2005年06月14日

◎嘘から始まったジェンダーフリー

世界的ベストセラーであったブレンダと呼ばれた少年(AS NATURE MADE HIM)が店頭に並んだと思ったらすぐになくなり絶版となった。これには何か人為的な操作が感じられたが、このたび扶桑社から復刻版が出されることになり、ジェンダーフリーに対する反撃の根拠となり得る図書を入手することが出来ることは喜ばしいことである。

 

ジェンダーフリーを標榜する女権拡張主義者のカリスマでバイブルとも言える『性の署名』を著したのが性科学者であるジョン・マネー(米国 ジョンズ・ホプキンス大学病院)である。

 

彼は染色体異常で生まれた「半陰陽の患者」の研究の結論を、男女の性的行動および志向は生得的かつ本能的根拠に基づくものではない。つまり新生児は白紙の状態で生まれてくるものであり、育て方次第で男にも女にもなる結論付けた。

『男と女、男の子と女の子』『性の署名』を研究発表

 

ジョン・マネーの非人道的実験とも言うべき『双子の症例』は染色体の正常な男の双生児の一方ブレンダ(人為的性器損傷)に性転換手術をさせ、一方のブライアンとの違いを追跡観察するという人体実験を実施したが失敗に終わっているにもかかわらず、それを公にせずいかにも実験が引き続き実施されているように装った。

 

それを暴露したのが

『ブレンダと呼ばれた少年 ジョンズ・ホプキンス大学病院で何が起きたか』である。            

 

この本はジョン・コラピント(米 ジャーナリスト)ジェンダーフリーの嘘を暴いた衝撃のノンフィクションであるが、2000年に無名舎で刊行されたがすぐに絶版になり、扶桑社で復刻されたイワク付きの本である。 

 

「生後8ヶ月で割礼を受けたとき、電気メスで男性器を誤って傷つけられ、切断せざるを得なかったブレンダは、ジョンマネーの執拗な勧めで女の子として育てられたが、物心がつく頃から女の子になることに抵抗しはじめ、男の子の遊びに興味を示すので、マネーは膣整形手術を執拗に要求したり豊胸のための女性ホルモンを飲ませたりしたが、思春期の1980年にはディヴィットと名前を変えついに男の子に戻った。その後ペニス再形成手術を行い女性と結婚までしたが、2004538歳の若さで自殺した」とある。

 

 

じつは実験をしたジョン・マネー変態的な性的嗜好の持ち主で、マネーは若いころには「性革命の煽動家」としてフリーセックス、サド・マゾヒズム、スカトロジー(糞尿趣味)、性器切断願望、自己絞殺、小児愛に関心を示し、その種の著作もある人物であり、こんなコメントがある。

『私は良く思ったものである。家畜だけでなく人間も誕生時に去勢されたら、世界中は女性にとってより良い場所になるのではないかと』

 

 

このように彼女らの主張の根拠はすでに崩れているにも拘らず、日本ではジェンダーフリーの女性学が盛んであり、マスコミがオダテ上げ声高に叫ばせている。また隠れマルキストの官僚とツルンデ日本の伝統・文化を破壊することに血道をあげているのが現状である。

 

『双子の症例』の失敗を隠しつづけた結果、マネーの『性の署名』は今も女性学の基本的テキストとして読み継がれている

 

 

●女権拡張に血眼になっている3氏は国民の税金をフンダンに使い、社会秩序の破壊に努めている。

・“ジェンダーフリー革命”の発信基地  

           国立女性教育会館の女性学・ジェンダー研究会

・男女共同参画社会基本法案起草の主導者      東大教授 大沢真理

・過激なジェンダフリー論者            東大教授 上野千鶴子

・ジェンダーフリーの伝道師 社民党参議院落選、 和光大学教授 船橋邦子

 

男女共同参画政策の根拠となった『マネーの性心理白紙説』はすでに破綻しているが、これを脳科学の見地で真っ向から否定したのが、脳科学者 新井康允の著書『脳の性差ー男と女の心を探る』 共立出版であり、『男らしさ』『女らしさ』の意識は生得的なものが基礎にあると主張している。

 

 

「ブレンダと呼ばれた少年」の著者ジョン・コラピント(米 ジャーナリスト)は

「科学者の間では、・・・・『最も重要な性的器官は生殖器ではなく、脳である』という結論に達している」

 

「嘘から始まった男女共同参画政策」は一日も早い抜本的見直しが不可欠である

 

ジェンダーフリー http://www.jiyuu-shikan.org/teachers/hattori/0311.html

http://www007.upp.so-net.ne.jp/rindou/kyouiku9.html

 

『ジェンダーフリーの害毒』林道義
『脳の性差』新井康允(共立出版)
『男脳と女脳こんなに違う』新井康允(河出夢新書)
『幼児教育と脳』(文春新書)
『話を聞かない男、地図が読めない女』アラン・ピーズ、バーバラ・ピーズ(主婦の友社)
「フェミニストに歪められる改正教育基本法」高橋史朗(『正論』平成十五年一月号)
「『両性具有への人間改造』ジェンダーフリー教育の正体」中川八洋(『正論』平成十五年二月号)


ブレンダと呼ばれた少年
ブレンダと呼ばれた少年―ジョンズ・ホプキンス病院で何が起きたのか
脳の性差―男と女の心を探る



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いつものように復刊された「ブレンダと呼ばれた少年」の感想を探していたところヒットしたアンチ・ジェンフリ派のブログ、「徒然なるままにエッSAY!」の「嘘から始まったジェンダーフリー」を読む。
生物学基盤論を唱えながらジェンダーフリー教育の弊害を叫ぶ矛盾【macska dot org】at 2005年06月18日 03:38
この記事へのコメント
”『男らしさ』『女らしさ』の意識は生得的なものが基礎にある”から、無理に性で分けて扱う必要はないといえます。
 もし育て方で変わるのであれば、「男らしくしなさい」「女らしくしなさい」と常に命令しなければならないことになります。
 私は子にとって、「自分の正体に気づく」事が必要だと思います。たとえば、「男らしく・女らしくではなく自分らしく」という表現がありますが、「性同一性」は、「自分らしさ」にとって必要なものだと思います。
 性別も、「押し付けられたもの」ではなく、「選び取ったもの」と思えるほうが、幸せに生きられるのではないでしょうか。そのためには、無理に分けることは避けたほうがよいと思います。
  
Posted by T at 2006年05月25日 15:39
性別意識の基礎が生得的であるなら、自然に性で分けて扱う必要があると思います。
自分らしさとは個人の意思の力で形成するものと、生体の一部として自然に形成されているものとの合成です。性別は既に形成されているもので、後者に属します。
性別が「押しつけられた」と考えるなら、確かにそれは不幸なことです。しかしそれを「選び取った」と考えられることがあるなら、自己の身体の発生に先んじて自己の意志がまずあって、それが「性別を選び取った」と考えるしかないように思えます。これはあまり現実的ではないような気がします。
Posted by K at 2006年06月20日 10:32
〜続き
 「自分の性別を、満足をもって受け入れる」という方針がとられるのが現実的であるように思いますし、実際に多くの場合でうまくいっていると思います。しかしこれができない場合に限って、社会的性別だけでも入れ替えてみることが認められてよいと思います。さらには性転換が認められるべきでしょう。
 「選び取り」の問題は第一に「らしさの自己選択」にあるのであって、それは外科的手法で不自然に性別を変更する方法しかない「性別の選択」とは分けて考えなくてはならないでしょう。
Posted by K at 2006年06月20日 10:33
現在の社会では"自然に"性で分けられてないのが現状だと思います。
男はこうすべき女はこうすべきなど根拠なく分けていることも多いです。

性差はあると思いますがそれは個人差もあり傾向的なもの。
男脳と女脳は違ういいますがそれも傾向的なもので絶対ではありません。

私も「押しつけられた」(強制)と感じている1人だから言えます。

性差はないとかフェミニスト運動の延長線上にある
ジェンダーフリー運動には反対ですが
本当に押し付けはないか考えて欲しいです。
Posted by Yu-ki at 2008年03月12日 21:51