ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

フランス

ホワイトハウスのオークは枯れた

 マクロン仏大統領が昨年4月23日、米国を国賓として訪問した時、フランスからプレゼントとしてオーク(日本語ナラ)の苗木を持参し、トランプ大統領と共にホワイトハウスの庭園で植樹の式典を行った。あれからまだ1年余りしか経過していないにもかかわらず、オークの苗木が枯れてしまったというニュースが流れてきた。

 オークは植樹式典後、外国からの植樹の場合、検疫のために特別の場所に移される。そして正式にホワイトハウスの庭園に移そうとしたとき、オークが既に枯れていることが分かったというのだ。

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▲ノルマンデイ上陸作戦75周年式典で会合したトランプ大統領とマクロン大統領(2019年6月6日、フランス大統領府公式サイトから)

 落葉樹のナラの総称で英語ではオークと呼ばれるが、欧米では床材、家具ばかりか、ワインやウイスキーを保管する樽にも利用される樹木だ。マクロン大統領がフランス北部から贈り物として運び、植樹したオークが1年余りで枯れたというのは通常ではない。「人間が犬を噛んだ」と同じ類のニュース性があるとして、「ホワイトハウスの庭に植樹されたオークが枯れた」というニュースは瞬く間に通信社から世界に配信された。当方が毎日読むオーストリア代表紙プレッセばかりか、大衆紙のエステーライヒ紙、そしてメトロ新聞ホイテにも写真付きで掲載されていた。

 「枯れたオークの木」がなぜニュース・バリューがあるのかを以下、考えてみた。

 .曠錺ぅ肇魯Ε浩貘阿猟躅犹佞ケアを忘れたということは考えにくい。外国のゲストから送られた苗木の世話はホワイトハウス専属の庭園師ならば如何に重要かを知っている。一種のVIPの樹木だ。庭園師がたまたまフランス嫌いだったということはあり得るが、説得力は十分ではない。

 ▲ークは米国とフランス両国の友好関係を示す象徴的なプレゼントだった。それが1年余りで枯れたということは、米仏両国の現状を象徴的に表しているという解釈も成り立つ。オークはワインの樽にも利用される優良材だ。そしてトランプ大統領は10日、フランス製ワインに対して米国製ワインと同様の関税をつけると脅したばかりだ。その直後、ワインの樽にも利用されるオークの木が枯れてしまった、というニュースが流れてきたわけだ。何か象徴的な因縁を感じる。

 ちなみに、欧州連合(EU)は米国製ワインに対し1瓶0・11から0・29ドルの関税をかける一方、米国は欧州製ワインに対し1瓶0・053から0・127ドルと低い関税だ。

 フランスから運び込まれたオークは第一次世界大戦時、多くの米軍兵士がフランス軍と共にドイツ軍と戦った北部地域の森林から運ばれたという。その地域で2000人以上の米軍兵士が戦死している。米軍兵士の血が流れた土壌から成長したオークがホワイトハウスの庭園に運ばれたのだ。亡くなった米軍兵士はオークとなって米国に帰国したわけだ。しかし、戦死した米軍兵士には様々な悲しみや恨みがあったはず。暗い記憶を背負っているオークの苗木だけに、通常のようにのびのびと成長できず、1年余りで枯れてしまった。何か不気味な因縁を感じる

 ぅ肇薀鵐彗臈領とマクロン大統領の関係は政治的信条ばかりか、性格、年齢の差も大きい。マクロン大統領はトランプ大統領夫妻がフランスを訪問した時には最高のもてなしをしたつもりだったが、安倍晋三首相のようなもてなしからは程遠いものだった。トランプ氏にとって、マクロン氏は余りにも知性的であり、EUへの思い込みが強すぎる。話はうまく進まない。その両者の不協和音、不一致がオークの苗木にも反映し、成長できずにホワイトハウスの庭園で1年余りの短命で枯れてしまった。木は何でも知っている。オークの苗木はトランプ氏とマクロン氏の人間的葛藤を感じてきたのだろうか。何か人間と万物の歴史的な因縁を感じる。

 大統領や首相は植樹の式典に参加する機会が多い。2年前、イタリア共和国トレンティーノ=アルト・アディジェ州トレント自治県の北東部に位置するヴァル・ディ・フィエンメ谷から採木された松がクリスマスツリーとしてローマのヴェネツィア広場に運び込まれたが、樹木の専門家が直ぐにその松の木が枯れていることに気が付いた。そのため、ローマのブルジニア・ラッジ市長は市民から口悪く罵られた。植樹の式典は政治家にとって命とりになってしまうことすらあるわけだ(「クリスマスツリーは枯木だった」2017年12月21日参考)。

 ホワイトハウスのオークの場合、どのような対応がされるだろうか、マクロン大統領は直ぐに新しいオークの苗木を米国に送るだろうか、それとも現在の米国とのワインの関税問題が解決するまで枯れたオークの苗木の引き取りを見合わすだろうか。

ノートルダム大聖堂の「火災」の衝撃

 フランスのパリのノートルダム大聖堂火災から29日で2週間が過ぎる。当方はその間、「なぜ多くのパリ市民が火災を目撃し、嘆き、涙を流したのか」を考えてきた。合点が行かなかったからだ。幸い、火災は大聖堂全体には及ばず、尖塔などが焼崩れただけで、貴重な絵画や聖物は無事だった。火災での人的被害も1人の消防士が負傷しただけで済んだ。

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▲ノートルダム大聖堂火災で消火活動する消防士たち(2019年4月15日、フランス内務省公式サイトから)

 ノートルダム大聖堂火災はパリ市民だけではなく、極端にいえば、世界中が大きな衝撃を受けた。パリ発の写真を見ていると、涙を流す市民の姿が見られた。死者が出なかったので犠牲者のために涙を流しているのでないことは明らかだ。それでは何が悲しかったのか。世界的に有名な13世紀のゴシック建築の大聖堂が燃えているからだろうか。パリ市民が誇ってきた文化財産が燃えたのだから、涙を流す人が出てくるのも当然だ。何も問題ではない、といわれるかもしれない。

 それでは、パリ市民は火災前、ノートルダム大聖堂で涙を流して祈ったとか、祝日の記念礼拝で祈ったことがあったのだろうか。それとも同大聖堂で結婚式を挙げたという個人的思い出があったのだろうか。涙は急速に伝染する。一人の市民が涙を流せば、それを見た他の市民も涙を流す、とドライに受け取るべきなのか。

 独週刊誌シュピーゲル((4月20日号)はノートルダム大聖堂火災について「大聖堂の火災はグローバルな責任という新しい感情を作り出した。ノートルダム大聖堂はそのためのモノグラムとなることができた。すなわち、世界遺産はその美しいアイデアよりさらに多くのものを内包しているのだ」というのだ。そして「発展し、デジタル化された人生の中で、石と木から建築された大聖堂はアナログの定点だ」という。確かに、名所旧跡は人間の「記憶の世界」では定点だ。その定点が燃えたり、突然消滅したならば、その人間の「記憶の世界」の一つの定点がなくなるだけではなく、その定点周辺の人間(この場合、パリ市民)にも消すことができない影響を与える。

 ここまで考えてきた時、ウィーン大学で心理学を研究していた知人が、「火は常にドラマチックだ。その火で燃え落ちる尖塔を目撃した市民は、存在していて当然と考えてきたものが失われていくプロセスを見たわけだ。一つ、一つが火で焼かれていく。それを目撃した市民は『失う』ということが何を意味するかを強烈に体験したはずだ」と分析していた。

 そういえば、ノートルダム大聖堂で火災が発生した直後、マクロン大統領が直ぐに現地に飛んでいる。そして「私の全ての同胞と同様、今晩私たちの一部が焼けているのを見て悲しい」と述べた。この発言を読んだ時、当方は「マクロン氏らしい文学的な表現だな」と受け取っていたが、そうではなく、大聖堂が失われていくプロセスを火災現場で目撃した結果の発言だったのだ。繰り返すが、マクロン大統領は火災後の大聖堂を視察したのではなく、火が大聖堂を包んでいく現場を目撃したのだ。「失う」ことの衝撃を肌で感じたのだろう。

 そして失う対象が世界遺産であり、民族の歴史、文化と密接な関連がある場合、その「失われていく」プロセスを目撃することは人によっては耐えられない体験だ。

 ノートルダム大聖堂の火災が報じられると、大聖堂の再建が大きな問題となり、巨額の寄付が短期間に集まり、フランス人の気前の良さを世界に誇示したが、再建問題よりももっと大切なテーマをぼかしてしまった感がする。それは、国家、民族が築き上げてきたものを「失う」ことの意味とその痛みを考えることだ。

 参考までに、聖書的観点から言えば、「火」は真理を意味する。「ルカによる福音書」第12章ではイエス自身が「私は火を地上に投じるために来た」と述べている。そして「ヤコブの手紙」第3章には「舌は火である」というから、イエスは真理を延べ伝えるためにきたと宣言したわけだ。

 アラブ系ソーシャルネットワークではノートルダム大聖堂の火災ニュースが報じられると、「フランスの植民地時代の蛮行に対する神の天罰だ」といったコメントがあった。

フランスで「気前良過ぎ」はご法度?

 財布の紐を固くし、金を出すのを惜しんでいると、「あいつはケチだ」といわれるが、気前よく出し過ぎると今度は「あいつは金を持っていたのにこれまで何もおごってくれなかった」と受け取られ、やはり「ケチな人間」として批判される。

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▲ノートルダム大聖堂の再建問題を協議するマクロン大統領(仏大統領府公式サイトから、2019年4月17日)

 ここで「中庸の徳」を説くつもりはない。何を言っているのかといえば、パリのノートルダム大聖堂の火災で屋根が焼け落ち、尖塔が燃え落ちたことが分かると、フランスの金持ちが次々と億単位の巨額の寄付金をノートルダム大聖堂の再建のために出したというニュースが流れてきたことだ。火災後数日内で10億ユーロ以上が集まったというから凄い。フランス人は戦争には弱いが、気前は飛びぬけていい国民だろうか。

 「流石にフランスは文化国家と呼ばれるだけはある」と感心していたら、どうやらそうとは言えないようだ。フランス国民はケチとは思わないが、巨額の寄付をするお金もちに称賛の声ではなく批判の声が飛び出しているのだ。曰く、「社会の貧困救済には目をつぶってきた」、「わが国の金持ちは福祉や公益のためには金を出すのを渋るが、メディアが注目し、税金対策にもなると分かれば、巨額の金を寄付する」と指摘、数百万ユーロを寄付する資産家に対して当てこすりではなく、本当に憤慨しているのだ。

 カトリック教国のフランスで20日、同国各地で「黄色いベスト運動」の反政府デモが再び行われ、現地からの情報ではフランス全土で2万8000人がデモに参加。デモの一部は暴動化し、逮捕者も出たという。デモの暴動対策のために約6万人の警察隊が動員された。

 昨年11月からマクロン大統領の政策に反対し路上で抗議デモをしてきた「黄色いベスト運動」はよりによって復活祭の前日、暴れたのだ。彼らは「使い道がないほどの巨額の金を持っていながら、労働者の生活改善のためには寄付しない」、「俺たちは数ユーロでも節約しながら生きているのに、資産家たちは俺たちの生涯稼げる資金を簡単に寄付していい顔をしている」、「人間より建物を大切にするのか」と叫んだ。

 ノートルダム大聖堂再建の寄付活動を通じて、「持てる者」と「そうでない者」の経済格差が鮮明に浮上してきたのだ。簡単にいえば、「富の不平等な配分」だ。古くて新しい社会問題だ。ノートルダム大聖堂の再建を「5年で完了する」と豪語したマクロン大統領自身は資産家たちの気前のいい寄付に大歓迎で、税対策に配慮する考えも語ってきたが、予想外の展開に頭を痛めている。

 マクロン大統領は火災時、現場に飛び、燃える大聖堂を目撃し、「私の全ての同胞と同様、今晩私たちの一部が焼けているのを見て悲しい」と述べ、火災の翌日(16日)、「ノートルダム大聖堂をパリ夏季五輪が開催される2024年までに再建する」と表明し、専門家からは「非現実的で、人気取り政策」という声が出ている有様だ。

 人は常に批判し、時には妬む。特に、相手が持っていて、自分にないことが分かった場合だ。寄付という行為は本来慈善活動だが、その点では変わらない。米のウォール街で起きた「われわれは99%」運動はグロバリゼーションを批判し、資本主義社会の貧富の格差を糾弾し、話題を呼んだ。国の総資産の大部分を僅かな資産家によって占められているという事実が報じられると、「われわれは搾取されている」といった声がリベラルな米国社会でも飛び出した。久しく葬られたと思っていたマルクスが蘇ってきた(「『労働』が神の祝福となる日」2017年7月27日参考)。


 ノートルダム大聖堂再建を支援する資産家の寄付活動とそれを批判する労働者の声をニューヨーク・タイムズ紙も報じていた。労働者の批判は決して途方もない言いがかりではないが、資産家が盗人ともいえない。彼らも汗を流して資産を蓄えたのだろう。正当な報酬というべきかもしれない。ただ、経済格差が拡大し、その事実が今回のようにあからさまに報じられると、世間は黙っていない。抑えていた不満や怒りが飛び出す。

 カインはアベルを、エソウはヤコブを妬ましく思って殺そうとした。前者は実際殺してしまった。富む者への嫉妬は今始まった疾患ではなく、人類歴史が始まって以来の病だ。嫉妬心を抑えることができる人は聖人か諦観者だけかもしれない。ただし、嫉妬心はいつも良くないとはいえない。持てる者のようになりたいと努力することはいい。いい意味で競争心も出てくる。

 話をノートルダム大聖堂の再建に戻す。資産家が再建に必要な金を提供してくれるというのだから、その気前良さを受け入れようではないか。大聖堂が再建され、世界から多くの観光客が集まれば、国家収入も増え、国民の貧困対策や教育問題などに利用できる。効果が出てくるまで少し時間はあるが、国民にも恩恵が届く。労働者だけではない。社会が良くなれば、資産家も嬉しいはずだ。両者はウィンウィンだ。

 コラムで書くのは簡単だが、確かに実行は難しいテーマだ。試行錯誤しながら、人間は嫉妬心をコントロールするだけでなく成長のバネに転換する訓練が必要だろうう。忘れてはならない点は、「持てる者」、「愛されている者」の責任はそうではない者よりもやはり大きいということだ。

欧州のクリスマス市場はテロ注意を

 フランス北東部ストラスブール中心部のクリスマス市場周辺で11日午後8時ごろ、29歳の男が市場に来ていた買い物客などに向け、発砲する一方、刃物を振り回し、少なくとも3人が死亡、12人が負傷したが、容疑者は犯行現場から逃亡。容疑者の行方を追っていた警察当局は13日午後9時、同市中心部から南2キロのノイドルフ地区の路上を歩いていた容疑者を見つけ、撃ち合いの末、射殺した。事件は2日余りで容疑者の射殺で幕を閉じたが、テロ対策関係者に多くの教訓を残した。

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▲テロ事件後のストラスブール市のクリスマス市場周辺(2018年12月12日、仏内務省公式サイトから)

 クリストフ・カスタネ―ル内相は、「容疑者を発見し、射殺した」と公表すると共に、「容疑者の家族を含む友人・知人関係者5人の身柄を拘束し、捜査を進めている」ことを明らかにした。

 男の名前は シェリフ・シェカット(Cherif Chekatt)、 ストラスブール生まれ、180センチ、頭髪は短く額には傷跡がある。北アフリカ系。犯行時に警察隊に腕を撃たれたが、逃亡中だった。メディア報道では、容疑者が隣国ドイツに逃げ込んだ可能性があると報じられていた。そのため、フランス警察はドイツやスイス両国の警察にも犯人のプロフィールを連絡し、行方を追ってきた。 

 クリスマス市場襲撃テロ事件といえば、2016年12月のベルリンのクリスマス市場襲撃事件を思い出す。ドイツの首都ベルリンで同年12月19日午後8時過ぎ、大型トラックが市中央部のクリスマス市場に突入し、12人が死亡、48人が重軽傷を負った。「トラック乱入テロ事件」の重要容疑者、チュニジア人のアニス・アムリ容疑者(24)は逃亡。同月23日午前3時頃、イタリアのミラノ近郊で警察官の職務質問を受けた際、銃撃戦となり、イタリア警察官に射殺された。同テロ事件は発生から4日後、重要容疑者の射殺で幕を閉じた。

 公開された容疑者のプロファイルによると、アムリは178センチ、75キロ、髪は黒く、目は茶色。2011年、チュニジアからイタリアに入り、放火と窃盗などの罪状で4年間余り、刑務所生活。ドイツに入った後、国内を転々としながら、16年2月からベルリンに住んでいた。同年6月、難民申請したが、却下されている。

 ドイツの「トラック乱入テロ事件」のアムリと「ストラスブール乱射事件」のシェリフ・シェカットには類似点が少なくない。両者とも20代の若者であり、刑務所生活をしていることだ。前者はドイツに移住する前にイタリアで、後者はフランスに送還される前はドイツで、それぞれ刑務所生活を体験している。そして容疑者は刑務所でイスラムの過激主義に染まった可能性が指摘されている。ちなみに、シェリフ・シェカットは2016年、ドイツで2度、家宅侵入窃盗で逮捕され、2年3カ月の有罪判決を受けたが、1年後(昨年)、フランスに送還された。

 シェリフ・シェカットは犯行時「アラーは偉大なり」(Allahu Akbar)と叫んだという目撃者の証言がある。ちなみに、イスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)は13日、シリアのIS系アマク通信(Amak)を通じてストラスブールのテロ事件の犯行声明をした。ただし、シェリフ・シェカットがISと関係があったかは不明。

 シェリフ・シェカットはフランス警察ではよく知られていた人物だ。29歳で前科29犯。実際、2013年から15年、危険人物リスト(Fiche S)に掲載されていた。「FicheS」リスト(英語「S」card)は2年ごとに新たに更新される。「S」は国家の安全(State Security)を意味する。国家の安全を脅かす危険人物というわけだ。

 興味深い点はシェリフ・シェカットは犯行直前、携帯電話にドイツから電話があったが取らなかったことだ。誰が、なぜ、犯行直前の容疑者に電話をかけたかについて、さまざまな憶測が流れている。シェリフ・シェカットがドイツに住んでいた時、イスラム過激派グループと接触していた可能性が浮かび上がってくる。

 欧州テロ対策関係者は、「クリスマス市場がイスラム過激テロのターゲットとなる危険性は高い」と要注意を呼びかけている。なお、ストラスブール警察当局によると、事件発生後、閉鎖されたクリスマス市場は14日から再びオープンされるという。 

北へのスパイ容疑で仏上院職員逮捕

 フランスのメディアが26日報じたところによると、同国情報機関、国内治安総局(DGSI)は25日、北朝鮮に情報を提供していたとしてスパイ容疑で同国上院事務局のブノワ・ケネディ(Benoit Quennedey)容疑者を逮捕した。同容疑者がどのような情報を北側に流していたかなどの詳細なことは明らかにされていない。ケネディ容疑者は過去、何度も訪朝歴があり、今年9月9日の北朝鮮建国70年軍事パレートにも招かれている。

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▲ケネディ容疑者(中央)CILRECOサイトから

 捜査は今年3月に始まった。フランスのテレビ局TMCの番組「Quotidien」は「上院にある容疑者の事務所も家宅捜索された」と報じている。容疑者はフランス上院で建築・文化遺産・造園を担当してきた公務員だ。

 フランスの公務員のスパイ容疑の報道を読んで同国にある欧州最大の北朝鮮フロント組織「朝鮮再統一・平和のための国際連絡委員会」(CILRECO)を思い出した。1977年に創設された同組織の目的は、南北朝鮮の再統一で、欧州各地でさまざまな会議、シンポジウムを開催し、親北派知識人、学者、政治家を動員してきた。

 なお、CILRECOの会報メールの内容は北朝鮮労働新聞の記事のリライティングで占められていた。実際、同会報メールのリンク欄には労働新聞アドレス(英語版)が紹介されている、といった具合だ。

 1990年代初め、ウィーンのホテルで同組織主催の朝鮮半島再統一に関するシンポジウムが開催された時、当方は駐オーストリアの北朝鮮大使館から取材許可を得て参加したことがある。その時、CILRECO関係者と初めて面識を持った。

 シンポジウムにはフランス、ギリシャ、デンマークなどから欧州主体思想グループ・メンバーや左派系政治家たちが参加していた。ギリシャから参加した人物が北大西洋条約機構(NATO)の元空軍将校だったことを参加者のリストから後で知って驚いたことを思い出す。北朝鮮がNATO軍退役将校を通じてNATO関連情報を入手していた可能性が考えられるからだ。北朝鮮の欧州での情報収集工作は侮れない、という印象を受けたものだ。

 さて、スパイ容疑で今回逮捕されたケネディ容疑者は仏上院事務局職員ということだから、さまざまな政治情報を入手できる可能性はあったかもしれない。「フランス・北朝鮮友好協会」(AAFC)に所属していたから、北朝鮮の記念日や建国日には招待されてVIP扱いの接待を受けてきただろう。ちなみに、ケネディ容疑者が平壌で金永南最高人民会議常任委員会委員長と会っている写真がMGRオンラインに掲載されていた。

 容疑者が北側に流した情報にはフランスのトップ級の国家機密が含まれていたとは考えられない。フランス政界の動向や経済についての情報だろうが、多くはオープンソースだ。その意味で、DGSIが今回、「親北の容疑者をスパイ容疑で逮捕した」というニュースを聞いて、少々合点がいかない思いがある。

 当方も欧州の北朝鮮友好協会メンバーを知っているが、彼らは親北・反米の知識人で、訪朝歴が何度もあるが、国家機密に直接接触できるほどの地位にある人物は少ない。

 ちなみに、フランスは北朝鮮にとって欧州の重要な拠点の一つだ。故金日成主席の心臓手術を実行したのはリヨン付属大学病院の心臓外科医だった。故金正男も生前、何度もパリを訪問している。金正男はパリからウィーンまでタクシーで飛ばしたこともあった。フランスは北朝鮮にとってある意味で快い工作拠点だったはずだ。

 一方、北朝鮮の動向をマークしてきたDGSI関係者は欧州では最も北情報に長けているともいわれる。オーストリアの情報機関関係者から聞いた話だが、「フランスの情報機関関係者は外国情報機関と情報を共有することを好まない」という。逆に言えば、彼らは口が堅いということだ。

 欧米情報機関は通常、訪朝する人物と接触し、彼らから北関連情報を入手するため、必要でない限り拘束したり、ましてやスパイ容疑で逮捕するということは避けるものだ。彼らを泳がして情報を得る方が賢明だからだ。その意味で、DGSIが今回、北に情報を流した容疑でケネディ氏を逮捕したのは少なくとも通常ではない。

マクロン大統領が沈黙した「事実」

 フランス南部のカルカソンヌとトレーブで先月23日、モロッコ系フランス人のレドゥアン・ラクディム容疑者(26)が4人を殺害するイスラム系テロ事件が起きた。容疑者はテロ部隊によって射殺されたが、容疑者に撃たれ重体だった治安部隊の警察官、アルノー・ベルトラム中佐(45)は24日、病院で死亡した。そのベルトラム中佐の遺徳を称える国民追悼式が3月28日、マクロン大統領及び主要閣僚出席のもとパリで行われた。

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▲パリで行われたアルノー・ベルトラム大佐の国民追悼式(在日フランス大使館の公式サイトから)

 ベルトラム中佐は、トレーブのスーパーマーケットに立てこもったテロリストに人質の身代わりになることを申し出て、人質女性1人の命を救った。同中佐が今年6月に結婚する予定だったことが明らかになり、フランス国民を泣かせた(仏紙ル・モンドによると、同中佐は24日、病院の死の床で婚約者と結婚式を挙げた)。

 マクロン大統領は追悼演説の中でベルトラン中佐の犠牲的な行為を「英雄の死」と称えた。以下は、在日フランス大使館公式サイトからマクロン大統領の演説内容の概要を紹介する。

 「彼を殺害した犯人の名前は既に忘却の淵に沈む一方、アルノー・ベルトランの名前はフランスの英雄的行為を表す名前となった。そのレジスタンス精神は、私たちがだれであるか、フランスがジャンヌ・ダルクからド・ゴール将軍に至るまで、何のために常に闘ってきたのかをこれ以上なく明確に示してくれた。フランスはすべての覇権、すべての狂信主義、すべての全体主義に対し、その独立、自由、寛容と平和の精神のために闘ってきた」と述べた。同大統領はベルトラム氏をレジオン・ドヌール勲章コマンドゥールに叙し、憲兵隊大佐に任命した。

 ベルトラム中佐の略歴は、サン=シール・コエトキダン陸軍士官学校を卒業し、2005年には空挺隊員としてイラクに配置され、任地で旅団による表彰とともに軍功十字章を受章する等、詳細に紹介されている。

 興味深い事実は、同中佐が33歳の時ローマカトリック教会に帰依した敬虔なキリスト教信者だったことは何も言及されていないことだ。マクロン大統領は演説の中で中佐の行動が「フランスのレジスタンス精神に基づくものであり、英雄の死だった」と称賛したが、中佐が敬虔なキリスト者であったことは敢えて語らなかった。

 中佐は幼児洗礼を受けた信者ではなく、33歳の時、神に出会い教会に入っている。その教会はラテン語によるミサ(トリエント・ミサ)が行われるカトリック教会でも少数派に属する。
 当方の推測だが、中佐が33歳でカトリック教会に帰依した背後には、イラク派遣での体験が大きな契機となったのではないだろうか。

 政治と宗教が完全に分離(ライシテ)され、国家の非宗教性、宗教的中立性を掲げるフランスでは愛国者の死が同時に殉教者であることは難しい。中佐の行為は1941年、アウシュヴィッツのユダヤ人強制収容所で家族持ちの囚人のために死を選んだマキシミリアノ・コルベ神父を思い出させる。中佐の行為の原動力は愛国主義に基づく英雄的な動機というより、神への信仰だったことは疑いないだろう。

 マクロン大統領はテロリストの容疑者に対しては「イスラム教を裏切った」として、イスラム過激主義を批判したが、そのイスラム教テロリストの犠牲となったベルトラム中佐の行為に対しては、「英雄の死」と称えたが、神への信仰という表現は恣意的に避けている。

 ちなみに、フランス北部のサンテティエンヌ・デュルブレのローマ・カトリック教会で2016年7月26日、礼拝中のジャック・アメル神父が2人のイスラム過激派テロリストによって殺害されるというテロ事件が起きた。2人のテロリストは礼拝中の神父をひざまずかし、アラブ語で何かを喋った後、神父の首を切り、殺害した。同神父はその1年後、フランシスコ法王によって殉教者の名誉を得た(「あの日から『聖人』となった老神父」2017年7月30日参考)。

 アメル神父は聖職者だが、ベルトラム中佐は治安部隊の警察官だった。前者は「殉教者」として称賛され、後者は「英雄の死」として称えられた。
 オーストリア日刊紙プレッセ(3月31日付)で著作家マルティン・ライデンフロスト氏は「フランス国民の英雄(ベルトラム氏)のキリスト教信仰については、マクロン大統領は沈黙した」と指摘している。

マクロン大統領の大胆な「歴史認識」

 フランスのエマニュエル・マクロン大統領は就任以来、世界の指導者をパリの大統領府(エリゼ宮殿)に招待する一方、自ら世界を飛び歩いている。一時期、大統領の国民の支持率は低下したが、ここにきて再び上昇してきた。40歳の若き大統領は、フランソワ・オランド、二コラ・サルコジといった前任者が夢見ても実現できなかったフランスの外交を世界に示している。

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▲世界経済フォーラム(ダボス会議)で演説するマクロン大統領(2018年1月24日、フランス大統領府公式サイトから)

 大統領就任直後、5月29日、ウラジーミル・プーチン大統領をパリ郊外のベルサイユ宮殿に招き、同年7月14日の慣例の革命記念日軍事パレードにトランプ米大統領夫妻を招いた。そして今年に入ると早速、中国・北京を訪問し、習近平国家主席と会談し、シリア危機や北朝鮮の核問題などを話し合っている。米中ロ3大国首脳と会談する40歳の青年大統領の姿を見たフランス国民の中には往年時代のフランスの外交を思い出した者もいただろう。

 独週刊誌シュピーゲル最新号(1月20日号)はマクロン大統領の外交の足跡を振り返っているが、そこに興味深いエピソードが掲載されていた。マクロン大統領の外交を理解する上で参考になるばかりか、慰安婦問題で韓国と険悪な関係の日本にも参考になる新鮮な視点が見られるのだ。

 マクロン大統領は同国の植民地だったアフリカ諸国を訪問し、ブルキナファソでは演説後、一人の女学生から質問を受けた。

 「マクロン大統領、私は大学生だが、わが国では勉強していても頻繁に停電になってしまいます。どうしたらいいのですか」

 マクロン大統領はじっくりと女学生の方を見ながら傾聴した後、
 「あなたは間違っている。あなたは自国が依然フランスの植民地だという認識で私に電力不足の解決を求めている。その質問はあなたの国の政府関係者にするべきだ。私はフランス大統領であって、ブルキナファソの問題を担当していない」

 マクロン大統領のこの返答が世界に配信されると、多くの人々はマクロン大統領は傲慢だ、非情だ、といった反応が見られた。フランス国内でも同様だった。

 当方はマクロン大統領の返答に正直いって新鮮な感動を覚えた。女学生には「わが国はフランスの植民地だった。だからフランス大統領に苦情の一つでもいって、その解決を聞きたい」という思いがあったのだろう。マクロン氏は即、「私はあなたの国の諸問題を担当していない。私はフランス大統領だ」と答えたのだ。この答えに間違いは一つもない。自国の諸々の問題はその国の統治を担当した政府関係者が取り組み、解決しなければならない。マクロン氏はごく当たり前のことを指摘したまでだ。

 マクロン氏はフランスの植民地化時代の負の遺産を忘れている、という批判も聞かれる。それに対し、大統領は、「私は過去問題より、現在と未来の問題解決に取り組みたい」と表明してきた。よく言われる「未来志向の政治」だ。貴重な時間とエネルギーを過去問題の対応で消費するのは止め、現在、そして将来直面する多くの問題の解決策に頭を悩ますべきだという論理だ。これもまったく正論だ。

 同時に、マクロン氏は女学生に、「あなたの国はもはやフランスの植民地でありませんよ。フランスと同様、立派な独立国家です。自信を持ってください」といった思いが込められていたのではないか。とすれば、かつて植民地だった国の女学生への最高の励ましの言葉だ。

 マクロン氏は常に相手と可能な限り、対等の立場で話そうとする。トランプ米大統領に対しても超大国の米大統領といった恐れとか不必要な尊敬を払わない。同じように、アフリカの女学生に対しても、フランス国民と同様の立場で話す。シュピーゲル誌の記事のタイトルも「Der Furchtlose」(恐れ知らず)だ(「マクロン大統領の書きかけの小説」2017年10月21日、「ファースト・ドッグの不始末」2017年10月26日参考)。

 マクロン氏の上記のエピソードは、韓国と歴史の認識問題で対立する日本にも参考になる点が多くある。文在寅大統領が旧日本軍の慰安婦問題を追及し出した時、安倍晋三首相は、「大統領、韓国はもはや日本の植民地ではありません。わが国と同様立派な独立国家ではないですか。韓国内の諸問題について、私は責任を担っていません。私は日本の総理大臣です」と説明すれば十分だ。これこそ慰安婦問題に対する日本側の究極の返答といえるわけだ。
 歴史とそれ以外の問題を別々に扱う“ツートラック”政策を標榜する文大統領には、「貴重な時間と人材を現在と未来の問題の解決に投資すべきではないか」とやんわりと助言すれば終わりだ。

 第2次世界大戦から70年以上が経過した。戦争を体験した国民は年々少なくなってきた。日本でもマクロン大統領のように歴史の負の遺産を背負わない大胆な指導者が出てくるのは時間の問題だろう。

“ファースト・ドッグ”の不始末

 欧米の大統領はその王宮や執務室で愛犬を飼うケースが多い。一種のブームかもしれない。オバマ前米大統領はホワイトハウスで犬(ボーとサニー)を飼っていたことはよく知られていたが、モスクワのクレムリンの主人プーチン大統領も愛犬家では負けていない。最近も外国首脳から犬のプレゼントをもらっている。5年前、佐竹敬久秋田県知事(当時)がプーチン氏に秋田犬(ゆめ)を贈っている(「なぜプーチン大統領は犬が好きか」2016年12月7日参考)。

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▲「ネモ」(独週刊誌シュピーゲル10月14日号から)

 このコラム欄でも先日、フランスのマクロン大統領が捨て犬を動物ハウスからもらってエリゼ宮殿で飼っているという話をしたばかりだ。2歳の雄犬ネモだ。少し、後日談があるので、ネモの話を続ける(「マクロン大統領の書きかけの『小説』」2017年10月21日参考)。

 マクロン大統領が会議室で話していた時だ。ネモは大統領の近くにいたが、突然、宮殿の暖炉の壁に向かっておしっこをした。犬が室内で小便をするということ自体、絶対に許されないし、飼い主も厳しくしつけをするから、そのような場はあまりない。それが、よりによってエリゼ宮殿内でネモがやってしまったのだ。

 大統領だけでなく、周囲にいた秘書たちも驚いた。用を足したネモは申し訳なさそうな顔をしてマクロン大統領の近くに行き、首を垂れている。マクロン大統領はネモの頭に手を置いて、「だめなんだよ」と何かつぶやいている。大統領と愛犬のシーンを動画で観たい読者はユーチューブを開いてみてほしい。

 犬を愛する当方はネモのために少し弁明したい。公職で超多忙なマクロン氏はネモと散歩する時間は余りない。だから、ネモが用を足したくなってもお世話できないことが多いだろう。ネモはどうしても我慢しなければならないことが多くなる。もちろん、ネモの健康にはよくない。主人が会議中、不幸にも用を足したくなった。我慢したが、それも限界になって、とうとう宮殿の暖炉の壁に向かってやってしまったという次第だろう。人権はあるが、犬にも権利があるはずだ。宮殿内で用を足したネモにもそれなりの言い分、弁明は必ずあるはずだ。幸い、マクロン氏がネモを厳しく罰したとは聞かない。

 ネモは犬の世界でも数少ないファースト・ドッグだ。大統領夫妻に随伴することもある。ストレスのため胃腸機能がおかしくなったとしても不思議ではない。
 公職に就く犬はファースト・ドッグだけではない。警察犬も大変だ。このコラム欄で「警察犬は短命だ」というコラムを書いたことがあるが、公職に従事するファースト・ドッグや警察犬は通常の犬より短命と聞く(「なぜ、警察犬は短命か」2012年5月22日参考)。

 ネモのことを考えていた時、オーストリアのバン・デア・ベレン大統領にも愛犬(雌犬)がいることを知った。大統領が愛犬 Kita を連れて英雄広場周辺を散歩した時だ。愛犬は芝生に入り、じゃれだした。この公園では犬は芝生に入って遊んではならない。「緑の党」元党首だった大統領がそれを知らないはずがない。大統領の愛犬が芝生に入り遊んでいる。それを眺める大統領。このシーンの写真がメトロ新聞「ホイテ」に掲載されたのは、大統領にとっては不幸だった。

 オーストリアでは犬を飼う人が多いが、犬が外で用を足した時、飼い主はそれを片付けなければならない。その義務を忘れると、50ユーロの罰金が科せられる。ファースト・ドッグだけではない。犬を愛する飼い主には責任と義務があるわけだ。

マクロン大統領の書きかけの「小説」

 誤解していたのかもしれない。ロスチャイルド家系の名門銀行から政界に飛び込み、大統領にまで這い上がった青年を当方は「銀行マンから大統領になったポピュリスト」という程度でしか理解していなかったが、その青年は英雄と物語を愛し、ひょとしたら本人もその世界の住人ではないかと思えるほどだ。政治家のイメージは全く感じさせない。青年はフランスのエマニュエル・マクロン大統領(39)だ。

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▲マクロン大統領との単独会見を掲載する独週刊誌シュピーゲルの表紙

 フランス大統領への見方が変わった直接のきかっけは独週刊誌シュピーゲル(10月14日号)の8頁に及ぶ同大統領との単独会見だ。マクロン大統領は資本主義の先端を走る一流銀行から大統領府に入ったラッキーな青年というより、ドラマを愛し、それを創造していく若き芸術家の姿を彷彿させるのだ。シュピーゲルは「僕は傲慢ではないよ」という見出しでマクロン氏の顔写真を表紙に掲載している。

 大統領府には1匹の雄犬がいる。ネモ(Nemo)と呼ぶ。ラテン語ではノーボデイ―を意味する。捨犬や猫をお世話する動物ハウスからネモを譲り受けてきた。
 マクロン氏曰く、「彼(ネモ)は動物ハウスからフランス大統領府のエリゼ宮殿の住人となったんだよ。考えられない人生の激変だね。もちろん、ネモ自身はそんなこと考えていないと思うがね」と笑いながらいう。

 マクロン氏は自身を「どん底の世界にいたネモを最高の宮殿の住人に引き上げた神のような存在」とは考えていない。彼はそのネモの人生の激変にあたかも第3者のように驚きと感動を覚えて見つめているのだ。

 インタビューの最後に、「今夜、宮殿内でコンサートが行われるが、貧困地域の子供たちと宮殿職員の家族200人余りを招いている。彼らは宮殿でコンサートを聴くことなどなかっただろう。宮殿に住む恩恵を他の人々と共に分かちあえればうれしいね」という。

 マクロン氏の上記の2つの話は受け取り方次第では「マクロン氏はなんと傲慢な人間だろうか。自分を何と考えているのだろうか」という印象を持つかもしれないが、シュピーゲルの記事を読んでいくと、そうではないことが理解できる。マクロン氏自身には「自分がそのドラマを演出した」という自覚が余りないからだ。彼は自分の人生も含め、ドラマに惹かれ、感動しているだけなのだ。

 マクロン氏は会見では、「勇気」とか、「野心的」という言葉を多発する。「野心的という言葉は絶対、謙遜を意味しない。謙遜を意味するのなら、僕は野心的でありたいとは思わないよ」と説明。ドイツのメルケル首相への人物評価の中でも、「彼女は能力のある政治家だ」「勇気ある指導者だ」と指摘する。「勇気ある政治家だ」と他国の指導者を褒める政治家はあまりいないだろう。

 勇気、高貴な気質は中世時代の貴族たちが憧れた気質だ。マクロン氏自身は、「自分は中流階級出身だよ」というが、その気質はどこか中世貴族の王子のような雰囲気がある。

 マクロン氏は、「現代には英雄や物語が必要だが、メディアはそれらに強い不信感があり、ことごとく崩していくのは残念だ」という。フランス大統領という地位についても、「政治的、技術的意味合いより、象徴的な意味が重要だ。国民は政治的英雄、指導者を必要としている。カトリック教国のフランスの国民の思考世界は垂直的だ。その点、プロテスタントのドイツ国民とは異なる。フランス人は常に上からの指示を待っている。それを受けると、従う。もちろん、国民はその英雄を、時が来れば追放し、新しい英雄を探し出す」という。

 マクロン氏のデスクの引き出しの中には書きかけの3つの小説の原稿が入っているという。「いつかは完成させたいね」という。「時間が許せば、毎晩本を読んでいるよ」という。代表作「素粒子」が日本語にも翻訳され、最新作の「服従」で話題を呼んだフランス作家ミシェル・ウエルベック(Michel Houellebecq)氏の本にも通じている。ドイツ人作家でノーベル文学賞を受賞したギュンター・グラスの作品を読んでいる。音楽では「やはりモーツアルトが好きだ」という。

 約70分間のインタビューの中には政治的テーマにも答えているが、会見記事を読んだ後、印象に残るのはマクロン氏の物語の世界だ。「大統領府の生活にも慣れてきた。家族たちも最初は戸惑いもあったが、今は普通の生活といった雰囲気になってきた。宮殿にも住む人がいた方がいい」という。

 ブリジット夫人と1週間に1度、じっくりと顔を合わせるぐらいで超多忙の日々だ。「僕は今、旅行が多い。世界至る所を訪問しているよ」という。フランソワ・オランド前大統領は毎日、早朝4時に目を覚まし、スマートフォンで情報をチェックした後、再びベットに入る生活をしていたというが、後任者のマクロン氏の生活は物語の世界を生き、旅に出かける日々だ。

 マクロン氏への批判の声も上がってきた。当人はそれを気にしていない。政治では非常に現実的な対応をする。メルケル独首相を尊敬し、「助け合いながら欧州の刷新を実施していきたい」という。

 第1期の任期5年が終わった頃、マクロン氏の世界は変わっているだろうか。いずれにしても、大統領職を終えた後もマクロン氏の人生は長い。書きかけの小説を完結する時間は十分ある。

政治のハイパー・パーソナル化

 フランスで今月11日と18日、国民議会(下院)選が実施される。エマニュエル・マクロン新大統領は自身の政治運動「アン・マルシェ!」(En Marche!=進め!)の支持者を全577選挙区に公認候補として擁立し、単独過半数の議席獲得を目指す。

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▲ハイパー・パーソナル化した政治のシンボル、エマニュエル・マクロン大統領(ウィキぺディアから)

 マクロン大統領は大統領選でも「左派、右派のイデオロギーに捉われず、適材適所に人材を配置したい」と主張してきたこともあって、下院選の候補者には共和党関係者から社会党関係者、専門家たちが選出されている。彼らの世界観や政治観は多種多様だが、共通点はマクロン大統領の政治を支持するということだ。

 オーストリアでも10月15日、前倒しの議会選挙が実施されることになった。このコラム欄でも紹介したが、与党の国民党のセバスティアン・クルツ外相はマクロン大統領と同様、既成の政治、政党システムでは国家を刷新できないとして、既成政党の枠組みに捉われない立場を明確にし、総選挙では「リスト・セバスティアン・クルツ、新しい国民党」(Liste Sebastian Kurz-die neue Volkspartei)という呼称で戦う。これまたマクロン大統領の政治運動「アン・マルシェ!」と酷似している。

 マクロン大統領は39歳、銀行家としてキャリアを積んだ後、オランド前政権で経済相を歴任してきた。一方、クルツ外相は27歳で欧州最年少の外相に就任して以来、着実に政治経験を重ねてきた。両者ともまだ30代の政治家であり、既成政党から出てきたが、改革派として高い人気を誇っている点で似ているわけだ。

 独週刊誌シュピーゲル(5月20日号)のトビアス・ラップ記者は「若き英雄たち」というコラムの中で、「欧州は現在、既成政党がその影響力を失う一方、個人のパーソナリティが前面に出た政治に直面している」と指摘、“ハイパー・パーソナル化”(Hyperpersonalisierung)と呼んでいる。この傾向はフランスやオーストリアだけではなく、政権奪回を狙うイタリアのマッテオ・レンツィ前首相にもみられるという。

 仏大統領選(第1回投票、4月)では、中道右派「共和党」のフランソワ・フィヨン元首相(63)は19・7%、オランド大統領の出身政党・社会党が推すブノワ・アモン元厚相は得票率6・2%と2桁を割り、歴史的敗北を喫した。それに先立ち実施されたオーストリア大統領選でも同じように、社会民主党と国民党の2大既成政党が擁立した候補者が第1回投票で苦杯を舐め、決選投票に進出できずに終わった。既成政党の後退はもはや止めることが出来ない。

 それではマクロン大統領やクルツ外相のハイパー・パーソナル化された政治はどうか。その政治信条が国民に正しく理解されているというより、イメージが先行し、肝心の政策や政治路線が不明確な点も少なくない。
 ハイパー・パーソナル化の政治は果たして長期的に定着することができるだろうか。マクロン氏の「アン・マルシェ!」、クルツ氏の「新しい国民党運動」も時間の経過と共にその鮮度を失い、既成政党化する運命から逃れることが出来ないのではないか。「政党」から「運動」に衣替えし、その後、再び「政党」となって戻ってくるのではないだろうか。

 ちなみに、代表作「素粒子」が日本語にも翻訳され、最新作の「服従」で話題を呼んだフランス作家ミシェル・ウエルベック(Michel Houellebecq)氏は「国民がどの人物、政党に投票するかの最終要因はその人の世界観ではない。その人が社会でどの階級に属しているかが決定的だ」と述べ、「自分は豊かな階級に属するから、(自身の階級を脅かす)極左党は支持しない」と語っている。すなわち、多くの有権者は政治的右派か左派といったイデオロギーや世界観から投票するのではないというのだ。
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