2006年06月25日

◎御伽草子 「熊と兵隊」

突撃 平成○年七月一日から五日までの間、第○普通科連隊は連隊長・H一佐の統裁の下、

H大演習場において第二中隊、第三中隊、施設作業小隊の訓練検閲を実施した。

 

この間、二歳ぐらいのヒグマ二頭が訓練地域内に出没、まさに厳戒態勢の中で検閲が実施された。

 

 戦況の進展に伴い、この内の一頭の熊が攻撃側の第三中隊長O一尉の意図を体したかのように中隊CP、段列、迫撃砲陣地地域を襲撃、第二中隊の防御準備を妨害、ジープの座席や付近に集積しておいた隊員の背のうからチョコレートや高カロリー・高タンパクの戦闘用糧食を食い荒らし、一暴れした後、隊員が楽しみにしていた加給食のスポーツドリンクまで飲んでしまい、腹がいっぱいになったのか満足げな表情でヤブの中に消えていった。

 

我々としても熊ごときになめられては自衛隊の沽券に関わると思い、撃退するため空包射撃や警笛を鳴らして追い払おうしたが、まったく動じず実に腹のすわった不届き千万な熊であった。

 

 ところがこの熊、夜となく昼となく防御地域に現れるため、第二中隊長S三佐は昼は昼で熊のための監視警戒を強化せざるを得ず、夜は夜でまさにインディアンの襲撃から幌馬車隊を護るがごとく、ライトを照らした車両を外側に配置して円陣防御を組み熊の襲撃に備えた。

 

この西部劇もどきの厳戒態勢にさすがの熊も恐れをなし、近寄ることができなかったようである。

精強第二中隊とはいえ敵の偵察活動と熊の出没に神経をすり減らし、一睡もできず目を真っ赤にして攻防の朝を迎えた。

 

ところが第三中隊の突撃支援射撃が開始され、まさに突撃発起の態勢に入ろうとしたとき、防御側第二中隊の左第一線地域に突如熊が出没、この熊は本来攻撃側の味方であったはずなのに防御側寝返り、攻撃を妨害する挙にでた。

 

第三中隊長は怒り心頭に達するも憎き裏切り者の熊五郎にかまわず猛烈な突撃を敢行、無事任務を完遂し、大きな成果を残して検閲を終了した。 

     

 ところがこの熊、状況終了後、四日ぶりの“一献”を楽しみにしていた隊員たちの宿営地にまで出没、連隊長に一言いいたい事があったのかどうかは知らないが、統裁官幕舎の約三十メートル付近にまで接近、挨拶攻撃をして、一騒がせしたる後ヤブの中に消えていった。

 

まさに検閲講評の特記事項に価する熊五郎たちであった。おかげでしばらくは”酒の肴“に困らない思い出多い訓練となった。

 

後日談ではあるが、この熊たち、我々の戦闘用糧食の味を占めたこともあり、その後も度々崇高なる国防の任に燃える我々自衛隊の訓練を妨害していたが自衛隊官舎地区にまで出没し、愛しい妻子の安全を脅かすまでに増長したのでやむなく“死刑判決”

今は白い木綿の死装束を着て、あの世から我々の訓練を見守っているらしい。

“南無阿弥陀仏”

 



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