2005年10月29日

◎他人の揉め事に首を突っ込み何ヶ月も仕事を休み行動を拘束されることを望みますか?

ラングーン日本軍将校の銃殺刑また日本のシステムがオカシクなってきています。

いま“裁判員制度”というのが検討され、4年後には制度化されるといわれております。

 

これは簡単に言うと一般国民が裁判官を補佐し他人様の揉め事に何ヶ月もかかわり有罪・無罪の裁定をすると言うことです。

 

その間言動は厳しく制限されて自分の仕事はできないと言うこと。

 

裁判員に指定されたらそれを断ることが出来ないということである。

 

 

これはどこから来たかと言えば欧米の陪審員制度を真似て、一般国民にも国の司法に関心を持たせようとしているのです。

はっきり言って私は反対です。

 

日本人の永い伝統と歴史の中で、個人が法律に基づいて他人様を裁くなどは馴染まないことであります。

私は日本の裁判制度をたとえ話にするときはこんな話をします

 

年貢の取立てのとき、床の下に隠していた種籾を発見され取り上げられそうになり、百姓が「どうぞお目こぼしを!」を言って取りすがる。

 

「お目こぼしをするのが良い代官で、規則通りに年貢を収めさせるのが悪代官」というのが一般庶民の考え方です。

すなわち教条的に法解釈して執行するのは好まない民族であると言うこと。

 

素人の一般国民は正しい裁判を行なおうとして原則通りに実施することでしょう。

そこには同情の余地はないのです。

 

裁判官の補助を命ぜられて判断を下した一般国民は、自分の下した裁定の重さに悔悟の念を持ち、そのことで後々まで苦しむこととなるでしょう。

 

先日TV報道のあったアメリカのマイクロ・ジャクソンの裁判をどう思いますか。

ただ有名人だからといって、彼の無罪を信じて連日押しかけたファンによる精神的圧力

 

部落差別の裁判、在日の犯罪、ヤクザ・暴力団の犯罪、超有名人、障害を持ったヒトの犯罪、自分の信じる宗教の教祖の犯罪等を平常心で裁けますか。

 

私は出来ないと思います。

裁判官はこれらを裁くための専門職なのです。

 

*******************************10月26日 産経のアピールから引用

○裁判員制度にはこれだけの疑問あり

        元東京高裁判事 大久保太郎 77 (東京都世田谷区)

 十七日付の産経新聞に、裁判員制度に関する最高裁の全面広告が載ったが、疑問がある。

まず、平成二十一年五月までに裁判員制度が始まるというが、これはおかしい。裁判員法付則二条二項は、同法の施行日を決める政令を定めるには、裁判長の参加する裁判が円滑かつ適正に実施できるかどうかの状況に配慮せよ、と定めているが、今年二月の内閣府の世論調査では、約七割の人が、参加に反対または消極的だ。これでは、とても実施はできない。

 広告は、国民の参加には裁判の手続きや内容を理解しやすくし、裁判にかかる時間を大幅に短くする必要があり、そのために裁判官、検察官、弁護人が努力しているという。しかし、所期の通りにできるかどうかは、やってみなければ分からない。ならば、制度開始を現段階で確約できないはずだ。

 和歌山毒物カレー事件、最近の北九州連続殺人事件などの事件の審理を、国民参加ができるように数日に短縮することは絶対にできない。被告人の権利を損なうなどの理由で、裁判長制度に反対する弁護士も少なくない。

 欧米諸国では裁判への国民参加が根付いていると広告では礼賛するが、憲法や刑事訴訟法、国民基盤が違うわが国でまねるのは愚かで危険だ。

 そもそも、裁判員制度自体が違憲だとの見解が、元最高裁判事の意見を含めてむしろ有力なのだ。違憲なら裁判員制度など被告人に対する違法行為だ。こんな大事な問題なのに、最高裁や法務省がこのことについて何ら説明しないで国民に参加を呼びかけるのは、国民の知識不足に乗じ国民や被告人を侮るものだ。

 また、国民は憲法一三条で自由権を保障されており、裁判員になりたくない者を強制できない。

 裁判員法は、一国の重大刑事事件の裁判制度の改変に当然必要な憲法、刑事訴訟法、国民基盤との各関係の厳密な検討が行われず拙速に作られた法律で、重大事件の裁判が正常円滑に行われる見通しを欠く致命的な危険性がある。同法は廃止し、民事家事調停委員制度をモデルに、罪種を限定(例えば、交通関係業務上過失致死傷事件、少年および家庭内暴力事件など)した参与員制度が適当だ。

  

Posted by wildhorse38 at 23:39Comments(1)TrackBack(0)