2009年10月26日

◎「沈まぬ太陽」と労組の真実の姿

沈まぬ太陽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いま話題の映画「沈まぬ太陽」を観てきた。

山崎豊子の小説は読んでいないが、日本航空をモデルに書いた大作であるくらいは知っていた。

 

好奇心旺盛な私としては話のタネに観ておくかということになった。

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 国民航空(モデルは日本航空)社員で同社の労働組合委員長を務めた主人公、恩地元が受けた不条理な内情を描き、人間の真実を描いた作品。 フラッグ・キャリアの腐敗と、単独機の事故として史上最悪の死者を出した“御巣鷹山の日航機墜落事故(1985.8.12を主題に、人の生命に直結する航空会社の社会倫理を表現したとする作品である。とWikiは書いている。

 

 これは山崎豊子著「沈まぬ太陽」を1995年から1999年まで週刊新潮で連載した3部構成を原作に、経営陣と激しく対立していた日本航空の労働組合を主題に書いたものであるが、経営陣には全く取材がされず一方的に書いたものであり、労組を美化している点は否めないが“モデル小説”としてではなく純粋な映画として見ることができれば面白いかもしれない。

 

 前半の恩地元労働組合委員長の労働争議には馴染めないものがある。後半は頑なに情に生きる男と自分の弱さを知りながら権力闘争の中に身を置き出世街道に生きる男の闘いが見どころであった。

 

 

 映画の世界は別として現実の世界である日航および全日空の労組に対しては日本人として許すことができないことがある。

 

 19853月、イラン・イラク戦争が激しくなり、イランに取り残された日本人215名は国外脱出をさせる必要性があった。ところが、日本航空も全日空も彼らを脱出させるには乗務員の安全を保障できないとして、飛行機の準備をしませんでした。あわや全員、イラクが空爆を宣言したテヘランに取り残されると思われた寸前、トルコ航空が日本人の救出にかけつけ、攻撃開始寸前に脱出することができました。

 

 また、1990年、湾岸戦争直前、イラクはアメリカその他の多国籍軍にイラクを攻撃させないため、サダム・フセインに日本人や他の外国人が人質にとられるという事件がありました。この際、どうにか助け出された日本人人質を国外に連れ出してくれたのも、トルコ航空です。

 

 

 どちらもナショナルフラッグをつけた日本の航空会社でありながら、日本人同胞の救出を拒否したので、トルコ航空に助けてもらうという世界に大恥を晒したのであった。

また自衛官が任務で外国へ赴任するとき、PKO等で国から部隊として派遣された場合でも制服で旅客機に乗ることを拒否したのは彼ら航空会社の労組であり、それを黙認したのが経営陣なのです。

 

 我々日本人はトルコ国民とトルコ航空に感謝することはあっても、日航・全日空の経営陣と労働組合には日本国と日本国民のために働くことはない組織であることを再認識しましょう。

労働組合が力を握ることは決して、日本国民のためにはならないのです。

彼らは自分たちの利益のためには働くが、日本のために働くという意識はありません。

 

また、ギリシャからイギリスのヒースロー空港に着いた時のことである。JALに乗り換えるため我々ツアーの乗客が座席の申し込みをしたときの現地の日本人従業員が我々を見下した態度をとり、非常に不愉快な思いをしたことを思い出す。それからしばらくの間はJALには乗らなかった。

 

 ところで鳩山内閣の閣僚のうち労組議員が7人、旧社会党・社民党出身が4人もいるということをご存知ですか。

その他に日教組のボス輿石参議院議員会長が日教組のために頑張ると宣言している。

こんな連中に一度は政権を渡して見ても良かったですか。

  

閣僚の出自

http://wildhorse-depot2.seesaa.net/article/128228615.html

 

続いてをクリックしてください。

御巣鷹山の裏話が見られます。

 


●御巣鷹山の日航機墜落事故(1985.8.12)の裏話

・救助にあたった自衛隊員はその場で食事をしなければならなかったが鳥飯缶詰はとても食べることができなかったし、しばらくの間自衛官が良く食べる焼肉がノドを通らなかったという。

 

・事故は85年8月12日夕、羽田から大阪へ向かっていた日航123便ボーイング747ジャンボ機が群馬県上野村の御巣鷹の尾根に墜落。乗客・乗員524人のうち520人が死亡した。

 

 4人の生存者の一人となった川上慶子さんは事故当時12歳。島根県大社町(現出雲市)から北海道への家族旅行の帰途、事故に遭い、会社員の父と母、妹の3人を失った。慶子さんは看護師だった母和子さん(当時39歳)と同じ医療の道を選び、94年春に看護師として兵庫県内の病院に就職した。と毎日新聞は伝えているが,

 

 川上さん一家の北海道旅行の目的は、矢臼別演習場で行われた労組主催の“自衛隊反対の反戦盆踊り”に参加したその帰りに事故にあい、慶子さ

ん(12歳)は生きて空てい隊員に釣り上げられたのである。それにしても自衛隊反対のシュプレヒコールを繰り返したであろう一家を助けたのが自衛隊とは何と皮肉なことであろうか!!!


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群馬 旧国名【高校 勉強】at 2009年11月09日 18:06
この記事へのコメント
「渡しても良かったですか?」って言われてももう渡っちゃってるんですけどね。
参議院議員補欠選挙でも民主党が2勝したし、この調子だと10年くらいは民主党政権でしょうね。
Posted by tora at 2009年10月27日 05:26
まあ、腐っているのは自民もいっしょだったわけだからね。アンチはみんな馬鹿ばっかw
Posted by hoge at 2009年11月05日 13:32
現在の日本は素人が操縦席に座って左旋回しながら思いっきり下降しつつある大型旅客機のようなものです。
 10年などとても保ちません。4年先には地面に激突して粉々の状態でしょう。
Posted by むだばなし at 2009年11月23日 00:49