2005年08月04日

◎朝鮮系日本軍人・軍属への疑い

陵遅の刑

反日のプロパガンダの中で日本人としてどうしても納得できないのが、フィリピンの教科書にも出ているという赤ん坊を放り投げて銃剣で突き刺す。中国婦人の乳房を切り落とす陵遅の刑は日本人の性癖にもないし、女子供を弱きものとして捉える日本人の国民性にはないと断言していた。

ある研究者の話によると日本の研究者が韓国の研究者と連れ立ってフィリピンの戦争被害について調査したときのことである。フィリピン人被害者が訴えた言葉にこんなことがあったという「女子供に対して残酷なことをしたのが日本軍というより朝鮮人だった」と韓国人の研究者は無言のままであったという。

 

最近韓国のインターネットで紹介されている「ハンギョレ21」にこんな記事が載っていた。

*************************************ここから引用

●ベトナム戦争における韓国軍の残虐性

「戦友が殺された地域で皆殺しをやった。わが部隊がそうだった。ベトコンの捕虜も殺した。子供だって抹殺した。子供の首を切り落として、腰の横につけた(インタビューの場に居合わせた人たちが、そんな話を外国人にしないほうがよい、と言葉をはさんだので、Fさんはちょっとひるんだが、言葉をつづけた)。女の乳房をナイフで切り落とした。血の赤に乳の白がまざった。別の部隊では、もっとひどいこともあったようだ。南ベトナムで戦争して(2年以上の人にも会ったが、多くの人は1年)帰国した彼らは、除隊前に海外での戦闘について今後一切口外してはならない、と教育されていた。

 

 「猛虎部隊」の分隊長として苛烈な戦争体験「帰国後は、ヘリコプターの音を聞くだけで身の毛がよだつようでした。ベトナムでは本当にいろんなことがあったから……」と、キムさんは静かに語る。「寝て起きたら戦闘、そしてまた戦闘。その繰り返しです。すると、戦場で人を殺すことまでが、ストレス発散方法になりました。誰がいちばん早く人を撃ち殺すかで、ビールを賭けました。人の命で賭けをしていたのです……」 

  

●そして占領地では住民を強姦していた!
中国人SHA EIKOUの著書「日本軍は香港で何をしたか」から抜粋。
最初の数日間は平穏無事で、日本軍の姿は全く無かった。
ところがある日、突然五、六人の動物のような兵隊が現れ、麻雀をしていた四人の女優を強姦した。
前述の女優は日本軍の馬を管理する男達(軍属)に暴行されたが、この男達は朝鮮人であった。
(中略)
香港占領期間中、多くの朝鮮人が日本の軍服を着ていたが、一般の日本人よりも背が高く、日本の正規軍よりも凶暴だった。
この時、民家に乱入して婦女暴行を働いたのは、殆ど日本人の手先となって悪事を働いていた朝鮮人であった。
当時、香港住民は日本軍よりも朝鮮人を激しく憎んだ。

フランスの雑誌パリマッチ記者、アルフレッド・スムラーの著書「日本は誤解されている」から抜粋。

フランスの雑誌パリマッチ。歴史ある雑誌。

日本人戦犯の責任を軽減するつもりはないが、占領地域で最も嫌われたのは、日本国籍を持っていた朝鮮人だった。

★1923
916日、大阪の海軍の通信所の電報

中国各地で傍受された日本国籍を与えられた朝鮮人の道徳の無い行動が、中国や世界でニュースに取り上げられ、ヨーロッパで反日宣伝の材料になっている。
注意が必要であり、充分な取り調べが必要であると考える。

995256ハンギョレ21 

http://www.altasia.org/hangyore/hangyore99256.htm

 

私の村は地獄になった

http://210.160.208.40//search/20000412/wa_sug1.html

 

韓国軍がベトナムで一般市民を犬でも殺すように殺戮の限りを尽くしたと聞き、その殺し方を知るにつけ第2次大戦時の日本軍に対する非難はひょっとすると、当時わが同胞であったT系日本人だったかもしれないと疑いの気持ちが涌いてくる。

このように朝鮮民族の民族性として、弱いものは徹底的にいたぶり、強いものには媚びへつらうということがある。

ベトナム戦においては女・子供に対する憐憫の情というものが全然感じられないし、なぜこれほど残酷になれるのか理解に苦しむ。彼らとは民族性の違いを感ずるものである。

 


図説 北朝鮮強制収容所

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