2016年04月03日

◎難民の本質を考える

 欧州の主要都市は難民に占領されて観光客が寄り付かないという。
難民に関するいろいろな情報を鑑みるに、人間はどこまで優しくあるべきか、どこまで他人のために犠牲を払うべきかと考えさせられる。
 レジャー用のゴムボートで海に乗り出したくさんの人が海の藻屑となっている。といい、多くの幼い子供たちが犠牲になっているという。
彼らはトルコ・ギリシャに流れ着き、ドイツやパリを目指している。
彼らはドイツに行ったならば美味しいものが食べられ、高等教育も受けられ、安全で平和な生活が保障されると期待している。ところがパリやベルギーで同時テロを起こしたテロリストたちは難民に紛れて潜入したものであり、ドイツでは一般女性に対する難民たちによるレィプ事件が発生したりトラブルが多発しているという、そのことが難民の保護に反対運動起きているのだ。

 彼らの言い分を聞いていると自分の国では安心して暮らせないだの、戦闘が起こっており、危険がいっぱいだの、先にドイツに行った肉親が読んでいるだの・・・。
このような状況に陥れたのは自分たちでありご先祖様でないのか。
老人やこどもたちを安全なところに送り出し、自分たちは銃をとって祖国のために立ち上がるというのであれば、受け入れ方も納得するであろうが、戦える立派な大人であっても荒れ果てた祖国を捨てて逃げ出しているのが、この難民たちではないのだろうか。

 文化も伝統も生活のルールも違う難民たちを日本が受け入れたとしたらと考えるとゾッとするのである。他人に対してキツイことが言えない我々日本人は日本の主権者でありながら一方的に押されまくられ、自分たちの生活も伝統も捨てざるを得なくなるのです。
 いわれのない優越思想を持った韓国・朝鮮人や自己顕示欲が強く自分さえ良ければよい中国人たちがいっぺんに10万人もある都市に入ってきたらどうしますかあなたは・・・。

 私は常日頃から伊勢雅臣氏の■ 国際派日本人養成講座 ■を愛読している。
今日の記事には考えさせるものがあり、皆さんに転送します。
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■■ Japan On the Globe(945) ■■ 国際派日本人養成講座 ■■
No.945 『そうだ難民しよう!』の衝撃

■転送歓迎■ H28.04.03

そうだ 難民しよう!
■1.「そうだ 難民しよう』

『そうだ難民しよう!』というインパクトのあるタイトルの本が売れている。その中の
ラストでは、上目遣いの何かを企んでいるような美少女が大きく描かれ、こんなセリフが掲げられている。

 安全に暮らしたい
 清潔な暮らしを送りたい
 美味しいものが食べたい
 自由に遊びに行きたい
 おしゃれがしたい
 贅沢がしたい
 何の苦労もなく
 生きたいように生きていきたい
 他人の金で。
 そうだ
 難民しよう!

そうだ難民しよう! はすみとしこの世界
青林堂
2015-12-19
はすみとしこ


 著者のはすみとしこ氏は、この次のページで「より豊かな暮らしを求めて欧州へ移動する『偽装難民』を椰楡した作品」と解説している。

 その文章の下には、次のような注釈が書かれている。

 賛否両論の声 自称反差別団体のメンバーたちは「ヘイトスピーチ」などとレッテルを貼って、この絵に対するバッシングを繰り返した。さらに日本の反日英字新間が批判的な記事を書いたことで「海外からも批判を浴びている」と主張している。

 しかし、英国BBC放送などは両論併記しており、読者の大半は好意的な意見を寄せている。彼らも偽装難民の被害者だから当然である。

■2.「難民への侮辱だし、人権への挑戦ではないか」

 ネットでの「バッシング」の様を見てみよう。日本共産党との関係があるSEALDsの奥田愛基氏の「難民の話で、こういうのがFacebookでシェアされてた。あり得ないでしょ。見つけたらFBに報告で。」という発言から、次のような意見が発信されていた。
「まあもう日本滅べっていいたくなる五秒前だな。」

「これ作った奴とか、これをシェアしている奴を全員日本から追い出して、代わりに難民を受け入れたら、日本はさぞかしいい国になるだろうと思う。」

 「難民を憎悪してしまう倒錯した被害者意識ってやっぱし病気としか思えないな…これ作る奴や面白がってシェアする奴らはどんな世界に生きているんだ。」

「これは、しゃれにならん 難民への侮辱だし、人権への挑戦ではないか」

 というような発言が延々と続く。その内容には事実や論理はまるでなく、「擬装難民がいる」という指摘への反論にはなっていない。感情的な「バッシング」そのものである。


■3.「偏見と憎悪の扇動に加担すべきではありません」

 さらに「ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会」なる団体が、この本の出版計画を事前に知って、抗議声明を出した。「人権侵害のおそれのある出版物に関しては慎重な流通が求められます」「偏見と憎悪の扇動に加担すべきではありません」と、業界団体と書店に呼びかけた。

 同会の事務局・岩下結さんは、新聞の取材に対して、次のように説明している。

 我々は差別思想の流布、宣伝を問題視しているので、この本が書店に並んだ段階で差別扇動が達成されてしまうと考え、本が出た後に批判するのでは遅い、先手を打つべきだと考えた。

 さらに「表現の自由は最大限に尊重されるべきだが、野放しの自由ではない。人権侵害は許されない」とも語っている。


■4.「そうだ 在日しよう!」

 この記者会見では、在日韓国人3世で、のりこえねっと (ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク)共同代表の辛淑玉(シンスゴ)氏も登場し、在日コリアンがターゲットにされているとして、「悪質なデマ以上のもの」と訴えた。

『そうだ 難民しよう!』の最初の章が「そうだ 在日しよう!」である。これまた美少女が、モザイク処理された韓国のパスポートをかざして、うすら笑っているイラストに、こんなメッセージが添えられている。

 特別永住資格
 被害者利権
 カンタンに生活保護
 逮捕されても通名報道
 犯罪しても強制送還なし
 何か困れば通名変えて
 人生リセット
 こんな特権 手放す馬鹿がいるものか
 そうだ
 在日しよう!
 
この章で、はすみ氏は「在日特権」について、次のように述べている。

「通称名」という在日特権が存在する。在日は犯罪を犯しても日本人風の偽名(通称名)で報道され、実名報道はされないことが多い。一方、日本人は犯罪を犯せば容赦なく実名報道されてしまう。これを「特権」と言わずして何と言うべきか。

 はすみ氏の指摘は事実であり、なぜこれが「悪質なデマ以上のもの」なのか、辛淑玉氏は根拠も理由も示していない。


■5.「『売るな』という圧力は許せない」

 ネットでのバッシングや抗議声明の一方で、アマゾンでは五つ星で4.5の高評価であり、多数の好意的なレビューが寄せられている。2千人以上の人々が「役に立った」とするトップ・カストマーレビューはこう評している。

「売るな」という圧力は許せない。 投稿者 KBブリッジ

 賛否がある刺激的な表現であるのは明らかですが、少なくとも自称難民の実質経済移民が大勢混じっていて、あまつさえテロや強盗を行っている現実に、「何かおかしい」と感じている人たちが大勢居るのは事実です。

 そういった人たちの少なからぬ本心をまとめたものがはすみさんで、その出版自体を許さないとする運動には絶対に共感することは出来ません。・・・

 文句があるなら堂々と言論で戦えばいい。イラストで戦えばいいはずです。その結果はすみさんがおかしいなら、自然と社会から支持を失い、忘れられていくでしょう。にも関わらず、どうして「出版するな、本屋は取り次ぐな」となるのか。本当に理解が出来ません。

 度重なる恐喝や嫌がらせに負けず、出版を刊行された著者と出版社に敬意を表します。何度でも言います。「売るな」という圧力は絶対に許せない。

■6.「ドイツか大都市に連れて行け!」

 「文句があるなら堂々と言論で戦えばいい」という点は、弊誌も同感である。はすみ氏の本では、イラストとセリフだけではなく、その主張の根拠となっている事実についても言及している。

 例えば、シリア難民の問題に関して、「そうだ 難民しよう!」の次に登場するのが「だって私は難民様」で、なにやら企んでいるような上目遣いのイスラム難民母子のイラストに次のような解説がついている。

スウエーデンに移住することになったシリア難民。難民申請の審査が行なわれる間の滞在場所が田舎の村だと判明した途端、「寒い!」「医者がいない!」「ドイツか大都市に連れて行け!」などと言い出し、バスから降りることを拒否するという騒ぎがあった。・・・

 スウェーデンは善意で迎え入れようと準備していたのに、まったく失礼な話である。中には「こんな待遇だったら祖国に帰る!」と言い出す人もいたから驚きだ。可哀想なことに難民様に住居を奪われた住民もいる。そのうち職も奪われるだろう。あきらめよう、欧州はもう難民様のものなのだ。

 はすみ氏が揶揄したのは、こういう『偽装難民』なのである。これが「ヘイトスピーチ」に当たるのだろうか?

 ウィキペディアでは「ヘイトスピーチ」を次のように定義している。

 ヘイトスピーチ(英: hate speech)とは、人種、国籍、宗教、性的指向、性別、障害などに基づいて個人または集団を攻撃、脅迫、侮辱し、さらには他人をそのように煽動する言論等を指す。

 「シリア難民はみな怠け者のろくでなしだ。叩き出せ」と言ったらヘイトスピーチそのものだが、「難民の中には、他国の金をあてにして、より良い生活をしようとする『偽装難民』がいる」というのは事実の表明であって、「攻撃、脅迫、侮辱」ではない。

 逆に、この本を「ヘイト・スピーチ」だとバッシングする人々こそ、事実も根拠も示さずに「攻撃、脅迫、侮辱」をしているのである。こういう人々が権力を握ると、自分に都合の悪い言説をする人間を逮捕・拷問したり、死刑にしたりする。今の中国のように。


■7.真実を伝えるツール

 はすみ氏の「難民の中には偽装難民がいる」という主張は、もし普通の文章として発せられたのなら、これほどのバッシングを受けなかったろう。人目を引くイラストと「そうだ 難民しよう!」というインパクトのあるメッセージの訴求力を、一部の人々が恐れたからこそ、バッシングが起きたと弊誌は推測する。

 ある政治的主張を、一般大衆にも分かりやすいスローガンや絵で訴える宣伝手法は「プロパガンダ」と呼ばれる。はすみ氏は「あとがき」でこう述べている。

 プロパガンダとは、特定の思惑へ人を誘導する意図を持った宣伝行為の事です。従来サヨク達は、このプロパガンダを巧みに操り、自分たちの利する世の中へと民衆を誘導してきました。音楽やドラマ・映画など、感覚に訴えかけるツールを用いてプロパガンダを行なっていくその手法は、敵ながら天晴れとしか言いようがありません。

 人は困難なものより、楽しいもののほうを受け入れる傾向にあります。そして理論より感情が優先されるのです。このため、・・・感情に訴えかける簡単なキャッチコピーに耳を傾けてしまうのです。したがって真実は非常に伝播されにくいのが現状です。

 そして、はすみ氏は次のように結んでいる。

 プロパガンダで非常に効果的な手法は絵だと考えます。絵は視覚に訴え、一目で様々な情報を脳に伝達し、物事をイメージで捉えさせることができるからです。単純明快、最良最適のプロパガンダツールといえます。

 私は私の絵が、真実を伝えるツールとして、皆様に訴えかけ、伝わっていくことを願ってやみません。

 この願いのためであろう、はすみ氏は自身の肩書きを「ホワイト・プロパガンダ漫画家」としている。


■8.サヨク・プロパガンダ 対 ホワイト・プロパガンダ

「従軍慰安婦」も「南京大虐殺」も、サヨク・プロパガンダの代表作である事は、弊誌も何度も論じてきた[b]。 サヨク・プロパガンダの最近の好例は「戦争法案」だろう。中国に対する抑止力を高める「平和安全法制」を、冒頭に登場したSEALDsの奥田愛基氏は「戦争法案」と嘘のレッテルを貼って、反対デモを扇動した。

 こうしたサヨク・プロパガンダと、はすみ氏のホワイト・プロパガンダには、本質的な違いがある。それは前者は「嘘」で大衆を洗脳しようとするツールであり、後者は「真実を伝えるツール」だという点である。

 一般大衆を「嘘」で洗脳しようとするサヨク・プロパガンダと、真実の声に対して「ヘイトだ」とするバッシングは全体主義の両輪である。前者で独裁者は民衆を騙し、後者で真実を伝える言論や報道を封じる。その行き着く先が、かつてのソ連や、現在の中国のような共産主義社会だ。

 はすみ氏の「真実を伝えるツール」としてのホワイト・プロパガンダは、我が国の自由民主主義を守るための有効な手段である。

「度重なる恐喝や嫌がらせに負けず、出版を刊行された著者と出版社に敬意を表します」という賛辞を弊誌も贈りたい。
(文責:伊勢雅臣)  

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2010年11月28日

◎「ヤド・バシェム賞」を受賞した「外交官 杉原千畝」とは

杉原千畝

現代の日本人は余りにも日本を知らな過ぎる。

教えざる罪か、学ばざる罪か、おそらくその両方であろう。

先日、若い人たちに多くのユダヤ人を救った二人の日本人を紹介した。

一時マスコミに取り上げられていた外交官の「杉原千畝」と軍人の「樋口季一郎中将」である。

残念ながら誰一人として彼らの功績を知る者はいなかった。

これが日本の現実である。

わずか90分の短い時間の中ではあったが、彼らの功績を知ることにより日本人としての誇りと自信を持つことができたと所見にある。

 

話は杉原 千畝(すぎはら ちうね)が第二次世界大戦の際、リトアニアの在カウナス領事館に赴任していた時のことである。

ユダヤ人難民が亡命できるよう大量のビザ(Transit visa.通過査証)を発給。外務省の命令に反するこの行為ではあったが、ナチス政権下のドイツによる迫害を受けていたおよそ6,000人にのぼるユダヤ人を救ったことで知られる。

海外では、センポ・スギハラ(Sempo Sugihara)、「東洋のシンドラー」とも呼ばれる。

 

1940年(昭和15年)夏、ドイツ占領下のポーランドからリトアニアに逃亡してきた多くのユダヤ人が、各国の領事館・大使館からビザを取得しようとしていた。しかし同じく反ユダヤ人的な政策を取っていたソ連がリトアニアを併合し、各国に在リトアニア領事館・大使館の閉鎖を求めたため、ユダヤ難民たちは業務を続けていた日本領事館に名目上の行き先オランダ領アンティルへの通過ビザを求めて殺到した。

 

当時、「ユダヤ人に対しては、一般の外国人入国取締規則の範囲内において公正に処置する」こととされており、また、杉原に対して「通過査証は、行き先国の入国許可手続を完了し、旅費及び本邦滞在費等の相当の携帯金を有する者に発給する」との外務本省からの指示があったが、これは公的機関としては至極当たり前のことである。しかし杉原は彼の責任において、この指示に係る要件を満たしていない者に対しても通過査証を発給した。

 

日本政府はドイツとの同盟関係にあり、ドイツからユダヤ人に対する迫害政策に協力することを再三求められていたにもかかわらず、ユダヤ人に対する中立的な政策を公式に取っていた。しかし、通過ビザの発給を受けるためには十分な旅費を備えるなど規定の条件を満たすことを要求していた。これは「外務省ユダヤ難民取り扱い規則」により、表向きはユダヤ難民を他の難民と公平に扱う中立さを装いつつ、ビザの発給資格を異常に高くすることでユダヤ難民を事実上締め出すことを狙っていたからである。ユダヤ人難民の殆どはこの受給資格を欠いていたため、杉原は本国外務省に伺いを立てるが、発給は許可されなかった。いつの時代においても難民問題は当事国としては厄介な国際問題なのである。

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2010年06月26日

◎W杯で「人種融和の象徴」だった仏代表崩壊から思うこと

 サッカーのワールドカップ(W杯)で、メディアはサッカー一色の感があり、新聞・TVは他に報道することはないのかと言いたくなるほど列島は叫びまくっている。
 W杯本番前の”袋叩き状態”の地獄から2勝1敗で決勝Tに進出が決まり、今や世界のメディアが称賛する日本代表のサッカーチーム。

 正直言って日本がこれほど見事な試合運びをやるとは想像もしていなかった。この流れを変えることなくパラグアイ戦に望んで欲しいと思う。

 それに引き換え、まさかのグループリーグ敗退となった前回準優勝国フランスの体たらくは何ということだ。敗退によって仏サッカー界のウミが徐々に明らかにされてきた。仏代表には非白人選手のスターも多く、1990年代には「多人種融和の理想を体現した」ともてはやされた仏サッカーだが、今回は内紛により自壊した揚げ句、史上最低とも言える結果を招いた。「政治とスポーツが作り上げた人種融和の虚構まで崩れ去った」カーン大学のパトリック・バソール准教授(社会学)と24日の読売新聞に記事は伝えている。

 それによると W杯優勝チームにはアラブ系、アフリカ系、中南米系の選手が多く、国民的英雄のジネディーヌ・ジダン選手もアルジェリア系だ。現在の代表チームの主流も非白人選手。移民国家フランスの社会の下層で多くの移民、その子孫が貧困にあえぐ中、その「夢」をつなぎ留めてきたのがサッカーだった。しかし、バソール氏は「(移民を含む一部選手による)買春や薬物使用、マフィアとの接触など多くの問題が表面に出てきた」と、「夢」の効果に限界が見え始めた、とみる。

 「恥知らず」な一部選手に敗因を求める声も後を絶たない。評論家らは「愛国心を持たず、国歌も知らない」「大金を得られないW杯では手を抜き、フランスに所得税を納めないと吹聴する」「他人への敬意を持たない」また占星術による選手起用を公言してきたドメネク監督に対する風当たりは強く散々である。

 今やヨーロッパの先進国と言われている国々は豊かな生活と職を求めて流入するアフリカ系、アラブ系、中南米系、アジア系、スラブ系で充ち溢れている。有名観光地は日銭を稼ぐため擬い物(まがいもの)をオノボリさんに売りつける彼らと取締の警察官のイタチごっこである。
正式に国籍を取ったとしてもその国に対する愛情もなければ、敬意もなければ納税の義務も果たさないそんな国民が増えているという。彼らは自分たち(民族)の文化・風俗を頑なに守り、その国に溶け込もうとせずルールを変えさせようとする。このようなことが続くならば民族間の紛争に発展して、EUそのものが崩壊する危険性がある。

 これらは移民に積極的であったリベラルと言われる人権派政治家、文化人たちの責任であり、それを煽ったメディアの責任でもある。しかし今更おまえたちはトラブルメーカーだから国へ帰れとは言えないのである。ならばどうするか長い年月と強力な政治指導と教育で立てなおすより他にないのである。

 日本ではどうかといえば欧米崇拝者の文化人や政治家が蔓延り、現実を見ようとせず虚構の世界を追求しようとしているのではないかと思うことが多い。
最近読んだ「中国人の世界乗っ取り計画」河添恵子著には中国人が如何にして世界中の美味しいところだけを食い散らかし、その国の伝統的文化と経済を破壊しているかをレポートしている。また2006年に出版された「中国が世界をメチャメチャにする」元『フィナンシャル・タイムズ』北京支局長ジェームズ・キング著にもその実態が詳しく書かれているが、目先の利に目がくらんだ親中派経済人と左翼思想から抜け切れ無い政治屋がこんな本を読むはずもない。それが日本の限界かもしれない。
 W杯仏代表敗退から我が国の危機を読み解く話になってしまう今日この頃でした。
フランス代表 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  
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2005年10月04日

◎権力闘争に明け暮れていた16世紀始めのバチカン(ローマ教皇)

バチカンの衛兵

15世紀から16世紀にかけてのヨーロッパはローマ・カトリック教会の教義に対する深刻な疑問を呈して、ローマ教皇の権威を否定する宗教改革が勃興した。

イギリス、フランス、スペインがそれぞれ統一されていたが、中欧の神聖ローマ帝国とイタリアはヴェネチア、ミラノ、フィレンツェ、教皇領、ナポリ王国の5大勢力とそれを取り巻く衛星国家の間で激しく対立していたのである。

この当時のローマ教皇は宗教的権威を持っていたけれど、封建領主の一員程度に見ることも出来る。

日本で言えば石山本願寺、僧兵に守られた比叡山、越後を支配して戦国大名と対立していた一向宗に近いものと思って間違いない。

バチカンの衛兵はいまもスイス人にとって大変名誉なことであるらしい。

以前は憲兵隊の立派な軍隊であったが、1970年パウロ六世によって廃止され、いまは警備担当のガードマンとしての任務を持っている。現在はイタリア警察とスイス人衛兵で警備していた。

 

今でこそローマ法王といえば平和のシンボル的意味があるが、先の大戦におけるカトリック教会のネットワークは諜報組織としてかなりの力と権威のあるものだったし、1959年3月のスチュワーデス怪死事件はカトリックの神父と謀略機関のかかわりが噂されたが容疑者のペレス神父が日本警察の拘束を振り切って高飛びし、迷宮入りとなった話は有名である。

このように外国における宗教は封建領主の統治に密接に関係し、日本における宗教より、より鮮明に権力と結びついているのである。

もっとも日本にも創価学会と公明党という得体の知れない宗教政治団体が存在しますがね!

****************************産経コラムから引用

バチカン衛兵の敬礼○バチカン衛兵500

 ミケランジェロがデザインしたといわれる赤、青、黄の縦じまのピエロのような制服を着て、かぶとをかぶり、やりを手にしたバチカン市国のスイス人衛兵の歴史は長い。その創設五百年の式典が25日、スイスのルツェルンで行われる。平和をモットーとするバチカン市国の衛兵には永世中立国スイス出身のカトリック信者の若者が選ばれるのは当然だと思われがちだが、その起源はそんな甘っちょろいものではない。

 このスイス人衛兵が選ばれたころのローマ法王は、各国領主と領土を争うやら、政治には口を出すやらで強力な身辺護衛隊が必要だった。また、当時のスイスの都市国家同盟は、ヨーロッパで一番戦争上手との評判を持つ傭兵を高い値段で外国に貸し出していた。フランス王ルイ十二世はこの同盟と10年間の傭兵契約を結び、イタリア戦争を行っていたほどだ。

 だが、ルイ十二世が契約金の支払いを渋っていた間隙をついて、法王ユリウスニ世は同盟側と傭兵契約を結ぶことに成功。1505年9月に最初のバチカン市国守備兵が選ばれ、12月に150人の兵士がローマに送られた。

 実際、お金で雇われた兵士たちは勇猛で、1527年5月にスペイン王の軍勢がローマを略奪したときには、法王を守り全員が戦死したほどである。           (坂本鉄男)

  
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2005年09月16日

◎ユーロの先駆者は日本婦人青山光子の血を受け継ぐクーデンホーフ・カレルギー伯爵

カレルギー伯と光子

私が青山光子のことを知ったのは「ハプスブルグ家と東ヨーロッパ」について資料集めをしていたときのことである。

明治の半ば、日本婦人がハプスブルグ家の伯爵夫人となり、夫が亡くなった後も帰国することもなく、母として、女主として立派につとめあげ、やがて、その子供はユーロの先駆者となる偉大な功績を残した。

 

中高年の人ならば映画カサブランカを知っていることと思うが、 戦火のヨーロッパ、カサブランカで酒場を経営するリック(ハンフリー・ボガド)は昔の恋人のエルザ(イングリッド・バーグマン)と再会したが、彼女の夫こそは、反ナチ運動の首謀者ラズロー(ポール・ヘンリード)であった。リックは命を懸けて、エルザとラズローをアメリカに亡命させる***。
このラズローは、当時、「パン・ヨーロッパ」を提唱していた、クーデンホーフ・カレルギーである。
クーデンホーフ・カレルギーは幼名を栄次郎と云い、母は青山光子であった。

 

青山光子とその夫ハインリッヒ・クーデンホーフ・カレルギー伯爵との出会いは、 日本駐在のオーストリア代理公使であったハインリッヒが、ある冬の朝、公使館へ通勤の途中で、路上の氷の破片に彼の乗馬がヒズメを踏みすべらした。落馬した彼は強く身体を打ち軽傷を負った。たまたまこれを見た光子が、家の者に急を伝えて救護し、また医者を呼んで手当てをさせた。これがきっかけで光子は公使館で働くようになり、やがて、愛がめばえて結婚する。時に明治二十五年三月十六日のことである。

 

 光子は十八歳で結婚し、翌年には長男ハンス(日本名、光太郎)が生まれ、つづいてその翌年にリヒアルト(同、栄次郎)が生まれた。このリヒアルトが「パン・ヨーロッパ運動」で世界的に著名なクーデンホーフ・カレルギー伯で、その業績は外交官として青年時代からの友人、故鹿島守之助博士によって『クーデンホーフ全集』全九巻にまとめられている。

 

チェコのロンスベルク城 光子は東京で生まれたこの二人の子供を連れて、明治二十九年の春、ヨーロッパにわたり、ボヘミアの丘の上にあるクーデンホーフ家の居城、ロンスべルグに着いた。お伽噺のように異国の伯爵夫人となり、広大な領地に囲まれた古城の奥深くに住む身となったのである,

 

ヨーロッパでの生活十年目にして、夫ハインリッヒは心臓発作で急死する。あとに七人の子供(息子四人と娘三人)が残された。光子は相続をめぐってクーデンホーフ家の親戚、縁者との訴訟に立ち向かわねばならなかった。しかし、幸いなことに聡明な夫が残した遺言書のおかげで、相続人でかつ子供たちの後見人としての地位を確保することができた。

 

光子まもなく第一次世界大戦が始まり、ロンスベルグの生活はその根底から揺り動かされることになる。光子の母国日本はオーストリアの敵国となったが、やがてオーストリアは敗戦国となった。

 

時々ウィーンに出て日本大使館を訪ね、外交官や武官と会い、日本から届いている新聞や雑誌を読み、またレコードを聞いて、そのころ東京で歌われていた流行歌に興味を持ったという。そして日本が太平洋戦争に突人する直前の昭和十六年八月二十八日に夫と同じ発作で亡くなった。享年六九。墓はウィーン、シェーンブルン宮殿の裏手、マクシングパークにあるという。

山下奉文の遺書の中にある「乳房の教育」の鏡として
「父の脳裏に描いている人はきっとクーデンホーフ・光子さんに違いないと思います。父はこの光子女史を非常に尊敬し、ウィーン滞在時代も度々訪問していたと聞いています。私の処には、光子さんから父が直接頂いた、若い母に抱かれた男の子の幸せそうな心暖まる写真が有ります。
        中略
この異郷のウィーン郊外に暮らすこと50年、片時も日本婦道を忘れることの無かったクーデンホーフ・光子さんのことを、父は日本婦人の鑑とし、最後の言葉に「乳房の教育」を強調したのだと思います。」((山下奉文の追悼(40年祭に際して) 16,17ページ)

  
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2005年07月15日

◎オーストラリアが日本軍人に示したジョンブル魂

戦争捕虜になった日本兵に対して復讐心から死刑判決の一番多かったのがオランダ兵、徹底して苛め抜き一番残酷だったのが豪州兵と言われております。そういえばオーストラリアは白豪主義といって有色人種の移民を禁止していたことがありましたね。

そんなオーストラリア人にも日本軍人の勇気をたたえ敬意を示したこんな話があります。

 

 大東亜戦争の緒戦において、日本軍は史上空前の大作戦を敢行した。

 昭和十七年五月三十一日には、マダガスカルのディゴスアレス軍港オーストラリアのシドニー軍港同時に奇襲したのである。

 

●今回は豪州シドニー軍港に対する特攻の話をします。

潜航艇昭和17年5月31日 潜水艦で運ばれた特殊潜航艇三隻はシドニー湾に突入した

 

1番艇 中馬兼四大尉と大森猛1等兵曹     湾内の防潜網で自爆

 

2番艇 伴勝久中尉と芦辺守一1等兵曹     軍艦クタバルを撃沈、損傷沈没

 

3番艇 松尾敬宇大尉と都竹正雄2等兵曹   軍艦シカゴに肉迫するも岸壁に衝突 自決

 

 六月五日大本営はシドニー突人の戦果を発表した。「帝国海軍潜水部隊は、特殊潜航艇をもって五月三十一日豪州東海岸シドニーを強襲し、港内突人に成功し、敵軍一隻を撃沈せり。この攻撃に参加せるわが特殊潜航艇三隻未だ帰還せず……」

 

海軍葬 この日本海軍軍人の勇敢なる戦闘を、オーストラリア軍はどう思ったのか。

 

何と豪州海軍が港内で撃沈した二隻(一隻はタスマン海に沈む)の特殊潜航艇を引き揚げ、四人の日本海軍軍人(松尾敬宇大尉ら)を海軍葬の礼をもって弔ったのである。

 

 葬儀に当たっては「オーストラリアとしで日本の政策に反対するが、祖国のために勇敢に死んだ人は別であり、世界の人々によって誉め讃えられなければならない」と強調している。

グルード将軍 海軍葬の推進役になったグルード少将(シドニー地区海軍司令官)は「これら日本の海軍軍人によって示された勇気は、誰もが認めるべきであり、一様に讃えるべきである。このように鉄の棺桶に乗って死地に赴くには、最高度の勇気がいる。これら勇士の犠牲的精神の千分のーでも持って、祖国に捧げるオーストラリア人が、果たして何人いるのであろうか」と弔辞を述べた。

 この海軍葬の模様は、当時、ラジオを通じてオーストラリア全土に放送されている。

 

 

 

 

●昭和43年4月 シドニー湾特攻隊員松尾大尉の母まつ枝さんがキャンベラの連邦戦争記念館を訪問 オーストラリア海軍のランチで湾内を見学

潜航艇が沈んだあたりで和歌を朗詠、花束と色紙を海中に投げ入れ慰霊した。

 

「豪州海軍が戦争の最中に、我が戦士に示された行為は、英国騎士道の発露であり、心から感謝します」 母まつ枝さんは感謝の言葉を言い、

 

「あなたのお子さんは我々オーストラリア国民に真の勇気とは何であるか、真の愛国心とは何であるか身をもって示した」とゴードン首相からねぎらいの言葉をかけていただいた。

 

 戦後もオーストラリアは、シドニーを奇襲した日本人の勇者のことは忘れなかった。特殊潜航艇は現在シドニーの海軍工廠と、キャンベラの戦争記念館と別館の三ヵ所に安置され、永久保存の手が加えられた。

 

 また、毎年五月になると新聞は、「深海からの勇者たち」という特集を組み、関連図書も何種か出版されている。

 一九八六(昭和六十一)年には、トニー・ウィラー監督によって、テレビ映画まで作られた。松尾大尉を主役とした映画は、勇者を生んだ日本の精神的土壌を明らかにし、敵国軍人を海軍葬で弔った、オーストラリアの騎士造精神で結んでいる。

 まさに戦場に咲いた武士道の花と言うべきであろう。

 

北朝鮮の特殊工作船を引揚して、一般公開しているのを見学したことがある。そこには日本財団の会長であった曽野綾子氏が「国のため命を捧げた若者たちへ」と北朝鮮の若者たちの死を悼んで花束を捧げていたのを思い出す。彼女は国士です。

 

敵であろうがなかろうが祖国のために身命を捧げた人に敬意を現すのが人間としてのつとめである。これが武士道の神髄

 

 

母心  
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2005年06月06日

◎ドイツと近隣諸国との重い戦後処理

ドイツ人の強制移住

朝日系の学者、コメンテータのほとんどがドイツと近隣諸国は戦後処理について大きな問題もなく、ドイツのやり方を日本は見習うべきだとのたまう。

私は前から国替えをされて追い出された人間は不満がないのかと思っていた。

ただ日本人は運命のいたずらを、素直にあきらめるというか受け入れる大人しい民族であるので、特に問題になっていないが、自己主張の強い諸外国の国民は60年が経ってもあきらめるということはない。

 

 第二次大戦の戦後処理に当たっては、米、英、ソの三首脳によるテヘラン会談(1943年)でポーランド領を大きく西に移動させる方針が決まり、最終的に西ウクライナなど戦前のポーランド領の三分の一がソ連領に、その代償として、ドイツ領だった東プロイセンやシレジア地方などがポーランドなどに編入された。さらに、ポツダム協定により、新国境に合わせて各民族の強制移住が実施され、最大の被害者となったドイツ人はポーランドから320万人以上チェコスロバキアから約280万人が追放されるなど、計約1200万人が逃げるように西へと移動せざるを得なかった。追放されたドイツ人団体の連合体「追放者連盟」(BDV)によると、この移動の途上、虐待や飢えなどのために、200万人が死亡したという。

 

ポーランド人も戦後、ソ連領(西ウクライナ)となった地域から約百七十万人が移住を余儀なくされた。

戦後の国境線は公式に片付いているが、追われたドイツ人、そしてその子孫は父祖の地の回復、追放時の非人道的扱いへの謝罪、接収された財産の補償を求めていることが表面化してきた。

 

ドイツ東部領土から追われたドイツ人が客船ヴィル・ヘルム・グストロップ号で逃れる途中ソ連の潜水艦に撃沈され、1万人近くがバルト海の藻屑となった。ドイツの故郷を追われた人々の苦難の歴史である

終戦時海外にいた日本人日本にも終戦時海外に660万人もおり、帰国できたのは625万人で35万人が帰国に際し命を落としたことになる。

また海外に残してきた資産は中国だけでも20兆円とも70兆円とも言われている。

朝鮮にいたっては朝鮮に対する立て替え金、公債未償還金だけでも63兆円といわれており、企業の投資、個人資産等入れたら100兆円どころの騒ぎでないわけである。特に韓国・朝鮮は日本側の持ち出しが多く、普通の植民地経営とは明らかに異なっているわけである。

中・韓ともに賠償を持ち出してきたら、現地に残してきた個人資産、公的資産を外交カードにして闘うべきである。

日本もドイツも敗戦国の悲哀を背負わされているものですね。

 

ドイツ民族強制移住

     http://eu.c.u-tokyo.ac.jp/doktorarbeit%20kawakita.htm

満州回顧録http://chinachips.fc2web.com/repo1/015014.html

 

 

 


歴史を偽造する韓国―韓国併合と搾取された日本
日韓共鳴二千年史―これを読めば韓国も日本も好きになる
近代中国は日本がつくった―日清戦争以降、日本が中国に残した莫大な遺産
『日本帝国の申し子 ――高敞の金一族と韓国資本主義の植民地起源 1876−1945』
日韓「禁断の歴史」
満州国の遺産―歪められた日本近代史の精神  
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2005年05月31日

◎ヨーロッパの治安悪化は人権屋と左翼運動家が原因

マフィアの記事いま欧州連合(EU)は旧植民地からの不法労働者ばかりではなく旧ソ連・東欧諸国の国民が観光ビザで入国したまま不法残留しており、売春婦、麻薬密売組織などのマフィアやテロリストまでもがEU内に潜入しているとも指摘されており、治安を悪化をさせている。この連中を司法の場で裁こうとしても、人権活動家が彼らを応援して裁きを受けさせないため、さらに治安が悪化するという現象がおきている。

 

ヨーロッパに詳しい友人の話です。

4年ほど前のことであるがイギリスのヒースロー空港に降り立ったときのことである。

待合室にたむろしていたアフリカ系の労働者と見られる8人ほどの目つきの悪い男たちが我々一行のカバンをジッと目で追っていた。

またロンドンの下町の小さな店はインド系、ウェイトレスは中国系等いわゆるブルーカラーは有色人種が占めており、住み分けが出来つつあるらしい。

 

パリのエッフェル塔付近には警察が巡回してきたらすぐ消えるアフリカ系の絵葉書やみやげ物売りがたむろし、地下鉄やノートルダム寺院付近にはジプシー(ロマ人)が財布を狙って近づいてくる。

 

イタリアはポンペイのバスの駐車場付近には東欧から流れてきた売春婦が人待ち顔して立っており、長距離運転手を相手に商売をしている。

 

 ギリシャではエーゲ海クルーズを楽しんでいた夫婦が島に上陸しショッピングを楽しんでいた時、小銭入れに入れていた2万円を掏られた。

 

2年ほど前の話であるがドイツには東ドイツの負の遺産である大勢のトルコ人が労働者として住み着いており、ネオナチの若者たちとトラブッている。また各国共通であるが大都市の外れにはジプシーたちが日本で言う畑監視の小屋みたいな家をたて、部落をつくっている。

 

ドイツとチェコの国境付近の山中にはドイツ人向けに相手に若いロシア人の女の子が相手をしてくれる桃源郷がある。この娘たちはロシアのマフィアに連れてこられた167歳の娘さんで、飾り窓の女よろしく下着姿で観光客を誘っていた。

 

チェコのプラハでは友人の奥さんがバックを切り裂かれ財布をそっくり抜かれたとのこと。

 

ハンガリーではブルガリアやルーマニアから流れてきた物貰いたちが一流店の玄関先に座って恵みを受けていた。

 

昨年のことであるがスペインではマドリードがヨーロッパで一番治安が悪いといわれていて、ホテルに到着してもガードマンの警戒付きでなければ、観光バスを降ろしてくれなかった。

スリガイドの話だと下車する時を狙う泥棒がはびこっているそうだ。

 

スペイン南部のコルドバ、セビリアあたりはジプシー(ロマ人)が市場の入口に座り込んで、木戸銭でも集めるように手を出していた。

また南アメリカのアンデス地方のインディオがそのままの姿で買い物をしていた。

 

ポルトガルはジプシー(ロマ人)が公園に住み着き、便所を使う観光客にお金をせびっていた。

 

このように今ヨーロッパは目に見えて治安が悪化していることは確かである。

 

物貰い1特に問題なのはオランダで、人口の10%がイスラム教徒であり、彼らはキリスト教徒の一般のオランダ人と交わることなく、イスラム人だけのゲットーを作って公的な要求を持ち出してきている。彼らの孤立的な生活様式を批判的な目で見ていたテオ・ファン・ゴッホ映画監督が、路上でモロッコ系移民の男にナイフで刺されて殺害される等批判を許さない風潮をかもし出している。

これについては違う観点から別の機会に意見を言わせて貰うことにする。

 

今回の不法労働者の流入を分析してみると、外国人出入規制に比較的甘いドイツ、オランダ、ポルトガル等が狙われており、まさに「情けは人のためならず」である。

物乞い2今年2月24日に警察庁から発表された「来日外国人犯罪」は過去最多の47千124件、国籍別では中国が4割以上を占めており、韓国、フィリピン、ブラジルの順である。

中国、韓国に弱腰の日本がやはり狙われているのである。まさにヨーロッパと同じ様相を示している。

いま日本においても人権保護、環境問題、ジェンダーフリーの隠れマルキストたちが政治家、官僚、教育、メディア、法曹界等あらゆるところに潜り込み、シロアリのごとく日本という国家の土台を喰い散らかしている

我々はヨーロッパの現状を良く知り、いち早く現状打開を図ることこそ大事なことではないだろうか。

外国人犯罪   http://www.pdc.npa.go.jp/hakusyo/h15/html/E1101016.html

      http://www.pdc.npa.go.jp/hakusyo/h15/html/E1101031.html

 

 


喪家の狗(そうかのいぬ) 実録!在日中国人残虐犯罪
潜入―在日中国人の犯罪シンジケート
ユーロマフィア〈下〉
ユーロマフィア〈上〉
ヨーロッパ新秩序と民族問題―国際共同研究〈2〉  
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