンと共に、喜んでいる姿が印象的だ。

 ところで、世界最大のスポーツ人口を誇るサッカーの頂上を決めるW杯となれば、参加国の首脳たちもここぞといわんばかりに会場に姿をみせて自国チームを応援するが、開幕式では欧米から首脳たちの姿は見られず、プーチン大統領とサウジのムハンマド皇太子がオープニング試合を観戦しているところがテレビに映っていただけで、少々寂しかった。 ちなみに、試合が0−5で大敗すると、ムハンマド皇太子はプーチン大統領に挨拶後、直ぐに退席していった。ふがいない自国選手によほど不満があったのかもしれない。

 韓国・平昌冬季五輪大会(今年2月9〜25日)では、「前回のソチ冬季五輪で組織的ドーピングが行われた」という理由でロシア選手はロシアの国旗ではなく、「五輪旗」のもと個人資格で参加する以外になかった。ウクライナのクリミア半島の併合問題で険悪化してきたロシアと欧米諸国との関係は緊迫状況にある。そこに今年3月、英国亡命中の元ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)スクリパリ大佐と娘の暗殺未遂事件が発生し、ロシアの関与があったとして多くの欧州諸国はロシア人外交官を国外追放するなど、欧米とロシアとの関係は目下、最悪だ。いずれにしても、ロシア大会はいやが上にもそのような政治情勢の影響から逃れることができないわけだ。

 開幕式のイベントで出演した英国のポップ歌手、ロビー・ウィリアムズが歌唱中、カメラに向かって中指を立て、何か抗議しているようなジェスチャーを見せたことが大きな話題となっている。SNSでは、ロシア大会のイベントに参加して歌うことに、「プーチンに金で買われた」とか、「英国の威信を傷つけた」といった批判の声から、「あれはロシアへの批判だ」という意見までさまざまな声が流れている。世界のポップスターはどこにいっても話題に事欠かないようだ。

 また、サッカー試合にはフーリガンがつきものだが、モスクワ大会でもフーリガン対策のため治安部隊が動員されていると聞く。スイス・インフォによると、22日のグループステージ・スイス対セルビア戦で、暴力事件が起きるリスクが高いと警告している。

 ロシア大会では時差の関係で眠れない日本のファンも出てくるだろうが、欧州に住む当方にとっては時差の影響はほとんどなく、1日3試合のグループ戦を観戦できることに感謝している。

ロシアの愛するウィーンの「外交」

 ロシアのプーチン大統領は5日、オーストリアを訪問した。4期目の大統領就任後、初の西欧訪問先にオーストリアが選ばれたということもあって、ホスト国はプーチン氏を大歓迎。英国亡命中のロシア元スパイ毒殺未遂事件やウクライナのクリミア半島の併合で欧米の制裁下にあるロシアのトップにとっても久しぶりに味わう欧州での公式訪問となった。

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▲クルツ首相と会談するプーチン大統領、2018年6月5日、ウィ―ンで(ロシア大統領府公式サイトから)

 世界で最も危ない政治家の一人、プーチン氏の身辺警備には800人の警察官、同数の兵士が動員され、17機の軍用機がウィーン、ブルゲンランド州、ニーダーエスターライヒ州の空域を一部閉鎖し、監視した。
 プーチン大統領のオーストリア訪問では2件の小規模なデモが行われた。1件はプーチン氏批判の抗議デモ、もう1件はプーチン氏歓迎のデモだった。
 もちろん、プーチン氏が訪問する連邦大統領府、首相府、商工経済会議所、シュヴァルツェンベルク広場のロシアの無名戦士記念像の周辺は閉鎖された。外国要人の訪問に慣れたウィーン子からは批判や不満の声は余り聞かれない。“会議は踊る”でも有名なウィーンでは、国際会議、要人訪問は生きる上でも重要な生活の糧であることを市民はよく知っているからだ。 

 自身がロシア系のホスト、アレクサンダー・バン・デア・ベレン大統領はプーチン氏を迎え「ロシアは欧州の重要な一員だ」と述べ、欧米の制裁下にあるロシアのゲストに歓迎を表明する一方、「制裁は双方にとってマイナスだ」と、対ロシア制裁の早期解除を訴えた。傍で聞くプーチン氏の頬が緩む。わざわざウィーンを訪問した甲斐があった、といわんばかりだ。

 ちなみに、欧米諸国がロシアに制裁を科す契機となったウクライナのクリミア半島の併合や英亡命ロシアスパイ毒殺未遂事件についてはバン・デア・ベレン大統領は何も言及しなかった。ゲストを歓迎することに徹底しているホスト国は、ゲストに不快な思いをさせないことが基本と考えているからだ。

 オーストリアは冷戦時代から東西両欧州の架け橋的役割を果たしてきた。欧州連合(EU)に加盟後も紛争問題の調停には積極的に関与する一方、ゴラン高原に軍を派遣するなど国連の平和外交にも参加してきた。ただし、北大西洋条約機構(NATO)には加盟していない。 

 多くの欧米諸国は、英国亡命中の元ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)スクリパリ大佐と娘の暗殺未遂事件でロシアの関与があったと判断、ロシア人外交官の国外追放制裁に出たが、オーストリアはロシア外交官の退去要請を避けた。だから、「これこそプーチン氏が4期目就任初の外遊先にオーストリアを選んだ理由だ」という情報が流れてきた。それに対し、プーチン氏自身は4日、モスクワでのオーストリア国営放送とのインタビューの中で、「オーストリアはそのような報酬を必要とする国ではない。わが国とオーストリアは常に良好関係を維持してきた」と説明している。

 厳密にいえば、オーストリアにとってロシアとの経済関係、特に、ロシア産天然ガスの供給問題が重要だ。オーストリア石油最大手「OMV」とロシア国営「ガスプロム」との間のガス供給契約は2028年で終わることになっていたが、ロシアは今回、2040年まで延期する契約書に署名し、ホスト国の労に応えた。プーチン氏によると、「オーストリア政府はガスパイプライン建設計画『ノルド・ストリーム2』を評価した」という。

 クルツ首相は「わが国は欧米諸国の制裁には同意するが、ロシア外交官の国外退去は求めない。なぜならば、対話が問題解決には必要不可欠だからだ」と説明、段階的に対ロシア制裁の解除を主張した。立派な正論に聞こえるが、厳密にいえば、欧州の一員として対ロシア制裁は支持するが、制裁の具体的な実行には応じない、という矛盾した立場だ。
 そうだ。オーストリアは冷戦時代から中立主義という衣服をまとってこの種の矛盾を隠蔽してきた。今回の対ロシア政策はその典型的な例だ。

 これはオーストリア外交への批判ではない。アルプスの小国で中欧に位置するオーストリアにとって生き延びていく道だからだ。ハプスブルク王朝時代は婚姻政策でその版図を広げていったが、それを失った後は一時、ナチス・ドイツ政権に併合、加担したが、戦後は中立主義を貫いてきた。

 ナチス・ドイツ政権の戦争犯罪に関与した容疑を受けたワルトハイム大統領は欧米諸国から外交制裁を受けた。ウィーンの大統領府を訪れる外国要人は途絶え、“寂しい大統領”と呼ばれ、最終的には再選出馬を断念せざるを得なかった。プーチン氏は“ロシアのワルトハイム”ではないが、欧米諸国からお呼びがかかる機会は少なく、寂しいクレムリンの主人だ。ロシア大統領が置かれている立場にオーストリア側は理解を示しているわけだ。

 ちなみに、イランのロウハニ大統領が7月4日、ウィーンを訪問する予定という。音楽の都ウィ―ンはイラン核合意が締結された外交舞台だ。ちなみに、今回のロウハニ大統領のウィーン訪問は、答礼訪問だが、実際に実現するか現時点ではまだ不明という。

 オーストリアは7月1日からEU議長国に就任する。プーチン大統領を歓迎し、イランのロウハニ大統領を迎えるアルプスの小国オーストリアの外交はユニークだが、欧州の統合を損なう危険性がやはり排除できない。
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